赤鬼
東京芸術劇場
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2020/07/24 (金) ~ 2020/08/16 (日)公演終了
満足度★★★★
海辺の寒村に、突然赤鬼(言葉の通じない異人)が現れ、パニックに陥る人々の動きがダイナミックで面白かった。足の長さの違う低い丸いテーブルを、足の枠と天板に分解して、洞窟の入口や、船など様々に見立てる趣向もうまかった。激しい嵐と、浜辺に遭難した3人を村人たちが見つけるシーンも、最初と、最後に繰り返されるが、巧みである。
友人は、コロナという「未知への恐怖」を描いた新作かと思ったと言っていた。異物排除というテーマも、患者や医療関係者などへの差別と重なる部分がある。
観た回はBチーム。とんび役の秋山遊楽が野田秀樹の甲高い声でちょこまかした演技を踏襲していて、面白かった。加治将樹は、前に舞台を見たことがあり、安心して見られた。浦杉恵子も、始まってすぐの群衆場面から、この人がヒロインだなと分かる華があった。姿勢が良く、凛とした雰囲気で、悲劇を背負うヒロインとしての可憐さがあった。
「赤鬼」は以前一度見た。当時は記録もとっておらず記憶はあやふやだが、ネットの公演記録からすると、2004年の野田地図番外公演の日本ヴァージョンだと思われる。
天神さまのほそみち
燐光群
ザ・スズナリ(東京都)
2020/07/03 (金) ~ 2020/07/19 (日)公演終了
満足度★★★★★
難解と言われることの多い別役戯曲だが、この舞台は素直に楽しめた。場所取りをめぐる、悲しく可笑しいコメディだった。難しいことを考えると、迷路にはまる。役者の困惑とその場しのぎ、意地の張り合い、ばかしあいを、「アホだなあ」と素直に見ることができた。客席も笑いが多い。坂手洋二氏の演出家としてのうまさを非常に感じた。
人間合格
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/07/06 (月) ~ 2020/07/23 (木)公演終了
満足度★★★★★
観劇再開第一弾。
一つずつ開いた席で、どうなるかと思ったが、すぐにいつもの笑いが客席から自然に沸いて、すごく楽しめた。
益城さんの中北番頭の津軽弁に聞き惚れた。
久しぶりの人間合格だが、非常に内容の濃い台本で、3時間の長さを感じなかった。井上戯曲の傑作の一つ。こんなにたくさんのネタが盛り込まれていたかと改めてびっくり。無駄のない芝居だった
その鉄塔に男たちはいるという+
MONO
吉祥寺シアター(東京都)
2020/03/13 (金) ~ 2020/03/22 (日)公演終了
満足度★★★★
そう少しシリアスな話かと思ったら、意外とのんびりした雰囲気。戦場のすぐ近くにいるらしい。しかし話は、寝られないから静かにしろとか、誰が水を汲みに行くかとか、階段を上がったり下がったりのくだらないネタとか、たわいもない話ばかり。どうでもいいことに意地になったり、気まずくなったり、人間の性格や態度が現れる。そこを巧みに描き、笑いのツボもおさえていて、OMS戯曲対象をかつてとったのだろう。台本を買ってきたのであとで勉強したい。
さすが30年やってきたメンバーだけに息が合っている。私は笹倉役の水沼健のぶっきらぼうな感じが良かった。パンフを見たら、近畿大学教授とあり、びっくり。つれは陽之助の奥村泰彦を気に入っていた。
本編の40年前の話を書いた新作「プラス」を40分、10分休憩後に、旧作となる本編1時間半。新作を演じた若手の女性たちも勢いがあり、輝いていた。
きらめく星座【公演中止3月5日(木)~8日(日)】
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/03/05 (木) ~ 2020/03/15 (日)公演終了
