白き山 公演情報 劇団チョコレートケーキ「白き山」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2024/06/11 (火) 14:00

    芸術家の、晩年を迎えた人の、再生プロセスを目撃したような感覚。
    カギを握るのは、普通の人々の痛みを伴う素直で繊細な心情だった。
    柿丸美智恵さんが読む短歌にボロ泣きする。
    誰かが短歌を読むのを聴いて泣いたのは、初めての経験だ。
    緒方茂吉、その後の人生も観たくなる。

    ネタバレBOX

    窓の外には山影のような風景が見える。
    簡素な田舎家の一室、斎藤茂吉(緒方晋)が文机に向かって背を丸めている。
    終戦後も引き続き疎開している茂吉は、以前のように歌が作れなくなっている。

    訪う者と言えば賄いの農婦守谷みや(柿丸美智恵)一人だったはずが
    まず父の様子を見に次男宗吉(西尾友樹)が来て、
    次に長男茂太(浅井伸治)と茂吉の一番弟子山口(岡本篤)が来て
    この疎開先はにぎやかになっていく。
    癇癪持ちの”お父様”が怒らない、という異常事態に息子ら3人は異変を感じる・・・。

    歌が作れなくなった理由はひとつではないだろうが、
    戦争詠み(戦争を賛美するような歌)を強要され、不本意ながらそれを受け容れたこと、
    自分の衰えを自覚せざるを得なくなる絶望感などがあるかもしれない。

    そんな茂吉を腹の底から揺さぶってガツンと来るような出来事が起こる。
    なんと賄いのみやさんが「赤光」の初版本を愛読していたというのだ。
    茂吉に「好きな歌はどれか」と問われて彼女が口ずさむ「死にたまふ母」数首の温かさ。
    「自分の母はまだ健在だが、戦死した3人の息子たちが生きていたら、こんな風に
    見送ってくれるのか・・・と想像してしまう」と語る切なさ。
    茂吉が改めて読者の心情に思い至り、歌を詠む意味をもう一度見いだすきっかけとなる。
    この「死にたまふ母」を読むシーン、出色の場面である。
    一瞬主役が入れ替わるかと思うほど柿丸さんが素晴らしい。

    みやさんはまた「山はずっと昔から同じはずなのに、それを見る自分の心持ちによって
    見え方が変わる」とも語る。
    自然に自己を投影させる、まさに茂吉が提唱する「実相観入」理論である。

    これを機に茂吉の様子は一変する。
    蔵王と鳥海山が見える場所へ移り住み ”疎開延長” することを決める。
    冒頭のシーンと同じく文机に向かう姿勢で終わるが、ラストの背中はその力強さが全く違う。

    作品全体の台詞のテンポが素晴らしい。
    次男が初めて戦地での体験を語る場面、観客の想像力をかきたてるに十分な間。
    緒方さんの茂吉は、怒鳴っても優しくても、悶々としていても台詞が無くても
    佇まいが「斎藤茂吉」で本当に素晴らしかった。

    悪妻の存在、昆虫大好きな変人の次男、律儀な長男、茂吉に人生を捧げる一番弟子と、
    取り巻くキャラの豊かさもエピソードに事欠かない。
    チョコメンバーの個性がぴったりとはまって、悩める老人の周囲を大きく動かす。
    客席がどっと沸くようなユーモア溢れる場面も多く、シリアスなテーマとのバランスも良い。
    向き合うべき「白き山」を得て、茂吉は今後どんな創作活動をするのだろう。
    茂吉再生の糸口となった、柿丸さんの「死にたまふ母」を私はずっと忘れないと思う。

    0

    2024/06/13 11:54

    1

    0

このページのQRコードです。

拡大