シェアの法則
劇団青年座
ザ・ポケット(東京都)
2021/01/22 (金) ~ 2021/01/31 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2021/01/22 (金) 18:00
座席1階
シェアハウスの物語というと、住民の人間模様とか軋轢とかの話だろうな、と軽く予想して中野へ向かった。果たしてこの舞台、大家一家の人間らしい物語が絡むというちょっと予想外の展開で、満足度は非常に高かった。脚本の勝利だと思う。
駅近なのに格安のシェアハウス。住民たちの話題は大家の奥さんにとてもよくしてもらった、というところから始まる。その奥さんは入院しており、1か月もすれば退院してくるだろうという。ところがこの奥さん、住民たちの物語を結ぶ影の主人公なのにもかかわらず、最後まで姿を見せない。この点が最大の「予想外」であり、ここから涙腺が緩むストーリーが転がっていくのである。
ラストシーンかと思われたところ、人への思いやりが大切、という話がでてきて失礼ながら「ちょっとありきたりで説教臭いな」と感じてしまった。ところが暗転後にまだ、舞台は意外なエピソードが盛りだくさんという形に花開いていった。
あまり書くといけないのでこの程度にしておくけど、とにかくこのシェアハウス物語、いい意味の意外性が何度も訪れ、そのたびに舞台に気持ちが吸い込まれていく。まさに見ずにはいられないという気持ちになる。
脚本を書いた岩瀬晶子さんは青年座研究所を卒業して、劇団日穏を主宰している。青年座に書き下ろすのは初めてのようで、いわば故郷に錦を飾ったようなものだ。戦争や差別など社会派の作品が特徴というこの劇作家に、注目していきたい。
とてもすっきりした気分で久しぶりの中野、ザ・ポケットを後にした。演劇のよさというのは、こういうところにもあるのだ。緊急事態宣言下で、なんだか演劇を観に行くということすら周囲に言いにくいような雰囲気である。でも、観てよかった。私にとってはこの舞台はお得感満載の、価値ある舞台だった。
ハンナのカバン
劇団文化座
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2021/01/09 (土) ~ 2021/01/17 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2021/01/13 (水) 19:00
座席1階
文化座には珍しいミュージカル。ストレートプレイでなくミュージカルでホロコーストを取り上げたのは、子どもたちへのメッセージとして成功していると思う。
アウシュヴィッツ博物館から東京のホロコースト教育資料センターに、展示品の一つとして届けられたのが、ホロコーストで命を絶たれた少女、ハンナ・ブレイディの旅行かばんだった。家族でただ一人生き残ったハンナの兄・ジョージが、これをきっかけに訪日し、日本の子どもたちと出会った。この物語は児童書になっていて、今回、文化座も忠実に舞台化した。
ヒトラーによるユダヤ人虐殺は教科書にも載っているから、多くの子どもたちが知っているだろう。だが、なぜユダヤ人が迫害されなければならなかったか、という疑問は出る。今回の舞台で、そこにきっちり答えを出しておくと、子どもたちにもより分かりやすい舞台になったと思う。
途中休憩をはさんで二時間半弱。鍛えられた役者たちによるミュージカルは、物語の説得力を増すのに十分効果があった。やはり、戦争と平和という大きなテーマでは、文化座の舞台は力強さを感じる。このコロナ禍ではあるが、多くの子どもたちに見てほしい作品だ。
ザ・空気 ver. 3
ニ兎社
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2021/01/08 (金) ~ 2021/01/31 (日)公演終了
満足度★★★
鑑賞日2021/01/08 (金) 19:00
座席M列
価格6,000円
二兎社の「ザ・空気」シリーズは評判である。Ver.3上演と知って、コロナ禍ではあるが初日のチケットを予約した。おりしも緊急事態宣言発令直後。劇場はどうかと思ったが、一番後ろまでキチキチの満員だった。私のようなファンがそれだけ期待しているということだ。
