広くてすてきな宇宙じゃないか【Mura.画】
Mura.画
北池袋 新生館シアター(東京都)
2024/10/25 (金) ~ 2024/10/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
この公演は「Mura.画(ムラエ)」の本公演ではなく、初の演劇研究会2024としての公演。出会ったことのない俳優とのコラボ、脚本(成井 豊氏)の魅力もあるが、俳優陣の生き活きとした演技が物語を充実させている。その意味では本企画は成功だと思う。
初めて観る演目だが、近未来に出現しそうな世界で色々考えさせられる。同時に人を思いやる気持、その優しさ温かさは どんな時代でも変わらない。公演の魅力はテーマ性は勿論、軽快に物語を展開し飽きさせないところ。上演時間60分と短いがとても充実した内容で楽しめる。
(上演時間1時間) 【ミザールチーム】
ネタバレBOX
舞台美術は、舞台(板)を囲むように2~3段の段差を設け、その立ち位置によって場所や時間の違いを表し、わずかな段差を上り下りすることで躍動感を出す。上手に衝立があり その上部に開いた傘、下手にも同じように複数の傘が…。カラフル(colorful)な照明によって ちょっと幻想的な雰囲気を漂わせる。
物語は、TV報道番組で Family Rental Service(略称FRS)がアンドロイドの貸し出しを始める、それを中継を通じて報じるところから始まる。ニュースキャスターの柿本光介は、試しにアンドロイドの「おばあちゃん」を柿本家に迎え入れた。 父 光介が勝手に話を進めてしまったこともあり、 三人姉兄妹の反応はまちまちだ。長女(中学3年)のスギエや長男カシオ(中学2年)は おばあちゃんの優しさに癒され、少しずつ彼女との距離を縮める。 しかし末っ子のクリコ(小学6年)だけは おばあちゃんを拒み続けた。その頑なさが拗れ周囲は勿論、東京中を巻き込む騒動へ……。
テーマは「人とアンドロイドの関わり」といったことだろうか。 母を失った子供たち…スギエ、カシオ、クリコの三姉兄妹。 アンドロイドおばあちゃんは、あくまで 彼らの「おばあちゃん」として優しく接していく。 しかしクリコにとって母は1人だけ、おばあちゃんでは「代わり」は務まらない。 おばあちゃんは それを承知でクリコと向き合い続ける。 アンドロイドの命は尽きないが、エネルギー充電は必要。クリコは、おばあちゃんをFRSへ帰すよう働きかけ、そこにもう1体のアンドロイド「ヒジカタ」が登場して緊迫感を増していく。
FRSにいるのは全てアンドロイド。ヒジカタは介護用アンドロイドとして病院に派遣されていたが、人の死によって責任を問われた。おばあちゃんとは異なり、ヒジカタは 生死に関わる人間とアンドロイドの違いを重く受け止めた。 アンドロイドの派遣役割などで状況が異なるのは生きている人間も同じ。人はアンドロイドと違って もっとハッキリした感情で揺れ動く。重苦しくなりそうな内容だが、終始明るいおばあちゃんのおかげで救われる。ただラストは、おばあちゃんとクリコの邂逅だが、そこには近々ヒジカタと同じような立場で介護問題が横たわるような…。
総じて役者陣は若く、アンドロイドおばあちゃんも若々しい。その衣裳や持ち物は、映画「メリー・ポピンズ」を連想させる。ドレス・帽子・日傘・鞄など映画から飛び出してきたよう。また照明が美しい。タイトルにあるように「宇宙」そして「星座」を思わせるような青白い輝きを照射する。その余韻付けが実に好い。
次回公演も楽しみにしております。
Nel nome del PADRE パードレ
サカバンバスピス
APOCシアター(東京都)
2024/10/17 (木) ~ 2024/10/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
濃密な会話によって不思議な世界観が…。
物語は、ここがどこで どのような目的をもって、どうしてこの男女2人なのか といった謎、その世界がぼんやりとしており 捉えることが難しいところが魅力。多くの不明や不安が逆に観客の関心を刺激し、それを圧倒的な演技力で牽引していく。
父親から見捨てられた子供、しかし それでも父親を慕い敬うような愛憎を交々に語らせ、家父長的な行為への反発や抵抗、その在り方を問うているようである。少しネタバレするが、黒電話が時々鳴り 誰か異空間・異次元の第三者と会話するような。これがヒントのような、そして不条理(世界観)に通じるような気がする。
当日パンフに、この作品には、ある”秘密”があり記載のQRコード等で検索とある。この秘密を見ることなく、この感想を記しているが…。少し考えてから拝見する。
(上演時間1時間45分 休憩なし) 追記予定
小夏の青春
きむら劇場
高円寺K'sスタジオ【本館】(東京都)
2024/10/18 (金) ~ 2024/10/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初めて観る演目、面白い。ご案内いただいた公演。
当日パンフに高円寺K'sスタジオオーナーの日下諭 氏が、つかこうへいが木村夏子さんへ書き下ろした作品で、観たことがある人がこの世に数百人しかいない文字通り幻の作品である旨 記している。
「蒲田行進曲」を小夏の観点から描いた青春物語。その小夏を木村夏子さんが一人芝居で熱演する。勿論 蒲田行進曲を芝居や それをもとにした映画鑑賞または小説を読んでいれば分かり易いが、この公演だけ観ても その面白さは十分に堪能出来る。当日パンフに、木村さんは つかこうへい劇団で学び 15年ぶりの再演とある。その長い空白の期間を埋めるかのような情熱的で心情溢れる舞台だ。
少しネタバレするが、冒頭 スクリーンで映画に関わる物語であることを表す。そして小夏が出生の秘密、母はテレサ・テン (中華圏での名前は 鄧麗君 〈デン・リージュン〉)だと明かすところから始まる。物語は、映画スターの銀ちゃん、銀ちゃんのためなら命も惜しくない大部屋のヤス、その2人の間で揺れる小夏の切ない愛が描かれている。公演の見所は 演技力。何度か衣裳替えのため 舞台上には誰もいなくなるが、そんな不在を感じさせないほどの高揚感と余韻を漂わせている。それを支える音響・音楽や色彩豊か・諧調する照明技術が巧い。それを日下 氏が担っている。
(上演時間65分)
ネタバレBOX
会場入り口で 木村夏子さんが着物姿でお出迎え。舞台は素舞台で後景がスクリーン。冒頭 映画タイトル「蒲田行進曲」が映され、♬虹の都 光の港 キネマの天地♬の音楽が流れる。また何か所かでナレーションを日下氏が、そしてラスト暗転後 「カーット」という台詞が心地良く響く。
物語は、人気俳優の倉岡銀四郎と新人女優の小夏が出会い、破天荒な彼に惹かれていく姿、彼を慕う大部屋俳優ヤスの奇妙な友情、2人の間で揺れ動く女優 小夏の姿を描く。勿論一人芝居であるから、銀ちゃんの我儘や女遊びなどは小夏の心情として語り、ヤスは相手を詰るといった一人会話で情景を表す。
「新選組」の撮影真っただ中の京都撮影所。最大の見せ場である「池田屋の階段落ち」が、危険であることを理由に中止になろうとしていた。そんな中、小夏の妊娠を知った銀ちゃんは、スキャンダルを避けるため ヤスに彼女を押し付ける。銀ちゃんを慕うヤスは、小夏と結婚し自分の子として育てることを誓うが…。
小夏が銀ちゃんやヤスの人物像を立ち上げることによって、逆に小夏の心情や心根が映し出される。その相対する人物を通して小夏という女優、そして1人の女性が鮮明になる。見所は、演技力によって 小夏が<愛>もしくは<情>といった目に見えないコトに目覚めていく過程が切々と描かれているところ。小夏の心情・心境の変化といった情念にも似たような感情が迸る。驚いたことに、時々 「飛龍伝」の神林美智子や「売春捜査官」の木村伝兵衛といった、別作品の女性の影がチラつく そんな錯覚に陥る。やっぱり つか節(台詞回し)がそう思わせるのだろうか。
