過激にして愛嬌あり 宮武外骨伝
オフィスワンダーランド・(一社)演劇集団ワンダーランド
座・高円寺1(東京都)
2019/06/05 (水) ~ 2019/06/09 (日)公演終了
満足度★★★
現代の若者、気概を失ったかのようなマスコミ関係者に、宮武外骨の存在を知らしめようと工夫を凝らした舞台である。まずエピローグで、宮武外骨は明治の気骨のジャーナリストだった、という話を講談師の語り手で紹介する。本題に入ると、一転、舞台は現代のエログロ・ニュースサイトの編集部。思いがけなく政治家の汚職のネタを握ったが、それを発表すると政権やスポンサーから会社を潰される、と逡巡する編集長。そこに、外骨がタイムスリップ(!)で現れ、そんなことで恐れるな、俺の生涯を見ろ、と一代記を演じる。編集部には政治家の意を呈したヤクザが脅迫にあらわれるが、外骨は、彼らにも自分の話を聞かせるる。その結末は?
外骨は「迫害は勝利なり」と何度も発禁・投獄・罰金などの言論統制・弾圧をうけても、決してへこたれなかった。とくに刑務所の中で雑誌を作って売り出そうとしたのは、「退屈な毎日を少しでも面白く使用」という茶目っ気混じりのバイタリティーからだというのが面白かった。
刑務所の話は20代前半だから、恐れを知らない青年だったのだろう。ただ、「滑稽新聞」を廃刊したのは42歳で、今から見ると、早すぎる引退。さすがの外骨も頑張りすぎて、不惑でモチベーションが下がったのだろうか。「太く短く」生きるは明治の青春だが、現代は「太く長く」が求められる時代。そこが難しい。
お節介なナレーターあり、下ネタ連発のギャグ満載、ふざけたキャラクターが次々と、お行儀の悪い舞台である。しかし、それを通して語られる、「(ジャーナリストの)我々は絶望してはいけない。我々の絶望は、国民全体の悲劇だ」という訴えに、身を引き締めるものがあった。
オレステイア
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2019/06/06 (木) ~ 2019/06/30 (日)公演終了
満足度★★★★
元は3部作のギリシア悲劇を、現代英国の若手激作家がひとつにまとめた。重厚にして深淵で見応え充分。俳優の演技・存在感を堪能できる舞台だった。平知盛のせりふ「見るべきほどのことは見つ」という気分になった。そういえば、古典の現代化、武将をめぐる生死のドラマなど、「子午線の祀り」と共通点がある。
ビューティフルワールド
モダンスイマーズ
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/06/07 (金) ~ 2019/06/23 (日)公演終了
満足度★★★★★
妻が胸に秘めていた夫への恨みつらみ、夫の孤独、娘の秘密…平穏そうに見えた家族の地中のマグマが、引きこもりの甥を居候させることから噴き出してくる。家業のカフェの店員たちの個性的な存在感も含めて、素晴らしい舞台だった。
後半、娘のひみつが明らかになるところは、互いの本音がぶつかり合う修羅場なのに、そこが客席の爆笑に次ぐ爆笑をまきおこす。井上ひさしの「日野浦姫物語」の悲惨で爆笑のクライマックスを思い出した。俳優はもちろん、作・演出の蓬莱竜太の底知れない力に脱帽である。
北齋漫畫
東京グローブ座
東京グローブ座(東京都)
2019/06/09 (日) ~ 2019/07/07 (日)公演終了
満足度★★★★