満足度★★★★★
コロナウイルス騒ぎで5日遅れの開幕。14日土曜日夜に観劇。客席は多少空席はあるが、8割以上埋まっていて、心配したよりもよかった。キャストを一新して、とくに広告文案家・竹田をつとめる大鷹明良がよかった。これまですまけい、木場勝己が演じてきた要の役。木場の熱っぽい役づくりも良かったが、大鷹は飄々として、インテリ崩れの秘めた良心の風情をよく出していた。
演出の栗山民也は「竹田は宮沢賢治だから」といっていたとのこと。いままで4回か5回みて、戯曲も読んだが、宮澤賢治フューチャーは気付かなかった。しかし、ちゃんと「星めぐりの歌」が出てくるではないか。竹田は岩手の山奥で教師をしていたことがあるし。これだけヒントがあって、気付かなかったとは、うかつであった。
若い後妻役の松岡依都美も良かった。前の秋山菜津子がよかっただけに心配したが、松岡は歌も上手いし、若さがプラスした。「星めぐりの歌」をまた聞きたい。ラストの「青空」を聞きながら、何故か涙が出る。これが、この芝居の不思議なところなのである。
正一役の高橋光臣も、体の大きさを感じさせない、軽やかな道化ぶりでよかった。
とにかく、よくできた戯曲である。演出、演技も相まって、街のレコード屋の茶の間のできごとという自然な雰囲気が最後までくずれない。舞台全体の調和が素晴らしい。セリフのないときの俳優にも自然な居場所がある感じ。歌い踊る場面も、不自然さが非常に少ない。脇から邪魔が入って歌を中断して芝居に戻るのもスムーズ。何もかもがスムーズに自然に進んでいく。
冒頭の方は「みさをさんは高等女学校の最上級生よ。そんな年じゃありません」などと、さすがの井上ひさしも情報提示に苦労しているが、説明的なセリフはごくわずか。
しかも内容豊か。昭和の流行歌の数々、傷痍軍人、脱走兵、憲兵。軍国美談に、こじつけの精神主義。恩賜のタバコ、バケツ体操にすき焼き騒動。広告社倒産と物不足。生たまご、コーヒーで描く食料不足。日本歌謡と西洋音楽の関係、朝鮮人の強制徴用に、日本人の傲慢、戦争神経症、満州開拓。(わすれちゃいけない)宮澤賢治、etc、etc。最後に宇宙の中の「奇跡の中の奇跡」である人間賛歌がせり上がってくる。井上ひさしの大傑作を堪能した。
優しい顔ぶれ
らまのだ
OFF OFFシアター(東京都)
2020/03/06 (金) ~ 2020/03/11 (水)公演終了
満足度★★★
3話のオムニバスの舞台。第2話が面白い。ネット記事を量産している弱小プロの仕事場。「自衛官若妻の語る自衛官の心を射止める9条」の記事に、サイト会社からクレームが来た。自衛隊から文句が来たらしい。記事を引っ込めて穏便に済まそうという上司、「無理な残業までして書いたのに、こんな小さな記事にまで目くじら立てるなら、やめます」と意地を張る担当者。
そこにクレームの張本人、自衛隊就職相談のボランティアをしている初老の男がやって来る。「これは自衛隊を馬鹿にして、憲法9条を守ろうとするものだ」と。一週間後に憲法改正の国民投票が迫っている。その護憲キャンペーンだ、中立でないというのだ。担当者は反論し、逆襲に出る。さらにサイト会社の美人担当者も記事削除を求めにやってきて…
笑いの中で、無責任なその場しのぎと事勿れ主義が、知らず知らずのうちに、改憲を許してしまう怖さを浮かび上がらせていた。クレームに弱いメディアの体質や、広告料稼ぎのための通俗記事の量産、職場のパワハラ・セクハラも俎上に載せて、メディアの現状をチクリチクリする話に身につまされた。
男女のはじめの決意がもろくも崩れる第1話、寝たきりの妻を介護する店長と、女性店員の第3話はあまりピンと来なかった。「改憲演劇」と銘打っていたが、憲法との関係がほとんどわからなかった。第1話30分、第2話70分、第3話35分。計2時間15分
