グレンギャリー・グレン・ロス
天王洲 銀河劇場
天王洲 銀河劇場(東京都)
2011/06/10 (金) ~ 2011/06/19 (日)公演終了
満足度★★★
退屈だった
映画版を確か観てるはず。はるか昔でよく覚えていないけど退屈した記憶もないのだが・・・。
俳優陣の演技に文句はなく、キャストに惹かれて観に行ったのだが、面白いとは感じず、好みに合わなかった。
逆にもう一度映画を見直してみたいなぁと思った次第(笑)。
映画を観てから観に行ったら、少しは違ったのかしら。いや、違わない気もする。
映画と芝居はやっぱり違うもの。
ネタバレBOX
最初の中華料理店の場面の会話で、まず退屈してしまい、疲れが出てきて、
肝心のところで眠気が襲ってきた。
もう少し、演出で何とかならなかったのか。オーソドックスすぎたような気がする。
加藤虎ノ介はやはりいこういうトッポい役が似合う。
石丸幹二はさすがに男っぷりがいいし、坂東三津五郎は歌舞伎以外のこういう芝居でも、彼が出た意味を感じさせる。こういう中年の悲哀みたいなのを出せる年になったんだなぁと感慨深い。
しかし、私が期待したのは、プラスα、もう少しグッとくるものを期待しただけに残念な思いが残った。
地味な芝居のせいか、チケットも余裕があるようで、リピーター割引を実施していた。
ダンシング・ヴァニティ
ピーチャム・カンパニー
Space早稲田(東京都)
2011/06/08 (水) ~ 2011/06/15 (水)公演終了
満足度★★
意欲は買うが・・・
筒井康隆の小説を演劇的に視覚化するのはなかなか難しいと思う。
個人的に大好きな作家で、昭和に書かれたものは愛読していたが、本作は読んでいない。
筒井作品は白石加代子の「百物語」シリーズなどで観たことがあるが、彼女のような力量ある名優の手によって演じられると、小説とはまた違うおかしみや怖さが出て泣き笑いしてしまうのだが、今回の上演作はそれに比べると満足度は低かった。
この劇団、川口、清末両氏ともに、かなりの文学青年で、本公演もその嗜好が強く表れているが、原作の再現にこだわった割に「読み芝居」的にも成功しているとは思えなかった。
夢の世界の反復が筒井氏の文章なら読み飽きないと思うが、演劇となるとそうはいかない。
学生の実験劇ならこれでも「まぁ、そうか」と思うし、小劇場の芝居を見慣れている人なら違和感はないかもしれないが、一般客対象に見せるなら、もっと思い切った脚色による工夫がないと、冗長な印象で魅力に欠けると思う。
若手といっても前身の時代から数えれば、彼らはもう何年もキャリアを築いているのだから。
この手法で見せるなら、せめて1時間40分くらいに凝縮できたのではないかと思った。
ピーチャム・カンパニーの芝居はこのところずっと2時間30分近くの長尺で、それが定番化しているように思うが、「長ければ大作として感動できるか」というと、必ずしもそうとはいえないし、決して成功しているとも私には思えないのだが。
コアな上級演劇ファンさえ観てくれればいいという劇団ならあえて私のような素人客は何も注文はしないがこの劇団にかかわっているメンバーをかなり昔から観てきた者としては残念な思いがある。
チャレンジした意欲と俳優の努力と熱演に敬意を表しての☆2つである。
ネタバレBOX
電光掲示板を使用したり、パントマイム的な白フクロウ(金崎敬江)の存在が目を引き、音楽と共になかなかお洒落な感じだった。
ただ、金崎のダンスと芝居がマッチせず、アンバランスで浮いた印象になる場面もあった。
ビニールプールにたくさんのカラーボールを入れた舞台美術はなかなかのアイディアだと思う。
カラーボールの海から飛び出した面々のオープニングのダンスは世田谷シルクを思わせポップな感じだったが、話が進むにつれ不協和音をずっと聞かされているような辛さが続いた。
脚色というと、タレントの写真を切り抜いて作ったチープなお面による「SPEC」の無意味なパロディーやベタな張り扇やゴムパッチンなどお寒いギャグで、センスの悪さに閉口した。
せっかく古市海見子や小野千鶴のような個性的な女優を排しているのに、男女役を入れ替えて演じてもあまり効果を感じないところもあった。
日ケ久保香の秘書はなかなか魅力的で、前作の「黄金の雨」の役よりずっと良かった。
音域の幅が大きすぎて八重柏泰士の負担になったのか、声帯を傷めてしまったと聞き、俳優の力配分を考えなかった演出の責任も大きいと思った。
荷が重いのか、千秋楽近くでもセリフをつっかえたり、滑舌がうまくいかない俳優もいて、いったい誰のための芝居なのかわからなくなってくる。
パンフの記載で、今回、清末氏が脚本からはずれ、「脚本協力」となっていた。
構成・演出は川口氏が担当されたようで、当初のプランとは変えたらしい。
ピーチャム・カンパニーになってから、全体的に川口氏の影響力や色彩が濃くなっているように感じる。
サーカス劇場の時のように、もっと清末氏が真に書きたいものを伸び伸び書かせてみたらどうだろう。きっちり役割分担し、演出で川口氏の味を出していったらよいと思うのだが。
デンキ島~白い家篇~
劇団道学先生
あうるすぽっと(東京都)
2011/03/20 (日) ~ 2011/03/27 (日)公演終了
満足度★★★★★
震災後、初めて感動した作品
そのことをいち早く書こうと思ったのですが、震災の翌日から長期ログインエラーになり、投稿できない状況で、時期を逸してしまいました。
でも、備忘録として書いておきたいと思います。
同じシリーズの「松田リカ篇」があまりにも自分には合わなかったので心配しましたが、こちらは、非常にわかりやすく、ストーリーに惹きこまれ、震災で気力も萎えていたところに、再び、また劇場へ行こうという思いがわいてきました。
蓬莱さんが外部に書き下ろした作品のほうが自分は好みです。
いつも別人の作品のようにさえ思えるのはなぜでしょう。
主人公の坂本シンヤがとにかくストイックで魅力的な男に描かれ、山本亨が好演。
大人の男女の愛を描ける蓬莱さんは素晴らしい作家だと思いました。
開演直後、舞台に扮装のまま、出演者全員が並び、青山勝さんだけが衣装をつけず、主宰としてこの震災を踏まえ、心のこもった挨拶をされ、胸を打たれました。
ネタバレBOX
舞台は同じデンキ島で、セットも松田リカ篇とほぼ同じ。
中年男性になった主人公と同級生たちが10代の回想場面をそのまま演じるのが面白い。
船の接触で漁師仲間の恨みを買った坂本が、やくざになったが失敗し、島に舞い戻ってきたかつての同級生の実子である子分の功名心や、その情婦になった女性(三鴨絵里子)の嫉妬から、事件に巻き込まれていく。
