全部、知っている。
SPIRAL CHARIOTS
アトリエファンファーレ高円寺(東京都)
2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初日観劇。面白い!
日本の小説の分類でいう中間小説のような…勿論 意味合いは違うが、推理・心理劇であり大衆・娯楽劇の中間劇のようで、幅広い観客が楽しめる そんな作品。
推理劇であり、再演の可能性もあることから 筋書きの結末は伏せておく。ただネタばれ1つ、それはある意味 閉鎖された状況で展開していくこと。それがアガサ・クリスティの「ねずみとり」、上演回数が多く人気作品を連想させる。この「全部、知っている。」も時間軸、不作為、罰せない罪、そして苦悩と贖罪といった多面的な描き方で観客の興味を惹きつける。同時に 緩い笑いを挿み適度な遊び心を観せる。
第30回記念公演・原点回帰。その謳い文句「限られた空間が織り成すパラレルミステリー」は、観応え十分、ぜひ劇場で…。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)追記予定
回人回 父母と三姉妹
回人回製作所
シアターウィング(東京都)
2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
未見の団体、初めて行った会場…期待と興味を持って観劇した。公演は「物語」と「パフォーマンス」で構成しているが、その融合性が感じられなかったのが残念。表層的な観せ方には拘りを感じるが、物語で描こうとしている内容と パフォーマンスが どう関連しているのかが分からない。
公演は同調性を意識しているようで、それは登場人物の名前や衣装等に観てとれる。しかし 繰り返しになるが、物語とパフォーマンスは必ずしも同調しているとは思えない。
パフォーマンスが何を表現していたのか、それを解き明かす鍵が 当日パンフに記されていた。
物語は、時事ネタかと思える新興宗教、その教えに従い家族を護っていると思っている母、家庭内を顧みず社会(外)にばかり関心を持つ父、そんな両親から自立を…。バラバラになるのではなく、親の子離れと 子の自立(巣立ち)を描いている。劇中の台詞にある「徐々に、すこしづつ、段々と」は物語の展開そのものを表している。それでも自立を表明する子供たちの行動は唐突感があった。もう少し丁寧に描いていれば、もっと面白くなるだろう。
(上演時間1時間) 22.12.6追記
ネタバレBOX
紗幕で囲い、四角形の舞台上に周回と対角(✖)を結んだ線がある。パフォーマーはその線の上だけを歩く、その決まりきった動きが家庭内での行動とも言える。外にはみ出させない制約、それによって内向的になった姿を連想するが判然としない。
登場人物は5人…父・母・三人姉妹で夫々の内向性をそれとなく紹介していく。父(尾関良介サン)は縞模様、母(辻川幸代サン)は真っ白、長女・松子(水沼小百合サン)は緑、次女・梅子(松丸あやサン)は橙、三女・桜子(丹澤美緒サン)は桃という名前と色彩の衣装で、家族という同調性を表現する。母はラブナム教という新興宗教を信仰しており、家族を守るという名目で子供たちを外出させない。世間(社会)から見れば引き籠りといったネガティブな捉え方に見える。父は薄目を開けて家族(全体)を見たくない、一方 目を見開き社会(世間)の出来事には関心を示す。そんな家族一人ひとりの様子を描いていく。
子供たちは、それぞれ自立を宣言する。竹子は好きな人と結ばれること、梅子は放浪の旅へ出ること、桜子は食べること、と言った自立をする。その展開が唐突であった。
演技は、基本的にはパフォ-マーと同様、線上を歩いている。小物(折り紙等)を使い引き籠り生活を表現する。尾関さんのミニ拡声器を使った街頭演説、辻川さんのラブナム(=love南無?)教を唱える仕草が、坐禅を組み 両手で大きく弧を描き指先でハートマークを作る。その2人の姿が可笑しくも悲しく観える。
この回人回(カイジンカイ)という造語は、作・演出の木嶋美香さんの頭の中のグルグルー矛盾や疑問を表現するのにピッタリと思ったからだという。
このタイトルから パフォーマンスは、三姉妹<衣装の色彩>を表現しているのか。当日パンフから 振付の市松さんへは、サミュエル・ベケットの「Quad」をヒントに依頼しているらしい。その作品は観たことがないため、この表現の意図が分からない。物語とパフォーマンスが上手く連携していたのか、自分には別々の演目を観ているような気がした。
次回公演も楽しみにしております。
河童と川邑家と何か
劇団cMcc
千本桜ホール(東京都)
2022/12/01 (木) ~ 2022/12/05 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
前説で、12月になったら急に寒くなった。(公演で)ほっこりしてほしい と。その言葉通り心温まる内容であった。
物語は、縦軸に川邑家、横軸に過去・現在・未来という時(状況)を描き、人の心(想像)の移ろいを情感豊かに紡いでいく。勿論タイトルにある「河童」も登場し 川邑家に寄り添っていくが、その存在こそがテーマである。冒頭は、敢えて日本の民話の一つ 三年寝太郎〈物語では、しんたろう〉を連想…3年間寝転がってばかりの、一見 怠け者の男が、大事業をするという話に準えて、寓話性あるものにしている。
シンプルな舞台美術だが、しっかり場景(三場面:サブタイトルあり)を現し、素早い転換によって話のテンポを保つ。第一回本公演…分かり易さを重視したようだが、刺激というかダイナミックな観せ方が出来ていない。ラストの余韻を生かすためには、途中 もう少し盛り上げる必要があった。あまりに坦々とした展開で印象が薄くなったのが、勿体なかった。
(上演時間1時間15分 途中休憩なし) 22.12.5追記
ネタバレBOX
物語は三場、第一話「古のひきこもり」第二話「暴力と女神」第三話「河童の恩返し」であり、夫々の情景を作り出す。
第一話は過去。下手に一段高くしただけの素舞台。寝太郎は女上川の氾濫で両親を亡くし、神様(女神)に復讐を考えているうちに、三年経ってしまった。ある日 河童を助けた代わりに女神の許へ連れていくよう頼む。しかし何故か河童は泳げず、やむを得ず三年かけて向こう岸に橋を架けた。村人からは感謝され、この やり遂げた達成感が復讐心を消滅させる。
第二話は現在。寝太郎の子孫は的屋や土木関係の仕事を行っている。正面に自分の顔部分を刳り貫いた絵、上手に事務所内を思わせるベンチソファがある。女神が現れ最近 神通力が弱っていると嘆く。今の人は信仰心がなくなり、その信心こそが女神の力の源であった。そこで土木や的屋稼業を活かして神社を建て 祭りを催行し、奉ることで女神に力を回復させようと…。
第三話は近未来。正面に赤い鳥居、奉納のぼり旗が並び、上手にベンチが置かれる。人が行き交うことが少なくなり、参拝もバーチャルで済ませる。人の想像力で生まれた「天狗」「鬼」「河童」等の存在が無(亡)くなってきた。先の女神同様、人の想像力が弱まることで架空の存在が信じられない。そこで女神は自神の代わりに河童を奉ることを未来の川邑家に頼む。
物語は、代々の川邑家と 時々の時代を反映した世相を絡めて、面白可笑しく展開していく。三話を通して貫かれているのは、想像上のモノを自然界に置き換えれば、人と自然の調和と共生というテーマが浮かび上がってくる。描き方は、正面というよりは 斜めに切り取った印象である。表面的には新しさや見た目重視が先行しがちな現代に、信仰心という押し付けではなく、想像するという違った切り口・・楽しみを感じさせる。
