地にありて静かに
劇団文化座
シアターX(東京都)
2019/10/17 (木) ~ 2019/10/27 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/10/21 (月) 14:00
座席1階
原題「Quiet in the Land!」。日本語訳はなかなか雰囲気がある。アーミッシュを日本語であらわすといかにもそんな感じかな、というイメージだ。しかし、この舞台は「静かに」という感じではなく、アーミッシュの中での宗教的解釈、世代間対立を織り交ぜて激しく揺れ動く。
服装や付け髭など小道具にもこだわったという。といっても、自分は本物のアーミッシュをみたことがなく、現代や一昔前の彼らの姿を舞台が再現しているのかどうかはわからない。なんとなく日本風な感じもしたのは気のせいか。
おばあさん役を演じた劇団文化座の中心・佐々木愛の存在感は今回もやはり大きい。しかし、パンフレットによると初舞台だという、今年入座したばかりの女性が演じたケイトという主役級の女性・深沢樹の演技は光っていた。老舗劇団にとって、新陳代謝は喫緊の課題。いい人材が入ってきたのではないか。
休憩をはさんで3時間近い長丁場ではあるが、物語の展開がおもしろいのであきさせない。舞台芸術の永遠のテーマかもしれない、変わらずに維持すること、変わっていくことという命題を深く考えさせられる。
アーミッシュは国ではなく、その一族郎等のコミュニティーだ。だから、その伝統や文化を守るためには変わらないことが重要なのだが、やはり、国の中で生きていく以上、世の中の変化と無縁ではいられない。劇中では電話の利便性をめぐる会話もあったが、今でいえばインターネットなどの情報通信技術などとのかかわりはどうなっているのだろうか。
アーミッシュがその様式をかたくなに守り続けているのは、平和に暮らしたいだけだからというくだりがあった。そこには強く共感する。だが、グローバルな世の中の中で、平和に暮らすということの難しさは今の世界情勢を見ればわかる。だからといって、自国や自らのコミュニティーを守るために銃を取って戦うのか。劇中で出てくるエピソードは、現代日本が平和な暮らしを守るために米国に追随して銃を取るのか、ということを強く投影していたと思う。
組曲虐殺
こまつ座 / ホリプロ
天王洲 銀河劇場(東京都)
2019/10/06 (日) ~ 2019/10/27 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/10/16 (水) 13:00
座席1階
「蟹工船」を書いた小林多喜二の物語。ミュージカル仕立てで、小林を取り巻く人たちが小林の素顔を浮き上がらせる。今回が再再演という。
小林多喜二に井上芳雄、多喜二の姉を高畑淳子、多喜二の恋人を上白石萌音、多喜二の妻を神野三鈴という配役だ。高畑淳子や上白石萌音の歌を初めて聞いたが、澄んだハーモニーで見事だった。井上芳雄は安定感がある。今回特高警察を演じた二人もいい芝居だった。
何より特筆すべきは、舞台奥上方で劇中音楽、効果音を一人で担当したピアニストの小曾根真だ。休憩をはさんで3時間を超える長丁場の演奏はさすがというしかない。迫力があり、小曾根のピアノが生で聞けるだけでもこの舞台はお得であるといっていい。
多喜二のイメージはもっと厳しい性格だと思っていたが、身の回りの世話をするプロレタリアの同士である神野と、かわいい恋人の上白石の二人がその役割を分担するように多喜二を包み込んでいくという筋立てが新鮮に思えた。「笑い」を重視した栗山民也の演出の妙であったと言える。
ついこの間まで朝ドラでおばあちゃん役をやっていた高畑淳子はさすがの貫禄だった。そのおばあちゃん役のイメージが染みついていて多喜二の姉というより母に見えてしまったが、せりふ回しや歌唱に本当に迫力があった。上白石はかなり良かったと思うが、ついていくのがやっとだったのではないか。
パパ、I LOVE YOU!
