わたしの紅皿
劇団銅鑼
銅鑼アトリエ(東京都)
2025/03/19 (水) ~ 2025/03/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/03/25 (火) 14:00
西日本新聞が終戦からしばらくして設けた女性の投稿欄「紅皿」を題材にした舞台。市民の投稿欄が朗読され、その物語が舞台で演じられることによって、当時の女性たちの思いが生き生きと浮かび上がった。演じるということで伝わる力、その力強さを存分に感じることができる。
舞台で取り上げられている投稿が書かれたのは、朝鮮戦争特需で日本が経済復興し、自衛隊の発足(再軍備)が進められているころだ。戦争で家族を失った女性たちの多くが「もう戦争はこりごりだ」と感じており、舞台では「再軍備は絶対に反対」と言い続ける母親が登場する。その息子が「大国に守られているだけでは自分の国は守れない」などと言って自衛隊への入隊を打ち明け、母親と激しく衝突する。
複雑化する国際情勢、パワーバランスの中で、自国をどのようにして他国の侵略から守るかというのは、戦後80年たった今も変わらない論点だ。しかし、舞台が扱っている当時と決定的に違うのは、「再軍備反対」と声高に叫ぶ女性たちの姿が今は見られないこと。また、それに加えてさしたる議論もないまま、自衛のための再軍備どころか、敵基地を先制攻撃する軍備までそろえようとしているところが大きく異なる。
「戦争などもうこりごり」という市民の姿がはっきり見えないところが当時よりいかにも危うく映る。舞台ではこうした現状まで直接的に触れられていないが、原作者がここを意識しているのは明らかだ。客席もこうしたメッセージを受け止めて、舞台に見入っていたと思う。
単に投稿を読むだけならそれで流れてしまうかもしれないが、舞台化されることで、客席では投稿によって何度も涙をぬぐう姿もあった。「読む」から「見て感じる」へ。演劇という伝え方のパワーを知った貴重な時間だった。
劇団狼少年『嘘つきたちのアモーレ』
Raven Company
「劇」小劇場(東京都)
2025/03/19 (水) ~ 2025/03/26 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/21 (金) 19:00
座席1階
劇団狼少年結成十周年公演。メガヒットを飛ばし紅白にも出たが、その1曲だけで表舞台から消えた女性歌手の半生を描いた。メガヒットの曲を母親から何度も聞かされて育った若い女性が書いた戯曲を、崩壊寸前の劇団が上演するという物語をもう一つの軸に展開する。舞台後半は感動の連続。客席のすすり泣きが続いた。
この女性歌手の子ども時代の物語が秀逸だ。詳しくは舞台で見てほしいが、現実でも十分あるだろうと思われるリアリティーを感じた。そこで登場する周囲の大人たち、家族の群像劇もよかった。細部まで綿密に練られた台本であるのだろう。
タイトルは、この女性歌手が出したたった一つのヒット曲名だ。最後の最後で披露されるのだが、この曲自体、誰か有名歌手が歌って世に出したらヒットするのではないかと思われる完成度の高さだった。こうした数々の見どころに驚かざるを得ない。
場面転換の切れ目を感じさせない演出もよかった。2時間という長さだが、舞台から目を離すことができない工夫がされていた。劇中に登場するのは昭和の歌だけでなく、今はやっている曲も盛り込まれるなど、世代を超えて舞台に没頭できる。
少しだけ盛り込まれているギャグにはすべったものもあったが、舞台の面白さには何の影響もない。次回作は本多劇場に進出ということで、内容が明らかにされてないのにチケットの前売りをしているのには少し笑った。
人間ドラマが好きな人にはたまらない、いい作品だった。これは見ないと損するぞ。
白い輪、あるいは祈り
東京演劇アンサンブル
俳優座劇場(東京都)
2025/03/19 (水) ~ 2025/03/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/03/21 (金) 14:00
座席1階
ブレヒトの「コーカサスの白墨の輪」を題材に劇作家鄭義信が創作・演出。「焼き肉ドラゴン」などの作品群にいたく感動した自分としては、どんな作品かと期待して閉館間近の俳優座劇場に出かけた。
ミュージカル仕立て。劇団の若手とベテランが息の合ったダンス・歌唱を聴かせた。このあたりはさすがに鍛えられていて、見ていてとても楽しい。