銀ちゃんとの関りは、着物からショート丈タンクトップというような肌が露わな薄着へ、そして撓るような姿態が艶めかしい。ヤスに対しては危険なスタントに対する忠告をしつつ、それを強く止めない。銀ちゃんを思う気持、一方 ヤスはこんなにも危険な仕事をしているのに 小夏がまだ銀ちゃんを慕っている、その心の内の苦しさ故の妬みや荒み。しかし そんなヤスに対して小夏は普段着。そこには本来の 着飾らない素直な小夏が居るよう。つかこうへい が、最後の付き人兼運転手だった木村夏子さんのために…それに応えるかのような気迫ある芝居。1人で主役3人の微妙な心持と奇妙な関係を見事に表現した好公演。
少し気になったのが、始めのうち 声が掠れて聞き取り難いところがあり惜しい。
次回公演も楽しみにしております。
モノクロイド
劇団かえる
STスポット(神奈川県)
2024/10/13 (日) ~ 2024/10/14 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い しかも無料公演。
重要な警告をちりばめて紡いだ珠玉のSF作。観終わった時 「パンドラの箱」、最後に残ったのは「希望」だけという言葉が脳裏をかすめる。
説明(チラシ)では、西暦2616年という設定で、コールドスリープから目覚めた男が見た世界は…。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台美術は冒頭(2416年、2616年の200年前)だけ ミニテーブルが置かれ 食卓風景を見せている。そこには、生活感があり人類がまだ生存していたことを表している。舞台の上手・下手に黒い扉、同じように衝立暗幕があるだけの ほぼ素舞台。照明は主にオフホワイトで、視覚的にはモノクロイメージ=色がなくなった世界が広がっているよう。
人類は戦争の繰り返しで200年も昔に滅亡し、数台の人工知能を搭載したアンドロイドだけが機動している。屋外は廃墟と化し雑草さえ生えていない殺伐とした世界。人間のために造られながら 人間の役に立つことが出来ないアンドロイド、それを人間に置き換えた時、何の目的や目標かが見い出せない空虚な気持で生き続けることの空しさ遣る瀬無さ。同時に不安や怖さを感じる。不条理…戦争・環境そして生存といった重要なことが浮き彫りになってくる。アンドロイドはゼロ(0)からモノを作り出すことが出来ない。ここが地球であれば、いずれ死星になる運命だろうか。
屋内にいるアンドロイドは3体(メイド・ドクター・ガード)、夫々には役割があり家事全般 特に食事、人間専門に診る医者、森林(環境)保護、しかし人間もいなければ森林さえない。既に役立たずのアンドロイドと化していたが、死ぬ(壊れる)ことも出来ない。そこに200年の時を経て人間が現れた驚き、そして関心と奉仕できる喜び。そこに必要とされる意義のようなものが浮き上がる。同時に戦争は全てのものを奪う愚かな行為も。
コールドスリープという人体実験に応募した理由は、今の暮らしがもう少し楽になればという ちょっとした欲(お金)のためだったが…世界が違えばお金はただの紙片。大切なものはもっと身近にあった。失って気づく大切なもの、それは人間をはじめ全ての生あるもの。
卑小だが、全てを無にした設定…アンドロイドのエネルギー源は何か、そして人間ケイへの食事(食材)は どのようにして調達出来たのか等々。人間もケイ(男)だけで これからの人類(生殖)は、そして唯一の希望 四葉のクローバーはどうなるのか。これから先も関心が尽きないが…。
次回公演も楽しみにしております。
Flower
兎団
中野スタジオあくとれ(東京都)
2024/10/10 (木) ~ 2024/10/14 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
現代と過去(戦国時代)を往還する というよりは綯交ぜの混沌とした物語。解ったようで実は理解が追い付かない独特の世界観だが、飽きることなく観ることは出来る。この団体 気になっていたので観に行ったが 満席いや増席するほど盛況。開場前から並んでいる人が多く、コアなファンに支えられているといった印象だ。
心の在り様は、時代が違っても…例えば 花にも色々あり 一輪でも存在感ある大輪を咲かせるものもあれば、人知れず野に咲く花もある。それを戦国武将の生き様に準えて描く。もっとも戦国時代と言っても柴田勝家とお市(織田信長の妹)が北ノ庄城で自害するところから大坂夏の陣(主人公 真田幸村が討死)迄を駆け足で描いている。そのため ある程度知られた出来事(史実)を掻い摘んで紡いでいることから、全体的に粗くなっていることは否めない。ちなみに、お市の娘 茶々(後の淀殿)を戦国時代に生きた女性の代表格のように描く。冒頭 お市の最期のシーン、たとえ女性であっても自立することが大切、そんな旨の台詞が現代へのエールに思える。
「兎団式、何でもありの一大絵巻」という謳い文句、個々の武将の心情の深堀というよりは、エピソード等を誇張することで興味を惹く。そしてその時代をどう生き抜くか、その生き様が華々しかろうが 枯淡や簡素であろうが<どう生きるか>が重要だと。これが現代(シーン)の悩める中年男へのメッセージに繋がる。
一見 雑然とした描き方のようだが、史実としての物語は流れており 観せる工夫として歌やダンス、そして衣裳やメイクといったビジュアルで魅せている。勿論 効果的な音響音楽や照明の諧調によって印象付け、それら舞台技術が物語をしっかり支えている。
(上演時間2時間 休憩なし)
ネタバレBOX
暗幕で囲い 上手 下手に非対称の黒い階段状の段差、入口近くにある置台に黒電話。至る所に切り絵が貼り飾られているだけのシンプルさ。戦国時代という乱世の光景(殺陣・アクション等)を描くためにスペースを確保しているのかと思ったが、それほど激しい動きはない。動作には、パントマイムで観せる場面も多くある。
物語は、現代の名無し男が、車で東京(江戸)に向かうシーンから始まる。名無し男は、架空の電話相談へ掛けるが、その相談事が曖昧というか要領を得ない。高校を卒業して15年、何の変哲もない生活を続け このままで良いのか自問自答している。何の不自由もなく大きな悩み事もない。漠然と生き甲斐のようなものに憧れているよう。
戦国時代の武将は日々生きるか死ぬか、家名の存続と家臣の生命と生活を抱えている。主人公は真田幸村、父 昌幸と上田城にて関ケ原の合戦に馳せ参じる徳川秀忠の大軍を少数精鋭で足止めて、知略・勇猛を世に知らしめた。勿論真田十勇士といった魅力ある人物が登場する話もある。戦国時代の終焉となる大坂の陣(冬と夏)の活躍を描いており、そこでは勝ち目がない豊臣方に味方している。そこに戦国の世を、そして武将としてどう生き死ぬかといった生き様を見せる。
現代の平凡なサラリーマンと戦国時代の勇将を比較するような描き方、そこに人それぞれの考え方や生き方を投影する。ちなみに大坂の陣では、後藤又兵衛・木村重成といった歴史好きには馴染みの人物も登場するが、真田幸村に比べると華がない(語弊があるかもしれないが)。そこに歴史に埋もれそうな人物をも照らし出す。戦国という刹那的な時代を取り上げながら、ダンスや生歌という魅せる演出で盛り上げる。そこに 独特の世界観の演出する巧さを感じる。
次回公演も楽しみにしております。
憧憬の記憶
劇団水中ランナー
ザ・ポケット(東京都)
2024/10/09 (水) ~ 2024/10/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
㊗10周年記念 面白い、お薦め。
親と子、兄弟姉妹、夫婦、恋人などのありふれた関係、そして これまた何処にでもありそうな事を点描して、家族や仲間といった大きな輪の中に滋味ある物語を紡ぐ。そこには 現実は厳しいが、それでも人に寄り添い、助け 助けられといった優しい信頼関係が描かれている。物語は大きな事件も事故も起きない、ごく普通の日常が淡々と過ぎていく。しかし点描している事は、1つ1つが身近に起こる内容で他人ごとではない。だからこそ観客の共感と納得を得ており、クライマックスでは場内に啜り泣きが…。さすが 劇団水中ランナー、笑い泣きといった感情を揺さぶるのが実に上手い。秀作だ。
