橋からの眺め
パルコ・プロデュース
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2023/09/02 (土) ~ 2023/09/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
よかった。いろいろ考えさせられる。港の労働者のエディ(伊藤英明)が20歳そこそこの姪のキャサリン(ケイト=福地桃子)をあそこまで縛ろうとするのは、なぜなのか。性的欲望があるのかないのか、その微妙な線は微妙なままに、とにかく事態だけは破局へと突き進んでいく。そこが大変スリリングだった。何かにとりつかれた人間の愚かさ・怖さを伊藤がよく出していた。一方の、福地も無邪気さとコケティッシュさの両方をバランスよく出して、若い魅力を存分に発揮していた。
奥行きのないコンテナの中のような部屋。安っぽい蛍光灯が並ぶ天井が上下して、メリハリと心理状態と、場面転換(アパートと弁護士事務所)を示す。ジョー・ヒル=ギビンズの演出は、労働者仲間などわき役3,4人をカットし、戯曲の本筋だけをくっきりと示す。90分という短さにも、その凝縮ぶりが出ている。
作者はギリシア悲劇・喜劇を意識して本作を書いたという。エディの異様ともいえる偏執・偏向ぶりも、ギリシア悲劇の人物がもとになったと考えれば、うなずける。かつて鄭義信の「たとえば野に咲く花のように」も、「あの男を殺して」という妄執にとりつかれた女性エキセントリックだったが、これもギリシア悲劇「アンドロマケー」を下敷きにしたからだった。
もやしの唄
劇団テアトル・エコー
恵比寿・エコー劇場(東京都)
2023/09/06 (水) ~ 2023/09/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
経済成長でどんどん生活が便利になっていく60年代の日本。そこで6時間ごとに2時間の水やりをしなければならないという、超手間のかかるもやし栽培を家業とする泉家。長男の恵五郎(根本泰彦)はいつも眠い。長女の十子(吉川亜紀子)は結婚を控え、新しい家電製品に目移りするばかり。次男の一彦(松沢太陽)は6年行った大学もそろそろ卒業、しぶしぶ就活に回る…。やもめの恵五郎に見合いの話が起こり…
11年ぶりの2回目の観劇。懐かしいセットがまずいい。しっかり井戸の水が出て、家の縁の下や軒もリアルに再現。もやしが育つ室の中のシーンは圧巻だ。会社社長の父に反発して家出してきたという村松(川本克彦)、近所の中華料理店の娘なのに、やもめの恵五郎が気になっていつも手伝いに来る高野九理子(小泉聡美)。初老の大人なのに、なぜか子ども帰りをしている喜助(後藤敦)。それぞれのわき役もいい。特に自分の思いを打ち明けられない高野がいじらしい。
お尻にスイッチがあって、座ると眠ってしまう(息子のカンタ=小1の作文)という恵五郎のキャラが本当におかしい。そのうえギターがうまい。ギターがしたくてほんとは最初、もやしづくりが嫌だったというのもうなずける人物だ。
玄海灘
玄海灘を上演する会
調布市せんがわ劇場(東京都)
2023/08/30 (水) ~ 2023/09/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
金達寿の『玄海灘』は必要があって数年前に読んだので、どのような舞台になるかと興味があった。西と白の二人の朝鮮人青年中心の話に、特高巡査の李(二宮聡)をもう一人の重要人物に据え、朝鮮独立同盟の地下の同志たちと、それを弾圧する警察署内の動きも具体的に見せ、わかりやすい舞台になった。(原作では、西と白の視点だけなので、こうした裏事情は直接は描かれない)
いいせりふもいっぱいあった。西(高井康行)が、東京で会ったときの白(和田響)の憔悴ぶりを思い出して、「外ではみじめな顔をするな。そんな朝鮮人がいるからますます馬鹿にされる」となじる。「朝鮮語で話しかけたら子犬のようについてきた」とバカにする。
