タッキーの観てきた!クチコミ一覧

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ワンダフルワールド

ワンダフルワールド

甲斐ファクトリー

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2017/08/09 (水) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

満足度★★★★

序盤は緩い芝居と思ったが、段々とダークな物語へ変容しラストはとてもシュール。日本を代表する歓楽街を背景に、その底辺で生きる男と不器用な生き方しか出来ない女の再会は悲しい。
ちなみに作・演出は甲斐マサキ氏、そしてメインの登場人物は山梨県出身という設定はシャレであろうか。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

舞台セットは、数個の大小BOXがあり、シーンに応じて縦横に組み替えテーブル、机、椅子に見立てる。
梗概…物語は、甲府ワイン酒造家の富豪夫人・朝比奈怜子(山田由希子サン)が息子の難病治療(後に心臓移植手術と分かる)を依頼しているところから始まる。一転、某会社の事務室。そこで働く派遣社員・幸子(若林よるせサン)は人との関りが上手く出来ない。さらに場面は新宿歌舞伎町のホストクラブへ。そこで働く翔馬(野村亮太サン)は親の事情で国籍がない。この3人を中心に物語は展開する。ひょんなことから幸子が行ったホストクラブで翔馬と会うが、2人は幼馴染で十数年ぶりの再会。幸子は翔馬の紹介で新宿の裏社会で働くことになるが…。
微温的な主題を描く作品かと思ったが、ダークな社会、深層の人間的な軋みを男女に背負わせる。

無国籍の問題については、マスメディアでも取り上げられることがあり、当事者は学校教育が受けられない、各種契約が出来ないなど、人の存在自体が(書類上)無とされている。一方、幼い時から友達作りが出来ず、派遣先の会社でも「派遣さん」と呼ばれ、名前で呼ばれることがない。その意味で一人の人間として扱ってもらえない。この2人が出会った空き地、そこから見える光景の美しさ、一方、心に抱く哀切が痛々しい。孤独な2人の邂逅は、更に悲しくなる結末。

チラシにある”王子”は、「幸福の王子」(人間が必要な脳以外は臓器売買-王子の鉛の心臓以外は貧しき人々へ)になぞらえて、女性に夢を与えるホストと思ったが、別の意味でもあったようだ。さらに引用させてもらえば「迷宮のような都市で彷徨う二つの魂。引き裂かれる心臓」の一文に胸が痛む。
さて、新宿という繁華街の中の孤独。自分では、街中の孤独に心が動く。裏社会であっても自分が必要とされている。その闇背景は別にして、充実感は理解出来る気がする。

物語はきちんと収束する展開で、心情もしっかり観て取れる。演技力に差が見られるが、メインとなる人物は豊かな感情表現でバランスも良い。シンプルなセットであるが、情景・状況はつかめる。幕(影)絵の拙さも味わいがある。総じて良く出来ていると思うが、今ひとつ感情移入が出来なかった。その理由がハッキリしない不思議な公演であった。

次回公演も観てみたいと思います。
ナイゲン(2017年版)

ナイゲン(2017年版)

feblaboプロデュース

新宿シアター・ミラクル(東京都)

2017/08/11 (金) ~ 2017/08/21 (月)公演終了

満足度★★★★★

初日観劇…満席で増席するほど盛況で、その評判通り面白い作品であった。昨年も観ているが、今年は新しいキャラクターイメージを目指すため、全員オーディションで選んだという。会議劇コメディであることから、その人物像をどう立ち上げるかが鍵となる。会議が終わるまで教室から出られないという、サスペンスとは別の密室劇でもある。面白く考えさせる芝居でもある。
(上演時間2時間)  2017.8.14追記

ネタバレBOX

セットは当初、授業形式に並んでいるが、会議が始まるとロ字型へ変形させる。会議劇だから当然であろう。また、上演時間とナイゲン討議時間(開演直後、下校2時間前に時刻を合わせる)に重ね合わせて臨場感を持たせる。客席は三方向に設え、観客には会議の立会人のような緊迫感が生まれる。
内容限定会議(通称:ナイゲン)は、高校文化祭”鴻陵祭”における各参加団体の発表内容を審議する場であるという(文化祭規約)。規約が”自主自立”の精神に則っている。すでに参加団体の催し内容も確認したところに、学校側から「節電エコプログラム 高等教育機関向け」の催しを押し付けられるが…。

発表内容に関する指摘、恋愛感情、学年優先や何となくなど、意味不明の理由まで飛び出し議論は漂流し続ける。始めの理論武装された議論から感情優先のドタバタコメディへ…。いつの間にか文化祭全体会議からクラス代表の顔になっている。下校時刻が刻々と迫ってくる。そんな中、演劇の上演許可を得ていないクラスがあった。ナイゲンの議論は、如何にこのクラスが主体的にエコプログラムを受け入れるか、という話へすり替わってくる。自主自律の精神に沿わせようとするもの。
教室から出られないという密室状態、しかも会議時間が限られているという空間と時間の制約に緊張が生まれる。テンポ良く、また疾走するような会話劇は、立会人的な観客も固唾を呑んで見守っている感じ。会話劇だけに登場人物のキャラクターや立場などが観(魅)せられるか。オーディションは功を奏したと思う。笑い、罵倒、落胆など様々な感情を実に上手く表現していた。

「内容限定会議は文化祭における各参加団体の発表内容を審議する場である」(文化祭規約)、とあるが、3年1組_花鳥風月の上演許可はどこ(誰)から得るのだろうか。根本的な疑問が生じてしまう。
また、各クラスの発表内容の審議結果を多数決(民主主義的な)で決める。討議では自分の考えを訴えつつも相手の言い分も聞くという態度が大切。物事を決める熟議のプロセスを重視している。意見の一致も大切だが、一人ひとりが違った見方で世界を見ることで世界はまともな形で存在するかも。芝居ではこの役割を3年3組_どさまわりに負わせている。にも関らず、全体討議終了後の採決は全会一致の承認が必要であると…そうであれば議論の過程の多数決は何の意味があったのだろうか、という新たな疑問も生じる。

日本における日本国憲法の自立とそれ以外に働く力の関係を連想してしまい…表層の面白さに潜む重厚なテーマ、実に観応えがあった。

次回公演を楽しみにしております。
サマデーナイトフィーバー

サマデーナイトフィーバー

20歳の国

すみだパークスタジオ倉(そう) | THEATER-SO(東京都)