見た目といえば、河童は顔の大半を緑色塗り、衣装は鱗柄で 全身=全体が被り物をしているような。進化(文明)の裏返しのように描いた「信仰」、古(いにしえ)のモノはエモいだけではなく、新しい発見もある。そこに色々な意味での共存共栄、それを仲立ちするかのような心の持ちようと科学…が 描き過ぎると寓話性を強く感じてしまう微妙な作品だ。
次回公演も楽しみにしております。
ハムレットマシーン
LOGOTyPEプロデュース
吉祥寺シアター(東京都)
2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
身体表現によって 色々な意味で対比というか 対照を浮き彫りにした公演のように思う。常に舞台上にいるのは2人の女優。とは言え、演者同士が対話をするのではなく、ほぼ一人語りで観(魅)せる。ラスト、演者(女優)の1人がエレクトラと呟き、自分が生み出した世界を閉じようとしている。その言葉が「世界を回収する」である。対比は演者2人の表現の後付けから、期待や希望そして生、一方 絶望や諦念そして死といった反対表現を感じるからである。勿論、上手 下手に離れており交わることはない。上手の演者は始終動き回り〈動〉と〈熱〉を感じる。一方、下手 演者は椅子に座り、上から雪のようなものが降り注ぎ〈静〉と〈冷〉が…。
何をもって前衛的かは分からないが、少なくとも物語を展開して というスタイルではない。舞台美術は工事現場で見かける鉄パイプのようなモノを組み立て、中央上部にはスクリーンがある。全体的に薄暗く、登場人物は上下黒のパンツスーツである。多くの演者は役名カラス、実態はコロス…喧しさを歌で表し-それは混沌とした世界・社会を現出しているよう。
先のエレクトラの絶望の淵を思わせる言葉、それでも人間は生きているし、これからも生き続けるだろう。鍛え抜かれた身体、その躍動する肉体こそが生命力を印象付ける。そして対比といえば映像という技術の中に、人工(福島原発光景)と自然(植物や昆虫等)というこれまた違いを映す。戦後77年経ち、社会いや世界が変容してきた中で、この作品を上演することで何か感じ 考えるさせる、そんな意図を思わせる。
繰り返しになるが、圧倒的な身体表現、その存在と迫力に観入らされた。が、やはり難解だぁ。
(上演時間1時間50分 途中休憩なし)22.12.5追記
ネタバレBOX
舞台美術は先に記した通りだが、上手に机とタイプライター、下手にブースフレームがあり、女優2人が対照的な動きをする。勿論、視覚による動的・静的という違いは大きいが、カラス群(世界・社会等)との関わりでは、受動的か能動的かといった異なる動きもする。例えばスーツを脱がされるか、自分で脱ぐか といった違いが印象的であった。その裸体に近い姿こそ、虚装を解き放つかのようだ。その動きを思考と行動という言葉、そして自分に置き換えると、ぞっとする。
上手の女優は、自身の本音か演出か判然としないが、文章(読み上げ)によるモノローグ、一方の女優は 無言で椅子の上で身悶えするような姿態、ソバージュの髪に雪が…その内なる表現方法も興味深かった。
映像演出も独特であった。映像シーンが変わるごとに音楽も変わる。一般的には流れるような旋律を思い浮かべるが、この公演では 映像・音楽をワンセットにし、ワンシーン完結型の観せ方である。そこには「在る」という事実だけが映る。
勿論 台詞に「ハムレット」「マクベス」を聞くことが出来るが、敢えてシェークスピアを誇張することはしていない。「ハムレット」の復讐譚、心理劇という個人劇から社会劇、世界的な複雑さ混沌とした情勢を訴えているようだ。それが舞台上を動き回るカラス(コロス)へ投影させて描いているかのよう。
ラスト、割れたガラスのような光沢板を床へ置き、正面へ立て掛ける。何を意味するのか…描き切れない事象を反射させ、広範で重要なことを示唆するような印象を受ける。まさに 原文の少ない頁を埋めるのは観客自身の感性と言わんばかりである。
次回公演も楽しみにしております。
2222年の雨宿り
The Stone Age ブライアント
サンモールスタジオ(東京都)
2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★
タイトルとフライヤーが物語の概観を如実に表している。物語の世界は今から200年後の2222年だが、フライヤーはノスタルジーを感じさせる たばこ屋である。実際の舞台美術も同じような家を設え、「雨宿り館」という看板が掲げられている。しかし未来と過去を繋ぐ または往還するというよりは、その場の状況と主人公の謎めいた心情が中心に描かれている。
物語の設定が微妙で、観客の想像または感性といった”力”によって受け止め方、捉え方が違ってくる作品だろう。直截的には何の変哲もない200年後の話であるが、そうなった原因等を今もしくは近い将来の出来事に置き換えたら少し怖い。
(上演時間1時間30分 途中休憩なし)22.12.6追記
ネタバレBOX
舞台美術は、中央から下手にかけて「雨宿り館」という看板を掲げた家。自転車、たばこショーケースなど細かく作り込んでいる。上手にはベンチや立体的なグリーンゾーンがある。ここは西暦2222年の火星、地球から移住を始めて100年近く経った頃である。かつて地球に存在していた建物・乗り物・生き物などを復元した「万博2222」が開催されている。この「雨宿り館」もパビリオンの1つ。
さて1970年に万博(大阪)が開催され、それから55年後の2025年に再び大阪で万博を開催しようとしている。そのテーマが「いのち輝く 未来社会のデザイン」であるという。物語では、地球に隕石が雨のように落下し命の危険に晒されていた。母は娘・四葉(外村道子サン)を火星に移住させ離れ離れになった。あれから100年、141歳の四葉は母を置き去りにした悔悟の念であろうか、記憶を無くしていた。そして記憶の種火のような「雨」を求めて…。それが説明にある「遠すぎる日に地球で見た”雨の日の思い出”を探すために」である。
火星にも隕石が落下するようになり、全体をドームシェルターで覆っているから雨が降ることはない。この「雨宿り館」は過去の万博パビリオンの復元だから、人工的に降水させている。さて隕石を現代的な問題・・自然環境破壊であり 直接的にはオゾン層破壊に読み替えると、容易に人間や動植物への悪影響を連想しぞっとする。因みに、隕石が落下するが、必ずしもサイエンス フィクションではない。
表層的には地球への郷愁、母への追慕といった情感が描かれているが、その前提となっているのが地球への隕石落下⇒火星移住は環境破壊という現状の危惧を表している。そして 自然保護を四葉が、火星で生育させている赤い四葉のクローバーに象徴させる。
火星では、全員色違いであるがツナギ服や鬘姿である。外見から異星を表すことで可笑しみの中に違和感を漂わす。舞台美術は懐古的な雰囲気をしっかり出し、隕石という言葉で 物語の世界をある程度形作り上げる。そこから想像力を働かせてということは難しかった。見た目の世界観に飲み込まれてしまい、坦々とした日常しか感じられなかったのが、残念。
次回公演も楽しみにしております。
真夜中の影法師
十七戦地
ギャラリー&クラフト杜(東京都)
2022/12/01 (木) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。
本来、真夜中に影法師を見ることはないが、そこに現代的な問題の数々を絡ませて 表現し難い世情を浮き彫りにした公演。厳密にいえば「現代」ではなく「今」を鮮明に切り取った珠玉作。
コロナ禍の三蜜には注意が必要だが、この公演の物語の緊密な繋がり、濃密な会話、そして綿密に計算したかのような舞台環境が素晴らしい!
