ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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Soul of ODYSSEY

Soul of ODYSSEY

小池博史ブリッジプロジェクト

ザ・スズナリ(東京都)

2025/02/22 (土) ~ 2025/02/28 (金)上演中

実演鑑賞

満足度★★★★

凄く面白い。

古代ギリシアの英雄、オデュッセウス(リー・スイキョン氏)は小さな島国イタケーの王。トロイア戦争で活躍したものの帰還せず、亡くなったと思われていた。その妻である王妃ペネロペ(森ようこさん)は絶世の美女で、各国の王子が求婚者として王宮に住み着いて帰らない。3年もの間、肉を喰らい酒を飲み女官を抱いて王宮を荒らしオデュッセウスの財産を食い潰していた。それにうんざりした王子テレマコス(アドラン・サイリン氏)は父親を捜す旅に出る。

空間演出家・小池博史氏は多民族国家のマレーシアに注目して国際共同制作を。異なる文化の融合と調和こそが今後の世界の鍵となる、と。飛び交う英語日本語北京語広東語マレー語(イタリア語やスペイン語のような言葉も聴こえたような)。古代ギリシア劇、京劇、能楽、イタリアの道化師幕間コント、日本舞踊、ロックにラップに歌謡曲・・・。ミクスチャーの塊だがそこに一貫して観客を退屈させない姿勢が見える。多言語でも奥のスクリーン上部に字幕が映し出されるのが親切。可動式の小さい幕に役者がハンディカムで撮影したものをリアルタイムで映し出す演出も。役者と映像を共演させたりもする。(森ようこさんまで撮影に回る場面も!)
ステージ上手に片開き戸になった壁掛け、ざっと60以上の扇風機とサーキュレーターが据え付けられている。それが開くと海上の暴風となりド迫力。
客席最前列下手でサントシュ・ロガンドラン氏が鳴り物を叩き、上手の太田豊氏がサックスやエレキギターを生演奏。
役者陣は白塗りに思い思いの奇妙なメイク。コンテンポラリー・ダンスのような踊り。『マハーバーラタ』を思わせる多種多様な民族衣装。

主演のリー・スイキョン氏は劇画調の顔でカッコイイ。
美貌の王妃、森ようこさんは凄まじかった。岩下志麻系の正統派美女なのに魂がPUNKなのだろう。ファンなら必見。
王子、アドラン・サイリン氏は万有引力っぽい。
陽気なティン・ラマン氏とヒールのセン・スーミン氏は観客を下ネタで盛り上げる。
海神ポセイドーン、今井尋也氏の唸りは本物。
一つ目巨人ポリュペーモス(セン・スーミン氏)のエピソードは愉快。
魔女キルケ、西川壱弥さんはエロい。
女神カリュプソー、津山舞花さんのかかと落とし。

冥界のシーンは幻想的で美しい。鏡とビデオカメラを使い能面の死者達と不思議な踊りでの邂逅。死の無常感に感じ入るオデュッセウス。選曲もセンス良い。

クリストファー・ノーラン監督の次作もマット・デイモン主演の『オデュッセイア』。2800年前にホメーロスが生み出した苦難の旅が今世界に求められている。憎悪の連鎖、欲望の果て、死人の山。現在と何も変わらない人間の業。世界語で綴られる『オデュッセイア』。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

開演前は死体を模した丸まった衣装がそこらここらに転がっている。ラストに同じ光景で終わる無常観。

ずっと同じことを繰り返し続けている人間の虚しさ。冥界のシーンが素晴らしかっただけに、もう少しメッセージ性があると尚良い。(死者達が争いを止めようと必死に追いすがるも誰も見向きもしないとか)。
ユアちゃんママとバウムクーヘン

ユアちゃんママとバウムクーヘン

iaku

新宿眼科画廊(東京都)

2025/02/21 (金) ~ 2025/02/25 (火)上演中

実演鑑賞

満足度★★★

何か変なリーディング公演だなと思って観ていた。横山拓也氏の「小説新潮」に書いた小説を講談師の神田松麻呂氏が絶妙の喋りで語り下ろす。ストーリーテラーであり、主人公・トラベルライターの「ジュンくんパパ」でもある。小学生の息子の所属するサッカーチーム「レアル岡町」。そのクラブマネージャーでもある「ユアちゃんママ」に橋爪未萠里さん。小説を講談師と俳優に託したら面白いんじゃないか、との試み。確かに何だかよく分からない新しい感触。

ドイツで本場のバウムクーヘンの食べ比べの仕事、硬くて甘くなくスパイシーで洋菓子っぽくない。その原稿をどう仕上げるか思案の主人公。締切が迫る中、息子のサッカーチームの合宿の下見の為、長野県戸隠にコーチと行かなくてはならなくなる。だがコーチが突然の高熱、代わりに駅にいたのは可愛くて魅力的な「ユアちゃんママ」。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

艶笑コメディかと思っていたがラストまで来ると驚く。もっと描き込んだら映画になるネタ。成程、そういう仕掛けか。
お伽の棺

お伽の棺

有限会社ベルモック

すみだパークシアター倉(東京都)

2025/02/19 (水) ~ 2025/02/24 (月)上演中

実演鑑賞

満足度★★★

二面の客席に挟まれた舞台。囲炉裏を中心にした板間。四隅の蝋燭に火を点ける。登場人物はちょっとアイヌっぽい出で立ちにも見える。引き戸の開け閉めの音を平台の側面に備え付けた小さな木のスライドの音で表現。機織りの音も算盤を使ったりの工夫。(鈴木めぐみさんの発案らしい)。全て役者達でこなす。

『鶴の恩返し』の横内謙介流解釈。『いとしの儚』に感覚が似ている。肉欲と残酷で醜悪な暴力に塗り潰される無力な弱者が、この世のものとは思えない程美しい光景を垣間見る刹那。負の絵の具を塗りたくった先に見えた異形の曼荼羅。

決して嘘をついてはならない掟がある貧しい寒村。稲葉能敬氏は雪道で行き倒れになった高橋紗良さんを見付け、家まで運ぶ。だが母である鈴木めぐみさんは「余所者は危険だから棄てて来い」と命ずる。稲葉氏は母の言いつけに逆らったことがなかった。ずっと女房が欲しかった稲葉氏、若い女を手放すことに苦悶するも母の剣幕に負け、女を連れて外へ。だがやはり連れ帰って来てしまう。

稲葉能敬氏は性欲と村の掟と母からの支配に苦しみ悶える男。小心者で嘘をついた己の良心の呵責に苛まれ、そして何一つ出来ない。
鈴木めぐみさんは息子を支配する母親像の権化。
高橋紗良さんは適役だと思う。何者だかはっきりとしない陽炎、蝋燭の炎の揺らめき。
北直樹氏は村の男で村一番の権力者の長者に織物を納めている。

高橋紗良さんが織る見たこともない美しい真白な織物。降り積もった雪より白く、丹頂鶴のような艶やかさ。その白さに聖なるもの、尊きものまで感じさせる。
ラストは鮮烈。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

鈴木めぐみさんが序盤で殺されるのは残念。もっと観たかった。性欲の高まりで衝動的に殺したように見えるのは残念。それが狙いなのかも知れないが。

高橋紗良さんは異人だが、アイヌっぽくはない。樺太(サハリン)の少数民族ウィルタ(オロッコ)のイメージ。ニヴフ(ギリヤーク)ではないような。三日三晩徹夜で籠もり機織りを完成させるなど非人間的な面も感じさせる。

この物語の核に村の掟の真の目的がある。長者から絶対的な信用を得て、年貢徴収を村人の自主管理に任せて貰うこと。納める年貢の量を少しでも減らして村人の取り分を増やさないことにはとても暮らしてはいけなかった。支配者を騙す為に善良な村人を演じる必要があったのだ。支配者から少しでも不審に思われてはならない。母殺しなんてあってはならない。全ては余所者の異人の仕業、退治するのだ!ただ愚直に村の掟を信奉していた稲葉氏は世界が崩れ落ちる様を見る。全ては嘘だった。

演出の狙いに粗が見える。母子の愛、男女の愛を丁寧に描かないとラストは生きない。ちょっと違う気がした。ラスト前、天井から布が囲炉裏に落ちる。それが引き上げられて無惨に血塗られた反物、飛び去った白い鶴となるのだが、その仕掛けの仕込みを見せちゃ駄目だろう。勿体ないな、と思った。その美術は見事な物だっただけに。