2017/08/07 (月) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

台風3号接近により学校から帰れない、または帰りたくない高校生の夏休み前のワン・ナイト青春群像劇。一世を風靡したサタデーナイトフィーバーをもじったタイトル、冒頭そのダンスパフォーマンスから魅せる。
また舞台美術が物語を立体的にし、高校という子供から大人への変化する時期を表しているようで素晴らしい。
(上演時間1時間45分)

ネタバレBOX

セットは、舞台奥の左右にパイプで組んだ櫓が2つ。観客席寄りには段差があるマットが置かれ、その両外側に高さの違う脚立が立てられている。

台風というシチュエーションということもあり、天井部から水を落とし、雨のイメージを持たせる。演出の定石…登場人物がお披露目でマット上でダンスをするが、全員びしょ濡れ。先の櫓は、上手側が生徒会室、下手側が放送部(室)という設定であるが、それ以上に高校生活における人間関係の構築の違いを表す。生徒会室は数人の仲間が集まり友情・恋愛を育んでいく。一方、放送部は一人部員として活動する。自身がそう選択して人間関係に一定の距離を置くことで煩わしさを回避する。高校時代をどう過ごすか、極端に言えば「集」・「個」における心地良さが垣間見えていた。

台風を理由に帰宅しない学生の恋愛模様と両親の離婚により離れ離れになる兄弟の複雑な思い、そんな内容を中心に思いを相手に伝え、ぶつける。その行動を音楽(ウエストサイドストーリー、大塚愛「金魚花火」など)に乗せて躍動させる。想いがうまく伝えられない、羞恥、初々しさ、時に嫉妬・羨望など高校生らしい瑞々しさが微笑ましい。

様々なシーンが観客の神経を甘噛みしてくる。公演はリアル恋愛の写し絵のようであり、誰もが似たり寄ったりの過程の恋愛に投影されているようでくすぐったい。日常であれば男女の距離を縮めるのに時間が掛かるかもしれないが、台風という異常時の中で、一気に男女という性を意識し近接してくる。

学校内、夏休み前の一夜、台風という限定した場所・時間に青春という限られた一面を重ね合わせているかのようだ。シーンは変わるが、それらを収斂させることはしない。むしろ、校内で起きている様々な人間(男女)関係を開放している。

セットはパイプ組みの粗いもの。それは、色々な場所でのシーンを観せるため、空間の伸縮性に優れていると思う。また役者は常に舞台上(袖も含め)におり、演技している者と控えている者、いずれにしても同一空間(校内)にいることを知らしめる。だから放送部のラジオジョッキーの呼び掛けが生きてくる。
さらに粗さは、青春そのものの象徴的な表現。

次回公演を楽しみにしております。
グロッキィ・マリー

グロッキィ・マリー

ボタタナエラー

明石スタジオ(東京都)

2017/08/09 (水) ~ 2017/08/13 (日)公演終了

満足度★★★

自分も酒は嗜むが、ここ数年はグロッキィーになるまで飲まなくなった。少しネタバレするが、公演は”愛飲家”ならぬ”遭飲家”の物語である。劇場がある高円寺、偶然見かけた駅ラックにあったフリーペーパーの特集が「高円寺 酒場案内」であった(余談)。天候不順でなければ飲んで帰りたかったが…。
(上演時間1時間20分)

ネタバレBOX

セットは、壁に凹凸ボードが貼られ、床は張り合わせがある不思議な空間。その壁際に椅子が何脚か置かれている。特殊なハウスであることは容易に想像できるが、そこで何を行うのか?一瞬、精神疾患の治療かと思ったが…。
アルコール依存症のケアハウスでの日常がユーモアを交えて描かれる。物語は分かり易く、むしろ何となく先々が分かってしまうので物足りない。

梗概…アルコール依存症者が共同で暮らし、アルコールに依存しないで暮らせるようになるまでの生活(性質・体質)改善を図る。ハウスを退所(卒業)する過程(課程)、そのシチュエーションを劇中劇として観せる。

公演では、なぜアルコール依存症になったのか、一人ひとりの実情の掘り下げがない。それゆえ人としての愁思表現が弱い。アルコール依存から立ち直るという”今”が中心であり、その意味で表層的な描きに終始したようで残念。
百薬の長と言われる”酒”その物を否定していない。むしろ人間の弱さがアルコールに向かわせているならば、その人が依存するようになった原因・理由をもっと明らかにし、再生していく展開にした方が感情移入し易い。また酒による害(例えば、冒頭の戦場を思わせるような幻覚等)がもう少しリアルに描かれると、ケアハウスの存在意義のようなものが鮮明になる。その結果、ハウスでの課程のクリアが切実なものとして受け取れるのでは…。

役者は面白く演じていたが、先に書いた人間としての深みが見られない。演技というよりは、脚本、演出の課題であると思われるだけに、本当に惜しい。自分は人間再生物語、その展開自体は好きなだけに勿体無いと思った。

次回公演を楽しみにしております。
ルート64

ルート64

ハツビロコウ

【閉館】SPACE 梟門(東京都)

2017/08/05 (土) ~ 2017/08/11 (金)公演終了

満足度★★★★★

ロードムービーならぬロードストーリー、それも実際あった事件を連想させる。同時に事件の実行犯たちの心の彷徨として捉えることも出来る。自分解釈…「ルート”64”」は昭和最後の年(1989年)であり、平成元年でもある。その年に起きた事件をフィクション仕立てで描いていたように思う。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

事件とはオウム真理教による坂本弁護士一家殺害事件である。新しい年号になった年の秋に起きた事件。公演では犯行前後の足取り(走行ルート:地図の確認など))と平行して犯人たちの人生が語られる。その屈折した心が、オウム真理教への入信を促したことが説明される。犯行時やその後の手違いによる苛立ち、同時に犯人たちの過去と懊悩が語られる。この現在進行と過去停滞(悔悟)のような時間軸の違いで物語が展開する。犯行における役割・分担、立場と責任という通常の社会でも見られるような人間関係を、殺人という常軌を逸した中に当てはめてくる。そこに見えるのは、責任の回避・転嫁・放棄、自己弁護などの普通の人間性である。この期に及んでというか、異常な心理状態になっている様子が現れる。また高揚したのか、車中で中島みゆきの「世情」(3年B組金八先生」の台詞は伏線か?)を合唱する。