今回は、テレビ局の討論番組制作をめぐる物語。政府べったりの発言をする評論家(佐藤B作)を迎えての番組が異動前の最後の仕事となったチーフプロデューサー(神野三鈴)。彼女はリベラルで政府に批判的な番組を作ってきたため更迭されたとのうわさもあった。しかし、舞台は意外な方向に転がっていく。この評論家は新聞記者上がりなのだが、社会部時代は政府すり寄りどころか国民に知らせるべきニュースを発掘して報じてきたという過去が明らかにされていく。そんな中で、彼が持ち込んだ大変な特ダネ。そのまま報じれば、時の内閣が吹き飛ぶほどの大変なニュースだった。
このテレビ局は局幹部が政権上層部と会食をするなど、まあ、政府に忖度をするような姿勢であった。テレビ局は放送法で縛られ、総務省からの免許事業であるため、多かれ少なかれそういうところはある。だが、内閣を直撃するようなネタを得たとすると、それに局の幹部がストップをかけることができるのだろうか。
舞台では「編集権」という言葉を持ち出して、経営者が編集権を持っているから、現場がいくら報じようとしても編集権を盾にストップする、ということが紹介される。確かに、社の幹部が編集局長とか編集担当取締役とかの職について現場を抑えるという会社もある。しかし、これはマスコミが批判されている一つの側面ではあるものの、日本のメディアのすべてではない。新聞記者も放送記者も、気骨のある奴は少なくない。書かねばならぬことは左遷されようが職を賭しても書くのだ。忖度するやつもいるが、そんな奴ばかりじゃない。日本のメディアはそこまで落ちぶれてはいない。
永井愛さんのシナリオは社会性にあふれていつも面白いが、この舞台に限っては見方はかなりステレオタイプであり、一面的と言わざるを得ない。舞台の観客が日本のメディアはこの程度だと思ってしまうことの方が、害悪が大きいのではないか。ちょっと大げさかもしれないが、アメリカのトランプ大統領が大手メディアをフェイクニュースと決めつけているようなところを感じた。
だが、ストーリーや仕掛けは面白い。今回はコロナ禍ということをひっかけ、登場する評論家は体温を測るのだが、こうしたギャグや、スガ総理の迷言を借用しているのも爆笑だ。
ある八重子物語
劇団民藝+こまつ座
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2020/12/18 (金) ~ 2020/12/27 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/12/24 (木) 13:30
座席1階
劇団民藝が井上ひさし作品に取り組んだ。こまつ座とのタッグだ。
誰もが知る初代水谷八重子をめぐる舞台なのだが、八重子が登場するわけではない。物語は、全員が熱烈な八重子ファンという医院を舞台に進行する。
民藝の舞台には珍しいドタバタ喜劇という側面もある。マスク着用だから、劇団側としてはこういう閉塞的なご時世だからなおのこと、思い切り笑ってほしかったという意図も感じる。杖をついたご高齢者も目立つ客層で、なかなかゲラゲラ笑うという状況は見られなかった。だが、陸軍への入営に寝坊して間に合わずに逃げて兵役拒否になったような若者をかくまったりする昭和のバラエティー番組のようなエピソードや、注射器で水を噴き上げて遊ぶなど「八時だよ!全員集合」みたいなギャグも登場する。
舞台は10分間の休憩をそれぞれ挟んで3幕。戦中戦後の時代に沿ってまとまっている。第三幕は戦後で、ようやく訪れた平和にがらりと舞台の空気感が変わるが、基本的には全編喜劇である。79歳の日色ともゑはこの舞台でも元気な姿。いつもながら勇気づけられる。
アルジャーノンに花束を
劇団昴
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2020/12/17 (木) ~ 2020/12/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/12/18 (金) 18:30
座席1階
