プロデュース団体だった時間堂が劇団化して初めての公演です。時間堂堂主の黒澤世莉さんが5年ぶりに新作戯曲を発表することもあり、自ずと期待が高まっていました。出演者5人全員が劇団員であることからも、新生・時間堂のお披露目公演という位置づけになるのでしょう。
舞台は、地味ではあるが品揃えは良い骨董品店。木彫り細工のソムリエナイフをめぐって、現代人の素朴な喜び、悲しみがふんわりと、でも鮮やかに描かれます。心温まるストーリーの口語劇でした。
ギャラリーLE DECOの4階をほぼそのままに使い、主だった小道具はマイム(という表現がふさわしいかどうかは疑問ですが)で表現します。演技スペースは舞台前方。後方は登場しない役者の待機場所であると同時に、楽器の生演奏ブースでもあります。
黒澤さんの演出作品といえば一番の見どころは、舞台上で自らが演じる役柄として伸び伸びと生きる俳優たちだと思います。今作でも、舞台上で相手役とコミュニケーションを取り、その場で感じたままを発露させる、心理的リアリズムの手法にのっとった素晴らしい演技を見せてくださいました。
ただ、俳優指導者としての黒澤さんのご活躍や、過去の上質なストレート・プレイ(コロブチカ『proof』)を観たことがある者としては、マイムや生演奏に気を取られて、肝心の俳優同士の演技のぶつかり、調和、そこから生まれる劇空間のうねりを存分に味わえなかったのが残念。
劇場内で飲み物やグッズが販売されていました。オリジナル・ドリンクも豊富で、私は劇中に登場した紅茶(正露丸の匂いがする・笑)をいただきました。美味しかったです。
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リストラされたミキ(花合咲)は、母が手術を受けると知って実家に帰ることにした。上京した時に母の骨董品を盗んで売り払ったため、せめて少しでも買い戻して、手土産にしようと思いつく。母が最も大事にしていたソムリエナイフを見つけ、取り置いてもらっていたのだが、骨董品屋の店長ら(菅野貴夫&星野奈穂子)の不手際で、近所のフレンチ・レストランのシェフ(鈴木浩司)の手に渡ってしまい…。
“モノの記憶をたどること”を特技とする店長の誘導で、ソムリエナイフが経験した過去が劇中劇の形で表現されました。1つ目は、ミキの母(雨森スウ)が父(鈴木浩司)と駆け落ちし、2人で富山に開店した花屋に、祖母(星野奈穂子)が訪れるシーン。母と祖母の間に確執があったことがわかります。2つ目は終戦直後の焼け野原の東京で、娼婦となっていた祖母(星野奈穂子)と、戦場から帰還した祖父(菅野貴夫)が出会います。祖父は、祖父の兄つまり祖母の許婚が戦死したことを告げ、彼女にプロポーズするのです。
どん底の悲しみと、それを乗り越えて得た幸せがソムリエナイフに刻まれているように感じ、それまでは誰かの噂話のようだった物語の中に、やっと入ることができました。
オリジナル曲を全員で歌うエンディングは、物語の結末としては少々ハッピーが過ぎて冷静に眺めざるを得なかったものの、6人の混声合唱の美しさには聴きほれました。ミキがナイフをシェフに譲ることに決めた時の、花合さんの笑顔がとても良かったです。
店長の妻役の雨森スウさんは実際に妊婦さんなんですね。雨森さんがトランペットを演奏された時は、なぜかドキドキしてお腹をじっと眺めてしまいました。妊婦がリアルに妊婦を演じているのって、実は凄いことなんじゃないでしょうか。
終演後のトークのゲストは演劇ライターの徳永京子さん。「骨董店の店員キリコの存り方に、時間堂が目指す演劇が象徴されている」という鋭い指摘に、劇団員の皆さんは驚愕のご様子でした。
扇子を使って物体を表現する演出は、落語から来ているとのこと。アイデアは面白いし、そのこと自体を楽しめたお客様もいらしたことと思います。俳優の心の演技によって物語を伝えて欲しかった私には、必要性が感じられませんでした。