舞台セットは(ベニヤ)板で囲い、中央に同じように木・板を繋ぎ合わせた自動車。客席側に血まみれ衣装を着たクッション人形3体(大人2体、子供1体のイメージ)が置いてある。冒頭はシーツが被せられていることから、何が置いてあるのか分からなかったが、物語が進むにつれて明らかになる。

”宗教”という名のカルト集団。その後の社会的な風潮と制裁は、殺人集団として多くの教団幹部が司直へ…昭和から平成の時代への節目に起きた大きな(オウム真理教一連)事件。信者は教義を疑うこともなく、教祖の言葉には絶対服従である。一方、信仰の自由、人の心は縛ることが出来ない。信者の心にある二律背反するような苦悩が見て取れる。

公演では、事件そのものより人物の心情表現が先立っていたようで、心情と事件シーンの切り出しが交互に描かれ、時間の流れが足踏みしている感じ(激白シーンは時間が止まる)。役者の内面表現が上手いだけに、物語の展開よりも印象が強い。その相対として、表層のロードストーリーとして観せる面が弱く感じたのが少し残念。

この劇団の公演は、テーマの捉え方、その演出、照明・音響等の技術でしっかり観せる。本作も同様であるが、見巧者感が進ん(高じ)だようで、自分には性状の理解が難しく感じられた。それゆえ、情景の変化は音楽効果に委ね、状況(場面)変化は暗転を少し長くすることで、整理させていたかのようだ。

特殊な宗教、いや宗教と言うには疑問のカルト集団、その組織の中でどう生きるか。それは、”普通の組織”で今を生きる人間の共通した問題であるかもしれない。東西冷戦体制が終結に向かい、ベルリンの壁の破壊、天安門事件が起き、世の中が大きく変わろうとしていた時。その変化と不安定な時代、人の心を操り犯罪行為を実行させる。公演では黒幕は登場しない。登場人物たちが黒幕像を立ち上げ、観客にその人物をイメージさせる巧みさ。

次回公演を楽しみにしております。
ジュジュの奇妙な日常

ジュジュの奇妙な日常

ノーコンタクツ

萬劇場(東京都)

2017/08/03 (木) ~ 2017/08/06 (日)公演終了

満足度★★★★

東京都豊島区・トキワ荘に集まっていた漫画家たちの作品は、何作か読んだことがある。しかし、本作パロディ元になったと思われる「ジョジョの奇妙な冒険」は数シリーズしか読んだことがない。それでも当時話題になったこともあり、そのデフォルメされた画は印象的であった。
公演はストーリーの面白さというよりは、マンガ同様、奇妙な戦いという観せるところが魅力であろう。
(上演時間1時間35分)

ネタバレBOX

舞台セットは二階部を設え、一階中央部が出入り口。その左右にゴム壁を縦にスライスし、その細切れたところから影身または傀儡のようなものが出入りする。それをスタンツと呼んでいた。このあたりはパロッていたのが分かるが、物語はオリジナルのようだ。

物語は、それほど複雑ではない。にも関らずいくつかの疑問が…。まず物語のストーリーは2つ考えられた。第1に、この取材は予め仕組まれたもので、恋愛成就が目的か。副題、”エンゲージリングは受け取らない”は、この館が特別であることを知ってのアプローチ。第2は、素直にこの館の一族に積年の怨念を抱くものとの戦い。

スタンツ(幽波紋または波動体)は、自ら動いている。記憶がなく、体を乗っ取られていたようだが、本当の主人は誰なのか。また同じように最後に館に火を放ったのは誰か。黒幕の存在を思わせるが…続編の構想があるのだろうか?

公演はビジュアル的に、そしてダンスパフォーマンスで観(魅)せる。もちろんスタンドが持つ攻撃特徴がどう活かされるのか、その攻防が面白い。スタンツを出せるのは偶有、ある能力を秘めた者(遺伝か)とセーラー服が能力開眼のトリガーのようだ。
その演出の奇抜さと他公演では見られない女優陣(特に、古山彩美サン、あべあゆみサン)のセーラー服姿が良(珍し)かった。

次回公演を楽しみにしております。
第8回せんがわ劇場演劇コンクール

第8回せんがわ劇場演劇コンクール

せんがわ劇場

調布市せんがわ劇場(東京都)

2017/07/15 (土) ~ 2017/07/16 (日)公演終了

満足度★★★★

せんがわ劇場が主催する演劇コンクールで、予選(書類審査)を通過した6団体によって競われた。40分間という限られた時間の中で表現することになる。コンクールは2日間にわたって専門審査員、特別審査員、市民審査員および全公演を観劇した観客の投票によって審査する。専門審査員が優勝および脚本・演出・演技の各部門を選び、特別審査員等が投票(持つ票は異なる)によってオーディエンス賞を決める。
今回のコンクールの特徴は、パフォーマンス系が5団体、ストレイプレイは1団体であり、圧倒的にパフォーマンスを取り入れた公演の方が多かった。この傾向は、時間的制約が影響していると思う。
(上演時間各40分)

ネタバレBOX

上演団体・演目は次の通り。
〔1日目〕
①平泳ぎ本店『コインランドリー』
②waqu:iraz『closets』
③Pityman『ぞうをみにくる』

〔2日目〕
④HOLIDAYS『ちゃぶ台』
⑤Spacenotblank『Love Dialogue Now』
⑥くちびるの会『プールサイドの砂とうた』

それぞれの公演は観応えがあるが、それ以上に劇場主催のコンクールで専門審査員、特別審査員、市民審査員および観客の投票で賞を選ぶという開かれた形式が良い。コンクールは、演劇それも小演劇界で活躍する劇団、団体の励みになっていると思う。また賞の受賞は形として残るが、時間的制約がある芝居を創るという試みは、脚本・演出・舞台技術等の色々な演劇要素の向上に役立っているのではないか。

次回のコンクールも楽しみにしております。
ワンマン・ショー

ワンマン・ショー

やっせそ企画

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2017/08/02 (水) ~ 2017/08/06 (日)公演終了

満足度★★★★★

面白くて、説明にある東京都新宿区新宿三丁目8-8の「箱」から出ることが勿体無く思えてグズグズした。チラシは、変形版をこれまた変に折り、写っている写真の人物の顔は皆見えない。