炎の人【公演中止(02/28~ 02/29)】
劇団文化座
こくみん共済 coop ホール/スペース・ゼロ(東京都)
2020/02/20 (木) ~ 2020/02/29 (土)公演終了
満足度★★★★
初めて見る「炎の人」。三好十郎はもっと傑作があるのかもしれないが、有名な作品である。ゴッホの炭鉱地帯での宣教師時代から始めるのが意外だったし、知らなかった。そんな経歴があったとは。労働者の貧困とたたかい、さらにパリでの作家仲間たちの流行の不可知論に対し、現実のものはある、それを描くというゴッホの愚直な唯物論は、この台本の書かれた50年代の社会主義と労働運動の勢いをバックに持つものだろう。
ゴッホの、自分は30歳から絵を始めたから時間がないという焦りが、彼の短く燃え尽きた画家人生の根底にあるということもよくわかった。最後に「ゴッホはぼくたちと同じ人間だった」(記憶なので不正確)と、ゴッホの死後、人々が追悼する。間違ってはいないがもちろん、ゴッホの特別さはやはり否めない。
若い藤原彰寛(文化座)が、ゴッホの一途にのめり込む熱情と自信のもてないコンプレックスを熱演して、素晴らしかった。とにかく泣いたり怒ったり、甘えたり喜んだり、不安定な人格で、感情の振幅が極めて大きい。これはやりがいのある役でもあろう。逆にゴーガン役の鍛冶直人(文学座)のシニカルともいえる冷静さが冷たすぎるように私には見えたが。
佐々木愛を筆頭に、脇役のベテラン陣はさすがにうまい。しかも、みなマイク無しでも大きな劇場内に声が響き渡る見事な発声。新劇の演技訓練の蓄積を見直させるものである。
3時間5分かな。コロナ騒ぎで上演期間が2日短縮されたのは残念だった。
対岸の絢爛
TRASHMASTERS
駅前劇場(東京都)
2020/03/06 (金) ~ 2020/03/15 (日)公演終了
満足度★★★★
IR(カジノ)誘致で揺れる202X年の関東の小都市。反対派と賛成派のぶつかり合いを、ある賭博をめぐる辛い経験をもった家族内のいさかいとダブらせて描く。最初は茶の間での話が生硬だったり、戦争中の場面が大仰に過ぎたりしたが、80年代の開発推進派の策略が長年の友情をもふみにじっていく話から、言葉と人物の感情が重なってきて見応え充分だった。
森田匠が無自覚なワルをよく演じていた。長兄役の龍坐の内面の苦渋を感じさせる抑制もよかった。長兄を他人のように問い詰める長谷川景の熱演も見ごたえありました。藤堂海の薄幸感にも拍手。
最後のカジノ誘致めぐる住民集会の議論の応酬は大変な迫力と臨場感で圧倒された。
2時間40分
グロリア
ワンツーワークス
赤坂RED/THEATER(東京都)
2020/02/27 (木) ~ 2020/03/08 (日)公演終了
満足度★★★★
同僚同士のとんがった衝突、衝撃的な場面、引き込まれる語り、美しい思い出。そうしたいい場面の数々がある。と同時に、見終わってこれは何を描こうとしたのかと、コレというメインテーマを言いにくい。少し変わったタイプの芝居である。
第一に全三幕のうち、一番の衝撃は一幕の終わりにある。後の二幕はその後日譚で淡々としている。三幕を大きなクライマックスにすべきというセオリーに反している。
第二に、主人公がいない。三幕を通して出てくる人がいない。雑誌者の上級編集者?のナンシーが唯一全幕に出るが、彼女は脇役に過ぎない。脇役なのに、一番美味しいところを持っていく。そのストーリーに、部下やサポート役の苦努力も全ては、ただ地位が上だったというだけの幸運な人の功績になるという皮肉が込められているかもしれない。
