地獄のオルフェウス
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2023/05/09 (火) ~ 2023/05/23 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
最初、主役の二人は現れない。近所のおばさん2人(頼経明子、金沢映実)が延々、女主人公の不幸な過去と、彼女の夫との愛のない生活を噂する。他にもこの南部の田舎町の住民が次々現れ、誰が誰やらと思ううち、主人公レイディ(名越志保)が帰ってくる。流れ者の色男ヴァル(小谷俊輔)が店で働き始め、最初はヴァルに邪険にしていたレイディの隠された思いが明らかになってゆく……のが本筋。
ところが、最後はまたも街の人々によって、とんでもない結末になる。全く救いのない芝居。愛も夢も希望も、南部の因習的な差別と非情な暴力の前についえ去っていく。そのやりきれなさを描いた。冒頭と最後が主人公たちでも副主人公でさえなく、わき役たちによって(幕開きは女の、幕引きは男の、という違いはある)占められているのは、この芝居の芯の主人公が、誰なのかを雄弁に語っている。
レイディの期待と怖れ、たくましさと弱さ、臆病と行動という複雑な姿を名越志保が堂々と演じていた。本当の思いを普段は見せないのが切ない。秘めるほどにそれだけ思いのリアリティーが高まる。押し殺すような低い声と澄んだ高い声とを使い分けるセリフ術がよかった。小谷俊輔も、地に足のつかない青二才のヴァル(30歳と繰り返し言うが、本当だろうか)を好演した。
3幕もの(3時間=休憩2回各10分含む)
ファインディング・ネバーランド
ホリプロ
新国立劇場 中劇場(東京都)
2023/05/15 (月) ~ 2023/06/05 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ジェームズ・バリの生い立ちと、公私にわたるゆきづまりが根っこにある(最初に明かされるわけではない)。そこに光をもたらしたシルヴィア夫人とその4人の子供たち(史実は最初3人で、のちに生まれた子もいて5人)との出会い。外見を繕い堅苦しい大人の世界を嫌い、子どもたちの無垢と空想の世界へのあこがれが刺激される。世間の冷たい目をはねのけて、ピーター・パンの舞台に結実する。そういう盛りだくさんの内容を2時間30分(休憩20分別)のミュージカルに入れ込んでいる。そして、思いがけない不幸。当然舌足らずなところは出るし、日本初演の(しかも初日を観劇)まだこなれないぎこちなさもある。でも、シルヴィアたちに見せる「ピーター・パン」の初日は素直に感動した。そして、子どもたちがリードする最後のフィナーレもすばらしかった。
感動したのはアンサンブルが活躍するコーラス場面。俗なディナーを頭の中でぶち壊す「頭の中のサーカス」も、次々と変わる場面で同じメロディーを繰り返した手法が効果的面白かった。山崎育三郎(ジェームズ・バリ)のソロやデュエット曲は見事な美声で聞かせたが、美しすぎてどこかドラマとかみ合わない気がした。うますぎて、バリの未熟さ、不器用さが消えてしまうというか。当たっていないかもしれないが、あえて一言すれば「歌うのでなく語る」ことが必要かもしれない。
天守物語
SPAC・静岡県舞台芸術センター
駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場(静岡県)
2023/05/03 (水) ~ 2023/05/06 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
噂のSPACを初めて拝見。予想以上に面白かった。セリフを語るスピーカーと演技するムーバーを分けた二人一役が新鮮で、この古風な芝居にマッチしている。インドネシアのガムランのような東南アジア的音楽もふさわしい。亀姫主従が猪苗代に帰っていく姿は、ロケット花火を飛ばしたり、屋外劇ならではの趣向もある。
サンソン―ルイ16世の首を刎ねた男―
キョードー東京
東京建物 Brillia HALL(東京都)
2023/04/14 (金) ~ 2023/04/30 (日)公演終了
ハートランド
ゆうめい
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2023/04/20 (木) ~ 2023/04/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
