招きたい客
座★ピカロ et teamDugØut 共同プロデュース公演
武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)
2018/07/14 (土) ~ 2018/07/17 (火)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2018/07/17 (火) 17:00
正直、どこに着地したかったのかが判らなかったなあ。
フライヤー見たときはかなり期待したのですが。
ただし、きれいな女優さんが多くてその点は☆追加ですが、白石さんが目立ちすぎて、ちょっと他の方々は割を食ったかもしれません。
慕情の部屋 2018
スポンジ
駅前劇場(東京都)
2018/07/11 (水) ~ 2018/07/15 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/07/12 (木) 19:30
座席最前列
他の投稿者さんの諸々のご意見に、それぞれ賛同。
パンフレットを読むと、中村匡克さんは初演時に、かなり忸怩たる思いをしたようで、今回の再演にそのリベンジを誓ったように思えます。
その意思が最も反映しているのが、舞台装置ではないかな。
とにかく、場面が変わる替わる。
タクシー内、スーパーのスタッフルーム、留置場、警察の面会室、主人公阿久津の部屋、レンタルビデオ店、殺される夫の営む理髪店、最後には、スーパーのレジから、上の丸井の前。その間ところどころで、法廷であろう被告 阿久津と証人たちの証言が、独白調で挟まれる。手間をかけた舞台装置を駆使しながら、一方で多少の周辺の雑多さを無視した場面設定。過去と現在をないまぜした(それでもわかりやすい)、舞台進行は見事の一言。
初演の新宿眼科画廊では、全体のスペースや十分な舞台裏がないことから、今回のような舞台装置はしようがなかった。そして、この舞台装置なくしては、この物語をここまで描き切れなかったはずだ。
タイトルを「慕情の部屋」のままにせず、敢えて「2018」を付けたことに、過去への悔恨を拭い去り、今作を描き切ろうという作者の強い意志を感じた。
もし、終電に乗り遅れたら…
俳優座劇場
俳優座劇場(東京都)
2018/07/05 (木) ~ 2018/07/07 (土)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/07/06 (金) 14:00
座席1階B列10番
かなりの回数、再演を重ねてきた本作品。今回も3回という少ない公演回数で、今回で俳優座としては最終公演となる。原題は「長男」なんだけれど、確かにこちらの題名の方がイメージはしやすい。ロシアで終電を逃すとどうなるか、、、
そして、昨日終電を逃した主人公ウラジーミルのラストのセリフが、うまいオチにもなっていて、やはり「もし、終電に乗り遅れたら…」というタイトルは、秀逸だな。
ストーリーについては、いろいろなところで語られているので省きますが、嘘の上塗りが結果としては、人間に真実を見出させるという逆説的な話。それも諧謔的な趣ではなく、ハートウォームな意味で。笑って、ぐっときて、ちょこっと泣けて。日本人が好きな(って決めつけてはいけないけれど)人情喜劇です。
『東京酒徒』
大かはづ師匠
エリア543(東京都)
2018/07/11 (水) ~ 2018/07/15 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/07/11 (水) 19:30
座席2列
大統領師匠×かはづ書屋の共同企画公演。
それぞれが40~45分の舞台を演じるといった企画なのだけれど、まあ、これほどテイストの違う劇団のコラボというのは、どうしたものなのか。演劇祭というのなら判るけれど、超意外。
個人的に仲が良いのかな。
さて、まずは「かはづ書屋」の舞台。「小さき夜」
次回公演が「Dの再審」の再演ということで、(この作品の面白さは認めるとして)新作期待していた私にはちょっと残念だった。(前回の「巨獣の定理」が、また1つの進化だと思っていたので)しかし、そこに今回の舞台は、まさに僥倖といえる。期待していたテイストは健在である。
