タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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BLUE ~龍宮ものがたり~

BLUE ~龍宮ものがたり~

teamオムレット

新宿シアターモリエール(東京都)

2017/10/04 (水) ~ 2017/10/09 (月)公演終了

満足度★★★★

伝説の浦島太郎…一見、幻想的な竜宮物語のように観えるが、実は今日的なテーマを含んでいる。夢、非日常の世界観は面白いが、観終わった後にはしっかり考えさせる余韻のようなものが残る。そんな観応えのある公演であった。

脚本・演出(林将平 氏)、演技(ダンス)・美術・音楽・照明・衣装などの絶妙なアンサンブル(調和)に加え、観ていて楽しいと思わせる雰囲気、その観(魅)せ方が上手い。
物語は、御伽噺の世界を借りて、人間社会の理不尽な差別、嫉妬、怒り、色恋などの衝動や葛藤を描く。不条理な人間(竜宮)模様が重層的に浮かび上がってくる。
(上演時間2時間) 2017.10.9追記

ネタバレBOX

紗幕で仕切り、舞台奥に観える龍宮の世界、手前(客席寄)は現実・人間の世界という設定で、視覚的に解らせる。
セットは、2階部を設え、簾のようなものが横一面に掛けられており、赤い欄干。上手側から下手側に斜めに階段が付けられている。正面から見える壁は白く、所々に海藻の絵が描かれている。上手側には出入り口で、赤い毛氈のようなもので囲われている。また天井には飾り提灯が吊るされている。

梗概…時は昭和、それも敗戦から立ち直り高度成長期を迎えようとしている時。今の乙姫:藍(立原ありさサン)が海洋汚染を防ぐため、人間界から次郎(釣舟大夢サン)を龍宮城へ招く。招いた当初は思惑もあったが、次郎の優しさ思いやりに恋心が…。一方、この龍宮城、海の中でも差別問題があり、嫉妬・羨望などの愛憎が渦巻いている。

テーマの重たさに比べ、観せ方が浮遊している感じだが、それは敢えて海中深い世界のこととして割り切ることが出来る。それよりも訴えたいテーマに注目し、表層的に見える体制維持・差別、一方、人間による海洋汚染・環境破壊という問題提起が大きく描かれる。一子相伝ではないが、浦島太郎から次郎へ投げかける言葉…「近々、水難の相が」に導かれて龍宮城へ行くことが示唆される。冒頭、その人物選眼が描かれるが、ラストはそれが回り廻るような構成で、取り組みには地道な活動が必要なことを見せる。何しろ今でも解決出来ずにいるのだから…。

この公演は、多くのキャスト(ダンサーも含め)が、それぞれの役割を持っているが、出番自体で観れば限られたメンバーで展開している。それゆえ多くのキャストがいても混乱することはない。人間界は太郎・次郎の2人だけ。多くは龍宮城にいる姫、官女、城外の海の生き物で成り立ち、その衣装は華やかで特徴(役柄と衣装色の調和)あるもの。また宴会と称して舞うダンスも優雅であり力強さも感じる。

誰もが知っている御伽噺をオムレット流にアレンジしたファンタジー・ヒューマンドラマは、テーマの捉え方、ビジュアル的に楽しませる、そうして照明・音響という技術効果を生かして観(魅)せる公演にしていた。その意味でエンターテイメントであろう。
ちなみに、龍宮と人間界では時間の流れの早さが違うと…見た目は、初代:乙姫と太郎との間にそんなに差がないと思うのだが…。

次回公演を楽しみにしております。
皇宮陰陽師アノハ

皇宮陰陽師アノハ

レティクル東京座

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/02 (月)公演終了

満足度★★★★

フィクションとして、非日常性が楽しめる公演。
物語のテーマ性、訴求性というよりは、純粋に観て楽しむ、そのエンターテイメントに徹したという印象である。サービス精神旺盛な演出、それを具現化する演技や技術(音響、照明等)が物語の世界へグイグイ引っ張り込む魅力がある。
(上演時間2時間40分)

ネタバレBOX

梗概.…説明文から、第三次世界大戦で大敗し『國家解体』され百年程経過した日本。最高権力者として首都・京都を治める天皇家はその一方で、日本を敗戦國に貶めたとし徐々に斜陽の時代を迎えていた。天皇・大瑠璃(おおるり)陛下に仕える皇宮(こうぐう)陰陽師・安倍アノハは終戦記念日の日、陛下に災厄と同時に僥倖(ぎょうこう)が訪れるという星をよみ解く。記念日当日、突如として錯乱した皇宮護衛官に襲われかけた陛下だったが謎の青年(不破ウシオ)により命を救われる。陛下は彼を直属の特別皇宮護衛官に任命し、アノハや幾人かの心許せる者たちと共に天皇家の威信復活のため静かに闘志を燃やす。
一方、陛下の弟・朱鷺皇子は、別の国家建設を企てる。こちらにも民間陰陽師・蘆屋ホクトが味方し、天皇家の争いが始まる。

人物設定が少し違うが、日本史で学ぶ「壬申の乱」を思い出す。物語の結末は史実と違うが、何となく歴史を紐解くような感じになる。また京都の地へ入るには羅生(城)門を通らなければならないと…何だか文学的なことも含まれていたような。

物語は強いテーマ性、何か訴えるというよりは、観(魅)せる世界で楽しませるという感じである。劇団の真骨頂は、ハイスピードな台詞回しと独特なテンポ。そして大爆音、大閃光、華美衣装、耽美化粧という観せる力。歌って踊って演じるというテンターテイメント上演である。

舞台セットは、2階部に障子・欄間が見え、上階の左右から1階中央に向かって階段が設けられている。中央に暖簾のようなものがあり、そこを中心に出入りする。もちろんここが羅生門である。シンプルであるが、その上下の動きが躍動感を生みテンポよく見せる。そして陰陽師が使役する「式神」などのアクションも楽しめる。安倍アノハが使役するのは男優で力強い殺陣、蘆屋が使役するのは女優で妖艶な舞踊のようで、それぞれの役柄と特長を最大限引き出す演出は見事であった。

次回公演を楽しみにしております。
江戸川乱歩傑作シリーズ 恐怖王

江戸川乱歩傑作シリーズ 恐怖王

ミステリー専門劇団 回路R

北池袋 新生館シアター(東京都)

2017/09/15 (金) ~ 2017/09/17 (日)公演終了

満足度★★★

豊島区に縁のある江戸川乱歩作「恐怖王」が原作であるが、あまり人気のない作品だという。なぜ、その作品を第29回池袋演劇祭参加作品に選んだのか。それこそミステリーだが…。それには、書か(連載さ)れた時期が影響しているようだ。

未読の作品ゆえ、公演によってその概要を知ることになるが、その作品の魅力が十分伝わらないのが残念。もっとも「恐怖王」という原作自体が乱歩作品の中で人気がないためかもしれないが…。
(上演時間2時間10分)

ネタバレBOX

舞台セットは、ほぼ素舞台。上手側の衝立と脚長の椅子。
梗概…説明文には「怪人ゴリラ男を操り、猟奇犯罪を繰り返す恐怖王。惨殺される美女たち。現場に残された赤いさそりの紋章。次の犠牲者は誰か。名探偵明智小五郎は事件を解決出来るのか。今まさに帝都は恐怖の坩堝と化す。」と書かれている。