裁判官のアツダクが狂言回しのような役割を担っていて興味深い。討たれた領主の男の赤ん坊を拾って戦乱の中を逃げ延びて育てたグルシェを演じた主役の永野愛理は、クルクル回るような視線での演技など、細かいところまで秀逸だった。
原作があるので無理は言えないかもしれないが、人情味があふれ、権力を持つ者への鋭い批判の目が或る戯曲を書く鄭義信らしさがあふれていたかというと、そうではない。ラストシーンはとても印象的で、ここが鄭義信らしいところだとは思ったものの、基本的には客席を楽しませる仕掛けを重視したつくりだった。期待する部分が違っていたのかもしれない。
歴史ある俳優座劇場の終幕にかける戯曲として、東京演劇アンサンブルのブレヒトというのはふさわしいものだったと思う。外部の劇作家に書き下ろしてもらうより、これまでのアンサンブル作品のようにブレヒトに真正面から挑んでいくのもありだったか。
ホモ・ルーデンス~The Players~
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場付属養成所
青年劇場スタジオ結(YUI) (東京都)
2025/03/15 (土) ~ 2025/03/27 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/03/18 (火) 14:00
座席1階
高校演劇をテーマにした作品で、若手劇団員を中心に出演。震災で亡くなった生徒が書いた台本を、5年の歳月を経て同級生たちが集まり、上演するという物語だ。元生徒たちの現在の生活と、劇中劇「ホモ・ルーデンス」という演劇の稽古をクロスオーバーした作りで進行する。
「青少年に寄り添い、励ましになるような舞台づくり」を貫いている青年劇場らしく、中高生を含めた若者の心に訴えかけている。実際の客席は高齢者が圧倒的に多かったが。
高校演劇という出演者たちの年齢に近い台本だけに、役者たちが生き生きと輝いているという印象だ。はじけるような若さ、というのも古い表現だと思うが、まさにそんな言葉がぴったり当てはまるような1時間半を楽しめる。
ホモ・ルーデンスの上演は、震災後に衰退し財政難に陥った地元自治体が高校生たちが公演場所やけいこ場に使っていた公民館を売却する計画が持ち上がった、という事態がきっかけ。このあたりは青年劇場らしい社会性を感じる。何とかして公民館を存続させられないか。演劇は、その力にならないか。まさに、青年劇場が貫いてきた精神だ。
内容は高校演劇だが演じている役者はさすがプロ。明瞭なせりふ、分かりやすく大きな体の動き。「演劇の力」を実感できる快作だ。
『フォルモサ ! 』
Pカンパニー
吉祥寺シアター(東京都)
2025/03/13 (木) ~ 2025/03/17 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/17 (月) 13:30
座席1階
面白さで定評のあるPカンパニーの「シリーズ罪と罰」。その演目としてどのような経緯でこの作品を上演することになったのかの経緯は分からないが、上演するに当たってスタッフ・キャストでこの演目の舞台となった台湾の山奥に出かけ、先住民族の集落を訪ねたという。真摯に物語と向き合う姿勢が、今作の秀逸さに現れていたと思う。
戦前、日本が台湾を植民地化した。その時に、山岳地帯に割拠していた複数の先住民族を武力で平定して従わせたという歴史があったとは知らなかった。この舞台は、この先住民族を研究していた人類学者が主人公だ。
北海道のアイヌ民族に対して、日本政府は民族の文化や言語の否定や、あるいは人類学的研究対象として遺骨を収集したりとかしてきた。それに対するきちんとした謝罪は政府や人類学会からもなされていない。今作で、山岳民族の遺骨を黙って持ち帰ってきた場面が出てくるが、当時占領者としての暴虐は武力で殺害していうことを聞かせるということに限らず、アカデミックの世界でも平気で行われていたことがよく分かる。
当時のことを史実に基づいて描く以上、現代の視点からみると、主人公の人類学者の学問的振る舞いが先住民族を見下して虐げているのは事実だ。「罪と罰」にはその視点も入っているかもしれないが、今作では、この人類学者が単身、台湾総督府に逆らってまで先住民族と友好関係を結ぼうとしていたというヒーローとして描かれる。
しかし、石原燃の台本はよかった。研究者としての矜持、熱意を貫くあまり、それは愛する家族を否定するような結果につながり、その妻と子ら家族との関係で物語が進行していくという形にしたのはドラマティックで感動的だった。職場の人たちも含めた人間関係も丁寧に描かれている。それを劇団員たちがきっちり演じているというのも、Pカンパニーの罪と罰シリーズの安定した面白さを裏打ちしている。
