満足度★★★★
初めて見る「炎の人」。三好十郎はもっと傑作があるのかもしれないが、有名な作品である。ゴッホの炭鉱地帯での宣教師時代から始めるのが意外だったし、知らなかった。そんな経歴があったとは。労働者の貧困とたたかい、さらにパリでの作家仲間たちの流行の不可知論に対し、現実のものはある、それを描くというゴッホの愚直な唯物論は、この台本の書かれた50年代の社会主義と労働運動の勢いをバックに持つものだろう。
ゴッホの、自分は30歳から絵を始めたから時間がないという焦りが、彼の短く燃え尽きた画家人生の根底にあるということもよくわかった。最後に「ゴッホはぼくたちと同じ人間だった」(記憶なので不正確)と、ゴッホの死後、人々が追悼する。間違ってはいないがもちろん、ゴッホの特別さはやはり否めない。
若い藤原彰寛(文化座)が、ゴッホの一途にのめり込む熱情と自信のもてないコンプレックスを熱演して、素晴らしかった。とにかく泣いたり怒ったり、甘えたり喜んだり、不安定な人格で、感情の振幅が極めて大きい。これはやりがいのある役でもあろう。逆にゴーガン役の鍛冶直人(文学座)のシニカルともいえる冷静さが冷たすぎるように私には見えたが。
佐々木愛を筆頭に、脇役のベテラン陣はさすがにうまい。しかも、みなマイク無しでも大きな劇場内に声が響き渡る見事な発声。新劇の演技訓練の蓄積を見直させるものである。
3時間5分かな。コロナ騒ぎで上演期間が2日短縮されたのは残念だった。