物語は説明にあるように大括りでは、父が倒れ遺産を巡るトラブル、主人公夫妻が経営するギャラリーを巡る中傷誹謗、そしてコロナ禍におけるアートイベントの開催が危ぶまれる、といった問題が次々と起こる。それが個別の問題でありながら密接に繋がっていく巧さ。登場人物はわずか5人、それぞれのキャラクターと立場を立ち上げ、登場しない人物の姿や意見まで代弁するかのような濃密な会話。そして先に記してしまうが、セットはほとんどなく 素舞台と言ってよい。しかし、この会場ギャラリー&クラフト杜<もり>の構造・・客席正面にある 大きな一枚硝子窓を通して外景が見える。借景を活かした演出が、現実の世界と舞台と言う虚構の世界を巧く融合させている。まさしく虚実綯い交ぜの極みを観せる。
副題「芸術とお金、あと色々」は、芸術文化の世界、もっと言えばコロナ禍における小演劇界の実情をまざまざと見せるようだ。同時に表わし難い不安、焦燥そして今後も透けて見える。その”ぼんやり”とした感覚こそ、真夜中に薄く見えるかのような影法師を暗示している、と思う。
(上演時間1時間)追記予定
少女罰葬
劇団亜劇
アトリエファンファーレ高円寺(東京都)
2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
「罰葬」という言葉が何を表すのか、それが物語の肝になっている。そのまま解釈すると、犯した罪〈罰〉を葬ることになるが、描かれている内容からするとニュアンスは違う。少しネタバレするが、表層的には訳ありな全寮制の女子高イメージであるが、ここは異世界である。舞台美術は怪しげな雰囲気を醸し出し、物語の概観を表している。
ラストの解釈は 観客に委ねたかのようで、受け止め方によって印象が異なるかもしれない。同時に気になることも…。
(上演時間1時間40分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術…剝き出しの鋼板のようなものを幾何学的に張り合わせた壁、それによって廃墟イメージを作り上げる。全体は黒色で、中央部分だけが赤く塗られている。黒いパイプ椅子が数脚。舞台と客席の間に血塗られたようなシーツがライトに被せられている。照明は薄暗く、その中を物語で重要な役割を果たす小道具ーランタンの灯が妖しく光る。
学舎〈オールドスクール〉のような場所に生徒4人スカーレット(真田うるはサン)、タニア(奏愛サン)、オレン(種村愛サン)、ルイ(岡本尚子サン)と女教師1人(関口秀美サン)、そこへ新たに生徒1人が加わり、「アカリ」(長月翠サン)と命名される。ここに居る者は、黒い修道服のような衣装、そして夫々の回想シーンで現れる人物は白衣装と独特な動きで 場景の違いを表す。「罰葬」は夫々が犯した罪に対する贖罪かと思っていたが、実は真に自分自身と向き合うことが出来ず、「業<ごう>」に縛られたままの閉じられた世界にいることを指している。人は自分の醜態や醜聞を認めず、言い訳と逃げることで不自由な世界で生きている。それは異世界へ行っても同様、そんな心の彷徨を描いている。あかりが照らすランタン、その不思議な力で生徒たちの苦悩を強制的に浄化させる。心の解放がかなった時に永遠の安らぎが得られる。リトルシスターと呼ばれる不可思議な存在が噎び泣き、穏やかな光が射す。そう、アカリが現れるまでは堂々巡りの旅路、死ぬことすら出来なかった。
冒頭は、女子高生の あるある会話、血塗られたシーツというアンバランスな感じがしたが、授業と称した回想シーンによって異様な世界へ誘われる。同時に一人ひとりが この場所にいる期間が違うといった台詞から 時間という概念が存在しないループする異世界を表す。人(アカリ)は海から生まれて…ラストは もう一人、言葉を発しなくなった生徒ルイと海を待つような呟き。そこに赦しがあったのか否か…それは観客が思い描いた胸の内にあると。
気になるのはラストシーンではなく、導入部である。ここに居る者は、どうして ここに来ることになったのか?「何故」という起こりの説明がない。回想シーン…共通しているのは、犯した行為に対して、自分は悪くない 自分のせいではないと思っていること。その思い(念)が強い者が、この「罰葬」を受けることになるのだろうか?さすがにこの世界観への入り口は想像できない。原因・理由で謎を深め、本編で解き明かす、その過程を描くことによって物語の印象度も違うと思うのだが…。
次回公演も楽しみにしております。
ハーツ・ハート・ハード!
イノチガケ
ステージカフェ下北沢亭(東京都)
2022/11/29 (火) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。
冒頭は ポップな感じの描き方だが、場面転換した途端に情景が一変する。その感情を揺さぶる振幅が凄い!登場人物はわずか4人、その個々人のキャラクターが強烈に描かれているが、客観的に見れば身近にいる人々である。そこに居る人によって 登場しない人物の意思が鮮明に伝わるようで、思わず唸ってしまう。自ずと「生と死、そして愛を見つめて」というシンプルなテーマガ浮かび上がる。
面白可笑しい場面と緊張・緊迫した場面の緩急ある演出、それを出演者が熱演し物語の世界観をしっかり表している。舞台美術はシンプルであるが 状況が一目瞭然、そして絶え間なく聞こえる音が おのずと「生」を意識させる。勿論 照明・音楽といった舞台技術も印象的で余韻を残す。この作品こそ珠玉作と言っても過言ではない。観応え十分、ぜひ劇場で…。
(上演時間1時間20分 途中休憩なし)22.12.2追記
ネタバレBOX
舞台美術…冒頭はドアの衝立があるだけで、怪しげな葬儀社の人々が ある誘い文句を喧伝する。黒いスーツに白手袋はそれらしい。そして暗転後、病室内を出現させる。上手にベット、その横に心電図らしき装置、中央にテーブルと椅子、下手に楕円形テーブルが置かれる。その狭い空間で濃密な会話が繰り広げられる。病室内<心電図>は始終ピッピッという音が鳴り、それがベットに寝ている患者の”生”を表している。
患者は、この病院に勤務している看護師・藤原夕月(葉山あかりサン)の母<登場しない>である。この病院は近々閉院になる予定で、この患者をどこかへ転院させる必要があった。回復の見込みはなく、脳死状態のようだ。そして夕月の姉・美幸(月海舞由サン)は、近々結婚する予定で、その婚約者・本郷翔太(草薙智文サン)と病室へ見舞いに来る。これからの事を話し出す姉妹、中心は勿論 母をどうするかである。そして母の意思は父が亡くなった年から毎年書き替えてきた遺書が…。その数 10枚、最後に書いた遺言が有効になる。端的に言えば、美幸は転院して治療を望んでいるが、夕月は正直迷っている。
姉妹の看取りというか死生観<意見>の違いは、そのまま生き方の違いを表した濃密な会話に発展する。自分の判断より母のアドバイスで生きてきた美幸、正しい選択ではなく、間違った選択をしない。そして婚約者は電通マンで将来有望のようであるが、彼もまた特別な人間になれなかったと…。大声で叫ぶだけの男かと思っていたが、その逃げの人生を悔いるかのような独白、その心情が痛いほど伝わる。一方、夕月は正論を言っているようだが、なかなか実行ができないタイプのよう。
第三者的な立場で、医院長の鈴木実(岩田和浩サン)が閉院せざるを得ない事情と話す。そこへ落盤事故が起き、医院長の妻が巻き添えになったとの報が入る。行っても役に立たないからと 現場に向かわずこの病室にいる。救急搬送されてくる事故者のために病室を移そうと、その時に見つかったのが「臓器提供意思表示カード」である。またしても母の助けを借りたような姉妹は…。
勿論、説明の「残念だけどさ、人生はフィルター加工出来ないんだよ。あ、結婚おめでとうございます 」はその後の関係を表す。
生きることに不安や迷いは付いて回るが、同時に喜びや情熱なども生まれる。そんな有り触れた人生を病室という狭い空間にギュッと詰め込んだ物語。そして様々な感情の間で揺れ動きながらも一歩づつ確実に歩みを進める。それはここに登場した全ての人物に当てはまり、観客自身であり身近にいる人々の等身大でもあるから共感を誘う。
次回公演も楽しみにしております。
「新・楽屋」「三通の遺書」
CANプロ
スタジオCAN(東京都)
2022/11/27 (日) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「新・楽屋」は、「楽屋」(清水邦夫 作)へのオマージュ、「三通の遺書」はオリジナル作品のようだが、設定には現実に起こった事件等に題材を得ている。公演の魅力は、自前の劇場 スタジオCANーあまり広くはないスペースにしっかり舞台美術を作り込み状況を現す。視覚的には分り易く物語の世界へ容易に入っていける。