今回もとてもよかった。吉祥寺シアターという空間の大きな舞台を有効に使った演出も秀逸だった。
Lovely wife
劇団青年座
本多劇場(東京都)
2025/03/06 (木) ~ 2025/03/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/03/13 (木) 13:30
座席1階
高畑淳子への書き下ろし。青年座のビッグネームと根本宗子の作・演出で期待して出掛けたが、期待が大き過ぎたか。
高畑を長女とする4姉妹と家族の物語。高畑は編集者、夫役の岩松了は作家という役。岩松は次々に担当編集者の若い女性と浮気をしているが、高畑は結果的に耐え忍んでいるという具合。結婚当初と現在を舞台を回転させることでクロスオーバーする演出だ。
4姉妹の話は近年、他劇団でもその人間模様が扱われている。今作は高畑以外の3人のストーリーも盛り込まれているが、少し突飛と思える設定もあってうまく共感できなかった。また、全般的に感情むき出しの場面が多くて、見ている方が引いてしまった。
岩松了演じる夫も少し極端で、それが終盤でもう一方の極端に触れる感じ。女性の思いに寄り添った作りなのだが、大笑いというのもなんだかなぁと思った。
出ている俳優さんは青年座の名優なのだから、その演技力が遺憾なく発揮されるようなもっとジーンとくる人間物語を見たかった。
フロイス
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2025/03/08 (土) ~ 2025/03/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/12 (水) 13:00
座席1階
見応えのある舞台だった。井上ひさしがラジオドラマ用に執筆したという台本「わが友フロイス」を長田育恵が新たに戯曲化。織田信長の信任を得たというイエズス会の宣教師フロイスの半生を生き生きと描いた。フロイスを演じた風間俊介が秀逸だった。
説き起こしは、フロイスが子ども時代に体験したユダヤ人の処刑。これが最初にあることで、ラストシーンの問いかけが強烈に浮き上がってくる。現代の戦争、当時のいくさ。この残虐性に宗教がどう立ち向かっていけるのかを、長田の脚本は問いかけている。考え抜かれた秀作であると思う。
栗山民也の演出もシンプルかつ重厚で、宗教自体が持つ残虐性に十分な光を当てている。光と影をうまく使って脚本のポイントを浮き上がらせたのは見事だった。
こんなことを書いては失礼だが、どことなく優しげな雰囲気があると思っていた風間俊介がこれほど印象深く鋭い存在感を発揮するとは思わなかった。年齢を得てベテランの力が増していったのだろうと思う。長せりふにも臆することなく、堂々と舞台の中心に鎮座した。こまつ座は初出演とのことだが、次の登場が待たれる。
女歌舞伎「新雪之丞変化」
Project Nyx
ザ・スズナリ(東京都)
2025/03/04 (火) ~ 2025/03/13 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/03/05 (水) 14:00
座席1階
前回はコロナ禍であったか、その時よりも着実にグレードアップしている。扇子を落としたり、せりふをかんだりする人もいたが、折に触れて挟み込まれるダンスは妖艶かつ激しく、スズナリの狭い舞台に目いっぱいの俳優を縦横無尽に動かした演出は感動モノだ。
雪之丞は中村屋の名優で、江戸での舞台は大盛況。しかし、彼には胸に秘めた「やるべきこと」があった。それは理不尽な経緯で命を絶たれた両親の仇討ち。芝居を見に訪れほれ込んでしまった姫との恋物語をもう一つの軸に、物語は進んでいく。
プロジェクト・ニクスは、1月に米ニューヨークの演劇祭に招聘されて寺山修司の「青ひげ公の城」を演じて大喝采を浴びた。その時のあいさつで、主宰の水嶋カンナが「次は女歌舞伎をNYでやりたい」と公言、ニクスにとって次の大きな目標となるのが今作のNY公演だ。
演出の金守珍は亡き唐十郎とNYのハドソン川で「ここでテント演劇をやりたい」と語り合ったという。もし、新雪之丞変化がテント演劇で行われるなら、摩天楼を借景としたラストシーンはどうなるのだろうか。実現すれば絶対に見たいポイントである。いや、花園神社でもいいから見たい!