ツルミビタン=鶴身美反?
エアコンの自動運転なのか、二度程作動音が始まったのが雰囲気を壊して残念。
地上最後の冗談

地上最後の冗談

銀プロ

OFF OFFシアター(東京都)

2025/02/18 (火) ~ 2025/02/23 (日)上演中

実演鑑賞

満足度★★★

(B)
韓国演劇界、注目の喜劇作家オ・セヒョク。みょんふぁさん一推しで今作の翻訳も担当。ブラックな笑いを売りにしているらしい。舞台は捕虜収容所。台詞は関西弁、九州弁を多用してニュアンスが日本人にもよく伝わってくる。駄洒落などかなりテキレジしているのだろう。
順に処刑される事が決まっている捕虜達は死の恐怖に怯えている。端の部屋の五人は足音と銃声のサイクルから、自分達が殺される迄の時間を想定する。

効果音と演奏を担う藤崎卓也氏が下手に座る。ブリキ缶のようなカホンに跨りパーカッションとしてリズムを刻む。口笛。赤い太いホースを吹いて銃声に。鏧(きん)を叩く。棒ざさらの音。

捕虜収容所の端の部屋の五人。
佐藤B作氏は次長課長河本の「おめえに食わせるタンメンはねぇ!」の声質に似た作り声が漫画チックでよく通る。この中で一番目上だと威張っている老兵。
長橋遼也氏はフジモンみたいで心根があったかい奴。
清田智彦氏は笑いのセンスが残念ながら兎に角ない奴。
佐藤銀平氏は熱血漢。
宮地大介氏はコミカルなリアクション。

逃れられない死が間違いなく順番に訪れる。とても受け入れ難い恐怖。更にそこに予期せぬ新入りが放り込まれる。しかも少年兵。年端もいかぬ子供を徴兵し戦地に送り込む国家の非道さ。もう銃殺まで数十分しかないのだ。

少年兵は宏菜さん。やっぱ凄い天性の勘。甲高い笑い声が「ケケケケケ」と飛び出て皆ゾッとする。
有馬自由氏は敵兵、銃殺の執行役。香港功夫映画に出てきそうなユーモラスなヒールできっちり決めてみせる。

上質な役者陣の醸し出す緊張感。超満員の観客が押し寄せた。佐藤B作氏の集客力か?生と死の極限状況で人間が出来ることとは?サルトルの『壁』のフリー・ジャズ。
是非観に行って頂きたい。
この豪華全キャストのサイン入りポスターが何と1000円!!

ネタバレBOX

済州島(チェジュド)四・三事件という内戦がモデルだそうだ。韓国の南にある火山島、済州島。1948年アメリカ支配下の韓国で共産主義的な思想を持つと見做された島民への大虐殺が行われる。3万人以上が殺され、島にある村の7割が焼き尽くされた。

中盤、宏菜さんの髪が帽子から全部出てしまい、「実は女だったのか!」となるのかと思ったら皆無視。何事もなかったように進行。ミスなのかと思ったらクライマックス、自ら帽子を叩き付けるシーンもある。演出の技の一つなのだろう。

佐藤銀平氏VS宮地大介氏の小噺合戦位から停滞感。やっぱ笑いの狙いがちょっと違う。笑いには厳しくあって欲しい。

宏菜さんVS佐藤B作氏も見もの。ラストの佐藤B作氏の長い独白はシェイクスピア劇みたいだった。

死とは何なのか?ある種の救いなのか?“死”を許すことか?
トウカク

トウカク

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2025/02/14 (金) ~ 2025/02/18 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

(A)
奨励会からプロ棋士になれずに脱落した男(渡辺あつし氏)、書いた将棋小説が話題を呼びTVで特集される。共に番組に出演するのは奨励会同期で名人戦に挑戦するまでになったプロ棋士(三浦勝之氏)、陽気なアナウンサー(江崎香澄さん)。

小説の主人公は天野宗歩(そうほ)。江戸末期、世襲制だった名人位にはなれずとも実力最強の棋士として名を残す。殆ど彼についての文献は残っていない。残るのは棋譜のみ。読み込んだ棋譜から彼の生き様を類推する作品。

TV番組の公開収録の設定でありつつ、江戸時代の空間にタイムトリップした3人が天野宗歩の生涯を観察していく形。まずは天野宗歩の死後に廃墟となった住家。彼は刃物で目茶苦茶に斬り刻まれて殺されていたという。余程の怨恨か?そして床にばら撒かれていた将棋の駒。一つだけ足りない。

不潔でだらしなく酒に溺れ将棋以外何の取り柄もない天野宗歩(大川内延公氏)。
義理の父である大橋本家十一代大橋宗桂(井保三兎氏)。
その息子、宗珉(宇田川佳寿記氏)〈史実では大橋分家の八代当主〉。
家元出身以外で初の名人位となった十二世名人・小野五平(東野裕〈ゆたか〉氏)の若き日。
江戸時代の将棋家元三家は大橋本家、大橋分家、伊藤家。
伊東家の当主伊藤看寿(野崎保氏)、詰将棋の天才作家として名を残す一族。
実在した盲人棋客・石本検校(松沢英明氏)。
賭け将棋の胴元・剛吉(西川智宏氏)。
女郎屋の女将お時(柴田時江さん)。
労咳持ちの遊女・お龍(満〈みちる〉さん)。
その妹、お菊(花田咲子さん)。

西川智宏氏がMVP。内田健介氏と存在感がだぶる。物語を回すのはこういう粋な人物。
柴田時江さんも作品の文鎮。きっちり場を押さえてみせる声。もう一つの役も観客を興奮させた。
満さんと花田咲子さん姉妹も配役の妙があった。

ネタバレBOX

ヒールの剛吉がお菊を使っての賭け将棋。別室の伊藤看寿と石本検校が指し手を決め、通し(サイン)でお菊に伝える。出演陣が少なく限られている為、狭い世界で回している感覚になってしまうのが残念。伊藤看寿がこんなことをやるべきではない。

お菊の話をもっと膨らませて歴史には残らなかった天才女流棋士の物語を絡ませても良かった。
渡辺あつし氏が小説を書きつつ天野宗歩の棋譜の謎に躓く方法論もあった。「何故こんな将棋を指したのか?」をテーマに納得いく仮説を立てていく。そこで天野宗歩は死んでいない結論に辿り着く。棋譜版『ダ・ヴィンチ・コード』。

語り口は面白いがテンポが悪い。話が賭け将棋の単調な繰り返しばかりで盛り上がらない。登場人物達が自由に生きていない。ただ、無から力尽くで棋士の生き様を創造する作家の苦しみは察するに余りある。作家の過渡期の生みの苦しみなのだろう。

『トウカク』の意味は解らない。「頭角」(天才)に角を打つ意味を込めて「投角」のダブルミーニングか?
人ハ落目ノ ココロザシ

人ハ落目ノ ココロザシ

劇団1980

駅前劇場(東京都)

2025/02/12 (水) ~ 2025/02/17 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

面白かった。
別役実っぽいセンス。星新一の中編小説っぽい。真鍋博のイラストのような幾何学的な背景もセンス良い。

無料の身の上相談所、カウンセラー(神原弘之氏)、その助手(上野裕子さん)、受付(木之村達也氏)。ハシモトという相談者が訪れるらしいがなかなか来ない。来るのはすぐに「ゴメンナサイ」と謝罪する口数の多い老人(柴田義之氏)。話が噛み合わず酔っ払ってるのかと勘繰る程。そこに和服の女性(一谷真由美さん)が乱入して来る。
「順番を待って下さい」「私は急患よ!」
身の上相談の急患ってのは一体何なのか?老人はその話が聴きたくて順番を譲る。

次から次から一癖も二癖もあるモンスター相談者が襲い掛かってくる窮地。カウンセラーは無事彼等の悩み事を捌き、道を示してやれるのだろうか?