少しネタバレするが、舞台セットがしっかり作り込まれ、物語の情景や状況が瞬時に解る。この家(自宅)は、劇団稽古場兼事務所にもなっており、そこに出入りする人々(劇団員等)と家族の心温まる話。タイトル「憧憬の記憶」は、登場人物一人ひとりの想いに繋がり、テーマそのものになっているよう。そして役者陣の熱演が この物語を支えているといっても過言ではない。それだけ性格や役割をしっかり表(体)現している。
(上演時間1時間50分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は劇団稽古場兼伊原家居間。本当にそこで稽古や生活をしているような作り込み。正面にソファ、テーブル、上手下手に棚。特に下手のTVは重要。稽古場を思わせるのは正面に過去公演のポスターや北原白秋50音(発声練習用か)が貼られている。
伊原家は父と子(兄弟姉妹)の5人家族、母は亡い。物語は、次女が家を出ている兄と姉に父が認知症になったことを告げる電話から始まる。末弟は知的障碍者で施設に通所している。開始早々 家族が抱える問題を投げかける。そして長男が家を出た理由、嫁に行った長女が出戻ってきた理由など、次々に謎めいた問題が…。そして次女は同居している父や弟の面倒を見、また劇団員であることから その運営に腐心している。さらに自分の恋愛のこともあり心休まる時がない。
特別な事情ではなく、どこの家庭でも起こり得る出来事。その身近な問題を点描しながら、いかに寄り添い見守ることが出来るか。観劇経験が多い少ないに関わらず、解り易い内容になっている。そして心魂揺さぶる泣き、心底優しくなれる笑い、その感情移入させる表現が実に巧い。当日パンフにある「生きている人は生きている人を救う」というテーマがしっかり伝わる。
父の呟き、記憶が無くなることへの寂しさ怖れ、その哀愁ともいえる姿や言葉が心に沁みる。また台詞のない知的障碍者 啓太のリアルさ。物語は この弱き者2人を中心に描き、 家族の今後を優しく見詰めているよう。さて 再演があるかもしれないが…長男が高校生の時に母が亡くなり、その時 劇団で上演していた演目が「憧憬の記憶」。父は、母の手術そして死より劇団公演を優先した。それに対する反発から家を出た。今その父が…。
次回公演も楽しみにしております。
遺失物安置室の男
劇団夢現舎
新高円寺アトラクターズ・スタヂオ(東京都)
2024/10/04 (金) ~ 2024/10/14 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
この「遺失物安置室の男」シリーズは、2005年の初演以来 何度か形を変え上演しているという。自分は2014年版を観ている。その時に比べると物語性がはっきりしている印象だ。つまり抽象的から具体的に、観客にもっと感じ取ってもらうことを意識したかのようだ。しかし、それによってテーマ「存在」が揺らぐことはない。
一見 記憶の彷徨のようであり、いろいろな「物(モノ)」と「者」の関係を描き、全体としてテーマを浮き彫りにする。ただ 哲学的なもしくは禅問答的な台詞が物語を暈しているよう。そこに公演の強かさを感じる。
(上演時間1時間40分)
ネタバレBOX
舞台美術は、後景に遺失物が並んだ絵を描いた幕
/ 板、それを幾何学遠近法を用いて奥行きを感じさせる。その消失点が輝いているように見える。ラストはその輝きが活きてくる効果的な仕掛け。上手に「遺失物管理所入口」の看板、下手は置台に呼び鈴。そして「ご用のかたは このベルを鳴らして下さい」の張り紙。全体が昏く地下を思わせる。
また舞台技術…照明は暗い中で人物にスポットライトをあて、音響音楽はオルゴールの優しい音色、それに合わせて歌う余韻付け。実に効果的な演出だ。
物語は、害虫と書かれた帽子をかぶった男 猫田が管理所に来て、遺失物を受け取るところから始まる。そして、ここの管理人から持ち主である<本人>証明をするよう迫られる。自分で自分を客観的に証明することは案外難しい。話が展開しだすと、台詞を「管理」と「安置」を微妙に使い分けていることに気がつく。「物」は不要になり「者」は生存しなくなった状態の時、その納まる場所が違ってくる。それを奥行きある舞台美術(二重構造のようなセット)で観せている。物の価値(大切さを 呼び鈴に準える)やその要否をいくつかのエピソードに落とし込んで紡ぐ。なおエピソードとは別に、管理人の過去と人柄が…こちらに物語性が潜んでおり、エピソードと絶妙に絡んでくる。
辰子は、彼から貰った磁石のペンダント、その実用性は別にして 遠方にいる彼の愛が信じられなくなり手放すので管理してほしいが…。また、かごめ は人を刺してしまったナイフは不要、安置してほしいと。さらに入鹿沢は、小説原稿を落としてしまった。当初その価値を認めていなかった(不満足だった)が、失って初めて その大切さに気づく。「物(道具)」の価値は 使ってこそ、「者(人間)」は頭を使って=考えることで始めて真価を発揮するのではなかろうか。
さて 管理人は後々分かるが、事故で記憶を失っている。ちなみにチラシには、この管理人の特徴が書かれており、その第1に記載がある。管理人自身、自分が何者なのか、その正体不明な男が他者に対して自己証明しろと…。人の身分などは公的機関等で発行する書類等で出来るが、自分とは…。その証明こそ「生存証明」にほかならない。当たり前の帰結と思えるが、哲学的な言葉が入ると条理なのか不条理なのか曖昧になる面白さ。考えさせる公演なのだ。そして失ったのが、過去ではなく記憶であれば、そこから新たな記憶を刻み込めば 生きていける。まさにテーマ「存在」=「生」(旅行鞄を持って地下から地上へ)なのだ。
ただ、この遺失物管理所・安置室なる位置付けがハッキリしない。何となく私的機関のようだが、その存続・廃止が街を二分するほどの議論になるのか、自分の中では疑問を残して(台詞を聞き逃したか)…。
次回公演も楽しみにしております。
ゆうせいむしむし
劇団芝居屋かいとうらんま
OFF OFFシアター(東京都)
2024/10/04 (金) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め といっても東京公演の楽日に観劇。
三島由紀夫の或る小説をモチーフにした現代劇。同時に物語の設定から反戦劇といった印象も受ける。タイトル「ゆうせいむしむし」は、四字熟語「遊生夢死」の否定のよう。説明にあるように、戦争で死ななかった男が 意味ある「生」のために無謀な「死」へ向かう。
物語の始まりを戦後間もなくにしているところが妙。これによって生きらえてしまった復員兵が、これからどう生きていくのか、いや何もせず、ぼんやりと一生を過ごすのか。ここから三島作品をモチーフにした話が展開していく。チラシの表に「死ねなかったワタシの命 どなたか 買ってくれませんか」と。この突飛で物騒な言葉、日本人には それほど耳馴染みがないわけでもない。やくざ映画や浪花節など、どこかで聞いたことがある。勿論 物語に関係しているのだが、自暴自棄になっているのではなく、生きる価値を見出そうと もがいている<思い>のようだ。
小劇場の特長を生かした演出が巧い。少しネタバレするが、キャスター付きの何枚かの障子戸を回転させながら、情景と状況を描き出す。瞬時に転換するようで、実に小気味よい。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
舞台美術は先にも記したが、6枚の障子パネルのみ。そこに異なった絵柄を張り付け 情景を観せる。素早く動かし芝居の流れを途切れさせない工夫が好い。
舞台衣裳は、軍服や着物といった戦後を思わせる洋装・和装が独特の世界観を作り出し、また輸血シーンの小道具は滑稽かつ怖いといった不思議感覚にさせる。
冒頭、敗戦を知らせる玉音放送を聞くシーンから始まる。お国のために戦死することなく復員してしまった男 ヤスオの無念さ。自殺(切腹)しようとするが、踏ん切りがつかない。その様子を見ていた男 十蔵に命を買われる。十蔵は「命販売いたします」の看板を掲げた商売をしている。さて、モチーフにした小説は「命売ります」(1968年連載)で、自殺に失敗した主人公が「命を売る」ビジネスを始め、奇々怪々な依頼に応じる中で「命」と向き合う様子を描いたもの。