この小説が書かれたのが昭和6~7年で、軍靴の響きが高くなってきた頃である。恐怖に陥れる目的は、原作では不明確らしいが本公演では明確にしている。公演では”本格推理”と”変格推理”といったような台詞があったが、その定義は今一つ解らなかった。その曖昧さが”恐怖”に繋がるという。

殺人鬼=ゴリラ男を操り世間を恐怖に陥れる。恐怖恐怖と畏怖させることは、流言飛語の類である。根拠が明確ではないのに言いふらす風説。ある事件(当事者になるのは限られた人達)が起きた時、具体的な問題を変則的な報道形態で流す。内容の断片と断片の溝や矛盾があって首尾一貫して正確に伝えきれない。そしてそれが人から人への口伝として伝達されていく。不確実な情報伝達、その連鎖的コミニュケーションの結果、次第に歪曲の度合いが増していく。
本公演での恐怖は、軍靴の足音が大きくなり不安になってきた国民の気持をさらに不安にさせ、戦争という恐怖を誤魔化し感じさせないため。人気のない作品をベースに、物語の世界観を鋭くさせる脚本は見事。

しかし素舞台で、推理劇というには観せ方が不足しているように思う。物語の展開は演技とともに視覚的に面白い、そして納得感がほしい。

次回公演を楽しみにしております。
ふぐの皮

ふぐの皮

中央大学第二演劇研究会

シアター・バビロンの流れのほとりにて(東京都)

2017/09/01 (金) ~ 2017/09/03 (日)公演終了

満足度★★★

吃音に悩む男とその友人たち(現在25~26歳)の回想劇。数年ぶりに帰郷しての中学時代の同級会。しかし、出席してくると思われた男の弟が現れ、吃音の兄の学生時代の思い出を聞き出していく。薄らいだ思い出を辿ると、そこには意識しないだけで苛めを行っていたと認識させられる。サスペンスとはいかないが、記憶の掘り起こしを通じて明らかになる吃音者への軽蔑、憐ぴなどの深層が浮かび上がる。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

舞台セットは、左右両側に客席に向かって傾斜または段差のある通路。真ん中に台座スペースを確保しテーブルを置くなど、家族風景を持ち込む。下手側に和戸があり、それを開けると水の音(さざ波又はせせらぎ)、そして風が流れているかのような微風を感じさせ、別空間をイメージさせる。形象したセットは、物語を会話劇で進めることを意識しているようだ。

会話は深刻、軽妙を繰り返し、その結果吃音者への行為が醜類だったことが露になる。一人ひとりが行った行為は他愛ないもの、そう認識しているのは当事者で、相手の気持ちなど考えてもいない。物語の主張は、タイトルにある「ふぐの皮」のごとく幾重にも描かれるが、全体的に理屈っぽい説明風に思えてしまうところが残念。また吃音者=差別=苛めという単純な構図ではないだろうが、それでも物語の世界観が広がらず、元同級生たちの悔悟のみがクローズアップされる。
また、前説では差別的ではないと言いつつ「ふぐ(不具)の皮」として吃音を描いていたようだ。人の皮とは何か、厚顔無恥を示すのだろうか。

学校や家庭でのこと、また同級生の彼女とのことが交錯して描かれる。いくつかの観点を通した客観的な彼の姿は、いつの間にか主観的な彼の視点と同化しているが、本当の彼の気持を表しているのだろうか。その描きたい事は何か、テーマのようなものが見えてこないが…。

次回公演を楽しみにしております。
木の葉オン・ザ・ヘッド

木の葉オン・ザ・ヘッド

超人予備校

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★

タイトル「木の葉 オン・ザ・ヘッド」の通り、頭に木の葉をのせた登場動物。この劇団は演技力と動物(今回はタヌキ)に拘る作風から、旗揚げ当初は「学芸会」と言われていたらしい。今では自ら「大人の学芸会」と名乗っているという。

本作品は街とお金にまつわるコメディであるが、タヌキ=化かすという俗説を逆手に取った寓意ある内容だった。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

舞台セットは、木または葉脈をイメージさせるオブジエ。その後景に高層ビルのような影絵が見える。下手側奥には黄金色に輝く月、客席寄りに木製ベンチがある。

梗概…人間の世界に憧れタヌキの街(茶ガ町)を作ったが、若いタヌキは町から出て行き町が衰退してきている。人間社会にける過疎化問題そのものの縮図である。そんな茶ガ町に人間が現れて…。
説明を要約すると、「タヌキは漢字で書くと『狸』。「けものへん」に「里」である。人間と近いところにいた。今もゆるキャラなどに姿を変えて、我々人間と共にいるのかもしれない。タヌキとの結びつきを無くした今の日本。「里」というものが無くなっていきた。失われつつある懐かしい日本の風景を、タヌキの存在を通じて描いてみたい」と…。

一方、タヌキの町に紛れ込んだ男は借金苦、金が欲しい。町にある”金の成る木”、そこにある葉が「金」に化けることから、若いタヌキを唆し手に入れるが…その結末は予定調和のような展開である。もちろん寓意を含んでいるが全体的に緩くピリッとしない結末に思えてしまう。大人の学芸会と言われる所以であろうか(少し子供向けか、それとも関西・東京の笑いのツボが違うのか)。

せっかく現代社会への警鐘と思えるようなことを、タヌキの社会に投影し見せている。そこに人間の狡さ、金亡者という醜さを織り込んで社会(街)と個(人間・狸)という縦・横の話の面白さが十分伝わらないのが残念。

役者は若手、ベテランを配しているが、その力量に差が見られ少しバランスが良くなかったと思う。
次回公演を楽しみにしております。
人魚秘め

人魚秘め

ガラ劇

萬劇場(東京都)

2017/09/06 (水) ~ 2017/09/10 (日)公演終了

満足度★★★★

梗概はアンデルセン童話「人魚姫」であるが、タイトルの「秘め」は現代日本の深刻な問題を示すもの。幻想的な舞台演出であるが、これは”幻”ではなく、”現”であるから切なく悲しい。「姫」が個人的な”思い”であるとすれば、「秘め」は社会的な”重い”である。内容の重さを演出で観(魅)せている。少しネタバレするが、深海の生き物を被り物で微笑を誘う。
全体的には観客の心象に訴える公演で、観る人の感性、またこの問題に直接・間接に関っている人は思い入れが強いのではないか。
(上演時間1時間45分)

ネタバレBOX

客席の挟み舞台。中央に薄い半透明の青布(工事現場用のブルーシートではない)を何枚か敷き、シーンに応じて持ち手が変わり波打つように揺らめかせる。その布の揺れ(波間)に人物や魚介類などの姿が見え隠れし、海上・海中をイメージさせる。そこに照明(色彩)が照射され幻想的な雰囲気を漂わせる。一方、周囲の壁は灰色で、まるでコンクリートを連想させる。