ダニエル・キースの名作。彼が亡くなったというニュースが流れた時はショックだった。1990年から上演し続け、キースがメッセージを寄せた記録もある劇団昴のメンバーにとってもショックだったろう。この名作は、小説よりも舞台で輝くと思う。今もこのコロナ禍にもかかわらず上演が続けられているということで、キースも喜んでいるのではないだろうか。
この演目は実際、日本の他の劇団でも上演されていて、自分も機会があればみてきた。だが、やはり今回の舞台は感動的だった。コロナ下での厳しい状況での上演だったことも、役者の思いとなって客席に伝わり、それが感動の度合いを増したのだと推察する。
主役のチャーリー・ゴードンを演じた町屋圭祐は秀逸だった。知的レベルがどんどん高まっても、それに情緒的な力が追いついていかない、このいかにも人間らしい部分をうまく表現していた。そして何よりも、チャーリーが元の知的レベルに戻った時の彼の安心しきったような、底抜けな安堵感の表情がとてもすばらしかった。人間は実験道具でもないし、知的障碍者は単に知的レベルが普通になれば幸せになるなんてことはない。人間は一人一人が多様で、そのままで認められ、愛される存在であるのだ。
そういうところを、結果的に実験に協力する形となってしまった知的障碍者センターの先生を演じたあんどうさくらもすばらしかった。特にラストシーンに近いところでチャーリーに愛情をあふれさせる場面は見る者の胸を熱くさせた。パンフレットによると、昴の名作(であると私は思っている)「谷間の女たち」にも出ていたとある。あの舞台ではどんな役を演じていたのだろうか。もう一度見たいという思いだ。
もう一つ、アルジャーノンの姿をどう舞台で描くかというところもこの原作からの焦点だと思うが、もう少し実在的に描いても良かったかもしれない。実験動物が意思や知能を高めていき、人間のパートナーとなったのだ。その姿がもう少しリアルにあったほうが自分は好きだ。
シアターウエストの席を互い違いに封鎖して満席の半分以下にして行われた。東京都の感染者数が過去最高になるような状況だから、神経質になるのは分かる。自分も行くのは少しためらわれたが、この舞台は本当に行ってよかった。
花トナレ
劇団桟敷童子
すみだパークシアター倉(東京都)
2020/12/01 (火) ~ 2020/12/13 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/12/09 (水) 14:00
座席1階
桟敷童子の舞台の楽しみの一つは、その舞台装置だ。同じ敷地内に新劇場として移転した最初の舞台。検温、消毒をして入ると真っ赤な曼殊沙華が咲き誇っていた。言うまでもなく、今回の舞台の象徴である。
物語は、二つの寒村の住民がぶつかるという設定で進むが、本当の敵は舞台には表れてこない都会の住民たちだ。物語では直接触れられていないのであくまでも客席からの推測だが、都会の住民はゴミや汚物を寒村に運んで捨てる。猛烈な悪臭。それは物語の登場人物が時々鼻をつまむ「へ」とは比べ物にならないくらいの強烈さだ。村人たちは、そういう匂いの中で暮らさなければならないのだ。
臭いを舞台空間に流すのはさすがにできない。その代わりのアイテムが「死人(しびと)花」とも言われる曼殊沙華なのだろう。真っ赤に咲き誇る曼殊沙華は、やがて、舞台の中央にも現れる。他者の痛みを顧みない日本の社会への警告だろうか。その赤さは、暗い舞台に不気味なほど存在感を持って迫ってくる。
もう一つの舞台装置は、風である。相当強烈な風を出す送風機が客席側から舞台に据えられている。それはまるで、都会の住民が、被害者である寒村の住民をなにごともなく吹き飛ばすような装置に見えてくる。
一度捨てれば「なかったもの」として都市の住民が忘れる廃棄物。においを発するものだけではない。音も臭いもなく人間をむしばむ放射線だって過疎地に捨てられているではないか。「花トナレ」と連呼する役者たち。客席に届くメッセージは、鋭いものがあった。
明治百五十年異聞『太平洋食堂』『彼の僧の娘』
メメントC+『太平洋食堂』を上演する会
座・高円寺1(東京都)
2020/12/02 (水) ~ 2020/12/06 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/12/03 (木) 13:00
座席1階