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2019/10/11 (金) ~ 2019/10/20 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/10/15 (火) 14:00
カーテンコールに登場した加藤健一が肩で息をしていたのが、何より全力舞台だったことを示している。年齢的に厳しさを増していたのかもしれませんが。
レイ・クーニーの名作の再演。ウソがウソを呼び、もう何がホントなのか分からなくなるドタバタ劇。爆笑を取るカトケン事務所の得意分野で、客席もこれを十分承知している。期待度が高いだけに客席を満足させるのは大変だが、健闘したと思う。
ただ、狂言回しで登場する車椅子のおじいさんの動きはどうだったか。ちょっとギャグが滑っていた気も。些細なことかもしれないが、一応は患者役の老人を車椅子ごと何度も突き飛ばすギャグはやっぱり心から笑えない。
個人的には婦長さんのギャグが一番の爆笑のツボを押した。
ヴェニスの商人
演劇集団円
吉祥寺シアター(東京都)
2019/10/03 (木) ~ 2019/10/13 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/10/07 (月) 14:00
座席1階
演劇集団円は、個人的には演劇を見始めるきっかけになった劇団。だから、舞台を見る度に思い入れがあることを感じている。さらにこれも個人的見解だが、今回のヴェニスの商人は演劇集団円の総力戦とも言っていい舞台ではなかったか。
パンフレットによると、円ではリチャード3世やマクベス、オセローなど周期的にシェークスピアに取り組んでいるそうだ。各劇団が取り組んでいるシェークスピアだが、今回はとてもシンプルな舞台装置で照明の当て方を駆使してとてもメリハリのある構成になっていたのではないか。
やはり圧巻は、シャイロックが訴えた裁判の場面だ。ここを休憩の直後の二幕冒頭にもってきてあって、客席全員が食い入るように見詰めるという緊張感があった。シャイロックを演じた金田明夫の演技は秀逸だったと思う。
なにもおきない
燐光群
梅ヶ丘BOX(東京都)
2019/10/02 (水) ~ 2019/10/23 (水)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/10/03 (木) 19:30
座席1階
梅ヶ丘ボックスは、小田急高架下のさらに地下。この小さな閉鎖空間を存分に使い、その空気感を最大限に活用した舞台だった。役者たちとともに閉鎖空間に閉じ込められ、なんだかとんでもないワンダーワールドへ旅をする。
タイトルは何も起きない、だがそんなわけはなく、想像もしないこと、いやなんとなく想定していたことの中でも最悪なことが次々に起きる。私にはそう思えた。坂手ワールドらしい場面、福島第一原発の地下に迷いこんだり。何も起きないと政府が平然と言っている間に真実の地下水脈ではどんどんとんでもないことが起きている。深読みしすぎかな?
一本の坂である傾いた板の上ですべては起きる。体力勝負の俳優さんたち、お疲れ様でした。
異邦人
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/09/26 (木) ~ 2019/10/07 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/09/26 (木) 18:30
座席1階
特定技能という新たな在留資格を設けて、本格的に外国人労働者の受け入れを始めた日本。地方都市にある小さな食堂を舞台に、日本人が生活者としての外国人を受け入れられるのかを、この芝居は問う。
食堂の周囲にも技能実習制度による外国人が増えてきた。ゴミ出しのトラブル、深夜の騒音。食堂の仕事を継ごうと故郷に戻ってきた息子が在留ベトナム人からカレーを習ってメニューに加えようとしているところも、長年食堂をやってきたオヤジは気に入らない。
この食堂で、職場の上司にあたる日本人と合わず仕事をやめようとしているベトナム人を巡って、シビアな会話が続く。このあたりが、民藝に書き下ろした中津留氏の真骨頂だろう。主宰のトラッシュマスターズの舞台では、議論と言ってもよい激しい台詞の応酬が見られるが、そこまでではないにせよ会話の中身は技能実習制度の矛盾というか、非人間的な部分を鋭く告発している。
これはタイトルにも表れているように思う。私たちが、彼らを自分と同じ生活者てして受け止めて付き合えるか、本音では異邦人と見ているのか。この舞台が問いかけたものへの答えは、数年後に出るだろう。