生き残った復員兵が、今までの価値観と180度違った世の中で どう生きていくか。一度死んだ命、命を買われ それを売るという逆の発想の面白さ。一度死んだ命、色々な柵から解き放たれ 重荷がなくなった分、自由な思考と行動が…そこに戦後日本の姿(社会)をみる。それにしてもヤクザの妻や愛人の奇妙な愛憎、毒薬を作る女や輸血しないと死ぬ女など、一見バラバラと思える場面がどう関係し収斂していくのか興味を惹く。
戦後から高度成長期への過渡期、その(個人)意識の変化を描いているが、この時代設定が妙。そして自分(ヤスオ)は何者なのかということが段々と明らかになり、戦死した戦友たちの想(重)いを背負って生きていることを知る。いや生か(輸血)されているといった悲哀が…。妄想・幻影といった奇妙なエピソード紡がれていくが、それはヤスオの心の闇(忘れたor忘れたい記憶)であり光(今後の生き方)を意味しているよう。そこに戦中戦後を生き抜いた人々のリアルな姿が立ち上がる。物語は、戦後の社会情勢や個人意識を通して、現代社会を生きる人々(我々)に繋がっている と言えよう。まさしくタイトルに準えた人生観を示唆している。
次回公演も楽しみにしております。
コラソンのおともらち
コラソンのあんよ企画
APOCシアター(東京都)
2024/10/04 (金) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
三短編オムニバスというよりは、連作品といった感じだ。登場人物を通して三編が緩く繋がっており、そこには人は一人で生きていくのは難しい といったことが描かれているよう。当日パンフにも「飼い猫 コラソンとおともだちのノラさんーその間に立ちはだかる透明だけど固いガラス窓。目に見えないけど確かに存在する他者との<心の壁>が今回のテーマとある」と。心の壁はあっても、一人では生き難いのが現実だろう。心の機微と人間関係を巧く紡いだ物語。
比較的小さな空間だが、三編の状況を明確にするため舞台セットは入れ替える。その手際の良さ、ちょっとした隙間時間に 今観た物語を反芻して楽しんだ。登場人物は3~4人、密な空間での濃厚な会話が痛々しくも切ない。そして日常見かける光景だけに納得感と共感が…。コミカルでありシリアスな味わいのある好公演。
二面客席で それぞれ段差が設えてあるから、座る場所で印象(観え方)が異なるかも。因みに猫は、冒頭 スクリーンに登場するだけで、直接 物語に絡まない。
(上演時間2時間 途中パフォーマンス休憩あり)
ネタバレBOX
三編は 次の通り。
1.「・・・に際しまして」
舞台は同棲を解消して、彼女が引っ越すまでの わずかな時間。セットは畳二畳 その上にベット、ミニ丸テーブルとクッション。そして段ボール箱1つ。大方 搬出が終わって車に乗り込むだけ。居酒屋でバイトしている男は未練がましく、女は彼のことがちょっと心配。大喧嘩したわけでもなさそうで…多い沈黙 しかも長く気まずい雰囲気。引っ越しの手伝いに彼女の知り合いが来ているが、この人物が鍵。この状況は3作品目を観てはじめて分かる。
2.「スタイルだから・・・」
居酒屋の座敷が舞台。前作のベットを搬出し、丸テーブルの代わりに居酒屋テーブルを。ロックバンド メンバー3人の飲み会で、今後の活動について議論 というよりはリーダ(Drummer)の持論を捲し立て、たびたび解散を口にする。度々の飲み会で同じ展開に辟易しているヴォーカルが怒りだし逆襲する。店内でサングラスを外さない、小指を立てて飲む、スマフォを見ながら話す、それぞれにスタイルがあるようで…。
3.「サクサクアーモンド」
ビジネスホテルの休憩室。畳の代わりにソファ、テーブルと椅子を搬入。ホテルの清掃員とフロント嬢(コンシェルジュ?)の言い争い。宿泊客が室内を汚し、その後始末(清掃)を終えて休憩している。そこへフロント係が颯爽と入ってくる。清掃員は彼女に経営者(幹部)に、善処するよう依頼するが 取り合わない。逆に嫌なら辞めればいいと…そして売り言葉に買い言葉で本当に辞めてしまう。残されたもう一人の清掃員の切なさ寂しさが募る。
第1話の知り合いの人物、実は引っ越しをする女の姉でホテルのフロント係。妹をだらしのない男と別れさせたが、結果 引き籠りになり。両親がいなく姉妹2人、妹は誰かに頼るといった依存癖がある。だから清掃員の頼るような依頼事は断った。一方 辞めた清掃員が住んでいるアパートに同棲を解消された男?がいたようだが、孤独死をしたと…。
自分の内(心)にずかずか入ってこられるのも煩わしく迷惑、しかし距離を置き過ぎると違和感が…その人間関係は難しい。人が存在している限り永遠の課題かも。
次回公演も楽しみにしております。
海のない島
劇団B♭
テアトルBONBON(東京都)
2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
約30年ぶりの再演、しかし その内容はどんなに時を経ても色褪せることはないだろう。現代と昭和20年を往還し、改めて戦争の悲惨さと平和の有難さを訴えた公演。その観せ方はコミカルとシリアスが混じり、飽きずに考えさせるといった印象だ。時に 舞台となった沖縄戦、その地元踊りと地唄を披露し観せ聞かせ楽しませる。
何度も繰り返される「青く青く静かに光る海を見ながら」、その台詞こそがタイトル「海のない島」と対になっているよう。物語は、或る1日のTVのニュース番組から始まる。いつの間にか時間と場所を飛び越え 戦時中の徳之島へ、登場するのは ひめゆり学徒隊と特攻隊員、その悲しいまでの話が紡がれていく。公演は、物語の中だけではなく、この思いを忘れることなく 我々観客が語り継ぐことを訴えている。
(上演時間1時間55分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術…後景は黒平板に黒角材を打付け、上手 下手は夫々階段状にし花飾りを置く。
舞台技術…現代は穏やかな波の音、優しいピアノの音色。一方 戦時中は機銃・爆撃音、照明は赤く染まり緊迫感を出す。
物語は、TV報道番組で最近 鏡の盗難事件が連続して発生している といったニュースを伝えているところから始まる。その特集取材のため徳之島へ。現代は不可解な事件を追い、終戦間際は ひめゆり学徒隊の少女達、特攻隊の青年達の記憶をよみがえらせる というように時代を交差して描く。砲撃から逃げ惑い、特攻出撃までの緊張感、50年間同じ悪夢を繰り返しみる苦悩。海上は敵艦で埋め尽くされ真っ黒、そのため きれいな海が見えない。
少女達の思い…鏡を粉々に砕き、その欠片がキラキラと光り海を照らし出す。悪夢を終わらせ新たな未来(希望)ある夢をみたい。それが繰り返しの台詞「青く青く・・」である。青年達の思い…特攻出撃した際 上空から投げた花、それが根付きお花畑になり脈々と咲(生)き続ける。そのためには手入れし大事に育てなければ。その思いを受け継いだのが、今回取材を受けた老女 徳田さち。
現代のTV関係者 筑紫炭鉱や滝川・クリス・テル子、そして徳田さちのコミカルな描き、一方 戦時中の少女・青年達のシリアスといった描きで 敢えて観せるために硬軟使い分けているようだ。だから過去の少女・青年役は現在のTV局のAD等の一人二役を演じるが、コミカルさは観せない。現代の奇妙な事件と沖縄戦を抒情的に結び付ける。
死んだことは、ひめゆり学徒隊・特攻隊という言葉で知られているが、彼女 彼らが生まれ生きていたことは忘れられている。「言葉」だけの美辞麗句に対する痛烈な<思い>が綴られているようだ。
次回公演も楽しみにしております。
広い世界のほとりに
劇団昴
あうるすぽっと(東京都)
2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ローレンス・オリヴィエ賞ベスト・ニュー・プレイ賞受賞作。