巨体のヤクザ役の寺中寿之氏が豪快。安田顕と富澤たけしを足したような。
その連れの女役、山田ひとみさんも強烈。『いつかギラギラする日』の荻野目慶子みたいなアバズレ。
MVPは柴田義之氏、文句なしに巧い。

次回はなんと東京芸術劇場シアターウエスト!劇団の勝負を懸ける気だ。どちらも是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

宗教批判を随所に忍ばせている。何も決断出来ない人達を代わりに誘導していくのが仕事。選択に正しいも間違いもない。

皆で声を合わせ誰かの発言を復唱して訊き返す流れが面白い。テンポとリズムが心地良い。もっと笑いにうねりがあれば尚良かった。
美しい日々

美しい日々

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2025/02/11 (火) ~ 2025/02/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

松田正隆戯曲の謎。
多分、『月の岬』しか観ていない自分にとっては謎でしかない世界。『月の岬』は訳が分からないが気になって仕方がなかった。思わせ振りな作劇、暗に考察を要求している。答えのない謎掛け(マクガフィン)狙いの作風なのか?それとも答は厳然として在るのか?

1997年の戯曲なのだがそれにしても随分古い設定。当時観たとしても70年代のドラマ風、山田太一や「神田川」の世界。ある種のパロディーとして観てしまう。(元々は高校教師の設定だったが今回は変えているのか?会話の内容から大学院に在籍しながら予備校講師をしているのかと思った)。

第一幕の舞台は古い共同アパート。風呂は勿論なく、トイレも流しも共用。隣室の男が置き忘れた果物ナイフをこれ幸いと使ってしまうような。

主演の風邪をこじらせている先生、横田昂己(こうき)氏は中迫剛っぽい。結婚を前にして悩み苦しむ。
ストーカーのように付きまとう教え子、萬家(よろずや)江美さんは平成バンギャファッション、何故かガンズTシャツ。
結婚を目前とした婚約者、高岡志帆さん。
親友でもある同僚、篁(たかむら)勇哉氏の買ってきた林檎。
もう一人の同僚の中村音心(そうる)氏。大野智っぽい。

その隣の部屋では働かない兄が妹に金をねだっている。
石井瞭一氏は若き伊藤克信風の世間に敗残した弱者。
その妹、水商売の飯田梨夏子さんは色っぽくて気になる。
浮世離れした恋人、齋藤大雅氏には何故か見覚えがあった。

ボロアパートの二階、二つの部屋で起きる諍い。どうしたらいいか自分では本当に分からなくなって、人を殺めてしまう。答が暴力にしか見出だせなかった。

自分的には篁勇哉氏と飯田梨夏子さんがMVP。
篁勇哉氏は名助演。昔の友人に似ていて好感。お人好しの優しい奴。いろんな役が出来そうなので使い勝手が良く引く手あまたになりそう。

驚くべきは第二幕。一体、これは何の話なのか?
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

働かない駄目兄(石井瞭一氏)と体を売らされる妹(飯田梨夏子さん)のエピソードはベタすぎてコントのよう。『Dolls』のような展開。これは狙いなのか?

第二幕は熊本県宇城市の弟(中村音心氏)の家。弟は熊本の家に養子になって育ち今では市役所務め。子供のいない若夫婦の家に仕事を辞めて世話になる主人公。日がな一日、釣りをして時間を潰す。厭世的な日々。

第一幕の役者達が別役で登場する。これは戯曲の指定なのか?意図的な配役なのか?(逆のキャラをわざと演じさせる)。

特別出演的な椎名和浩氏を除いて、二役を兼ねない者。
主人公、横田昂己氏。
親友の篁勇哉氏。
妹の恋人を滅多刺しにする石井瞭一氏。
そのショックで気が狂う飯田梨夏子さん。
熊本の苦い過去を背負う女、石川愛友(あゆ)さん。
この五人、理由がありそう。

旧暦8月1日(現在の8月下旬〜9月頃を推移)に八代海に見られる蜃気楼現象、不知火。海の上に灯る幾つもの炎。一年の内、数日の深夜だけにしか見る機会は訪れない。
石川愛友さんはそれを見た。願いが叶うとの言い伝え。ただ自分の欲望が叶うのではなく、本人にさえ気が付かなかった本当に根源的に望んでいた願いが叶うのだ。その成就が怖いと言う。自身の圧し殺していた欲望が明るみになることが。

不知火に向かって歩く主人公のラストに入水自殺をイメージする人も多いだろう。だがそんなホンではない。不知火に自分さえも気付かなかった自身の本当の願いを照らされた男の歩く背姿だ。名前を棄て過去を棄て、この世界と身一つで向かい合いたいとの覚悟。執筆当時の時期的にオウム真理教信者の心境を重ねる。全ての俗世間から脱してただ“生きる”のだ。
勿論そんな戯れ言が結実する呑気な世界ではない。何にも出来ずに叩きのめされ思い知るだろう。自分は甘かった、と。現実の生活の日々で全てが置き換えられていく。自分なんてものはそもそも初めから何処にもなかった。何にもなかった。

そこでやっと思い当たる。演劇研修所長・宮田慶子さんがこの戯曲を修了公演に選ぶのは実に3度目。生徒に告げるべきはこのラストにあったのだろう。不知火を見た者は己の宿業と向かい合わないといけない。お前達は見た。粛々と歩め。「犀(さい)の角のようにただ独り歩め」

SION「からかうなよ」

醜いのは当たり前さ
綺麗なものなんて何処にある?
いつだって最高の報いにですら
最低の恩返しもできねえ
女性映画監督第一号

女性映画監督第一号

劇団印象-indian elephant-

吉祥寺シアター(東京都)

2025/02/08 (土) ~ 2025/02/11 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

所々欠けた木製の梯子が十余り舞台上部に吊るされている。映画のフィルムをイメージしているのだろう。欠けたフィルム、一体何が欠けたのか?

1959年(昭和34年)、京都の坂根田鶴子(たづこ)55歳の家を訪ねて来た映画プロデューサー(藤井咲有里さん)と助監督(岡崎さつきさん)。岡崎さつきさんは浜野佐知(300本以上ピンク映画を撮っている女性監督)をイメージした鋲の付いたPUNKな革ジャン姿。
坂根田鶴子(万里紗さん)が1934年に書いた手書きの準備稿を押入れの奥から探して持って来る。『Daddy-Long-Legs』。
結局その企画は実らず、1936年『初姿』を日本の“女性映画監督第一号”として撮ることとなる。当時32歳。

訪ねて来た二人に本当に撮りたかった映画について語るうちに坂根田鶴子は若返り、いつしか1929年(昭和4年)の京都・日活太秦撮影所前に立つ。24歳。
運命的な天才映画監督溝口健二(内田健介氏)との出逢い。夫の女癖の悪さに神経をすり減らす溝口千枝子夫人(佐乃美千子さん)との交友。

1933年(昭和8年)、大ヒットし、溝口無声映画時代の代表作となった『瀧の白糸』の撮影風景。浦辺粂子(岡崎さつきさん)と岡田時彦(峰一作氏)。

女性であることを全て捨てて男社会に飛び込んだ坂根田鶴子。一本のドイツ映画『制服の処女』に衝撃を受ける。レオンティーネ・ザーガン監督からスタッフ、キャスト、ほぼ全て女性。こんな映画を私も作りたい!

主演の万里紗さんが抜群に美しい。手塚治虫の漫画キャラのような表情。輝いている。
内田健介氏は今回も最高。溝口健二の天才と駄目人間の振れ幅を人間臭く形取る。
佐乃美千子さんも魅力的。ハイヒールのまま後方に飛び降りるシーンには驚いた。かなり段差のあるセット、振り向かずにポンっと。相当日々身体を動かしているのだろう。キレキレのダンス。
何役も兼ねる役者陣の着替えとキャラ変にも感心。
岡崎さつきさんは強烈な印象を。
内田靖子さんは癒えることのない心の痛みを。

ウォルター・ドナルドソン作曲の『私の青空』の替え歌が今作を一本貫く串となる。
戦前の映画黎明時代、魅入られた者達の狂騒。どうしようもなく映画が好きだった。この世よりも、銀幕に映し出された虚構の世界こそが真実だと思った。
かなり演出に力を入れ工夫を凝らしている。
見事な作品、130分、面白かった!