ご存知、画狂葛飾北斎の若き日から90歳の死までを描く評伝劇。華のある芸達者たちがそろって、安心して見られる芝居だった。北斎の代表作がプロジェクション・マッピングで舞台に大きく映し出され、目でも楽しめた。音楽もモダンで和風な曲が、場面場面を盛り上げた。
二匹のタコが海女と乳繰る絵を、昔の恋人によく似た若い女性(=佐藤江梨子)のモデルで描こうと、狂気に近い世界に入っていく場面が最大の見せ場。一番北斎の、常識も生活も顧みずに。自分の絵にのめり込んでいく生き方を示していた。ただ関ジャ二♾の横山ではまだ迫力不足。初演は北斎を緒形拳が演じたそうだが、緒形拳で見てみたかった。
北斎を献身的に支え続け、自身も才能ある画家だった娘のお栄(応為)=堺小春、生活破滅型の北斎とは対照的な、堅実で生真面目な馬琴(=木村了)の二人がよかった。こうした周囲の人々に支えられて、北斎の仕事があったことがわかる。しかし、矢代静一は最後、北斎を捕まえきれずに終わったのではないか。それだけ、北斎が謎の多い大きくて奥深い存在だということだが。
上演時間は前半80分、休憩20分、後半70分の計2時間50分。しかし長くは感じない。特に前半はテンポが良く、あっという間の80分だった。休憩を挟んで、年月が大きく飛んで、後半は89歳の北斎と同じく老人の馬琴。老け顔や白内障を表現した特殊メイクが見事だった。
らぶゆ
KAKUTA
本多劇場(東京都)
2019/06/02 (日) ~ 2019/06/09 (日)公演終了
満足度★★★
刑務所で一緒だった4人が、出所して、ひょんなことから田舎の一軒家で共同生活を始める。元ヤクの売人、泥棒、離婚して娘とやってきた詐欺師など、それぞれが軽くはない過去を背負っている。優しくも保身的な村の住人との交流の中、思いがけない波風が次々起きる…
作・演出の上、出演もする桑原裕子の「フィリピン花嫁」の怪演が圧巻。大いに笑わせられた。松金よね子の真面目なユーモアもいい。中村中のことは知らずに見て、普通の女優がトランスジェンダー役をやっているのだと思った。彼女もジェンダーの狭間の存在を好演していた。
化粧二題
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/06/03 (月) ~ 2019/06/16 (日)公演終了
満足度★★★★
19年前の初演以来の観劇。内野聖陽の男座長が素晴らしかった。声色、間合い、ユーモア、動き。裸一貫から座長になった誇りと意地、母に捨てられた悲しみと思慕の、相反する思いを見事に表現していた。
女座長の有森也実は線が細い印象だったが、別れた我が子への思いがこみ上げるところはさすがで。、引き込まれた。
ジャガーの眼
劇団唐組
花園神社(東京都)
2019/05/04 (土) ~ 2019/06/09 (日)公演終了
満足度★★★
唐十郎作品を見るのは4作目だが、今回は今ひとつであった。「吸血姫」など話がもっとぶっ飛んでいたし、濃いキャラが次々出ていた。しかし今回は全部伏線を回収してみると、理屈っぽかった。扉を担いだ探偵たちなどその他大勢で、面白い人物が少なかった。その人物もぶっ飛び度が足りないので、唐にしては小粒で大人しい印象だった。
臓器移植がネタだったが、芥川受賞作「佐川君への手紙」は人肉食がテーマだった。そういう他人の肉体の一部を我が物にするという行為に、唐十郎はフェティシズム的な関心をもっていたのだろうか?