大逆事件を紀伊半島・熊野から描いた物語。メメントCの代表的な演目で、再び「開店」となった。熊野の医師・大石誠之助が貧富や身分の区別なく食卓を囲むレストランを開いたところから物語は始まる。
政府による言論統制が強まろうとしている時期、熊野という「地方」でも日露戦争を戦う日本国民の戦時高揚ムードが高まり、平和を愛する人たちへの言論的な圧力が強まる。太平洋食堂は言論の自由空間でもあった。劇中、「大日本帝国、万歳」ではなく「大日本帝国、アブナ~イ」という場面では拍手も起きたが、それは現代日本政府の巧妙な言論弾圧(日本学術会議で特定のメンバーが就任を拒否されたこと)に通じるからにほかならない。
休憩を挟んで3時間30分近くの長丁場だが、青年劇場や青年座、民藝、文学座などから実力俳優を迎えて総力戦という舞台に、ひきつけられた。藤井ごうの演出も切れがあってよかった。
最終盤、大逆事件裁判の論告や最終弁論が出てくるが、これは今回の改訂で盛り込まれたということだ。これがあることで、太平洋食堂の存在がより明確になるし、いかにこの裁判が政府の一方的な断罪であったか、当時既に大きくゆがんでいた日本の司法を浮き彫りにするというバージョンアップがなされている。
拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿【岡山公演】
燐光群
岡山市民文化ホール(岡山県)
2020/12/01 (火) ~ 2020/12/01 (火)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/11/17 (火) 19:00
座席1階
二つの直訴状というアイテムを時代を超えてつなげた。先の戦争での旧日本軍幹部、そして現在、財務省幹部の指示による公文書改竄。指導者への忖度、仕事への誇りを捻じ曲げられ犠牲になる現場。坂手洋二はこの国の組織の体質は何も変わっていないと明示する。
二つの時代が交互に進化するが、わかりやすい構成だ。歴史と時間を追って、役者たちは二つの役割を演じていく。燐光群には欠かせない円城寺あやのかすれ声が気になった。大丈夫かなと思ってしまう。
戦前と戦後で日本人の本質は何も変わっていないとよく言われ、特に今は新たな戦前ではないかと言われても久しい。だからこの舞台の訴えるところに新味はない。それでも坂手は作り続けなければならないのだろう。そして、自分たち観客もそれを確認し続けなければならないのだろう。世の中、変わらないからもういいよ、と言った瞬間から、戦前の再来は現実になる。
唐版 犬狼都市
新宿梁山泊
下北沢 特設紫テント(東京都)
2020/11/14 (土) ~ 2020/11/22 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/11/16 (月) 19:00
座席1階
歌舞伎町・花園神社で上演予定だったこの舞台は、下北沢の小田急地下化でできた空地にテントを張って、出演メンバーも少し入れ替えて行われた。
地上の大田区と地下鉄でつながる地下都市の犬田区で生きる男女の物語。唐版を見ていないので分からないが、おそらく今回は新宿梁山泊テイストに染め上げた演出だったのではないか。コロナ対策を兼ねて客席左右の幕を開けての演出、元法相夫婦による選挙違反など時事ネタを盛り込んでの金守珍ワールドだったが、客席の反応はいつもよりおとなしかった。観客側から見てもコロナの影響はぬぐえない。
主役級の水島カンナはこの日も奮闘の2時間半だったが、せりふをかんだりいつものカンナさんらしいすごみが薄れていた気もする。一方、オレノグラフィティの鬼気迫る演技は迫力があった。
さて、テント上演でのラストシーンにある舞台裏幕の開放だが、バックの景色、借景というかこれはとても重要。ただ、場所的にスーパーオオゼキのネオンとかが目立って、現実に引き戻されてしまった。仕方のないことではあるが、やっぱり場所は大切だと思った。
プレッシャー
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2020/11/11 (水) ~ 2020/11/23 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/11/13 (金) 14:00