ネタバレBOX

溝口健二の物語が面白すぎるので、後半満州篇から戦争責任の話になる流れにちょっと無理矢理感。やはり敗戦の混乱の中、満州から何とか引き揚げ、溝口を訪ねて松竹でスクリプターの仕事を貰う描写。世界的名声を得ていく溝口、対照的に編集の記録係しかやらせてもらえない坂根の後半生。国策映画、啓民映画を撮ってきたことへの無意識に潜む罪悪感。それを溝口との関係性から描いて欲しかった。
井上ひさし節のように西瓜をガジェットとして巧く使っている。ラストの流れはこまつ座っぽい。

坂根田鶴子は後年女性と暮らしていたので同性愛者と思う人も多いらしい。

全く関係ないがアントニオ猪木は4回結婚していて最後の女房がカメラマンだった橋本田鶴子さん。猪木は「ズッコ」と呼んでいた。
教育

教育

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2025/02/07 (金) ~ 2025/02/15 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1955年(昭和30年)、田中千禾夫(ちかお)は今作で読売文学賞を受賞した。三島由紀夫の激賞で知られる作品。

フランスの田舎の村、エレーヌ(瑞木和加子さん)45歳と娘のネリー(椎名慧都さん)25歳、通いの女中(稀乃さん)が暮らす家。鉱山を経営する夫のルオウ(加藤佳男氏)60歳は月に一度生活費を渡しにやって来るだけで別の女と暮らしている。本妻ながら妾宅のような暮らしを強いられてきた二人はルオウを憎んでいる。外科医見習いでボードレールを愛読するネリーは男を知らず、愛というものが何なのかずっと考え続けている。
今日に限ってなかなか帰らないルオウに業を煮やしたエレーヌは外出、二人きりになった時、ルオウはネリーに「今日でここに来るのは最後だ」と告げる。そして自分こそが一番愛に誠実に生きてきた者であることを。

加藤佳男氏は小沢栄太郎みたいで凄い貫禄、格好いい。
瑞木和加子さんはルイズ・ブルックスを意識しているようななりで戦前のサイレント映画女優のような雰囲気。虚ろで気怠げな表情が映画的。
椎名慧都さんは若い頃の山本美憂っぽい。

ネタバレBOX

①ルオウとネリー
25年前、35歳の時に20歳のエレーヌに熱烈に恋をしたルオウ。醜男で金しか取り柄のないルオウは贈り物で気を惹くしかなかった。だが歳下の学友であったモテ男フランツに簡単に落とされエレーヌは子を身籠る。突然肺炎で亡くなったフランツ、身重のエレーヌに求婚するルオウ。世間体と家の為、結婚を承諾するエレーヌ。結婚後、ベッドの上で安らかな夢を見ながらフランツの名を口にするエレーヌ。それを見たルオウは家を去る。心から愛するが故に経済的援助のみに自分を律したのだと。
それを聴いたネリーは全く愛情をくれなかった父こそが自分達を本当に愛してくれていたのだとショックを受ける。
②ネリーとピエール
病院の上司である医師のピエール(野々山貴之氏)が訪ねて来る。妻帯者であるピエールはネリーに女の幸福を教育すると言う。相手にせずあしらうネリー。
③ピエールとエレーヌ
少し会話。
④エレーヌとネリー
父から聴いた話を突き付けるネリー、それを一笑に付すエレーヌ。肺炎ではなくルオウがフランツを殺したこと。(ここの部分は濁される)。処女懐胎を思わせる言葉。「夢を見ている時に天使がやって来た」「黒い天使よ」。(ルオウがフランツの夢を見ているエレーヌを抱いたことを暗示)。
どれでも好きな話を選んで信じなさい。真実は貴方が選ぶもの。ネリーは否定する。真実はそこに確かにあるもので自分が創り出すものではない。

第二場がつまらない。ネリーがピエールに実は惚れていなくては成立しない会話。既婚者の医師がさらさらその気のない若い娘を必死に口説いているようにしか見えない。
だが鮮烈なシーンがある。グラスに入った度数の高い酒に突然マッチで火を点けるネリー。暗い部屋を照らす小さな炎。それを無言で眺めるピエール。

大して良い戯曲とも思えない。羅生門スタイルで実の父親は誰なのか?が物語の主軸だが、愛とはなんぞや?までは届かなかった。
居眠り客は多かった。
ピエールに惹かれているがそれを必死に押し殺すネリーの方が客受けしたと思う。(お互い好きだが、付き合ってもいない別れ話)。
おどる葉牡丹

おどる葉牡丹

JACROW

座・高円寺1(東京都)

2025/02/05 (水) ~ 2025/02/12 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

古代の円形劇場のようなステージをL字型で囲む客席に座・高円寺1をレイアウト。滝行に臨む議員の“家内”達が真白な行衣姿に竹の遍路杖を頼りにゆっくりと岩肌を進む。何という寒さ。肌を刺す冷気。真冬だと言うのにこれから滝を浴びる⁉口ずさむのは般若心経。いつしか歌になる。

仕事を辞めてきた旦那が突然来年の市議会議員選挙に出馬すると言い出す。は?全く理解不能。子供のない家庭、愛猫との日々。部長昇進が内定している妻。男社会でよくぞここまで耐え抜いた。それがいきなりの旦那の人生設計変更には付き合い切れない。正気?受かると思う?何がしたいの?
狂った人生の展開に絶叫する主人公は福田真夕さん。

地元の区の顔役である与党の県議会議員幹事長の妻(宮越麻里杏さん)を紹介して貰い話を伺うことに。区の現職の市議会議員の妻(堤千穂さん、廣川真菜美さん)。
隣の区の顔役である県議会議員の妻(井口恭子さん)、隣の区の市議会議員の妻(駒塚由衣さん、井口睦惠さん、橘麦さん)。
そしてその親睦会を束ねる地元の衆議院議員、法務副大臣の妻(みやなおこさん)。毎月集まって交友を深めている。

出馬するならば地元商店街会長の花屋(井口恭子さん二役)が後援してくれると言う。

皆の話を聴いていくうちに旦那の出馬に前向きになっていく主人公。裏方である女の戦いの面白さ。大学時代チアリーディング部で培った応援魂に火が点く。

伊丹十三や滝田洋二郎系の社会派コメディー。男を一切登場させない作劇。
裏金問題で逆風が吹き荒れる与党、女達の選挙運動はとどまる所を知らない。

ネタバレBOX

失敗作だと思う。作家は女性モノが向いていないのでは。無理してる感じが最後までした。男性ならグロテスクに誇張して笑えるキャラにカリカチュアライズ出来るネタなのだが、女性となると気を遣ってしまうのだろう。TRASHMASTERSでこのネタをやればとんでもない着地点にまで辿り着きそう。

自民党の後ろ盾があってこそのド素人の立候補の決意。当初から何某かの関係性が見えないことには旦那の目算が不鮮明。ただの自分試し?男を出さないことに拘ったせいでリアリティーを犠牲にしてしまっている。

女優の名前が出て来ず、堤千穂さんしか判らなかった。後半、みやなおこさんにやっと気付く。TRASHMASTERSの怪演ばかり観て来たので驚く。凄く常識のあるまともな役だった。終わってから宮越麻里杏さんが出演していたと知る。この人は毎回尻尾を掴ませない。

選択的夫婦別姓制度まで踏み込むネタだったと思う。何でこれを導入すべきなのか、絶対にすべきではないのか、日本人の家族観の核を突く問題。男女観の根底を流れる無意識の川、ジェンダーロール、ジェンダーバイアスの正体。劇団印象なんかが得意そうなジャンル。
浴室

浴室

ジェイ.クリップ

サンモールスタジオ(東京都)

2025/01/29 (水) ~ 2025/02/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈Aチーム〉
山﨑薫劇場。
やっぱこの人は凄いわ。圧倒された。ひれ伏す。名取事務所が手掛けるような重厚なテイスト。メチャクチャ鬱でシリアスな人間劇。内面を徹底的に凝視した人物造形。山﨑薫さんのファンならずともこれを見逃してはならない。

作品に流れる血は『愛を乞うひと』だろう。病的なまでに実の母親から虐待を受けて育った女性が主人公。家を逃げ出して今は一人の娘の母親になっている。ずっと今まで目を背けてきた母親との関係と到頭対峙しようと決める映画。

虐待されて育つと自分の子供に虐待をするようになるという虐待の連鎖。幼児期の家族とのアタッチメント(愛着)の形成こそが人間の心の立ち位置の基準となる。安心で安全な信頼関係を感じることが自分という存在の土台、基礎に。それが欠落して育つと愛着障害と呼ばれる心の病を抱えることが多い。人間不信、低い自己肯定感、各種の依存症、不安神経症···など負の連鎖。