第三にモノローグが多すぎる。「ハムレット」の時代でもないのに、現代劇でこのモノローグは禁じ手に近い。そこを見せ場にして引き込むのは、相当の確信犯である。
大事件の生き残りたちの語ることが、それぞれに食い違うのは、芥川龍之介「藪の中」と同じ主観の不確かさ、個々の語りの信用のなさを語ると言える。ただそれでは一般的すぎる。このシチュエーションにもっと踏み込むなら、一番の当事者(校閲部長ローリン)の証言はもっともないがしろにされ、最も事件から遠い者(編集者ナン)の回想記が最も成功を勝ち取るという、商業マスメディアの歪みだろうか。
一緒に見た友人は、事件を起こしたグロリアにしろ、ローリンにしろ、縁の下で日の目を見ない、黙々と働く労働者たちの鬱屈を指摘していた。彼らもストレスで歪められているが、その根底にはピュアな心根の普通の人なのだと。テレビ局での臨時社員の扱いにも同様の構図が見られた。
東京ノート
青年団
吉祥寺シアター(東京都)
2020/02/19 (水) ~ 2020/03/01 (日)公演終了
満足度★★★★
非常に緻密でミクロな舞台だった。同時多発会話、隠れた関係性、多数のグループの交錯、にじみ出る社会批評、平田オリザ演劇の真骨頂を堪能できた。
突然、他人の話に割り込んで「戦争ハンターイ」とつぶやいたり、元反戦活動家がさりげなく日常の身の回りにいたり。この元活動家、隠れた社会的行動というのは、平田オリザの好きなモチーフで、自作でたびたびお目にかかる。
社会の柱
新国立劇場演劇研修所
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2020/02/21 (金) ~ 2020/02/26 (水)公演終了
満足度★★★★★
すばらしかった。この作品、日本では戦前に築地小劇場で数日間しか演じられたことがないそうだ。ということは、ほぼ本邦初演のようなもの。かつて親友に罪をかぶせて町の名士になった男の虚栄と野心が、当の親友が十五年ぶりに帰ってきたことで、大きな危機に直面するという話。それに鉄道敷設を当て込んだ土地の買い占めの話や、造船所の合理化をめぐる労働者と資本家の対立も絡んで、非常にスリリングな物語だった。
最後の最後まで、どう着地するのかハラハラドキドキの経験を、イプセン劇でするとは思わなかった。
話のスケールも大きいし、物語は屈曲に富んでいるし、人物はキャラが立っているし、いいセリフも多い。「真実と自由の精神、それが社会の柱」というまっすぐなメッセージが素直に受け取れる。これまで上演されてこなかったとは実にもったいない。見られて良かった。
俳優たちもよかった。役をまっすぐに演じる若々しさが、この近代リアリズム劇にぴったりだった。演劇研修所の修了公演は野球選手で言えば、一生に一度の甲子園のようなもの。プロより技術的には未熟でも、真剣さと熱さが違う。去年の「るつぼ」といい素晴らしい舞台成果だ。ぜひ毎年見ようと思う。
上演時間3時間
八つ墓村【公演中止(02/28(金) ~ 03/03 (火) )】
松竹
新橋演舞場(東京都)
2020/02/16 (日) ~ 2020/03/03 (火)公演終了
満足度★★★★
単なるおどろおどろしい伝説や「祟り」、あるいは家族内の愛憎を描くだけではない。現代に通じる「八つ墓村」の意味を新たに掘り起こした舞台だった。これまでの数多くの映像化とは、深みが違っていた。「30人殺し」という「稀代の大犯罪者を出したにもかかわらず、田治見家は、追放もされず、二十六年前と変わることなくこの村に君臨し」ているのはなぜか、と脚本・演出の齋藤雅文はいう。それを「八つ墓村」の最大の謎として、その答えを探ったのが今度の舞台だという。