雪之丞を演じた寺田結美は長身で見応えがある。桟敷童子の主要メンバーであるもりちえは新宿梁山泊出身。外に出ても堂々としていて安定感があり、何度も笑いと取っていたのはさすが。今回は雪之丞のそばに仕えた雨太郎を演じた紅日毬子がすばらしかった。ニクスのアングラ劇は、この「雪之丞」で一つの方向性が明確になったような気がする。
にんげんたち ~労働運動社始末記
劇団文化座
俳優座劇場(東京都)
2025/02/21 (金) ~ 2025/03/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/27 (木) 14:00
座席1階
閉場する俳優座劇場で行う文化座公演としては、とてもフィットした演目だった。無政府主義者の大杉栄と伊藤野枝を描いた演劇はたくさんあるが、これは雑誌「労働運動」をアングラで発行しようとする人たちの群像劇。彼らの人間関係や友情も描かれていて、「仲間たち」に焦点を当てた舞台であったように思う。
パンフレットには登場人物たちの履歴が書かれているのだが、「幼少期より角膜の病気で小学校にもあまり行けず、でっち奉公に」「幼年時代に一家離散」などと、厳しい生い立ちの人が目立つことにいまさらにように気付く。「主義」の違いで対立するなどセクト的なところはあるとしても、労働争議やストライキなどが頻発する世相で、自分の周囲の空気を何とかしたいという熱い思いが舞台から伝わってくる。
劇作や演出がシンプルだったのが奏功していると思う。15分の休憩を挟んで3時間と長いのだが、わかりやすい舞台だったと思う。和田久太郎の母親を演じた佐々木愛は今作でも健在。存在感のある演技で、見ている方も安心できた。
文化座のこうした硬派な舞台も時にはいいかな。若い世代に受けるかどうかということを考えないで、やり続けることも大切だと思った。
他者の国
タカハ劇団
本多劇場(東京都)
2025/02/20 (木) ~ 2025/02/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/22 (土) 13:00
座席1階
秀作だ。2時間余り、かたずをのんで舞台を見つめ続けた。以前から、社会派劇を創作する劇作家として注目してきた高羽彩だが、これほどまでの舞台を見せてくれるとは。タカハ劇団としてはあこがれてきた本多劇場だそうだが、この作品で大きく羽ばたいたと言っていいと思う。
舞台は戦時色が濃くなりつつあった戦前の日本。東京の大学の解剖室に、当時の医学界の権威とされる医者たちが集められていた。彼らが待っていたのは、とある死刑囚の遺体だ。凶悪犯罪を重ねる人間には、肉体的・精神的に特異なものがあるだろうという仮説に基づき、脳を含めた詳細な解剖を行う予定だった。ところが、遺体が刑務所から届かない。イライラを募らせながら解剖について話す医師たちだが、しばらくすると、この解剖に異議を唱える医師が現れた。議論の行方はどんどん微妙な方向にずれていく。そして、一同は担当の教授が伏せていた重大な事実を知ることになる。
過去作でも鋭い会話劇を提示してきた高羽だが、今回は医師や看護師、教授夫人まで交えて息をもつかせぬ会話劇を展開する。テーマとなっているのは、精神障害者、知的障害者、犯罪者は優秀な国民の中にあってはならない人間だとして、解剖で犯罪傾向の身体的特性がつかめれば、犯罪を起こす前に対処する(抹殺する)ことで優秀な遺伝子だけを残していくことができるという発想だ。
このような考え方は戦後までひきずられ、優生保護法によって断種や不妊を強いられた障害者らにようやく政府は謝罪して、補償を始めたばかりだ。重い知的障害や肢体不自由で言葉を発することもできない障害者は生きている価値がないと主張して、大量に殺害した事件から、まだそれほどたっていない。この国では、戦前からの優生思想がまだ、生きているのだ。
そうした事実を、この舞台は真正面から鮮烈に提示している。人事権を握る教授に取り入ろうとする医師とか、教授の娘と結婚すれば出世に有利だとか、そうした小さな物語も織り込まれて見る者を飽きさせないが、舞台の本質は「生きる価値がない人間はいるのか」という劇作家の叫びが太い幹になって貫かれているところだ。
自分が見た日は、舞台手話通訳者を袖に配置し、視覚障害者などにもアクセシビリティが図られていた。今回は本多劇場という席数の多い会場にして正解だ。
見ないと損するぞ。
オセロー/マクベス
劇団山の手事情社
シアター風姿花伝(東京都)