舞台セットは物語の印象を表しているようだ。中央に具体的な物、周りは抽象的で表現し難い。その対比のようなものが、登場人物の存在と立ち位置を示している。

物語は、引き出しが多いタンス、またはジグソーパズルのようで、その場所・大きさの違いが時間や空間の違いを思わせる。それらの組み合わさって出来ている物語は、その全体像がラストに明かされる。その意味で一種のミステリーのようであり、その謎を解く鍵を持つのが…。色々な引き出し(ピース)を覗き込むが、それが何を意味するのか頭を巡らせるので、少し難しく又もどかしい気もするが、順々に引き出しの関係、繋がりが見えてくる面白さがある。観応え十分の秀作。
(上演時間2時間強)

ネタバレBOX

セットは中央に古いテーブルと椅子。周りは無秩序に立てられた柱に白っぽい布や紐が垂れ下がり、乱れたもしくは退廃・荒廃したイメージ。また床の所々が張り合わせのようになっている。全体的に不統一で不安を抱かせる。

時間と空間を自在に切り張りしたジグソー・パズルのごとき構成。ちりばめられたキーワードの台詞などを手がかりに、頭の中で、出来事の時系列の整合を巡らすことになる。ラストに、バラバラだったエピソードの欠片がピタリと揃い、謎めいていた劇の全体像が見える納得が、この作品の見どころのひとつであろう。

ジグソーのピースは、順々に次のシーンが描かれる。
●青井あゆむは、「懸賞マニア」で、自分の身内等の名前を使用し、応募必要事項以外にも細々書き込む。 ●あゆむの仕事は町の航空写真を撮り、変化があれば役所に報告する。ある日、増築された部屋があるにもかかわらず、届け出のない佐藤家を訪ねる。●あゆむの妻・紫(ゆかり)は、あゆむから受け取った葉書を投函せず、段ボールにため込んでいる。 そして、紫の兄・白根赤太に葉書が詰まった段ボールを捨てに行ってくれと頼む。  ●無職の赤太は、自治体の女・イェローから仕事を斡旋された。依頼主・緑川緑から言い渡された仕事の内容は奇妙なものだ。「近いうちに、一人の男が私についてあれこれ聞きにくるが、私のことなんて知らないと答えてほしい」。 ●緑は、夫・黒雄と青井家の隣りに暮らす。黒雄は、青井家を監視し、庭の池が大きくなっていると言う。 ●赤太が捨てた段ボールは、山中に廃棄したが誰かによって再び青井家の玄関に戻る。

断片の集積は、現実とは一つではなく、見方によって、その受取り手の数だけある。それは、唯一懸賞で当たったとされる木彫り人体人形に象徴される。目鼻がない顔の人形(無表情)であるが、その左右から見ると泣き笑いの区別がつくという。この人形は登場人物イェローが担っている。さらにラストシーン…この劇全体が「ワンマン・ショー」ということが明らかになる。その衝撃が素晴らしい。

次回公演を楽しみにしております。
「REVIVER・リバイバー 〜15老人漂流記〜」「ダンパチ15・獣」

「REVIVER・リバイバー 〜15老人漂流記〜」「ダンパチ15・獣」

ショーGEKI

「劇」小劇場(東京都)

2017/07/27 (木) ~ 2017/08/06 (日)公演終了

満足度★★★★★

日常が非日常に転換(無人島生活)した結果、その環境・状況から受ける刺激は”逝き”から”生き”へ意識が変化して行く。タイトル「REVIVER・リバイバー~15老人漂流記」は「二年間の休暇(十五少年漂流記)(邦題)」(ジュール・ヴェルヌ)のパロディのように思った。ヴェルヌ作では、全員男の子、青少年であるが、この公演では男女7人ずつの老人とツアーコンダクターの中年女性である。その世代間のアイロニーが可笑しく、時に哀しい感情が伝わる。物語はテンポ良く2時間強がアッという間であった。
【Bチーム】

ネタバレBOX

セットは、舞台側(浜辺)から客席側(海側)に傾斜しており、後景は密林を思わせるような壁画。上手側と下手側に別スペース。ほぼ素舞台で役者の演技で観せる。時間軸は漂着時から順に経過しており、経過日数は時々フリップで示す。時間順であるが、その容姿は逆に遡行するように若返る。物語は考えを巡らせることなく、観たまま素直に受け入れやすく、瞬時に楽しめる。

梗概…65歳以上が対象の世界一周の船旅。オーストラリアに向かう途中、嵐で船は転覆し、15人が無人島に漂着した。そしてこのメンバーを助けるため1人の男が亡くなった。しかし幽霊となって…その姿は妻だけにしか見えない。そして無人島生活が始まったが…。
15少年だと仲違いを越えて”成長”するというストーリーが、老人だと余命を意識した”生長”が語られる。この生長を巡って、中年(38歳)ツアーコンダクターと老人達の「老い」の定義についての話が興味深い。

漂着直後は、島での生活が出来るか、という根源的な問題であったが、それがある程度解決すると人が持つ生来の欲望が露わになってくる可笑しみ。人の欲望は際限がない。島で暮らすうちに段々と若返ってくる見た目の肉体。一方、実年齢は変化していないのだろう。その悲哀のような心情表現は、卒業式で見かける「不安」と「期待」・「絶望」と「希望」・「過去」と「未来」という呼び掛けで印象付ける。そして心情吐露、もしくは印象付けするシーンでは”歌”で魅了するなど、観せ方に工夫(変化)をしている。

役者は、登場人物の性格や立場さらにはその存在を上手く表現しており、その人柄なりが見えてくる。自分は、老人達とツアーコンダクターの老若の世代間にみる本音、主張の違いを言い合うシーンに惹きつけられた。結局、直接的な行為として、女性を担ぎ上げ、縛り、軟禁する老人たちの行動は、可笑しみとともに怖さも見えてくる。自分たちと同じ環境が心地よい。異なる人種、世代は排除するという怖さ…夢は覚めなければ夢は終わらない。その防衛本能がラストシーンへ…。

次回公演も楽しみにしております。
超絶ブルームーン

超絶ブルームーン

宇宙食堂

吉祥寺シアター(東京都)

2017/07/28 (金) ~ 2017/07/30 (日)公演終了

満足度★★★★

地球に住み難くなってきた2067年という近未来の話。時間(過去~未来)を超越した宇宙空間、その悠久の時を思わせる。
月の開発が急ピッチで進んでいる。その日本の開発責任者である彼女と連絡が取れなくなる。そこで彼は彼女がいる月に向かうが、そこで目にしたものは…。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