カネや権威に弱い民衆の事大主義、個人の責任を曖昧にする誤った集団主義。そうした日本のムラ社会の歪みが、連続殺人事件の謎解きとない合わされて浮かび上がってくる終盤は感動的だった。それは「桜を見る会」疑惑を持ち出すまでもなく、現代日本への批判そのものだった。
あと特筆すべきは、舞台美術。山村の風景、古いお屋敷、地下の迷路のような鍾乳洞など、舞台化は難しいと思われていた情景を、見事に舞台に現出させた。しっかり作品世界に浸らせてくれた。現代演劇は「何もない空間」に近い簡素なセットが多いけれど、やはりしっかりした美術は作品を支える。商業演劇ならではの贅沢な舞台だった。転換も早く、全体にテンポも快速だった。
贅沢といえば、舞台に出る俳優だけで30人、生演奏、装置、証明・音響などのスタッフも入れれば五十人をこすだろう。そうした大人数の力を結集させたことも見ごたえの大きな要素だった。
二十六年前の三十人斬りの回想シーンは、能・歌舞伎の様式美、お囃子をとりいれての演出だった。犯人・要蔵の狂気が村人たちを絡め取っていくさまが、ありありとして、素晴らしいシーンだった。映画などはまさに血みどろに凄惨に描くところだが、舞台ではあくまで恐怖も美的に、シンボリックに。要蔵の背後に、さらに大きな「修羅」が控えてこの世ならぬ雰囲気を作っていた。
喜多村緑郎、河合雪之丞が熱演。水谷八重子・波乃久里子の新派の大御所が、しっかり舞台をしめていた。旧家の人柱となっていくしっかりものを演じた一色采子も丹精な佇まいに強さと脆さを秘めていてよかった。
天保十二年のシェイクスピア【東京公演中止2月28日(金)~29日(土)/大阪公演中止3/5(木)~3/10(火)】
東宝
日生劇場(東京都)
2020/02/08 (土) ~ 2020/02/29 (土)公演終了
満足度★★★★★
いやあ面白かった。いわばシェイクスピア劇の名場面集なのだが、個々バラバラでなく、全体が一つのストーリーになっている。浮かび上がるのは、欲望のままに権謀術数の限りを尽くした男の、成り上がりと転落の悲劇。次々人が死んでいく世の非情と無常。そして最後は悪王を倒す民衆の力である。3時間半と長いのに、全く飽きるところがなく、時間が短く感じた。
〇五年の蜷川幸雄演出はDVDで見た。もとの4時間を超える戯曲をカットしたそうだが、まだ4時間あり、これでも長くてごちゃごちゃした印象だった。今回はさらに30分短縮。その結果非常にテンポがよくなった。素晴らしい。
キ印の王次(ハムレット)の浦井健治は新国立でシェイクスピアの歴史劇を続けてきた経験が生きている。緩急つけて客席を沸かせる見せ場はさすが。シェイクスピアの悪役(リチャード三世、イヤゴーなど)を一人にまとめたような高橋一生も後半、凄みを増した。任侠者とお嬢様の双子を演じる唯月ふうかも可愛いうえに芸達者で、貫禄があった。蜷川版では篠原涼子がやっていた役。メイクのせいか今回も篠原涼子に似て見えて、それもまたよかった。
旅籠屋や、二階のある日本家屋を左右二つのセットを組み合わせて作った。美術もシンプルなのに、リアルだったし、転セットをぐるぐる回しての場面転換もスピーディーでよかった。
ねじまき鳥クロニクル【公演中止(2/28 (金) ~3/15(日))】
ホリプロ
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2020/02/11 (火) ~ 2020/03/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
村上春樹の舞台化を見るのは3作目。一言で言えば言葉は抑えて、身体表現と生演奏の音楽で「ねじまき鳥クロニクル」の世界観を現出させようという舞台。私にとっては未知の、イスラエルの演出家コンビによるものだが、素晴らしかった。物語をなぞることはきっぱり断念しているのがいい。そのくせ原作の筋はきちんとおさえている。「ねじまき鳥」は長いけれども単線なので意外とシンプル。二つの筋が並行するうえに飛躍の多い「海辺のカフカ」より脚色しやすかったとも言える。
