うさぎライターの観てきた!クチコミ一覧

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ヘッダ・ガブラー

ヘッダ・ガブラー

ハツビロコウ

シアター711(東京都)

2024/09/10 (火) ~ 2024/09/15 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/09/15 (日) 13:00

思いがけないアレンジに驚かされたが、その結果作品は大きく転がり
”イマドキの話”として私のすぐ横に座っていた。
「度胸が無いだけで、同じこと考えてるくせに」とヘッダが笑っているようだ・・・。

ネタバレBOX

劇場に入ると、薄暗い舞台上にひとりの女性が、こちらに背を向けて座っている。
時折奥の方から赤ん坊の泣き声が聞こえる。
やがて彼女の手にピストルが握られているのが見えた。
暗転のち開演・・・。

まあ次から次へと人を傷つけるような言動を繰り出すヘッダ・ガブラーよ。
半年に及ぶ新婚旅行から帰ったばかりのヘッダと学者テスマンの家。
冒頭、新婚の夫が敬愛する叔母の帽子を、それと知りながら口汚くこき下ろす。
亡きガブラー将軍のひとり娘、プライドと退屈がドレス着て不満ではち切れそうな女。
叔母も夫も使用人も、ヘッダの顔色を見ながら行動している。

歳の離れた夫の元から学者エイレルトを追ってこの町へ来たテアは
ヘッダとテスマンの昔なじみ。
エイレルトはテスマンのライバルであり、ヘッダの昔の恋人だ。
酒で学者としての未来も人生も失い、同時にヘッダも失った。
テアはそのエイレルトを助けて本を完成させ、今やその本が高い評価を受けている。
エイレルトは酒を断って立ち直っている。

ヘッダはテアに、まるで尋問のように問いかけ、テアにありのままの心情を吐露させる。
エイレルトとの共同作業を通して自信と自我を取り戻し、自分の意思で家を出たと言わせる。
この”普通の女”テアの、長い時間をかけた自我の変遷を丁寧に見ていくと
ヘッダの突飛な行動も、根は同じなのだと気づかされる。
テアが長い時間をかけて取り戻した自由を、ヘッダは瞬時に奪われまいと行動に移す。
結論を急ぐあまり激烈な手段に出て、結果相手に致命傷を負わせる(心理的に)。
例えばエイレルトに別れを告げる際、ピストルを向けて迫る、といったような。

酒で失敗した恋人に見切りをつけ、手近な所にいた生真面目な学者と結婚したものの
今やかつての恋人はテアの協力を得て社会的に復帰、夫テスマンが得るはずだった
教授職さえ奪おうとしている。
逃した魚も大きいが、その魚を立ち直らせた平凡な女も憎らしい、この程度の事で
仕事のチャンスを逃す夫も不甲斐ない、おまけにこんな時に限って自分の妊娠が発覚、
ったく何一つ思うようにいかない。
こう見ると結構よくある話で100年前も今も苛立ちの種はよく似ていると思う。

ヘッダの「自分の人生を変えられないなら他人の人生を変えたいの」(確かこんな意味)
という強引な理屈は、特権階級によくある”退屈で傲慢な人間の、他者への執着”だと感じる。

エイレルトに執拗に酒を勧めて再び人々の信用を失墜させたり、
原稿を失くして憔悴しているエイレルトに、原稿はここにあるとはおくびにも出さず
ピストルを渡して「最期まで美しくね」なんて言い放つヘッダ。
この根性悪は確かに度を越しているが
相手の大切にしているものを奪って、私の存在価値を再確認するがいいという構図。
ただ物騒なものをちらつかせる辺りが、こじらせヘッダの”他者への執着”の異常さだろう。
それはそのままヘッダ自身の行き詰りを意味している。
自分の人生を変えればいいのに、その勇気も手段も持たないヘッダは、
”もはや他人の不幸を見ることしか楽しみが無い”という苛立ちと閉塞感の真っただ中。

意に反してエイレルトが”美しく”死ねなかったこと、
ブラック判事がこの先ヘッダの自由を奪うのだと悟ったこと、
この2つでヘッダの結論は一気に加速、実行に移される。

今回エイレルトを女性に変えたことで、100年前の作品をぐぐっと現代に引き寄せた。
スキャンダルの大きさと傷の深さをまざまざと見せつけるには実に巧い設定だと思った。
エイレルトの声が聴こえた時は「ん?!」と思ったが、舞台に姿を現した途端
その秘密の度合いも緊張感もダダ上がりせずにいられなかった。

フライヤーの写真が素敵でとても惹かれる。
ショウウインドウの向うで作業している美しいまとめ髪の女性、
その後ろ姿に、ヘッダが一度も経験することの無かった普通の人々の時間の流れを感じた。


世界 、

世界 、

演劇企画集団Jr.5(ジュニアファイブ)

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2024/08/28 (水) ~ 2024/09/03 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/09/02 (月) 13:30

宗教によって人心掌握・コントロールしようとする政治、
その世界観が、劇場に入った途端、舞台上に広がっていた。
絡め取るような手を伸ばすような、守ってくれるような首を絞めるような
規則正しく複雑に編まれた赤いロープのセットが素晴らしい。

ネタバレBOX

開演前から、呪文のような、教科書をとつとつと読むような子供の声がする。
無垢な子供が意味も解らないまま読んでいる感じから、宗教教育の不気味さが漂う。

第四次世界大戦から千年後の世界である。
今生きている者で、太陽を見た者はひとりもいないという、雲に覆われた世界。
そこでは、光る鉱石が労働の対価であり、生活の灯りであり、動植物の成長に
欠くことのできない存在となっている。
人々は鉱石を大切に使い、貧しいながら神に祈りをささげて生きている。
この貴重な鉱石がマシリテン財団の所有地でのみ採掘される為、
国は財団から鉱石を買い取り、国民に配給している。
必然的に財団はうるおい、法律の改正など国政に口を出すようになる。

貧しい暮らしの中で神を信じ、厳しい戒律を守っている底辺の人々の中にも
国王が戒律を破っているという噂や、神の存在に疑問を呈する発言が出て来る。
王宮で働く下男二人が、神は存在するのかしないのかという議論を戦わせるところ、
家族のために財団から選ばれて”与える側”に入ることになった娘の葛藤、
国王と財団の法律改正を巡る駆け引きなど、緊張の高まる場面が素晴らしい。

全編に渡って台詞に緊張感があり、そこに時折差込まれるユーモアが抜けを作る感じ。
お人よし過ぎる下男の役回りや、彼の父親の飄々とした振舞いなど
計算され尽くした笑いに観ている側も救われる気がした。

ついに太陽が顔を出し光の鉱石が不要になって、世界に明るい未来が兆す。
ここで財団の使者たちに天罰が下って欲しいと思ったのは、私の性格の悪さか。

SFとはいえ今地球上で起こっていることと何ら変わらない営み、人の心、欲や弱さ。
人間くさく「神はいない」と言い切って酒を飲む国王のキャラが実に魅力的。
劇場の階段を使った高低差のある空間を存分に使い、唯一無二の世界を創り上げた。

今から千年後、そこにはどんな世界が存在するのか想像もつかない。
でもきっと、今と大して変わらないちょっと情けない人間たちがいるような気がする。









穏やかな罅

穏やかな罅

サンハロンシアター

OFF OFFシアター(東京都)

2024/08/29 (木) ~ 2024/09/01 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/08/30 (金) 14:00

自分の中でも曖昧な、結論の出ない思いを素直に言葉にしたら
こんな会話になるのかなと思う。
その思いを受け止めてくれる相手がいて初めて成立する会話が温かい。
悪徳業者だと思っていたら、意外なラストにめちゃめちゃ感動してしまったぜ!