編集者横溝正史が、神戸の谷崎潤一郎宅に雑誌「新青年」の連載原稿を受け取りに訪れる。しかし、谷崎は「新青年」で江戸川乱歩「芋虫」(掲載時題名は「悪夢」)が伏字だらけで掲載されたことに触れ、自らの耽美的な傾向の連載が、同じような扱いになるのではないかと危惧して執筆を拒否。
そこで、横溝が提示したのが、ある探偵小説の謎を、谷崎の創案で解いてくれれば、連載中止の上、原稿料のみを支払うという条件。ここに横溝と谷崎の推理論争が開始される。その探偵小説は、過去、谷崎の担当をし、横溝の下で働いていた「わたなべ おと」という編集者兼作家の遺作だった。彼は2年前、谷崎の元に原稿依頼に訪れた帰りに
事故死を遂げていた、、、、
島田 雅之氏の暑苦しさは健在!これを謎解きというのかは疑問だけれど、創作論争といえば、なかなか意欲的で面白い作品である。
大統領師匠は4つのコント。
面白かったのは、1つめのさるかに合戦の話と4つめのディズニーランドに破壊神降臨する話かな。
前者は臼の倫理観と、かにの復讐への執念のズレが秀逸でして、ここでの笑いは、認識のズレと、表面と隠された内心のズレ、ズレって大切なんだなあ、と感心した( ´艸`)。
後者は、ある女優に振り回される、周囲巻き込み型の( ´艸`)。
高畑亜実氏のぶっ壊れ具合が楽しめて、ディズニーランドが阿鼻叫喚の渦となります。
大統領師匠は最近高畑亜実氏がお気に入りのようですね。ディズニーキャラのパーツ当て(何のことかはご覧いただければ)の楽しみがあります。
席が31席とかなり狭いスペースですので、未見の方はすぐチケットを予約すべし。もう完売かな。
七七火-なななぬか-
昭和精吾事務所
サラヴァ東京(東京都)
2018/07/06 (金) ~ 2018/07/08 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/07/08 (日) 15:00
リオフェス2018の第4段目。
私は寡聞にして昭和精吾氏については詳しく知らないのだけれど、岸田理生氏から寺山修司氏と広がる人脈で、ご存命なら喜寿になることを祝う意味でのイベントということらしい。
構成は2部で、第1部◉ 詩劇「われに五月を」作:寺山修司 音楽はそうあのJ・A・シーザー氏、
第2部◉ 麻人楽幻想音楽劇「七七火」~火學お七抄
原作:岸田理生氏ときて、 脚本・構成・演出はこもだまりさん(なぜか彼女だけ「さん」づけ)うーん、昭和氏からここまで広がるのだな。
フェスといえば、一番フェスらしい舞台で、アルコールも入り楽しめました。死んだはずのお七がいる置屋は糸屋?音楽と、華美で妖艶な衣装と舞台装置、絢爛かつ艶のある音楽、何かあっという間の1時間45分でした。休憩なしということでしたが、あってよかったです。ちょっとアルコールのペース配分もありましたから。トイレもね。
それとCDありがとうございます。
チャリング・クロス街84番地
劇団俳優座演劇研究所
赤坂区民センター 区民ホール(東京都)
2018/07/10 (火) ~ 2018/07/12 (木)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/07/10 (火) 18:30
20年にわたる、ロンドン古書店、マークス書店に勤めるフランク・ドエルとその周囲の人々と、ニューヨーク在住の作家ヘレン・ハーフとの20年に渡る往復書簡集。その舞台化。映画化もされている。映画化にさいしては、場面転換も必要だし、ただ書簡を読むというわけにはいかないので登場人物のセリフや動きも必要なので、映画台本があるのは当然として、舞台は脚本があるのだろうか。
舞台はマークス書店とヘレン・ハーフの自室の2つの空間が高低をつけて設けられており、マークス書店の社員以外の書簡については、それ以外の空間が使われる。(例えば、フランクの妻の書簡や、ヘレンの上の階に住む女優の書簡など)
書店内では会話をしたり送付物を開けるという演技があるものの、実質は書簡を書いたり、読み上げたり、独白したり、書簡の読み上げがそのままセリフとして成立しているのだと思う。
だから、脚本がなくても、舞台美術と舞台装置を練り上げてしまえば、あとはト書きがなくても、役者さんや演出家さんが芝居を付けて行けば、それで舞台が完成してしてしまうような感じがするのですが、どうなんでしょうか?誰かお分かりの方がいたら、脚本の有無を教えてください。
それともう1つ。この舞台を演る場合は、フランクやヘレンは、1つの舞台で複数の役者が演じるものなのでしょうか。今回、フランク役が4人、ヘレン役が3人で演じ分けています。