セットは後景に都市(基地)開発イメージ、上手側は古代の石柱、下手側は現代の鉄骨を思わせるオブジェが建っており、悠久の時を感じる。二階部を設え、一階中央は基地扉イメージであるが、全体的にはシンプルな造作である。
場面転換や印象付けをする際、紗幕に映像を映すなどスクリーン・プロセスによって異空間を想像させる。少し安易と思ったが、映像自体は美しい。

梗概…今から50年後、人類の月移住に向け、月面基地建設工事が急ピッチで進められていた。主人公・近藤新の恋人も6カ月の月面工事計画のため、月へ遠征していた。
しかし6カ月の任期が過ぎても、彼女は帰って来なかった。便りもない。彼女を探しに、近藤は”月”への旅に出ることにしたが…。

物語はシンプルであるが、その内容は激化した宇宙開発競争を思わせる。特に宇宙における未知で広範な資源の確保について、その管理・運用ルールがない。現代の資源確保における国際法の課題・問題へ言及するかのようだ。例えば、境界海域における採掘などを連想させる指摘は鋭い。その問題は、欧州グループ、アジアグループの開発・運用競争、という集団的競争と主人公とその彼女の恋愛という個人的な思いが絡んで展開する。
また、月で生まれた子は月でしか生きられない。「重力」の適応性の関係が原因らしい。その生まれながらにしての運命は難民・移民という排他的なことをイメージしてしまう。

全体的には緩い演出であるが、その観せ方はインター・メディアのようで、観客に楽しんでもらうことを意識している。ダンス・パフォーマンスという視覚に訴えるエンターテイメントといった作品であり、自分は堪能した。

次回公演を楽しみにしております。
清らかな水のように ~私たちの1945~

清らかな水のように ~私たちの1945~

ドラマデザイン社

劇場HOPE(東京都)

2017/07/26 (水) ~ 2017/07/30 (日)公演終了

満足度★★★★

既視感があるが、描いている内容は、72年前(1945年6月)の先の世界大戦・沖縄戦における事実。その事実は圧倒的な力で観客(自分)の感情を支配する。少し緩くなるシーンもいくつかあったが、全体的に反戦メッセージが伝わる。
なお、ラストシーンの余韻と終演後のキャストの撮影会、そのギャップに違和感もあったが、平和だからこそできる公演でありイベント。
(上演時間1時間20分)(Aチーム)

ネタバレBOX

舞台は素舞台。しかし衣装はそれなりに時代が分かるもの(兵隊の軍服、女子学生のもんぺ姿)。後景は上手側に密林、下手側に洞窟が描かれた一枚絵(衝立)。何となく沖縄の雰囲気は出ている。
梗概…沖縄県に修学旅行で来ていた2人の女子高生が、「ひめゆり平和祈念資料館」での話しを聞かず海へ遊びに行ってしまう。ある洞窟抜けたところで異変が起きる。いつの間にか1945年の沖縄へタイムスリップしてしまう。時は沖縄戦の真っ最中、当時の女子学生と遭遇し、いつしか戦争の悲惨さ、無常さという不条理を身を持って体験する。「生」を保つ行為、行動、それは物理的に恵まれ、平和が当たり前にある現代との対比によって鮮明になってくる。その表現が母親からの度々の電話である。
今(2017年)の世の平和の尊さを改めて知る。そんな教訓めいた物語である。しかし、その教訓は、意識して守り維持しなければ…沖縄の砂浜、砂上の楼閣のように崩れてしまうだろう。72年後の平和資料館で邂逅(17歳と89歳)させる展開が印象的である。

疑問として、タイムスリップしたこと、戻ってこれた原因のような説明が少しあると、もっと納得感と感情移入ができた。

少し緩いと感じたのは、隊長がタイムスリップした女子生徒が持っていた菓子をザックから取り出すシーン、当時の女子学生が食糧、水を調達した後のシーンなどは笑いがもれる。重苦しい雰囲気を和らげる、観客へのサービス精神だろうか?せっかく沖縄戦のリアルさが伝わるところで、素に戻す(舞台から降ろす)ような演出?は勿体無い。
自分の好みとしては、全編硬質に貫いても良かったと思う。それでも、沖縄戦で実際あった話(腕を斬る、青酸カリで自決など)、その事実の重みが物語りを引き締め見応えあるものにしていた。今の時代だからこそ思える、当たり前のような”平和”、居て当たり前のような”父母を始めとした家族”、その状態、存在が尊く感じられる。

次回公演を楽しみにしております。
還刻門奇譚〜リローデッド・ゲート ゼロ〜

還刻門奇譚〜リローデッド・ゲート ゼロ〜

ZERO Frontier

萬劇場(東京都)

2017/07/26 (水) ~ 2017/07/30 (日)公演終了

満足度★★★

タイトル「還刻門」は、時間が巻き戻せる門だと言う。よく聞く人生の分岐点、その選択によって人生が大きく変わるかもしれない。選択結果によっては、自分が望む時まで還えりたいもの。物語は時間の遡行を描いているのか、それとも別の…。
(上演時間は1時間45分)

ネタバレBOX

セットは、二階部を設(しつら)え、門のイメージと妓楼内をイメージさせた作り。祭り提灯がいくつか飾られ、それが灯ると妖しげな雰囲気になる。下手側には曲がり階段があり、それを使った上下の動きは躍動感を感じさせる。

梗概…この門をくぐり時間を遡行したい人達の争い(霊肉の争いではない)。登場しているのは、妖怪、死者のようで、生きている者がいたのだろうか。すでに何らかの事情で亡くなっている者たちが、自分のため、恋しい人のため時間を遡らせるため、門の鍵(者)の争奪をする。何組かの思いが入れ子で描かれ、徐々に繋がり収斂され本筋を成してくる。時間を遡ることは生き帰ることを意味するのか。物語は此岸・彼岸という現世・来世のような雰囲気が漂い、そこを往還するのであれば輪廻転生に近い世界観。もっとも、整合性・理屈に拘って観ると齟齬が見えてくる気がする。