日本人の公子(萩原萌)に対して、西は、道端で雑草をつむ朝鮮人の娘たちをみて「かわいそう」といったとなじる。「朝鮮人を憐れんでる(対等ではない、上から目線だ)」と。しかしその哀れみは実は西自身の心だった。「僕の眼は日本人の眼だ。蔑む位置に立って、自分を否定している」と苦しむ。
独立運動をしていた中学教師(堀光太郎)が逮捕され、彼を慕う教え子もまた逮捕される。御用新聞記者の西は中学生に責められる。「見ているだけで、何もしないんですか」と。原作が描いた植民地朝鮮の青年のかかえた矛盾と葛藤を、的確にとらえた芝居だった。
桜の園
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2023/08/07 (月) ~ 2023/08/29 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
チェーホフが好きだったヴォ―ドビルを意識した、笑える「桜の園」で、私は大満足。30年近く前によく見た、原作を奉った退屈な「静かな」自然主義チェーホフより数段面白い。しかも、ラネーフスカヤ(原田美枝子)とガーエフ(松尾貴史)の無為で無気力な妹兄のだめぶりと、新しい時代に載ってどんどん事業を広げていく元農奴のロパーヒン(八嶋智人)の対比は、いろいろな形でくっきり見えた。また「万年大学生」(今回この定型表現はないが)のトロリューモフの「僕たちの関係は愛を超越している」云々の歯の浮くようなセリフ、言葉だけの理想主義の薄っぺらさもよくわかる。
ヴォ―ドビルの要素は、エピホードフ(前原滉)のどじぶり(「世界で最も運の悪い男」といって、「22の不幸せ」の定番表現はこれまたない)、シャルロッタの完全に場違いなことばかりやるすっとびぶり(アーニャの家庭教師らしいところ何処にもない)、自分の金策のことばかり考えてるピーシチク(市川しんぺー)などに見事に割り振られている。ガーエフが演説を始めるところはマイクを持たせて演説ぶりを戯画化するなど。第2幕の屋外の日光浴の場面の頓珍漢ぶりはコミカルで、第3幕のパーティーの乱痴気ぶりもスピーディー活気があってよかった。
開幕とともに、コンクリ製の大きな壁が持ち上がって、記憶のふたが開く。芝居の間は、ずっと「頭の上に落ちてきそうな家」のようにコンクリの壁が頭上にのしかかり、幕を下ろすとともに、再び壁が下りてきて記憶のふたを閉じる。簡素な舞台装置と、現代に近い服装の抽象度の高い舞台が、戯曲の骨格を一層くっきりわかりやすくした。先に触れた定番表現を使わないことも含め(これらは英訳にはあるのだが)、さまざまな先入観と古い滓に埋もれてきた「桜の園」を新鮮によみがえらせた舞台だった。
闇に咲く花
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/08/04 (金) ~ 2023/08/30 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
こまつ座の「闇に咲く花」は七演目という。僕にとっては、初演のテレビ放送を見て、初めて井上ひさし劇に目覚めた、エポックメーキングな作品。99年の再再演の時には、井上ひさしに初めて取材することができた。そういう点でも思い出深い。おみくじで次々大吉が出るくだりが、涙と笑いで大傑作である。作者は「ああいうことはいくらでも書けちゃうんだよね」と、こともなげにおっしゃっていた。ウーム、天才の天才たるゆえんである。
今回は、11年ぶりだそうだが、神主の牛木公麿が、亡くなった辻萬長から山西淳にバトンタッチ。松下洸平といい、おめん工場の戦争未亡人5人(4人と記憶していたら、5人もいた!)といい、世代変わりが顕著。でも、変わらぬいい舞台を作っていたと思う。数えてみれば、13人も出るので、こまつ座としては大掛かりな芝居である。5人の戦争未亡人のアンサンブルが面白いのだけれど、人数が多いので、それぞれの人生が一筆書きにとどまるのが玉に瑕か。
ギター弾きの加藤さんのそこはかとない旋律が、乾いた切なさをかもしていい。実は初演からずっと同じひとだという。演者によって変わりそうなアドリブ的な弾き方なのに、道理で、毎回同じ音色に聞こえたわけだ。水村直也さん、お疲れ様です。応援してます。