どこか山村にあるらしい一軒家の、手前から奥までの各間を三段ブロックのようなセットでつくる。そこへやってきた若い映画監督二世と女性の助手が、後から来た家のものと宴会する。そのうち地元の男が監督に「人の人生を盗んで飯を食うんだろう」とケチをつけ喧嘩になる。地元の男が、映画監督を連れて外へ出ると、人格が変わったように平謝り。自分のアトリエ(3段ブロックの一番高い部屋の下)へつれていく。その様子を盗み撮りする家主(相沢一之)。家に居候し、スマホを数百台並べる若い中国女(sara)…。
いったい何を言いたいのか。
夜叉ヶ池
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2023/05/02 (火) ~ 2023/05/23 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
泉鏡花のこの怪異譚は、古人の知恵に耳を貸さない近代人(とくに成金とえせ権力者)の愚かさと、愛に身を捨てる男女の献身との対比を描いたもの。原作のセリフにない大破局のスペクタクルを、ステージングのダンスとサウンドと、すべてを飲み込む大山嘯で描いて、圧巻の舞台だった。
山奥で朝に夕に鐘をつく老夫婦(勝地涼、瀧内公美)の静かな生活から幕を開け、そこに旅の途中の学者・学円が通りかかり、因縁話が明らかになる。老夫婦は実は若く、白髪頭はかつら。夫は3年前行方不明になった伯爵家の三男の萩原だった。この村では700年来の竜神との約束で、明け六つと暮れ六つと丑三つ時の日に三度、鐘を突かないと、夜叉が池の竜神があばれてふもとの村々を湖にしてしまうという。その鐘撞の老人が倒れたのに、たまたま居合わせた萩原が後を継いだというのだ……。これが話の導入。
萩原と学園が夜中に夜叉が池を見に去ると、夜叉が池の鯉と蟹五郎に続いて、龍姫の白雪姫(那須凛)があらわれ、遠く離れた剣ヶ峰の千蛇が池の主への恋のために、村を見捨てて、自由に飛んでいきたいとわがままを言う。乳母が懸命に止めるが、姫は聞かず……。
静かにわびしく始まって、じわっじわっと緊張を高め、最後は予想もしなかった悲劇で、ダイナミックなカタルシスを実現する。多数の俳優・ダンサーたちのつくりだす夢幻のひと時であった。。
青年座の那須凛は私の好きな女優だが、狂おしい竜神の姫を演じて見事だった。腹黒代議士の山本亨は、帽子は宮沢賢治のようなのに、白塗りの顔に三つ揃えはヤマネコ博士のようで、ふてぶてしい俗人ぶりが迫力あった。
エンジェルス・イン・アメリカ【兵庫公演中止】
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2023/04/18 (火) ~ 2023/05/28 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
実在したロイ・コーンの人物の強烈さがこの芝居の柱で、彼がいなければ面白さは半減しただろう。ロイはソ連のスパイとしてローゼンバーグ夫妻(舞台では妻のエレナだけ出てくる)を電気椅子に送り、マッカーシーの赤狩りを裏で支え、悪徳弁護士として力を振るった。しかも同性愛者であることを隠し、エイズになったあとも肝臓がんと偽り通した。そのふてぶてしさ、アクの強さを山西惇が怪演。良識派弁護士たちの訴追と戦い、エイズで入院したあとも、大統領の側近を脅して特効薬を独り占めして、生への執着を示す。エレナの幽霊が出てきても、なんの反省もない。死のギリギリまで人を騙して「勝った、勝った」と喜ぶ。史実ではロイは59歳で死んだというから、若い!!。
もうひとりのエイズ患者・プライアー(岩永達也)と、恋人のルイス(ルー、長村航希)はリベラル(民主党)を標榜し、反共で保守で同性愛・人種差別主義の共和党嫌い。しかし、ロイ・コーンの存在感にはかなわない。リベラルは言葉だけで実態が薄い。出てくる男5人はみな同性愛者で、女3人は情緒不安定の精神安定剤中毒者と、堅物のモルモン教徒と、天使!! なんという偏った世界!!。でもその極端さが面白い。