ネタバレBOX

来年1月までに立ち退きが決まった古いアパートの一室、
元同僚という中年男2人が一緒に暮らしている。
淡々と、利害関係もなくただ同居しているというのが好ましい。

お人よしの男1は、隣室の女性が不動産業者と立ち退き契約を交わす場に同行したりする。
女性は手土産の菓子折りを持って、言われるままの立退料に判を押して去って行く。

ポストに入っていた「水族館リフレ」という怪しい(?)チラシの店に、
男二人は別々に内緒で通っていたが、ある日店でばったり出くわしてしまう。
同じリフレ嬢の客だったことが判明する。
男2は、リフレ嬢にストーカー呼ばわりされつつ人生初の「好きです!」と絶叫する。

直後、男二人の穏やかな日々に小さな変化が生じる。
何となく立ち退き後も次の住まいで同居すると思っていたが
初めて別々に暮らそうか・・・と思い始めるのだ。
無邪気に、隠し事も遠慮もなく無理せず暮らして来たオジサン二人の日常に
壊れるのではなく、カリッと微かな罅(ひび)が入る感じが絶妙。

”今さらの自我”というか、”大人の秘密”というか、何か”共有すべきでないもの”が
芽生えたように見えた。
罅は自立と変化の兆しという気がした。

登場人物は皆、根は優しくて思いやりのある人々だが、
悪徳不動産業者だけは気持ちいいほど金の亡者だと思っていたら・・・、
何とラストの素晴らしいことよ!
あの菓子折りの使われ方と、男1の無駄な抵抗(に見えた)行動が
こんな結末を呼ぶとは、想像もしていなかった。
無欲で、素直な行動が、相容れない人の心をも変えてしまうという
この「土禁」と「菓子」のラストシーンで、全てが報われ回収される。

役者さんが皆、淡々とした台詞に気持ちを乗せるのが巧く、惹きつけられる。
シンプルなセット3点を素早く移動させるだけの場転も効果的だと思った。


妖怪大参列

妖怪大参列

劇団 枕返し

OFF OFFシアター(東京都)

2024/08/23 (金) ~ 2024/08/25 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/08/25 (日) 13:30

前半と後半でがらりと雰囲気が変わり、姿を見せぬ”通夜の本人”の演出が秀逸。
個人的には”たくましい人魚”のオネエぶりが素晴らしくて目を瞠った。
お肌つるつる、ピンヒールを堂々と履きこなし、私なんかよりはるかに女っぷりが上だ。
クールな「ハンズ」が少し退廃的な雰囲気なのも良し。
役者陣が隙の無いなりきりぶりで楽しい!

ネタバレBOX

「まく」の通夜の知らせを受けて、縁のある妖怪仲間が集まって来る。
「まく」はどんな妖怪だったか、口々に語る彼らの話を総合しても
その実像はさっぱり見えてこない。
そもそもまくは「いなくなった」というだけで「死んだ」とは確認されていない。
なのに通夜のお知らせだけは来ている・・・。

という前半のドタバタから、後半はがらりと趣が変わる。
「まく」とそれぞれの過去の関わりが描かれ、しかも「まく」がいいこと言ってる!

「まく」は「妖怪枕返し」、劇中では「悪夢をひっくり返して良い夢にする」的な
ことをちらっと言ってた気がする。(違ってたらごめんなさい)
大事なことだからもっと立てて言って欲しかった!

終演後後ろの席の方が「結局最後がよくわからなかった」と話していたが
私もそう感じた。
「まく」が通夜というかたちで、みんなに会って別れを告げたかったのだと思うが
もう少し解りやすく伝える工夫があれば理解の助けになるだろう。

過去作を観ている観客には妖怪のキャラが解っているのかもしれないが、
当日パンフにある、あの妖怪の説明が後半のストーリーに生かされていたら、
もっと楽しくて切ない展開になったと思う。
「さとり」とか「網切」とか「人魚」とか、他の妖怪たちにも
きっとその存在には「愛と哀しみ」のバックグラウンドがある。
少し前半を絞ってその分後半のエピソードを深くしたら、
“ふざけやアホが泣かせもする” 鉄板の作品になると思う。

「妖怪」とか「鬼」って、人間の延長線上に存在するものだと思う。
人間の業を抽出して煮詰めたものが彼らなのだ。
劇団枕返し、どうぞこれからも妖怪(人間)の本質を見せて下さい!
『口車ダブルス』

『口車ダブルス』

劇団フルタ丸

小劇場B1(東京都)

2024/07/10 (水) ~ 2024/07/14 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/07/12 (金) 14:00

講談の醍醐味は、観客をMAXまで盛上げる語り手の熱さ、リズミカルで大仰な節回し、
ト書きも台詞もメリハリつけてすべてこなすマルチぶり・・・と数々あるが
そのすべてを存分に発揮する舞台だった。講談師のお二人、お見事!

ネタバレBOX

客入れの時から講談が流れている。よく分からないが「徳川天一坊」と「赤穂義士伝」?
聴いているうちに、そのリズムが心地よくなってきて期待が高まる。

明転すると高座が二つ、二人の講談師が「第三生命」の営業部員をひとりずつ
紹介しながら物語は始まる。
この講談師がストーリーを回し、登場人物の心情を解説したり補足したりするのだが
驚くことに普通に営業部長として台詞も言ったりする。

クセ強目のメンバーが揃っていてキャラのバリエーションは申し分なし。
彼らのバックグラウンドの描き方、業界あるある、個性豊かな保険の売り方など
盛りだくさんな情報も、講談師が整理してくれるので解りやすい。

講談らしく人情噺的要素もたっぷりで、スタッフの成長を促し見守る人々や、
がんを宣告されたスタッフが昔のバンド仲間に会いに行くところなど
人情に訴える講談の魅力が随所に生かされている。

口跡も鮮やかな講談師二人(真帆・篠原友紀)が舞台を牽引して素晴らしい。
ドラマチックな講談調が、誇張気味のキャラにマッチして相乗効果抜群。
講談に負けない役者さんたちの熱演に惹きこまれた。

このスタイルの作品は、役者のパートと講談のパートのバランスが難しそう。
登場人物のキャラが弱いと講談に負けて、芝居が講談のおまけみたいになってしまう。
二つのパートが拮抗するところに緊張感とリズムが生まれて面白くなる。
2つの高座が移動するのも(動かすの大変そうだが)時間の流れが大きくうねって良い。

この講談シリーズ、すごいですね!
いろんなシチュエーションでまた観てみたいです!
白き山

白き山

劇団チョコレートケーキ

駅前劇場(東京都)

2024/06/06 (木) ~ 2024/06/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/06/11 (火) 14:00