本公演は観た目のビジュアル(化粧・衣装など)やそれを着ての群舞、さらにアクションなどの視覚・動的魅力を観た方が面白いだろう。演出は緩く笑いや遊びが目についてしまう。自分の好みであるが、その緩さをもう少し引き締めて人生(生死)における往還とその功罪が観られると良かった。自分勝手な行為・行動が他人の人生を狂わせてでも成し得たい。その業(ごう)がしっかり伝わる様な幻想劇を期待したが…。

さて、衣装、アクションの形(太極拳などの拳法か?)や終盤近くに発せられる台詞(日本では「黄泉」という)から、中国を連想してしまう。そう言えば、函谷関という、日本の関所のような所が有名だが…。

次回公演を楽しみにしております。
ファンタズマゴリア

ファンタズマゴリア

天幕旅団

【閉館】SPACE 雑遊(東京都)

2017/07/06 (木) ~ 2017/07/30 (日)公演終了

満足度★★★★

「天幕旅団の遊園地」…劇団の1年半ぶりの書き下ろし公演。とても印象に残る珠玉作。
全編、抒情豊かな雰囲気が漂う作品。少しネタバレになるが、物語は1940年から2040年の100年間という時間軸が長いが、大枠は2つの話で分かり易い。この公演、脚本は人間味に溢れ、その感情を音響・照明といった舞台技術が豊かにしている。
(上演時間1時間)

ネタバレBOX

囲み舞台、四方どこから観ても楽しめる。ほぼ素舞台で、四隅に木椅子が置かれている。その椅子はシーンによって、情景・状況を表す小道具になる。例えば、舞台設定は遊園地、それも当日パンフから向ヶ丘遊園(台詞で「モノレール」と説明)であると連想できる。この物語でも閉園しているが、その閉門を椅子で表現している。

梗概…2020年の閉園後に訪ねて来る話、1964年の遊園地最盛期の話、という2つ。その話が交錯し抒情豊かに描かれる。最初は30歳前の女性が、思い出の遊園地を訪ねて来る。もちろん閉園していることは知っているが、間もなく取り壊される。自分が母親に捨てられた苦しく切ない場所であるが、母親と来た最後の場所でもある。内に入れないため帰ろうとする彼女に声を掛けたのが…当日パンフレットではロボット(渡辺望サン)である。後段の話は、遊園地の園長とその妻の出会いと別れ。開園日、体調がよくない妻と娘をタクシーで帰らせたが、その車が交通事故を起こし、妻は娘を庇い亡くなった。どちらも遊園地の思い出。その長い時間軸を見ているのがロボット。

全編が雨模様。その演出はピアノを弾く(奏でるではなく)雨音、床に照らされる射光は地面を濡らす雨粒、という音響、照明は抒情的で印象に残る。また何本かの傘が何度となく持ち出されるが、その傘色によって情景が異なる。グリーンの傘は、それを持った人の視点(現在)のようであり、情景・状況の変化によって人から人へ渡される。先に書いたロボットは擬人化して見せているが、その温もりから“遊園地”そのものであろう。

少し気になったのが、舞台と客席が近く、役者の表情等が間近に見えること。役者は4人であるが、演技は巧く心象形成も上手い。熱演であることは間違いないが、雨模様で少し肌寒いというイメージの中で顔に大汗をかいて…。役者は常に舞台上に居るから、何とか演出で工夫してほしいところ(少し残念)。

次回公演を楽しみにしております。
リーゼント総理

リーゼント総理

カラスカ

上野ストアハウス(東京都)

2017/07/20 (木) ~ 2017/07/23 (日)公演終了

満足度★★★★

 疾走感が半端なく、上演2時間があっという間であった。また、けっして広くはない舞台上での格闘シーンは迫力があった。不良が何となく正義(庶民)の味方になっていく…映画、TVドラマでありそうなシチュエーションであるが、ある意味王道の公演は観応えがあった。
(上演時間2時間5分)

ネタバレBOX

セットは中央にアーチ型(レンガで出来ているイメージ)の出入り口、その左右に段差を設けた板。左右はほぼ対称で2~3段の段差がある。その上下の動きが躍動感を生み、心地よいテンポで進む。
梗概…2万人の暴走族を率いる宮ノ内タカシ(大野清志サン)は、国会議員である父親と確執があったが、父の非業な死により後継することを決意する。父の死は地元の利権絡みによる敵対する国会議員とその手下の暴力団の仕業によるもの。
父の選挙事務所の秘書等の助けを借り、どうにか当選することが出来た。しかし、相手陣営、暴力団の魔の手は、暴走族の仲間へ及ぶ。

ところで、脚本・演出の江戸川崇氏は関西出身だろうか。劇中の設定、地元はヤマトということであり、そこに流れる川にまた蛍が集まってくるようにしたい。そんな澄むような川の清掃活動が描かれる。以前、奈良県を流れる一級河川・大和川の水質がワースト2、3になり、近隣住民が清掃し蛍が棲めるようになった記事を読んだことがある。実話を連想させるが、物語はあくまでフィクション。ストーリーにあまり意外性はないが、テンポの良さと登場人物のキャラクターの面白味で十分楽しめる。特に、2つの格闘シーンは見どころ。まず特攻隊長が暴力団を壊滅させる所。次に主人公と腹心・特攻隊長のどちらが強いのか決める所。

通称:暴対法施行、反社会的勢力(暴力団)壊滅、政権・利害争いへのメス、環境保護など色々な要素を盛り込み、いつの間にか暴走族総長が国会議員になり、住民のための活動をし、世論の支持を得るという滑稽痛快な物語。
この男が惚れた女性は暴力嫌い。まだ一国会議員であるが、惚れた弱みで暴力を封印し、さらに人徳が増せば総理大臣も夢ではないかもしれない。それでも髪型はリーゼントのままでくあろうが…。そんな洒落っ気が笑いを誘う。

次回公演を楽しみにしております。
人本のデストピア

人本のデストピア

バカバッドギター

上野ストアハウス(東京都)

2017/07/15 (土) ~ 2017/07/17 (月)公演終了

満足度★★★★

冒頭は環境問題に関する批判もしくは警鐘するようだが、一転、民族(移民)問題を思わせるような骨太いテーマ、寓意性が観えてくる。全編を貫くブラックユーモア、その観せ方はポップ調で堅苦しくない。チラシ説明によれば、奇病によって人口減の一途。そして本の中(世界)に閉じ込められてしまう。
奇病はアジアの小国で発症しているが、タイトル「人本(ニンホン)デストピア」から日本(ニホン)のように思える。この公演は劇団最後の公演、「ン」の字は五十音順で最後の字、そんな関連付けをさせたか?
(上演時間は2時間)