遅ればせながら気づいたことは、健太郎の記憶喪失と、日本人の戦争協力の忘れっぽさとが重ねられていること。「忘れちゃだめだ、忘れたふりはなおいけない」という健太郎のセリフが、最後、ブーメランのように返ってくるのは、残酷である。この残酷さには初めて思い至った。
3時間5分(休憩20分)と井上戯曲らしく長いが、どこもゆるみがない。後半の4場、捨て子の里親探しの下りが少々長く感じるが、これも物語のリアリティーを丁寧に積み上げていくための重要な場面なので、簡単に削ればいいとも言えない。さすがである。蜷川幸雄の公演のために、後年かなり作者自らカットした「天保十二年のシェイクスピア」とは、円熟度が違う。
こんにちは、母さん
義庵
調布市文化会館たづくり・くすのきホール(東京都)
2023/07/26 (水) ~ 2023/07/31 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
新国立で初演を見たのは22年前ということになる。いい戯曲であることはすでに折り紙付き。
今回見て、父の戦争体験、母の戦争体験が要所要所に、短くではあるが深く描かれていて、びっくりした。母の新しい恋人も、戦争で死んだ兄の悔いから決意した若き日のことを語る。そのくだりが、「昭夫さん、あなたもね、もっと朗らかに生きた方がいい」とつづき、一番聞かせるセリフになっている。
老いた母の恋に戸惑う息子の話、とばかり思っていて、全然忘れていた。考えてみれば、この初演の頃の老母、老父は戦争体験者だったのだ。当時、記憶に残らないのは、メインストーリーから見れば枝葉のエピソードだからだろう。でも、今戦争体験に目が向くのは、見る目が熟したせいか、ホームドラマに戦争体験が出ることが珍しくなったせいか。
息子がリストラ担当で、それに首にされた同僚(伊原豊)が、芝居のよきカンフル剤として配されているのも忘れていた。面白かった。
生の芝居だからこそ、誇張や、頓珍漢なやり取りでコメディーになるが、映画ではこうはいかないだろう。まして主役が吉永小百合では。映画もいいという話だが、舞台には舞台ならではの変わらぬ値打ちがある。
俳優はみな好演。その中では、戦争体験者を自然体で演じた一柳みる(福江、母)と山崎清介(直ちゃん、恋人)が、舞台をきっちりと成り立たせる要の役をよく果たしていた。
ストレイト・ライン・クレイジー
燐光群
ザ・スズナリ(東京都)
2023/07/14 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
行政・政治家の善意と先見性が大事なのか、住民・ジャーナリストの声が大事なのか。いまだに解決のつかない永遠の問いを、あらためて考えさせる舞台だった。
その場しのぎの男たち
劇団東京ヴォードヴィルショー
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
おもしろかった。どくに後半、陸奥宗光と伊藤博文の確執があらわになり、その因縁も絡んだ陸奥の策が、ことごとく失敗していく。犯人の妻、人力車夫、くのいちまで登場し、ダメ男たちだけでは作れない活気をつくり出す。その怒涛の1時間は本当に面白かった。休憩なし2時間5分。
三谷幸喜31歳の作だそうで、戯曲に若さと才気がはじけている。
配役(ほぼ登場順)。
出たり入ったり、ロシア側の動きの説明役の外相・青木周蔵(たかはし等?)
主将の薩摩からの幼馴染で、声は大きいが役には立たない内相・西郷従道(坂本あきら・客演)足が臭いのはご愛敬。それが時には武器にもなる。
首相と伊藤の間で風見鶏を演じる目立ちたがり屋の逓信相・後藤象二郎(石井愃一)。ざんぎり頭の長髪で幕末の志士の生き残り。それらしく、修羅場には強い。
優柔不断の首相・松方正義(佐渡稔)
一番の切れ者と言われつつ、出す策が次々裏目に出るの陸奥宗光(佐藤B作)
政界最大の実力者伊藤博文(伊東四朗)。御年86歳。にこりともせず、オーバーな動きもなく、ただぶっきらぼうにセリフを言うだけで、客席爆笑。喜劇役者の神様である。
伊藤の右腕の若い書記官・伊東巳代治(まいど豊?)