誰もが無意識に自分で自分を治す方法を探っている。今作の主人公(山﨑薫さん)も母親に虐待されたトラウマから棄てた筈の香川の実家に帰郷する。結婚し妊娠したことを夫(寺内淳志氏)と報告する為に。実家の母親(西山水木さん)はいつの間にか再婚していて初対面の義理の父(蒲田哲氏)。
主人公はルポライター見習いで初めて自分が主筆で担当する仕事を与えられる。それは目黒女児虐待事件。5歳の幼女を実の母親と再婚した継父が教育に見せ掛けて虐め殺した事件。そのおぞましさに世間を震撼させた。
拘置所で母親(大井川皐月さん)と面会、取材が始まる。
浴室に閉じ込められ泣き叫ぶ幼女の書いたノートの文章に自分のトラウマが甦る。
『もうおねがい、ゆるして。ゆるしてください、おねがいします。ほんとうにもう、おなじことはしません。ゆるして。』
他の誰の話でもない。
「これは私の話だ。」

憎んでも憎んでもまだ余りある家族の正体とは、最早自分自身なのかも知れない。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

始まって山﨑薫さんだと思い、いや違うなと思い、やっぱりそうだなと思う。本物の女優。

凄く好きなシーン。受刑者・大井川皐月さんに自分も虐待を受けてきたと告白する山﨑薫さん。大井川皐月さんは言う。「でもあなた死んでないじゃないですか?生きてますよね。それは何故なんです?」
ぐっと言葉に詰まる。何故生きているのか?

義父と末期癌の母親の遣り取りを妄想しそこに浮遊し否定し続けるシーンも好き。山﨑薫さんの一本調子の語りがリアル。

ラストシーンは流石。人生は失った自分自身の欠片を探し続ける物語。いつかきっとパーツは揃い完全になれる。百鬼丸のように。

山﨑薫さんと大井川皐月さんの対決に固唾を呑んでいただけに、いきなり時間が飛んで義父(蒲田哲氏)が上京して来る展開にはガッカリした。二人の立場が段々と入れ替わる『ゴールデンボーイ』、『羊たちの沈黙』を想像していただけに。

もうカルマなのか、主人公(山﨑薫さん)は娘を産むがその子は軽い発達障害。社会福祉士(?)だった夫(寺内淳志氏)は意識高い系DEI(多様性・公平性・包括性)のモンスター化。能弁な無能に。邪魔でウザいだけの娘は最早ストレスでしかない。主人公は軽蔑すべき加害者側に足が引き寄せられていく自分自身にゾッとする。
寺内淳志氏のモラルハラスメントは最高の見せ場。この為に彼の詳細な設定が必要だったのか。成程。

癌で亡くなる母、西山水木さんが酔って本性が垣間見える描写は見たかった。回想としての声だけでも。

冒頭、nWoTシャツからプロレス談義になり、小川✕橋本、新日✕Uインターの流れ。ちょっと作り物めいている。何かガチファンっぽい恥ずかしさがない。

だぶだぶスウェット上下の拘置所スタイルは人となりに固定観念を植え付ける。皆ズボラで家庭環境に恵まれなかったADHDに見える効用。

観客の中には懐かしい顔も見えた。
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・バルコニー!!

爍綽と

浅草九劇(東京都)

2025/01/29 (水) ~ 2025/02/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

面白かった。
初演の諸々の部分を金掛けてパワーアップ。衣装美術なんかにメジャー感。テンポが良くなった気がする。

物語は『ロミオとジュリエット』のその後。仮死状態になる薬を飲んで死を偽装するジュリエット。その情報が伝わらず本当に死んでしまったと勘違いしたロミオは毒薬で後追い自殺。目を覚ましたジュリエットはロミオの死体を見て、絶望して短剣で自殺。これがシェイクスピアのオリジナル。
今作はジュリエットが頭の悪いロミオに先に仮死状態になる薬を飲ませ、何とか二人が生き延びられた未来を生きようとする話。

圧倒的。吉増裕士氏(内藤大助っぽい)とブルー&スカイ氏(梶原善っぽい)の狂気の大暴れをひたすら見せ付けられる。東野良平氏(飯尾和樹系)も負けずにハッスル。話がどうこうではなく、狂った笑いを執拗に求める病的なストイックさを感じた。観客に伝わらないであろう無駄に細かい笑いを無理矢理捩じ込む。台詞の神経症的な練り。台詞の被せの多用など視点が俯瞰的。ヲタクが突っ込みながら作品を観ている様をメタ的に被せているような演出。

清水みさとさんは元グラドルだけあってスタイル抜群。初日のアフタートークのゲストがサバンナ・高橋茂雄氏なのが謎だったが二人は夫婦だった。
内田紅多(べえた)さんの妙な存在感、不思議。

笑いに真剣な玄人衆がこぞってチェックに来ている場のうねり、ビンビン来る。この作家は一体何処に行き着くのか?
間違いなく笑える。是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

初演から
木乃江祐希さん→佐久間麻由さん
細井じゅん氏→海上学彦氏
加藤睦望さん→清水みさとさん
モリィさん→土本燈子さん
尾形悟氏→ブルー&スカイ氏
澁川智代さん→内田紅多(べえた)さん
四柳智惟氏→東野良平氏
インコさん→吉増裕士氏

てっぺい右利き氏、髙畑遊さんは続投。代えが利かないのだろう。

『ロミジュリ』の後日談からホーム・ドラマ『ジュリさん』になっていく感覚を今回は余り感じなかった。

幻覚剤の効果が切れてくる伏線が欲しかった。時々、ふと一人ぼっちになった時にだけ姿を見せる謎の薬屋の男。段々と薬が効かなくなってきて情景にバグやブロックノイズが混じる。登場人物が消えていく描写は無音に時間が止まって無機的に片付けられていくような。そして消えたことにただの一人も気付かない。主人公は自殺ではなく、薬にもう肉体が耐え切れず・・・の方がいいような。全ては妄想で現実逃避していただけだった虚しさ、だが妄想の家族がゆっくりと手を差し出す。その手が触れた刹那・・・、全てが報われ救われる。

客層は事務所絡みの招待客がかなり多かった印象。そこがちょっと残念。
ミュージカル チキチキバンバン

ミュージカル チキチキバンバン

avex live creative

東京建物 Brillia HALL(東京都)

2025/01/17 (金) ~ 2025/01/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

この会場は二度宝塚OBモノを観に来たことがあって、その時の席は一階後方。今回は二階、全体としては観易いが人物の細かな表情までは見えない。

発明家カラクタカス・ポッツ役・長野博氏は南原清隆に見えた。
その父、グランパ・ポッツ役・別所哲也氏は野性爆弾のくっきー!に。
バルガリア国のバロネス・ボンバースト役・愛華みれさんは渡辺えりに。

ジェミマ・ポッツ役・三木美怜ちゃんがMVP。彼女の溌剌とした生命の躍動こそが観客を元気にさせる。ここを基調として作劇すべき。
異様なまでのスタンディング・オベーションと複数回観劇を重ね出来上がってみえる客層はジュニアの小山十輝(とき)君のファンがメインだったのかも知れない。皆さんやたら好意的。

ネタバレBOX

「チキ・チキ・バン・バン(チッティ・チッティ・バン・バン)」とはエンジンをかけた時の擬音。1920年代、ルイス・ズボロフスキーが開発した航空機エンジン付きレーシングカー、「チッティ・バン・バン」がモデル。イアン・フレミングが書いた童話を元に1968年映画化された。ストーリーは作品内で父親が子供達に語る空想的物語、現実ではない。今作ではそこを現実と地続きにした為に色々と不具合が生じてしまっている。

クラシック・カー、チキ・チキ・バン・バン自体のフォルムの魅力が表現できていない。もっといろんなサイズの模型を作って空を飛んだり海を渡ったり視覚で見せるべき。今作では何で子供達がそんなに夢中になるのか解らない。ただのレトロカー。チキのおかげで関わる人皆ハッピーにならなくては。

異常な独裁国家バルガリア。支配者のボンバースト男爵(ダイアモンド☆ユカイ氏)、その夫人は子供を嫌って迫害、逃げ延びた子供達は地下の洞窟に隠れ住んでいた。その設定も漫画で上手く伝わらない。チャイルド・キャッチャー・堂雪絵さんはまんまキャットウーマン。ダイアモンド☆ユカイ氏を自分が観るのは今回が初めてか?