少しネタバレするが、二作品とも現実、いわゆる此岸の世であり、迷いや煩悩に満ちた世界を描いている。その意味で「楽屋」における女優A・Bと「新・楽屋」における女優A・Bでは住む世界が違う。そして「三通の遺書」は、出会わないであろう事件関係者を遭遇させる、二作品に共通して言えるのは奇知の発想力である。
しかし、それを表現して観(魅)せる役者の演技力が追いついていないように思う。二作品とも同じキャスト(基本 女優三人)で演じ分けはしているが、続けて観ると所々に同じ表情が観えてしまう。
(上演時間1時間15分 途中休憩兼場面転換10分)
22.11.29追記
ネタバレBOX
「新・楽屋」
舞台美術は、上手と正面に横長テーブルを置き、その上に化粧道具等が並べられている。下手奥が出入り口、 客席側に整理棚があり雑多な物が入っている。天板には神棚が奉られている。
女優Aは着物、女優Bは絣もんぺ、女優Cは洋服と違えることで「楽屋」の雰囲気を出す。「新・楽屋」は「楽屋」の上演直前の舞台裏、いわゆるバックステージものである。
冒頭は女優A(滝沢美音サン)とB(国米貴代美サン)が取り留めのない雑談をしており、そこへ女優C(堀田志穂サン)が入ってくる。そこで本当のニーナ役は自分こそが相応しいとBが言い出し、3人で劇論ならぬ激論へ発展する。そして突然Bが倒れる。救急車と呼ぼうと慌てふためく2人がドアを開けようとしても開かない。そのうちBが目覚めるが、何だか様子がおかしい。何かに取り憑かれたような…。「楽屋」は彼岸と此岸という異世界の設定であるが、「新・楽屋」はバックステージものだから全員生きている。そこへ「楽屋」の女優が「霊」として乗り移ったかのようなシュールさ。ラスト、女優D(岩元絵美サン)が「楽屋」は始めは出番がないから受付スタッフを兼任させるんだから、と文句を言いながら部屋に入ってくる。虚々実々の「楽屋」の面白可笑しさがしっかり描かれている。
「三通の遺書」
低山だが、数年前まで営業していた山小屋が舞台。今は無人の避難小屋になっているが、テーブルや椅子、そしてヘルメット等の装備は揃っている。上手奥に別部屋へ通じる出入口、逆の下手奥に山小屋の出入り口がある。突然の悪天候で次々に避難してきた女性2人と この小屋に住んでいる女性を交えた3人。暴風雨の音響効果がある種の密室状況を作り出す。そして上手にある白幕に落雷の照明(映像)効果を映し出す。
3人の格好が軽装で登山者らしくなく 違和感を覚えるが、もともと別の目的で山中に入ってきたことが後々分かる。不自然な外見、訳ありな会話、不穏な雰囲気によって物語への興味を惹く。
1人目は昭和43(1968)年に起きた三億円事件の孫娘、2人目は闇金からの返済を迫られる主婦、そして山小屋に住んでいると言っていた女、実は山梨キャンプ場女児失踪事件の母親を連想させる。この小屋に勝手に住み捜索をしている。それぞれの事情を話すとともに、これからの気象情報も気になる。ラジオから殺人犯がこの山中に逃げ込んだというニュースが流れる。恐れ慌てる3人が窓の外を見ると…。勿論、三通の遺書は3人の状況下を表している。
サスペンス風な展開…序盤の互いに疑心暗鬼な心持から 終盤は殺人犯という共通の敵(恐怖)に対する協力が…。未解決事件という題材をフィクションという舞台化で観せる奇知が素晴らしい。
物語の面白さを体現出来ていないことから、感情移入することが出来なかった。何となく楽屋の女優達が衣装を着替えて 避難小屋に集まり、劇中劇をしているように観えたのが残念。
次回公演を楽しみにしております。
ASAKUSA THUNDER GATE
妖精大図鑑
浅草九劇(東京都)
2022/11/25 (金) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
公演(劇中 台詞)をリスペクトすると「覚えていない」と…。それだけ楽しめたということ。
物語は、異星から地球のライヴを見に来るまでのトラベルファンタジーといった内容で、妖精大図鑑らしいエキセントリックセンチメンタル公演であった。
当日パンフによると天の川銀河の一角にて前口上、そしてオープニングからエピローグ 観察者たち まで23のシーンで繋いでいるらしいが、観ている時にはそんなことは意識しない。何しろ観客をも巻き込んで実際のライヴ感覚を共有させるから、思わず楽しんでしまう。全体的にポップな感じであるが、多くのダンスシーンは一見クラシック・ダンスのように思えるが、足元を見れば床に足裏をしっかりつけて力強い。
「ASAKUSA THUNDER GATE」へ向けての搭乗アナウンス、会場自体が宇宙船で観客も旅行客の一員である、そんな錯覚を覚える。スクリーン映像で旅行(観光)案内を分かり易く見せる。そして楽しんでもらえるよう、心を込めて急発進すると…。カラフル衣装が飛び跳ね、回転し といった鮮やかな世界へ誘ってくれる。
(上演時間1時間25分)22.11.28追記
ネタバレBOX
舞台は中央奥にスクリーンがあるだけ。そこに宇宙空間の仕組みやこれから展開する物語(旅行)の概要が映される。
物語の表層は、地球で開催されるライヴのチケットが当たり、地球へ遠征し会った事のない友達と待ち合わせをし、ライヴを観る迄の話。宇宙人が地球のそれも日本の浅草に現れる。友達は雷門の風神という奇抜な設定。何となく異文明・文化といった違いを超えた友情を思わせる。勿論、異星人と雷神という人ではないが、そこにはライヴを楽しむという共通の目的がある。そしてチケットを忘れるという失態を色んな形でフォローしてもらい…。壮大な宇宙空間の中に、身近な問題を引き寄せて観せているように感じた。
ちなみに 入り口でサイリウムライトを渡され、役者・観客が一体となって公演を盛り上げる、そんな趣向も楽しかった。
妖精大図鑑の公演の魅力は、現実離れした設定ゆえに、観客が自由に想像力を膨らませることが出来る。自分が思い描いた世界は、コロナ禍における観光事業…インバウンド〈問題〉を連想してしまう。
コロナ禍で外国人観光客の受け入れは制限してきた。同時に外国人も日本への観光を自粛していたかも知れない。外国人観光客にとって「浅草」は日本の一大観光名所になっている。勿論、日本と諸外国との異文化、違う母国語での友情の育み、物語からはそんな“今”が見えてくるようだ。
今までの公演は、比較的小さい劇場での上演が多かったと思うが、それらに比べると九劇は大き(広)い。そして描く場所を意識している。十周年 新作単独公演と銘打った内容は、従来のダンスパフォーマンスという観せ方、そこに映像を活用した目先の新鮮さ、そして分り易さを加えている。ミラーボールを使った星空、一方 丸提灯という風情ある小道具を併用し観(魅)せる。
特筆すべきは、計算しつくした身体表現で魅了する。ソロまたはアンサンブルという形は変わるが、全ての動きに意味があるように思わせるところが上手い。そしてダイナミックに繊細にという動きが色々な感情を表現しており、キャスト(ダンサー)達はシーンに応じた感性を知覚して踊っているかのようだ。
次回公演も楽しみにしております。
服が腐る-2022AW-
人間嫌い
サンモールスタジオ(東京都)
2022/11/23 (水) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
タイトルは「服が腐る」だが、その服を着た女優8人は腐るどころか輝いていた。出演女優は8人〈別に客演男優1人〉だが、主宰・岩井美菜子女史(作・演出)が前説を行い、客として そのまま舞台となっているアパレルショップから出ていくところから物語は始まる。公演は、多くの服に着替え、まるでファッションショーを観ているかのような華やかな世界であるが、その服には消費ならぬ賞味期限があるという。その賞味こそが流行で、それに敏感な乙女心を描いた物語。
舞台美術がアパレルショップを再現したような見事な作り込み。特徴的なのが客席との間に通路のようなスペース、そこをファッションショーで見かけるランウェイに見立てウォーキングするよう。その颯爽とした歩きとポージングは見事な演出である。一見 華やかな世界を想起させるが、その舞台裏であるショップ店員の喜びや遣り甲斐、一方 爆買いに観る心の寂しさ悲しさをしっかり描く。その両面こそ人間そのものであり、物語に込められた肝のように思う。