情緒不安定のハーパー(鈴木杏)とプライアーが夢で交感する場面と、モルモンのビジターセンターのマネキンが動き出す場面が、ロイ・コーンについでおもしろい。そして天使(水夏希)が、ワルキューレのような鎧と羽根の衣装で、羽根を羽ばたかせる宙吊りシーンで楽しませてくれる。こうしたユーモアとファンタジーを除けば、ホモたちの三角四角関係の愛と裏切りと、自責と献身の劇にすぎない。
午後第一部、夜第二部の土曜日公園を観劇。美術も音楽も作り込まれた、贅沢な7時間半だった。
アイーダ
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2023/04/05 (水) ~ 2023/04/21 (金)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
2幕後半の凱旋の場の重厚で奥行きのある宮殿建築、延々と続く隊列、ダンスパフォーマンス、本物の馬もでる豪華絢爛な演出がすばらしい。音楽ももちろん素晴らしい。3幕のアイーダと父王の歌、4幕の王女の歌がとくによかった。王女の狂乱ぶりの歌の迫力は特筆ものであった。
ブレイキング・ザ・コード
ゴーチ・ブラザーズ
シアタートラム(東京都)
2023/04/01 (土) ~ 2023/04/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
時間軸は適度にシャッフルされるが、意外としっかりしたリアリズムに立った、シンプルなつくりの舞台だった。そうなると、大事なのは役者。亀田佳明が不器用で裏表のないが少々付き合いにくい、無邪気で孤独な天才を丁寧に演じて説得力があった。とにかく出ずっぱりなので、亀田の存在で成立した舞台だった。
数学や暗号の説明も、なんかわかった気にさせられて、面白かった。チューリングが語る「論理的な数学でさえ、数学的問題の解決には新しいアイディアが必要なんです。ましてや他の問題ではどうでしょう」と語るセリフが光った。ウイトゲンシュタインがいったという「科学上のすべての問題に答えが出たとしても、人生の問題に答えはない」もかっこいい。
パットの岡本玲がりんとして美しい。保坂知寿は那須佐代子に似ていた。
休憩込2時間50分
「キムンウタリOKINAWA1945」「OKINAWA1972」【4月6日(木)19時の回の公演中止】
流山児★事務所
ザ・スズナリ(東京都)
2023/04/06 (木) ~ 2023/04/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
沖縄戦の地獄の中で、人間の良心が目を覚ますような、命の尊さをうたう物語的な見せ場のシーンになると、とたんに調教師(山下直哉)が現れて、「このあとどうなったかというと、二人とも爆弾で死にました」と、非情な現実で美談に水を指して、観客に物語に酔うことを許さない。「戦死ガチャ」なるサバイバルごっこをして、無作為のように次々殺し、これが戦場ですよとつきつける。ブラックな虚無とアイロニーを徹底させた芝居だった。戦争のヒューマニズムやヒロイズムを拒否し、不条理劇とも見紛うニヒルでシニカル、非常にとんがった作品である。
GYPSY
TBS/サンライズプロモーション東京
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2023/04/09 (日) ~ 2023/04/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
素直に楽しめるよい舞台でした。大竹しのぶ演じる、図々しくてバイタリティーあふれるステージママ・ローズ、ママへの愛憎半ばする娘たち(生田絵梨花、熊谷彩春)、ローズに惹かれてマネージャーとして支えるハービー(今井清隆)の芸能一家。日本で言えば、ドサ回りの大衆演劇の一家ということになろうか。脇役の子たちも最初は男の子4人、あとでは女の子4人が旅をともにする。アメリカ獣を旅するロードムービーでもある。
楽曲がメロディアスでわかりやすい。そして一曲一曲のテーマが鮮明でメリハリが付いている。ローズが平凡な生活には我慢できないと歌う「サム・ピープル」、出会った二人の似た者同士を歌う「不思議な出会い」、喧嘩しても心では結び合ってる「二人は離れない」、姉妹の母の呪縛からの解放を願う「ママが結婚したら」、ベテランストリッパーがステージの秘訣を歌う「大事なのはギミック」など。ただ「ウエスト・サイド物語」のようにマンボやストリートやラブソングと多様なわけではない。基本はバラードだけれど、変化が少ない分、安心して聞いてられる。