畑違いのTVの人が駆り出されたのかと思ったら演出は元宝塚の人だった。何か見せ方が淡々とし過ぎ。子供向けに振り過ぎたか?自分的には謎。これでGOサインは出ないだろう。空想と現実の狭間を行き来するチキの冒険譚でないと。

自分的には面白いとは思わなかった。
自分の体調が悪かったせいもあっただろうが、隣の人は休憩で帰っていた。
ドードーが落下する

ドードーが落下する

劇団た組

KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)

2025/01/10 (金) ~ 2025/01/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

まるで平原テツ氏の独り芝居のよう。L字型の2面の壁に囲まれた部屋。6本の蛍光灯が天井から吊るされている。それが時折点滅すると場転の合図。壁の上に寝そべった出演者達が舞台を上から覗き込んでいる。ロマン・ポランスキーの『テナント』みたいな被害妄想と強迫観念の構図。幻聴幻覚が自分の体内から滲み出てくる。かなり演出に凝って変えているので同じ戯曲の別ヴァージョンみたいな感じ。

今回観て気付いたのが安川まりさんが場のキーパーソンであること。要所要所で重しになっている。

初演時のイベント制作、藤原季節氏の役が秋元龍太朗氏になっている。ピン芸人秋元龍太朗氏の役は鈴木勝大氏に。バイトリーダー山脇辰哉氏の役が諫早幸作氏に。
前回は平原テツ氏の相方が登場しなかったと思う。今回はかなり重要な存在(金子岳憲氏)に。

ネタバレBOX

初演の方が自分は好き。藤原季節氏が売れないお笑い芸人との妙な友人関係を抱きしめる物語だった。面倒臭い精神病持ち、意味不明な事件ばかり起こし、皆が当然見捨てるであろう男に何故か感じる気持ち。人は皆生きてく上で、沢山の人間関係を切り捨て沢山の人間関係から切り捨てられてゆく。そのどちら側であっても発する痛み。キチガイの売れない芸人のことを何故だか大切に思う自分。何故か切り捨てられない。ラストは芸人の最新ギャグを一緒にやってやる。
「タランティーノだけが受けるギャグ」
愛する夫が病院で到頭亡くなる。狂乱し泣き叫ぶ妻。突然扉が開いて「ハッピー・バースデー・トゥー・ユー」と場違いなケーキが運ばれて来る。

前回はこれがラスト。今回はそもそも平原テツ氏の病室(?)で秋元龍太朗氏と金子岳憲氏の声だけが壁から聴こえてくる。全てが彼の妄想のようだ。ソファーの隙間からザワザワと何かが這い出してくる。枕の中身のビーズのような。(初め虫かと思って驚いた)。
このギャグの後に金子岳憲氏が部屋にやって来る。平原テツ氏は元相方に最新ネタを披露する。「原始時代のマッチング・アプリ」。これは毎回アドリブなのかも知れない。

平原テツ氏の視点で世界を構築してみたが中途半端な出来。「神経症はヘルペスのように空気感染する」という筒井康隆のネタがあったが、キチガイの感じる世界に観客を取り込まないと物足りない。そもそも平原テツ氏のいる世界では皆が書き割りのようにペラッペラでないと。その無機質の世界に在るあたたかな温もり。これは一体何なんだ?

バイトリーダー諫早幸作氏の出番がなかなかなく、ずっと壁上から皆を眺めている様子が面白かった。このまま最後まで出番なく、「彼は一体何だったんだ?」の方が良かった。
 音楽劇 わが町

音楽劇 わが町

俳優座劇場

俳優座劇場(東京都)

2025/01/11 (土) ~ 2025/01/18 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕60分休憩10分第二幕55分休憩5分第三幕40分。
凄く好きな作品。以前翻案した作品を観たことがあったが本物は格別だ。俳優座劇場オールスターズの貫禄。本当にこの劇場が失くなってしまうのか?と詰め掛けた観客皆が思ったことだろう。
主演の土居裕子さんの輝き。進行の清水明彦氏の妙味。坪井木の実さん、片桐雅子さん、満田恵子さんの聖歌隊の灯し火。加賀谷崇文氏の発する痛み。高橋ひろし氏、斉藤淳氏の語る重み。奥田一平氏の純情。

作曲家上田亨氏の名曲が炸裂。「ストロベリー・アイスクリーム・ソーダ」は残る。
作品を味わうのではなく考える。考えて考えて考えて、そしてまだ判らない。それは自分のことだから。ソーントン・ワイルダーが何処まで考えていたのか。演劇の枠組を超越した思想の片鱗を感じさせたかったのか。

さようなら俳優座劇場・最終公演はシェイクスピアの『嵐 THE TEMPEST』で4月。観ざるを得ない。

ネタバレBOX

主演のエミリー役・土居裕子さんが少女から出突っ張り。「アラフィフでよくやるな」と思っていたら66歳。マジか!?高橋真麻みたいな明るさで歌い踊る。自分の婆ちゃんがその歳頃だった頃を思ってショック。ちょっと信じられない若々しさ。
彼女に恋するジョージ役は奥田一平氏。思い詰めた純情が沁みる。
この世を否定して自殺した加賀谷崇文氏の痛み。
満田恵子さんの複雑な表情。

これは『クリスマス・キャロル』の裏面だと思った。『クリスマス・キャロル』はガチガチの現実主義者が“死”という逃れられない不条理に直面して自らの“生”を変えていく物語。“死”を変えられないならば“生”の受け止め方、自分の意識を変えるしかない、と。
逆に今作の登場人物達は第三幕、死者となり、自分の墓石の前でぼんやりと佇んでいる。何だかもう全てがどうでもよくなっている。感情がなくなった。墓参りに来る者達を見ても何も思わない。だが死んだばかりのエミリーはそうではない。もう一度生きていた日々に戻りたいと願う。“生”の歓びを感じたいと。皆の制止を振り切って子供の頃の自分の家に戻る。そこで感じるのは圧倒的虚無感。虚しい。死者の目から世界を眺めると全てが無意味。凄く好きだった映画が全く頭に入って来ず、耐え切れなくなって映画館を途中退席するような気分。虚しい。全ては終わってしまった。
墓地に帰ると真夜中に独り戻って来たジョージが自分の墓石の前で泣き崩れている。ああそれすらも。

①1901年5月7日 エミリー14歳。隣家のジョージが勉強の手伝いを頼む。
②1904年 エミリー17歳。ジョージとの結婚式の日。
 1903年 エミリー16歳。ストロベリー・アイスクリーム・ソーダを食べながら突然ジョージが求婚する。
③1913年 エミリー26歳。お産の時に亡くなり墓地に埋められる。
 1899年 エミリー12歳。誕生日の日を味わいに行く。

ストーリーはジョージとエミリーの恋心から求婚、結婚式から出産時に亡くなったエミリーの葬式へとすっ飛ばす。本来の物語の語り口ではない。観客が期待する起承転結をわざと外す。真夜中に独り泣き続けるジョージ、それを何の感情もなく見つめているエミリー。空には満天の星空。毎日単調に生活することのかけがえの無さを訴えたかったのか?だがそんな気分には到底ならない。
なんて虚しいんだ。

Jawbreaker 「Kiss the Bottle」

そう君に時々寄り掛かる
君がまだそこにいるって確かめる為に
君の脚は自分自身さえ支え切れやしない
ましてや二人なんかは・・・
コンクリートに叩き付けられてしまうのさ

何でこんな酷い世界に生きているんだろうか?
俺が君の為に素敵な絵を描こうとしたことは知っている筈
でも俺達は線路で力尽き、荷台から夜行列車へと放り棄てられてしまった

俺は酒瓶にKissをする
本当は君にするべきだったのかもな
君が目を覚ますのは空っぽの夜で
二人分の涙を抱えたままだ
二十歳の集い

二十歳の集い

Aga-risk Entertainment

上野ストアハウス(東京都)

2025/01/02 (木) ~ 2025/01/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

①『Go as Operation!!』
レンタルビデオ屋のベテランバイト、チーフのおっさん(矢吹ジャンプ氏)が主人公。バイトの大学生の女の子(榎並夕起さん)が辞めて郷里に帰る報告に動揺を隠せない。ずっと彼女に恋していたのだ。それを知らぬ彼女は信頼するチーフに常連客(小林和葉氏)への恋心を告げる。今日最後の日に彼に告白したいのだと。とてつもない急展開、迫られる選択肢にテンパるおっさん。とりあえず恋の成就なぞさせてなるものか。売れないバンドマンの常連客(古谷蓮氏)を借金をカタに協力させて恋が成就しないように舵を切る。

