もう一人のヒト
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋ホール(東京都)
2019/09/14 (土) ~ 2019/09/22 (日)公演終了
満足度★★★★★
喜劇仕立てなのだが、それは平和な今の時代から当時の狂気を笑っているから。笑える時代だから、この喜劇は面白いのである。それに客席が気づけば、この舞台を今上演する意味が浮かび上がってくる。
初演は劇団民芸だったというが、再演は青年劇場が引き継いだという。今回は3回目だそうだが、先の戦争の記憶が消えつつある今だからこそ、笑ってみたい舞台なのだ。
藤井ごうの演出は印象的だ。冒頭、東京を焼き尽くした焼夷弾か、あるいは広島や長崎に落とされた原爆を思わせる裸電球が天井から廃墟のがれきに降りてくる。これがラストシーンにつながるプロローグなのだが、この舞台。もう一つ興味深いのが、同じステージで戦時中の庶民のあばら家と、皇族専用の堅牢で豪華な防空壕が交代で出現するというところだ。それは、この物語のハイライトである庶民と皇族の思わぬつながりを象徴するうまい演出だ。
権威あるものに対するうそっぽさを、庶民側と皇族側の両方からうまく描いたのもいい。宮様が防空壕に芸者を連れ込むところ、庶民の側の小さな権威である小学校の先生が、身重の人妻に手を出そうとする。権力の大小はあるが、ともにその世界の一段上の力を笑い飛ばしているようだ。
狂気の軍人を演じた青年劇場の看板俳優吉村直の迫力はすごかった。狂気といっても本人は真剣に真っすぐに信念を貫いている。その一途さが狂気の度を増していった。
終演後、強い印象とともに、「いい舞台を見た」と思った。休憩をはさみ3時間というのは確かに長いが、それに耐えられる舞台だ。青年劇場という劇団の底力を感じたような気がする。
盆がえり
演劇集団よろずや
高田馬場ラビネスト(東京都)
2019/09/14 (土) ~ 2019/09/16 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/09/15 (日) 17:00
座席1階
広島の中山間地、何世代も続く古民家を舞台にした3姉妹の物語。この劇団が何度も公演してきたレパートリーというが、東京公演となって初めて鑑賞した。お盆で都会に出た姉と妹が帰ってきて、家族の糸を結び直す。田舎のある人もない人も、しっとりとした空気に満たされる秀作だ。見ないと損するぞ!
物語はずっと、離れの縁側で進む。3姉妹の父母はもう亡く、祖父母が亡くなって離れを取り壊すことになった。2番目のおっとりした子がこの家を守るために戻ってきた。その夫は、仕事を辞めて妻の故郷に入る。人間関係の糸は縦横に交錯するが、その中でも自分は、田舎にいわば嫁ぐような立場を選んだこの夫に気持ちが入った。
このように、見る人によってどの人物に気持ちが入るかきっと異なる。これが、舞台の多様性を広げる。劇作のうまさが光る。
東京はいろんなところから来た人たちの集まりだ。だから東京公演は意味がある。この日も多様な出自を持つ客席一人ひとりが舞台の俳優たちに自分を重ねて、この魅力的な1時間半を過ごしたに違いない。
日の浦姫物語
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/09/06 (金) ~ 2019/09/23 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/09/06 (金) 18:30
座席1階
文学座の杉浦春子に井上ひさしが書き下ろしたという舞台。近親相姦の悲劇だが、見終わってみれば底抜けの喜劇のオブラートにくるんであった。
ある時は親父ギャグ、またある時はオレたちひょうきん族という具合。鵜山さん、これはちょっとやりすぎじゃない、とツッコミを入れたくなる構成だ。あまりにも残酷な筋立てだから、こうなったのだろうか。自分としてはそうではなく、井上ひさしが天国から見て笑っているような舞台にあえて仕上げた感じがする。
日の浦姫を演じた朝海ひかる、魚名を演じた平埜生成が毒のない、さわやかと言ってもいい演技だったからかも。
井上ひさしのユーモアは分かったつもりでいたけれど、最近のこまつ座の舞台からは想像できないテイストに一本取られた感じがした。
杉村春子の舞台が俄然みたくなる。
√ ルート
Pカンパニー