蜷川幸雄演出「海辺のカフカ」は長い話をなぞるのがやっとで期待はずれだった。「神の子どもたちはみな踊る」は、短編二つにしぼって災いから世界を守るイメージをくっきり描いていたが、小粒で春樹ワールドとしては食い足りない。今回はそのいずれとも違って見事な成功を収めた。
俳優、ダンサーがコンテンポラリーダンスのように、フィジカルにスタイリッシュに魅せていた。それがダンスのためのダンスでなく、きちんと物語に奉仕しているから、言葉の示す意味と身体表現が結びついていて見ていて飽きない。
特に暴力表現をシンボリックな舞踏的動きで見せ、音楽とも相乗効果を発揮して、陰惨にならずに禍々しさをよく表した。綿矢ノボル(大貫勇輔)がクレタ(徳永えり=姉のマルタと一人二役)を陵辱するシーンは、鳥肌ものだった。
ひとつの人物を複数で演じるシーンが多い。ノボルと夢の中で交わるクレタ、戦争中の蒙古での敵軍将校、井戸へ降りていくシーン等々。これが世界を重層化し、拡大し、見た目も面白かった。
それにしても主役のトオルを成河と渡辺大知と二人で演じるのはどういう意味だろうか? 最初は大劇場の広い空間を埋めるためという発想で始まったと思う。結果として現代人の多義的な人格をしめし、村上春樹の非リアリズムの世界観によくマッチしたと思う。この非リアリズムの物語のビジュアル化は、この舞台の核心で、前記したような人物の多重化や、言葉でなく身体による象徴表現を多用したことによって成功した。村上春樹の長編の舞台がこんなにうまくいくとは、予想を大きく超える出色の舞台だった。
野兎たち【英国公演中止】
(公財)可児市文化芸術振興財団
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2020/02/08 (土) ~ 2020/02/16 (日)公演終了
満足度★★★★
早紀子がイギリス人の婚約者とその母といっしょに、10年ぶり(数日の帰国を含めれば4年ぶり)に可児の実家に帰ってくる。結婚の報告のためである。実は早紀子はイギリスで失業したために、ビザ更新のための結婚という要素が強い。ふたりが愛し合っていることは事実だが、同棲でもなんの問題もなく、わざわざ結婚するのは別、というのが昨今のイギリスのようだ。
早紀子は、出来のいい兄と比べられて、両親に邪魔者にされ、いつも干渉されてきたと思っている。前半は早紀子の、親が今回も結婚に介入し、自分を支配しようとしているという「思い込み」が目立つ。良心の些細な言葉尻を、悪く悪くうけとめて、いら立ちを募らせていくのである。早紀子役のスーザン・もも子・ヒングリーがいい。日英両語を操りながら、女性らしい不器用な苛立ちを好演していた。恋人役のサイモン・ダーウェンの受けの演技も自然でよかった。
母親役の七瀬なつみも、客を迎えて上品にふるまう母親を好演していた。
東京ノート・インターナショナルバージョン
青年団
吉祥寺シアター(東京都)
2020/02/06 (木) ~ 2020/02/16 (日)公演終了
満足度★★★★
近未来2034年の東京。初演1994年の時は2004年の設定だった。でも、作品の内容に、この年号はあまり関係ない。上演時点での風俗が書かれているわけではないから。ヨーロッパでなにかの戦争が続き、美術品が東京に大量に疎開してきている。その美術館のロビーをいきかう、様々な人・グループの会話、という内容である。