仲間とやくざの息子に漁船を燃やされ、漁に出られず、酒を飲まないのに酒びたりになった坂本が、事情を知って怒りを爆発させる場面、演歌の流れる中、スローモーションで乱闘が演じられるが、東映映画を観ているような胸のすく名場面となった。
大谷亮介の演出が男のドラマを浮き彫りに、女の情感をたっぷりみせる。
情婦役の三鴨は、恋心を抱き続けていた坂本と再会したが、まったく覚えていないと言われて残忍な感情に駆られる女を絶妙に演じた。
対して、かんのひとみが、夫の借金でやくざに付け狙われ、デンキ島に逃げ込んで、夫婦を偽って坂本にかくまわれるうち、坂本に惚れる古風な女を控えめに演じる。
坂本は船を燃やしたのが同級生のやくざではなかったことを知り、悪になりきれないやくざと情婦は逃げていた女を見逃し、借用書も破り、島を出ていく。
坂本と女は結ばれることをにおわせて幕となる。
人間的な弱さがあっても、本当の意味での悪人は登場しない。
山本亨は、高倉健の役どころのように無口で優しくたくましい男、坂本を魅力的に演じたが、「松田リカ篇」で演じた古山の坂本のイメージを踏襲している演じ方だった。
いつか古山にも「白い家篇」の中年の坂本シンヤを演じてほしいと思った。
デンキ島〜松田リカ篇〜
モダンスイマーズ
あうるすぽっと(東京都)
2011/03/09 (水) ~ 2011/03/16 (水)公演終了
満足度★★
震災の影響で・・・
震災直後に観た公演で、一種のPTSD状況にもあり、集中できなかったのが残念です。
尚、震災直後にログインエラーになったため、UPできないままになっていて、直近のものを優先していくうち、感想を書くのが今日になってしまいました。
備忘録として書いており、私のレビューを読む方もここではほとんどいないと思うので、影響はないと思いますが。
ネタバレBOX
結論から言うと、内容が暴力的なこともあり、私個人的には、この時期に観るにはあまりふさわしい作品とは思えませんでした。
ヒロイン、リカ役の前田亜季さんは好演されているものの、モダンスイマーズに時々登場する主人公の女性版みたいな、キナくさいストーリーが好みではありませんでした。
主人公に感情移入できないせいか、観終わった後に残る感動がまったくなく、むなしさが残りました。
ただ、このあとに観た道学先生の「白い家篇」が素晴らしく、その前編として、坂本シンヤ(ここでは古山憲太郎が演じている)がほんの少しだけ登場し、、どうしてそういう人物なのかがわかる劇という意味では、この作品を観ておいてよかったといえます。
『十二人の怒れる男』/『裁きの日』
劇団チョコレートケーキ
ギャラリーLE DECO(東京都)
2011/05/25 (水) ~ 2011/06/05 (日)公演終了
満足度★★★★★
『裁きの日』のほうを観ました
『十二人の怒れる男』と新作を2本立てにした企画にも感心した。
名作と自分たちのオリジナル新作を並べて上演、というのは勇気もいることだが、さすが古川・日澤コンビ、現代法廷劇の秀作に仕上げている。
裁判員制度や死刑制度について、巷間、議論されている問題点について、演劇仕立てで見せていく。
劇における人物のキャラクター構成もよく、俳優たちがいかにも身近にいそうな役の人物になりきっているのが素晴らしい。
裁判員制度の疑似体験ができる感じで、惹きこまれていった。
無駄なく1時間40分にまとめあげたのも高く評価したい。
日頃演劇になじみのない人にも非常に見やすい作品となっていて、お薦めしたい。
ネタバレBOX
演劇的なオーバーアクションなく、自然で抑えた演技で見せていく演出がうまい。
冒頭、裁判員が入室する前に、裁判長が最初に結論ありきの誘導を語るところが、最近、裁判員制度に異を唱える意見のひとつにあげられてもいるだけに、導入部として興味深かった。
しかも、この裁判長の体験や個人的心情がのちに語られるので、人間ドラマとしても見ごたえがある。
1点だけ、気になったのは、裁判員制度では審議に当たり、プライバシーに配慮して番号制で、具体的に名前で呼び合うことはしないと聞いている。これは『十二人・・・』でも番号制になっているが。
演劇なので、わかりやすく名前にしたのか、それとも『十二人・・・』と区別したかったのかと思うが、実情に即し、リアルに番号でもよかったと思う。
仏教キリスト教イスラム教(ご来場下さいまして、誠にありがとうございました!!!!!!!!!)
宗教劇団ピャー! !
STスポット(神奈川県)
2011/05/26 (木) ~ 2011/05/29 (日)公演終了
満足度★★★
宗教というより精神療法?
奇妙なネーミングの劇団だなぁと思い、興味を持ちました。
「仏教!キリスト教!イスラム教!」という声が耳にこびりついてしまいました(笑)。
ハイバイの岩井さんの演劇療法を連想するような、演劇によって自分の殻を打ち破ろうとする若者たちの姿にはすがすがしさを感じました。
自己解放という点では宗教的かもしれませんが、次回予告を読むと、ネットと引きこもりを題材にするとのことで、劇団コンセプトに宗教を掲げる必然性があるのかなという疑問は感じました。
今後どう進化、変容してしていくのかなという興味があります。
追記させていただくと、観劇前に江戸東京博物館で「五百羅漢」の展覧会を観てきまして、仏教画のパンクなグロテスクさ、ぶっとび加減に「ピャー!」となり、この劇の一種異様な雰囲気にも入り込めた気がします。
ネタバレBOX
舞台の壁や床には『少年ジャンプ』の切り抜きがコラージュされ、奈良美智や草間彌生の複製画のようなパネルもあり、多摩美大系らしく、 なかなかアートっぽくポップな舞台美術でした。
途中、生理的に「勘弁してよ!」と思う場面もありましたが、冒頭が最後の場面につながるあたり「へぇー、そういうことだったのか」と納得させられました。
イスラム教の部分があまりわかるようには表現されてなかったように思いました。
俳優では、ナレーションを務めるピアの柳瀬晴日さんの口跡のよさ、センニンの吉原千晶さんの性別不詳の迫力、ドレイの塚田朋揮さんのいかにもそれらしい動き、マオウの山元啓太郎さんの表現力が印象に残りました。
男性はともかく、女性が半裸に近い下着姿になるのはかなり勇気がいることだと思うので、まさに自分の殻を脱ぎ捨てることにつながる表現なのかもしれません。
学生劇団としてならこういう試みもユニークで面白いですが、最後の告白タイムは今回に限ったことなんでしょうか?