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2019/09/04 (水) ~ 2019/09/08 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/09/04 (水) 19:00
座席1階
興味深い作品が続くPカンパニーの「罪と罰」シリーズ。今回は道徳の教科化をテーマにいじめゼロのモデル校の小学校を舞台にしたいじめ自殺の物語。真正面から今の教育問題の一番リアルなところに切り込んだ。
道徳の公開授業のための会議から、物語がスタートする。授業を行う女性教師の子どもが熱を出したと保育園から電話があるが、これが舞台後段の伏線となり、強烈な結末を描き出していく。
原作を書いた山谷典子は文学座の俳優であり、劇作家だ。タイトルのルートは言うまでもなく平方根なのだが、この記号に込めたストレートなメッセージがラストシーンで意外な人物から明かされる。そのメッセージが、われわれ大人に厳しい問いかけをしてくる。それはいじめ自殺という形で12歳の命を切ってしまった少女への、大人社会からの贖罪だ。
政府が導入した道徳の教科化は、人の内心を点数化するのかと大きな議論になったが、それよりも今回の舞台は、こんな大人たちに道徳を語る資格があるのか、と訴えている。教師同士の会話や、さりげない学校の風景など、よく取材され練られた作品だ。最後のモノローグのような場面がやや長いな、と思ったが、気になったところはそれくらい。テンポよく進む1時間40分の簡潔な舞台だけに、終幕後に感じた心の震えがより大きくなる。
今日が開幕日。間違いなく秀作だ。見逃すと損するぞ。
堕落ビト
劇団桟敷童子
サンモールスタジオ(東京都)
2019/08/23 (金) ~ 2019/09/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/08/28 (水) 14:00
座席1階
勉強不足で終戦直後にあった「九大生死の堕胎事件」は知らなかった。今回の舞台はこの実話をモチーフにした物語。死の堕胎事件を天使の堕胎事件にしたシャレが効いているが、この舞台の面白さはシャレではない。1時間半のコンパクトな構成だが、どんどん舞台に引き込まれた。
東憲司の得意とする、場面説明も役者にかたらせ、照明をうまく使って場面転換を交錯させるテンポがいい演出に、今回も翻弄された。今回のカギとなる色はブルーだ。この青色が物語を導いていく。
物語も終戦直後の貧しい日本の田舎町に生きる人たちの胸の内を織り交ぜ、グッとくる場面が幾度かある。
桟敷童子の役者たちも本領発揮だ。小学校教師役の大手忍のクレシェンドという感じの演技はすごい。小劇場ならではの迫力に圧倒された。今回はいつもの劇場を飛び出して新宿での上演だったが、これまでに勝るとも劣らない迫力舞台に大満足だ。
ENDLESS-挑戦!
劇団銅鑼
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2019/08/27 (火) ~ 2019/09/01 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/27 (火) 19:00
座席1階
埼玉県三芳町の産業廃棄物業者の再生の物語。ごみ処理と蔑まれ、悪臭や健康被害の原因だとして立ち退きを求める運動まで起きたが、2代目女性社長がリーダーシップを取り、徹底したリサイクルをしてゴミを再生することで、地元に支持される環境企業に生まれ変わっていく。
実際にある企業の実話を舞台化。取材を重ねて構想を練り上げたという。テーマは「あきらめない」。次々とエンドレスに前向きで新たな発想が出てくる。
見ていて気持ちがいい舞台。1時間半というコンパクトさにまとめ上げてあり、切れも良かった。ただ、説明調の長い台詞が目立ち、ちょっと教科書的な感じだったのが惜しまれる。
DNA
劇団青年座
シアタートラム(東京都)
2019/08/16 (金) ~ 2019/08/25 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/20 (火) 14:00
座席1階
社会派劇の中村ノブアキの書き下ろしを宮田慶子がどうさばくか、という楽しみで三軒茶屋へ出かけた。いつもの中村テイストに家族の物語が加わり、それなりに問題点に切り込んだ。興味深い展開だったが、落とし所に物足りなさを感じた。