芸術家の、晩年を迎えた人の、再生プロセスを目撃したような感覚。
カギを握るのは、普通の人々の痛みを伴う素直で繊細な心情だった。
柿丸美智恵さんが読む短歌にボロ泣きする。
誰かが短歌を読むのを聴いて泣いたのは、初めての経験だ。
緒方茂吉、その後の人生も観たくなる。

ネタバレBOX

窓の外には山影のような風景が見える。
簡素な田舎家の一室、斎藤茂吉(緒方晋)が文机に向かって背を丸めている。
終戦後も引き続き疎開している茂吉は、以前のように歌が作れなくなっている。

訪う者と言えば賄いの農婦守谷みや(柿丸美智恵)一人だったはずが
まず父の様子を見に次男宗吉(西尾友樹)が来て、
次に長男茂太(浅井伸治)と茂吉の一番弟子山口(岡本篤)が来て
この疎開先はにぎやかになっていく。
癇癪持ちの”お父様”が怒らない、という異常事態に息子ら3人は異変を感じる・・・。

歌が作れなくなった理由はひとつではないだろうが、
戦争詠み(戦争を賛美するような歌)を強要され、不本意ながらそれを受け容れたこと、
自分の衰えを自覚せざるを得なくなる絶望感などがあるかもしれない。

そんな茂吉を腹の底から揺さぶってガツンと来るような出来事が起こる。
なんと賄いのみやさんが「赤光」の初版本を愛読していたというのだ。
茂吉に「好きな歌はどれか」と問われて彼女が口ずさむ「死にたまふ母」数首の温かさ。
「自分の母はまだ健在だが、戦死した3人の息子たちが生きていたら、こんな風に
見送ってくれるのか・・・と想像してしまう」と語る切なさ。
茂吉が改めて読者の心情に思い至り、歌を詠む意味をもう一度見いだすきっかけとなる。
この「死にたまふ母」を読むシーン、出色の場面である。
一瞬主役が入れ替わるかと思うほど柿丸さんが素晴らしい。

みやさんはまた「山はずっと昔から同じはずなのに、それを見る自分の心持ちによって
見え方が変わる」とも語る。
自然に自己を投影させる、まさに茂吉が提唱する「実相観入」理論である。

これを機に茂吉の様子は一変する。
蔵王と鳥海山が見える場所へ移り住み ”疎開延長” することを決める。
冒頭のシーンと同じく文机に向かう姿勢で終わるが、ラストの背中はその力強さが全く違う。

作品全体の台詞のテンポが素晴らしい。
次男が初めて戦地での体験を語る場面、観客の想像力をかきたてるに十分な間。
緒方さんの茂吉は、怒鳴っても優しくても、悶々としていても台詞が無くても
佇まいが「斎藤茂吉」で本当に素晴らしかった。

悪妻の存在、昆虫大好きな変人の次男、律儀な長男、茂吉に人生を捧げる一番弟子と、
取り巻くキャラの豊かさもエピソードに事欠かない。
チョコメンバーの個性がぴったりとはまって、悩める老人の周囲を大きく動かす。
客席がどっと沸くようなユーモア溢れる場面も多く、シリアスなテーマとのバランスも良い。
向き合うべき「白き山」を得て、茂吉は今後どんな創作活動をするのだろう。
茂吉再生の糸口となった、柿丸さんの「死にたまふ母」を私はずっと忘れないと思う。

リンカク

リンカク

下北澤姉妹社

ザ・スズナリ(東京都)

2024/05/15 (水) ~ 2024/05/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/05/16 (木) 14:00

こんなスズナリ初めて観た!
舞台奥から太い花道が伸びている。
三方に客席が作られ、花道の途中には四角い穴があいている。深さは不明。
気が付くと水が流れるような、雨のような音が聞こえてくる。
開演前からホームレス風に厚着をした女性が登場、舞台上の石を床に投げたりしている。
雨が降って来たのにはびっくりした。

ネタバレBOX

着物姿の女性が腰ひもで首を吊ろうとして失敗、ホームレスの女性に助けられて
一緒に自分の家へ帰って来る。
このホームレスの女性が、複雑な家族をシンプルにほぐしていく。

別居中の夫婦、夫は要介護状態で内縁の妻と娘が献身的に世話をしている。
着物の妻と息子は少し離れてそれを見守っている。
だがそこには実に複雑な事情があった・・・。

当日パンフに書かれた作・西山水木さんの言葉の中に
「私はほとんど他人でできています」という一文があった。
優しい人に囲まれてその気持ちがわかるから、自分と他人の境界が曖昧になって
本当は自分がどうしたいのか、わからなくなってしまう。
”誰かの望んでいることが、自分の望んだことになってしまう” ということだと思う。
自分が望んで選択したのだと思い込んでいる。

謎のホームレス女性は、「それは本当にあなたがやりたいことではない」と強く促す。
そして登場人物は皆真実に向き合い、自分自身を見つめて変化していく。
ラストは、長いことリンカクが定まらずに苦しんできた者だけが得られる
爽快感に満ちている。

登場人物の住まいや、息子のネット配信などが、もう少し解りやすく描かれたら
観客はもっと早く登場人物に寄り添えると思う。
内容の普遍性、表現のイマドキ感がとても素晴らしいだけに
チラシデザインなどに内容の深みが反映されていないように感じられて惜しい。

作者の真摯な姿勢が随所に感じられる意欲作。
役者陣のひたむきさが伝わって来る作品だ。
ホームレス女性(倉品淳子)の力強さが作品の推進力のひとつになっている。
言葉によって人間関係を失い、舞踏によって自己表現を得た
リョウマ(永田涼香)の喜びが美しい。
ラスト、感情を取り戻した麗羅(あさ朝子)の号泣に思わず私も泣いてしまった。
『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/05/12 (日) 10:30

「思い出せない夢のいくつか」
アゴラ劇場サヨナラ公演もあと3日を残すところとなり、建物外観の写真を撮る人が目につく。
大人3人の夜行列車の旅。
木製の座席とランプの灯りが、”大人の銀河鉄道の夜” を柔らかく見せる。

ネタバレBOX

芸能人の女性、ベテランマネージャーの男性、それに若い付き人の女性の3人が
夜行列車の座席に座っておしゃべりしている。
星座の話、結婚式の話、煙草を吸いに行ったら変な乗客がいた話など。
付き人の女性が星座盤を持っていること、鳥捕りや灯台守など、
「銀河鉄道の夜」のエピソードがいくつも織り込まれ
この列車はひょっとして、死者を乗せているのかと思ったりする。
あるいは死にゆく人を乗せているのかと・・・。

会話の ”間” は、信頼関係の度合いを表すものだが、
彼らのそれは緊張感を伴うものの、苦痛は感じない。
この静けさとテンポが、心地よかった。

駒場東大前というこの駅、この街、この商店街が好きだったなあと思う。
アゴラ劇場が無くなるなんて、考えもしなかった。
だがこの芝居のように、全ては夢のごとく過ぎ去って、
私たちは皆いつか、銀河鉄道の乗客となるのだろう。

ありがとう、さよなら、アゴラ劇場・・・。

『法螺貝吹いたら川を渡れ』東京公演

『法螺貝吹いたら川を渡れ』東京公演

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2024/05/03 (金) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/05/05 (日) 14:00