日本人同士のたわいのない会話に比べ、フィリピン人、ロシア人(今は日本国籍取得)、アメリカ人たちの会話に、生き方や政治社会観の違いも込められていて、彼我の差が感じられる。当の外国人のセリフにも「日本人はこういう話を嫌うから」とある。またフィリピン人が平和維持軍にはいるというのを小耳にはさんだ、日本人が「戦争はんたーい」と皮肉る。こんなところにも、日本人の平和意識の強さと、軽さが、海外との対比で示されている。
日本人だけのバージョン以上に、それぞれのグループの違いが民族や国の違いと重なって意味を強めている。
このあと、通常バージョンを観る予定だが、この違いは、どう感じられるだろうか。
「セミパブリック」を場面のキーワードにする平田オリザだが、「セミパブリック」の度合いは、作品により大分違う。「東京ノート」の美術館ロビーは、最も公寄りの設定である。互いに全く知らない7組が互いに知らないまますれ違うので、「ソウル市民」や「冒険者たち」以上に、人間関係は薄く、乾いた雰囲気の舞台である。
多国籍のスタッフで作ったという舞台美術が面白い。天井から垂れ下がった、白い長いモビールのような装飾など、美術館の雰囲気をよく出してい
グッドバイ
東宝・キューブ
シアタークリエ(東京都)
2020/02/04 (火) ~ 2020/02/16 (日)公演終了
満足度★★★★★
笑った、笑った。戯曲も拍車も美術も見事にハマった大変な傑作である。太宰治の原作部分はすぐ終わってしまう(30分くらい)。そのあとのケラの展開が、奇想天外。女たちに「グッドバイ」をいうはずが、逆に次々「グッドバイ」を言われる。田島(藤木直人)が落ち込むところを謎の「大体の占い師」に、元身近な「大食漢」の女性こそ本当に幸せな相手、と諭される。その直後、追い剥ぎに襲われ、世間では死んだと思われるが、実は生きていて記憶喪失になった。というところで1幕終わり。この展開は、太宰治は決して考えない代物。潔い飛躍ぶりが小気味よい。
この大食漢、ことソニン演じるキヌ子が、本作のかなめの女性である。そのソニンがうまい。ダミ声で、やさぐれた演技は大女優・大竹しのぶそっくり。ビックリである。
第二幕は田島(藤木直人)の一周忌の日に愛人、元妻が全員揃うところから始まる。女たちの喧嘩がまたおもしろい。いいアンサンブルである。この多人数の喧嘩はやはり舞台ならでは。小説だと、誰が誰だかわからなくなってしまうし、「〇〇が」「××が」と人物を指定しているうちにまだるっこしくなるだろう。
夫が妻に冷たいのは、甘えているから。仕事と愛人に一生懸命で、妻は棚上げ。妻は夫を愛しているのに、耐え切れずに別れる。この夫婦の関係は身につまされる。(評者に愛人がいるわけではない、念のため)。二幕のふたりが語り合う場面など、しみじみさせるものがある。
最近、今ひとつの舞台が多かったが、久々に弾ける舞台を見て、元気が出た。
セビリアの理髪師
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2020/02/06 (木) ~ 2020/02/16 (日)公演終了
満足度★★★★
楽しくコミカルなオペラであった。技巧的、装飾的というのか、早口言葉のような曲が多い。これはベルディ、プッチーニなどより後の時代の作曲家にはないもの。スタンダールは『ロッシーニ伝』第29章の最後に「声域の〈広さ〉だけでなく、〈装飾音の質の高さと性質〉をも克服しなければならないのだ」と書いて、ロッシーニの歌は難しすぎて、そのうち演奏できなくなると予言した。そのとおり39作のロッシーニの作品で、現在上演されるのは数作しかなくなっている。