女性の新入社員が会社の粉飾に文句を付け、上司は「それは経営の問題」と相手にしない。会社の将来を問う議論に、新人の先輩に当たる社員が「見切りをつけてやめるのでなく、会社に残って変えていくんだ」と話す。会社の現実に生きる自分は、なんだか、それをできれば苦労はないよ、と引いてしまった。
もう一つ、子供を産んで働くことの難しさがテーマ。すんなり解決しない話だが、ちょっと踏み込みが足らなかった感がある。
青年座の俳優たちは安定した舞台を見せてくれたが、若い女性の演技や台詞がエキセントリックだったのが気になった。もっと落ち着いてもよかったのでは。
烈々と燃え散りしあの花かんざしよ
新宿梁山泊
ザ・スズナリ(東京都)
2019/08/13 (火) ~ 2019/08/18 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/13 (火) 19:00
座席1階
温泉ドラゴンの舞台の梁山泊版。もともとシライケイタがどう構成したのか知りたくなってしまうが、金守珍のテント舞台さながらの演出に、ここはシモキタでなく、新宿花園神社かと思ってしまうおもしろさがあった。
梁山泊ファンなら、とりあえず満足できる舞台だったと思う。ただ、元の物語がそうだったのかもしれないが、主人公の二人を時代の殉教者にしてしまった感があるのが少し残念。今の日韓関係を思うと国籍以前の同じ人間としての叫びが聞きたかった。
いずれにしても、いわいのふ健と水島カンナの共演は見応えがあった。期待して熱帯夜のシモキタに来た甲斐があった。
明日ー1945年8月8日・長崎
劇団青年座
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/07/10 (水) ~ 2019/07/17 (水)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/07/10 (水) 19:00
座席1階
青年座が再演する名作を拝見した。
長崎の原爆投下の前日から当日の午前にかけての、爆心地に住む庶民の生活を切り取った舞台だ。
原爆の惨禍というと、投下後のことに目が向くが、投下される前にも当たり前だが庶民の日常があったということを淡々と描くことで、それを一瞬で霧消させた原爆のむごたらしさを浮き上がらせる。
舞台は、前日に祝言を上げた若い夫婦とその周囲の人たちの物語で進む。その二人が原爆投下の日に繁華街でデートしようと約束する場面とか、投下の日の未明に誕生した赤ちゃんと若いお母さんの喜びが明るく演じられる。その明るさがぐっと明るいだけに、その後の「運命」を呪わずにはいられない。
演劇の本当の役割とはそういうものなのだろうと、強く思わせる「明日」の舞台。だから、これは平和を訴え続ける青年座の「DNA」を次に継承する演目といえる。客席を埋めたのは比較的若い観客だったのをみて、この演目の再演の意味を深く味わった。また、次の「明日」があるだろう。「明日」を明日へ継承し続けてほしいと願いながら、帰りの電車に乗った。
『methods[メソッズ]』『過妄女[かもめ]』
劇団山の手事情社
ザ・スズナリ(東京都)
2019/06/21 (金) ~ 2019/06/30 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/27 (木) 14:00
座席1階
劇団35周年記念公演だから、山の手事情社の独自の演劇スタイルの一つの集大成といっていいかもしれない。
チェーホフのカモメをベースに作り上げられた一幕もの。この劇団ならではの体の動き、ストップモーションのような俳優たち一人一人の動きを見ているだけで、あっという間に1時間半が過ぎてしまう。鍛えられたアスリートを見ているような演劇だ。
人間の生死を超えて行き来するような舞台。俳優たちのポジションがおおかた決まっていて、それぞれ独自の動きをする。スポットが当たるときに大きく動き、そうでないときは静止している。出ている俳優さんたちは舞台のそでに引っ込むことはあまりなく、ほとんど舞台上にいて存在感の強弱を体現している。それぞれのパフォーマンスはまるで大道芸のようだ。
物語を紡いでいくせりふと同時に俳優の体の動きがこの舞台のエンターテインメントの大きな要素。ほかの劇団が取り組むチェーホフとは全く違うテイストを楽しみたい。
闇にさらわれて
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/06/23 (日) ~ 2019/07/03 (水)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/24 (月) 13:30