梗概…恋する人には妻がおり、その人の弟から思慕されるという三角関係のような展開。この恋焦がれるのは「人魚姫」をモチーフにしているからで、本公演のテーマは東日本大震災による原発事故の後始末を巡るもの。海の生き物たちが次々に変調をきたし死んでいくが、それは核汚染物質を海洋投棄したことが原因である。汚染された水を海へ、しかし、水が汚染されていることを知らない。一見何の問題もないように見える行為に隠された恐ろしい真実。うたかた(泡沫)の夢=泡→灰をイメージさせる。秘め事は、人間の手には負えなくなった文明(原発)への警鐘を意味するようだ。

人間界(兄)における秘密、隠蔽、焦燥などの苦悩。一方、人魚姫に恋する弟は純粋な愛に殉じようとしている。

人魚姫の悲恋と原発汚染水で死んでいく、その悲劇をダイナミックに繋げるのは、アナグラムの機知、笑いと逸脱(被り物)を盛り込んだ脚本・演出と、詩的な台詞の印象付けであろう。そして役者たちは海中にいる生き物となり舞台を水流のように横切りシーンを転換したりする。それには多くの役者が、本来の役柄以外にアンサンブルとしての役割を担っている。

問題を闇に葬るのか、聞かせる相手もなく海の底で横たわる物たちの怨嗟が聞こえてくるようだ。
次回公演を楽しみにしております。
犬神家の反則

犬神家の反則

演劇ユニットちょもらんま

北池袋 新生館シアター(東京都)

2017/09/28 (木) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★

タイトル、もちろん「犬神家の一族」をもじっているが、内容は重厚ならぬ軽妙な感じで、肩の凝らない娯楽作品。とは言え、描いているテーマのようなものは、カルト的で少し怖く思える。
(上演時間1時間30分)

ネタバレBOX

舞台セットは、衝立で仕切られているが、その奥に何か作られていることを思わせる。上手側に彼岸花が咲いており、上演前からスポットライトで照らされている。冒頭、殺傷現場のシーンから始まるが、暗転後、先に記した衝立が折りたたまれ、山奥の邸宅(居間)と思われる空間を作り出す。襖や中央に座卓が置かれている簡素なものだが、雰囲気は十分でている。

物語は説明の通りであるが、探偵はマザコンのようでもあり頼りない。事件解決に向けて知的な素振りは全然見えない。表層的にはスラプスチック・コメディのようだが、実はカルト集団の内実と脱会という深刻な内容を描いている。何となくオウム真理教の一連の出来事を連想してしまう。その家の家族は、どこか”ぎこちなく”違和感を覚えるが、その理由が徐々に分かってくる。その過程が緩い推理になっており、先に記した表層コメディと相まって面白楽しく観ることができる。

また、アクセントのように咲いていると思われた彼岸花の意味も説明され、謎を回収していく。その本来の推理を当初の緩い依頼事や車の故障という脇筋で包みながら展開する巧みさ。

演技は、一人何役(性格の違う姉妹)も行う前野鳩子さん以外は、犬神家の家族と探偵とその母親という登場人物で分かり易く、人物造形が出来ていた。ただ、何となく探偵と母親が部屋内を走り(何度か一周または半周)回って退室している印象が強く、逆に言えばそれ以外の人物のシーンや動作が暈けてしまったように感じたのが残念。

次回公演も楽しみにしております。
量産型ガラパゴス

量産型ガラパゴス

劇団ピンクメロンパン

シアター風姿花伝(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★

表層的には民族差別のような内容だが、ラストに明かされる真実はもっと暗黒なもの。それを重層的に描き、ラストまで目が離せない秀作。

「息をも吐かせぬ怒涛の展開と、現代日本にも通じる静かで無感情な怖さを描いた今作。鑑賞後、心に残るは希望か絶望か、孤独か絆か。是が非でも刮目もせし劇団史上最も壮大且つ緊密な作品」という謳い文句。物語は仮想、未来という設定であるから、現実問題に重ねても理解出来ない。しかし訴えようとするテーマは鋭く、物語性を併せて観応え十分であった。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台セットは、上演前は客席に張出した半円形の紗幕(暖簾のように切り込みあり)。開演するとそれが左右に開いて、異次元的な雰囲気を醸し出す。上手側上部には別スペースを設け、会見場所のように見せる。他にBOX椅子が数個置かれ、情景・状況に応じて並びを変える。

梗概…物語はおじいさんが子供たちに童話を読み聞かせているところから始まる。その寓意ある内容がそのまま公演のテーマに置き換わってくる。
舞台は地球以外の星、その近未来という設定である。その国では一部の特権階級(ランチャー)と市民(グラス)の間に大きな差別・格差があった。グラスのヴェイン(律人サン)は現状から脱するために中央官庁に入り、立身出世を果たすが、彼女は国が抱える大きな闇と陰謀に巻き込まれる。ヴェインの幼馴染はこの差別格差を崩壊させるため革命を企てるが、殺され頓挫する。一方ヴェインは権力を握り、いつの間にか差別する側に立ち、被差別者を圧政するようになる。立場が人を形成するのか、人の行為が立場を作るのか…人の立場が顔つきを含め性格が変わる恐ろしさを見せる。

実は、この国ではもっと恐ろしいことを行っており…。その世界観の広げ方と暗部を抉り出すような急転に驚かされる。現代日本では完全な犯罪行為(臓器売買・移植⇒クローンへ)である。それを差別・被差別という表面的なところに隠蔽する。目に見えていることだけに囚われると事の本質が見抜けないという寓意を思わせる。

セットはあまり作り込んではいないが、役者の演技力で物語の中にグイグイ引っ張り込んでいく。童話の読み聞かせは、その後の展開にあまり絡んでこないようだ。寓意性を示唆する冒頭シーンとしてはインパクトが弱い。
演技は、律人さんの変貌ぶりに圧倒される。その姿はある首長を務める女性をイメージするが、その旨を帰りがけに話したところ、意識しモデルにしたとのこと。全体的に幻想と現実の世界が混じり溶け合った物語は観応え十分であった。

次回公演を楽しみにしております。
メビウス‐201709-

メビウス‐201709-

リンクスプロデュース

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★

2組(A・Bチ-ム)の演技の違いが物語の印象を変える。そこに脚本の力、演出の妙を感じる。

Aチーム(田代圭佑&今池由佳) 9月27日
Bチーム(三浦 求&澤井里依) 10月1日
ちなみに、第29回池袋演劇祭公式パンフレットに載っている写真は、Bチームの2人であった。

演技力の甲乙を付ける記載はしない。それぞれのチームに特長があり、今回観られなかったC・Dチームも違った雰囲気で物語を紡いだであろうから。
また、演じるチームの数だけ物語は違って見え、変化し続けるだろう。その意味で、自分勝手に今後の楽しみと期待を込めて☆4つとしている。【演技】

ネタバレBOX

時空に生きる生命(いのち)…アンデルセン「マッチ売りの少女」を思い出す。その中で「流れ星は消えようとしている誰かの命」と言っていたことを思い出す。最後のマッチに火をつけた時、祖母が現れ少女を抱きしめ空へ昇って行く。人の魂は永遠であり、人は死して星になる。この公演では廃棄されるために送られてきた、この星こそ…そんなことを連想した。