「方言」って何言ってんのかわかんない方が断然面白い!要は話の筋が解ればいいのだ。
変に台詞を解りやすくせず、超アナログな手法で観客に翻訳を伝えるところが秀逸。
大笑いしながら戦争の愚かさ、無意味さを痛感させる、なべげんのこのテイストを心より愛す。

ネタバレBOX

正面の壁にはギザギザした津軽地方の奥深い山、だが真ん中から赤と青に二分されている。
敵対する二つの村、津軽と南部は川を隔てて隣り合っているが、実は密かに交流している。
どちらもマタギの村で、協力して熊・鹿・ウサギなどの猟をするのだ。

維新の嵐が東北に及んだある日、津軽側の鉄砲の名手栄助に、城から
「南部を襲撃せよ」との命令が下る。
栄助は悩んだ末、「フリっこでも良いんでねえが?」と南部側に持ち掛ける。
手はずを整え、誰も傷つかずにフリだけで戦争は終わるはずだった・・・。

のちに、津軽と南部は「青森県」というひとつの県になる。
時代に翻弄され、あっけなく新しい制度の下に置かれ、
戦後長く生き続ける栄助が、次第に老いていく姿の何と孤独なことだろう。

「山の神」「行き倒れの女」「着ぐるみの熊」という
一見力技的なワードがラストに見せる回収っぷりが素晴らしい。
冒頭着ぐるみが出て来た時には想像もつかなかったが、
このしみじみと哀しいラストはずっと忘れられないだろう。

栄助役の三上陽永さん、コミカルなシーンも切ない場面も情感たっぷりで巧い。
木村慧さんの声の表現の豊かさが、この作品のキモであり素晴らしかった。
また観たい役者さんのひとり。

エレキギターとドラムの生演奏のお二人が、普通に出番になると立ち上がって
芝居するのが面白かった。これは素敵!


銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/04/25 (木) ~ 2024/04/29 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/04/26 (金) 14:00

駒場のアゴラ劇場サヨナラ公演、青年団100本目の「銀河鉄道の夜・チーム蠍座」を観る。
シンプルなセットだと思ったが、これは2011年フランス公演のために創られた作品で、
劇場からの依頼が、全国を回る為に簡単なセット、出演者は4人までというものだったから。
その公演中日本で東日本大震災が起こり、フランス公演の意味は大きく変わったという。
子どもにとって早すぎる「お別れ」がどれほど重く理不尽なものか、それは計り知れない。
ラスト、ジョバンニのカンパネルラに呼びかける台詞が印象に残る。

ネタバレBOX

舞台上には大きな積み木のような丸・三角・四角が点々と置かれ、
それらはやがて教室になり、街並みになり、列車の座席になり、町はずれの丘になる。
客入れの時から正面の壁にはキラキラした宇宙の映像が映し出され、まもなく
「天の川は何で出来ているか」という学校の授業が始まる・・・。

この有名な物語は、終始もの悲しい響きを帯びている。
ジョバンニの母親は病気で、父親は遠い海へ仕事に行ったきりなかなか帰って来ない。
彼はいくつも仕事を掛け持ちしていて、同級生からはいじめられている。

カンパネルラは「ほんとうのしあわせ」とは何かを考えている。
ジョバンニをいじめる仲間に加わりはしないが、いじめを止めさせようともしない。
両親に対して無条件に甘えられる家庭ではなさそうなひんやりとした空気を感じさせる。

銀河鉄道で出会う人々は ”死者を見守る、あるいは見送る” 人々だろう。
鳥採りが「白鳥を捕まえて食べる」証拠にカバンから「鳩サブレ」を出したのには大笑いした。

微妙に発音しにくい「カンパネルラ」という名前を、
ジョバンニが大変きれいに転がるような発音で連呼するので感心した。
彼のカンパネルラに対する繊細で一途な友情を感じさせる。

100年近く前に生まれたこの物語は、現代と同じ湿り気を帯びている。
子ども時代の屈託に満ちた、解決方法を知らない絶望感に深く共感せずにいられない。
大人になってからこの作品を観たり読んだりすると、子供の頃よりずっと哀しく苦しい。
だから繰り返し逢いに行く。独りぼっちのジョバンニに逢いに行く。
「銀河ステーション♪、銀河ステーション♪」という、歌うようなアナウンスに誘われて・・・。


S高原から

S高原から

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/04/05 (金) ~ 2024/04/22 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/04/21 (日) 14:00

1991年の初演から30年以上が経っているが、変わらないのは
”死に近い人” と ”それを取り巻く人” との距離感の不安定さだ。
淡々としているようで、内心どれほど波立っているだろうと思わせる
役者の台詞と表情に、静かな演劇の真骨頂を観る思いがした。

ネタバレBOX

舞台上には、高原にあるサナトリウム共有スペースのセット。
正面に天井近くまであるおしゃれな飾り棚があり、小さな観葉植物や本が並んでいる。
一見ホテルのカフェスペースのように小ぎれいな空間だ。
赤い布張りの長椅子が4つ、ガラスのテーブルを囲むように置かれていて
そのうちの2つには、開演前から役者さんが寝そべっている。
このリラックス感、休息感が、病人の生活の場であることを思い出させる。

ここに面会の人や、ドリンクを注文する患者などが入れ替わり立ち代わりやって来る。
面会に来る人たちも様々だが、中でも
3人で”お見舞い”に来て、声高にしゃべったりテニスをしたりと、
夏休みの学生みたいににぎやかな一群などは、この場所にそぐわないテンションが
ひときわ目立つ。

「昼寝の時間」が決まっているような静かな時間が流れるサナトリウム。
元気そうに話しているかと思うとすぐ横になりたがる患者たち。
自分自身にも他の患者にも「死」の気配を探さずにいられない、
薄暗い緊張感が漂い、それはハイテンションの面会者にも波及している。
患者の状態について無責任な噂話のような会話を交わしているが、
結局のところ他人の死に対して寄り添うには限界があって
健康人にしてみれば何と言葉をかけるべきか、わからないのだ。
だから「テニスやろう」なんて患者を誘ってみたりする。
先の不安から、ほかの人との結婚を決めてしまったりする。
患者も周囲も、何だかうまくいかなくて途方に暮れている・・・。

日常の合間に「死」という非日常が細かく織り込まれているサナトリウム。
”静かな演劇”ってこういうシチュエーションにはハマり過ぎるほど雄弁で
口数少なく腹を割らない患者たちに共感しまくってしまう。

そして役者の力量あっての表現スタイルなのだということを改めて感じる。
平田オリザ氏と青年団、静かな応援は続く・・・。


三人姉妹

三人姉妹

ハツビロコウ

小劇場B1(東京都)

2024/04/02 (火) ~ 2024/04/07 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2024/04/06 (土) 14:00

三姉妹の鬱々とした思いが、肩こりのCMみたいにズーンとのしかかってくる。
救いのキーワードである「モスクワ」ってそんなにいいか?
そこに行けば必ず幸せになれるのか?
そんな単純な疑念などぶん投げて、彼らの”必死のウツ状態”は延々と続く。
これを喜劇と言うチェーホフ、その達観ぶりには冷静な目と愛おしさが同居している。