座席1階
記憶が間違っていたら申し訳ないけど、コンラート博士のせりふで「良心が重なり、共謀罪になる」という一瞬があったような気がする。何だかドキッとして心に残ったのだが。多くの市民の良心が積み重なって一つの事実が作られていき、それが当局によって共謀罪に仕立て上げられていく。つまり、一人一人の市民は良心から行ったことが、最後は市民が政府にたてつく共謀として立件されていく。そんなふうにとってしまったのだ。
単なる聞き違いかな、とも感じたのだが、タイトルにもある「闇」は、自由にモノが言えない、息苦しい闇であり、たてついたものは拷問の末消されていくという世の中だ。
以前なら、遠い昔のファシズムの歴史的一幕とか軽く受け流すことができる舞台だが、今の日本は身につまされる恐ろしい演劇だ。シャレにならないというか、冗談では済まされないというか。そうした闇にたった一人で立ち向かっていくお母さん、イルムガルトはすごいと思う。ドイツ当局は女性だから手荒な真似はしなかったようだが、現代中国では女性でも政府にたてつくものは平気で幽閉し、拷問をする。昔話ではない。市民の他愛ない話を共謀罪にかけることができる法整備が既に終わっている日本だから、もう他人ごとではないのだ。
以前からあった名作という感じだが、2014年英国初演の舞台という。民藝が日本初演ということでチャレンジした。イルムガルト役は看板女優の日色ともゑ。この長大な会話劇を小柄な全身をいっぱいに使って演じきった。パンフレットによると、この役柄の女性への思い入れはずっと前に経験したあるエピソードが源流という。強い芯のような一本の筋が、彼女の舞台を支えていたように見えた。
翻訳と演出を担当した丹野郁弓が「読むだけでも精神的は疲労度は相当高い」と漏らした硬派劇だ。見る方も心してかかりたい。
「蛇姫様~我が心の奈蛇~」
新宿梁山泊
新宿花園神社 特設テント(東京都)
2019/06/15 (土) ~ 2019/06/24 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/06/19 (水) 19:00
座席1階
唐十郎のテント舞台を、時を超えて新宿梁山泊が再現した。いや、当時の舞台はもう見られないのだから再現かどうかは分からない。金守珍がきっと大胆に練り上げたと思われる。
2回の休憩を挟んで3時間の舞台もあっという間に過ぎた。息をつく間もなく次々に出てくる大立ち回り。役者の熱量をこれほどまでに浴びることが出来る舞台は他にはない。
蛇姫を演じた水島カンナは、特に力がこもっていたのではないか。ちょっと鼻声だったが、よく通る歌唱も心を射た。唐十郎の血を引く大鶴義丹はアングラ演劇をも引っ張る存在に進化した。大久保鷹の怪演もお約束。今日は長ゼリフも多かったのに、年齢をも吹き飛ばす勢いだ。
なんといってもラストがすごい。これを見るために花園神社に通う価値がある。
『アニマの海』─石牟礼道子「苦海浄土」より─
劇団文化座
俳優座劇場(東京都)
2019/06/13 (木) ~ 2019/06/23 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/17 (月) 14:00
座席1階
古里の海の幸で生活してきた漁民たちが、工場排水の有機水銀で手足が不自由になって死んでいく。この理不尽な水俣病の舞台化に真正面から挑んだ。
栗山民也の演出が見事だった。手前に漁師の家のお茶の間を配し、3段ほどの階段を舞台を左右に切って堤防のように置き、背景の海や空を表現した。静かな波の音がずっと流れているのも、平和そのものだった漁村をうまく伝えていた。
1時間半ほどの凝縮した舞台に、次々に病いに倒れる家族、チッソによる分断工作、そして裁判に訴える流れが分かりやすく配置されている。佐々木愛ら高齢俳優がしっかりと若手をリード。淡々とした雰囲気だけに、残酷な現実が痛いほど伝わってきた。力作だ。
アインシュタインの休日
演劇集団円
シアターX(東京都)
2019/06/14 (金) ~ 2019/06/23 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/14 (金) 19:00
座席1階
アインシュタインが出てくるわけではない。日本各地を講演しながら休日を楽しみその地元と交わったというエピソードに着想を得て、天才科学者を見つめる大正時代の庶民を描いた。