エネルギーが切れる寸前、2体のアンドロイドが交わした「思い出してくれてありがとう」…その言葉を巡って記憶の旅路が始まる。そして旅を通して忘れないという”約束事”が思い出される。それは人間にとって原始的、そして極めて単純な取り決めという。日々の小さな幸せが戦争によって壊され離れ離れになる。その瞬間交わされる言葉、手を離さない、ずっと待っているに哀切が…。

【Aチーム】
場面ごとに今起きていることが一瞬のうちに過去になる儚さ。先に待っていることに不安が募る。そんな静的の繋がりが滲み溢れる。
男女ともロボットパフォーマンスは、その動作が大きく今の技術レベルを思わせるもの。また人間としての戦闘アクションは、切れ・勢い・ダイナミックさが感じられ迫力があった。今池さんの湖の畔場面は、絵画の中の水汲みシーンのようで静謐感漂う。一方戦闘シーンは椅子に乗るなど一変して激しい動作。その時の語り口調(口跡)が強く、何故かショウダウンの女優さんを連想してしまった。硬質・透明で美しい宝石、そして孤高といったイメージ。

【Bチーム】
愛という目に見えない概念を、具体的な細部によって具現化する。日常の感覚にピタッと寄り添っている感じである。例えば、何を食べたいか?食べるという生活、そこにささやかな営みが見える。その視線と描写を生き活き(動的)とポップに演じる。
2人のロボットパフォーマンスや、人間の戦闘アクションは小さい。楽しい生活の思い出の断片が紡がれるイメージ。澤井さんの落ち着きのある口調、緩い笑いを交える楽しませ方(桃太郎物語-三浦さんの 犬、雉(隼)、猿(ゴリラ)という変顔)で和ませる。アクションでもBOXへは1回しか上らない。それでも物語を動かす力を感じる。

A・Bチームそれぞれに特長があり、物語の雰囲気が違って感じられる。その演技は音響・照明効果も違って感じられるほど影響させる。しかし両チームとも紗幕の向こうに見える白い花…その余韻は見事に引き出していた。

次回公演を楽しみにしております。
メビウス‐201709-

メビウス‐201709-

リンクスプロデュース

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★★

本公演は、男女2人芝居を4組が上演(A・B・C・Dチーム)。池袋演劇祭公式パンフレットには、これまで大阪のみで上演し、初の東京公演とある。
原作はナツメクニオ氏(劇団ショウダウン)であり、同一脚本であっても演じるメンバーによって、その数だけ物語が違って紡がれるようだ。自分はA・Bの2チームを観劇したが、その物語感の違いに驚かされた。
舞台セットはシンプルであるが、そこで描かれる物語は、自分の脳内に浮かぶ場面が登場人物の記憶なのか、自分の思い入れなのか、観客の共通認識なのか。一つの脚本がこれだけ印象の異なる作品として生まれる、という演劇の楽しさ素晴らしさが実感出来る。2人の心象劇の奥深さ、底知れなさを”静視”した。
(上演時間1時間30分)【脚本】

ネタバレBOX

舞台セットは、バックに紗暗幕。ほぼ中央に白いBOX2つ。四方に無機質感を出した断鉄骨風なもの。シンプルなだけに、役者の演技力が問われる舞台。
梗概は、チラシ表面全部を利用し細かい字で書かれているが…。

地球から遠く離れた星で出会った港湾労働型と家事労働型のアンドロイド2体(製造が50年以上で経年劣化している)。「どこかで会ったことがありませんか?」という問いかけが物語の始まり。その問いを確かめるため記憶の旅路へ。それは1991年、1840年そして遥か昔のローマ人・ガリア人が登場する争いにまで遡る。3000年という時を遡行する旅路で観たものとは…。
出会いは、その都度夫婦、敵味方の兵士、人間と動物などの関係性に変わるが、確かに出会っていた。そしてその時々の戦争などによって別離が繰り返される。

”愛の記憶”の象徴として描かれる白い花。それを2人が握り合うことで記憶を確かめ合い、今に至っていることを知る。エネルギーが切れるまでの僅かな時間…その瞬間までが愛おしくなる。戦争によって引き裂かれた愛、それは、かつて人間であった2人がアンドロイドという存在に変わっても、なお悠久の時を経て確認できた”愛”。

物語は、役者の演技、多少の演出の違いによって異なる雰囲気を醸し出すように思う。その意味で映画映像と違って生身の役者が演じている芝居の面白さ、醍醐味が感じられた。

次回公演を楽しみにしております。
無料公演「ギンノキヲク」&介護福祉フェス!

無料公演「ギンノキヲク」&介護福祉フェス!

ラビット番長

あうるすぽっと(東京都)

2017/09/29 (金) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★★★

第28回池袋演劇祭「優秀賞」受賞記念…無料公演(介護福祉フェス同時開催)。
クラウドファンディング支援者を含め、多くのサポーターの支えもあって実現したという。千穐楽に観劇したが、ほぼ満席状態という盛況ぶりであった。

物語は特別養護老人ホームを利用する人々、ホームで働く職員、さらに行政・企業の関わり方など多面的な観点から描く。それも制度・施策的な観点というよりは、感情があらわになる人の目を通して描いているため心が揺さぶられる。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台は特別養護老人ホーム「紀陽の里」。ヘルパーの視点を通して観た介護の問題を笑いと涙で描いたシリーズ作。
舞台セットは、段差ある前面をカーテンで仕切り、それを開けると上手・下手側に部屋が現れる。上手側が「紀陽の里」の事務室。下手側が訪問介護するお宅イメージ。特に事務室内は小物も含めそれらしい雰囲気を出している。

物語は、特別養護老人ホームでの介護活動を事例的に取り上げ、介護と言っても一様ではないことを描く。公演ではショートスティ、訪問介護(寝たきり、認知症)等を挙げ、それぞれに応じた介護支援を行っている。そのシーンを通して24時間体制の介護、日常生活支援サービス、リハビリ(紙ヒコーキ作り)を織り込んでくる巧みさ。
一方、介護に携わる職員の厳しい労働実態も観えてくる。安い給料(あと5万円欲しいという嘆き)、交代制勤務(シフトの難しさ)が、単に遣り甲斐、使命感だけでは解決出来ないという現実を付き付ける。

さらに物語は、ホームで働いている職員の肉親の介護という、それこそ「介護とは」という根本を問うような場面を用意する。仕事としての介護と肉親を介護する、そこには心情という大きな壁があるようだ。肉親をホームに入居させるには、やるせ無いという思いの一方、介護の厳しい現実の狭間に揺れる心。この公演の”人の視点”からというのが伝わるシーンである。

さて、ギンノキオクシリーズは全作品観ているが、時を意識して少しずつ展開を変えている。例えば、過去公演では介護の一環としてリクリエーション場面が描かれていたが、本作では介護用コミュニケーションロボット「テレノイド」を登場させ時代に即応させている。
高齢社会に伴い、介護問題は普遍的なテーマになってきている。そのテーマが色褪せることなく観る人の心を揺さぶり続けるためには、時代を意識した内容に進化させることが大切だろう。