レ・ミゼラブル
東宝
帝国劇場(東京都)
2019/04/15 (月) ~ 2019/05/28 (火)公演終了
満足度★★★★★
文句なしに良かった。最後、コゼットを幸せにして、満足して天に召されていくジャン・バルジャン(福井晶一)の姿に一番感動した。一方、ベジャール(川口竜也)が自殺するのはなぜかは、やはり難しいと思った。ただ、単に川に飛び込むのではなく、舞台奥に吸い込まれていくように消える演出は予想外で、印象的だった。
二宮愛、唯月ふうか、小南満佑子、そのほかいちいち名を上げないが、メインキャストの皆さんは、本当にみんな良かった。それぞれに一人で歌う場面があるので、歌が良くないとそこの場面が台無しになる。しかし、皆そんなことはなくてその実力に素直に感心した。
この作品、オペラのように、全てのセリフにメロディがついていて、レチタティーヴォになっている。見るまで知らなかったが、それも良かったと思う。それだけキャストの歌唱力が舞台を左右するわけだが、素晴らしいキャスト陣であった。
恐るべき子供たち
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2019/05/18 (土) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★
愛玩する弟を奪われないために、相思相愛の仲を裂くわがままな姉。南沢奈央がその一番怖い、嘘をつく場面を、純粋さゆえに犯す過ちとして、まっすぐに演じていて、引き込まれた。弟と姉の関係は近親相姦だったのかいなか。どちらとも取れる演出をしていたと思うが、いかに。
弟に最初に怪我を負わせ、また最後は毒を送ってきて、最後の悲劇の原因を作る美少年がいる。影のような存在で、出番は少ないのだが、実はメフィストフェレスのようにこの悲劇を司っているように感じた。そういう外部の力がこの姉妹のドラマをじつは動かしているという点は、コクトーの作劇術としてどうだろう。あまり問題にする人はいないのだろうか。
蝶々夫人
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2019/06/01 (土) ~ 2019/06/09 (日)公演終了
満足度★★★★
蝶々夫人は一昨年も見たから2度目。ほかにMETのライブビューイングも見たことがあるし、あれも良かった。そうした蓄積もあって、今回はいままでになく余裕を持ってみることができた。音楽とドラマの緊密な結びつき、切ない場面、コミカルな場面、重厚な場面など変化に富んだ構成、メロディーを大事にする親しみやすい音楽、こうした多面的な聴きどころを堪能することができた。
蝶々さんが最後は自害する、その理由はどこにあるのか。自らの名誉を守る自立した女性なのか、愛を盲信した一種の狂気と絶望なのか、子供のために身を引く自己犠牲なのか。様々に解釈できるところが、何度も上演されるこの作品の魅力なのだと思った。
シベリアへ!シベリアへ!シベリアへ!
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ(神奈川県)
2019/05/27 (月) ~ 2019/07/16 (火)公演終了
満足度★★
チェーホフのシベリア旅行を、6頭の馬たちが、代わる代わるに作家の残した手紙や紀行文を読み上げて、再現していく。その間、馬たちは、広い演技空間をずっと走る真似をしている。普通の戯曲、演劇とは全く違う。はじめは新鮮だったが、1時間20分を飽きずに見ることはできなかった。ただ、チェーホフのサハリン旅行の、行けども行けども同じ景色が続く、単調で、不快で、疲労困憊した気持ちに少し近づくことができた。
ざくろのような
JACROW
座・高円寺1(東京都)
2019/05/29 (水) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★★
組織の中で生きることと、自己を生かすことは両立するのか。業績不振でリストラが始まった電機メーカー・サントー(三洋ー電機がモデル)の開発職場を舞台に、どの会社、どの組織にも通じる問題を、問いかけるように描いて見事だった。
職場、特に大手企業の職場の人間関係を描く演劇は珍しいのではないか。おもに6人(プラス人事担当2人)の登場人物の、上司と部下という立場の違い、能力の違い、性格・生き方の違いが引き起こす軋轢が、見ごたえあるドラマになっていた。職場空間をいくつかのユニットの組み合わせで作った美術もよかった。中央の塔はなんだろうと思っていたら、最後は、日中の企業の勢いの違いを象徴的に示していた。