対話劇に定評のある吉田小夏の作品で、楽しみにして出かけた。パン屋の家族、居候の書生、軍人、女郎あがりの女中。さまざまな人たちのエピソードが交錯する。アインシュタインの相対性理論の本を買ったものの難しくて納戸に放り出した家長のお父さんが、その本を読みたいと願い出た娘を花嫁修業の邪魔だと叱る場面など、当時はそうだったんだろうな、という話がてんこ盛り。
場面場面ではおもしろいのだが、全体を結ぶ縦糸がやや細かったか。関東大震災前夜という舞台設定も、その縦糸の補強にはなっていなかった気がする。そのため、舞台に視線を引きつける力が途切れる瞬間があった。
北齋漫畫
東京グローブ座
東京グローブ座(東京都)
2019/06/09 (日) ~ 2019/07/07 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/12 (水) 14:00
座席1階
葛飾北斎の一代記。演出の青年座、宮田慶子が関ジャニの横山裕を選んで臨んだとパンフレットに書いてあった。なかなかこの演目に挑戦できなかったのは初演へのリスペクトだそうだが、初演時の緒形拳の舞台はどうだったのか。客席を埋めた女性たちはたぶん、横山の舞台を楽しみに来た人だったと見られるが、今回は主演よりも脇を固めたメンバーの熱演が光った。
その筆頭は謎めいた女を演じたサトエリだ。その存在感は主役をしのいでいた。もっと彼女の艶かしさを前面に出して演出してほしかったが、ほとんどが女性客という状況を考えるとこんな程度で仕方ないのか。男たちをかどわす仕草、エロスがもっとストレートに出たら、さらにサトエリのよさが際立ったはず。
北斎の娘役の堺小春はよかった。北斎の娘も相当な腕前の絵師だったそうだが、そんな場面もあるとよかった。渡辺いっけいは幽霊役も含め、舞台「おもろい女」で見せてくれた軽快なユーモアを今回も存分に発揮し、ベテランらしく舞台を引っ張った。
長丁場の舞台で、休憩前の前半はテンポよくおもしろかったが、後半はいきなり二人の幽霊が舞台回しを務め、北斎90年の人生をあっという間に巻いてしまったのにはのけぞった。富士山の美しさを極限まで描いた富嶽三十六景など、名作を描く北斎の姿を見たかった。第二幕は晩年の北斎の姿が中心になっているが、あまりにも時が飛びすぎていて消化不良が残る。
先人のコメントにもあるように、横山裕にはやや荷が重かったかな、という感じだ。
横濱短篇ホテル
劇団青年座
カメリアホール(東京都)
2019/06/07 (金) ~ 2019/06/08 (土)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/06/07 (金) 18:30
座席1階
幕が下り、客席が明るくなった時、後ろから「あーおもしろかった」との大きな声が聞こえた。
ソワレの後、亀戸の飲み屋で舞台を語ろう。そんな気持ちになった。舞台を見てよかったなあ、という思いがあふれる秀作だ。
私は初めて見たが、何回も、各地を回って上演されている作品だ。マキノノゾミと宮田慶子のMMコンビで、汽笛が響く老舗ホテルを舞台に7話で構成されている。最初は1970年の初冬、最後は明示されていないが平成の終わりのころという感じだろう。高校生だった主人公たちは各場で成長し、大人になり、それぞれの人生が交錯し、中にはこの世を去ったという人もいる。
だが、この舞台の面白さはそれぞれの話が完全に独立して、一話完結型という物語でありながら、人間関係が微妙な糸を結んで「あ、あのときのあの場面が」という具合に思い起こし、関係づけながら舞台を楽しんでいけるところにある。
それぞれの時代の風俗をうまく取り込んでいる。それは役者たちの服装だったり、当時の若者言葉であったり、昭和から平成にかけて生きてきた観客にはクロニクルのように「ああ、そうだよな」と納得できる。
中島みゆきの「糸」を思い出してしまう。小さな物語にちょっと涙腺が緩む。そんなたくさんの起伏を味わい、それを反芻しながら幕は下りる。そして「あーおもしろかった」となるのである。
夢の果(ハタテ)
チーム・クレセント
ザムザ阿佐谷(東京都)
2019/06/06 (木) ~ 2019/06/10 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/06 (木) 19:00
座席1階
若い感性で当時の映画界を席巻した脚本家白坂依志夫の物語。フィクションと断っているが、この舞台の脚本を書いたニシモトマキが、交流のあった白坂氏のエピソードから着想したという。