或る事故をきっかけに家族の結びつきを失った三世代家族の再生物語、そんな謳い文句である。物語は、日常のありふれた光景や会話を描き紡いでいるだけだが、次々と情景や状況が変わる。登場人物は、舞台上の違う場所(部屋)や時間をあっさり乗り越え 心地良く展開していく。公演の面白いところは、会話がちぐはぐで一貫性があるのか、場面を繋ぐ構成も断続的で統一性があるのか。その不完全とも思えるところが、物語の崩れかかった関係に重なるようだ。
物語は、2004年の晩秋もしくは初冬から翌年の初夏迄の約9か月間か。英国マンチェスター郊外のストックポードで暮らすホームズ家の三世代。夫々の夫婦の関係や子供との関わりを断片的に描き、場所は違えど同じ時を過ごしていることを語っている。物語は休憩をはさみ前半と後半、その空白の時間(休憩)に或る事故が起き、数か月間の時が経っているよう。休憩の前後で状況が変化、端的には衣裳に表れている。
日常の生活…ストックポートに行ったことはないが、多くの場面に酒とスポーツ(サッカー?)が登場する。それを会話の潤滑材として 世代間の意識や行動の違いを描く。例えば祖父母の場合、祖母が外出する際 祖父が俺の飯はどうするんだ。外出などするなと怒り出す。父母の場合は、当然のように母も働きに出ている。その息子たちは…その考え方や行動が冒頭のシーン。それにしても汚い言葉が所々に発せられて…。
(上演時間2時間50分 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台美術が、この三世代家族を象徴するかのような作りに思える。正面に薄汚れた壁、上手は木製扉、下手は硝子扉。側面に窓ガラスとカーテン、ベットやキッチン、丸テーブルやいくつかの椅子が置かれている。古びて薄汚れた、そして今にも崩れ落ちそうな天井…まさに半壊状態。
舞台技術は、舞台上の照明(スポットライト)を登場人物の動きに合わせ移動。舞台上の各所は夫々が違った場所(空間)であり、それを簡単に乗り越え展開していく。また白銀色または暖色によって現実を、薄紫紺は幻想を そんな情況の違いの演出が印象的だ。
登場人物は、家の修理工ピーターとその妻アリス には2人の息子がいる。兄はアレックス18歳、弟はクリストファー15歳。アレックスに恋人サラができ、彼女を見たクリストファーの胸がざわめきだした。ピーターの父チャーリーはいつも酒を飲んでいて、その妻エレンは生活を変えたいと思っている。そんな家族の暮らしに隙間風が…。冒頭 アレックスとサラが彼の家へ行き 両親に会う。そして一晩泊まるまでの落ち着かない様子を描く。その数日後2人はロンドンへ長期旅をする。祖父母・両親の世代では考えられないような行動をするが…後々事情があって戻ってくる。
休憩、後半は 舞台に大きな脚立を持ち込み、ピーターがスーザンの家の天井を修繕しているところから始まる。前半の厚着や上着を羽織る姿から、今 ピータとスーザンは半袖の薄着、そこに時の経過が表れている。そして話の流れでピータが息子クリストファーが事故死したことを始めて喋る。この休憩中に描かれない重要な出来事をサラッと挿入する。しかしクリストファーの死は、それまで隠れていた家族の不平不満を表面化させる契機になっているはず。たぶん事故死後は狂乱状態、そこを敢えて描かず ある程度落ち着いた時から描き出しているためインパクトが弱い。事故死という やり場のない悲しみと怒り、その過程を通して それまで鬱積してきた思い、家族のぎこちない関係が鮮明浮き上がるのでは…。
アレックスとサラのSEX、エレンとアリスの初めての経験(処女)、エレンは夫チャーリー以外の男性と経験を、更にチャリーやアリスは夫々 浮気寸前 といった台詞(告白)が並ぶ。しかし肉感的なイメージはなく、どちらかと言えばサラッとした印象、まさに乾ききった関係のよう。が、一度は離婚を考えたピーターとアリスだが、息子を失った悲しみを分かち合うことが出来、絶望から再生への光が…。その件が性急で残念。
次回公演を楽しみにしております。
嗤う伊右衛門 2024
Mido Labo
サンモールスタジオ(東京都)
2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。これぞ舞台は総合芸術と思わせる秀作。
「京極ワールドを一冊読み切った達成感」…この謳い文句に誇張はなく、十分に堪能させてもらった。
本「嗤う伊右衛門」は再演ということだが、自分は未見。京極夏彦の小説も未読であるが、その世界観がしっかり伝わる。いや小説という自分の想像によって世界を膨らませることと違い、舞台は視覚聴覚など直接的に感じる。その意味で狭いといった印象を持っていたが、登場する人物1人ひとりを深堀し、語り部をもって物語を紡ぐ。そこには頁と頁、行間を読むといった小説の味わいとは別の面白さがあった。語り部は1人ではなく、1冊の台本を手にした者が話を前に…。このように人物と物語が併走していく感覚が好い。
小説の登場人物は、役者の体を通して立ち上がる。勿論 役者の体現がそうさせるのだが、たぶん小説とは違って生身の人間=役者の感情が直接訴えてくる迫力に圧倒される。繊細かと思えば荒々しく大胆に、しかも所作に様式美まで感じてしまう。
この役者陣の熱演を支えているのが、舞台技術ー照明・音響音楽であることは間違いない。単に技術的な効果だけではなく、情景や心情といった内外に秘める機微のようなものが演出される。見事の一言。
(上演時間 前半1時間35分 後半1時間10分 途中休憩10分 計2時間55分)10.5追記
ネタバレBOX
舞台美術は、段差を設えその前に畳一畳。下手に めくり。物語の情景・状況に応じて畳の向きが横・縦・斜めに置き換わる。物語は 小説の目録通りに展開するようだ。目録は めくりに書かれ、演者が捲る。例えば「木匠の伊右衛門」「小股潜りの又市」等と書かれており、舞台では その人物を中心とした場面が描かれる。その人物の背景なり性格等が掘り下げられ、次々に登場する人物との関りが鮮明になる。
「東海道四谷怪談」は、概ね 塩冶四谷左門の娘・お岩(おいわ)とお袖(おそで)の姉妹を巡る怪談劇で、お岩は夫・民谷伊右衛門(たみやいえもん)の極悪非道な行いによって非業な死を遂げ、幽霊となって恨みを晴らそうと。一方「嗤う伊右衛門」は、気性が男勝りで凛とした お岩を敬い愛していたと。また 伊右衛門は生真面目、律儀といった性格のようで 梗概は似ているが、まったく逆の心情が描かれている。そこに京極ワールドの純愛が切なく悲しく紡がれる。
冒頭、伊右衛門が蚊帳の中で、その場所から外は暈けて見える。勿論 外からも内は暈けた人影しか見えないだろう、そんな旨の台詞から始まる。蚊帳を捲ると闇が入ってくる怖さ、そこに人との関わりが透けて見える。人の外見は鮮明なのに、内心は計り知れない。胸襟を開いて 懐に入れることの怖さ。物語の人々は上辺だけの言葉を信じ、騙され窮地に陥る。それでも信じ合うことの尊さ、そこに顔の美醜など関係ないと。
舞台技術が見事。照明は全体的に昏く ピンライトで人物を浮き上がらせる。それは心情であり情況である。また青白い目つぶし閃光で雷、また葉影のような落ち着きなど多彩。音響は雷鳴やドロッとしたという 語りに合わせた効果音など、目に見えない情況が迫る。また和装が映え、その端正な立ち居振る舞いが美しい。
次回公演も楽しみにしております。
『chill』
劇団鮫軟骨
参宮橋TRANCE MISSION(東京都)
2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「僕は普通じゃない」…サラリーマンになった僕は、人間関係に苦しめられたが 今はその人間関係に助けられている。登場するのは皆 善人ばかり、それでも誤解や思い違いによって ぎくしゃくする人間関係の難しさを温かく見守ったヒューマンドラマ。また人の思いや考え方は複雑、一方向だけではなく 表裏(双方)を描く。変哲のない日常風景はリアルではあるが、舞台としては何か物足りない。惜しい。確かに笑いや泣きといった場面は描かれており それを紡いでいる。しかし それは表層的に並んで描かれている といった印象を受けた。
ラストは、主人公 杉本応助の妹 が兄に「運を使い果たしたね」といった件で何となく想像が…。公演は、何事も努力、やれば出来る といった根性論的なサラリーマン人生を少し見直すといった観点で描いている。何も道は一つだけではない、ただ自分に合った選択肢を見つけられるか否か。物語では良き伴侶と仕事を見つけて心豊かに そんな成長譚でもある。いろんな意味でちょっと疲れている人にはお勧め。