服が腐ったら捨てればいいが、人が腐っても捨てることは出来ない。クローゼットの中は着飾る洋服でいっぱい、が その中を見られるのは (人の)裸を見られるようで恥ずかしい。洋服とともにある記憶はその人の人生そのもの、を思わせるような劇中の台詞は実に印象的であった。やはり「劇団人間嫌い」は、劇団名とは真逆の人間観察に優れている。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は、だんだん高くなる階段状の作り、マネキンや多くのハンガーラックに掛けられた洋服、中段には商品置台がある。そして最上部に姿見や試着室(カ-テン)がある。上手にカウンター、客席側に別場所を表すテーブルと椅子2脚が置かれている。全体的にスタイリッシュな印象である。
物語は、アパレルショップで働く人々の日常、そして芸能界(深夜TV)に出演している女性とその友達の起業(ファッションブランド)が緩く繋がるような展開である。
ショップ店員の衣織(川勾みちサン)が、服の流行り廃りを臭いで嗅ぎ分ける特殊能力がある。店頭への品揃えの役に立っている。オーナー桐子(小山ごろーサン)、社員・せいか(藤真廉サン)、バイトきぬ(田村理子サン)そして先の嗅ぎ分け店員が接客や広告デザイナーとの遣り取りで、洋服とはファッションとは を考える。バイトが何気に覗いてしまった顧客・シホ(芦田千織サン)の生活や思いを描くことで、物語に広がりと深みを増す上手さ。
一方、芸能界で生きる美玲(武田紗保サン)とその友達まりな(村上桜佳サン)のファッションに対する考え方の違い。同時にそれは歩んできた道であり、生き方の違いでもある。久しぶりに会った懐かしさ、同時に洋服に関わる経歴を生かした夢(起業)へ.…。流行の最先端で活躍したい 美玲とパタンナーとして作った服に愛着を持つ まりな、そんな2人の考え方の違いに「服」に対する拘りを落とし込む。さらに流行に振り回されないミニマリスト・藍(高坂美羽サン)を登場させ、ある種の熱に浮かされないといった女性の考え方。そこに人それぞれの考え方、違う感性を描く。この多様性こそ公演のテーマであろう。
なお、せいか が彼氏と別れた理由、”ときめき”がなくなったということだが、その予兆というか伏線はあったのだろうか。「服」は飽きれば捨てられるが、恋人=人も簡単に捨てられるのだろうか?…気になるところ。
平日は同系色のスーツにYシャツ、休日も毎週変わらない服を着ている自分には、何が流行っているのか分からないし、拘りもない。しかし、怒られるかもしれないが たかが「服」されど「服」である。服に興味を持つ人もいれば、無頓着な人もいる。身近なテーマというか物で、人間観察をしたこの公演、観応があった。
次回公演も楽しみにしております。
いつでもどこでも誰とでも
演劇ユニット「みそじん」
阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)
2022/11/23 (水) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。
女優三人による掛け合い漫才ような面白さ。
一人の男を愛した女性同士が出会うことで生まれる嫉妬や嫌味 そして見栄といった感情を少しは描いているが、いつの間にか意気投合して…。物語の面白さは勿論、三人が劇中で行う芸能・歌謡・ダンスといった出し物が素晴らしい。同時に日々 時間の経過を表す衣装替えの素早さも観どころの1つ。
この作品は1996年にBeans(丸山優子、福島マリコ、小林美江)にラサール石井氏が書き下ろしたもの。この公演は 舞台設定を当時のままにしているから、その年代を知る人には懐かしいかも。コロナ禍でもないが、陰湿で険悪な状況でありながら明るく開放的な雰囲気、今の閉塞した日本(人)に必要な笑いと元気という 愛嬌ならぬ滋養を振り撒く。ある意味 力作とも言える。
ちなみに、本公演の演出は初演時 出演の小林美江さんが担当している。
(上演時間1時間40分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
舞台美術は中央に丸テーブルと椅子2脚、後ろに整理棚やミニコンポが置かれている。気になるのは三か所に布が被せられている。壁には和太鼓を敲いている写真が飾られ、カレンダーは1999年9月。後に10月になることから2か月間の物語のよう。
明転後、大きな和太鼓が3台。和太鼓教室を主宰している原島弓子(大石ともこサン)の部屋に見知らぬ女から電話、そして突然押しかけてくる。この女・五十嵐五月(赤星まきサン)は、結婚相談所を経営している。あろうことか 彼女は弓子が付き合っている男は自分とも付き合っていると言い出す。そして五月は松野加代(根本こずえサン)と連絡を取り合い、彼女も間もなくやってくる。初対面の女三人、一人の男(金田竜生<登場しない>)を巡って壮絶な場面が…というシーンは ほとんどなく早い段階から意気投合する。それが男を殺すこと。その名も「金田竜生殺人計画」(加代 作)である。まず彼の部屋に忍び込み日記を盗み、そこに書かれている事が…。何となく女心を刺激するようで、見栄や皮肉が透けて観えてくる。
怖いのは、加代が話す嫌がらせの数々ー竜生の家に無言電話をかける、勝手にデリバ注文をする、玄関チャイムのピンポンダッシュなど、実に楽しそうに話す。そして勤めている映画配給会社に絡めて映画のタイトルや台詞を言うが、時代を反映して懐かしかった。五月は大金を貸しており、その金で弓子と竜生が海外旅行へ行ったりと、登場しない一人の男を上手く立ち上げ、翻弄されている滑稽さを巧みに描き出す。
暗転後、大太鼓3台が横に並んでいる。三人が力強く敲くが、見事な演奏になっている。さらにカラオケコンポで歌うが、そこは協調性がなく三者三様で好きな歌を選曲し同時に歌う。それが何と所々調和して面白可笑しく聞かせる、そのテクニックが凄い。そして歌に合わせたダンス、コミカルな振り付けの中に拳を作りガッツポーズをするような…なんとも元気が出るような観(魅)せ方だ。
親しくなった三人の女性は、弓子の太鼓教室へ入会し頻繁に集まる。しかし、近々 弓子が引っ越しを考えている。荷造りし部屋が整理された光景に、少し寂しい女心を見るような。
次回公演も楽しみにしております。
4人の泥棒と少女のメモワール
PHANTASISTA
高田馬場ラビネスト(東京都)
2022/11/23 (水) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
前説では、6年ぶりの本公演で 一言でいえば「コメディ」とのこと。さらに毎公演ともアドリブが多く上演時間が長くなる可能性も…。予定では2時間であったが、結果的には2時間10分(途中休憩なし)になった。
物語は 緩い笑いの場面を繋いで面白可笑しく観せるが、その魅力は何といってもスピードとキレのあるアクションシーンであろう。推理劇風に展開していくが、緻密というよりは楽しんで観てもらうといったサービス精神に溢れた作品である。
当日は若い女性を中心に ほぼ満席であったが、なるほど 出演者は若くてカッコいい男優ばかりだ。
また楽しみな劇団に出会えたことを嬉しく思う。
【日替わりゲストは 小島ことりサン】
ネタバレBOX
冒頭、舞台中央には 広げた傘1本。始まると可動式の衝立2枚を移動や回転させることで状況を作り出す。シンプルな舞台装置は、アクションシーンのスペースを確保するため。オープニングは、全員が舞台に立ちアクションダンスーその群舞を披露する。その後の 役者紹介を兼ねたアクションシーンは、後景の白幕に役者の顔と名前を映し出し、一人ひとり得物を持って動き回る。その得物も短刀・長刀、大鉈など様々で、その動作も一様ではない。
説明では 泥棒ー怪盗レジェンドの物語。数々の宝を鮮やかに盗み伝説を作ってきたが、ある⽇突然引退し動向が分からなくなる。時が経ち、⼩さな⾚い靴を盗む記憶喪失の<或る男>が、度々「怪盗レジェンド…」という⾔葉を発する。その男が唯⼀思い出したʻʻ少⼥ʼʻとは何者か。富豪だが泥棒でもある<利籐五郎>は、執事の<瀬⽻⼤和>から怪盗レジェンドが活動を再開したという報告を受け、また怪盗レジェンドを尊敬する詐欺師の<⽯川⾼志>は、彼の⾏⽅を追っていた。頭に意味深⻑なノイズが流れる問題を抱えるスリの<遠藤翔>、その真の正体は…。全ては、“フランスの⾚”と呼ばれる⾚い宝⽯がこの物語の真相へと誘う。