ヘレンはヘレンの自宅にいること、眼鏡や髪形といった記号があり、体型も皆さん近しいのですから、常にヘレンとして認識できます。むしろ、3人の女優さんが演じ分けることで、ともすれば書簡の読み上げとなって単調になりかねないところをうまく回避して、それぞれの女優さんの演技の変化を楽しむことができました。
問題は、フランクのほうで、書店には複数の男性がいますし、皆背広姿な上に、フランク役4人は、体格も髪形も違うので、入れ替わる度に誰がフランクかを認識しづらいというか、一々煩わしいというか。
フランク以外の男性たちも、ヘレンにお礼やロンドンへのお誘いの手紙を書いている(ということは、そのセリフがある)ので、フランクが書いた手紙なのかを判断するために頭を捻ってしまいます。セリフもタイプライターを打ちながらや手書きをしながらのセリフや、独白調、書いた手紙を読み上げたりもあるので、セリフを聞きながら判断するのは、かなり苦労しました。(ここがこの舞台唯一の難と言えば難でしたね)
他の舞台でも、同様に複数人数を配置しているのか知ったいる方ががいれば教えてください。
舞台の内容としては総じて良かったと思います。ちょっと切なくもあり、ほっこりもしたり、ヘレンの諧謔や優しさ、フランクの機知や思いやり、とてもよく伝わってきました。滅多に見ない舞台なので、あと3回、もっと多くの人に見てもらいたいですねえ。
第十七夜『銀河鉄道の夜 -露-』
有末剛 緊縛夜話
ザムザ阿佐谷(東京都)
2018/07/07 (土) ~ 2018/07/09 (月)公演終了
満足度★★
鑑賞日2018/07/07 (土) 14:00
緊縛夜話は今回で6度目になるのだけれど、今回はちょっと違和感が凄かったです。
何か、銀河鉄道の夜に、無理くり緊縛を入れ込んだ感じで。
フルな緊縛は2回ほど、それも話の流れに関係なく(と私には思えたのだけれど)、有末さんが登場して縛る、という展開で、緊縛必要あるの?
メルヘン調の作風に、エロチックな、あるいはハードな設定を盛り込み、そのミスマッチを楽しむという嗜好はありだと思うけれど、どうも今回は水と油な感じがして馴染めなかった。
お蘭、登場
シス・カンパニー
シアタートラム(東京都)
2018/06/16 (土) ~ 2018/07/16 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/07/01 (日) 14:30
座席1階B列13番
言わずもがなな『スーパーサラリーマン左江内氏』のトリオ。
もう、脱力感満載で、楽しませていただきました。
とやかく評価するべきものではない舞台で、明智(表記は「空地」)探偵と目黒警部の前に現れる江川蘭子ことお蘭が、乱歩小説の設定をモチーフに、ひたすら場を解体し、それに2人が不意亜回されつつも、お蘭の芝居じみた演技を野次馬的に楽しむといった趣向。
堤さんと高橋さんの、アドリブチックな掛け合いはどこまでが練られているものなのだろう。
毎回同じでは、テンション下がるだろうし、ネタ作りも疲れるだろうし、、、
誰か複数回観劇された方は、それぞれの回の違いを教えてください。
暁の帝~壬申の乱編~
Nemeton
シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)
2018/06/27 (水) ~ 2018/07/01 (日)公演終了
満足度★
鑑賞日2018/06/28 (木) 19:00
座席L列10番
壬申の乱という歴史的な事件を、どのような解釈で表現してくれるのだろうといった興味のみで観ました。古で代の事件で歴史的資料が少ないだけに(ましてや、公文書のみ)、登場人物の性格や価値観、行動原理はいかようにでも解釈できるはずで、それは脚本・演出家の想像力、というか妄想の跳躍力が試されるはずなのですが、、、、、
まず、前説で4人の若い役者さんが出てきたときから、あ、こりゃだめだわ、と思ったら、やっぱりだめでした。彼らが陽気に戯れていると、稗田阿礼役の女性のの方が、「もう始まるぞ!」と叱りに舞台に出てきて、彼らは走って舞台袖に走っていきます。
おいおい、今、アイドルの歌謡ショーでも、こんな始まりはしないだろうに。
言いたいことは山ほどありますが、以下。
1.恋愛モード入れすぎ。