2025/02/21 (金) ~ 2025/02/25 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/21 (金) 16:00
座席1階
「オセロー」を拝見。山の手事情社の2本立ての一つで、もう一つは「マクベス」。シェークスピア4大悲劇のうち2つを扱い、それぞれ70分あまりというコンパクトな舞台に仕立てた。
山の手事情社のメソッドをたたきこまれている俳優たちの演技は、わかりにくいせりふはなく、発語もはっきり、ゆっくりで体に染み渡るように入ってくる。これはシェークスピア劇でもまったく変わらない。それどころか、スローモーションを見るような俳優の動きを含めたこのメソッドがぴったりくる感じだ。
狂言回しとして、愛する夫オセローに殺害される美貌の妻デズデモーナの「魂」の役を配置。真っ白なドレスを身にまとった女性が、静かに舞台を差配するところがとてもいい。
出世争いに敗れてオセローに憎しみを抱き、オセローを陥れようと画策するイアーゴーがいかにも悪役という風情で面白い。デズデモーナが息絶えるところも迫力があった。その「迫力」は激しい動きやせりふでもたらされるものでなく、スローペースかつ明確な動きで客席にもたらされるところが、見ていて熱波のような激しさだと思ってしまう。
客席には若い世代も多かった。山の手事情社のファンが育っているのだと思う。
八月の鯨
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2025/02/08 (土) ~ 2025/02/17 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/17 (月) 13:30
座席1階
民藝が20余年を超えて再演した舞台。元々は1980年に書かれた作品だったという。前回は奈良岡朋子が演じた姉リビーの役を、樫山文枝が演じた。
舞台は米国のリゾート地の別荘で、毎年姉妹が夏を過ごす。ここでは鯨が姿を見せるという楽しみもあった。姉リビーは視力が低下し、日色ともゑ演じる妹サラの手を借りないと生活できない状況。サラは献身的にサポートしているが、妹に対する複雑な思いもあってますます気むずかしくなっている。
姉を施設に預けて自分の人生を生きてはどうか、という幼なじみの女性の提案や、ロシアの亡命貴族と微妙な心の交流を交わすなど、サラの胸の内にさざ波が立つ。
こうした微妙な波風を、とても丁寧に描いている。さして大きな出来事が起きるわけではないが、第2次大戦が終わって平和が訪れたひとときだからこそか、とても温かな空気が流れているのが心地よい。
民藝を引っ張る役割となった日色が長ぜりふをきっちりこなしているところに、ほかのベテラン俳優ではとても追いつけないように思える安定感がある。台本でチェックしなければならないかもしれないが、日色のせりふにほかの俳優のせりふがかぶってしまう場面が複数あったが、日色のミスではないと思う。そのほかにも、声の通りやしぐさなど、リスペクトしたい俳優の姿だ。
もう1人、亡命貴族役を演じた篠田三郎はすばらしかった。存在感は絶大で、同性から見てもほれぼれするようなかっこよさがあった。
民藝の名作の引き継ぎというような感じの再演だったが、仮にまた、20年後に再演されるとしたら、どんな舞台になるのだろうか。
キロキロ
ストスパ
「劇」小劇場(東京都)
2025/02/12 (水) ~ 2025/02/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/02/12 (水) 14:00
座席1階
面白かった。とてもいい会話劇だ。役者の入りとはけをうまくさばいているので、客席の視線が途切れることがないスムーズな演出。一気にラストまで突っ走れる。
舞台はカラオケボックス。ここに勤めている男性が主人公だ。ここに結婚式後の流れで同級生男女がどっと来るのだが、主人公だけでなく登場人物それぞれのストーリーが組み合わさって展開されるのがとてもいい。
30代半ばという、未婚や既婚、家族や仕事などそれぞれ事情を抱えた年頃。同級生たちの生活と比べてしまうという微妙な感情も、うまく描かれている。
秀逸だったのは、結婚式の主役の状況だ。自分はあっと驚いてしまった。このような状況だったとは誰が想像しただろうか。
ラストに向けて前向きな結びで、なんだかあったかい気持ちになって劇場を出ることができる。
また、物販コーナーで、この舞台の登場人物のその後を読める冊子を売っているのもいいと思う。続編を見たいと思った人は多かったのではないか。
スクランブル〜ときどきロミオとジュリエット
Dialogue!