宗教も個人のエゴや見栄を捨てることが求められ、最後の各自の告白で、個々にコンプレックスや弱さ、悩みなどを語るので宗教的告白にも感じられました。
同時に、いま演劇をやっている人たちもまた、彼らのように、いろんな動機があって演劇を始めたんだろうなと思いながら聞いていました。
ご家族に某有名宗教団体の信者がいるという人の、ユーモアを交えた体験にはふき出してしまいました。
DUST CHUTE UTOPIA
PLAT-formance
タイニイアリス(東京都)
2011/05/19 (木) ~ 2011/05/23 (月)公演終了
満足度★★★
プロデュース公演
コリッチの人気劇団の俳優さんたちが客演してのプロデュース公演。
千秋楽で、客席も小劇場の俳優さんたちが多数ご来場のようでした。
コリッチの常連客のみなさんにとっては10倍楽しめるような公演だったのではないでしょうか。
自分はプラフォも2度目で、あまりほかのコリッチ人気劇団も拝見する機会が少ないものですから、上級者のかたちのようにマニアネタはわかりませんでした。
「ゴミ箱=パンドラの箱」という構成の妙も、自分のような素人観客にはイマイチ理解できず、モヤモヤ感もあり、コントの純粋な笑いについていくのがやっとでした。
ネタバレBOX
堀さんが怨恨で殺される女性と編集者の2役を演じ、オムニバスということもあり、見ていてちょっと混乱してしまいました。
ランさんとスーさん2人の女性の会話の場面、場内シーンとしずまりかえっていたことでもわかるように、この場面だけ異質で、お芝居としては興味深いのですが、構成上、自分には後味が悪く、違和感がありました。
工場の場面、「木材店」のネタが、正統派漫才の話術のようで、感心して観ていました。
既婚者のくせに女子社員にふられて激しく動揺する社長の吉田さんのリアクションがおかしかった。
引っ越しの場面、マイペースなカップルに手伝いの男性が振り回される場面、安藤さんと加藤さんの掛け合いがとても楽しめました。
ハマカワフミエさんのカタコト日本語のすっとんきょうな韓国人留学生も面白かったですね。
バッコスの花ざかり
劇団バッコスの祭
ギャラリーLE DECO(東京都)
2011/05/17 (火) ~ 2011/05/22 (日)公演終了
満足度★★★★
楽しめる入門編ライブ
池袋演劇祭に3年連続で入賞を果たした実力派で、昨年は優秀賞を受賞した劇団バッコスの祭。
劇団としては初のライブである。最近、各劇団、小空間を生かしたこういう番外公演も増えてきたようで、ファン感謝祭も兼ね、「観劇前のお試し」には良い機会だと思う。
アクション、芝居、歌、映画、コントなど盛りだくさんの2時間があっというまに過ぎ、個人的にいい気分転換となり、楽しめた。
キレのある殺陣、密度の濃い演技、ムダのない独創的な演出、テンポとチームワークの良さなど、この劇団の長所と特色がよく出ていると思うので、「バッコスの祭って、観たことないけどどんな感じの劇団なの?」と興味を持っている人にはお薦め。温かさが感じられる良い企画だった。
ネタバレBOX
全員で劇団お得意の殺陣と疑闘を披露してくれるが、瞬きを忘れるほど鮮やかで、日頃の鍛錬を感じさせる。
イプセンの名作『人形の家』(脚色・演出 森山智仁)がわかりやすくて見ごたえがあった。金子優子、雨宮真梨の2人がノラを演じるのも見どころ。
ノラとヘルメル(丹羽隆博)が火花を散らすクライマックスがいい。森山のクログスタッドが出色で、劇に弾みが出てくる。彼のこういう役どころは初めて観たので、新鮮だった。
リンネの稲垣佳奈美がウクレレを取り出してBGMを奏でたのもよかった。
ラストの森山作・演出のオリジナル短編戯曲『Hello,my girl!』。電話の発明に成功したグレイ(丹羽)が耳の不自由な娘メイベル(雨宮)を愛するが故、婚約者のグラハム・ベルに発明特許権を譲る。
ベル役は観てのお楽しみにしておこう。加筆してベルを森山が演じたら、また面白い芝居になったかもしれない。
金子がノラとは打って変わりメイベルの打算的な母親を演じ、コミカルな面も見せる。
丹羽は歌舞伎俳優を思わせ、芝居するために生まれてきたような人。彼のような個性的な俳優が小劇場界にいることは喜ばしい限り。
芝居2作とも辻明佳が脇に回り、芝居を引き締めた。
全員による歌唱はハーモニーが美しく心が洗われた。
コントは2作で色合いが違うのがよく、『動物園』は雨宮の器用さと丹羽の怪演が光る。
最後に中盤の短編映画『楽しい時間』(林優貴/監督)について触れよう。俳優たちの演劇とは違った表情を見せるのが狙いなのかもしれないが、ストーリーはともかく、演出が間延びしていて、いささか退屈だ。サイクリングの場面など映像が平凡なのに長すぎるし、全員を撮ろうとして中途半端な作品になっている。流星群を見に行くにしては外が明るすぎて説得力がないのも気になった。
あえて映画をやるなら締まった短編か斬新な映像でないと観ていて辛いものがある。
劇団に馴染みのある人が観ればそれなりに面白いのかもしれないが、作品としては良い出来とはいえず、あえて入れる必要を感じなかった。
最初にゲームが入るのは、初見の客には戸惑いがあると思うので、あとのほうに入れたほうがよかったのかなとも思う。
また、こういうイベントなら冒頭に劇団員の簡単な自己紹介があってもよかったのでは?
STATION
リブレセン 劇団離風霊船
ザ・スズナリ(東京都)
2011/05/11 (水) ~ 2011/05/17 (火)公演終了
満足度★★★★
見事な構成の人情芝居
初見の劇団です。
駅の出来事を舞台でどう表現するのだろうと思ったが、その杞憂を吹き飛ばしてくれる力作だった。
ごく平和な朝の出勤風景から始まり、途中、ああそういうことなのかと納得したら、これまた逆転する構成が見事。
本拠地での伊東由美子さんが観たくて行ったのだが、やはり彼女の芸風が好きだ。
ネタバレBOX
冒頭のベンチでの席の譲り合いの場面がコントのようで面白い。
どんな劇が始まるんだろうと期待が膨らむ、巧いツカミだ。
大勢登場するが、無駄な役がひとつもない。
そして、ボケとツッコミ両方をこなすキヨスクのおばさん役の伊東の自然で嫌みのない演技がいい。
周囲の人間関係と比較し、自分の立場に不満を漏らす場面は、悲劇的設定なのにサラッとツッコミを入れて笑いを誘い、「まぁ、いいけどさ・・・」と引っ込む「間」の良さ。
キヨスクのセットが本物そっくりで、「Suicaで支払います」というリアルな会話があったり。
最後は駅に中央線の車両が登場し、「オーッ!」と感心。
阪神大震災と今回の東日本大震災、2つをモチーフとした作品だが、今回はまだ直後で記憶が生々しいだけに、福島の避難所を回って放射能の二次被害にあい、白血病で亡くなる女性が登場したのは、ちょっと刺激が強すぎる気がした。
虚構の世界に現実を取り込む難しさを感じた芝居でもあった。
スウィーニー・トッド
ホリプロ
青山劇場(東京都)
2011/05/14 (土) ~ 2011/06/05 (日)公演終了
満足度★★★★
一度は観ておく価値があると思う
終演後、若い女性客が「何度か観てるんだけど、そのたびにドキドキして、怖くてなじめないの」と話してるのを聞き、なるほどなーと思った。