天気予報は軍事機密だったと聞く。ノルマンディー上陸作戦が天候を考慮し予定より一日遅れたというのは歴史で学んだが、背景にこのようなドラマがあったとは知らなかった。いつもは3時間というと長いという感想が多いのだが、今回の舞台はそんな長時間座る苦痛など感じない、舞台に引き込まれた3時間だった。
米英の気象学者が正反対の予報を出した。自分も英国には行ったことがあるので分かるが、とにかくこの国の天気は変わりやすい。地元の人と話すとお天気の話題から始まるというお国柄だ。そういう意味では、この変わりやすい天気を熟知している英国の気象学者の方に分があったと言える。
だが、ことは軍事作戦だ。天気だけでなく、月夜であるかどうか、敵が極秘作戦に気付いていないかなどさまざまな要因が作戦遂行を決める要素になる。舞台では、加藤健一演じる英国の気象学者が「(司令官の)アイクはもう結論を決めている」と嘆く場面が出てくるが、最終的には天候の安定が史上最大の作戦に決定的に影響することになる。
原作がそうだったのだと思うが、いつもピーカンのカリフォルニアやフロリダの天候だからと米国の気象学者を小ばかにするようなくだりがあったのはおもしろかった。このあたりは大ざっぱなアメリカ人と緻密(かどうかは分からないが)な欧州との連合軍がうまくかみ合ったから作戦が成功したのだろう。
加藤健一と共演を重ねる加藤忍が今回、軍人なのに妖艶な雰囲気をうまく出していてとてもよかった。
カトケン事務所得意の抱腹絶倒劇ではなかったのは、新型コロナウイルスの感染防止対策だったのだと思う。笑わせる要素はそこかしこにあるが、くすりという笑いであり、そういう意味ではとても配慮された演目のチョイスだったのではないか。また、幕間の15分、非常階段のドアを開け放って換気していたし、座席の間隔も開いていた。加藤健一事務所の今年の公演は結局、これ1本しかできなかったという。そういう意味でこの座組の意気込みというか、何としても無事に終わらせ、かつ、客席を楽しませるのだという空気を感じた。
(本多劇場の非常階段を初めて見た)
火の殉難
劇団俳優座
俳優座スタジオ(東京都)
2020/11/06 (金) ~ 2020/11/22 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/11/11 (水) 14:00
座席1階
劇団チョコレートケーキの古川健作。俳優座への書き下ろしで、世代を超えた舞台に仕上がるのではないかと思って出かけた。だが、今回の客席のほとんどが、高齢者であった。マチネということもあったかもしれない。
高橋是清の人生を新聞記者の取材という切り取り方で描いた。それはそれでよいのだけれど、時代が前後するのと場面が切れ切れになっていて分かりにくさがある。時系列に並べても問題はなかったのではないか。あと、やはり休憩を挟んでの3時間は長い。この中身ならもっとコンパクトに、リズム感のある作品に仕上がったのではないか。
しかし、さすがに役者たちの演技力はすごい。高橋是清役の河野正明が特に素晴らしかった。「話せばわかる」人だけに、難題を吹っ掛けられても物腰柔らかに対応する。相手の意見もじっくり聞く。高橋是清という人はそういう人だったのだろう。それを十分に想像させる演技力だった。
今の問答無用、都合の悪いことは逃げる、説明も拒む政治に辟易していると、このような理を尽くし、反対意見も認めて進める政治がとてもうらやましく感じられる。この舞台に登場する犬養毅もそうだが、そうした気骨のある筋の通った政治を問答無用の銃弾で粉砕し、自分たちのやりたいことをやる。ここでは軍部がやりたいこととは戦争の遂行であったが、現在の政治も論議を避けて逃げ回り最後はやりたいことを強行している。今のところ戦争ではないからいいかもしれないが、やはり、こういう政治を見逃していてはヤバい。戦争に突き進んだ過去を嫌でも思い出してしまう。
「殉難」という言葉は古風な感じもするけど、今の時代に殉難が起きないことを切に願う。
忖度裁判
ワンツーワークス
シアターX(東京都)
2020/10/31 (土) ~ 2020/11/08 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/11/05 (木) 14:00