次回公演を楽しみにしております。
めいじゅたなごころにあり。

めいじゅたなごころにあり。

遊々団★ヴェール

TACCS1179(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/01 (日)公演終了

満足度★★★

物語は、温泉旅館の新米主人の成長と家族再生を横軸に、地域活性化を縦軸に交差させた人情劇。ハッピーエンドという予定調和であるが、その過程が実に面白く描かれる。
もっとも時間軸は父親の一周忌から三回忌迄。また会話(台詞)には俚言を取り入れて情緒感たっぷりで楽しめる。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台背景は岡山県緑町のあづま(温泉)旅館。そのセットは、中央に横長ソファー・BOX椅子、上手側に変わり兜・赤韋威大鎧(?)の甲冑、その奥は浴室へ通じる暖簾が見える。ほぼ中央奥に2階への階段。その横に兜・洋画が飾られている。下手側奥の(孟宗)竹林、食堂への通じる暖簾。観光パンフレットのラツク等も置かれ雰囲気作りは素晴らしい。

梗概…父の一周忌に集まった兄弟姉妹(名前に春・夏・秋・冬の文字が付けられている。季節、性格の違いということか)。長男が老舗温泉旅館・あづまの跡を継いだが、その経営は思わしくない。「湯守り」として真摯に温泉と向き合うが客足は遠のくばかり。ある日、町役場に勤める幼馴染・和馬からある提案を持ちかけられ……。

この町を経済特区にして地域活性化を図りたい。そのためには旅館の土地が必要で立ち退いて欲しいというもの。旅館の経営が厳しいことも相まって苦慮する主人。懐かしい風景(故郷)を残すこと、一方、過疎化など街の活性化が必要なことも分かる。今、地方都市に見られる典型的な問題を提示し、温泉旅館としてどう生き残るか。
この温泉旅館の従業員や宿泊客などを巻き込んだドタバタコメディは、典型的な娯楽演劇として楽しめた。

気になったのは、主人公が「湯守り」という設定であることから、なぜ温泉が出なくなり、再び出るようになったのか。温泉旅館の主人は「湯守り」として一生懸命取り組んでいたが、経営的なことは妹や従業員任せ。そんな時、温泉が出なくなり大騒ぎとなる。主人が(帰省していた弟から)経営の重要性を認識させられ、皆の力(協力)が必要であると懇願をする。この主人の成長が、などというスピリチュアルな現象として解決するのは安易だと思うのだが。それとも自分が見逃したのだろうか?

先にも記したが、分かり易い人情劇で楽しめたが、この件は卑小なこととして置き去りに出来ないのだが…。
次回公演を楽しみにしております。
寺島浴場の怪人

寺島浴場の怪人

シアターキューブリック

墨田区・寺島浴場(東京都)

2017/09/30 (土) ~ 2017/10/11 (水)公演終了

満足度★★★★

銭湯で観る公演は初めてであったが、その内容は十分楽しめる珠玉作。タイトルにある寺島浴場は東向島駅近くにあるが、そこに現れる怪人たちの物語は抒情的。東向島は、かつて賑わった玉ノ井遊郭など、現在の東向島を舞台にした永井荷風の小説「墨東奇譚」の街。この街興しの一環も兼ねている公演らしい。観劇した日は良い天気であり、浅草から会場(浴場)まで歩いてみた。その途中に小梅小学校というのがあったが、チラシの見返り女性の役名は小梅と言う。まさしく地元愛が感じられる。
なお、この作品は2010年上演「曳舟湯の怪人」のリメイク公演とのこと。

チラシには「ノスタルジック・ファンタジー音楽劇」と謳っているが、その内容は秘匿性が命。
公演は10月11日まで続くため、ネタバレには配慮してほしいと…2017.10.9追記。

こちらのスタッフはとても親切で、上演前後も含めて対応は湯に浸かったような気持ち良さ。
(上演時間50分)

ネタバレBOX

庶民の憩いの場である銭湯で演劇を行う、そのアイデアは街興しや小演劇界の活性化のためにも意義があると思う。

舞台は(女)浴場であるが、脱衣所も使用し演劇空間を広げて観せる。客席は浴場と脱衣所にパイプ椅子等を置いた2箇所。それぞれ一長一短があり、浴場は湯ぶねに湯が張ってあることから蒸暑い。脱衣所は、寺島浴場が水戸街道という大通りに面していることから、大型車両が通過する際、台詞が聞取り難くなる。

セットは特に作り込まない。時間の経過を表すため、昔懐かしい置時計を持込み、女・男湯の仕切り壁の上部に置く。この時の経過が上演時間を思わせるようだ。キャストの衣装-女優陣は湯あみ着、男優陣は褌または短パンといったもの。
湯ぶねの縁に腰かけ、時にカランの洗い場を回り跨ぐなど立体的な動作で観せる。

梗概は、再演することがあることを考慮し、チラシを引用…「気がつくと、そこは下町の銭湯。小梅は何が起きたの分からない。柱時計がボーンボーンと時を告げる。小学生時代の仲間たちがリコーダーを吹いてやってくる。クラスメイトのミサキは病気がちで、遊ぶのもいつも一人。ある日小梅は、女子リーダーの目を盗んで、ミサキに話しかける。わだかまりが溶けてゆく2人。「オペラ座の怪人」風に言えば、醜い顔ならぬ”わだかまりの心”から開放されるといったことだろうか。だが事件は唐突にやってきた。あの頃毎日繰り広げられた楽しい時間。しかし、それは二度と戻ってこない時間.…。あの頃は2017年、それから19年の時が経った将来。小学校時代の回想…商店街、駄菓子屋、路地裏など昔懐かしい風景が脳裏に浮かぶ。この場所はどこ…。私は、友達はどうなっているの?という謎がこの公演の肝。

この長居できない場所にいるのは…。
少しネタバレするかもしれないが、自分は1945年春の東京大空襲を想像してしまう。そんな世界観の広がりを思わせるもの。実にこの”ノスタルジック・ファンタジー音楽劇”は観応えがあった。

次回公演も楽しみにしております。
囚人

囚人

Oi-SCALE

駅前劇場(東京都)

2017/09/27 (水) ~ 2017/10/02 (月)公演終了

満足度★★★★

林灰二(脚本)、村田充(主演)のコラボ公演。舞台という額縁に林氏が入り物語が始まり、途中で額縁から抜け出し、普通に喋り出す。演出は自由であり、お喋りも楽しめるが、集中力が途切れ再び物語の世界に入るにはけっこう”力”がいる。その意味で好みが分かれそうな公演だと思う。
タイトル「囚人」は収監されていることではなく、口⇔人のように囲われの中に出入りする。人は何かに囚われ柵(しがらみ)の中で生きている。それが無くなった時は、もしかしたら”死”を意味する。

少しネタバレするが、舞台セットは暗幕で囲い中央・上手・下手側に白い紗幕が吊るされている。まるで鯨幕のようだ。
自分が観た回は満席で、通路に増席までする盛況ぶりであった。
(上演時間2時間) 