犯人の津田三蔵の妻(あめくみちこ)。「夫の命を助けるため」といわれて、とんでもない役を押し付けられるが、本人も何を期待されたのか分からず……。
ニコライを助けた車引き(山口良一、日により大森ヒロシとWキャスト)。学はないが、誰にもこびない無法松のような男。口先だけの政治家の中に混じると、引き立つ。
元くのいち(山本ふじこ)。伊東四朗同様、にこりともせず、爆笑につぐ爆笑をとる天性のコメディエンヌ。登場回数は少ないが、一番面白かった。ブラボー
ほかにホテルの執事、や楽隊。最後に犯人の津田も現れる。
犬と独裁者
劇団印象-indian elephant-
駅前劇場(東京都)
2023/07/21 (金) ~ 2023/07/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
ブルガーコフなんて、マイナーな作家をよく引っ張り出してきたものだと思っていた。見てみると、なかなかスリリングで深い芝居で、シリーズ第1弾のケストナー以来の秀作である。受付で、戯曲を本にして売っていたのも、この劇団では初めてで驚いた。作者の確実なステップアップを喜びたい。
「巨匠とマルガリータ」は河出世界文学全集で読んでいたので、ブルガーコフとスターリンの関係は知っていた。しかし、スターリンの評伝劇をモスクワ芸術座から頼まれて書いたとは知らなかった(同書解説にあるが、読み飛ばした)。当局は、どういうつもりで、反体制作家ブルガーコフを選んだのか。最初から上演させないつもりで、ぬか喜びびさせるために依頼したのだろうか。スターリンは知らなかったわけはない。
よく芝居で寝てしまう連れは、今回は舞台に見入りっぱなし。「一つ一つの台詞がよかった。一言も聞き漏らすまいと、2時間10分集中して、全然眠くならなかった」と興奮気味だった。
椿姫
東京二期会
東京文化会館 大ホール(東京都)
2023/07/13 (木) ~ 2023/07/17 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
16日を拝見。さすがの名曲である。大満足。ヴィオレッタの谷原めぐみは初めて見たが、スター歌手の派手さはないが、きっちりした歌唱で繊細な心情を切々と聞かせた。
今回、1幕は非常にコンパクトに感じた。乾杯の歌の宴会があり、ヴィオレッタの愛の目覚めと享楽生活への傾斜の二部構成のアリアでおわる。このアリアだが、後半の軽やかな疾走感が際立っていい曲だが、この部分は享楽の喜びをうたっており、作品の主題である愛の献身とは反する。主題と反するところで、こんなにいい曲を書いていることを発見し、意外な感がした(吉田秀和の文に示唆を受けた)。この後半ではヴィオレッタの愛の主題は、アルフレードの舞台袖からの歌で対比される構造になっている。
2幕のヴィオレッタと父ジェルモンの二重唱の切々たる心理劇は絶品。「プロヴァンスの海と陸」は有名だが、息子とやり取りする後半に会ったのをうっかりしていた。すっかり前半と思っていたが。後半より、前半の二重唱の方がいい。
3幕が意外と盛り上がらない。結果がわかっているからではあるが、1幕の愛と享楽、2幕1場の愛人と父の衝突という葛藤構造からすると、予定調和の救済が単調だからだろう。これに対し、プッチーニ「ラ・ボエーム」のミミの死の場面は、二人の出会いと愛を振り返る(曲もその時の旋律が回帰する)ことで、物語の総括になっている。
兎、波を走る
NODA・MAP
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2023/06/17 (土) ~ 2023/07/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
いわく言い難い作品。今回はここ4,5作の野田秀樹の新作の中でも、言葉遊びが要所要所にうまくはまって、よく効いていた。「もう、そうするしかない、妄想するしかない」以外にも「強がり思いあがり独りよがり」も耳に残った。
不満があるわけではないのだけれど、アリスの多部未華子がもっと哀れだといい。アリスの母の松たか子ももっと狂おしさが欲しい。アリスの母の衣装も、やけに広いエプロンのひもでウエストを引き締めていて、コルセットを占めたような不自然な感じだった。
ウエスト・サイド・ストーリー
TBS / Bunkamura / VIS A VISION / ローソンチケット / ぴあ / TBS SERVICE
東急シアターオーブ(東京都)
2023/07/05 (水) ~ 2023/07/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