ネタバレBOX

開演前から劇場内は暗く、スタッフさんが足元を照らしながら案内してくれる。
目をこらすと簡素な木製のテーブルや椅子が見えた。
ここが、三人姉妹が暮らすプローゾロフ家の一室。
ハイソ感ゼロ、みじめさ100%のセットが家族の絶望感を容赦なくさらけ出している。

父が師団長としてモスクワからこの田舎町にやって来て11年が経っている。
既にその父も亡くなり、屋敷に出入りする者も少なくなって寂れた雰囲気が漂う。

長女のオーリガは、結婚もせずに教師として仕事一筋にやって来た。
次女のマーシャは18歳で結婚したが次第に夫への尊敬の念も薄れ、不倫に走る。
三女のイリーナは理想の人生を追い求めるが恋も知らず仕事も長続きしない。
三人ともモスクワへ行けば幸せになれる、いつかモスクワへ!と
呪文のように言い聞かせながら暮らしているが、一様に表情は暗い。

世間知らずの長男が選んだ結婚相手ナターシャが、次第に一家を牛耳っていくあたりが
この物語のひとつの転換期となる。
モスクワで学者になるという夢を諦め、田舎の市議会議員に甘んじながら
賭博に明け暮れ屋敷を抵当に入れてしまう長男は、いわば一家の面汚し。
生まれた赤ん坊のために日当たりのよい部屋を明け渡せと三女に迫るナターシャは
この家で、最も強い立場になったことを存分に見せつける迫力。

結局この”外部からの力”に屈した三姉妹は、この家を追われるように出て行くことになる。
だがそれこそが”解放”であり前進なのだと思う。
あの圧力無しに、彼女たちは何一つ変えることが出来なかっただろう。

第四幕で、教師として校長になった長女は多忙を極め学校に寝泊まりしている。
次女の夫は妻の浮気を責めることなくすべて受け入れ、彼女もまたそこへと戻って行く。
三女はようやく教師の仕事を得て、明日はこの町を出て行く決心をする。

頭の中で何十年夢見ても、現実に打ちのめされ続けた三姉妹。
夢を諦めなければ次へ行けない。
何かを手放して初めて、欲しい物に一歩近づく。
彼女たちはこれから厳しい現実に向き合うことになる。
家を離れて姉妹バラバラで、無力感と孤独に苛まれるだろう。
長い間頭の中で夢見ていた「モスクワ」に幸せなど転がってはいない。
それは夢を諦めて空っぽになった心の中で育てていくものだ。

あの家を訪れて恋したり不倫したりした男たちは
ひととき心を揺さぶりはしたものの、誰一人として姉妹を幸せに出来なかった。
不倫した次女に”元の暮らしに戻ろう”と、変わらない気持ちを伝える夫だけが
彼女の心を変えることが出来るかもしれない。

結局劇的に一家を変えたのは、長男の悪妻ナターシャだった。
それまで誰にもできなかった”家を仕切って実権を握る”ことを強引にやってのけた
このヨメだけが、窓の外を観ながら「この木を切ってここを花壇にするの!」
と嬉々として未来を語る。
この傍若無人な破壊力こそが夢見がちな三姉妹を、よくも悪くも前へ押し出した。

だがそのナターシャでさえ、何かを諦めているはず。
例えば夫の愛情や町の人々の信頼といった大切な何か・・・。

三姉妹の”鬱を持続させる”エネルギーがすごい。
時折爆発させる台詞があるが、あれ無しには持たないのではないかと思うほど。
嫌味な将校はホント憎らしいし、人の好い長男も観ている私がストレス溜まりそう。
希望の無い生活という、つかみどころのない背景を
くっきりしたキャラの存在が色濃く炙り出していく様が素晴らしい。

いいトシのお嬢様方がこの先どうやって荒波を乗り越えていくのか、
いや乗り越えられるのか、ナターシャへの復讐なんかあるのか無いのか、
ドラマなら続編が見たいところだ。
三姉妹が世間を知った分、これまでよりもドラマチックになるに違いない。
がんばれ三姉妹、そして不甲斐ない男たちよ!



イノセント・ピープル

イノセント・ピープル

CoRich舞台芸術!プロデュース

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2024/03/16 (土) 14:00

畑澤聖悟さんの脚本を劇団チョコレートケーキの日澤雄介さんが演出、
今上演する意義を改めて強く感じさせる作品。
観客を引き込む役者陣の熱量がすごい。
これが”戦争の現実”なのだ。

ネタバレBOX

   ●~○~●以下ネタバレ注意●~○~●

舞台中央、横長に広がる階段は茶色くギザギザしたがれきのような装飾。
手前のテーブルや椅子もすべて倒れたり転がったりしている。
殺伐としたこのブライアン・ウッドの家に、18年ぶりに昔の仲間が集まって来る。
口々に「いい家だな!」と言う友人たちにまず強い違和感を覚える。

ブライアンは科学者で、”プルトニウムが核融合を起こすための研究”をしていた。
5人の男たちは、町から離れた研究所に隔離されたような生活をしつつ、
与えられた使命を果たすべく日夜励んでいた。
全ては「JAPを叩き潰すため」だ・・・。

”100%アメリカから見た原爆”が容赦なく描かれる。
教育の賜物と言うにはあまりにも犠牲が大きいが、
まさに「イノセント」無垢で純粋な人々ほど教育の効果は絶大だ。
だが、5人はそれぞれに「新型爆弾の成功」と引き換えに大きなものを喪う。

終盤のエピソードが衝撃的だった。
5人のうち余命が長くないと知った医師の男が、仲間のひとりに告白する。
「昔研究所で爆発事故があった時、本当はお前の被爆量はもっとずっと多かった。
自分はお前の健康診断データをずっと観察していたのだ。
データを集めるために多くの人間にプルトニウムを注射してきた」
身内を危険にさらしてまで戦後長く秘密裡に継続する実験とはなんだ?
この医師にとって、戦争は終わってなどいない。

ストーリーは時系列ではなく、5人が研究所で過ごした1945年の出来事を
何度も挟みつつ、グレッグが90歳になるまでを描いている。
少し物足りない印象を受けるのは、グレッグの息子が車椅子になって帰還したり
中佐の息子がベトナム戦争から戻ってから肺炎で死んだり、といった
”修羅場”を見せないせいだろうか。
全ては済んだこととして淡々と場面から観客に知らしめる。
月並みな後悔かもしれないが、親としてどんな風に受け止めたのか、
その苦悩が”正義に対する疑念”の始まりではないか。
だが役者陣は確かにその苦悩を体現しようと熱演だった。

原爆を挟んで、二つの国が全く違うものを見ている。
日本の「イノセント・ピープル」も観てみたいと思った。
自分も含め、国民の多くが純粋で愚かなのはどこの国も同じだ。




日本演劇総理大臣賞

日本演劇総理大臣賞

ロデオ★座★ヘヴン

駅前劇場(東京都)

2023/12/27 (水) ~ 2023/12/30 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/12/29 (金) 14:00

超正攻法な「議論」という手段で「芸術とは何か」を論じさせる構成が素晴らしい。
一分の隙もない緊張感あふれる役者陣の演技にどんどん引き込まれ、
登場人物と一緒に口惜しくてボロ泣きした。
権力と抑圧、戦争と理不尽・・・、これ全て「イマ」の話じゃないか。
1年の〆にこの作品を観ることが出来て、本当に幸せだった。