ウエストエンドスタジオ(東京都)
2025/02/07 (金) ~ 2025/02/11 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/08 (土) 14:00
座席1階
さまざまなシェークスピア劇の名セリフが散りばめられた舞台。今作は「ロミオとジュリエット」とタイトルに入っているが、ロミジュリでは見られない激しく流転する恋模様に振り回された上、客席はその熱量に圧倒される。
冒頭に登場するのはロミオとロザライン。恋仲なのだが、言わなくていい余計なことを連発し、取り繕おうとして墓穴を掘り、ロザラインを怒らせてしまう。なぜかベンヴォーリオもロザラインを狙っている。しかし、今作では女性陣にはまったく相手にされない情けない役回りとなっている。
男女関係が複雑になった序盤に、魔女たちがいたずらをする。森の中に入ったロミオに目が覚めたときに最初に見た人物を好きになるという惚れ薬を投下する。この場面からさらに、登場人物の恋愛関係は複雑に絡まり合う。
シェークスピア作品にも男女関係のもつれが描かれているものがあるから、Dialogue!の作品は独創的だけれどもシェークスピア作品そのものを見ているような錯覚に陥る。「シェークスピアのあのせりふ」が「この場面」で「こう使われる」というというところも特長だから、かなり頭の中は混乱してくる。それがこの劇団のおもしろさなのだろう。
シェークスピア俳優である吉田鋼太郎の劇団AUNの流れを汲む。俳優たちはドタバタの場面では全力演技だ。男女とも全く手を抜かずに飛び回る、ダイブするという激しい動きにほれぼれする。あまりの激しさに、けがをしないだろうかとハラハラするくらいだ。客席を喜ばせようというサービス精神は一流だ。どの人も汗まみれの全力投球の舞台は、一見の価値がある。
おどる葉牡丹
JACROW
座・高円寺1(東京都)
2025/02/05 (水) ~ 2025/02/12 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/07 (金) 14:00
座席1階
今回は、政治家の妻たちの物語。男性俳優は1人もおらず、9人全員が女性で、それぞれ国会議員や県議、市議の妻(立候補予定も含む)という役柄だ。このような切り口での舞台はなかなかなく、期待して座・高円寺へ出かけた。
まず、座・高円寺の客席を円形舞台を囲むようにして配置したところがおもしろい。なくなってしまった青山円形劇場を思い出すが、あの劇場のような完全な円ではない。ステージの下に照明を配置するなど、これまでのJACROWとは異なる趣だ。
異なると言えば、全員女性という舞台も推測だが初めてなのではないか。冒頭の滝行の場面は、中村ノブアキ自身が「当選祈願のため行ったと取材で聞いて驚愕した」と言うように、結構強烈なオープニングだ。
物語は、市役所を辞めて次の市議選に出ると夫が言い出した妻が猛反対するところから始まる。しかし、義母や義理の姉と話すうちにとりあえずは先輩議員の妻に話を聞いてみようと、県議の妻を訪ねる。だんだんその気も芽生えてきて、ええぃとばかりに夫を支えることを決意する。
選挙戦では「内助の功」がよく言われる。特に保守系陣営では夫婦が二人三脚で遊説や演説をすることは珍しくなく、今作でも自民党を揶揄した「民自党」からの出馬ということで、県議の妻が選挙に臨む姿勢・心構えなどを指南する場面が出てくる。
また、国会議員、県議、市議という縦社会の構造がその妻にも及んでいることが、この物語の柱となっている。民自党議員の妻の会合がこうしたヒエラルヒーの場として描かれていて、このあたりもよく取材されているなと思った。
政治家は、選挙に落ちればただの人、しかも無職になってしまう危険もある。物語の終盤では、現実の政治のように裏金問題の逆風を受け、明暗が描かれている。最近問題になっているSNSでの炎上とかも取り上げられていて、なるほど身近なストーリーとして受け入れられる。
政治家の妻たちを描く物語だが、一部はその夫、すなわち議員を男性俳優を用いて登場させてもよかったのではないか。特に冒頭の市役所を辞職して市議選に出るという夫は、夫婦として重要な会話が展開されるのだから、俳優をあててもよかったと思う。トークバトルはJACOWの得意分野。男性俳優がいたら面白いだろうな、と感じた場面はほかにもあった。最初から全員女性と決めていたのかもしれないが、少しもったいない気もした。
『パラレルワールドより愛をこめて』 『パラレルワールドでも恋におちて』
ザ・プレイボーイズ
シアター711(東京都)
2025/02/02 (日) ~ 2025/02/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/05 (水) 15:30
座席1階