ネタバレBOX

舞台全体が白黒で、先に書いた鯨幕以外にベンチ、工事現場のコーンが白色。舞台背景は、丘の上に建つ病院。その中庭かrら眺める風景は格別なもの。その風景も衣装を変えることで季節の移ろいを表し情緒感を漂わせる。また照明効果で海中風景を見せるなど素晴らしい演出が観られた。

梗概…男は重篤な病の治療のため長く入院している。 街から離れ不便な場所にも関わらず度々訪問者が来る。皆、男の持つ《力》を頼りにして来る。男は寿命の残り少ない者を嗅ぎ分ける力があった。死が近ければ近いほど、その者の身体からある華の香りが強く漂うと言う。しかし、男は自分の寿命だけは分からなかった。そんな日々の中、あることをキッカケに男は異変に気づいた。あの華の匂いが、全員からする…。
丘の上、すぐそこまで津波が来る。生き残ったのは、あそこに見える奇跡の桜のおかげである。この病院に入院している患者とその家族を通して生と死を見詰めるが、事前に死期を知ることでその心の準備等が出来るか、本当に知る勇気があるだろうか?公演では主人公以外に4組の家族がその自問自答を行う。そこに家族の形態や繋がり方によって対応が違うことが描かれる。ラスト…隠されたというか明かされた関係に驚かされる。

「囚人」は漂う華の匂いを嗅ぎ分けて、他人の残りの寿命を知る特殊な力がある主人公由利太郎(村田充サン)が、死に向かう訪問者達と触れながら、自らも病に冒され最後の日へと近づいていくという、悲しみの漂う物語。
「囚人」という文字に準えれば、舞台という囲いの中では”神様”である林氏が自由に描くが、囲いの外、つまり観客はどう思うか。
全体的に幻想的なシーン、抒情的な雰囲気は、物語の心象形成に大いに効果的な演出であった。紗幕へのテロップや華の映しも神秘的で印象に残る。その中で緩い笑いを取り入れ緊張感を緩衝させるなど見事であった。

次回公演を楽しみにしております。
Regulation'sHigh

Regulation'sHigh

BLACK JAM

萬劇場(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

ある種、今の教育現場に活を入れるような(体)力作。眠気など微塵も感じさせない疾走感が素晴らしい!

物語の結論はすぐには肯定できないが、清々しさを感じるのは、曖昧模糊、優柔不断など責任の所在を明らかにせず...に対し、教育は洗脳だ。と言い切る教師の存在が特異であるが、その理論展開が明快であるからだろう。不透明な時代に明確な指標を示すことが出来る。その正誤は...
(上演時間2時間)2017.10.1追記

ネタバレBOX

舞台セットは、上手側に布で覆われた物(サッカーゴール)、下手側上部にバスケットゴール、床には陸上トラックが描かれている。
この劇団の特長は、スポーツと称した運動量、その疾走感が観ていて清清しくなる。その躍動感が物語の中にグイグイと引き込んでいき、自分が同世代に戻ったかのような一体感が心地良い。

梗概…座黒高校はスポーツの名門高校、その部活は徹底したスパルタ教育が行われていた。そんな管理教育に反抗している生徒が収監されている最中、今(2017年)から1977年へタイムスリップしてしまう。40年の時を遡行して当時の座黒高校の生徒と交流することによって、今より厳しい体制・管理を経験し更に反抗・反発を覚える。1977年当時は教師に反抗的な態度を示せば体罰は当たり前。また練習と称して過度な特訓(腕立て押し車、うさぎ跳び等)で、今では効果がないと禁止されている練習も行っている。

この指導方法に疑問を持ったジャーナリストが、教師のインタビューを通じ教育現場のあり方に疑問を呈する。そして生徒に自主・自立を説き教師を辞職に追い込むが…。
教育は”洗脳”のようなもの。真の教育は人間形成を行うこと。生徒が間違っていれば叱る(体罰)という当たり前の行為。その方法と行為は、現代(2017年)では認められない。その時代間隔にある感覚の違いが鮮明であるため、分かり易い描き方になっている。

その管理教育で教育を受けた生徒が、今、座黒高校で教鞭を執っており、少し違うが管理教育という点では継承した取り組みを行っている。スポーツにおける精神力強化に役立つという。スポーツにおけるメンタル面強化、体力+精神を重視した教育論へ発展させている。
また生徒の監視・管理という面でも40年前の「風紀委員会」を「管理部」という部活に改組している。その体制、生徒による生徒の管理は本当に必要なのか。その例としてスタンフォード大学の監獄実験を挙げていた。その活動の是非は観客に委ねられたかもしれない。

演出…見せ方は、衣装が囚人服に見立てた横縞Tシャツ。スポーツの場面ではバスケットのエアゴールでネットを揺らすなど臨場感を表す。
演技…役者はそれぞれのキャラクターを立ち上げ、演技のバランスも良い。それは役者が時代の空気を身にまとい役者一人ひとりが役を突き抜け登場人物の人生を生きているからだろう。
特に、新藤雷蔵役(鈴木清信サン)は昭和52(1977)年当時いたような風貌・雰囲気の教師でリアリティがあった。
最後に、なぜ窓ガラスが割れ第7房へタイムスリップしたのか?そして現代へ戻ってくるその往還する契機は何だったのかが気になる。

次回公演を楽しみにしております。
夕凪の街 桜の国

夕凪の街 桜の国

“STRAYDOG”

シアターグリーン BIG TREE THEATER(東京都)

2017/08/30 (水) ~ 2017/09/03 (日)公演終了

満足度★★★★

この公演は、2016年の映画界の話題作「この世界の片隅に」の作者 こうの史代 女史の漫画「夕凪の街/桜の国」が原作。他の劇団公演を観たことがあるが、その時は特定した情景・情況を出現させるセットであった。時は流れて、”戦後”と呼ばれるようになっても、原爆投下された地続きは過去と現在を切り離すことはできず、今なお苦痛と苦悩と悲しみの中にいる。セットは、簡易で場面に応じて変更するが、観ている観客に固定した情景・情況を示すのではなく、あくまで観客の心情に訴え心魂を揺さぶるもの。
原作は、夕凪の街、桜の国(一)、(二)の3部構成。この公演は「桜の国(二)」から「夕凪の街」へ回想し「桜の国(一)」を挿入するような構成である。
一度は観たいと思っていた "STRAYDOG"Produce、森岡利行氏の脚本・演出公演は十分堪能できた。
(上演時間2時間) 2017.9.27追記

ネタバレBOX

肉親の墓参りのため広島へ...”心の旅路”を思わせる展開であるが、感傷に浸らせるばかりでなく、明日・未来に向かって力強く生きようとする人間讃歌として描く。
セットは、正面の手摺または橋げたを思わせるようなもの。上手側に長屋家屋、下手側にお好み焼き屋を出現させるが、あくまでイメージ。また旅路を思わせるため、役者が客席内の通路・階段を歩き移動している様を見せる。

戦後の混乱期、落ち着き出した昭和20年代末から昭和30年代にかけての広島市内、そして現在の様子を父・娘の会話を通じて紡ぐ。会話の端々に過去(戦後間もない頃)を挿入し、過去から現在へ時は流れて”命”も脈々と受け継がれる。その生命に原爆の恐怖が刻まれ、今も闘い続けなければならない慟哭が涙を誘う。