②『宇宙からの婚約者』
到頭恋人にプロポーズをする日が訪れた。主人公(岡田怜志氏)は給料2.5ヶ月分の指輪をセッティング。付き合って一年の彼女(榎並夕起さん)に求婚するも返事はNO。は?理由が酷い。「実は私、ウルトラマンなので」。

古谷蓮氏は窪塚洋介っぽい。
岡田怜志氏は余り見ないキャラ。観客と気軽にやり取りしながら場を回す。
榎並夕起さんは出ずっぱり。

①店長がお薦めする『ホーム・アローン2』、その心は?が面白かった。

②ウルトラセブンの最終話、モロボシ・ダンが友里アンヌに自分の正体を明かす名シーン。一瞬暗転、突如背景に銀ラメの幕がすっと下がり、手前の見つめ合う二人はシルエットのみになる。流れるシューマン『ピアノ協奏曲イ短調』。完璧な演出。今作ではこれにオマージュを捧げている。

ネタバレBOX

①やりたいことは判るんだけど物語の構造として弱い。イケメン客と美人バイトの恋路の邪魔をする人為的『君の名は』。すれ違いメロドラマなんて昔流行ったものだが携帯の普及でなかなか現代で成立させることは難しくなった。万引きGメンに憧れて家を飛び出した主婦というのも無理くり。その店で自分が借りたDVDを延滞したまま家を出て、「この店が万引き犯を見張るのに最適だ」なんて・・・。アンジャッシュ系の勘違いトークの笑いもスマートじゃない。出ハケも力技ばかりでどうもノっていかない。全く事情を知らずパニクるマトモな店員なんか欲しかった。入り組んだ人間関係がどんどん絡まっていき混沌、それを見事なあやとりの技一発で決める狙いすましたテクニックが見たかった。

②円谷プロの『ウルトラマン』シリーズが実話だという設定。頻繁に日本は怪獣と宇宙人に襲われている世界線。拐った人間を人形にして遊ぶ宇宙人ネタが面白かった。好きな系統の話なんだけれど何かちょっと違った。互いが相手をそこまで愛している感じがしなかったからか。

※ラストに流れるのがBOØWYの「LONGER THAN FOREVER」なのが意外な選曲だった。
赤毛のアン

赤毛のアン

劇団四季

自由劇場(東京都)

2024/12/03 (火) ~ 2025/02/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『赤毛のアン』といえば「世界名作劇場」、高畑勲監督な訳で宮崎駿、近藤喜文の磐石の布陣。今も鮮烈に焼き付いている。ガキの頃からこいつらアニメの天才の才能を存分に見せ付けられてきたものだ。それ以来、原作も映画も観たことがない。一体、あれは何の話だったのか気になって観てみた。

19世紀末(1897年)カナダのプリンス・エドワード島にある田舎町、アヴォンリー。マシュー(飯野おさむ氏)とマリラ(大橋伸予さん)の老兄妹は農作業の手伝いの為にノヴァスコシア州の孤児院から男の子を引き取ることにする。本土から船と機関車を乗り継いでやって来る彼を駅に迎えに行くと、居るのは11歳のそばかすだらけの痩せた赤毛の少女。お喋りで空想癖で劣等感の塊で悲観的で癇癪持ちで感受性ビンビンのアン・シャーリー(三代川柚姫さん)。人間違いだと孤児院に帰す筈がいつのまにか彼女に夢中にさせられていく老兄妹。唯一の武器は心の純粋さだけ、そんな一人の少女が小さな町で生命を輝かせていく。

三代川柚姫さんの魅力に尽きる。これぞアン。そうなんだよ、この面倒臭いキャラ設定。リアルに周囲にいたら皆うんざりするかも知れない。この原作が名作なのはアンの造型に全くの嘘がないところ。原作者ルーシー・モード・モンゴメリ自らの少女時代の投影でもある。凄い主人公だった。

ダイアナ役の林明梨さん、スグリ酒でベロンベロンの名シーン。
恐怖のブルーエット夫人(杉山由衣さん)。
名曲、「アイスクリーム」の歌。
パフスリーブへの想い。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

マシューの設定は人間嫌い。大の女嫌いで妹のマリラとレイチェル夫人(菅本烈子さん)以外とは話せない。それを知ると馬車の上でアンのお喋りを心地良く聴くシーンが一層際立つ。あれ、何かこの娘の話なら楽しく聴けるなあ。何でだろう?

『赤毛のアン』を濃密な会話劇で観たい。アンとマリラの虚実入り乱れた言葉の応酬をシェイクスピアのように。アン役を憑依系女優に演らせたら狂ったコメディになりそう。
文豪が多すぎる

文豪が多すぎる

劇団6番シード

新宿シアタートップス(東京都)

2024/12/25 (水) ~ 2024/12/29 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

大正12年12月25日、兵庫県有馬温泉にある旅館「梅梅坊(うめうめぼう)」。色々なものから逃れて女流作家・宇田川美樹さん(林芙美子っぽい?)が宿を取るも不手際で相部屋をお願いされる。原稿300枚を一週間で仕上げないと借金を返せないと煽る書生(永石匠氏)。
「梅梅坊」の若女将・高宗歩未さんは色っぽい美人で川島なお美っぽくもある。大女将・椎名亜音さんは『ガラスの仮面』で野際陽子が演じた月影千草っぽくもある。この配役は見事。
藤堂瞬氏(夏目漱石?)、佐藤弘樹氏(有島武郎?)、夢麻呂氏(小林多喜二?)、オオダイラ隆生氏(太宰治?)、那海さん達そこに偶然居合わせた文豪達を焚き付けてどうにか原稿を書かせるコメディ。

エリザベス・マリーさんの天井の梁を伝って移動するギャグは大受け。
矢島美音(みのん)さんはアイドル顔。
書道家・遠藤しずかさんの来年の一字は何だったのか?
はらみかさんの高級娼婦も見事。

この作家は脚本よりも演出の方が優れているのかも知れない。原稿用紙でキャスト紹介するオープニングや、音楽と役者の動きだけで時間経過を組み立てるモンタージュが素晴らしい。こういう工夫が観客を喜ばせる。空間の技術。

ネタバレBOX

那海さんは実は文学者を騙る泥棒。何かいつもこんな役。

まあ自分は那海さんのファンなのでそこに関しては満足、圧倒的可愛さ。やんちゃなエリザベス・マリーさんも目を惹く。
桜の園

桜の園

シス・カンパニー

世田谷パブリックシアター(東京都)

2024/12/08 (日) ~ 2024/12/27 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

チェーホフはよく判らん。S席12000円⁉『江戸時代の思い出』が面白かったのと天海祐希さんを(多分)観たことがなかったのでこわごわと抽選予約に参加。当選してしまった。『桜の園』自体は観ているがそこまでハマってはいない。

小間使いドゥニャーシャを野口かおるさんだと思って観ていた。途中、「そういや池谷のぶえさんも出てたな」と思い、「もしや!」とやっと気が付いた。そのぐらいキャラ変している。同じくロパーヒン(荒川良々氏)もやっと気が付いて驚いた。従僕ヤーシャ(鈴木浩介氏)もかなり後になって気付く。こんなキャラも演れるのか!?禿ヅラ被った大学生トロフィーモフ(井上芳雄氏)にも驚く。こんな贅沢な配役はない。わざとイメージと違うキャラを演らせるギャグなんだろう。
それにしても女主人ラネーフスカヤ夫人(天海祐希さん)の登場シーン。スターのオーラ。思わず客席は拍手しそうになっていた。背が高くピンと立ち、誰よりも際立つ存在感。これはファンが付くわけだな。宝塚でトップを張るとはこういうことだ。
家庭教師シャルロッタ(緒川たまきさん)のマジックもなかなかのクオリティ。老僕フィールス(浅野和之氏)も流石。屋敷の事務員エピホードフ(山中崇氏)の「ね」。隣の地主ピーシチク(藤田秀世氏)の借金をねだるクズっぷり。

ネタバレBOX

第一幕は人物説明で第二幕からスタート。舞踏会シーンで木目の扉が向こう側からライトを浴びると中が透けて見える演出が効果的。結局何も出来ないままパリの愛人のもとに帰る天海祐希さん。ずっと選択が出来ない。ただ時間が過ぎ去るのを待っているようだ。
今回の『桜の園』も何か違って見えた。何が正解かは解らないがこれじゃない。クーラーをかけているのか?と思う程客席は寒かった。