もう一人のヒト
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋ホール(東京都)
2019/09/14 (土) ~ 2019/09/22 (日)公演終了
満足度★★★★★
喜劇仕立てなのだが、それは平和な今の時代から当時の狂気を笑っているから。笑える時代だから、この喜劇は面白いのである。それに客席が気づけば、この舞台を今上演する意味が浮かび上がってくる。
初演は劇団民芸だったというが、再演は青年劇場が引き継いだという。今回は3回目だそうだが、先の戦争の記憶が消えつつある今だからこそ、笑ってみたい舞台なのだ。
藤井ごうの演出は印象的だ。冒頭、東京を焼き尽くした焼夷弾か、あるいは広島や長崎に落とされた原爆を思わせる裸電球が天井から廃墟のがれきに降りてくる。これがラストシーンにつながるプロローグなのだが、この舞台。もう一つ興味深いのが、同じステージで戦時中の庶民のあばら家と、皇族専用の堅牢で豪華な防空壕が交代で出現するというところだ。それは、この物語のハイライトである庶民と皇族の思わぬつながりを象徴するうまい演出だ。
権威あるものに対するうそっぽさを、庶民側と皇族側の両方からうまく描いたのもいい。宮様が防空壕に芸者を連れ込むところ、庶民の側の小さな権威である小学校の先生が、身重の人妻に手を出そうとする。権力の大小はあるが、ともにその世界の一段上の力を笑い飛ばしているようだ。
狂気の軍人を演じた青年劇場の看板俳優吉村直の迫力はすごかった。狂気といっても本人は真剣に真っすぐに信念を貫いている。その一途さが狂気の度を増していった。
終演後、強い印象とともに、「いい舞台を見た」と思った。休憩をはさみ3時間というのは確かに長いが、それに耐えられる舞台だ。青年劇場という劇団の底力を感じたような気がする。
盆がえり
演劇集団よろずや
高田馬場ラビネスト(東京都)
2019/09/14 (土) ~ 2019/09/16 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/09/15 (日) 17:00
座席1階
広島の中山間地、何世代も続く古民家を舞台にした3姉妹の物語。この劇団が何度も公演してきたレパートリーというが、東京公演となって初めて鑑賞した。お盆で都会に出た姉と妹が帰ってきて、家族の糸を結び直す。田舎のある人もない人も、しっとりとした空気に満たされる秀作だ。見ないと損するぞ!
物語はずっと、離れの縁側で進む。3姉妹の父母はもう亡く、祖父母が亡くなって離れを取り壊すことになった。2番目のおっとりした子がこの家を守るために戻ってきた。その夫は、仕事を辞めて妻の故郷に入る。人間関係の糸は縦横に交錯するが、その中でも自分は、田舎にいわば嫁ぐような立場を選んだこの夫に気持ちが入った。
このように、見る人によってどの人物に気持ちが入るかきっと異なる。これが、舞台の多様性を広げる。劇作のうまさが光る。
東京はいろんなところから来た人たちの集まりだ。だから東京公演は意味がある。この日も多様な出自を持つ客席一人ひとりが舞台の俳優たちに自分を重ねて、この魅力的な1時間半を過ごしたに違いない。
日の浦姫物語
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/09/06 (金) ~ 2019/09/23 (月)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/09/06 (金) 18:30
座席1階
文学座の杉浦春子に井上ひさしが書き下ろしたという舞台。近親相姦の悲劇だが、見終わってみれば底抜けの喜劇のオブラートにくるんであった。
ある時は親父ギャグ、またある時はオレたちひょうきん族という具合。鵜山さん、これはちょっとやりすぎじゃない、とツッコミを入れたくなる構成だ。あまりにも残酷な筋立てだから、こうなったのだろうか。自分としてはそうではなく、井上ひさしが天国から見て笑っているような舞台にあえて仕上げた感じがする。
日の浦姫を演じた朝海ひかる、魚名を演じた平埜生成が毒のない、さわやかと言ってもいい演技だったからかも。
井上ひさしのユーモアは分かったつもりでいたけれど、最近のこまつ座の舞台からは想像できないテイストに一本取られた感じがした。
杉村春子の舞台が俄然みたくなる。
√ ルート
Pカンパニー
シアターグリーン BOX in BOX THEATER(東京都)
2019/09/04 (水) ~ 2019/09/08 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/09/04 (水) 19:00