梗概…昭和30年夏、平野皆実は建設会社の事務所で働き、原爆スラムの家で母親のフジミと暮らし、疎開先の養子となり茨城県で暮らす弟・旭に会いに行くことを望んでいる。現在は平凡な社会人として過ごしているが、いまだに広島での被爆体験を自分の中で消化し切れない皆実。ある日皆実は、同僚の打越豊からプロポーズを受けるが、原爆の日の光景が蘇り、助けを求める大勢の人々を見捨てて逃げようとする罪悪感が付きまとう。
皆実は、自分の被爆体験を打越に打ち明ける。打越は皆実の気持を察し皆実は安堵するが、その日を境に皆実は体調を崩す。やがて自分の状態も周囲の状況も分からない。皆実は死の床で、あの日、自分たちの死を望んで広島に原子爆弾を落とした人は、また一人殺せたことを喜んでいるか自問し、自分は生き延びた側だと思ったが、そうではなかったと独白する。この夕凪の街を中心に、成長し娘がいる旭が広島の知り合いを尋ね、また墓参りをする。父の様子がおかしいと娘が尾行するが…。

ここでは、政治的視点ではなく市民の視点、普通の人の情感を坦々と描く。だからこそ遠い出来事ではなく、身近に寄り添っているからこそ感動を誘う。
先日(2017年9月24日)、広島市の原爆資料館の類計入館者数が7千万人に到達した新聞記事を読んだ。オバマ前米大統領が訪問し外国人らの入館者も増加したと...決して忘れてはならない原爆・戦争をである。

次回公演を楽しみにしております。
ニコニコさんが泣いた日

ニコニコさんが泣いた日

演劇企画ハッピー圏外

コフレリオ 新宿シアター(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

満足度★★★★★

戦場も戦闘シーンもない反戦物語。切ないほどに戦争の不条理が観えてくる秀作。この劇団が幾度となく再演をしており、その理由(わけ)が解るような気がする。
第29回池袋演劇祭参加作品であるが、会場は新宿区にあり自分は初めて行った。繁華街を少し外れるが、戦時中とは隔世の感があると思われる場所で芝居が観られること、その平和のありがたさをしみじみ思う。
物語は、戦時中の猛獣処分という史実をモチーフに、叙情豊かに描いており観応え十分である。 
(上演時間1時間45分) 2017.9.27追記

ネタバレBOX

舞台背景は、戦時中の上野動物園。そのセットは中央に客席側に斜めに傾いたサークル。周りに部分的に柵イメージ。上手側に台部分が色鮮やかな別スペース。天井には運動会で見られるような三角旗が飾られている。猛獣処分は動物園の動物だけではなく、サーカス団の動物も対象であったことを舞台セットで暗示する。

地球上には多くの動植物が生息しているが、その生の与奪に人間の行為が大きく影響している。公演では、ゾウ・ライオン・ワニという動物(擬人化)を登場させ、野生から飼育になり生きる本能(捕獲)を奪う。集客目的、餌をもらうために必死に芸(野球)を行う動物たち。その悲哀に満ちた姿が感動を誘う。
一方、動物園の職員も殺処分を何とか回避または他の動物園に引き取ってもらえるよう運動を始める。その運動には当時の状況下において非合法とされた活動を始める者も現れた。特高警察の取締りの苛烈さ、収監し暴行等するシーンは動物の無邪気な様子、職員の真摯な姿と対比させ戦時下の状況を浮き彫りにする。

反戦を声高に叫ばないだけに、よけい戦争の非情さが見えてくる。その結果、ライオン、ワニの毒殺、ゾウの餓死(敏感で毒薬を嗅ぎ分け、注射は皮膚が厚く無理)という手段で処分する。動物たちは、職員の苦悩を知っているようで処分を受け入れる。そのシーンは静謐なまでに美しく感動的である。

演技…他の動物園に引き取ってもらえるよう奔走する。その走る姿が緊迫感を生み、テンポよく展開する。公演は動物園に通っていた美大生の観察日記のようにも思える。失明し心で見たラスト…死んだ動物と職員全員が再登場し、楽しかった日々を思わせるシーンは、この世のデストピア、あの世のユートピアを思わせホッとさせる。それを音楽…デストピアは低重音で響かせ、ユートピアは軽音楽に変化させ、見事に昇華させた!

次回公演を楽しみにしております。
LOVEマシーン2017

LOVEマシーン2017

宇宙論☆講座

ラ・グロット(東京都)

2017/09/22 (金) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★

第29回池袋演劇祭参加作品。未見の劇団、初めて行く会場、21時開演という初づくしの公演。ちなみに上演時間2時間弱ということで、帰途が少し心配になったが、それでも終演後に主宰と出演者に挨拶してダッシュした。
公演は、携帯電話の電源ONのまま、飲食自由、上演中の写真撮影OKという、これまた何でも自由という稀な前説。そして、上演中はキスシーンがあるが、大劇場のようにオペラグラス越しに観るのではなく、至近距離(1~2m)の生で観てほしいと要望あり。劇団名…宇宙論☆講座に相応しい様な、しかし登場人物の経験・回想劇を音楽によって彩りするような独特な世界観は面白かったが…。
(上演時間2時間弱)2017.9.28追記

ネタバレBOX

会場は地下にあり、横幅ある階段スペース以外の所が1階部。そこに音楽機材等を置き、それ以外の狭隘スペースで演技を行う。また1階から地下へ流しソーメンの半筒がある。会場全体が神秘的で少し怪しげな雰囲気である。

登場人物は5人であるが、何故か受付担当も加わる。人物は家政婦/松居一代、殺し屋/松居二代、富豪/船越英三郎、異人/船越英四郎、病気/船越英五郎で、今芸能界で話題になっている夫婦の名前をもじっている。当日パンフに、主宰の五十部裕明氏が「今回は恋愛劇です。あんまりふざけません。下ネタもありません」と書いているが、間近で見るキスシーンは濃厚で相当刺激的である。キスシーンを演じているのが、松居二代役(新名亜子サン)と船越英四郎(守田達也サン)であるが、それぞれの所属団体が「秘密のユニット」と「びしょ濡れテント」であり、それを掛け合わせたらエロっぽい。ちなみに、この公演を観るキッカケになったのは、某所で新名さんから声を掛けられ、その色香に惑わされて? ということだった。

主宰の五十部 氏は、作曲・演出・台本・音響・照明・制作をマルチに行っているが、思った以上(失礼)に面白かった。
物語は2部構成のようで、始めに家政婦(一代)と富豪(英三郎)の結婚話で恋愛の概観を見せ、後半で登場人物の恋愛(キス経験を中心)の回想シーンへ。その独白を1階部の楽器が置いてある狭隘部分で手摺に掴り話し出す。客席からの角度がけっこうあり、見上げる首が疲れてくるし、薄暗いから観にくい(丸椅子に座布団、背凭れも小さい)。

物語の中心(キスシーン)を思わせる動作、例えばフルートを吹く唇の動きなどが連想させる。また生演奏・(生)歌を多く取り込んでいるが、同じように照明効果にも目を見張るものがあり、演出としては上手い。この独特の雰囲気は病み付きになるかも…。
最後に会場の構造的なことであるが、”観る”ことが苦にならなければ…。

次回公演を楽しみにしております。
クロス ~橘耕斎ヘダ日記~

クロス ~橘耕斎ヘダ日記~

Re:Duh!