映画や日本語キャストでは前にみたが、ブロードウェイの引っ越し公演は初めて見た。前半はもちろん名曲ぞろいなのだが、その分、既視感も大きい。二派の喧嘩で二人が死んでしまう。そのあとの後半が、今回は良かった。I feel pretty のマリアの幸福感が切ない。
遠い幸福にあこがれるsomewhereは、リアルなセットがすべてなくなって、どことも知れない緑の光の中で、シンプルな白い衣装の若者たちが手に手を取って歌う、美しい場面だった。
そして、マリアと兄の恋人アニタが歌いながら、アニタがマリアの恋の非難から応援するように変わっていく感情の変化の表現が見事。難しいところだが、すんなり見られた。
ジェット団たちがうたう「クラプキ警部こんにちは」は「非行は社会の病気」と歌って、社会風刺もこめられている。ここにも初めて気づいた。
前半の名曲の一つ「アメリカ」も、一見アメリカ讃歌のようでそうではない。実は金がない移民には碌な仕事も、選択肢もないことを痛切に皮肉っていて、奥が深い。
ある馬の物語
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2023/06/21 (水) ~ 2023/07/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
よかった。成河の馬らしいしぐさ、寝転がって足をばたつかせる、馬のような体の動きがまず絶品。冒頭から宙づりになって処分される派手な演出で、回想に入っていく。ブチ馬として冷遇され、こき使われただけの話だとどんよりするが、そうではない。馬の持ち主が公爵にかわり、思う存分駆け回った幸せな日々が訪れ、明と暗の落差が引き立つ。(とはいえ、馬として働かされただけなのだが、労働者にも自分をだめにする職場と、自分を生かせる職場があるということか)
パイプで組んだ大きなシーソーで疾走場面を演じる、ダイナミックな動きは良かった。
黄色い封筒
劇団青年座
吉祥寺シアター(東京都)
2023/07/05 (水) ~ 2023/07/10 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
今の日本ではなかなか見られない、労働運動を扱った硬派で骨太の舞台。会社のやくざを使ったスト破り、賠償請求、切り崩しに追い詰められた労働組合の、組合員それぞれの苦衷に満ちた選択を描く。久々にたたかいの血が騒ぎ、挫折と屈辱に目頭が熱くなるのを感じた。
組合の部屋が、沈みかけた船の甲板のように、大きく床の傾いたステージになっている。それが大きな穴の中に浮いており、出入りは穴の底から昇る階段デッキを使う。一つの隅にはロープの垂れさがった柱(マスト)。床には机代わりのいくつかの箱と、自動車の部品ベローズがたくさん入ったかご。セウォル号と、難局にある組合の両方を具象化した美術だった。
ギターも2本おかれていたが、時々弾くためだけでなく、この安山市が世界のギターの3割を生産する街であることも示すのだろう。
夏の夜の夢
文学座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/06/29 (木) ~ 2023/07/07 (金)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
私の見た回は、学生のグループらしき人が多く、客席が若い。あちこちの大学や高校でまとまっててきたのだろうか。その若い客が笑うこと笑うこと。後ろの女子学生4,5人連れも口々に「面白いねえ」と言っていた。400年前の荒唐無稽なドタバタ劇が、これほど今の日本の若い観客にうけるなど沙翁も墓の下で驚いているのではないか。
惚れ薬のせいで二人の男に迫られたのを、馬鹿にされたと思うヘレナ(渡邊真砂珠)のぶち切れぷりや、逆にコケにされたハーミア(平体まひろ)の癇癪ぶりが絶品。恋人のライサンダー(池田倫太朗)にぐるぐる振り回されて、小柄なハーミアが宙に浮くスタンドなど、体を目いっぱい使って弾けていた。
もう一つ、受けるのが最後の「ピラマスとシスビー」の劇中劇。恋人が死んだと思って、男が死に、それを見て女が後を追う筋は「ロミオとジュリエット」ではないか(シェイクスピアの自作パロディ?)。とにかく、ばかばかしいギャグなのに、お笑い的な感じなのだろうか、若い観客に大いに受けていた。
舞台は大中小の四角い白いアーチを設けただけの簡素な舞台。奥でドラムと木琴・ベルを二人が演奏。この音楽はセリフの空白を埋め、テンポを上げるうえで、大変効果的だった。白い枠に、時折薄い白布がかかり、それが舞台を仕切ったり、サイケ調の森や渦の映像が映ったりして、夢の中の雰囲気を醸し出す。