初演時に興味を持ち、市村・大竹による再演が決まったとき、一度は全編観ておきたいと思ったので、その目的が果たせてよかった。
初演当時、私の母はとてもおいしいミートパイを作る人で、店を開いたらと勧められていたこともあり、このテーマには複雑な思いだった。
本作はロンドンのその当時の時代背景や世相を感じさせ、怖くて後味は悪かったけど、やはり観てよかったと思った。
隣席の中高年女性客たちが開幕直後もしばらく、今後の自分たちの観劇予定についての私語をやめず、2度も控え目に「シーッ」と注意を促してみたが、効果なし。
場内が暗くなり音楽が鳴ったら、もう劇は始まっているのだということがわかっていないらしい。
おまけにななめ後ろの年配の男性客は歌の場面で歌に合わせて「あ!」だの、「ウッ、ウッ」だの意味不明の合いの手を入れるものだから、集中力がそがれ、観劇環境はあまりよろしくなかった。
ネタバレBOX
トッドの市村、宿敵ターピンの安崎求の歌唱力はさすがだと思った。
大竹のミセス・ラヴェットは難しい楽曲を精一杯こなしている感じで、本来ミュージカル女優ではないことを思えば、よく歌っているとは思うが、癖のある役だけに、やはり演技のほうがのびのびして見える。
最近、歌手としてコンサートを開いているようだが、私は大竹の歌を女優の余芸ととらえ、上手いとは思わないので。
初演の際の「ラヴェットは鳳蘭だからこそやれた」という高評価が納得できたような気がして、鳳の芸質には合った役だったと思う。やはり、初演を観に行きたかった。
トッドの生き別れの娘ジョアンナのソニンは、私にはTVドラマや映画のチョイ役の印象しかなかったが、演技も歌唱力もあると思った。ただ、私が観た日は、声がうらがえって割れるところが一箇所あったのが惜しい。
ジョアンナの恋人アンソニー田代万里生は「マルグリット」に続き、観るのは2度目。歌声がのびやかで、容姿も美形。ただ、同じ二枚目の役どころというせいもあり、前作のアルマンと同じような演技に見えた。演技のほうはまだまだこれからの人だと思う。
斉藤暁のビードルの軽妙さ、キムラ緑子の「過去を持つ乞食女」の哀れさも印象に残った。
武田真治のトバイアスは、この物語の人になりきっているところがよい。ラヴェットへの淡い恋心を語る場面や「人肉」に気づいた場面の演技がよかった。
群衆役で、ムッちゃんこと福麻むつ美や可憐な娘役だった秋園美緒ら元タカラジェンヌが出ていて懐かしかった。なんだかんだ言っても宝塚はミュージカル人材の宝庫だと思う。こういう人たちが脇役で支えているのだから。
陰惨な内容だけに、カーテンコールの和やかな雰囲気に救われた。
観終わって、死ぬまでに母と同じくらいおいしいミートパイを作れるようになりたいと真剣に思った。そういう意味でも思い出に残る作品かもしれない。
探偵〜哀しきチェイサー〜
ココロ・コーポレーション
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2011/04/21 (木) ~ 2011/05/02 (月)公演終了
満足度★★★
歳月は残酷
家族に誘われて一緒に観る予定だったが、同じ日のチケットがとれず、別々に観ることになった。
客席は沢田、高泉のそれぞれの女性ファンが多いようで、挟まれて観るのには、いささか疎外感があった。
沢田が台詞を言うたびに、いちいち「ワー」と言うし、隣席の中年婦人はノリノリで一緒に歌いだすし。
こちらは内心「えーっ!」と鼻白む(笑)。
公演パンフが売っていなかったが、売り切れたのか、以前と同じで、沢田の公演事務所の方針なのか。
初めて観る俳優も多く、誰がどの配役がわからないのはちょっと残念だった。
この公演を観る目的は、久々に高泉さんのお芝居を観たかったから。
結果的に、「歳月は残酷だなぁ」ということを実感した。
ネタバレBOX
冒頭、沢田がソロで歌う場面で、遠目に、「あー、あの太った人がそうなんだ」と認識。
既にわかってはいたが、「彼にも」メタボが訪れたのだなーと実感。
声には伸びがあり、衰えを感じさせないが、目を閉じて聴くことにした(笑)。
劇中、主役の沢田が「男前であること」を自分で強調し、ヒロインの高泉は周囲が「ええ女」や「綺麗」と誉めそやす場面が多く、違和感を感じること甚だしい(笑)。
高泉は確かに美しい顔立ちの女優だが、若づくりの厚化粧ばかりが目立ち、痛々しい。
美女がバーで一人で飲んでいても、わが国では周囲の男性が中高年女性にキャーキャー寄ってくる状況は考えにくいので、無理を感じた。
思えば、古巣の遊機械◎全自動シアター時代の高泉は、少年や少女の役が多く、「大人の美女」役には他劇団から演出の白井晃が好みの客演女優を招いていた。サヨナラ公演でさえ、トレンディドラマで人気絶頂期の浅野温子が主役だった。
だから、今回の役は高泉に最大限配慮した役に感じた。
そのうえ、彼女の演技は「ア・ラカルト」などで見せる「気取ったいい女」そのままなので、マンネリを強く感じてしまった。
この10年くらい高泉の芝居を観ていないが、周囲から聞く彼女の演技への批判を裏付けるような舞台だった。
ストーリーは人情喜劇としてうまくまとまっていて、阪神大震災後の神戸を舞台にしてはいるが、新鮮さはない。
何より主役がいい意味での大人の男女の色っぽさに欠けるので、主筋での感動が薄い。
サイドストーリーの、周囲の人物のエピソードにも面白みがなく、使い古された点景。諏訪親治の女装趣味の元研究者はいい味を出していたが。
凍てつくような真冬の波止場のシーン、俳優の演技が少しも寒そうに見えないのが気になった。
警察学校校歌の使い方や、ハッピーエンドの作りは悪くないと思った。
死に際を見極めろ!
ライオン・パーマ
王子小劇場(東京都)
2011/05/12 (木) ~ 2011/05/15 (日)公演終了
満足度★★★
「死に際」を見極めたかった
異次元的な特異なシチュエーションにおける不思議なコメディがこの劇団の魅力らしく、作者は毎回考えるのが大変だろうなと思う。
最高に面白かった前作に比べると、今回はパワーダウンしているように私には感じられた。
個々の場面は面白いのだが、前作に比べるとテンポがよくなくて、途中で中だるみを感じてしまった。
また、観客は「主人公の死に際を見極めよう」と見守って付いて行ってるので、やはりもっと鮮やかな大団円がほしかった。
個人的な感想だが、オチがいまひとつパンチに欠けていたように思う。
この劇団、個性的で得難い作風だと思うので、次回作に期待します。
ネタバレBOX
冒頭の占いの場面で、観客の興味をグッとひきつける手法が巧い。
大道具の引き戸が地下室の場面で引っかかって開かないハプニングがあり、場内から笑いが。この戸の仕掛けは今回の芝居の「命綱」みたいなものだけに痛い。
刑事役の俳優スリムを演じる石毛セブンの終始真面目な演技に好感が持てる。
スリムのお目付け、森村役の加藤岳仁が「殉職」すると、場内のあちこちから、「あ、森村死んだ」「森村が・・・」「森村いなくなっちゃう」というささやきが漏れ、微笑ましく聞いていた。
観客を強力に物語の中に惹きこんでいくのがこの劇団の作品の大きな魅力である。森村への反応がそれをよく表現している。
主人公が実家に帰る場面の会話が冗長で、観ていて飽きてしまった。この場面が異質な印象で流れが途切れたのが残念。