社会派劇のワンツーワークスの新作なので期待して出掛けた。裁判員裁判で何を忖度しているのだろうというところが最大の焦点だったのだが、そのあたりは少し分かりにくかったような気がする。
裁判員裁判で、裁判官と裁判員の関係は微妙だ。訴訟指揮という点では裁判官が行うので、裁判官の敷いたレールに乗っかって裁判員が判断するというのが大方の裁判員裁判である。この制度ができたときに、裁判所が求めたのは「司法に市民感覚を入れる」。では、裁判所に市民感覚はなかったのか。舞台ではそのあたりもチクリと描かれる。
強気の検察にそっと援軍するという裁判長の訴訟指揮が描かれる。そういうことは現実にあるのかもしれない。そのままいったら無罪判決になりかねず、そういう意味では世間の支持を得られない判決を書いたという法廷として非難されることになるからだ。
自分としては、評議の場面だけでなく実際の法廷も描いてほしかった。そして、検察と弁護側の論理もきちんと書いた方がよかったと思う。評議の場面と、裁判員の私的な葛藤のクロスオーバーは成功しているとは言えないのではないか。
JACROW#29「闇の将軍」シリーズ第3弾
JACROW
サンモールスタジオ(東京都)
2020/10/22 (木) ~ 2020/11/08 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/11/04 (水) 19:30
座席1階
第一話と第二話を見ているので、第三話の「常闇、世を照らす」を拝見した。安倍一強の独裁政治に辟易していると、金権政治といわれながらも田中角栄の人間的な側面、有権者への熱意などがとても新鮮に感じる。もちろん、刑事被告人となり有罪判決を受けた田中角栄をその面では評価できるものではないが、この舞台は、田中政治の人間くさいところをうまく表現していると思う。
舞台に登場する自民党の派閥の領袖たちもおもしろい。諸悪の根源と言われた派閥政治だが、今の自民党が安倍独裁で萎縮してしまい、さらなる独裁者管首相の強権的な振る舞いなどを見ていると、当時の方がよっぽど民主主義的だったと言えなくもない。
田中角栄、娘の真紀子、山東昭子はとてもよく似ている。大平首相は「あーうー」という物言いはまねしているものの、もう一歩かな。でも、似ているとかどうとかいう問題ではないのだ。それぞれの持ち味がよく出ていると思った。
このシリーズは日本の政治の権謀術数を描いている。今も当然そういうことは政治の一部としてあるのだが、やっぱり登場人物たちの力がそこそこ均衡していないと、舞台やドラマにしにくいだろう。そういう意味では、今の自民党政治はドラマにもなりにくい、つまらないものだと言えるかもしれない。劇場を出てそんなことを考えた。
私はだれでしょう
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/10/09 (金) ~ 2020/10/22 (木)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/10/12 (月) 13:00
座席1階
終戦直後のNHKで、戦争の混乱などで行方がわからなくなった人を探すラジオ番組「尋ね人」の制作を舞台にした物語。戦争中は軍部が厳しい検閲をしたが、戦後はGHQが同様に厳しい検閲を強いた。占領政策を批判するようなものはご法度。当然、広島や長崎の原爆に触れるものも駄目だった。
舞台はピアノ演奏と共に進行する。ミュージカル仕立てでもある。長身の朝海ひかるが、ビシッと筋を通して検閲に楯を突く。枝元萌は軽快な動きで舞台を駆け回る。休憩を挟んで3時間を超えるが、長い会話劇も引き締まった空気で進んでいく。
日本学術会議のメンバー不承認など、事前検閲のようなことは今も行われている。こまつ座がこの演目を今、再演したのは非常にタイムリーなことだ。検閲は今でも行われている。そして、それに盾つこうという人たちはいる。こうしたことを考えさせられる舞台だった。
ブルーストッキングの女たち
劇団青年座