今回の最大の工夫は妖精パックとハーミアの父を同じ俳優(中村彰夫)が演じ、職人たち5人と妖精5人が同じオジサン俳優が演じたこと。アテネの公爵夫妻と妖精の王夫妻を同じキャストで演じるのは、ピーター・ブルックが初めてやっとすだが、今ではほぼ定番。それにさらに凝縮する画期的演出だった。妖精と職人という異質な一人二役が、さらにおかしみを増幅していた。老人のパックというのも初めて見たが、中村彰男は力の抜けた茶目っ気ある演技で、大いに笑わせた。
また、若い4人の恋人の痴話げんかに、オーベロン(石橋徹郎)とパックが(無言で)からみ、ロバになったボトム(横山祥二)を歓迎する妖精たちの踊りに、眠り込んだ恋人たちも夢遊病者のように加わるなど、妖精・職人・貴族の境界を従来にない軽やかさで取り払っていたのもよかった。
2時間半(休憩15分込み)と、2年前の円の2時間版よりは長いが、それでもだいぶんテンポよく感じた。
アンカル「昼下がりの思春期たちは漂う狼のようだ」【7月6日昼公演中止・7月7日~9日まで映像公演実施】
モダンスイマーズ
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2023/06/29 (木) ~ 2023/07/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
素晴しいの一言。文句なし。大変豊かな2時間40分を過ごせた。蓬莱竜太の、人物のコンプレックスをグイっとさらけ出す戯曲・演出がベースにありつつ、本作の最大の見どころは、若い俳優たち(中に年配の俳優も2人ほど)の全力投球の演技だろう。たとえ有名俳優でなくても、力のある若手が揃うと、舞台はとんでもない大化けをすることがある。その一つだった。27人、それぞれが役のイメージに合ったキャストで、紙に書かれただけのセリフに本当に血を通わせていた。台本はたたき台に過ぎないと、舞台に上げて俳優の血肉にしてこそ本物と、改めて感じた。
在日を母に持つ双子の妹ゲン(藤松祥子)の、まっすぐな性格の弾ける明るさ、対照的な姉・ソジン(瑞生桜子)のそっけなさ。ゲンに恋したタバチ(田原靖子)の中性的たたずまいも自然だった(放送室に立てこもっての「私は女です。私は女です」の叫びは、脈絡を超えた迫力がある)。
卓球3人組(大西遵。久保田響介、小口隼也)の、意地の張り合いはコミカルなだけでない、若さのぶつかり合いを感じた。バカばっかりやってる三人組(蒲原紳之助、榎本純、江原パジャマ)は、馬鹿っぷりが徹底していて弛緩するところがない。舞台に出た瞬間からはけるところまで、全くスキがなかった(ほかの俳優もそうだが、この三人、テンション高いだけに特に強く感じた)。
ギター(笠原崇志)カメラ(大河原恵)、漫画(名村辰)のオタク三人組の登山のシークエンスは笑えた。名村の目の座ったオタクぶりが堂に入っていた。歌手志望の伊藤ナツキの歌がうまく、恋もかわいらしくて、輝いていた。年配俳優の用務員・吉岡あきこは、引きこもりの息子にかける電話が、せつなくてかわいげがあった。
ませた女子3人組(坂東希、伊藤麗、堺小春)の、いじめ・いじめられの隠微な関係をリアルに演じて、痛々しかった。全員の名前を書ききれないが、オムニバス的な群像劇でそれぞれの出番は少ないのに、その出番の一人一人がとにかく光っていて、リアルで、本当に面白かった。
音楽(「ツアラトウストラかく語りき」や「抱きしめてくれるだけでいいの」も効果的)もよかった。
ブラウン管より愛をこめて-宇宙人と異邦人-(7/29、30 愛知公演)
劇団チョコレートケーキ
シアタートラム(東京都)
2023/06/29 (木) ~ 2023/07/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
子供向け番組を超えた深いテーマも盛り込んだウルトラマンシリーズへのオマージュであり、在日・同和・関東大震災の朝鮮人虐殺・同性愛者差別まで、差別問題に果敢に取り組んだ挑戦作である。小劇場としては間口の広いシアタートラムの舞台を、上手から順に、企画会議室、撮影スタジオ、書斎と使い分ける。
ユーバーマンシリーズの「老人と少年」(帰ってきたウルトラマンの「怪獣使いと少年」がモデル)を下敷きに、脚本家は差別をテーマに、善意の宇宙人が人々から迫害を受ける「空から来た男」を書く。それだけなら「社会的深みのあるエンタメ」に終わるが、当事者でもないのに差別をネタにする欺瞞性にも十分自覚的なところが一味違う。
場面転換や物語進行にもたつきを感じるところも少々あったが、後半、テーマと趣向がぐんぐんかみ合っていく。作り手たちの舞台裏と、カメラの前で(あるいはけいこで)演じるドラマがうまくかみ合って、差別の愚かさと、それを超えていく希望の片りんを見せてくれた。
ラ・ボエーム