また、前回も千秋楽に観て、主要俳優のセリフのトチリがあったが、今回もやはりそれがあったのが残念。
千秋楽まで一定レベルを持続することも課題だと思う。
ヘレン・ケラー~ひびき合うものたち
東京演劇集団風
レパートリーシアターKAZE(東京都)
2011/05/12 (木) ~ 2011/05/16 (月)公演終了
満足度★★★★
渋谷愛の熱演が光る
ヘレンケラーというと、私の世代には映画「奇跡の人」でのアン・ヴァンクロフトとパティ・デュークの名演技が目に焼き付いている。
小学生のころ、クラスの子を集め、吉祥寺の三和銀行(当時)の中庭の噴水の前で「奇跡の人」ごっこと称して「ウォーター」の場面を繰り返し再現して演じさせてたら、行員にお小言をくらったことがあるくらい、夢中になった作品だ。パティ・デュークは当時、日本では大変な人気があり、私も大好きになり、来日時のフィーバーはいまも鮮明に憶えている。
近年の大劇場の「奇跡の人」は映画の想い出や往年の有馬稲子さんの名演を自分が大事にしすぎて、あえて観ないようにしてきた。
だから、今回のKAZE版には違うものを期待し、楽しみにしていた。
サリバン役の渋谷愛は、いつもより声が低く地声を生かし熱演していて、新しい一面をかいまみせてくれた。
小さくまとまらず、大胆に演じ、若手ホープとしての才能を存分に発揮したと思う。
2時間弱にまとめ、なかなか楽しめる佳作だった。
ネタバレBOX
今回、ヘレンはWキャストで、私の観た回は稲葉礼恵だった。もう一人、3月に星の王子さまを演じた白根有子はボーイッシュな感じの人なので、少女役も似合いそうで、彼女のヘレンも観てみたいと思う。
稲葉は顔が大きく、少女というより中年女性のような雰囲気で、この役に限っては、演技の質とともに私の好みではなかった。
ヘレンには年の離れた異母兄がいるので、父親役は年齢が上の俳優でもかまわないと思うが、母親役は保角淳子では歳をとりすぎていて、子供を産んだばかりの母親には見えないのが気になった。昔の新劇とは違い、昨今は実年齢と近い俳優が演じることが定着しているので、配役に一考がほしかった。
家政婦のビニー(清水菜穂子)の温かな母性が印象に残った。
<演出面で気になったこと>
異母兄ジェイムズ(中村滋)は、ちょっとひねくれた感じで登場するが、中盤は明るくさわやかな青年という感じでヘレンにも理解を示し、観ていてそのギャップに少し戸惑う。
また、アニーのスカートがめくれ上がり、太ももを露わにする場面が多すぎると思った。自ら恩師のアナグノス(緒方一則)の前で、スカートをたくし上げて挑発する場面は理解に苦しむ。最近、「奇跡の人」の舞台でもそういう演出があるのだろうか。サリバンにはストイックなイメージがあるのでお転婆娘とはいえ、違和感があった。
ほかのかたからも指摘があったが、アニーと弟ジェミーの心の中の問答場面のセリフをあえて棒読みさせているが、演出の意図がよくわからなかった。
感情を込めたほうが、姉弟愛が伝わったと思うが。
舞台美術では、ポンプを下手前方に持ってきて「ウォーター」の場面に躍動感が出た。ただ、下手最前列の私のところにはちょうど水しぶきが飛んできて、かなり服に掛かった。
こういう演出の場合、開演前に傍の客にはスタッフからひとこと断りがあってもよかったと思う。
前回の公演でも書いたがこの劇団は上演本位で、観客への配慮に欠けるところがある。常連客ばかりでなく、初見の客も来るのである。
音楽は明るく懐かしいカントリー・ウエスタン調。クレジットが小室等となっていたが、フォーク・シンガーで作曲家の小室等と同一人物なのだろうか?
カーテン・コールが大劇場並みに何度もあったのがKAZEでは初体験だったので驚いた。
PerformenVI~Paradiso~
電動夏子安置システム
吉祥寺シアター(東京都)
2011/05/07 (土) ~ 2011/05/15 (日)公演終了
満足度★★★★★
シリーズ有終の美
今回のⅥにてシリーズ完結。A、Sの順で観て、どうしてももう一度生で観ておきたくて、Aを観た。
「人は運命に操られあらがおうとする。その運命を切り開くのも自分なんだ」というメッセージが大震災の後だけにズシーンと胸に響き、初日はいろんな想いもこみ上げ、感動で涙が止まらなかった。
小劇場界の演技派を集めた豪華キャストが嬉しい。
「Performen」は決して贔屓目ではなく小劇場史に残る傑作だと思う。
哲学的宗教的古典劇と、哲理を現代的コントで表現した二重構成になっている。
こんな素晴らしいアイディア、ほかのコメデイ劇団ではまねしたくてもまねできないのでは。
これを観ずして小劇場のコメディを語るなかれ、と言うのが私の口癖になっている。
シリーズⅣが私と電夏との出会いで、一種のカルチャーショックで物凄く感動した。
シリアスな古典劇の部分が難解なので、ここでつまずくとあと受け付けないというケースがあるのも事実だが、オペラと同じで、「最初に観て好きだと思ったら、ずっと好きになる」シリースだと思う。
演劇を長く観てきた人には魅力的要素満載で堪えられない芝居だろう。
今回、生まれて初めて、私は何人かの知人に熱心に内容を説明し、観劇を勧めるメールを送った。
それでも観ていただけなかった人、本当に残念です。
電夏にはいくつかのシリーズものがあるが、この最高傑作を生で鑑賞できる機会は今回が最後。
演劇ファンなら観なかったことを必ずや後悔する作品と断言したい。
以前のレビューで「長すぎる」と書いていた方も、今回は気にならなかったようで絶賛しておられる。
このシリーズは多少観るほうの免疫も必要らしい。
この芝居の素晴らしさを語りつくそうとすると夜が明けてしまいます(笑)。
ネタバレBOX
大きな歯車と柱、天井に宇宙的オブジェをあしらった舞台美術。歯車と花のモチーフをあしらった1人1人違う衣裳が美しい。
吉祥寺シアターの大舞台に負けないスケールの大きさ。オープニングとフィナーレの演出がミュージカルのようで、名物になった「律動のダンス」も今回は大人数で見ごたえがあった。
Performenのコントは徹底的に作りこみ、長年練り上げてきたもの。
だから1人でもトチると、アドリブでは乗り切れない。
劇団員の魅力はもちろんだが猿田モンキー、添野豪、横島裕、志賀聖子、大鹿順司、新野アコヤ、高田淳、よその芝居でも演技力に定評のある人ばかりが常連で参加しているので堪能できる。
電夏ファンの立場から出演を熱望し、実現したという池田葵が前作の『シャハマーチ』に続き、今回も抜擢に応えて、好演した。台詞が明快で聞き取りやすい。
1点、残念だと思うのは、初めて観る人のためにもう少し詳しい解説をしたパンフを作ってほしいと思った。
コント部分の配役は省いても、古典劇の部分の解説がないから「ワケがわからない」と取り残されてしまう人が出てくると思う。
自分の場合、初見の際、まったく予備知識なしに観ても面白いと感じたが、完結編にはやはり解説があったほうが親切だと思った。
なお、「人数が多いのでセリフのない人も出てしまう」と書いている人もおられたが、そうではなく、最初からセリフのないアンサンブルキャストを公募したのである。
被告人ハムレット
声を出すと気持ちいいの会
演劇スタジオB(明治大学駿河台校舎14号館プレハブ棟) (東京都)