(上演時間2時間20分 休憩なし) 【B】
ネタバレBOX
舞台美術は 中央に四角いボード、その左右は角材で囲った 木枠の出捌口、客席側にも同じ出捌口、要は四隅が出捌口になっている。天井には角材や裸電球が吊るされている。物語の展開(民宿)によって中央床にテーブルを設えその周りに板席を作る。板(床)は、チラシと同じような絵柄。客席は三方囲み。上演前にボード奥の螺旋階段をスーツ姿の男女が整然と降りてくる。
物語は、応助の弱く ぎこちない独白から始まる。社会人になってから対人関係に悩み、人混みは勿論 知らない人と話すだけでパニック障害を起こす。始めのうちに彼の性格などを説明する。或る日 東京への出張を命ぜられるが街中で気分が悪くなる。その時助けてくれた きよ と結婚し、地方で民宿を開業する。その名は「民宿 助きよ」? そこに来る宿泊客や地元の人々との交流を通して、人との関わりを克服していくような。
日常を淡々と描いているが、それまで鼻持ちならない奴、差別的な考えを持った者として描いていた人を別(その者)の観点で描き出す。例えば会社の同期が宿泊に来て、社内で苛めていたことを謝罪する。また視覚障碍の女性を伴ったカップルの結婚を反対する 理解のない姉など。しかし何故そのような態度をとっていたのか、それまでに伏線なしで突然理由を明かす。物語の展開は好かったが、紡ぐエピソードのようなものが深堀出来ていない感じだ。上演時間との関係もあることから、描くエピソードとその内容にメリハリが欲しい。
卑小なことだが、いくつか気になる点が…。まず 視覚障碍者が勝手を知らない民宿の中で白杖を使わず歩くのか、次に冬にも関わらず薄着でハーフパンツ姿に違和感がある。周りは冬着なのに、何人かは夏着というアンバランス。いくつかの場面で衣裳替えしているので、対応可能だと思うが…。
次回公演も楽しみにしております。
ピンポンパン!
トツゲキ倶楽部
「劇」小劇場(東京都)
2024/10/02 (水) ~ 2024/10/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
確かに会話は「ピンポンパン」だ。少しネタバレするが、舞台は或る女子高の卓球部OG会、そこで繰り広げられる会話は、漂流するようで どこに辿り着くのか分からない。しかしどうしても聞きたいコト、でも その話題に触れることは躊躇してしまう。その小骨が喉に刺さったような もどかしさを実に上手く表現している。これによって興味を惹かせる巧さ、感心する。
卓球に例えた会話は 緩急をつけ、相手を翻弄する心理戦のようであるが、試合とは違って思い遣る言葉が並ぶ。独白や会話を通して少しずつコトの真相に…。そこまでの過程をトツゲキ俱楽部らしい展開で紡ぐ。そして登場しない人物の真の優しさを知る。さらに部活動にありがちな行動、それを時代間隔による意識や態様の違いに落とし込む。たかが卓球、されど部活動…その小さいと思われる世界が大きく感じられる好公演。
(上演時間1時間40分 休憩なし)
ネタバレBOX
女子高卓球部の部室が舞台…客席数を減らして舞台面を広げ、中央に卓球台 その周りに折りたたみ椅子を置く。冒頭、久し振りに会う体育会系(卓球部)の先輩後輩という上下関係の規律に時代間隔を現す。今はコーチといえど パワハラ・セクハラ等で厳しく糾弾される時代になりつつある。
物語は、17年振りにインターハイ出場を決めた後輩、その支援のために集まったOGたち。<女子高><17年振り>という設定が妙。これによって話の芯(コトの真相)が見える様で見えない、その もどかしさこそ チラシにある「会話はピンポンだ!」に繋がる。集まったのは3期生から23期生までのOGと元コーチと現コーチ、しかし在学当時の直接の先輩後輩はいない。つまり3(学)年以上の間隔、この設定も絶妙である。
17年前、元コーチが他校の男子生徒を殴り、インターハイ出場を辞退した事件があった。その時に何があったのか知りたくて うずうずしている。何故 暴行したのか その理由は…。気まずくなる、それを承知の上で当時のメンバーが出席しているのが肝。女子高・17年という歳月・その当時と同じ年齢の(活躍)選手がインターハイへ、そして今回OG会を開く。全てがリンクしてくる展開が見事。
元コーチは登場しないが、当時の部員達には信頼されていた という人柄が分かるエピソードが優しく温かい。卓球台をはさんでの軽妙・辛辣・濃密といった色々な会話が交わされる。ただ、事の真相を知っている人物がOG(12期)におり、全て彼女に負わせ過ぎた気もする。できれば、その役割を始めと終わりに登場する教頭に負わせてもよかったような。
次回公演も楽しみにしております。
第38回公演『バロウ~迷宮鉄道編~』
激団リジョロ
すみだパークシアター倉(東京都)
2024/09/27 (金) ~ 2024/09/30 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
創団25周年記念公演、面白い。
観劇した日は、上演中の写真撮影OK。
迷宮の世界観といった内容…それが幻想・妄想はたまた悪夢なのか、理屈や細部に拘って観ると混乱しかねない。説明には、悪夢を見るために眠り続ける姉、細胞に潜む悪夢と不条理犯罪を研究する学者、謎の連続放火事件、そして時を遡って17世紀の島原の乱へ、情景と状況が次々と変転し同じ場所(空間)に止まらない。
混沌とした迷宮物語、それは坑道・軌道によって昏い穴倉へ誘われるような感覚だ。勿論 舞台美術はタイトル「バロウ:BURROW=穴・隠れ家)を表すような怪しさ、登場人物も奇異な出で立ちで外見的にも観(魅)せる。照明や音楽・音響といった技術は効果的で、物語の雰囲気を見事に漂わせていた。 観応え十分。
(上演時間2時間20分 休憩なし) 追記予定
Letter2024
FREE(S)
ウッディシアター中目黒(東京都)
2024/09/25 (水) ~ 2024/10/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
Letter2023も観劇しているが、劇場(渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール)や演出が違うと 同じ脚本でも違ってみえ 印象も異なる。勿論、Letterの意味するところを伝え続けることは大切。同時に舞台としての面白さを味合わせてくれる、そんな意味ある公演だ。
物語は、現代と太平洋戦争時(1945年8月)を往還し、<命とは> を戦時中と現在の若者の考え方や意識を比較しながら紡いでいく。命は自分のものであり、大切な人を守るためのものでもある。今から当時を客観的に見れば、戦争(特に特攻)など馬鹿げたことに思える。しかし、後の時代から正論ぶったことは 言えても、当時の意識はその時にしか解らない。それを どのように描き現代に繋げるかが肝。特攻前夜、隊員と大切な人との別れの場面(手紙の朗読)は、心魂が揺さぶられる。現実は<おかしい>が、それをまともに言えない、その思想教育が怖い。
(上演時間2時間 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は、段差を設え中央に平台。上手下手に箱馬が置かれている。上演前は平台の上に被せモノがある。舞台全体は大きなスペースを確保し、アクション等をダイナミックに観(魅)せる。場面によっては 居間に卓袱台等、時に戦闘機の操縦席を設置する。
照明は、平時と戦闘場面で色彩を変え 、平穏(暖色)と緊迫(朱色=血、白銀=閃光)を表す。音響・音楽は戦闘における機銃音が緊迫感を生む。ラストのテーマ曲「大切な君へ」が余韻を残す。
物語は地域の祭りの夜、明日は結婚式というカップルの他愛ない会話から始まる。その夜、夫になる青年が凶刃に倒れ、2024年から1945年8月にタイムスリップする。そして1945年から2024年へ届いた一通の手紙、そこには ある人に宛てた切ない恋心が書かれていた。 現代から太平洋戦争終戦間近にタイムスリップした青年の戸惑い、その時代を懸命に生きようとした同年代の特攻隊員の姿を描いた群像劇。