パラレルワールドとは、「もしあの時この選択をしていたら人生違っていただろう」というような、現実で選択しなかったルートを指す。今回は2部作のうち「恋に落ちて」の方を拝見。パラレルワールドを独自の解釈で展開していく舞台に引き込まれた。
芸人の彼とつきあっていた3人の「私」が、何が「別れる」という引き金を引いたのかなど、パラレルワールドで調べていくというのがおもしろい。帯金ゆかり、まちだまちこ、砂田桃子の3人がそれぞれ個性的な演技を披露するのも見どころだ。
最初に登場する「私」(まちだまちこ)は冒頭で彼に別れを告げられるのだが、何でこういうことになるのか、理解できなくて怒りが募る。そこにもう1人の「私」(帯金ゆかり)がでてきてパラレルワールドに誘う。
パラレルワールドでのできごとは作者の善雄善雄の頭の中の妄想だからどんな展開でもよいのだが、これが意表を突く場面もあってかなりおもしろい。ラストの結びも「なるほど、そうこなくっちゃ」という展開でとてもよかった。ただ、せっかくとてもよい結末だったのに、その幕引き場面でオリジナルソング?の絶叫系「パラレルワールドミュージック」はやめた方がよかった。客席は、劇作家が思う以上に真面目にこの物語に没入していたと思う。
3人の女性俳優のうち、マシンガントークで舞台を引っ張る帯金は迫力満点。若さ全開という感じで思わず食い入るように見てしまった。
あと、主宰者による前説はもっと短くていいかな。「前座」の扱いだったのかもしれないけど。
次回作が楽しみな「ザ・プレイボーイズ」である。
逆VUCAより愛をこめて
劇団スポーツ
駅前劇場(東京都)
2025/01/31 (金) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/02/01 (土) 14:00
座席1階
前々作よりもおもしろかった。客席はほぼ満員だったが、比較的ゆったり目の下北沢・駅前劇場でのいすの配置。この劇団の特長だが、何とかしてお客さんを楽しませようというサービス精神が今回も貫かれていた。
舞台はファミレスの店内。前説に出てきたお笑いトリオ役の3人と、このファミレスの女性バイトと店長、男性客がそれぞれのテーブルで会話劇を展開するところから始まる。話が進行してくると、この二つのテーブルが現在と未来を挟んでクロスオーバーしてくる。
未来に起きることを変えたい、という話はテレビでも映画でもたくさんあるのだが、今作でおもしろいのは舞台後段の展開だ。何度も笑えるポイントであるのは間違いないのだが、自分としてはちょっとやり過ぎではないのかと感じた。そんなに目くじら立てることではないのだが、客席の中には「いい加減に同じパターンはやめろよ」と思った人もいるかもしれない。
しかし、そのデジャビュー感が笑いを増幅しているのは間違いない。それは客席の大笑いの反応が波を打っていたことで証明されている。客席の大半を埋めた若いお客(今日は女性が多かったような感じがした)のテイストにマッチしているのは間違いなく、これが劇団スポーツの真骨頂であるのかもしれない。
誕生の日
ONEOR8
ザ・スズナリ(東京都)
2025/01/23 (木) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2025/01/29 (水) 13:00
座席1階
まず、開幕前からじっくり見ることのできる舞台セットが美しい。こんな本物のバーがあったら一度は行ってみたいと思わせる。前回は日暮里のd倉庫という小さなところでやったというが、その時のセットはどうだったのだろうか。スズナリだから、これだけの舞台セットを用意できたのかもしれないが、細部まで作り込んであると思わず期待が膨らむ。
主人公は、山口森広演じる39歳の女性バーテンダー。トランスジェンダーでもなく本物の女性なのだが、高校時代から声も外見も完全におじさんということで、恋愛ははなからあきらめてここまで年を重ねた。控えめで、思いやりがある人柄。バーの常連たちは、こんなマスターに話を聞いてほしくて通ってくる。ただ、女性客の中にはマスターが男だと信じ込んでいる人もいた。
そんな中で、高校の同級生たちがマスターの40歳と店の10周年を祝うパーティーをしようと計画する。
舞台は、高校時代の彼らと、現在、バーを客として訪れている状況が交互に演じられる。驚くべきは山口の早変わりだ。バーテンダースタイルからあっという間に女子高生に。これには注目したい。
このバーに不遜な男が訪れることで物語は始まる。言いたいことを言い放ち、空気をまったく読まない言葉を弾丸のようにぶつけてくるのだが、こうした物の言いようが、実は重要なカギを握って後段に移っていく。
途中までは、単なる高校の同級生たちのトークなのかと飽きが来るような感じもあったが、不遜男がマスターの記念動画を撮る役割で来たことが分かり、その動画がパーティーで披露されるころからは舞台から目が離せなくなっている。ラストシーンの歌唱ではうるっとくるし、本気のドタバタは非常に迫力がある。田村という人は、演出には全く手を抜かずに切り込んでくる。