2011/05/04 (水) ~ 2011/05/08 (日)公演終了
満足度★★★★★
抜群の完成度、その才能恐るべし
かなり期待して観に行ったが、期待以上の作品だった。
上演時間1時間20分と聞いて、「今回は短いんだ」と安心したら大間違い。
構成・演出、ともに優れ、2時間くらいに感じたほど密度が濃く完成度が高かった。
この劇団は俳優の演技たちの基礎ができており、臆することなく、迫真の演技ができるのが強み。
いくら作・演出がよくても俳優が素人くさかったら、こうはいかない。
終盤の息詰まるような臨場感、ぜひ、もう一度観てみたいと思う作品。
有名俳優を起用して中央の劇場で上演しても、話題作となるだろうと思わせる。
山本タカ、末恐ろしい才能の持ち主である。
ネタバレBOX
シェイクスピアの『ハムレット』の主人公、ハムレットを現代の法廷で裁くという趣向がわくわくさせる。
セット配置から観客は法廷の傍聴人の気分で芝居を見守ることになる。
原作をノーカットで上演すると4時間くらいかかるんでしたっけ。
明治大学文化プロジェクトで2年前、約3時間にまとめて上演したことがあったが、今回、女性の検察官(オフィーリア)を演じる鈴木由里は、このときハムレット役を好演しただけに、彼女のオフィーリア役約を見られたのが嬉しい。
耳に注ぎこまれる毒=悪意の情報が、ラジカセで表現されるなど、面白い演出だと思った。
裁判の中でハムレットによる殺人劇が再現されるわけだが、その中で裁判官や検察官たちが『ハムレット』の登場人物を演じる。
しかし、それはさらなる悲劇を呼び、現実とも虚構ともつかぬ錯綜のるつぼに観客は巻き込まれていく。
この短い時間の中に『ハムレット』の名場面が演じられ、原作を知らない観客もダイジェストを観ることができ、裁判によりテキストの解釈がなされていくので、原作ファンならさらに楽しめる趣向だ。
終幕の鮮やかさに呆気にとられながらも、我々のハムレットは今に生きている、と実感できる芝居だった。
蠅取り紙 ―山田家の5人兄妹―
劇団たくあん
MAKOTOシアター銀座(東京都)
2011/05/04 (水) ~ 2011/05/05 (木)公演終了
満足度★★★
健闘したと思う
劇団たくあんは、年1回公演を目標に活動している社会人劇団で、演劇専業を目指してる他の小劇場系劇団とは色合いが違う。
しかし、目的ははっきりしており「社会人でも演劇をやりたい。日頃演劇に触れる機会のない人たちにも観てもらい、演劇の垣根を低くし、少しでもその楽しさを伝えていきたい」というもの。
だから料金も学生劇団のように無料カンパ制をとっているのだろう。
こういう活動趣旨の劇団があってもよいと思い、旗揚げ時から注目した。
同様の活動を行う社会人劇団と比べ、日頃遠ざかっている割に演技レベルもまずまずで、セットも立派だった。
観客たちも楽しんだ様子で、カンパ箱にも千円札がぎっしり詰まっていた。
こういう時期でもあり、ノベルティーグッズで還元するより、東日本大震災の義捐金に一部寄付する形をとってもよかったのではないだろうか。
前回の「Dの呼ぶ声」に続き、今回も「人が生きるということ」について考えさせられる作品。
年1回ということで、登場人物が多く、演じがいのある作品を選ぶことになるのかもしれないが、ターゲットとなる観客層を考えれば、もう少し上演時間が短い作品を選んだほうがよいのでは、と思った。
今後も活動に注目したい。
ネタバレBOX
ジテキンの名コンビによる既存作品だけに、作品には破たんがない。それだけに俳優の力量が問われる。
俳優たちは日頃のハンディを考慮すれば、よく頑張っていたと思う。
ただ、頻繁に活動している劇団と違い、同じメンバーで多くの作品に挑み、練り上げていくことができない難しさはあるかと思う。
なかなか緊張感が持続せずポカッと空いたよう場面ができて中だるみを感じたり、台詞の「間」が気になる箇所も見受けられた。
冒頭、母親がハワイに出かけるという場面の衣裳が、軽装とはいえ近所に出かけるような薄着で、飛行機に乗るにしては活動的ではない服装なのが気になった。
母親の「生霊」が帰ってくる場面、演出のメリハリが弱く、俳優たちの空気感が同じなため、面白さが出てこなかったのが残念。
もっと受けてもよさそうな場面が当たり前のようにスーッと流れて行ってしまうので退屈してくる。
一緒にハワイ行く父親が一切登場しないため、俳優たちの台詞が説明口調になると、父親の不在感が気になってくる。それを感じさせないためには、やはりそれを埋める会話場面の演技が重要だ。
観終わって、母親の生霊現象は実際に起こったことというより、兄弟姉妹各自の心象風景を表現したのかもしれないと思わせるあたり、この作品の優れた部分だと感じた。
『そこで、ガムを噛めィ!』
8割世界【19日20日、愛媛公演!!】
テアトルBONBON(東京都)
2011/04/26 (火) ~ 2011/05/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
「愛」に溢れた秀作
草野球がテーマということで、プロ野球より大学や社会人などアマ野球のほうに親近感を感じて球場に足を運んできた者として絶対観たいと思っていました。
さすが西武ライオンズファンの鈴木雄太さん、楽しい野球コメディを作ってくださいました。
この作品には何より「愛」があふれていました。
野球への愛、喜劇への愛、観客への愛。
未曾有の被害を出した東日本大震災を受け、観客は否応なくそれまでとは違う思いで作品を受け止める、と何人かの劇作家のかたが異口同音に発言しておられます。
個人的には「いまだからこそ、演劇を」という言い方はあまり好きではないんです。
でも、この作品は「ネバー・ギブ・アップ」を体現していますし、押しつけがましい形でなく描いていて好感が持てました。
長いこと芝居を観てきましたが、コメディを観てこれほど感動したことはありません(人情喜劇という意味ではなく)。
最初は笑って楽しんでいたのですが、途中からは胸がいっぱいになり、感謝の気持ちが溢れてきました。
あの大震災後、舞台を創り上げていった作・演出家、出演者、スタッフたちが自らを鼓舞し、「観客への応援歌」を届けたその真摯な思いが伝わってきました。
これからもずっと応援していきたい劇団です。
ネタバレBOX
作戦会議の場面のメンバーの会話が面白く、わざとらしいキャラがなかったのが救いだった。
しいていえばあの外人選手(小林守)だが、愛嬌があって存在自体がおかしく、ついつい視線が行ってしまった。
今野太郎はいい俳優さんだと思うが、会話の「間」がずれたように感じる箇所があった。すると、台詞自体は面白いのだが、台詞そのものが浮き上がって聞こえてしまう。テンポをはずすというのとは違うが、この人の演技の質だろうか。
特に、新入部員(高宮尚貴)との面接の会話場面でそれを感じた。
高宮は生真面目な感じがよく出ていて、前回より普通っぽい青年の役だと思ったら、クライマックスでお約束のパッションが爆発(笑)。
鮫島(額賀太山)、蛯名(畠山拓也)、村田(吉岡和浩)は芝居がすべらないのがいい。
キャプテンの鈴木啓司(劇団銅鑼)が威圧感のなさで、このチームカラーをよく表現している。
津村役の福島崇之(こゆび侍)は自分の場合、過去2度、客演の舞台しか観ていないがシリアスな作品ばかりだったので、