ネタバレBOX

セットは、本棚が幾重にも重なるトリックアートのようだ。普通に考えれば知の源である本は、ここでは人を閉じ込めてしまう治(ち)のような存在に変質している。本の中の世界観…。
梗概...未来世界におけるアジアの小国。 バラックで生活する少女と老人、そして河童。
身体が「本(=BOOK)」になる奇妙な流行病が世界中を席巻し、地上の人口は減少。
人類は皆、大地にへばりつくようにして黄昏の世界を生きている。人はもちろん、すべての生命は「本」へと帰す。

本になった祖父を助けるために過去へ遡行する。そこで待ち受けているのは祖母であり、この奇病に対処できるとされる魔女でもあった。その街は城壁が囲われ街内と街外では環境が違う。世界的な課題である移民のことを想起する。
理屈では移民・難民(定義は違うであろう)の受入容認と思いつつ、感情的には微妙な思いを巡らすこともある。排他的な思いは、テロ行為との関係を無視することが出来ない。もちろん直結するわけではない。だからこそ、フーコーの振り子のように「理」と「情」の間で考えが揺れ動くのである。なお公演でも軍服を着た大佐が登場する。

奇病=本の中(人本)は死の世界であろうか.死は自然や現実とは違う世界に住むこと。もしかしたら、あの世は永遠平和のユートピア、そう考えれば現世はデストピアと言える。その倒錯を過去への遡行として描く。

物語は、独自用語(当日パンフに説明あり)が使用されストレートに理解できない、人間関係が錯綜している感じ。この2つが少し分かり難かったのが残念だ。しかし、現代的テーマを据えており、演出は軽妙洒脱で観客を飽きさせない。そして役者がその世界観をしっかり体現しているところが素晴らしい。

「環境問題」や「移民・難民」はどちらも“共生”が重要であろう。寛容が肝要というお題目だけではなく、問題解決に向けた努力が必要であろう。考えさせる最終公演は、小ネタも仕込んだ笑いの中、とても観応えがあった。
いろいろな事情があるにせよ、いつの日か劇団が復活することを期待しております。
プールサイドの砂とうた

プールサイドの砂とうた

くちびるの会

調布市せんがわ劇場(東京都)

2017/07/16 (日) ~ 2017/07/16 (日)公演終了

満足度★★★★

本公演は第8回せんがわ劇場演劇コンクールにおいてオーディエンス賞を受賞した。予備審査を通過した6団体によって競われたコンクールは、この団体以外はパフォーマンス系の公演であった。この団体のみがストレイトプレイで、観客には分かり易いところが受賞に結びついたと思う。
(上演時間40分 *コンクールの上演条件)

ネタバレBOX

舞台は転換を含め決められた時間(40分)で演じることから、大掛かりなセットは作らない。この公演では白線で囲い、中央に水槽が置かれている。この水槽が物語の根底にある、或る事件を象徴している。何気なく投じる固形塩素が発する泡が神秘的であり不気味でもある。

梗概…小学校教師を辞めた女性が戻ってきた。それも結婚し幸せに暮らしているようだ。その女性を快く思っていない、むしろ憎んでいる女性がいる。その心情が痛いほど分かり、どうすることも出来ないもどかしさ。小学校のプール授業、吸水溝で水死した事故。苛めにあっていた少女の母親の救われない気持。学校側は責任逃れ、隠蔽を…。事故に繋がる件(水中での碁石と固形塩素の識別が難しい)も説明され、納得感も余韻もある。

本来であればもう少し長い時間の物語であろう。しかしコンクールの制約条件にも関わらず、逆に必要最小限のシーンでストーリーを紡ぎ、簡易な小道具で心象形成させる演出は見事であった。また役者の演技力も確かで、授賞式での専門審査員の評では、この団体のみ噛みがなく安定した演技をしていたと。

次回公演も楽しみにしております(優勝した団体およびオーディエンス賞を受賞した団体は次年に再演するという)。

キリンの夢3

キリンの夢3

THE REDFACE

渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール(東京都)

2017/07/21 (金) ~ 2017/07/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

戦後の混乱期、闇金融界の寵児を描いた物語。戦後のマスコミを賑わせた昭和アプレゲール犯罪「光クラブ事件」を題材にしたノンフィクションをフィクション仕立てにした力作。教科書で習う経済用語「信用創造」、その効用を先取りしたような金融活動。しかし、その根底にあるのは「信用」ならぬ「不信」であり、それがゆえに時代の荒波に消えた男の人生譚。
(上演時間2時間20分 途中休憩10分)

ネタバレBOX

舞台セットは、平行の段差、中央に階段があり昇降することで室内・室外を見分けさせる。室内は「光クラブ事務所」であり、主人公・山崎晃嗣(榊原利彦サン)が通った銀座のBarルパンなどである。基本…室内は上手側に豪華な椅子、下手側に机といった簡素な作り。

物語は、「光クラブ」「秀才東大生グループ」というキーワードで知られているが、自分は「青の時代」(三島由紀夫)、「白昼の死角」(高木彬光)の小説・同映画によって粗筋は知っていた。本公演によって改めて事件の概要や主人公の人柄なりを知ることが出来た。劇では戦後間もない時期という特別な時代背景、東大首席という秀才、そして短期間で盛・衰(自殺)した話題性など、そのエポックを人物に投影して観(魅)せる。そこには、時に笑いを交えつつ魅力的な人物像が立ち上がっていた。

学生グループが設立した金融会社。当時の物価統制法違反で逮捕されるなど非合法な活動であったようだが、山崎社長はどのような夢を描いて設立したのか。タイトル「キリンの夢」は、誇り高き、遠く(未来)を見渡すことが出来ること。しかし長い足ゆえ、足元が見えないという台詞が意味深でもある。一歩踏み出すとそこは蟻地獄、倒れたら立ち上がれない。そんな負の連鎖がしっかり伝わる。その遠因と思えるような友人の非業の死、自身の戦争体験が心の痛みとなって、その後の人生に大きな影を落とす。その哀切と慟哭が心情豊かに描かれる。