舞台のテーマは性の多様性ではなく、「分かり合う」ということの本質だと受け取った。お互いが「自己開示」をして飛び込んでいく重要性。いくら相手がそのままを受け止めて共感してくれる人であっても、分かり合うためにはお互いのストーリーを見せ合うことだと舞台は訴えているようだ。このあたりを「不遜男」に語らせているのはある意味すごい。舞台を黙らせる迫力があった。
人気劇団だけに、多くの若いお客が大半でほぼ満席。でも、矢部曰く、まだ席に余裕があるとのこと。人間と人間の付き合い方の微妙さ、小さな気持ちの交差など、多くを考えさせられる。いい芝居だった。チケットがなくなる前に、見に行った方がいいかも。
取り戻せ、カラー
アマヤドリ
吉祥寺シアター(東京都)
2025/01/24 (金) ~ 2025/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/01/24 (金) 15:00
冒頭、主宰の広田淳一が劇団の活動休止を発表し、この公演が休止前のラストステージであると明らかにする。そのニュースを知らない人にとっては「え、何で?」となるが、休止の理由は「25年もやってきたので」ということしか分からなかった。初日の劇場はほぼ満席。ラストステージを惜しんできた人も多かった。
さて、そのステージは、広田自身が個人的に経験した家族のあれこれの物語という。妻が亡くなった直後に夫が3人の子どもを残して女を作って出奔するなど、4世代にわたる壮絶な家族関係がクロスオーバーする形で展開される。一応、客席全員に配られたチラシには人物相関図が記されているものの、家族の出来事が入り乱れるという舞台の展開もあって、どれがどの夫婦(家族)のことなのか、その家族がどうつながっているのかが非常に分かりにくい。
オムニバスのような形であちこちの家族関係を描くよりは、一つ筋を通して特定の家族の事件とその後を追った方が分かりやすいのに、と思いながら舞台を見つめた。役者たちもの演技はしっかりしているものの、いかんせん、同じような世代の役者たちが祖母や孫という世代を超えた役柄を演じ分けるのには限界がある。しっかり見ていないと理解が飛んでしまいそうになるのだが、これが結構な負担だった。
家族の群像劇はとても身近なのでいいとは思う。だが、ラストステージで「もう、しばらくは見られない」のだから、もっと練り上げて洗練されたアマヤドリを見たかった。
音楽劇 詩人の恋
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2025/01/22 (水) ~ 2025/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2025/01/23 (木) 14:00
座席1階
この演目には、見どころがたくさんある。まず、加藤健一と加藤義宗の親子俳優のピアノ演奏の実力、歌唱。さらにはこの2人芝居で、息子の俳優としての力を父が認めざるを得ない、世代交代の糸口を漂わせるような印象深い場面があることだ。
音楽劇と銘打ってあり、舞台の中央右にはグランドピアノがある。ここは、劇が進むとわかるのだが回転する舞台になっていて、途中で役者の胸の内を表現するすばらしいシーンを演出する。舞台はオーストリア・ウイーン。父の加藤健一は音楽の教授、息子はアメリカ人のピアニストで、壁にぶち当たっているときに声楽家の教授のレッスンを受けに来たという設定だ。
冒頭、この2人がぶつかりあうシーンがおもしろい。荒れる青年を老獪な教授がやや下品なジョークでいなしていくというところが、いつものカトケン事務所の笑いをとる。だが大きく笑えるのは、今回はそれほど多いわけでない。あくまでもフォーカスすべきは、ピアニストなのに歌のレッスンとは、と反発していた青年が、教授と次第に心を通わせるようになっていくという点と、2人の秘められた背景だ。
2人が見せるピアノの腕はすごい。多少の素養があったとしても、本業である普段の俳優業とは直接関係ないのだから、すごいと言っていいと思う。コンサートも開いている父の加藤健一は音楽劇と言っても違和感はないが、息子の義宗は「楽譜の読み方も分からなかった」という状況だったそうだ。3年前に「この演目をやりたいが、とりあえず1年レッスンを受けてできそうだったらやる」と父に言われ、ピアノ演奏も、歌唱も、大変な思いをしたのだという。専門の指導者が付いて1年やっただけで(しかも、俳優業をこなしながら)これだけの腕前になるなんて、やっぱりこの親子、すごいと思う。
そして、俳優としての成長ぶり。「世代交代」という言葉を使ったのは、ソファにもたれ込む老教授と、舞台で躍動する青年・義宗との対比を見てのことだ。もちろん、世代交代というには早すぎるし、世代交代と言うほど親子の実力は近接していないとは思うが、思わずそんなことを強く印象づけられる2人芝居であった。