こういうコメディは新鮮だったし、自然で巧いなぁと思った。ダンスもなかなかいい感じだったし。
池添(飯島倬)のような癖のある人物を出して笑わせるところは、初期の三谷幸喜作品を思わせる。飯島も屈折感が出て笑わせる。
「もしドラ」のような女子マネ(奥山智恵野)も光る。
武士沢(日高ゆい)はいわゆる性同一障害の役だと思うが、ヤクルトの石川投手のように小柄なエースもいるとはいえ、女性から男性になったのではなく、男性から女性になった人なので、視覚的には女優さんを起用するなら大柄な人のほうがよかったと思う。
厚底サンダルを履いていたときはまだよかったが、ユニフォーム姿になると線が細すぎて違和感があった。男性は華奢に見えても骨格がしっかりしているものなので。鷲尾いさ子が元高校球児というこれと似た役どころを演じたドラマを見たことがあるが、大柄なのでやはり自然だった。
今回の日高は好演したし、小柄なればこそ、女性になってもガッツがある、というところを見せたのを認めたうえでの感想である。
今回、意外な配役は監督代理(嶋木美羽)。老け役を見事にこなして芸域の広さに驚いた。
この人、試合中は韓流スターの雑誌を読みふけり、みんなが監督の病状を心配しているときに、試合に飽きてあくびなどしている(笑)。「置物」と割り切って参加しているフツーのオバサンの感じが出ていた。
選手たちは監督の奥さんには会ったことがなかったのかな、お見舞いには行ってないんだろうかとか、手術後、病院からすぐメールが来るかなとも思ったが(日帰り手術ではなく、入院したような印象だったが)まぁ、そういうこともあるでしょう、と割り切った。
草野球でも、圧倒的に勝ち続けられるほど弱いチームと対戦し続けることはあまりないのだが、適当なチームがいない地域なのかしら(笑)。
タイトルの「ガム」の意味が話に生きているし、あっさり味の結末も悪くないと思った。
僭越ながら前回の「三姉妹の罠」は辛目の評価をさせていただいたが、正直同じ作者とは思えない出来栄え。
この作家は純粋シチュコメ路線に徹したほうが合っているのではないだろうか。
今後、高評価の波に乗ってますます伸びていきそうな劇団だけれど、「勝って兜の緒を締めよ」で、今後もさらに「高み」を目指していただきたい。
鈴木雄太という作家は、もっともっと面白い作品を書いていける人と信じているので。
尊敬しているという三谷幸喜さんを超えるような人気コメディ作家になれるよう蔭ながらお祈りします。
前回コメント欄でお話したように、今回満足度☆5つで「お気に入り劇団」に登録させていただきました。
芝浦ブラウザー
東京グローブ座
東京グローブ座(東京都)
2011/04/02 (土) ~ 2011/04/19 (火)公演終了
満足度★★★★
狭小空間のセットを生かした諷刺喜劇
80年代、東京グローブ座の建設プロジェクトの段階からみてきたので、
ジャニーズ事務所の専用劇場になったときは正直ショックで、それ以来初めての観劇。
フライヤーのオシャレなイメージから、近未来のスタイリッシュなマンションの話かと思いきや、まったく逆の話で驚いた。
上田さんらしい社会諷刺が効かされ、楽しめた。
都市再開発から取り残された人々を描き、昨年のヨーロッパ企画の「USBサーフィン」とも共通する作品。
ヨーロッパ企画の芝居を観たことがないという人に観てもらう目的もあって観劇を決めた。
震災直後だけに「住む家がない」という問題はシビアな現実として迫ってきて、一緒に観劇した連れは
被災地を思うと笑えない、と言っていたが。
ネタバレBOX
現在でも、都内で堤防沿いに違法建築を立てて住んでいるホームレスがいるし、90年代初頭、横浜みなとみらいで再開発が始まったころは、運河沿いにこれに近い光景がみられ、写真と共に記事にしたことがある。
だから、この物語は決して遠い近未来の話には思えなかった。
不動産会社の社員2人フジタ(井ノ原快彦)とオノ(音尾琢真)がPCの3D不動産物件シミュレーションシステムを使って、空室が多い高級マンションの内部を見る場面から始まる。
実際、これに近いものは業界で活用されているのだが、未契約空き室が「販売用」に粉飾され、実際は空き室のほうが多いという実態に客席は爆笑。
営業所に新配属されたフジタがマンション周辺の違法バラックのほうに興味を持ち、3Dでそちらにズームインし、住民たちの暮らしぶりを覗き見。
ここから、舞台上の実物大セットで芝居が展開する。
2人は、興味から、住民の一挙手一投足を観察しながらコメントし始める。
この場面がとにかく可笑しい。
井ノ原がNHK「朝イチ」のVTRを見ながら解説している時のような自然な語り口。アイドルらしくない親しみやすい雰囲気の人なので、こういう芝居にも違和感なく溶け込んでいた。
音尾はヨーロッパ企画の劇団員と錯覚するほど、この劇世界になじんでいた。
フジタはPCだけでは飽き足らず、実際、スラム地区に下りて行って、体験入居を始める。
心配して音尾がPCで覗き見すると、「プライバシーの侵害」と怒る身勝手さがまた可笑しい。
フジタが「自分の新居」を作る場面を見ていて、どんな狭小空間も、住む人のセンスでそれなりの空間演出はできるものだなぁと妙に感心した。
66円均一のアウトレットショップ「SHOP66」の舟でやってくる本多力が、まるで幕末の食らわんか舟みたいで面白い。
掃き溜めに鶴みたいな管理人さんを演じる芦名星が美しくさわやかで、印象に残る。
自給自足がモットーのサバイバーの伊達暁は敬遠されて孤立しており、「USBサーフィン」の伝説のサーファー像とどこか重なる。
フジタとオノはPCで覗き見していたとき、彼を勝手に「サバイバー」と名付けていたのだが、実際に「サバイバー」という通称であることを知って笑ってしまう。
スラムにもいくつかのコミュニティがあり、対抗リレーなど運動会などが開かれているのだ。
結局、バラックは立ち退き勧告で撤去されることになり、フジタは会社をやめ、文字通りスキマ産業のように、いろんな路上住居物件紹介のサイトを立ち上げるところで終わる。
こういうサイトでは生活できないだろうし、あまり現実的でない終結だったが。
1階前3列くらいまではジャニーズのファン層としては高めの女性客が団体で陣取り、これが井ノ原さんのファンの中心年代なのだろう。
昔のグローブ座とは明らかに違う雰囲気での観劇だった。
オペレッタ 黄金の雨
ピーチャム・カンパニー
タイニイアリス(東京都)
2011/03/18 (金) ~ 2011/03/28 (月)公演終了
満足度★★★
焦点がぼけた印象
開演直前、余震が収まるまで前説開始を待った状態でした。
楽団の生演奏によるオペレッタでにぎやかな舞台。
会場の規模と「オペレッタ」という形式を考慮すれば、音量が大きすぎたように思う。歌声が聴き取りにくい難点があった。
作品としてはいろんな話が盛り込まれすぎ、それらがうまく結びついておらず、焦点がぼけてしまったと私は思った。
1カ月たち、色彩の鮮やかさだけが印象に残っている。
2時間30分という長い芝居で、もう少し交通整理して2時間程度にまとめたほうがよかったと思う。
客席はいつものタイニイアリスより疲れないように座席を工夫されていたのがよかったが。
詳しくはネタばれにて。