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2020/09/26 (土) ~ 2020/10/04 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/09/28 (月) 18:30
座席1階
演出の斎藤理恵子さんがパンフレットで書いているように、ここに登場する男も女もとんでもない奴らばかりなのだ。青鞜社をつくった平塚らいてうとその周囲の女たちの物語だ。大杉栄などは自分勝手な女たらしもいいところで、今の時代なら絶対に糾弾されている人生だった。そういう意味では、時代に抱かれて自由に生きられた男女であった。
でも、さすがに「とんでもない奴ら」と切り捨てた女性演出家だけあって、伊藤野枝に厳しいところが随所に出てきて興味深い。自分の印象では野枝はバリバリ働いて自由奔放好き勝手に時代に背いている女性、という感じなのだが、この演出家はまるで時代劇に出てくる力なき女のように、よよと泣かせる場面をつくったのだ。
群像劇だから例えば島村抱月とか松井須磨子とか荒畑寒村とか、それぞれの場面を描いている。だがやっぱり、もっと野枝に絞って展開したほうが面白かった気がする。いっそのこと伊藤野枝物語にして、史実にはでてこないような野枝の素顔を膨らませて客席を楽しませるという切り口はあるかな、と思った。
星をかすめる風
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2020/09/12 (土) ~ 2020/09/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/09/18 (金) 19:00
座席1階
若くして日本の刑務所で獄死した韓国の国民的詩人、ユン・ドンジュの物語。青年劇場に初登場となる温泉ドラゴンのシライケイタの脚本・演出ということで期待して出かけた。
福岡刑務所で鬼と恐れられていた暴力看守が殺害される。看守がきていた服からは一編の詩が書かれた紙が見つかる。所長に殺害犯の特定を頼まれた若い看守が収容されていた朝鮮半島出身の罪人たちの取り調べを始めた。「あんな暴力男に恨みを持っていないやつはいない」との供述が続出し、犯人は簡単に割り出せたと思われたのだが。
舞台は休憩をはさんだ後半に大きく動く。先の戦争中、朝鮮人たちを多く収容していた刑務所という極限的な舞台設定で、人間の優しさ、温かな心の動きなどが随所に顔を出すのがとてもいい演出だと思う。そのものは出てこないが、塀の外と中の凧揚げ合戦は、客席の想像力を膨らませる舞台設定だ。誰も見ていないのに、外で凧を揚げているのが小学生くらいの女の子という人物設定もすんなり受け入れられ、その心の交流に想像が膨らんでいく。シライ演出の妙だと言える。
青年劇場の演目では反戦劇が多く、今回もほぼ同じ方向性である。だが、シライケイタの劇作家としての、あるいは演出マインドがいつもの作品とは違うテイストに仕上げ、客席にこれまでとは違う風を吹かせたと思う。カーテンコールの拍手にそれを感じた。秀作だ。
拝啓、衆議院議長様
Pカンパニー
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2020/09/17 (木) ~ 2020/09/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/09/18 (金) 14:00
価格5,500円
昨年に続く再演。注目の裁判も終わっているが、再演の舞台はどう変わったか。初演に続いて足を運んだ。
昨年よりも、結論が重く感じた。命の価値に差をつけることが、空気感としてより強まっているからではないか。新型コロナで全国に差別感情が広がったからか。死刑になることが決まったのだから、あの一人の男の問題だからもう忘れていい、そんな無言の世論を感じたからか。
命に差をつけられない。何回見ても、結論は同じなのだが、そこに至るまでのルートが違う。再演を見て発見した。
センポ・スギハァラ
劇団銅鑼
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2020/09/17 (木) ~ 2020/09/22 (火)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/09/17 (木) 18:30