オフシアター歌舞伎「女殺油地獄」
松竹
新宿FACE(東京都)
2019/05/22 (水) ~ 2019/05/29 (水)公演終了
満足度★★★
中村獅童のギラギラした若さと、一線を超えてしまうあやうさが見ごたえがあった。大人計画の荒川良々が殺される女の夫役など二役をしていて、歌舞伎とは異質のユーモアが、舞台を新鮮にして面白かった。ただ、特設舞台の四方をパイプいすを並べて囲むので、観劇条件はあまりよくない。5列目の私の席からは前の人が邪魔で見えないところが多かった。とくに舞台の上をのたうち回る殺しの場面に身切れが多かった。これは残念だった。
油まみれの凄惨な殺しの場面が有名だというが、予想していたほど血なまぐさくなかった。あまりむごたらしい演出は流行らないということだろう。
それにしても、中村獅童の主人公・与兵衛は遊び人だが根は素直で、悪い人には見えない。しかしいったん殺しに手を染めた後は、虫も殺さぬ顔で相手の家に線香をあげに行くふてぶてしい人物になる。この人間の心理は測りかねた。ラスコーリニコフとは対照的。人格の一貫性を重視する近代的な人間理解とは違うということだろうか。
骨ノ憂鬱
劇団桟敷童子
すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★
冒頭は東京、荒川沿い。一平が妻を殺したという告白から始まり、「僕の少年時代は7歳で終わった」と、50年前の東京五輪のころ、九州の山村の旧家の大家族の話に飛ぶ。殺された妻も常に舞台の隅にいて、夫の7歳の時の体験を見ることになる。
そこは、祖父の大旦那が林業で成功して人財産を築いたが、今は長男が後を継ぎ、林業も斜陽が始まり、家族関係もギクシャクし始めていた。一平の父は次男で家業を手伝い、、三男は中学校教師である。隠居しても精力的で圧倒的な存在感のある1代目と、善良だが小人物の2代目の三兄弟。そして、いつも母親の陰に隠れている3代目の幼い一平。代が下るほど生活力を失っていく構図は「ブッデンブローグ家」のようだと、これは後で気づいたことである。
原田大二郎が破天荒な1代目を生き生き演じていた。客演の斉藤とも子が祖父の後妻として、この崩れそうな旧家を支える気丈な女性を演じて貫禄があった。個人的感想としては「黄色い叫び」よりよかった。一平役の稲葉能敬は、少年時代はずっと、黄色い帽子を目深にかぶり、感情を見せないナレーター役で影のような存在だったが、このナレーターがメリハリがあってよかった。
旧家の素朴な人たちのズレと諍いが、時にユーモラスに時に力強く演じられる。どこに感情移入してみるか、多焦点のドラマでモヤモヤした。ただ、愛していながら、愛がうまく伝わらない、自分の思いとは全く違うことをしてしまう、人間の切なさ、悲しさが最後には残った。
ドン・ジョヴァンニ
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2019/05/17 (金) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★
ドン・ジョヴァンニとツェルリーナの誘惑の二重唱から、ソプラノのアリア、地獄落ちの迫力ある音楽まで、間然することのないよい舞台だった。聞かせ処の曲曲を聞くという点では、コンサートのように考えると良いかも。タイトルロールがソプラノでもテノールでもなく、バスというところがこの作品のユニークなところ。そこいくと、テノールのオッタービオの歌は優等生的な愛の歌でつまらないな~と思ったのだが、それは素人の浅はかさ。テノール歌手の出来は最高だったらしく、カーテンコールではテノールのガテルが一番拍手が大きかった。
また、その伝でいえば、筆頭ソプラノのドンナ・アンナよりも、二番手のはずのドンナ・エルヴィーラに女心の複雑さと奥深さを魅力的に感じた。捨てられても捨てられてもドン・ジョヴァンニへの愛を大切に持ち続け、最後もジョヴァンニを救うために駆け付けるのは、行動的で、ただの馬鹿な女とは言えない。
獣の柱
イキウメ
シアタートラム(東京都)
2019/05/14 (火) ~ 2019/06/09 (日)公演終了
満足度★★★★★
ありえない超常現象を、リアリティーをもって舞台に引き起こすという点で、前川知大のイキウメは抜群のセンスと力量を持つ。今回も、高知の片田舎の隕石拾いの話でしっかり足固めしたうえで、人々に幸福感を与える巨大な柱が空から次々降ってくるという超大風呂敷を現出させてしまう。あっぱれというしかない。その転調の頂点ともいえるのが、主人公の二階堂進が消える場面。そこでは観客の時間さえも恍惚感のなかで盗まれていた事が分かり、我々も舞台の異常現象の当事者になってしまうのだ。