ネタバレBOX

対面の客席に挟まれた舞台には転々と椅子が置かれている。
この椅子に座るメンバーが入れ替わりながらストーリーは進む。

まずは昭和16年、内閣情報局主催の「日本演劇総理大臣賞」という
ありそうでなさそうな(若干胡散臭げな)賞の最終選考会場。
演劇界の重鎮や作家など選考委員が集まり
最終選考に残った二作品を巡って論争を繰り広げる。
作品は「紙吹雪」と「残り火」。
演出家の羽田(音野暁)を除いてあとは全員が「紙吹雪」を推している。

もうひとつはその「残り火」の稽古場風景。
時節柄刑事がひとり「検閲」のために常に同席している。
羽田は、選考委員らの票を覆すため「芸術とは、演劇とは何か」という
根源的な命題を巡る論争に立ち向かって行くが
稽古風景の再現は、その羽田の論理を支える具体的な実証場面である。

対抗する作品「紙吹雪」の設定や展開にも確かに新しい時代性はあるが
「残り火」の主人公が悩んだ末に自ら道を切り開く行動力や抗う力、
観客との対話を想起させるやり取り等、「残り火」の魅力を
余すところなく提示していく。
それはそのまま「残り火」の劇作家(澤口渉)が伝えたいと願ったことであり、
羽田にとっては、上演のために変更を余儀なくされながら脚本を書きあげ、
そして戦死した、この友人のための弔い合戦であったのだ。

選考委員メンバーが、意外なほど柔軟な頭の持ち主であったり、
検閲する刑事の本音が見えて嬉しかったり、
なのにやっぱり「ケッ!」という理由で「残り火」は受賞を逃す。
そこがいかにも”内閣情報局”らしくて、悔しくも説得力がある。
政府ってこんなもん。

「芸術とは、演劇とは」という相変わらず大きな命題、
二つの作品を因数分解のように解説する分析力、そしてこの構成、
いくつもの難題に挑み続ける柳井さんの脚本に心から感服。
そしてあの膨大な台詞を一点の緩みもなく繰り出す役者陣に大拍手。

賞なんか要らない。(いや、もらえるものはもらっておこう!)
少なくとも「日本演劇総理大臣賞」は要らない。
そんなものは誰かにくれてやれ!
私は「残り火」も観てみたい。
2023年12月、演劇に感謝して終わる.
ありがとうございました。


明日葉の庭

明日葉の庭

ことのはbox

武蔵野芸能劇場 小劇場(東京都)

2023/10/19 (木) ~ 2023/10/22 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

中高年群像劇といった趣が新鮮。
東京都だけど離れ小島、という場所の設定も絶妙で脚本の巧さが光る。
いろいろあって島のシェアハウスへやって来た6人の中高年女性たちが
いろいろあって”家族のように”なっていく過程が楽しい。
公演を重ねてそれぞれのキャラがもっと深いところから立ち上がったら
さらに素晴らしい舞台になると思う。
それにしても「明日葉」というのは良い名だ。

ネタバレBOX

若い女性が、かつて両親と住んでいた築70年の家を
シェアハウスとして貸し出すことにした。
申し込んできた6人の中高年女性たちは、皆それぞれに事情を抱えている。

独身を通した人、バツ3の人、熟年離婚、酒飲み、
専業主婦で料理上手、散歩とブログが大好き・・・、とバラエティに富んでいる
”事情”があって当たり前、それが人生、というおおらかな前提が心地よい。
ことさらぶつかり合う展開でないのが反ってリアルで共感できる。
島の人々も何だかんだ言いながら関り合い、手伝ってくれるようになる。

台風で大きな被害を受けたシェアハウスだが、
協力を申し出てくれる人々のおかげで再開のめども立ち、
やや物わかり良すぎる感もあるがハッピーエンドでめでたしめでたし。

高齢者問題というには少々若すぎる面々だが
シェアハウスといい、女性の人生観といい、
イマドキ感あふれる、なかなか面白いテーマだった。
(ただし実際の女性たちはすでにもっと先を行っているかも)

心優しい展開だけに、登場人物のキャラの味付けがあと少し濃くなると
旨味と味わいがぐっと増すはず。
中高年群像劇というジャンルの面白さを再認識した気がする。
オダマキとフクロウ

オダマキとフクロウ

十七戦地

東京おかっぱちゃんハウス(東京都)

2023/09/20 (水) ~ 2023/09/24 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

鑑賞日2023/09/23 (土)

固いネタを味わい深い古民家を改装した一軒家劇場で、
これまた巧みにかみ砕いて怒涛の台詞で語って吠える。
一体どんだけ勉強したら哲学と戦争の脚本なんて書けるのだろう?
ホンの凄さと役者さんの熱量に脱帽。

ネタバレBOX

昭和21年の秋、ひとりの哲学者が大学から追放された。
「誤った哲学で戦争を正当化した」というのがその理由。
その麻野教授と弟子である哲学科の教授、助教授、講師ら5人が
教授の自宅に集まり、大学の決定に「抗議」するか「恭順」するか
話し合うことになった。
文部省とGHQに抗議すれば自分たちも麻野教授と同罪と見なされる。
恭順すれば、自分たちは哲学者として間違っていたと認めることになる。
教授の娘文代も、身を隠している父に伝えるため、と同席する・・・。

フライヤーに「知の敗戦処理」とあるように、
戦争犯罪人は軍人だけなのか、教育に携わった者も責任を問われるべきではないか、
という問いかけが重い。

「哲学の論理を検証する」という一見無謀な設定をしておいて
柳井さんの脚本は言葉ひとつひとつを粒立てるように取り上げ、
そこに新事実を当てはめていく。
その驚きの事実がすんなり納得できるのは、いつの時代にも通じる
人の心の普遍性に共感できるからだ。

麻野教授の裏の顔や、他の教授たちの秘密、世渡り上手な助教授の目論見や
盲目的に教授の哲学を信じ「腹を切れ」と迫る助教授。
そして下っ端の講師にも大きな秘密があった。
次々と明らかになる事実の前に、「哲学」が翻弄され、
少しずつスライドしていったことが判って来る。

クールで世渡り上手な、そして腹黒い助教授を演じた北川さん、
繊細で優しいイメージが強かったが、要領よく押しの強い役がはまって素晴らしい。
少し貫禄も出てきて、クセが強い人物がますますリアルになった。
マジで「今さら言ってくれるな」的な、自己満講師の懺悔を聞いたあとで
文代を演じた藤原さんの間と声のトーンが絶妙だった。
死ぬの生きるのまで出て来る展開で、役者さんの熱量はハンパない。
哲学者ってこんなに熱くなるのか、というエネルギーに圧倒される。
それにしてもあの台詞量、役者さんには酷な脚本であることは間違いない。
どうやって覚えたんだろう、と小学生のような疑問でいっぱいになった。