※震災直後の公演でしたが、ログインエラーで投稿できず、感想がたまっており、
遅くなってしまいました。
ネタバレBOX
作者の清末氏は、泉鏡花に影響を受けている人らしく、「天守物語」や「夜叉ヶ池」の話をとりこんでいる。
劇中劇の若者が「アースダイバー」として、池に潜り、池の精に逢いに来る場面などは、明らかに「天守物語」をまねており、富姫と姫川図書之介の会話をなぞっている。これがあまりにも原作そのままで、パロディーとしての工夫が感じられなかった。
草創期の江戸の都市開発、新宿長者伝説、歌舞伎役者・虹之丞となった娘をめぐる殺人ミステリー、歌舞伎の狂言作者の苦悩、これらが劇中劇を挟んで展開していくため、非常に混然としていて何を一番訴えたいのかが胸に響いてこない。ある意味、歌舞伎より難解だった。
亀屋東西(鶴屋南北)が「歌舞伎の新形式」に挑む戯作者の苦悩は、これまでの清末氏の作品がそうであったように自身の劇作家としての立場を投影しているようだが、東西の目指す「新形式の歌舞伎」というものがどのようなものか、舞台からは明確に理解できない。
女歌舞伎が禁じられた中で、あえて女性による歌舞伎を上演し観客を幻惑するということなのだろうか。「新形式」としては弱い気がするが。
虹之丞を演じる日ヶ久保香の台詞回しがおぼつかなく、女の子女の子していることもあり、「女形」と周囲に錯覚させるだけの色香が表現できていないので、よけいに「新形式の歌舞伎」には感じなかった。
「女形」に化ける娘というこの役はもう少し線が太い女優を起用したほうがよかったのではと思う。この座組みなら湯舟すぴかで観たかった。ただ、清末氏が好む、唐十郎的な世界の主役としては「少女」の面影が必要なのかもしれない。
バブリーな都市開発プロデューサー(岩崎雄大)が演劇スポンサーも兼ね、軽薄で尊大なのが現代と共通していて面白い。
ただ、ベンツ、ロールスロイスといった現代の表現を使っているのが、必要以上にあざとく、逆にパロディーとしての面白さをそいでいるように感じられた。
金や権力の亡者の浅ましさと純愛や芸術の美しさを対比したかった作品なのか、という程度しか、理解力の浅い私には解釈できなかった。
細かいことでは、銀橋のように舞台前方に付けた花道様式の板が薄く不安定で、俳優が高下駄で渡るのには足元が危なっかしく見え、気になってしまった。
次によかったと思う点を箇条書きに挙げたい。
・衣裳が工夫されていて、江戸初期の感じがよく出ている。
・能舞台を模した江戸初期の歌舞伎舞台のセットにしたことや、古語の文法も完璧であった。
長身の人はやりにくいと思うが、八重柏泰士の摺り足が見事。
・鈴木九郎の出自を紙芝居で説明するのが「九郎判官義経」の故事を知らない現代の観客には親切だと思った。
・ワダタワーの九郎に、泰平の時勢に取り残された村の若者の焦燥感が出ていてよかった。
メークも歌舞伎でいう「砥の粉地」になっており、戦国の気風を残した男に見えるのが良い。
・座長の蟻之助の堂下勝気の時代がかった台詞回しがこの芝居にはあっていた。
・金崎敬江、太田鷹史がいつもとは違った役どころで新鮮だった。
・楽団を歌舞伎の「黒御簾」様式で隠し、色裃風の衣装を着ているなど、見えないところにも工夫があり、好感が持てた。
・ところどころ、唐十郎の芝居を思わせるワクワクする場面があった。これは具体的にどう、というより体感の問題だが、清末氏には最大の褒め言葉だと
私は思っている。
【ご来場・自宅での鑑賞 ありがとうございました】大空襲イヴ
Aga-risk Entertainment
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2011/03/18 (金) ~ 2011/03/21 (月)公演終了
満足度★★★
スケルトンのみで見せるシチュコメ
震災後8日目、一部の物不足が報道され、買い出しの大荷物を持った人でごった返すなか、新宿の会場に向かった。
震災前に観ると決めていた公演だったけれど、日に日に心が重くなり、予約できなかった。
思い切って当日売りを買ったけれど、まだ心が震えているようで、客席に座っていても正直芝居に集中できる状態ではなかった。
冨坂友さんは、この作品が太平洋戦争末期、東京大空襲前日の非常時に「~どころじゃない」と笑い飛ばす喜劇であり、
ここで上演をやめたら嘘になってしまう、という思いをパンフの挨拶文に書いている。
4面あるパンフの1面を全部使って緊急時の避難注意が細かく書かれてあり、前説は簡単な避難注意以外震災に関する言葉はなく、なるべく平常心で観劇してほしいと思ったのだろう。
安全を考慮し、セットなし、衣裳なし、機材も最小限というコンパクトな舞台で、稽古場見学と錯覚する雰囲気だった。
昨年、ル・デコでやった番外公演の「みんなのへや」の手法を生かし、スケルトンのシチュエーション・コメディ。
シチュコメはお金をかけなくても上演できるという冨坂さんの挑戦でもある。
※震災直後、長期のログインエラーで投稿できなかった感想がたまってしまい、遅くなりました。いま、少しずつUPしています。
ネタバレBOX
スケルトンのみのシンプルな上演形式がはからずも今回のような非常時に生きる結果となった。
衣裳やセットがなく、ある意味、俳優たちは演技力だけで観客に伝えなければならず、きつさがあったと思う。
戦時中、医者の家に下宿してい医学生の目の前に、この家の裏手にあるはずの埋蔵金を掘り出すからと脱走兵がころがりこんでくる。
医者は国防婦人会の班長をしている気の強い妻の目を盗んで、独身と偽り、不倫している。
愛人が医者の家を訪ねてきて、脱走兵を探す特高刑事が、医者の嘘からさまざまな勘違いをし、混乱していく。
脱走兵とは逆に、もう一度戦地へ行くために医者に偽の診断書をもらおうと訪ねてくる傷痍軍人は、医者の不実に絶望した
愛人と思いを通わせ合うことに。
埋蔵金の代わりに掘り出したのはなぜか金属供出を逃れるために隠したメダル。
だが、人々は「埋蔵金だ!」と狂喜乱舞。訂正しようとする医学生の声は最後まで耳に入らない。
医者の矢吹ジャンプは本拠地ファルスシアターの看板俳優でシチュコメを手のうちにしているだけに出色の出来。
医者は色事においてはとんでもないくずるい男だが、矢吹が演じると、ひたむきな可愛さがある。
医者の妻、木村ゆう子(帝京大学ヴィクセンズシアター)は口達者で気の強い妻を好演。この妻がいるから医者のキャラも生きてくる。
医者の友人で、特高刑事との板挟みになりながら右往左往する巡査を斉藤コータ(コメディユニット磯川家)が演じ、コントのように流さない
きっちりとした芝居で好感が持てた。
狂言回し的役割の医学生の淺越岳人は、ラストの混乱の中で「そうじゃないから」と言い続け、周囲に聞き入れてもらえない「ウケ」の芝居が
よかった。彼を見ているとSETの小倉久寛の若いころを思い出す。彼もこういう「ウケ」の芝居が巧い人だ。
この作品で一番不満が残ったのは、タイトルにある「東京大空襲前日」という状況の必然性が感じられなかったこと。
毎日、空襲警報に怯えて暮らす人々の戦時中の緊迫感もなく、きわめて呑気な日常に見える。
たとえ大本営発表でもいいから新聞記事や世相について人々が語り合う場面とか、配給による食糧難などの生活感を出してほしかった。