仲代達也の野獣死すべしなど名作が多い白坂氏だが、女優や若手作家など華やかな人脈、交際でも知られる。今回の舞台でもその片鱗は出てくるが、物語はサブタイトルにもある、文壇のドンに歯向っていく展開だ。
孤児を描いた「お菓子放浪記」の西村滋作品をやり続けてきたチームクレセントらしいテイストもしっかり入っている。テンポよく進む舞台は、簡素な舞台美術とともに、演者たちの会話に集中してのめり込める。舞台回しを脚本家志望で白坂氏の家に潜り込んだという設定の女中にやらせたのは成功していると思う。
化粧二題
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/06/03 (月) ~ 2019/06/16 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/06 (木) 14:00
座席1階
この井上戯曲、初めて拝見した。
いずれも大衆演劇の座長役としての一人舞台。すべてがおそらく、役者の選択で決まる舞台だ。最初に登場する女座長を有森也実、次いで出てくる男座長を内野聖陽が演じた。
有森也実がサラシを巻いて肌をあらわにたんかを切る、という場面にドキドキしてしまった。こういう役に挑戦したその心意気を買いたい。ただ、今日のマチネは声の調子が今ひとつだったのか、若干かすれ声で、客席から「頑張れ!」と応援したくなるようなか弱さが邪魔をした。
後段の内野聖陽の物語と直接つながりはないが、何となく二つの舞台を結び付ける糸のようなものが引いてある。それはラストシーンで結ばれることになるのだが、その演出はちょっとアングラ演劇っぽくて好きです。
内野聖陽は迫力があったが、ややかっこよさというかスマートさが前に出てた感じ。もっと泥くさいところがあったら、さらによかったと思う。
いずれもの楽屋も、ライトの当て方を工夫してうまく演出してあった。客席を挟んで大きな鏡があるという設定で有森と内野が化粧をするのだが、本当に鏡があると錯覚させられる秀逸の演技だった。
舞台美術に力が入っていて、この舞台を最大限に盛り上げている。若い世代が集まる現代演劇の世界からは遠く離れた、昭和の演劇の姿を楽しみたい。
ざくろのような
JACROW
座・高円寺1(東京都)
2019/05/29 (水) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/05/29 (水) 19:30
座席1階
社会派演劇中村ノブアキが、会社のリストラ物語をベースに中国に食われる日本の技術など今日的な話題を盛り込んで仕上げた迫真の舞台。再演というが、自分は初めて見せてもらった。
女性の上司、親会社が買収された会社に送り込んできた人事担当が女性だったりという部分も世の中を映し出している。会社とは従業員にとってどういう存在なのか。社員それぞれの考え方や生き方、家庭の事情などで答えが変わるその問いを、サラリーマンが多いと思われる観客席に突きつける。
会社に必要とされる人材かどうか。一番決定的な部分だろう。そういうところを拠り所自分たちは頑張るのだと思うが、その会社という存在がきわめてあいまいなつかみどころのないものだということが、今更のように胸に響く。
何のためにこの会社にいるのか。あまり答えたくない質問をずっと舞台から突きつけられてきた2時間だった。
骨ノ憂鬱
劇団桟敷童子
すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)
2019/05/21 (火) ~ 2019/06/02 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/05/23 (木) 14:00
座席1階
今回の桟敷童子も遺憾なくそのパワーと浪花節、さらには劇的な驚きを用意。観客席をその世界観に引きずり込んだ。
舞台は九州。3人兄弟の物語だが二男とその一人息子、3兄弟の父を中心に進んでいく。一人息子の子ども時代を振り返る形だ。
桟敷童子の舞台はいつも、脇役が光る。徘徊する老婆、傘ばあちゃんがきわめて重要な役割を果たしている。
驚きの舞台装置は今回も各所に用意されている。前例の客席には水よけのビニールが配られるように、舞台脇の池は、重要な装置となる。ラストシーンは花園神社のテント舞台顔負けの驚愕の仕掛けだ。物語を貫く真っ赤なトマトがまぶしかった。
時にはやかましいほどのはっきりした台詞回しが、ぐいぐいと舞台を引っ張っていく。