カーテンコールで役者全員が揃った時の皆の笑顔が輝いた。客席はいつもの半分以下だが、芝居が始まったという満足感のようなものだと思う。拍手をしている自分たちも、芝居を見られる満足感に浸された。
劇団銅鑼の伝統の演目だが自分は見るのは初めてだ。命のビザ、杉原千畝の物語。解説は無用だ。何も考えずに舞台に没頭できた。
杉原氏の人柄がよくわかる演出だ。ビザ発行で助けられるユダヤ人家族の物語も対比させながら、本国の訓令に逆らってまでも通過ビザを出し続けた杉原氏と緊迫した当時の世の中を浮かび上がらせる。
途中休憩(10分間)はない方がよかったか。もう少し前半の会話劇を精選して、2時間ちょっとに抑えながら一気に駆け抜けた方がよかったと思う。
音楽劇「風まかせ 人まかせ」~続・百年 風の仲間たち~
新宿梁山泊
ザ・スズナリ(東京都)
2020/08/06 (木) ~ 2020/08/16 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2020/08/14 (金) 14:00
座席1階
このどうしようもない国、でも、愛すべき仲間たちがいるこの国に捧げるこれからの100年の歌。梁山泊らしさあふれる期待通りの舞台だった。
物語は、本日をもって閉店するライブハウスが舞台。ライブハウスといえば新型コロナウイルス感染のクラスターが発生したりして世の中から目の敵にされている。消毒、ビニールやアクリルによる遮断、マスク着用。これらが舞台ではきっちりと守られ、今の世の中を映し出す。演劇を観るということも後ろ指をさされそうな空気の中で、マスク着用の客席(椅子はいつものスズナリの半分だ)とともに、生の舞台こそ最高なのにという思いが充満する。(アベノマスクが捨てられるところはおもしろい)
本当は、梁山泊の本拠地・満点星で繰り広げたい舞台だ。しかし、スズナリも悪くない。役者も観客もマスク姿ならば文句はないだろう。ここで見て驚いたのは、金守珍(ライブハウスのマスター役)の声が通ること、通ること。ほかのメンバーたちも含めて、マスク越しに「普通の舞台」を演じるパワーを感じられる。
主役級の存在感がある中山ラビのほか、日替わりで登場するゲストも見逃せない。ちなみに明日と明後日は六平直政や小室等が登場する。もう一回見に行こうかな。
終戦直後の流行歌から、時代を追って「あの曲」が楽しめる仕掛けもある。でも、インターナショナルを一緒に歌える人は、もう、高齢者の部類であろう。
多様性が当たり前の国になるのはいつのことだろう。次の100年で実現するのだろうか。国の成り立ちからメルティングポットと自称したアメリカも分断するくらいの嫌な世の中だ。舞台中で金守珍が叫ぶ「韓国系日本人が認められるようになったら」という言葉に、強く共感する。
フライ,ダディ,フライ
劇団文化座
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2020/08/06 (木) ~ 2020/08/16 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2020/08/06 (木) 19:00
座席1階
新型コロナウイルスの感染拡大でながらくできなかった公演。劇団員たちの意気込みを感じる舞台だった。やはり、舞台人は舞台でこそ輝く。話しに聞くと、休館していた池袋の芸術劇場最初の演劇公演だそうだ。
三好十郎など文化座のアトリエ公演に「慣れて」いた身としては、久しぶりの文化座が席の間隔を広く取ったシアターウエストで、しかもこの演目というのは少し、驚いた。文化座としては、異色の演目と言っていいと思う。
話はテンポよく進んでとても分かりやすい。でも、ちょっとどうかな。ギャグがちりばめられていて面白いのだが、お笑いの切れが今ひとつ。一番面白かったのは、突如登場するおばあちゃんを演じる佐々木愛さんのコメディエンヌぶりだ。
物語の突拍子のない設定は仕方がない。あんな事件があったらまず、警察に通報だよなあ、と突っ込みを入れたくなるが、そんなことはどうでもいい話。やっぱり、舞台はおもしろい。ネット中継では味わえない空気感を久しぶりに味わった。