劇中、哲学者ヘーゲルの著書から
「ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ」という意味の言葉が引用される。
ローマ神話のミネルヴァは知をつかさどる女神、フクロウは知の象徴だ。
哲学というものはいつも現実が起こった後で、あとから現れる、という意味らしい。
一方、オダマキはどんな意味だろうか。
花言葉を見てみると「断固として勝つ」のほかに「愚か」というのもある。
教授たちから「愚かな民衆に哲学が解るものか!」と言われた
その民衆の支持を得られない思想も哲学も、やがて否定され追われていく。
「オダマキとフクロウ」、なかなか味のあるタイトルだなあ、と勝手に思った。

人は国に殺され、軍に殺され、思想に殺され、そして嫉妬に殺される。
令和の時代に、この作品が問うテーマはあまりにも大きい。



ワーニャ伯父さん

ワーニャ伯父さん

ハツビロコウ

シアター711(東京都)

2023/09/05 (火) ~ 2023/09/10 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「世の中は庶民の我慢で回ってる」という普遍的な事実を突きつけられた。
ラスト、ワーニャ伯父さんに語りかけるソーニャの言葉にボロ泣きする。
世間知らずのインテリ教授には死んでも解るまい、
この「誰かを信じて支える」という崇高な愚直さよ。

ネタバレBOX

ほの暗い舞台上には簡素な木のテーブルと椅子。
26室もあるという田舎の屋敷のリビングが主な舞台。
退職した大学教授が、再婚した若く美しい妻エレーナと共に自分の領地へ戻って来た。
この都会暮らしに慣れ切った夫婦が現れたことで、静かな農園の暮らしにさざ波が立つ。

教授の、今は亡き最初の妻の兄であるワーニャは、
妹のダンナの才能を信じ尊敬の念をもって、この農園を管理し、
彼の仕事を献身的にサポートして来た。
亡き妹の忘れ形見ソーニャは、そんなワーニャ伯父さんの仕事を手伝っている。
年老いた乳母と、居候の老人、そして我儘な教授に呼ばれるとやって来る医師。

ワーニャも、医師も、美しい人妻エレーナに恋をしている。
ソーニャは、医師に恋をしている。
そして人妻エレーナはと言えば・・・医師に恋している。
激狭コミュニティの中で誰も幸せになれない恋愛模様がくり広げられる。

小さな空間で対峙する登場人物が、終始緊張感を保ち続けていて素晴らしい。
場転の際に流れるギターの音色が品良く少し陰鬱で絶品。
明りの加減も絶妙でチェーホフの時代を五感で感じさせてくれる。

教授が突然「この農園を売りその金でフィンランドあたりに別荘を買おうと思う」
と言い出したことで、失恋の痛手も重なったワーニャの心は爆発する。
教授のために、自分の才能も稼いだ金も捧げて来たのに、
自分の親が嫁ぐ妹に買ってやった土地を、いとも簡単に売ろうと言い出す教授を
許すことが出来なかった。
自分の人生も、自分の今は亡き家族も、こいつにないがしろにされたのだという
怒りがビシビシ伝わる素晴らしい迫力。
ワーニャ伯父さんのこの怒りのために、これまでの話はあったのだと思う。

だが、あんなに怒り狂ったのに腑抜けのように仲直りして、大人しくなってしまう。
人生の悲哀というにはあまりにも派手なブチギレ方だったが、結局のところ
怒りの矛先は、カン違いして勝手に信奉していた自分の愚かさに対する
怒りであり情けなさだったのかもしれない。

ソーニャが、慰めるように寄り添うように伯父さんに語りかける。
それはまるで、人生の望みを絶たれた者に降り注ぐ優しい呪文のようだ。
「我慢して」「働いて」「いつか神様の前で申し上げる」「ようやくほっと一息つける」・・・。
上手くいかないいくつもの人生に激しく共感すると同時に
力ずくで自分の人生を諦めるような残りの時間を思うと暗澹とした気持ちになる。
乳母ひとりが「いつもの生活が戻る」こと以外多くを望まず、心穏やかに見えた。

人生はそんなものかもしれないけれど、その切実さに涙がこぼれる。
才能も仕事も恋愛もお金も、何ひとつ望むようになりはしない。
だから”上手くいっている”ような振りをしないことだ。
カン違いをしないことだ。
それは上手くいかない人生より、ずっと滑稽なことなのだ。


SUN ON THE CEILING@ありがとうございました!

SUN ON THE CEILING@ありがとうございました!

劇団マリーシア兄弟

シアター711(東京都)

2023/07/29 (土) ~ 2023/08/06 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/07/30 (日) 13:00

ダブルキャストの「快晴」チームを拝見。
従来の「ナチュラルな演技と会話劇」路線は維持しつつ
客演を多数入れて出演人数も倍増、結果格段にパワーアップしている。
バラエティに富んだキャラの配置とラストで鮮やかに伏線を回収するところはさすが。
若干”チカラ技”的なところもあるが、ハッピーエンドの幸福感で楽しかった。
客演の面々がまた巧いので良い化学反応が起こった感じ。

ネタバレBOX

創立80年の総合病院の会議室(休憩室?)が舞台。
病院は今、創立以来最大の危機に直面している。
救急搬送されて来た死刑囚の脱走!?
大物政治家の手術は医療ミスか?
院長の死は自殺か他殺か?
そして次期院長にはあのバカ息子がなるのか?

院長の遺志を尊重するべく奔走する律儀な事務長や
院長になるつもり満載のバカ息子、
6人の医師と研修医ひとり、
そして医療ジャーナリストが、この部屋に集う。

彼ら一人ひとりが抱える背景に、現代の医療問題が上手く織り込まれている。
紛争地域での医療活動の限界や、救命救急の現場の厳しさ、
認知症のこと、子育てのこと、ひとり親のこと、ねじれた恋愛問題・・・。
病院の中でも外でも、みんなシビアな現実を生きている。

それら個々の事情をどうやって語らせるか、がいつもマリーシアの腕の見せ所だが
今回は「空気の読めない天然研修医」を持ってきたところが成功している。
普通なかなか聞けないことでもストレートに質問してしまう。
また嫌味のないキャラなんだな、これで話はスピーディーに展開する。

そしてもうひとり、医師を辞めて医療ジャーナリストになった男。
この一見クールな男が、実はこのストーリーを回していく重要人物で、
彼の「真実を知りたい」という情熱がトラブルを解決に向かって転がしていく。
6人の医師たちが個性豊かで人間味があるところがとても良い。
過酷な現場で働く彼らは皆、どこか弱くてやさしいところを持っている。
あのバカ息子でさえ、最後には改心するのだから人は変わるものだ。

ただこの”改心”の動機が弱いのが残念。
もう少しバカ息子の心情に時間をかけても良かった気がする。
一番のトラブルメーカーがラストであっけなく大変身を遂げるのが少し物足りない。
登場人物の心情に変化が生じる場面は、作品のハイライトのひとつだから。

客演の方が皆さん巧いので強烈にメリハリがついた。
いつものマリーシアとはまた違った演出がとても新鮮。
時には大声でやり合う場面もスッキリしていいなあと思った。
事務長役の三上潤さん、バカ息子を演じた日下諭さん、振れ幅大きくて素晴らしい。
ジャーナリスト役の佐々木祐磨さん、膨大な台詞と終盤の涙が強く印象に残る。
天然研修医役の三原大和さん、あれは素でしょうか(笑)

この人数にこれだけの豊かなキャラを創り
問題解決に向けて走らせる脚本の力が素晴らしい。
演出にスピード感とメリハリがあって舞台がドラマチックになった。
最後にちらりと大浦さんが登場して嬉しかった。

劇団は「こどもといっしょ」企画など、やさしい試みも始めている。
劇場の階段を上がると、赤ちゃんをだっこした女性スタッフさんが
にこやかに立ってた。
劇団もメンバーも、作家も作品も、変化し進化していくんだなあ。
次もその次も、また楽しみにしています!