今井清隆のバリトンの魅力は聞き惚れた。生田絵梨花は、最後、シックなドレスに着替えると、見違えるように華やかでスターになったことが実感できる。そして、大女優の大竹しのぶはこの役にぴったし。一幕の終わり、全てを捧げてきた妹娘ジューンが駆け落ちし、他のみんながもう終わりだというのに、ひとり「まだ終わりじゃない。これが始まりよ」とうたう不屈ぶりが見事だった。
そしてラストの曲「ローズの出番」。この曲だけは、曲もソンドハイムが書いたと宮本亜門がプログラムで語っている。たしかに、この曲だけ超複雑。「太平洋序曲」のソンドハイムらしい、凝った楽曲で、異彩を放つ。姉娘のルイーズに邪険にされても、なお今度こそ自分の出番と歌うことで、3人3様の女のバイタリティー、生き様が最後まで貫かれる。
冒頭のルイーズとジューンの子供時代を演じた子役(チームブルー:酒井希愛、三浦あかり)もかわいかった。2時間50分(休憩20分込)
ミュージカル「マチルダ」【4月18日18時の回、19日公演中止】
ホリプロ/日本テレビ/博報堂DYメディアパートナーズ/WOWOW
東急シアターオーブ(東京都)
2023/03/22 (水) ~ 2023/05/06 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
原作を10数年前に読んだ。天才(?)少女が横暴な校長を懲らしめ、追い出す話。マチルダ役の子役が、予想以上の聞かせる歌、切れ味ある動きで感心した。マチルダは孤児のように記憶したが、そうではなく、本も読まず品性もない父母のもとに生まれたという設定。この父母の愚かさ加減が戯画的で救いがない。毒をはらんだダ-ルらしい。が、容赦なさすぎる描き方に、少々引いてしまう。
校長の恐怖支配がこのマチルダによる復讐をよぶことになる。ことばで怖さと暴力が強調するが、実際に校長がやったことは漫画的でしかない。女の子をハンマー投げの要領で上空遥かに投げ、それが落ちてくるが、落ちても女の子は(なぜか)無事。校長のケーキをつまみ食いした男性との罰も、ケーキを腹が破滅するほど食わせるというのは、怖さより滑稽味が先に立つ。「お仕置き部屋」に閉じ込めるのは舞台上では演じられないし、どちらかというと校長の空疎さが目立つ。
2幕の生徒たちのブランコ乗り、校長をやっつけた後の歓喜の爆発シーン、二つの場面の弾けたダンスとステージングがよかった。
「キムンウタリOKINAWA1945」「OKINAWA1972」【4月6日(木)19時の回の公演中止】
流山児★事務所
ザ・スズナリ(東京都)
2023/04/06 (木) ~ 2023/04/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
沖縄裏社会の抗争を、フィリピン男とのハーフの日島(五島三四郎)を軸に描く。並行して、佐藤栄作(塩野谷正幸)と若泉敬(里見和彦)の、密約をめぐる密会を描く。少々説明的なのが難点。二つの全く関係のない物語を並行してみせるのも、焦点を甘くした感がある。尻丸出しで、ペニスをちぎられる(!)拷問を受ける日島のマブダチ(工藤孝生)の体を張った演技には脱帽である。
戦前に沖縄にやくざはいなかった。戦後、米軍の物資を盗んで売買した「戦果アギャー」が沖縄やくざの始まりだという。直木賞を受賞した真藤順丈「宝島」は戦果アギャーから始まり、3人の主人公のうち一人がやくざだった。この舞台を見て「宝島」の背景も分かった。戦後沖縄の裏社会の抗争の歴史を、沖縄旋律のラップにして見せたのが、この芝居の見どころ。ただ、そうした「説明」が必要だったろうかという気もする。舞台を見るうえでは、三人の親分(ミンタミ=甲津拓平、スター=杉木隆幸、金城=龍昇)と一人の大親分(流山児祥)の関係さえわかればいいので。
きらめく星座
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/04/08 (土) ~ 2023/04/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