座席1階
興味深い作品が続くPカンパニーの「罪と罰」シリーズ。今回は道徳の教科化をテーマにいじめゼロのモデル校の小学校を舞台にしたいじめ自殺の物語。真正面から今の教育問題の一番リアルなところに切り込んだ。
道徳の公開授業のための会議から、物語がスタートする。授業を行う女性教師の子どもが熱を出したと保育園から電話があるが、これが舞台後段の伏線となり、強烈な結末を描き出していく。
原作を書いた山谷典子は文学座の俳優であり、劇作家だ。タイトルのルートは言うまでもなく平方根なのだが、この記号に込めたストレートなメッセージがラストシーンで意外な人物から明かされる。そのメッセージが、われわれ大人に厳しい問いかけをしてくる。それはいじめ自殺という形で12歳の命を切ってしまった少女への、大人社会からの贖罪だ。
政府が導入した道徳の教科化は、人の内心を点数化するのかと大きな議論になったが、それよりも今回の舞台は、こんな大人たちに道徳を語る資格があるのか、と訴えている。教師同士の会話や、さりげない学校の風景など、よく取材され練られた作品だ。最後のモノローグのような場面がやや長いな、と思ったが、気になったところはそれくらい。テンポよく進む1時間40分の簡潔な舞台だけに、終幕後に感じた心の震えがより大きくなる。
今日が開幕日。間違いなく秀作だ。見逃すと損するぞ。
堕落ビト
劇団桟敷童子
サンモールスタジオ(東京都)
2019/08/23 (金) ~ 2019/09/01 (日)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/08/28 (水) 14:00
座席1階
勉強不足で終戦直後にあった「九大生死の堕胎事件」は知らなかった。今回の舞台はこの実話をモチーフにした物語。死の堕胎事件を天使の堕胎事件にしたシャレが効いているが、この舞台の面白さはシャレではない。1時間半のコンパクトな構成だが、どんどん舞台に引き込まれた。
東憲司の得意とする、場面説明も役者にかたらせ、照明をうまく使って場面転換を交錯させるテンポがいい演出に、今回も翻弄された。今回のカギとなる色はブルーだ。この青色が物語を導いていく。
物語も終戦直後の貧しい日本の田舎町に生きる人たちの胸の内を織り交ぜ、グッとくる場面が幾度かある。
桟敷童子の役者たちも本領発揮だ。小学校教師役の大手忍のクレシェンドという感じの演技はすごい。小劇場ならではの迫力に圧倒された。今回はいつもの劇場を飛び出して新宿での上演だったが、これまでに勝るとも劣らない迫力舞台に大満足だ。
ENDLESS-挑戦!
劇団銅鑼
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2019/08/27 (火) ~ 2019/09/01 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/27 (火) 19:00
座席1階
埼玉県三芳町の産業廃棄物業者の再生の物語。ごみ処理と蔑まれ、悪臭や健康被害の原因だとして立ち退きを求める運動まで起きたが、2代目女性社長がリーダーシップを取り、徹底したリサイクルをしてゴミを再生することで、地元に支持される環境企業に生まれ変わっていく。
実際にある企業の実話を舞台化。取材を重ねて構想を練り上げたという。テーマは「あきらめない」。次々とエンドレスに前向きで新たな発想が出てくる。
見ていて気持ちがいい舞台。1時間半というコンパクトさにまとめ上げてあり、切れも良かった。ただ、説明調の長い台詞が目立ち、ちょっと教科書的な感じだったのが惜しまれる。
DNA
劇団青年座
シアタートラム(東京都)
2019/08/16 (金) ~ 2019/08/25 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/20 (火) 14:00
座席1階
社会派劇の中村ノブアキの書き下ろしを宮田慶子がどうさばくか、という楽しみで三軒茶屋へ出かけた。いつもの中村テイストに家族の物語が加わり、それなりに問題点に切り込んだ。興味深い展開だったが、落とし所に物足りなさを感じた。
女性の新入社員が会社の粉飾に文句を付け、上司は「それは経営の問題」と相手にしない。会社の将来を問う議論に、新人の先輩に当たる社員が「見切りをつけてやめるのでなく、会社に残って変えていくんだ」と話す。会社の現実に生きる自分は、なんだか、それをできれば苦労はないよ、と引いてしまった。