『桜の園』は滅びる美しさへの哀悼の作品。(今となっては間違った時代だったのかも知れないが)古き良き時代への郷愁。大して恵まれた環境でもなかったのにふと誰もが呟いている、「昔は良かったなあ」。人間の本能の物語。
無学な農奴の息子、商人として時代の波に乗り金を稼ぎ捲るロパーヒン。今なら窮地に陥る主家の憧れの貴夫人を自らのアイディアで救ってやれる。彼女の養女とも言葉こそ交わさないが相思相愛だろう。全てを手に入れることが出来る筈。だが競売にかけられた土地と屋敷を落札したものの、皆は去って行った。手に入ったのは自分が手に入れたかったものとはまるで別物。これはどうしてだ?欲しかったものは“時間”だった。あの時の“時間”。そんなものどうしたって手に入れられる訳がない。手に入らないものを求めて悲しくなる話。
荒野に咲け

荒野に咲け

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2024/12/15 (日) ~ 2024/12/24 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

25周年記念作は劇団員のみで公演。これは本当に凄い作品なんだがどうにも伝えようがない。どんなに言葉を選んで積み重ねてみても大して伝わらないだろう。何だろうな、この感覚。気になった人全員に観に行って欲しいがチケットはもうあるのかないのか。このクラスの作品を年末にガツンとぶつけられて頭はクラクラ。次の桟敷童子の新作まではどうにか生きていたいと思った。

客入れのもりちえさんは見る度にどんどん痩せていく。
井上莉沙さんは可愛いが役柄が・・・。

ワンツーワークスのようにスローモーションで皆が駆けるオープニング。構成が映画的で時間軸が次々と飛んでいく。それを無理矢理成立させる役者陣。メイクと衣装と表情とでこの無茶を成り立たせる腕力。何度も強調して使用される対位法。象徴的なものはどうしようもなく不幸な場面に流れる「ラジオ体操第一」の明るいメロディー。黒澤明の好んだ演出で世界と自分とのズレを浮き上がらせる。今回は演出がかなり凝っており、バラバラにばら撒かれたシーンや夢、妄想や記憶が一枚のモザイクアートのように収斂されていく。

主演の大手忍さんは主演女優賞もの。中村玉緒みたいな嗄れ声で猫背の病んだ女性役。軽い障害のある人の受け答えそのもの。ここまで作り込んだか。
彼女の母親役、板垣桃子さんは助演女優賞だろう。確かにそういう女性が舞台上にいた。直視したくないものを直視させる演技の凄味。この表情。
彼女の弟役、加村啓(ひろ)氏が劇団員になっていた。押尾学みたいなふてぶてしい面構え。
彼女の父親役、三村晃弘氏の元気ハツラツとした健康的な笑顔。山登りとラジオ体操が大好き。とにかく身体を動かしてこそ人間だ。

従姉妹にあたる増田薫さんの表すリアルな痛み。誠実に生きているが故に誠実に我慢ならない怒り。

妹方の叔母にあたるもりちえさんの佇まい。再婚した家庭で会得したのは何も感じない“無”。そしてそれは当たり前の生活の一頁。誰にとっても特別なことではない。
彼女の義理の母親、鈴木めぐみさんが重要なパーツ。独り暮らしの老いぼれた交通誘導警備員だがSNSで動画を投稿していいねを稼ぐ。全く腐っちゃいない。今の時代を楽しみまくっている老婆の強さ。

大手忍さんのキャラはギリギリなところを突いている。観客の感情移入と生理的嫌悪のギリギリ。しかもユーモラス。こんな鬱話の中、観客が笑いでホッとする。そこのサーヴィス精神こそが数十年続く劇団の持つ地力。こんな話に和む笑いを入れる余裕。幾つもの修羅場を潜り抜けて来たタフなベテランの持つ味。

作家が10年以上前から着手していた実際の知人をモデルにした物語だそう。現実では彼女に何もしてやれなかった。せめて虚構(嘘話)ならどうにか出来るのだろうか?納得出来る救済のカタルシスを用意出来るのだろうか?だがそんな嘘話を騙ったところで一体何になる?
こんな負け戦の作品に心底取り組んだ作家の魂にRespect。
「一体どうしたらあんたを救えるんだろうか?」
「それは私が知りたいよ!どうしたら私は救われるのか!」
答えのない世界にただ問いだけが舞っている。

主人公(大手忍さん)の一生絶対に関わるつもりがなかった母親(板垣桃子さん)との電話のシーンでは泣いた。はらわたから振り絞る声、互いに何一つ嘘が存在しない。作家の安易なヒューマニズムに逃げない姿勢を支持。嘘臭い話で器用にまとめるのは簡単だがそんなものは現実と乖離し過ぎていて無意味。今作は虚構から現実を撃たねばならないのだ。嘘話で現実の人間を救う?笑止千万。だがやるのだ。

哀しみが嫌いだったら気のぐれた振りをすればいいし
別に悪い事じゃないさ ねえあんた少し変だよ
BLANKEY JET CITY 「ロメオ」

ネタバレBOX

「荒野に咲け」と題された二本の向日葵の絵。小さな時からいつか自分が咲くべき荒野に辿り着けると夢想した。ここではない何処か。そこに行けさえすればこんな惨めな自分ではなくなる。そこは一体何処なんだ?
いつも耐え切れない受け止め切れない現実を前に「これが私の運命なんだ」と心を押し殺し我慢して生きてきた。どんな残酷で不条理な出来事さえも。誰のせいにすればいい?母親が狂っていたから家族が崩壊したんだ。父親が自殺したんだ。自分も弟も病んだ母親の犠牲者なんだ。決して私のせいではない。私は逃れられない運命を強要されて苦しんでいるだけだ。何一つ選べなかった。

タイトルにもなっている向日葵の絵は琳派の日本画のようでもあり、エゴン・シーレ調にも見える。北九州の学校教師が描き廃線になった炭鉱町の駅舎に飾られていたという。地域の小学校ではそれにちなみ皆で向日葵の絵を描くカリキュラムがあったらしい。
今では全てが郷土資料館入り。しかもそれすら壊される予定。IKIRUと名付けられた小さな炭鉱蒸気機関車、かつてそこで働いた全ての労働者達の死への恐怖を払拭した。何が何でも「生きる」んだ。その老残した冷たい姿に寄り添う主人公。それに敗残した自らの存在を重ね合わせる。

もう駄目だ、何処に行っても人に迷惑をかける。嫌われていく。傷つけてしまう。何処か遠くに逃げよう。それは例え死後の世界でもいい。主人公は全てを諦める。

夜中に家出して郷土資料館に潜んでいる。ここで主人公は巨大な蒸気機関車に襲われる。(人力で動かしているであろう巨大な作り物が突如背面の壁が開いて出現)。「ああ、ここで死ぬんだ」と観念する。そこにIKIRUが突進して主人公を守る。小さなIKIRUが何倍もの大きな機関車にぶつかっていく。だが全く相手にならない。ボロボロにされていく。「ああ、もう駄目だ」と思った刹那、主人公を乗っけてIKIRUは走り出す。倒せなけりゃ逃げればいい。「私を荒野にまで連れてって!」と叫ぶ。空から降りしきる向日葵の雨。黄色い紙吹雪が無限に降り出して視界は全く見えなくなる。ファンタジーだが絵に力がある。ラストの昂揚には唐十郎への追悼をも感じた。

目を覚ますとそれは夢で警備員の鈴木めぐみさんがカフェオレの缶コーヒーを奢ってくれる。「不幸でなければ幸せだ」と。
プラスを求める価値観でなくマイナスを忌避する価値観。生きてさえいりゃどうにかなる。ろくな欲望さえ持たなけりゃ無理に苦しむこともない。幸せは他人が判定するもんじゃない。結局は自分自身が決めるもの。

ああもう少しだけここでの暮らしを続けてみようかな、と思う主人公。従姉妹に電話して謝る。失くしたもの手に入れられなかったものをいつまでも悔やむのではなく、今自分にあるささやかなものを確かめてみよう。多分きっと大丈夫だろう、自分をほんの少しだけあてにしてみる。ここが私の咲くべき荒野だ。ここでもう少しだけ生きてみる。もう少しだけ。

どんな場所でもいいのさ 自分の足で立ってりゃ全然
LAUGHIN' NOSE 「WILD」

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