「セビリアの理髪師」を見るのは、2016年の新国立劇場公演についで2回目。前回と比べて思ったこといくつか。ヒロインのロジーナは前回の方が可愛かった。後見人バルトロの滑稽さは今回が際立つ。特にロジーナの歌のレッスンの間の黙劇など。アルマヴィーヴァ伯爵は、前回若いハンサムな歌手だったので、ぴったりだったが、今回は太った中年男。流石に若い娘の心を射止める説得力はないかわり、変装などの滑稽味が目立った。フィガロは意外と脇役。それは今回も変わらない。演出は変わらないはずだけれど、前回はヒロインが目立った。今回は男たちのばかし合いが印象に残った。
少女仮面
トライストーン・エンタテイメント
シアタートラム(東京都)
2020/01/24 (金) ~ 2020/02/09 (日)公演終了
満足度★★★★
若村麻由美がとにかくすごかった。真っ白な羽根飾りを背負った宝塚男役スターにして、「嵐が丘」のヒースクリフという愛の亡霊であり、ファンたちの夢にすべてを奪われた肉体の乞食。その上、「男」を装いながら「女」の性に縛られ、満州の満鉄病院で生理の血を流し、怪物・甘粕大尉と出会った歴史的存在。論理を超えた情念と怨念を全身から撒き散らす、鬼気迫る演技だった。
戯曲は有名で読んでいたが、舞台を見たのは初めてだった。なので、ほかの舞台との比較はできないが、70年代の伝説を作った頃と違って、客席の反応がクールなのは仕方がないだろう。前半のタップダンスや歌やギャグで、もっと拍手や歓声で盛り上がってもいいのだけれど。でも、水道男が「(喉がこんなに乾くのは)焼け跡とぎらつく太陽のせい」と言って以降、若村演じる春日野が旧満州へと飛躍するクライマックスは、舞台に釘付けにさせられた。終演後のカーテンコールの拍手は非常に盛大だった。アフタートークがあるので、カテコは二回だったけれど。
若村麻由美の話すセリフがによって、その場にない満州がぱっと立ち上がってくる。唐十郎の言葉の詩的イメージ喚起力をまざまざと感じることができた。
沖縄世 うちなーゆ
トム・プロジェクト
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2020/01/25 (土) ~ 2020/02/02 (日)公演終了
満足度★★★★
沖縄返還直前の1972年、島袋亀太郎(下條アトム)が、引退を口にする。やっと念願かなって祖国復帰で、これから沖縄を良くしようというときになぜ。商売を伸ばしつつカメタロウを支えてきた妻(島田歌穂)と、父とは距離を取ってきた息子(原田祐輔)、「復帰党」の同志ふたりが、米軍占領下での亀太郎のたたかいをふりかえっていく。ほかに妻の友人でやはり商売上手な春子(きゃんひとみ)
現在から、過去をフラッシュバックしていく形式(「生きる」型か)で、亀太郎のたたかいを描く。モデルはご存知、瀬長亀次郎。有名な演説の名文句などもしっかり使っている。沖縄警察で暴動をまとめた場面、さらには那覇市町に当選しながら、アメリカの法律を変えてまでの卑劣な策で追放された場面が一番の盛り上がりだ。「生きる」型にすることで、メリハリのついた評伝劇になったし、父に批判的な息子からの視点で、亀次郎をよく知らない人にも入りやすかったと思う。
「所詮アメリカの前では蟷螂の斧」とか「俺のしてきたことは徒労だったのではないか」という亀太郎の「悩み」(亀次郎の、ではない)を作者は盛り込んでいた。その悩みに対する家族の励ましの言葉は、前半の亀太郎の言葉と重なっている。亀太郎は「勝ち負けなんて関係ない。私たちは戦わなければならないんだ」と言っていたし、「アメリカが一番恐れているのは連帯だ」と人民の力への信頼にゆるぎはなかった。これは亀次郎のものでもある。
「不屈の男」の話を聞いて春子もいつも元気になったと言っていたし、私も亀治郎の言葉に舞台で触れて元気が出た。より良い未来のためにたたかうことの大きな意味をあらためて考えさせられた。
沖縄のたたかいをよく知る人が見ればさらに感動は大きい。終盤では結構、客席で鼻をグズグズさせている人が多かった。