2.登場人物の心情とその変化が一向に判らない。
3.大海人皇子の進軍がちゃちい。なんか、桃太郎に犬、雉、猿がついてくるような
いや、「勇者ヨシヒコ」のエンディングみたい。
4.殺陣がおそまつ。
5.場面転換を上から下げた綱と舞台に置いた綱で表現したいたようだけれど、
あれ、下の方の席の方判らないと思う。上から見ていてもよく判らない。
などなど。
で、一番の問題は、稗田阿礼の役者さん以外は皆セリフがうまく喋れていない。
なお、こうした皇紀作品を上演するときは、元号でやるべきです。西暦でやってもどうせピンとこないし。
モロッコの甘く危険な香り
世界の演劇
文学座新モリヤビル(東京都)
2018/06/27 (水) ~ 2018/06/30 (土)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/06/28 (木) 14:00
共同体の解体、崩壊、あるいは変質。
それは、人の死と同じくらいに必然的、絶対的つまり不可避的なものだ。
それを、世界であれ、都市であれ、あるいは家族であれ、どのレベルでも、描くことは1つの物語である。
さて、今回は1985年のスペインでルームシェアをする3人の男女の物語(アルベルトの母もある意味、その構成員の1人かもしれないけれど)。
後半の共同体の解体、そして再生という部分はとてもよく描かれているし、役者個々が醸し出す情緒・切なさにはいたたまれないものを感じる。
ただ、この脚本、演出家の方は絶賛しているのだけれど、前半が弱くないかなあ。前半のハイミートが銃の誤発で怪我をするまで、物語はサクサクと進みテンポよく、適度ないら立ちと笑いを誘うし、3人の性格描写も説明し過ぎずに表現している。
だけれど、肝心の3人の関係性・バランスがよく見えない。3人の感情の絡み合いの表現が希薄なので、せっかく後半の展開が今一つ弱いように感じる。
ハイミートとチョーサの関係は、単に従兄妹、大麻の密輸販売仲間というべきもの以上のものは出ていないように思う。
また、ハイミートとアルベルトの力関係や相互評価も、男の同居人として見れば必要不可欠な要素のように思えるが、全く見えない。
まあ、そもそも警官のアルベルトと麻薬売人のハイミートとチョーサが、なぜ同居しているのも判らないし。(圧倒的にリスクがあるのはアルベルトなのだし)
(ネタバレへ)
ブラックマーケット1930
ユニットR
こまばアゴラ劇場(東京都)
2018/06/27 (水) ~ 2018/06/30 (土)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/27 (水) 19:00
座席1階1列
今年度は、全作を通して観劇すると決めたリオフェス。。
すでに観劇済の「野外劇 新譚 糸地獄」「桜の森の満開の下」に続いて3作目の作品です
ちょっと、言い方は変ですが、先の2作品に比べて舞台劇らしい舞台劇でした。
アゴラこまばで上演されたということもあるのでしょうけれど。
アゴラこまばは、リオフェスの聖地という感じだったのですが、今年度はユニットRのみ。少し寂しい感もあると同時に、せっかくの岸田理生さん追悼フェスティバルなのですから、表現の可能性が広がっていると解すれば、ここれはこれで歓迎すべきことかと。
原作は「ハノーバーの肉屋」
私はこの脚本を知らないのですが、幾つかの理央さんの作品を混ぜている(あるいは翻案しているが正しいのかな)ようです。(そう役者さんが言われていました)
ただ、タイトルからわかるのは、第一次世界大戦後のハノーバーの人肉愛好家兼人肉屋のフリッツ・ハールマンの話だということ。
でも、パンフレットの配役では、ペーター・キュルテンと書いてある。
あれ、これって、ちょっと年代はズレルけれど、ヂュッセルドルフの殺人鬼じゃない。
両方とも第1次世界大戦後のドイツという共通点はあるけれど、嗜好が全く違うのに。
(キュルテンは動物性愛・強姦殺人、ハールマンは男色・人肉嗜好)
それと、ハールマンを支配するそしてハンス・グランスにあたる少年が少女になっている。
ここらあたりは、これから観劇する方は、予備知識をもって観られた方がよいかもしれません。ちょっとした趣向として、こうしたのだと思います。
舞台上では、ひたすら「肉」「肉」「肉」の発声と、食事シーンのオンパレード。
食欲、性欲、支配欲、そして殺人衝動、これらは通じ合うということを、しつこく教えてくれます。