勿論、怪盗レジェンドや少女は登場しない。そこが公演の謎を深める要素になっている。この二人を登場させると時間軸の設定が難しくなる。少しネタバレするが、先に記した登場人物の中に怪盗レジェンドの息子がおり、<或る男>の記憶喪失と関係している。この<息子>と<或る男>を繋ぐ共通したモノが「“フランスの⾚”と呼ばれる⾚い宝⽯」である。
自分が観(聞く)逃したのかもしれないが、怪盗レジェンドが息子(幼いという台詞)と別れたのはいつ頃か、<或る男>の少女が行方不明になった時期は定かではない。そこには時間的な隔たりがあり、人物を登場させるとリアル過ぎて 面白みに欠けるかも知れない。逆に登場させないことによって、観客(自分)の想像の中で人物像(年齢も含め)を立ち上げ、物語を膨らませることが出来る。さらに怪盗レジェンドの代わりに、別の悪<闇のシンジケート>集団を表すことで、赤い宝石やノイズ、記憶喪失といった人物に負わせた謎が解る仕組みも巧い。
演出はコントのような笑いのシーンを小刻みに繋ぎ、テンポよく描く。その観せ方によってアクションシーンの調和性も生まれ、流れるような展開は観ていて心地良い。さらに日替わりゲストの小島ことりサンが白黒猫に扮し、別の意味合いを持たせる(箸休め的)笑い、コメディーリリーフとして上手く機能(役割を果た)していた。
また音響は剣戟のSEの効果音、アップテンポな音楽を流し、物語の世界観を支えていた。
次回公演も楽しみにしております。
サイレント・ブレス
千夜一夜座
ブディストホール(東京都)
2022/11/19 (土) ~ 2022/11/22 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
在宅医療、終末期医療を取り扱ったヒューマンドラマーー現代医学では治療見込みのない患者と向き合っている。原作は医師・南杏子女史の「サイレント・ブレス 看取りのカルテ」で、彼女の実体験であるから現場リアリティがあり、説得(納得)力もある。脚本・田中千寿江さん、演出・奥嶋広太さん。
主人公は大学病院での勤務継続を望んでいたが、恩師であろう大学教授から これからは在宅医療の重要性を説かれ、都下のクリニックで働くことになった。そこで出会う患者、そして実父の看取りを経験することで、理屈ではなく実感として在宅医療の大切なことを知る という成長譚でもある。
表層的には等身大の女医そして娘の姿は描かれていると思うが、心の奥底にある人間そして医師としてのリアルな不安や迷い、悲しみや情熱といった様々な思いが弱いように感じられた。どちらかと言えば、客観的に描き きれいにまとめたような印象を持った。
(上演時間2時間10分 途中休憩10分)
ネタバレBOX
舞台美術 後景は暗幕、中央に大きな衝立、その左右にも少し小さい衝立が並ぶ。大きな衝立の前に横長テーブル、そして いくつかの椅子が置かれている。冒頭、上手の箱馬にはダイヤル式の黒電話、下手にはプッシュホン電話があり その固定電話が距離の遠さを表している。この衝立やテーブル等は場景に応じて舞台転換させ、舞台となる「むさし訪問クリニック」や「ケイズキッチン(食堂)」そして患者の自宅となる。
物語は大きく3話から成る。冒頭は主人公・水戸倫子が大学病院から在宅医療専門のむさし訪問クリニックへ派遣されるところから始まる。大学病院では、認知症患者の場面を描いており、在宅医療もそのあたりを描くのかと思っていたが…。
重い内容だが、ケイズキッチンの人々との交流やクリニックの事務員や看護師の明るい会話が救いとなっている。登場人物は情景に合わせて衣装替え(季節や時間の流れ)を行うなど細かい演出に好感が持てる。そして時々現れるネコ(人形)が、寂しさや哀愁を感じさせる、という心象効果もみせる〈登場させなければ、上演時間が短縮できるので、時間対効果を考えてほしい〉。
1話目は、末期の乳がん患者・知守綾子。病院で助かる見込みのない治療を続けるよりは、自宅で自由気ままに生き、そして死にたいと望む女性の話。タバコを吸い見知らぬ男を自室に招き入れという、一見 自由奔放に振る舞う綾子に、倫子は戸惑う。一方 綾子は倫子の真摯な対応にだんだんと心を開いていく。綾子の会話で、死にゆく人の心理の変化「死の受容」が印象的に語られる。そのプロセス=第一段階(認否と孤立)、第二段階(怒り)、第三段階(取引)、第四段階(抑うつ)、第五段階(受容)が綾子の心境の変化であり、順々とした展開に倫子と関係性を見事に表す。
2話目は、筋ジストロフィー症患者・天野保。若くて意思表示もしっかり出来る。行政やボランティアの支援を受けながら在宅医療を続けている。身体は不自由であるが、言葉は快活をよそおい気を遣う様子、その優しい性格が…。クリスマスの晩、大切な人と過ごすボランティアのため自発呼吸器が外れたことを知らせない。後日 保のブログで、その理由が明らかになる。暗幕が開きlineやブログ画面の映像を映す演出も効果的だ。そして自分の大切な人、その母が保を残して失踪するという切なさは涙を誘う。
3話目は、倫子の父・水戸真一。母サキが面倒を見ていたが、倫子もクリニックを休み在宅医療のため帰郷していた。寝たきりの父とは意思疎通が出来ず、父の終末期医療の望みを聞くことが出来ない。実は、母は父が書いた「尊厳死宣言公正証書」を隠していた。そのことを知った倫子は母を責める。真一とは会話が出来ないが、そのため冒頭 父が歌う「北の宿から」をラストに流す。さて、倫子は父の遺志を無視した母を詰るが、妻のサキにしてみれば意識はなくとも体が温かいうちは…それが情(自分の経験から)というものかもしれない。
看取りの患者のそれぞれに寄り添い、自分の父の尊厳死を受け入れるという”心の強さ”のようなものを感じる。それは職業柄というものかも知れないが、実父の場面では、もう少し娘としての観点で心のざわめきや葛藤を〈演劇では〉描いてほしかった。
次回公演も楽しみにしております。
ぼくのはははははのはは
エムロック
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2022/11/16 (水) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
物語は、人生で多く使うであろう言葉「ありがとう」と「ごめんね」、それを家族に向けて使わなければならない事情が本筋。多くの登場人物が織り成す人情豊かな下町風景を生き活きと活写するのが脇筋。公演は、本筋と脇筋が絶妙に絡み、銭湯を営む家族と常連客のドタバタ劇の中に、人の悲しさ切なさ、そして優しく労わるといった多くの感情を紡いでいく。
舞台美術は、銭湯の男女浴場へ通じる共用スペースをリアルに作り込む。久しく銭湯へ行っていないが、あぁこういう作りだったと懐かしく思えるほど よく出来ている。この場所だけで人の過去・現在そして これからも現している。太田勝版 人情劇は観応え十分だ。
(上演時間1時間45分 途中休憩なし)【Bチーム】
ネタバレBOX
舞台美術は、上手に段差を設けた座敷にテーブル、中央は銭湯の出入り口の引き戸、下手奥は男・女浴室前の暖簾、客席側に番台(受付)がある。よく見かける扇風機、マッサージ機そして冷蔵庫が置かれている。
この銭湯は杉野家が営んでおり、祖母(志保子<秦 和子サン>)とその娘4人、そして男(光輝<水瀬元春サン>)、女(あい<遠矢ひこのサン>)の孫の計6人がいる。本筋は、孫の光輝から見た家族への わだかまり、その振る舞いに辟易している周りの人々の「ごめんね」の話であろう。一方、この銭湯へ通う個性豊かな常連客が巻き起こす騒動が脇筋として下町の光景を描き出す。
そして何故 光輝が反抗的な態度をとり続けるのかといった核心へ迫る。先に4人姉妹と記したが、光輝の母(登場しない長女)は幼い彼を残して自死した。その理由は明らかにされないが、彼にしてみれば何で母を守ってくれなかったのか、そのやり場のない憤りを家族(残りの3姉妹=叔母達)、特に祖母・志保子に向ける。この実孫との対比で、親の愛情を知らない養護施設育ちの篠崎咲花(空みれいサン)を登場させる。志保子が養護施設で働いていた頃、この子を引き取って育てた。今では志保子のことを「おかあさん」と呼んでいる。家族とは、血の繋がりとは、そんな問い掛けをしているようだ。咲花の志保子に対する思いが「ありがとう」である。
一方 脇筋は常連客の1人が、同じ常連客の娘と付き合い始めたことを言い出せないこと。何とか応援する人々、さらに怪しい占い師などが登場しドタバタ感が増していく。自信がなく気弱な男が、好きな人のために奮闘する姿、それを音楽等の雰囲気作りで応援する周りの人々の人情が滑稽に描かれる。常連客の1人がヤクザであり、その愛嬌ある顔の下に、別の顔ー凶暴性を秘めており 滑稽さの中に緊張感を出す、そんな演出も見事であった。