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2023/06/28 (水) ~ 2023/07/08 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
雪の中、ロドルフォ(スティーヴン・コステロ)とミミ(アレッサンドラ・マリアネッリ)が「春になったら別れよう」と歌う第3幕がよかった。幕開けの冒頭のスタッカート的メロディーから、幕切れのアリアまで実に緊密で、飽きない。シリアスなミミたち二人だけでなく、ムゼッタとマルチェッロの滑稽味ある痴話げんかとの四重唱になっているのも巧みなつくりだ。ただ、一緒に見た芝居友達とも話したが、この二人がなぜ別れるのか、なぜ春までそれを延ばすのか、という整合性は突っ込みどころ満載。
テノールのコステロがよかった(らしい)。1幕の自己紹介の歌「冷たき手を」からブラボーが飛んでいた。それにたいして、マリアネッリの「私はミミ」は、高温の伸びや迫力が物足りない。ブラボーもなかった。しかし、4幕の最後の二重唱はしっかり決めてきた。
ミミより、第二幕のムゼッタのヴァアレンティーナ・マストランジェロが魅せた。「私が街を歩くと」は素晴らしい歌声で(青いサテンドレスに黒い毛皮のコートの派手な衣装も相まって)圧巻だった。
4幕は「外套のうた」の渋い輝きに開眼させられた。フランチェスコ・レオーネのバリトンに、ブラボーが飛んだ。「ポケットには、思想家や文豪が洞窟に遊びに来た」など歌詞もいい。ミミの臨終という悲しいしめっぽい場面に、滑稽味ある内容でその場の気分を和らげながら、、シリアスな雰囲気をぎりぎり壊さない絶妙なバランスがすばらしい。
ミミが死んだあと、しばらくはロドルフォが気付かない。観客はじりじりし、しばしのためのあと、一気に管弦楽も歌も最後のクライマックスを盛り上げる、この「間」も素晴らしい。
ヴィクトリア
シス・カンパニー
スパイラルホール(東京都)
2023/06/24 (土) ~ 2023/06/30 (金)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
白を基調とした舞台にはベッドといす二つだけ。そこに(やはり白い衣装の)大竹しのぶが、ヴィクトリアという女性の生涯を一筆書きのように描き出す。かわいい女性が運命に翻弄される哀れ。冒頭は43歳からはじまる。43歳に近づこうと頑張ったのか、たしかにいつもにまして大竹が若々しく見える。パーティーでリヒャルト・シュトラウスとあいさつするところから、19世紀末の時代をうかがわせる。もはや結婚生活の破綻した夫との関係、そこに襲い掛かる不幸、…。ヴィクトリアの生涯は「欲望という名の電車」のブランチを思わせるところが多く、大竹の演技の厚みが光る。
1時間10分
新ハムレット
パルコ・プロデュース
PARCO劇場(東京都)
2023/06/06 (火) ~ 2023/06/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
深刻劇や英雄譚のようにとられるハムレットを、ただの世慣れない反抗的若者に変えて見せた。それは自負と自己嫌悪がない混ざった太宰治その人の分身なのである。だからハムレットは「自殺 苦しみから逃れる方法はそれだけなのだ」「よってたかって僕を機違いにしようとしている(バビナール中毒事件!)」とごちる。それを、クローディアスは「国のため)君の実感を欺いてください」といさめ、「先王が生きてていれば先王に反抗している。先王を軽蔑し、てこずらせているでしょう」と見抜いている。一場の二人のやり取りだけでも、太宰治の才能は明らかであり、五戸真理枝のカット・演出はよくできていた。
レアチーズ(駒井健介)は屈託のない陽気な青年、ポローニアスはただの子煩悩の好々爺である。これはハムレットの家族と対照的。ただポローニアスは次第に舞台回しへと役割を上げていき、王を試す芝居もポローニアスの発案で行われる。太宰版ハムレットはそんな人物ではないからの選手交代である。
男優陣が好演。とくにポローニアスの池田成志は、この芝居の中軸を担って力演だった。ハムレットの木村達成もこんなにうまい俳優とは知らなかった。立ち姿もセリフも、感情のニュアンスもいい感じだった。平田満も、出番はこの二人に比べて少ないが、渋い苦労人ぶりがよく出ていた。唯一、家族外・宮廷外の人間であるホレーシオの加藤諒は、舞台をかき回すトリックスターで、ユーモアとデフォルメがよかった。
太宰自身が「上演するための戯曲ではない」と前口上しているように、原作はそれぞれのセリフがとんでもなく長い。小説は人間の内面を語るためのものだということがよくわかる。特に一人称小説はそうだ。五戸真理枝さんは舞台用にうまく刈り込んでメリハリをつけた。編集はさすがだった。