国(大切な人)のため 夫々が思う心情を丁寧に紡ぐ。例えば 特攻隊員や予備員たちは、妻や許嫁への情愛を語り、ハーフの特攻隊員は社会から差別され蔑まれながらも、日本国民として 妹を愛おしく思う気持など。タイムスリップしてきた青年は、当初奇異に思われていたが、段々と特攻隊員たちと打ち解け 友情を育んでいく。
特攻を志願した隊員が覚悟を決める場面は、表面上は家族や恋人、仲間を心配させまいと平静を装ったり、冗談を言って場を和ませている。しかし、心中は不安や恐怖がつきまとっていたと思う。一番人間らしい感情であり、それをどのように表現し伝えるかが難しい。それでも隊員たちの心の内(声)をもう少し掬い上げても好かった。
ラスト、結局 青年は特攻隊員たちを助けることが出来ない、それどころか自分も戦闘機に同乗し敵艦に突っ込む。それがおじいちゃんになる人を救う方法でもあると。タイムスリップした当初、特攻隊員に向かって 命を粗末にするなと言っていたことと矛盾。また 脱走を図り殺された隊員から、信念は曲げるなと激励されていたにも関わらず変節してしまう。現代にも通じる同調圧力のような抗いきれない描き方であるが、やはり特攻という行為には納得も共感も出来ない。
卑小なことだが、戦時下における衣裳にしては、華やかな色彩の着物や派手なもんぺ姿に違和感を覚えた。
次回公演も楽しみにしております。
リング・アウト
A.R.P
小劇場B1(東京都)
2024/09/25 (水) ~ 2024/09/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、お薦め。
物語は、人の心情を繊細 かつ大胆に描き、笑い 泣き 笑いと観ている人の感情を揺さぶり続け 飽きさせない。男がアクシデントで失神し、目覚めると何と20年前の景色が広がっていた。そこで何を見聞きし、伝えたかったのか。客席は、爆笑したかと思えば啜り泣きがあちらこちらで聞こえる。
「A.R.Pがお届けする異次元タイムパラドックスの新世界!」という謳い文句、その面白い発想に感心する。単なるタイムパラドックスものなら、他公演でも観ているが、本作では 更に異次元という捻りを加え興味を惹く。巧いのは大胆な描き方、場面の繋がりを描くのではなく、語りで場面間の橋渡しをする。それによって アップテンポだが丁寧な紡ぎになっている。
(上演時間1時間40分 休憩なし)
ネタバレBOX
素舞台、周りはARPの英文字が並んだキープアウトのようなイエローテープで囲まれている。場面に応じてホワイトボード等が搬入される。また客席の一部を特別リングサイドに見立てている。
物語は、主人公 鮫島が2024年9月23日から2004年9月23日へ異次元タイムパラドックスして起こるドタバタ。そして20年前に落雷で亡くなった妻と不思議な邂逅をする。生前に伝えたかった事、第1に 色々ゴメン、第2に 娘を産んでくれてありがとう、そして一緒(結婚)になってくれてありがとう。本当なら 生きているうちに言いたかったがことが素直に言えた。この件が物語の見せ場<肝>であろう。
プロレス団体WPWの看板レスラーの鮫島は、男手ひとつで娘を育ててきた。その娘が鮫島の後輩レスラーと結婚しようとしている。勿論 父 鮫島には内緒である。どのタイミングで彼を紹介しようか、その画策が面白可笑しく描かれている。
亡き妻の20回忌法要、そして所属団体の経営危機、色々なことが重なり、そのドサクサに彼を紹介しようと…。しかし或るハプニングで鮫島は失神し意識は20年前に飛んでしまう。そして何故か妻の意識が自分の体に入り込む。同じ頃、WPW創立20周年で一大イベント(10月6日)を催そうと、しかも 倒産寸前でもある。単にタイムスリップしただけではなく、体と意識が入れ替わるという異次元ハプニング。心療内科でも対処出来ず、超次元研究所なる研究施設まで出てくる。色々な場面が次から次に現れるが、それを語り部によって簡潔に説明し場面を繋いでいく。そのため話と話の繋に混乱は生じない。
娘は彼氏を紹介して結婚出来るのか、鮫島の体と心は元通りになるのか、無事にイベント試合が出来るのか、WPW団体は存続できるのか等、関心と興味を惹く出来事をちりばめる。それを面白可笑しく、そして涙を誘う観せ方で紡いでいく。一部の客席を 劇中観戦用の座席に見立て、対戦相手をそこへ投げ飛ばす豪快さ。まさに色んな意味を込めてリングアウトを使用した公演。
次回公演も楽しみにしております。
白魔来るーハクマキタルー
ラビット番長
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2024/09/26 (木) ~ 2024/09/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。と言っても流血・暴力シーンなど、トリガーアラートには留意が必要。
当日パンフでは、100年ほど前にあった実話「三毛別羆(さんけべつひぐま)事件」を題材にしている とある。日本最大の獣害事件として有名らしいが、自分は知らなかった(Web上に情報有り)。さて、ラビット番長の公演と言えば、介護・将棋・野球の三本柱(ハートフル)という印象が強いが、本作のようなノワール系で緊張を強いる話も面白い。
公演はテーマ性、観せる演出、語り部による客観的な紡ぎ、その相互の緊密な繋がり連携によって迫力ある物語に仕上がっている。勿論 キャスト陣の迫真の演技が物語を支えている。初演(2015年、その時が事件から100年目)も観ており 概要は覚えていたが、改めて再演を観て 考えさせられることの多さに気づく。
池袋演劇祭参加作品。
(上演時間1時間45分 休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は、「く」字を下向きにしたような変形半円、後景は鬱蒼たる樹木の中といった不気味な雰囲気を漂わせる。障子の開閉で情景・状況の変化を表す。
物語は現代と過去、と言っても ほとんどが事件に関する描きである。若者が道に迷い一軒のあばら家で暖をとっているところから話は始まる。この家の主(老人=語り部)は、冬だけこの家に滞在しているという。その理由を語り出し、場転換すると そこは北海道開拓当時へ…。開拓した土地は自分のものになる、そんな甘言に夢見て北海道へ移住した貞夫一家(貧民)。村長を始め村人たちは親切に迎え入れ、馬まで与えてくれた。
北海道の冬、それも僻地では極寒。白魔来るは、雪が降る日に起こる災いのこと。その災いとは巨大な羆の襲来、村人たちは為す術もなく家族を食い殺される。これは開拓民の視点で、羆にしてみれば先に生息していたのは獣のほう。開拓すればするほど羆の餌場は荒らされ、生存の危機といった見方が出来る。
物語が面白いのは、視点の転換によって見え方・考え方が異なる、その柔軟な発想。勿論 直截的には環境問題といったことを思うが、究極的には人と獣の生存をかけた戦い。
また語り部の老人、実は羆に殺された女の胎内にいた赤ん坊で、奇跡的に助かった。多くの村人が犠牲になり、貞夫は自分たちが入植したために惨劇が起きたと嘆く。生まれながらにして望まれぬ、いや忌み嫌われる存在、それが父 貞夫の「この子を殺してくれ!」という慟哭。一方、羆退治のために伝説のマタギ 平吉を招請した。その風貌は、日本人とは思えないもの。ロシア人とアイヌ人の混血、彼もまた蔑まれ虐められていた。この差別意識が物語の背景に暗い影を落とす。
チラシには「惨劇」「鳴り響く悲鳴」といった言葉が並ぶが、首が落ち、血が飛び散り障子を赤く染める、腸が引き裂かれる等のシーン。また照明は全体的に昏く、音響は上演前から風が唸り、おどろおどろしい音が鳴り響く。場転換時の三味線を弾く音、太鼓を叩く音が緊張・緊迫感を煽る。テーマの明確さ、恐ろしい場面演出、時代の背景や状況を語ることによって、現代との橋渡しをする。トリガーアラートが乗り越えられるならば、ぜひ劇場で恐怖を!