柱は人が増え過ぎた都会を壊滅させ、人々は田舎に分散して暮らすようになる。作中でも言及されるバベルの塔の暗喩につながるものがある。2051年の世界では、新しい暮らしを始めた人々の間で、昔と同じように有力者の身勝手が始まり、それにへつらうおべっか使いが増え始める。決して前面に押し立てるわけではないが、現代文明批評の要素もあることはこの劇団の強みである。
山の声 ― ある登山者の追想 ― オリジナルバージョン
オフィスコットーネ
Geki地下Liberty(東京都)
2019/05/17 (金) ~ 2019/05/19 (日)公演終了
満足度★★★★
「山の声」は昨年10月に見たが、今回は大阪のオリジナルキャスト(二人)による初の東京公演。初めて見た時の「冬山体験」が再び味わえた。今回は、加藤文太郎が愛妻と愛娘の写真を相棒に見せて「どや?」「どや?」と、相手が「かわいいなあ」というまで、しつこく迫るのがおかしかった。遭難死する最後の、妻子の夢と同様、妻子への愛が前回以上にくっきり見えた。
作者大竹野正則の評伝劇「埒もなく汚れなく」では、天才・大竹野と凡人の妻の軋轢や、大竹野に対する妻の不審と嫉妬が強烈だった。しかし、遺作「山の声」で、大竹野は妻恋歌をうたっていたのだとわかった。
佐倉義民伝
劇団前進座
国立劇場 大劇場(東京都)
2019/05/11 (土) ~ 2019/05/22 (水)公演終了
満足度★★★
重い年貢にあえぐ佐倉389村の農民たちを救うため、将軍への直訴を決意した木内宗五郎。身を捨てて宗五郎を助けた甚兵衛の渡しの場と、死罪を覚悟して妻子と別れる「子別れの場面」が見どころと言われている。今回初めて見たが、渡しの場の甚兵衛の活躍はあまりに一瞬で、感動する暇がなかった。「子別れの場」はセリフとしては簡単至極、いわばとんとん拍子に心が通じていき、「あれっ」と思ったが、家を宗五郎が出た後、追いすがる子供と、それを振り離す宗五郎の「所作」がみどころとわかった。
今回、一番の物語の肝になったのは、51年ぶりに演じたという「光然祈念の場」。いたいけな子供たちが、宗五郎夫妻の前で首を切られた様子を語るセリフに、客席でも一番忍び泣きが聞かれた。
現代劇のように親子のつらい別れに感情移入することはできなかったが、いいものを見たという心地よさは長く残った。それはなぜかと考えると、日常生活とは別世界の体験に、心が浄化されたのではないかと思う。あるいは様式的な舞台の「美」にふれた効果だろう。加藤周一が「見るなら古典劇。伝統なき現代劇は見てもつまらない」という趣旨のことを言っていたのは、この「美」があるかどうかの違いではなかったろうか。
いずれおとらぬトトントトン
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2019/05/09 (木) ~ 2019/05/21 (火)公演終了
満足度★★★
1964年の東京五輪直前の精神病院を舞台にしたナンセンスコメディー。舞台は病室を模し、6人の患者がいるところに、7人目の男が刑務所から回されてくる。この男が、規律・規則・禁止で骨がらみにされた患者たちの心に、再度自由な精神を取り戻させていく。騒動を起こす男は、そのたびに治療と称して電気ショックで痛めつけられ、最後は骨抜きになったように見えたが…。最後のシーンに、夢を追うことのすばらしさを感じた。小さな別世界での寓話である。
1時間40分と短めの芝居なのだが、途中、精神病患者たちの妄想や強迫観念に付き合わされるのはくたびれた。
1001
少年王者舘
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2019/05/14 (火) ~ 2019/05/26 (日)公演終了
満足度★★★★★
とにかくすごい。妙に心地よい言葉遊びと、悪夢のような反復と、戦争の罪の歴史さえも記憶の断片が元に戻るギャグにしてしまう。物語のカギを握る少年は分裂し増殖し、向かい合わせの二枚の鏡の間に立った時のような、無限に続く自分の鏡像をのぞき込むような体験。現実と演劇の境界さえ崩れ、終わるようで終わらない、果てしない物語に身を任せる2時間15分。
総勢38人が登場する少しずつずれた群舞と、見事にそろった群舞の、それぞれが対比して醸し出す美と調和もすばらしい。
いろいろ演劇は見てきたが、今まで見たこともない唯一無二の時空間の舞台。舞台のセリフと同じく、「終わりたい」(「終わらない」「終りない」…)と口では言いつつ、無意識ではいつまでも続いてほしいと願っていた。