もう一つ、子供を産んで働くことの難しさがテーマ。すんなり解決しない話だが、ちょっと踏み込みが足らなかった感がある。
青年座の俳優たちは安定した舞台を見せてくれたが、若い女性の演技や台詞がエキセントリックだったのが気になった。もっと落ち着いてもよかったのでは。
烈々と燃え散りしあの花かんざしよ
新宿梁山泊
ザ・スズナリ(東京都)
2019/08/13 (火) ~ 2019/08/18 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/08/13 (火) 19:00
座席1階
温泉ドラゴンの舞台の梁山泊版。もともとシライケイタがどう構成したのか知りたくなってしまうが、金守珍のテント舞台さながらの演出に、ここはシモキタでなく、新宿花園神社かと思ってしまうおもしろさがあった。
梁山泊ファンなら、とりあえず満足できる舞台だったと思う。ただ、元の物語がそうだったのかもしれないが、主人公の二人を時代の殉教者にしてしまった感があるのが少し残念。今の日韓関係を思うと国籍以前の同じ人間としての叫びが聞きたかった。
いずれにしても、いわいのふ健と水島カンナの共演は見応えがあった。期待して熱帯夜のシモキタに来た甲斐があった。
明日ー1945年8月8日・長崎
劇団青年座
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2019/07/10 (水) ~ 2019/07/17 (水)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/07/10 (水) 19:00
座席1階
青年座が再演する名作を拝見した。
長崎の原爆投下の前日から当日の午前にかけての、爆心地に住む庶民の生活を切り取った舞台だ。
原爆の惨禍というと、投下後のことに目が向くが、投下される前にも当たり前だが庶民の日常があったということを淡々と描くことで、それを一瞬で霧消させた原爆のむごたらしさを浮き上がらせる。
舞台は、前日に祝言を上げた若い夫婦とその周囲の人たちの物語で進む。その二人が原爆投下の日に繁華街でデートしようと約束する場面とか、投下の日の未明に誕生した赤ちゃんと若いお母さんの喜びが明るく演じられる。その明るさがぐっと明るいだけに、その後の「運命」を呪わずにはいられない。
演劇の本当の役割とはそういうものなのだろうと、強く思わせる「明日」の舞台。だから、これは平和を訴え続ける青年座の「DNA」を次に継承する演目といえる。客席を埋めたのは比較的若い観客だったのをみて、この演目の再演の意味を深く味わった。また、次の「明日」があるだろう。「明日」を明日へ継承し続けてほしいと願いながら、帰りの電車に乗った。
『methods[メソッズ]』『過妄女[かもめ]』
劇団山の手事情社
ザ・スズナリ(東京都)
2019/06/21 (金) ~ 2019/06/30 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/27 (木) 14:00
座席1階
劇団35周年記念公演だから、山の手事情社の独自の演劇スタイルの一つの集大成といっていいかもしれない。
チェーホフのカモメをベースに作り上げられた一幕もの。この劇団ならではの体の動き、ストップモーションのような俳優たち一人一人の動きを見ているだけで、あっという間に1時間半が過ぎてしまう。鍛えられたアスリートを見ているような演劇だ。
人間の生死を超えて行き来するような舞台。俳優たちのポジションがおおかた決まっていて、それぞれ独自の動きをする。スポットが当たるときに大きく動き、そうでないときは静止している。出ている俳優さんたちは舞台のそでに引っ込むことはあまりなく、ほとんど舞台上にいて存在感の強弱を体現している。それぞれのパフォーマンスはまるで大道芸のようだ。
物語を紡いでいくせりふと同時に俳優の体の動きがこの舞台のエンターテインメントの大きな要素。ほかの劇団が取り組むチェーホフとは全く違うテイストを楽しみたい。
闇にさらわれて
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2019/06/23 (日) ~ 2019/07/03 (水)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/24 (月) 13:30
座席1階
記憶が間違っていたら申し訳ないけど、コンラート博士のせりふで「良心が重なり、共謀罪になる」という一瞬があったような気がする。何だかドキッとして心に残ったのだが。多くの市民の良心が積み重なって一つの事実が作られていき、それが当局によって共謀罪に仕立て上げられていく。つまり、一人一人の市民は良心から行ったことが、最後は市民が政府にたてつく共謀として立件されていく。そんなふうにとってしまったのだ。