これが戦争だ

これが戦争だ

劇団俳小

ザ・ポケット(東京都)

2023/07/22 (土) ~ 2023/07/30 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

アフガン戦争から帰国したカナダの兵士たちがインタビューに答える、
答えながらそれぞれの回想を再現ドラマのように見せる、という構成。
役者陣の熱演が素晴らしい。
声も台詞も力強く明瞭で、戦地の緊張感がビリビリ伝わって来る。
だがインタビュアーが知りたがっている「合同作戦」は
イマイチぼやけたような気がする。

ネタバレBOX

ほとんどセットらしい物もなく、舞台中央奥に出ハケの口を残して壁があるだけ。
ここが時にキャンプとなり、戦いの最前線となり、帰国したカナダの現在地となる。

登場人物4人が帰国後インタビューを受けている。
インタビュアーは執拗に「合同作戦」のことを聞いてくるが、
核心を突く返答はなかなか出てこない。

質問の合間にはつい作戦前夜のことを回想してしまう。
皆普通の精神状態ではなかった。
少し前に罪もない5歳の子どもを射殺してしまった伍長のターニャは、
それ以来ずっと不安定なままだ。
自爆テロなのか、重傷の子どもを助けたい民間人なのか判別が難しい場面で
どうしてもその子どもを助けたいと、軍のヘリを要請する必死の姿が強烈な印象を残す。
結果的にヘリはこの民間人救助に向かったため、
作戦の現場で重傷を負ったジョニーの救助は遅れ、彼は重い障害を負うことになる。
このターニャ役の蜂谷眞未さんが美しくて
こんな人が部隊に居たらトラブルは目に見えてるだろう、と思わせる。

スティーブン軍曹の帰りを待っている(はずの)妻は浮気しているが
だからと言ってターニャに手を出す理由にはならないだろう。
新兵のジョニーはまだ二十歳、ターニャにぞっこんで追い回しているが
軍隊ってみんなこんなに性行為で心のバランスをとるものなのか、私にはわからない。
この”誰かをぶん殴る代わりにやっている”ような性行為が実に虚しく映る。

終盤、ようやく「合同作戦」がタリバンの塹壕を水攻めにする作戦であり、
現地部隊からの提案であったこと、部下の負傷に気を取られて
その残忍さを予想できず、反対しなかったこと、
その凄惨な結果を知って悔やんでいることが軍曹の口から語られる。

最後に、その悲惨さを語るのは軍医のクリスだった。
彼は作戦の「後片づけ」を命ぜられて塹壕の遺体処理に当たる。
気温50度の中、腐敗の進んだ遺体の山と格闘すると、
下の方に小さな体がいくつもあった、と語る。
聞いていたほど、彼らは銃を持っていなかった、とも。
そして客席に向かって淡々と「これが戦争だ」と告げる。

「戦争」を兵士目線から語るところは素晴らしい。
政治や本部の連中から離れた、地べたに近いところから発せられた声がする。
ただインタビュアーの知りたいことは何だったのか、
私は「水攻め」のことだと解釈したが、よくわからなかった。

”平凡で平穏であるはずの日常”が否定されることから戦争は始まる。
助けたり見殺しにしたり、間違って死なせたり、愛することを間違ったり、
他人を貶めたり、それで自分が浮き上がろうとしたり・・・。
人が日常を喪う。同時に「戦争の日常」が始まる。
戦地から帰って来てからも、もう以前の日常は戻らない。
たぶんあまりにも多くの人間の日常を奪ったことから
もはや逃げられないと知ったから。
この作品は、そのことを改めて心に刻むよいタイミングだと思った。



ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)

劇団チョコレートケーキ

シアタートラム(東京都)

2023/06/29 (木) ~ 2023/07/16 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

鑑賞日2023/07/02 (日) 14:00

特撮ヒーロー物の金字塔「ウルトラマン」へのオマージュに満ちた、
これは大人たちの”目覚め”と”再生”の物語だ。
子供向け番組で「差別」をテーマにするために上司と闘い、
表現者として自己の原点を見つめ直す。
劇中劇の挿入でストーリーが立体的になる構成が巧み。

ネタバレBOX

特撮番組制作会社「東特プロ」は、「経費削減」を最優先するようにと
うるさく言われながらヒーロー物の番組「ワンダーマン」を制作している。
今度新しく来た脚本家は、監督の後輩で特撮は初めてという若干気弱な印象の青年。
第15話は経費削減のため、ワンダーマンが怪獣と闘う場面を入れずに作れと言われる。
そんな無茶ぶりに頭を抱えながら、若い脚本家やオタクスタッフたちは
愛する巨大特撮ヒーローの草分け「ユーバーマン」にも、
やはり怪獣と闘わない回があったことを思い出す。
彼らは、子どもだから理解できない、という先入観にとらわれず
「差別してはいけないんだ」という大切なメッセージを伝えるため、
今までにない「ワンダーマン」を創り上げようと苦難の道を走り出した・・・。

直接差別されたりいじめられたりした経験の無い脚本家が
「差別はいけない」というメッセージを届けたい、と上司に力説する姿は
確かにそれだけでは説得力が空回りしがち。
だがそこで力を発揮するのが「劇中劇」としての彼の書く脚本だ。

その脚本の中で、地球にたどり着いた孤独な宇宙人はひどいいじめを受ける。
たった一人心を通わせ助けてくれた地球の女性は、巻き添えになって死んでしまう。
理由の無い理不尽な差別と、それに対する怒りと悲しみを
ストレートに描いて子どもにも伝えようとする。

上から「大人になれ、テレビ局の言う通り本を書き直せ!」と言われる
脚本家をサポートする人々にも、差別の体験が透けて見える構造が巧い。
誰もが自分の差別体験を率直に語れるわけではない。
だが、ある出演者のことを「あの人も差別された経験があるんじゃないか」
という監督のつぶやきが、同じ辛さを知る者同士のシンパシーを感じさせる。
そう、口に出さないだけで、多くの人が差別された経験を持っている。
そして差別する側の人間は、多くの場合無自覚だ。
だからこそ子どもに「それ差別なんだよ、間違ってるよ」と伝えるべきなのだ。
表現者の自覚と原点、そこに立ち帰って行動したラストはほろ苦いが爽快だ。

私は青臭い理想が結構好きな方だ。
歳とっていい大人になれば、理想と現実が乖離することぐらいわかってる。
だけど理想を忘れ否定する行動は、どこか胡散臭くて信用できない気がする。
だから要領悪く、うまく立ち回れず、結果お金も貯まらない。
あーだけどこれも爽快でいいなと、劇場を後にしてちょっと気分が良かった。
ありがとう、劇チョコ!

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