野外劇 新譚 糸地獄
吉野翼企画
西戸山野外円形劇場(シェイクスピアアレイ)(東京都)
2018/06/21 (木) ~ 2018/06/24 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/22 (金) 19:00
初夏、今年も来ましたリオフェス。
昨年、こまばアゴラで拝見した「血花血縄」は、整然とした様式美と淀みのない統率感、そして純度の高い性の抽象化と共存する、淫靡なまでの生々しさ、どこをとっても申し分のない舞台でした。ということで、吉野翼企画は必見ということで「糸地獄」にレッツラゴー。
今回は野外劇ということで、それほど大胆な演出はないだろうとたかをくくっておりましたが、いや、ある意味、過激で過剰。
本来の舞台を客席とし、階段状の客席を舞台することにより、糸屋という遊郭にいる遊女たちの個室1つ1つを具現化することに成功。遊女たちの思い思いの一人語りを「個」としてさせています。この部屋の壁は、ライティングと遊女たちのコーラスによって容易に取り外され、また、男たちが遊女たち1人1人を操り人形がごとく糸で操り始め、主人公繭が遊女たち1人1人に語り掛けるとこで、壁はまた回復していきます。
この影の間を、自由に行き来するのは、黒衣のダンサー。彼女たちは、徹底した傍観者として、遊女たちの一人語りを、観客に披瀝する。
その話に示されるのは、母から娘、そのまた娘、そのまた娘と連綿と受け継がれる、性の業罪。遊女たちは、その業ゆえに男たちの支配から逃れ、逸脱していく。そこにはただ顔のない男たちの躯があるのみ。
うん、何とも言えないエロチシズムが横溢した舞台でした。
Paranoia Papers〜偏執狂短編集Ⅳ〜
劇団パラノワール(旧Voyantroupe)
サンモールスタジオ(東京都)
2018/06/09 (土) ~ 2018/06/18 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/06/15 (金) 14:00
2章通しで観劇。
【赩(きょく)の章】【黈(とう)の章】の順。
【赩(きょく)の章】は、ゴディバの話はありありとしても、クレオパトラの話は何だったのだろう。単に史実をなぞったに過ぎず、「毒妃」の感じは全くなかったなあ。単にエジプト内での内輪もめと、ローマの覇権争いでしかないし。
ウェスト夫妻は、前回同様の面白さだったけれど。
30分休憩後に、【黈(とう)の章】
いやあ、これですよこれ。作品に求めていたのは。
3本の構成の妙は筆舌に尽くしがたいですよね。
特に、切り裂きジャックは秀逸。こういったメタドラマは、偏執狂たる人物の視線からすれば、まさにありなん、といった感じです。
ウェスト夫妻の新バージョンは、スキャナーズになっているし。
アンドレィの話は悲惨の極みだし。翌日までに、衣裳の洗濯は間に合うのかしら。
ゲイシャパラソル
あやめ十八番
座・高円寺1(東京都)
2018/06/09 (土) ~ 2018/06/17 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/06/13 (水) 14:00
座席1階I列18番
「紅」バージョンを観劇。
置き屋に乞食の登場と3つの人間関係の同時進行、といったプロローグから、舞台は進行。
でも、時折挟まれるダンスと生演奏を除くと、中盤まで全く物語に入ってゆけない。寄り添う人物像がない。つまるところ、登場人物が嫌な奴ばかりで、その上悪の魅力もなければ、粋でも粋でもない。
まあ、世界観を掴むまでに時間がかかるということもあるけれど。
それが、何となく世界観が判り始めて、何となく滞っていた仇吉の表情やセリフ、仕草が、置屋に預けられるところから大吾との出会いの回想シーンを境に急に活き活きしてくると、一気にずどんと物語に嵌ってしまう。
仇吉、かわいいー、大悟いい奴!見ているこちらも、ココロ晴れ晴れになるんだから、観客というのは調子が良いものだ。
タイトルの「ゲイシャパラソル」って仇吉と大悟の出会うきっかけの象徴ということでよいよね?傘は、終始ふんだんに出てくるし、ダンスでも効果的に使われていたけれど。
2人に幸あれ!と願わずにはいられませんでしたよ。
ちなみに、女性陣は、素敵な着物なのに、なぜ足袋ではなく裸足なのでしょう?