こまつ座公演のたびに見て、いままでに7,8回は見ているが、見るたびに発見がある。今回は宮沢賢治へのオマージュ。5場で「星めぐりの歌」から、竹田の「人間のための広告文案(賛歌)」は、星々の世界から人間を見ることができた賢治風(前回2020年公演と今回、竹田を演じる大鷹明良は、演出の栗山民也から「竹田は宮沢賢治だよね」と言われたと、パンフ「ザ・座」で語っている)。だが、それだけではない。1個の卵をめぐって、どうやって食べるかを語り合う場面は、卵かけご飯、卵焼き、日の丸焼き(目玉焼き)、それぞれの作り方、食べ方をオノマトペたっぷりに実演してみせる。ここなど、オノマトペの達人だった宮沢賢治を感じる。
後妻のふじ役の松岡依都美は明るい女神のように、この一家を照らしている。割れた卵をかたずけるときに、卵のついた手をなめるのは、貴重な食品への未練を示して、リアリティーを高めた。そのほか、それぞれの俳優が役に命を通わせて、間然するところなし。初参加の脱走兵・正一役の村井良大もすばらしい。「蜘蛛女のキス」は物足りなかったが、がぜん見直した。チャイナタンゴを歌い踊るシーンは、声もよく、若さの華が輝いた。
前半1時間35分、休憩15分、後半1時間半。大変長い芝居なのだが、全く長さを感じない。劇場のユートピアを堪能した。
グッドラック、ハリウッド
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2023/03/29 (水) ~ 2023/04/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ボビー(加藤健一)が最近の映画をけなし、社長やプロデューサーを「何もわかってない」とののしる理由はあいまいだ。だから、観客はそれぞれの映画観を投影してみることができる。最近の映画だっていいじゃないかという人は、やはりボビーは古いのね、で済ませられる。おかげで時代に縛られない開かれた芝居になっている。
最近のヒップな映画のシーンとして、若いデニス(関口アナン)がこんな例を言う。男女三人で入ったラブホテルで、ベッドが壊れて三人が跳ね上げられて、すごい音がつづく。それを隣の老夫婦が聞いて目を丸くする(ものすごい絡み合いを想像して)。僕は聞いてて、おかしかった。しかしボビーは「そんなの昔からあるドタバタギャグだ。愚かしいだけ。新しくも何もない」と歯牙にもかけない。こんなところに、ボビーのかたくなさが感じられる。
もしボビーが「今はSFXばかりで、偽物だ」とか。「昔は〇〇だった」とか、具体的なセリフが多くなれば、現代ハリウッド批判になってしまい、それに同意する人はいいが、同意しない人は反論がたまっていくだろう。ただ後半で「映画くらい愛と癒しがあっていいじゃないか。なぜ破壊と憎しみばかりなんだ」というのは、一つの映画の理想像として中心軸になった。(ただ今の映画も愛と癒しはあるのが多いと思うけど)
前半は知らない俳優、知らない映画の名前が多く出てくる。ボビーのポーカーフェースの強引ぶりばかりで、デニス役の関口アナンのうろたえぶりやリアクションも大げさに感じられて、のれなかった。たまに助手の加藤忍が出てくると、ほっとして心が和んだ。
たぶんこれ銀河鉄道の夜
ニッポン放送
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/03/17 (金) ~ 2023/04/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
新米美容師のナオ(久保田紗友)が、先輩にいじめられ、いつのまにか銀河鉄道に乗っていた。そこには先輩と、同じ美容院で働く高校以来の友達レナ(田村真佑=乃木坂46)もいっしょだった。しかも結構満席。
赤い制服の車掌がやってきて、停車場ごとに、ゲームで客をふるいにかけていく。他人を蹴落とそうとしたり、自分のことばかりすると、下界に落ちる。そして、節目節目ごとにナオたちの歌うコンサート。アイドルによるファンのためのエンタメ舞台だった。「オールナイトニッポン」55周年記念の、ニッポン放送政策の舞台というから、この軽~いツクリに納得した。客席は男性が7割というのもうなずけた。
美術は、ステージ中の箱の手前が開くと、なかは列車の客席である。周りの光景が流れていくことで、走行感を示す。三角柱が林立する銀河の映像は、ますむらさんの漫画と共通。舞台上の大道具も、下手から上手へと移動し、走っている感がよく出ている。
太平洋序曲
梅田芸術劇場
日生劇場(東京都)