シアターKASSAI【閉館】(東京都)

2017/09/21 (木) ~ 2017/09/25 (月)公演終了

満足度★★★★

「戸田日記」を回想するという劇中劇として描く。公演は世界観を広げすぎず、幕末という時代、鎖国さらに村という閉鎖性のなかで、異国(ロシア)人が漂流してきたことで戸田村の日常の暮らしに変化、刺激という状況が生まれたことに集中させる。時代閉塞の現状に当時の人々の考えや思いを巡らす描き方。
素舞台であるだけに、その情景を観客一人ひとりが想像し世界観を作り上げる。一方、人の心情は登場する人物によって夢と今後の生き様が語られる。
脚本・演出の大倉良介氏は当日パンフでタイトル「クロス」について、公演に関わった人々への御礼のような言葉として書いているが、自分は「時代と人の関わり」を掛け合わせているような感じを受けた。
いずれにしても幕末の史実を基にした歴史考察作品は観応えがあった。
(上演事件1時間50分)2017.9.28追記

ネタバレBOX

舞台はほぼ素舞台。中央に段差があり、引戸の開け方で板戸と障子になる。その違いが場所の違いを表す。上手側に別スペースを設け、書斎風または牢屋を思わせる。
素舞台であるだけに、登場人物が情景・状況を表現しなければならない。そのテンポが一定のようでメリハリが少ないように思う。また場面を動かすために暗転または薄暗くが多用されていたのが残念。

梗概…時は幕末、ロシア軍艦ディアナ号が大地震・津波で駿河湾に沈没する。それを助けたヘダ村の人々とロシア人の交流。また造船を通じて日本がその技術を学んでいくこと。さらには当時の鎖国政策で外国との接点が制約されていたことなど、歴史的事件をベースに、そこで活躍した橘耕斎という人物に焦点を当て、人としての夢や希望を語らせる。そんな歴史考察作品は観応えがあった。言葉は通じなくても心は通う、その瞬間に人の思いを感じる…今の世でもそうありたいと願うもの。

夢や希望は、大きく観れば”時代閉塞感の打破”ということであろうか。世界を変えるには世界を知ること。その言葉に従い、外国(ロシア)への密航を企てる。一方、もう一人の重要人物・沢辺琢磨は目で見たことしか信じない。目に見えない”神”は信じるに足りない。見えるものだけを信じていると目先に囚われ多くの人の事が分からない。心眼が大切と説いている様な…。後々の日本人初のロシア正教会司祭となる。
時代と個人(市井の人々)を対置させながら重層的に描いているが、その物語は時の経過を坦々と描いているようだ。

この地には、日本史の教科書または参考書にある江川英瀧という代官が有名であり、その人物との関わり、またロシア語はオランダ語を通じて日本語へという重訳の苦労、造船技術の違い(竜骨・肋木の構造)など、メリハリを利かせる場面があると思う。
確かに、いくつかのシーンの台詞にもあったが、その苦難が見えてこない。
歴史考察であれば、鳥の目のように俯瞰する時代と、虫の目ように地を這うように観察する時間が融合されたダイナミックなものが…。

次回公演を楽しみにしております。
アンサンブル

アンサンブル

劇団ヨロタミ

シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)

2017/09/20 (水) ~ 2017/09/24 (日)公演終了

満足度★★★★★

個人的には今まで観た公演の中で一番好み。劇団公演で最少人数での上演とのことだが、その少なさが逆に登場する人物の背景を丁寧に描き、少し痛みを持つ人々が寄り添いながら生きている。そして時の流れとともに癒し癒され成長し自立していく姿が感動的に描かれる。
また、いつものように舞台セットを作り込んでおり、視覚で楽しませてくれる。公演は平成時代であるが、その雰囲気は昭和時代を彷彿させる”しぇあ~はうす”である。そのイメージは長屋・アパートを思わせるもので、人情豊かな古きよき時代を出現させる。
(上演時間1時間53分) 2017.9.27追記

ネタバレBOX

舞台セットが素晴らしい(毎公演であるが)。むき出しになっている柱が2本。その中心にこの”しぇあ~はうす-いなば荘”と書かれたガラス戸玄関があり、その向こう側にブロック塀が見える。室内は上手側に1部屋、食堂、風呂場。下手側に2部屋と奥に階段が見える。中央に横長ソファーとテーブル。その他見えないような所に冷蔵庫、食器棚が置かれ、小物も生活観を漂わす。

現在ハウスに住んでいるのは4人(三浦・長谷部・笠原・岩本)。そこに東日本大震災で被災した男・松川(坂本直季サン)、刑務所から出所した男・白倉(大矢三四郎サン)が次々入居してくる。
先の4人…三浦(金藤洋司サン)は小劇場の役者でメインの役柄がない、長谷部(中澤隆範サン)は借金苦の自殺未遂者そしてアイドルオタク、笠原(川嶋健太サン)は苛め・対人恐怖症から新興宗教へ、岩本(勝又保幸サン)はサラリーマン時代にモーレツ社員として家族を省みず、そのあげくリストラ・失踪、という各々の背景が丁寧に説明されていく。

この公演は、前作「代役!」のパロディ、受刑者の苦悩「硝子の途」など、直近過去作品を連想させ興味深く、そして楽しんで観た。先のメイン役柄以外に色々な役柄を担い、その早変わりも見所の一つ。またアイドル公演を思わせるようなシーンも人形を操り楽しませてくれる。セットとともに視覚的な面白さで笑える。
一方、入居者一人ひとりが抱えた人生、その過去が披瀝される都度泣けてくるような心情描写も素晴らしい。その落差ある笑い泣きの対比が実に印象的で上手い。大衆人情劇であるが、あえて主人公を挙げるとすれば、このシェアハウスという場所であろう。この古い建物は、そこに集まってくる人々の温かい善意が凝縮されたような癒し空間である。しかし、老朽化が進み建て替えが必要になってくるという物理的なこと。入居者側も事情や情況が少しずつ変化し、成長・自立の時を迎えている。退去に向けて自然な時の流れは、観ていて納得感と今後の一人ひとりの人生に安心感が持てる。

住人たち以外に、このハウスの大家ならぬ中家(ちゅうや)・稲葉美雪(南井貴子サン)と大家(義父)と夫の2役(中島佳継サン)夫婦の暗い過去が説明される。住人たちだけではなく、登場人物全員が何らかの痛み悲しみを抱えて生きているという重層さ。

演出…アイドルライブを劇中に挿入することで、ミュージカルとは違う音楽劇?を見せ聞かせる。演技は申し分なくバランスも見事である。久し振りの白倉くるみ役の水谷千尋さんのジャージ姿のヤンキー娘とミニメイド服のようなアイドルの一人2役も楽しめた。

次回公演も楽しみにしております。

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