ちょっと、艶消しです。まあ、ダンスで滑るからというのもあるかもしれませんが、背広の男性陣は皆、靴下なのだから、あまり関係ないのかと。
フランケンシュタインー現代のプロメテウス
演劇企画集団THE・ガジラ
ウエストエンドスタジオ(東京都)
2018/06/07 (木) ~ 2018/06/13 (水)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/11 (月) 19:00
結構、観劇者の評価も分かれているようですが、これだけのコメントが書き込まれるということは、それだけで観る価値はあったということです。初日に観劇された方々のご不満(セリフの噛みの多さや、展開の単調さ、説明台詞の多さ、音響頼り等)も、私が拝見した時点ではほぼ解消していたように思えます。けして、2時間10分も長いとは思えなかったのですが、登場人物の人間関係が、整理されてくる後半になると、この話の着地点はどこなのだという不安が募ってくるのは確か。残り30分を切ったくらいから、時計の針を見る機会が頻繁になりました。落ち着かないのですね、ただそれはそれでこの作品の魅力かもしれません。
サブタイトルの「現代のプロメテウス」の「現代」とは、今私たちの生きている現代?それともビクトールが生きていた現代?(もちろん、これが書かれた時点では前者なのだけれど、演出としてはどうなのかな)
そして、人間を導く「プロメテウス」は創造者であるビクトールなのだけれど、進化を続け人間を超え導いていく怪物にも思える。この作品では、永遠の罪業を背負う意味では、両者とも言えるかな。
岩野未知、守屋百子両氏の対決を通して、本来は双方男性という前提が、2人が中性化していくのが(結果、2人とも女装になるし、岩野さん下着姿だし)、人間でなくっていくということなんでしょう。私は「神」に近づいていくという意見ではないな。人間を超越していく、あるいは、人間から排除される存在なのだと思う。
そもそも、AIにしても性別ないし外形で性別を作っているにいすぎないし、サタンあるいは天使は両性だし。
岩野未知、守屋百子お2人の対決(必ずしも対峙せずとも、相互に拘束しあい、苦しめあっている)が、この舞台の一番の見どころですね。
ヘンリー四世
シェイクスピアシアター
ザ・ポケット(東京都)
2018/06/06 (水) ~ 2018/06/10 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/06/08 (金) 14:00
2作品通しで観劇。
先日、新国立で「ヘンリー五世」を観劇したけれど、あまり感心せず(役者が悪いのではなく、あくまで脚本が今一とおことわりしておく)。で、こちらの脚本は未見だったので、順序的には逆になってしまったけれど、やはり「ヘンリー四世四世」を観て、「ヘンリー五世」を見ると、かなり印象が違っていただろうと思う。
何と言っても、最近は「文学座の」というより「シェイクスピアシアターの」といった方が、しっくりくる感じがしてきた清水圭吾さんが、フォルスタッフを嬉々として演じているのが楽しい。また、この猥雑で世俗垢にまみれた肉の塊は、様々な役者を魅了してきた意味がやっと判りましたよ。そして、「ヘンリー五世」でフォルスタッフが死んだという発言の意味するところも解りました。
また、ハル王子に対する印象も違っただろうし、ホットスパー、ドル、ウェスモランドなどのように複数役を1人の女優で演じ分ける面白さ(これは「ヘンリー五世」で判らなかった)も味わえたと思う。
もう一度、「ヘンリー五世」観ようかしらん。
冬・ダウィー夫人の勲章
劇団昴
Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)
2018/06/01 (金) ~ 2018/06/17 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/07 (木) 19:00
座席1階1列
両作品とも、人間の優しさと温かさを感じさせる良作。これを重くなく、2本立てとして観られる幸せに感謝します。
特にジェームス・バリーの「ダウィー夫人の勲章」は、そのタイトルのうまさも相まって、何か心が鷲掴みにされるような作品。夫人と兵士の疑似親子の形成が、けして説明調に陥ることなく、双方のちょっとした心のニュアンスを感じ取り合う、繊細な作りでした。