2023/03/08 (水) ~ 2023/03/29 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
異色のブロードウエイミュージカル。第一に複雑で前衛的な音楽に驚いた。口ずさめるようなメロディーは(最後の「NEXT」以外)全くない。第二に、出てくるのは男ばかり(メインキャストの唯一の女優の朝海ひかるの役は将軍慶喜)、恋も愛もない。第三に、物語らしい物語もない。狂言回し(山本耕史)のナレーションでつなぐ、ペリー来航~明治天皇登場までの日本の幕末史のエピソード集である。
古き良き日本の暮し、ペリー来航、ジョン万次郎(ウェンツ瑛士)と浦賀奉行(海宝直人)の俳句(ポエム)連歌、浜辺の小屋内での秘密外交交渉を覗き見た人々の「木の上で見た」などなど。攘夷派と幕府の剣劇シーンは見ごたえある。音楽が複雑で、最初はなじめないが、簡単に割り切れない分、見終わっても何となくあとをひく感じ。ソンドハイムの音楽は、他も意外と複雑なようだ。「リトル・ナイト・ミュージック」は大竹しのぶでさえ苦労したと聞いた。恐るべし。
豊後訛り節
劇団1980
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2023/03/25 (土) ~ 2023/03/29 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
状況証拠しかない中、世論も警察も、犯人と決めてかかる。その怖さがどれだけ伝わるか。保険金殺人の犯人とされた男の、ふてぶてしい反論が目立つ。そこに、犯人扱いされた反発はあっても、恐怖はない。真実はわからない。警察のハニートラップまがいの、拷問交じりの取り調べは面白い。しかし警察と男のどこまでも平行線の真向対決ぶりは、怒鳴り声の一本調子でどうも乗れなかった。
歌うシャイロック
松竹
サンシャイン劇場(東京都)
2023/03/16 (木) ~ 2023/03/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
こてこての関西弁版「ベニスの商人」。少々騒々しいが、笑いが絶えず、喜怒哀楽が誇張されて面白い。アントーニオ(渡部豪太)がシャイロック(岸谷五朗)から借金した顛末、シャイロックの娘ジェシカ(中村ゆり)と、どもりのロレンゾー(和田正人)の駆け落ちの顛末、ポーシャの結婚の行方という3つの筋が、互いに絡みながら、重層的な芝居をつくりあげる。そのなかで、シャイロックとジェシカの父娘の絆がクローズアップされ、感動的なエンディングへつながっていく。
ロレンゾーの和田正人の弱気な青年から、傲慢で横柄な人物への変貌、さらに卑屈な使用人になり、ジェシカを追い出した自責の念に苦しむにいたるまでの幅の広い演技は特筆ものだった。マギーも七変化で大活躍。とくにモロッコ大公の繰り返しの「うほっほ」ぶりと、おにぎりがネズミの穴に落ちていく顛末を語る一人コントは笑わせられた。女中頭役の福井晶一の助走もなかなか良かった。
前半80分休憩20分後半115分 計3時間35分
挿話エピソオド~A Tropical Fantasy~
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2023/03/14 (火) ~ 2023/03/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
日本軍の虐殺行為と加害についての「懺悔と贖罪」を、どこか牧歌的幻想的に描いた異色作である。南方のある島に派遣された12人の日本兵の、敗戦の日の出来事を描く。島民と仲良くなった小島上等兵(小石川桃子)らと違い、師団長(清水明彦)や参謀長(中村彰男)は島民を警戒している。みんな出払って一人兵舎(?)に残った師団長のもとに、自分が殺したはずの島民たち(横山祥二ほか)が現れる。亡霊たちに「赦してくれ」と泣いて詫びる師団長…
原爆や戦地での飢餓体験など、被害を描く作品は多いが、加害を語るものは少ない。こんな作品が埋もれているとは知らなかった。今まさに見る価値のある舞台である。島民と仲良くなった温和な兵士を女性が演じていた。ぎすぎすした感じがなく、柔和で、師団長に対しても男性同士の上下関係とは離れた、子供をあやすような態度を見せる。師団長のとがった心をほぐしていく過程が見もの。若い女性が演じることが思いがけない効果を生んでいた。