コロナでキャストの変更が相次ぎ、その手配は勿論、観客への連絡等 丁寧な対応をしてもらった。一時は上演も危ぶまれたようだが、自分が観劇した回は ほぼ満席だった。ダブルキャストの強みを生かした対処に感謝する。タイトルにある「はははははのはは」のような笑い事どころではなく、薄氷を履むような心境だったと推察する。勿論「僕の母は母の母⇒祖母」ということは理解している。その意は祖母と孫の関係がどうなったのかを容易に想像させる。
次回公演も楽しみにしております。
チミドロの境界線
劇団YAKAN
中板橋 新生館スタジオ(東京都)
2022/11/17 (木) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
心象的な内容をサスペンス ミステリー風に描いた物語。視点を逆転させるような柔軟で豊かな発想力、少し怪しげで奇妙な設定、そのプロットは面白い。しかし、その演出というか演技が嚙み合っていないのが残念。遺体の引き取り、その重苦しい設定でありながら、登場人物は明るく元気よく大声で話す。そして発声練習のような発語は…。
説明にある兄のカウンセリングを行っていた精神科医と謎の女性が連絡を取り合うシーン、そこからミステリアスな雰囲気が漂い出す。勿論 舞台技術としての音楽、照明の諧調などは物語をしっかり支えている。それだけに脚本と演出のアンバランスが勿体なかった。
(上演時間1時間35分 途中休憩なし)22.11.19追記
ネタバレBOX
舞台美術は、中央奥から流れるような薄布が敷かれ、何となく教会のバージンロードのよう。そこに色違いの箱馬、そして上手 下手にも2つ重ねた箱馬があるだけのシンプルな造作。この作りによって心象ー登場人物の彷徨する物語であることが容易に解る。
当日パンフに脚本・演出の藍田航平氏が「『遺体』を引き取りにくる、そしてあのフライヤー。暗く、シリアスな、深い話が展開されることを望まれるかもしれませんが、そのご期待は冒頭10分ほどで裏切る」と記している。
冒頭、男?兄?(藍田航平サン)と妹・神崎志保(服部円サン)の会話から すぐに暗転。兄が亡くなり引き取りに来るよう連絡がある。その遺体の引取場所には、志保の他に3人の女と一組の夫婦がいて、同じように遺体を引き取りたいと言う。どうして引き取りたいのか、その理由を知るには 兄と各人との関係性を明らかにする必要があった。順々に兄との関係を説明するが、そうすることで、同時進行的に事が成し遂げられるのか という疑問も生じる。
1人目ーー南野祥子(勝間田奈海サン)は、バンド仲間でメジャーデビュー間近だったにもかかわらず、兄は逃亡し行方不明になっていた。2人目ーー相坂美希(荏原汐里サン)は、兄の婚約者で結婚間近だったが、気持のすれ違いから別れた。3人目ーーVチューバーというか仮想空間の人物に恋い焦がれサイト(運営人・兄)へ課金して(貢いで)いた。最後の浪川亮太・千佳夫妻(外山達也サン・鈴谷侑子サン)は妻が眠れなくなり新興宗教へ嵌り、心配で夫も入信する。その教祖が兄だった。自己紹介から夫々の説明までが冗長で、緩いテンポで進む。ここまでは、どちらかと言えばサスペンス風で、テンポよく展開してほしいところ。そして謎の女・上田咲(吉田爽香サン)が、遺体引取の電話をした人物・カウンセラー 鷹宮普司(松永修弥サン)へ連絡したシーン以降、ミステリーさが加わる。
実は、遺体の引取という理由で集められた人々、そして各人が現実に関係した人物はバラバラの別人である。夫々の人は心が病んでおり、精神科へ通院していた。死体ではなく各人の魂が死んでいた。その担当医が咲の兄であった。その精神科医の治療法は斬新で、さも各人の相手になって関係しているかのような錯覚、言い換えれば寄り添った治療(疑似体験)をしていたが、逆に多人物への投影は自分を見失い精神を病んでしまった。兄が行方不明もしくは死んでいたら、といった強迫観念から復讐を果たそうと…。咲が登場してからのラストは怒涛の展開である。上田咲こそが、激情した大声で皆に詰め寄るのだが、その咲役・吉田さんは熱演していた。
気になるのは 以下の通り。第1に 冒頭の男は、志保の回想による生前の兄か、または咲の兄 カウンセラーとのリアル対話か。暗転の意味合いが絶妙なのか微妙なのか判然としない。第2に 物語に潜む凶器にして狂気な世界観と序盤の明るく元気な雰囲気、そのアンバランスさは敢ての演出であろうか。大声での表現はけっして感情表現になっていないと思うが。
本公演、物語の面白さを十二分に引き出していないのが残念。
次回公演を楽しみにしております。
お國と五平
Nakayubi.
こまばアゴラ劇場(東京都)
2022/11/17 (木) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
谷崎潤一郎 脚本で、演劇人コンクール2020優秀演出家賞受賞作、そして再演ということに興味をもった。言葉遣いこそ時代劇を思わせるが、その観せ方は現代劇風で、チャレンジングな演出をしている。
舞台美術や衣装はシンプルで、物語の核のみを抽出し描こうとしている。それ故 余計な装飾的な要素は削ぎ落したかのようだ。フライヤーは暗い中で面を付けた二人、そして鎖で繋がれている。いや正確には別の意味合いを持たせているが、真に表したい肝は切っても切れない武家社会の制度や人の情愛を表現していると言えよう。
登場人物は、わずか三人という緊密さ、そして仇討ちという緊迫状況下で繰り広げられる会話劇。濃密な会話、時に無言になり その隙間のような時間に、心の奥底に揺れ動く感情が透けて観えるようだ。
(上演時間1時間)
ネタバレBOX
後景は暗幕、上手に黒いドラム缶と編笠。衣装は全員同じ黒っぽいツナギ服。始めは、一人の男(首に鎖が付いている)が四つん這いで現れ、ドラム缶の中へ身を隠す。続いて男が四つん這いで、女はその男の首に付けている鎖の一方を握っている。まるで犬の散歩のような光景である。女はお國(飯坂美鶴妃サン)、男は従者の五平(柊木樹サン)、そして先に登場したのが敵役である池田友之丞(杉田一起サン)である。三人はそれぞれ面を付けており、顔(表情)が見えない。舞台装置はなく、ほぼ素舞台であるから会話(言葉遣い含め)だけで感情表現を試みる。
国許の広島を出て三年になる侍の後家・お國と従者・五平の旅途中。そこへ虚無僧の尺八(勿論 音響はない)、そして数日前も旅籠の外から聞こえていた。お國と五平は、敵の池田友之丞ではと疑ったが、顔は別人(黒塗りしていた)だった。友之丞は お國に恋するあまり、その亭主を闇討ちするほどだから後を追う可能性はあった。物語の前半は仇討ちの旅とその追跡談が中心。
一転、後半は お國と五平の情事を隣の部屋で聞いたことが知れてからの話。時代を超えた男女という人間の物語。友之丞は人妻に想いを寄せたために死に、五平は人妻に想いを寄せた上にそれが忠義になるという皮肉さ。お國は、仇討ちを果たし五平を立派な侍にしたいと言い、死にたくないと言う友之丞を五平は斬る。友之丞はコト切れる前、五平に「一度はお国は自分に身を任せたのだ」と恨み言。面目なげにうなだれ泣くお國。五平は、済んだことは仕方ない、国へ帰って夫婦になろうと言う。二人、仇の首を斬り(黒バットを刀に見立てドラム缶を叩く という独創性)、南無阿弥陀仏と唱え…。
谷崎潤一郎の小説は 耽美的な印象があり、男女のドロドロとした情愛が描かれている、そんな先入観があった。本作は、時代劇でありながら表層は現代劇である。しかし、例えば 鎖は武家社会における仇討ちの象徴であり、一方・主人の後家と従者という立場を超えた男女の愛情を描く。そこに時代に とらわれた事情と時代を超えた私事を絡めている。描き方は、ドロドロならぬサラサラで 何方かと言えばドライな関係のように思える。同じように不義の行為をした友之丞と五平の対照的な扱い、そこに封建制度への皮肉が観て取れる。それを強調するかのようなシンプルな会話劇は観応えがあった。
次回公演も楽しみにしております。
触れただけ
SPIRAL MOON
「劇」小劇場(東京都)
2022/11/16 (水) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。
劇作家協会新人戯曲賞 受賞作。
一見 オムニバスのように思えるが、何となく繋がりを感じさせる短編連作集といった構成。現代、東京という喧騒の中にいるが、人の心は満たされない、といった会話劇。漠然とした社会不安、そして人間の寂寞の対照として大都会が浮かび上がる。