最近、ちょっと心が荒み気味で、何か癒しを求めている方には、是非にとお勧めします。
翼の卵
劇団桟敷童子
すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)
2018/05/29 (火) ~ 2018/06/10 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/06 (水) 14:00
座席1階2列
昨夏、「蝉の詩」を観に行ったとき、原田大二郎さんがご夫人と思しき方と観劇にいらしていました。(ちなみに、同日には辰巳拓郎さんもいらっしゃいました)その観劇がきっかけになったのか、オファーありきの観劇だったのかはわかりませんが、今回の出演を知ったとき、何とも懐かしうれしく思われました。(桟敷童子が気に入ってくれたのだなあ、と)
相変わらず出てくるクズ人間には、毎度のことながら憤りを感じて、とても不快ですし、それによって招かれる幾つもの死は何とも言えない不条理感を醸し出します。でも、これが桟敷童子の持ち味でもあり、マンネリを指摘する方もいらっしゃいますが、「モグラ」や「標」のように、活劇を織り交ぜた作品もありますから、私としては十分に許容範囲と言えます。あまり気になさらず、作りたいようにお作りいただけるのがよいかな、と。でないと、毎度毎度、満席ににはなりませんよ。
死者の物語二本立て上演「丯淡木幡小平次」「死者恋」
死者恋・小平次二本立ての会
文学座アトリエ(東京都)
2018/05/31 (木) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2018/06/01 (金) 19:00
座席1階1列
「死者恋」1人芝居、怪異譚。20歳で自殺した若き画家の日記から派生するおどろおどろしい人間模様。はて、誰が狂っているのか???八十川真由野さんの芝居は巧みで、幾つもの謎が徐々に解けていき、ラストに至るまでの進行は淀みない。(ネタバレ)
「丯淡木幡小平次」オールメイル劇。南北の戯作を、メタレベルと多次元で見せる痛快(?)怪異譚。死なない小平次といった設定を存分に生かして、その小平次を見つけようと演技に没頭する役者たち。本当に小平次は死んでいないのか、生きているのか?小平次とは何者なのか?
文学座有志の力量満開の一作。望む再演!!!!
怪談 牡丹燈籠
文学座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2018/05/25 (金) ~ 2018/06/03 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2018/05/28 (月) 18:30
座席1階9列19番
昨夏、オフィスコットーネの「怪談 牡丹燈籠」を観た友人と、今度は文学座が演じるので見比べてみようということで行ってきました。
とはいえ、元ネタは同じ円朝でも、脚本とするとこれは別物の感が強い。文学座の大西本の方がむしろ古典で、コットーネのフジノサツコ本はむしろ新作。しかし、元本の趣は、フジノサツコ本の方が圧倒的に強い。大西本の方が、判りやすい、と言ったらよいかな。
その上で、こちら鵜山仁氏の比較的王道、ある意味淡泊な(直線的な)演出に比して、ひたすら実験的、捻りの効いた森新太郎の演出の対象もあって、これは比べるといった類のものではなことを実感した。
さてこちら。講談調で、有名な幽霊のシーンにスッキリと入っていくので、聞きかじり程度に知っている私などはとても判りやすい。実際、フジノサツコ本の序盤、敵討ちの因縁となる話は、ちょっと取り掛かりにくかった。(でも、ここが終盤の話の展開の肝になるのだけれど)
大西本は、不義を働き逃げ続ける浪人夫婦の悲劇と、金に目がくらんで恩義ある侍を幽霊に取り殺させてしまった夫婦の悲劇。この2人を襲う理不尽なまでの因果応報のラストは、円朝の怪談噺の理不尽さをよく伝えていると思う。
なぜ、人の命を奪うという非道に手を染めながらも、お互いの幸せのためと思い慕った
夫婦2組が、幻覚や保身のためにお互いの命を奪うことになったのか。
まさに怪談。前半、幽霊話の件は、話としては枕だったのですね。
観劇後の切なさ、すっきり感では、文学座の方が勝ったかな。