次回公演も楽しみにしております。
いつかのもの語り。
BB stage
萬劇場(東京都)
2024/09/26 (木) ~ 2024/09/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
説明にある「こんにちは、僕はしがない図書館の管理人さ」、その僕に導かれた世界をファンタジー風に描いた物語。舞台美術はその世界の雰囲気を漂わせ、照明や音楽は効果的に物語を支えている。
ラスト、或る人物が登場することで、さらにファンタジーなのか リアルかといった想像が膨らむといった巧さ。構成は凝り過ぎかと思ったが、登場人物の夫々の心情を分かり易く観せるための工夫のよう。
物語は主人公を始め、悩み苦しんでいる人々の現在を見つめ、過去を顧み、そして未来を拓く、そんな滋味溢れる内容だ。物語としては面白い。ただ図書館という言葉から、静かに時が流れると思うのだが、編集者のキャラを濃く(騒がしく)し、敢えてデフォルメしたような人物造形は、抒情的な雰囲気にあわない。コメディリリーフといった存在でもないようだ。出来れば、もう少し落ち着いたキャラのほうが、全編を貫く雰囲気に合致する と思う。
(上演時間1時間40分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は中央に両開きドア、左右に本棚が並ぶ。上手の一部が階段になっており その上り下りによって躍動感が生まれる。上演前から3人の人物が読書をしており、後々 物語に絡んでくる。舞台と客席の間に白い紙が…それが浮遊感を表す。物語の紡ぎと浮遊感ある雰囲気がファンタジーといった印象を与える。
高校の同級生から書く才能があると言われ、発表した小説(処女作)が話題になり 一躍人気作家になる。編集者から次回作を促され、執筆した2作目は酷評され自信を失う。また高校の友人が自殺し、書くことが怖くなった主人公の心の彷徨であり咆哮でもある。目に見えない心の叫び、それを上演前に読書していた3人の物語(オムニバス風)に重ねる。書けなくなった幻の小説家、その書き手を探すファンによって解き明かされる謎(小説家の心情も含め)、それが物語の肝。小説家は男手ひとつで育てられる。第1:小説家は母の思い出がない。第2:心臓病の娘の母親、第3:(母)親に捨てられ、見ず知らずの爺に育てられた娘、この薄幸とも思える人物達が健気に、そして必死に生きようとしている。その小話を交錯するように紡ぎ、独特の世界観を描き出す。いずれも過去に向き合い、情愛の繋がりの大切さを説く。
主人公に書くように勧めた女子高生が自殺する。それが彼の処女作が評価された後だけに嫉妬したのか、という読み筋になる。しかし劇中ではその理由を否定しており、彼にもっと書かせるといった励ましの行動だったような。この場面の解釈が難しく、モヤモヤとする。しかしラスト、自殺したはずの女子高生と図書館の管理人が登場する。亡くなった魂が現世を見守る、もしくは 物語全体が劇中劇であり、亡くなった女子高生が書いた小説といった捉え方も出来る。その意味でファンタジーかリアルなのかといった想像が膨らむ。
舞台技術…音響・音楽は、図書館の入退室時に響くドア開閉の重厚な音、温かく優しい音色の音楽など効果的。照明は黄昏をイメージの落ち着き、白銀照明による淋しさが印象的だ。物語をしっかり支えた舞台美術と技術、それに好感をもった。
次回公演も楽しみにしております。
別役実・原作 「カンガルー」を経て
有機事務所 / 劇団有機座
阿佐ヶ谷アートスペース・プロット(東京都)
2024/09/20 (金) ~ 2024/09/23 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
不条理劇とは…始めと終わりにその説明のようなものがあり、例えば 現実における「大東亜戦争」「学生運動」、TV番組の「ゲバゲバ90分」「8時だョ!全員集合」という言葉を並べる。その行為そのものは虚しいものであり、TVに至っては娯楽番組を示しているようだ。
公演は 初演当時の台本で上演とあるが、当初を知らないため その違いは分からない。しかし描かれている内容は、まさしく不条理劇ー別役の世界ーだ。
(2時間25分 休憩なし 転換後 演奏会約30分)
ネタバレBOX
舞台美術は、外国航路の波止場。天井には万国旗、上手に直方体(ベンチや棺桶イメージ)、下手に外灯、救命浮輪や係留杭が見える。何となく人生航路の無常が…。
先に記してしまうが、劇中 生演奏は場面の繋や状況変化の表現に効果的だった。その音楽(4曲、作詞は全て別役 実)は壮大・雄大で大らかなもの、癒しのような優しいもの。中には宗教音楽かと錯覚するものもあり、選曲と演奏は好かった。
物語は、外国へ行きたい夫婦や男が現れ、船員らしき男に乗船券は偽物と言われ 戸惑っている間に船は出航してしまう。折角、船内食堂へ入るためのネクタイやハンカチを持ち、心構えである勇気を持ったのに。船員が後から来た男に向かって「お前はカンガルーだ」、だから乗船させられない。そして場面が次々と変わり、娼婦とその彼氏、偽乗船券を売りつけたヤクザなど脈略があるのかないのか。劇作テクニックによる異化効果で、設定や視点の変化を見せる。男は、或るキッカケから人間社会の波に飲み込まれ、対人や運命に翻弄されていく孤独と、己の死に向き合い続ける。最後(期)は、男と娼婦が平穏に暮らしている中、突然の不幸が襲い、男は殺されてしまう。外国への見果てぬ夢が葬式のシーンへ。
男は外国、特にインドへ行きたかった。劇中、夫婦や男は行きたい国を言い、それを万国旗や英字新聞、そこに文化(異国)の違いを重ねているようだ。また哺乳類という点ではカンガルーと人間は同類、しかし その諸々の世界は違う。二足歩行で人は手で発明や発見をし、カンガルーはと言えば…。
別役作品は、分かり難くても いつの間にか引き込まれてしまう、そんな魅力がある。しかし本作は流れが何となく ぎこちなく(銃声音など)、没入出来ず もどかしかった。
この戯曲は1967年作。その当時 外国へ行くことは 現在に比べもっと大変、それだけ未知であり夢、冒険的な思いも強かったであろう。しかし今やワールドワイド、インターネットを介すれば瞬時に世界と繋がる。一方、特殊性・独自性は時代や状況の中に埋没し自己を見失いがち。そんな世の中でも生き続けなければならない。たとえ〈不条理〉であっても、そんなことを改めて考えさせる公演だ。
次回公演も楽しみにしております。