物語は三場面で、それぞれ独立した話のようだが、台詞の中でそれとなく関係性を臭わせる。会話は、何となく いびつな男女の人間関係の鬩ぎ合いを描く。演出は、場景を都度転換し、状況と情況を表出し物語をしっかり支える。その丁寧さは、やはりSPIRAL MOONらしい。
一場…挫折して弟のマンションに転がり込んだ兄とその恋人、弟の三角関係の含みある会話、二場…その恋人の妹と援助交際をしている中年男の とぼけ思わせ振りな会話、三場…中年男の元妻と学生時代の恋人による探り合うような会話。その三場の同時進行するような関連構成は巧い。表し難い心情表現を味ある言葉(台詞)と演技で観せる。その機微、滋味ある会話は観応え十分だ。
そしてラストの風景は圧巻で、実に印象的である。
(上演時間1時間30分 途中休憩なし)
ネタバレBOX
物語に共通しているのは車騒、そこに大都会 東京の雑踏を連想させる。多くの人や車が行き交うが、けっして一人ひとりの心は満たされているわけではない。そこに人の寂しさ温もりを求める姿が浮かび上がる、そんな少し切ない短編3本。
場転換は、薄明りの中で少し時間がかかるが、それによって今の情景(シーン)の反芻が出来、次シーンへの期待が膨らむ時間となる。
第一場…少し高い平台に開き窓、手前にテーブルと椅子が置かれている。平台の下手にソファがあり少し離れた場所のよう。窓の開閉によって車騒が聞こえたり遮断される丁寧な演出である。
或るマンション10階の一室。不動産会社に勤める弟・直人(市川歩サン)、兄の恋人 奈美(菅野奈都美サン)、無職の兄・利男(佐藤希洋サン)が愚痴ともつかないとりとめのない会話が続く。利男と奈美の別れ話、直人の会社による周辺の宅地開発という当たり障りのない話。
直人は奈美に、ノルマ達成のため契約書を偽造したと告白する。奈美も子どもの頃の万引きを告白する。両親の愛情を独占していると感じていた彼女は、妹と同じ立場になるため万引きをした。泣く家族を見て、それからは他人の痛みは分かるが、自分の痛みが分からなくなったと言う。秘密事をばらしあった2人は、窓の外を眺める。外界から急ブレーキと衝突音。
第二場…第一場の少し高い平台を小料理屋の座敷に見立て、正面に襖のような衝立。
個室にスーツ姿の中年男・大西(樋口浩二サン)と女子高生風の高橋(奈美の妹〈嶺岸加奈サン〉)が座っている。2人はどうやら援助交際しているらしい。大西は離婚したので正式に付き合いたいと言い出す。 大西は人生絶頂期にも関わらず 妻が買い忘れた卵を買いに出たまま戻らなかった。そして妻に送った離婚届はいつの間にか受理されたと。
高橋は、恋人と別れて大西と正式に付き合ってもいいが、友達と互角な関係を保つためにも、自分のJK(実は噓)価値を認めるなら今後も金を払うべきだと、結婚を仄めかせて話す。 立ち去ろうとする高橋の前で、大西は思い立ったように前妻に電話をかける。大西が話し出した途端に電話は切れる。
第三場…第一場同様に正面に窓があるが小さく、上手にも枠がある。真ん中に四角いテーブルがあるが、第一場と比べると全体的に こじんまりとしている。そこに木下(大西の元妻〈秋葉舞滝子サン〉)が住む古びたアパートの一室を表す。
木下は同窓会を装い学生時代の恋人・祐介(牧野達哉サン)を呼び出す。木下の携帯電話が鳴るが すぐに切る。 祐介は突然の呼び出しに訝るが、木下は夫が買い物に出たまま戻らず、離婚したことを告げる。彼女は1人で生きる寂しさ、恋愛感情とは別に2人で暮らすことで紛らわそうと持ちかける。今住んでいるアパートは立ち退きの時期が迫っている。他愛もない会話の中で祐介に傲慢な優しさを見たかのように、今度は「よりを戻さなくていい」と言う。 不意な停電、畳を叩き階下にいる住人(婆さん)に苦情表現するシーンは、マンションとは違う人情味(近しさ)を感じる。
かつて自分を置き去りにし、今また翻弄する木下に祐介はかすかな怒りを感じる。明かりが戻り、卵を買いに行くと言う祐介に、木下は帰って来るかと確認する。 その時、木下の携帯電話が再び鳴り出すが…。
ラスト、暗転したのち一瞬にして夜の大都会の光景が…見事な演出である。
次回公演も楽しみにしております。
会議は踊る、されど進まず
リンクス
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2022/11/10 (木) ~ 2022/11/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
【本篇】と【特別篇】2公演観劇
本篇は会議劇、特別篇は会議の一週間後の後日談〈討論ゲーム〉を描く。
【本篇】
特定の空間〈教室〉に、特別な設定、個性豊かな生徒、絶妙な構成の中で展開する王道的な会議劇。
文化部が一丸となって行う催し物〈パフォーマンス〉を話し合う。会議(話し合うこと)の大切さは理解しつつも、その議論が必要なのか否か といった そもそも論議から始まる。やる気のない文化部副部長という設定が妙である。そんなメンバーを引っ張っていくのが生徒会副会長である。皆「副」が付く次期部長候補と帰宅部代表者のメンバーであり、今はサブリーダー的な存在である。クラブ内をまとめるのは部長であり、副部長という「責任」や「役割」等も中途半端な位置付けとして描く。しかし、この会議では いつの間にかクラブ代表者の顔になっている。漂流する会議を通して、生徒の成長譚をも観せる上手さ。
一方、同じように「副」が付く生徒会副会長は、自分の信念の下、強いリーダーシップを発揮し何とか会議を進めようとする。独善に陥りそうな場面では、中学時代からの友人で、今は生徒会書記(補佐役のような)の協力を得て何とかやり遂げようと奮闘するが…。“立場が人を作る”の典型的な観せ方である。
会議の結論は、全員一致を以ってなす。何となく有名な会議(法廷)劇「12人の怒れる男」や「ナイゲン」を連想させる。全員一致は副会長の意向であるが、そこには深い理由がある。物語(会議)が面白いのは、個性豊かな登場人物の存在、すんなり進行しない出来事、そして集まったクラブの構成が…。
【特別篇】
本篇のラストシーンから始まる。本篇の続き、後日談を思わせる演出である。こちらは、物語の登場人物としてではなく、出演者 個人として参加した討論ゲームといった趣向である。
意見(結論)の多数・少数または同数によって与えられる点が違う。生徒ならではの 頑張りどころである。
【本 編】上演時間1時間40分
【特別編】上演時間1時間15分
(どちらも途中休憩なし) 追記予定
ネタバレBOX
舞台美術はハの字型に長机を配した会議光景。シンプルは会議劇の特徴で、そこで交わされる議論の応酬が見どころとなる。
副会長は中学時代に苛めを告発したが、クラスの他の生徒は苛めがなかったと知らん顔、教師も多数の生徒の言い分を信じ、副会長の言葉を信じなかった。書記は多数意見に従った自分を恥じ、なぜ副会長を支えているのかを明かす。それによってまとまりのなかった会議が一定の方向へ進み出すが…。しかし準備した道具が何者かに壊され使用出来なくなる事態が起きる。犯人は誰か、互いに疑い協力・信頼関係が崩壊し始める。いくつもの課題や困難を直面させ、それを乗り越えさせることで深める会議劇の醍醐味。
秘密結社のつくり方
ACファクトリー
シアターサンモール(東京都)
2022/11/09 (水) ~ 2022/11/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
面白い、お薦め。
タイトル「秘密結社のつくり方」と設定の切実な現実とのギャップ、それを上手く繋いだ物語。冒頭、マジックのそこだけ見ていると、別の処を見落とすことになる。没入や思い込みは 大切なことを見落とす、そんなことを示唆している。
物語は、秘密結社を作る意義と 真偽のほどは判らないインターネット上で飛び交う情報、それに翻弄される人々の滑稽さを揶揄しているよう。秘密と閉鎖を重ねるが、そこには大きな違いがあった。
説明の「秘密結社の活動を中二病レベルで妄想し新たな都市伝説を生み出そうとするアクション・コメディ」、場面ごとに何らかの笑いを誘い、ラストは怒涛の展開と迫真のアクションシーンが待っている。何より驚かされるのが、場面ごとに場景を変え視覚的に観(魅)せる。当日配付のチラシに「構想15年のこの作品、やりたい事をてんこ盛りにした(演出:新上博巳 氏)」とある。その思いをぶちまけたような公演であった。
(上演時間2時間 途中休憩なし) 追記予定