単なる聞き違いかな、とも感じたのだが、タイトルにもある「闇」は、自由にモノが言えない、息苦しい闇であり、たてついたものは拷問の末消されていくという世の中だ。
以前なら、遠い昔のファシズムの歴史的一幕とか軽く受け流すことができる舞台だが、今の日本は身につまされる恐ろしい演劇だ。シャレにならないというか、冗談では済まされないというか。そうした闇にたった一人で立ち向かっていくお母さん、イルムガルトはすごいと思う。ドイツ当局は女性だから手荒な真似はしなかったようだが、現代中国では女性でも政府にたてつくものは平気で幽閉し、拷問をする。昔話ではない。市民の他愛ない話を共謀罪にかけることができる法整備が既に終わっている日本だから、もう他人ごとではないのだ。
以前からあった名作という感じだが、2014年英国初演の舞台という。民藝が日本初演ということでチャレンジした。イルムガルト役は看板女優の日色ともゑ。この長大な会話劇を小柄な全身をいっぱいに使って演じきった。パンフレットによると、この役柄の女性への思い入れはずっと前に経験したあるエピソードが源流という。強い芯のような一本の筋が、彼女の舞台を支えていたように見えた。
翻訳と演出を担当した丹野郁弓が「読むだけでも精神的は疲労度は相当高い」と漏らした硬派劇だ。見る方も心してかかりたい。
「蛇姫様~我が心の奈蛇~」
新宿梁山泊
新宿花園神社 特設テント(東京都)
2019/06/15 (土) ~ 2019/06/24 (月)公演終了
満足度★★★★★
鑑賞日2019/06/19 (水) 19:00
座席1階
唐十郎のテント舞台を、時を超えて新宿梁山泊が再現した。いや、当時の舞台はもう見られないのだから再現かどうかは分からない。金守珍がきっと大胆に練り上げたと思われる。
2回の休憩を挟んで3時間の舞台もあっという間に過ぎた。息をつく間もなく次々に出てくる大立ち回り。役者の熱量をこれほどまでに浴びることが出来る舞台は他にはない。
蛇姫を演じた水島カンナは、特に力がこもっていたのではないか。ちょっと鼻声だったが、よく通る歌唱も心を射た。唐十郎の血を引く大鶴義丹はアングラ演劇をも引っ張る存在に進化した。大久保鷹の怪演もお約束。今日は長ゼリフも多かったのに、年齢をも吹き飛ばす勢いだ。
なんといってもラストがすごい。これを見るために花園神社に通う価値がある。
『アニマの海』─石牟礼道子「苦海浄土」より─
劇団文化座
俳優座劇場(東京都)
2019/06/13 (木) ~ 2019/06/23 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/17 (月) 14:00
座席1階
古里の海の幸で生活してきた漁民たちが、工場排水の有機水銀で手足が不自由になって死んでいく。この理不尽な水俣病の舞台化に真正面から挑んだ。
栗山民也の演出が見事だった。手前に漁師の家のお茶の間を配し、3段ほどの階段を舞台を左右に切って堤防のように置き、背景の海や空を表現した。静かな波の音がずっと流れているのも、平和そのものだった漁村をうまく伝えていた。
1時間半ほどの凝縮した舞台に、次々に病いに倒れる家族、チッソによる分断工作、そして裁判に訴える流れが分かりやすく配置されている。佐々木愛ら高齢俳優がしっかりと若手をリード。淡々とした雰囲気だけに、残酷な現実が痛いほど伝わってきた。力作だ。
アインシュタインの休日
演劇集団円
シアターX(東京都)
2019/06/14 (金) ~ 2019/06/23 (日)公演終了
満足度★★★★
鑑賞日2019/06/14 (金) 19:00
座席1階
アインシュタインが出てくるわけではない。日本各地を講演しながら休日を楽しみその地元と交わったというエピソードに着想を得て、天才科学者を見つめる大正時代の庶民を描いた。
対話劇に定評のある吉田小夏の作品で、楽しみにして出かけた。パン屋の家族、居候の書生、軍人、女郎あがりの女中。さまざまな人たちのエピソードが交錯する。アインシュタインの相対性理論の本を買ったものの難しくて納戸に放り出した家長のお父さんが、その本を読みたいと願い出た娘を花嫁修業の邪魔だと叱る場面など、当時はそうだったんだろうな、という話がてんこ盛り。
場面場面ではおもしろいのだが、全体を結ぶ縦糸がやや細かったか。関東大震災前夜という舞台設定も、その縦糸の補強にはなっていなかった気がする。そのため、舞台に視線を引きつける力が途切れる瞬間があった。