パンフにも記載があるが、人間の性は、本来傲慢、卑劣、矛盾、邪悪であると…。その暗澹たる気持は、太宰治との会話を通して分かり易くなる。山崎は、人は裏切るが金は裏切らない。太宰は愛こそが大切、心が傷ついた分だけ成長するという。思いの違いはあるが、結局のところ2人とも女性絡みで終わる。人は物欲だけではなく、人との関わりによって成否…その足元という信頼関係が大切ということらしい。公演ではきれいごととして描かず、あくまで山崎の日記(手記)という事実に基づくもの。

役者の演技は序盤こそ軽妙であるが、徐々に重厚さを増していく。そこに人柄の変貌を見ることが出来る。ドキュメンタリー・フィクションとでも言うのか、その雰囲気は”生”の舞台でこそ味わえる醍醐味、堪能した。

次回公演を楽しみにしております。
初めまして、劇団「劇団」です。

初めまして、劇団「劇団」です。

劇団「劇団」

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2017/07/20 (木) ~ 2017/07/23 (日)公演終了

満足度★★★

関西の劇団「劇団」(通称ゲキゲキ)の次回作「1000年の恋」のPR公演。劇団名を知ってもらうこと、第29回池袋演劇祭参加に向けた事前準備が目的のようだ。
3話オムニバスとその間に入れた2つの超短編。面白かったが…。
(上演時間1時間50分)

ネタバレBOX

3話は次のとおり。
●エアーポンプマン
生活のため、子供向けイベントに出ている劇団員。その仲間内で起きる恋愛事情をコミカルに描いた物語。その恋の行方は…。
●バカと天才
高額バイトにつられて集まった4人。バカと天才に識別される過程をコミカルに描く。しかし集められた人達には共通した事件が…。
●天国プロデュース!!
カリスマウエディングプランナーが手掛ける結婚式。そのプランナーが事故死をするが、その背景には彼女が抱えていた悩みが…。

それぞれコメディ、サスペンス、ファンタジーというジャンルでエッジも効いて面白く観ることが出来た。しかし、いずれもどこかで観たような、既視感があり新鮮味が乏しかったのが残念。また卑小であるが、短編でエッジを効かせるならば、「バカと天才」における首謀者の毒ガスマスクの疑問、「天国プロデュース!!」における後輩プランナーの黒ネクタイ。葬儀社社員と誤解されそうな衣装も気になる。

劇団名を覚えてもらうこと、東京での初公演というインセンティブは理解しつつも、池袋演劇祭との関わりはあざといと思われないか心配になるところ。ここ数年、関西の劇団が大賞を受賞しているが、それらの劇団はプレ公演を行っていただろうか?

当日パンフに、この劇団…「ゲキゲキの持ち味は、何と言っても物語力!」と書かれていた。次回、本公演を楽しみにしております。
霞の中の少年

霞の中の少年

演劇企画集団Jr.5(ジュニアファイブ)

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2017/07/12 (水) ~ 2017/07/18 (火)公演終了

満足度★★★★

物語は、過去の記憶に囚われ又は逃避し続ける男、その過去と現在が往還するように展開して行く。その間にドラマチックな出来事はなく、記憶が暈けているような感じ。あくまで現在の境遇に至っている説明のため過去の出来事が必要のような。しかし、タイトル「霞の中の少年」を深読みすると別の事を思ってしまう。印象付けと余韻に長けた作品であった。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

構成は過去と現在。過去とは35年前、主人公・河内次郎(中原和宏サン)の中学時代に遡る。仲間を先導し山奥へ行ったが遭難して…。記憶を消したい、その思いが強くなって記憶や自分自身が誰なのか暈けてくる。まさに”霞の中”-夢のよう。

現在は50歳・独身、清掃会社のバイトで生計を立てている。若い正社員に嫌味を言われ、嫌がらせを受けても唯々諾々の日々を過ごす。アルバイト仲間が家庭環境を話す件は、今の日本の労働事情・環境が透けて見えてくる。
2つの時代は、それぞれ登場人物が異なり、衣装など視覚的な観せ方で区別する。また照明の照射強弱・色調などで変化を付ける。過去-薄暗く、現在-鮮明な見せ方という印象である。

セットは、中央が少し盛り上がり床は筵(ムシロ)が敷かれ、その上に枯れ葉。上手側には筵が垂れているが、洞窟を思わせるような通路。山奥に蒲団が敷かれているといったイメージである。上演前から次郎が寝ている。過去はこの寝ている時の悪夢であろうか?

中学時代のあだ名?…一等兵・二等兵という呼び名や主体性のない態度に対して、もの言わぬことへの批判する台詞。今の平和・平穏を脅かす法が次々成立することへの批判のようだ。

次回公演も楽しみにしております。
アイバノ☆シナリオ

アイバノ☆シナリオ

BuzzFestTheater

ザ・ポケット(東京都)

2017/07/19 (水) ~ 2017/07/23 (日)公演終了

満足度★★★★★

初演の時に比べると泣き笑いのメリハリが利いた物語になっていた。ラストの急転する観せ方は、初演を観ているにも関わらず印象的で観応え十分であった。本公演では北海道出身の3人(川村ゆきえサン、アップダウンの2人)が心情豊かに演じている。
ただ初演時と同様、北海道というその土地柄はあまり感じられなかったが…。
(上演時間2時間)

ネタバレBOX

舞台は、スナック「かつら」の店内。中央奥に段差のあるカラオケステージが大きく作られ、上手側はBOXシートイメージ、下手はカウンターと酒棚。床やソファーなどは赤で統一し、スナックの雰囲気は十分漂っている。店の扉を開け放し、そこから「かつら」の看板にネオンが灯っているのが見える。そこに旅情を感じさせる見事な演出である。

梗概...網走にあるスナック「かつら」は、地元の漁師や農家の人々などが集うその場所に元女優・相葉しほり 本名・井野菜緒が働き始める。 網走は、失踪した菜緒の恋人、哲哉の故郷。「ごめんなさい」という書き置きと、愛ある歌だけを残し失踪。 菜緒は、この街に来た意味を見出すことができるのか、というもの。

元女優・相葉しほり、本名・井野菜緒(川村ゆきえサン)は、女優への再起に賭けていた。その精神的緊張...表層的には相葉のシナリオが展開する。舞台は網走になっているのは、タイトルとの関係であろう。「ア○バ○☆シ○リ○」は網走と井野菜緒(イノナオ)の掛け合わせ。職業・女優と本名の一人二役、実は本名のほうが物語を成しており、網走の生活で心を癒やす。実は先に記した本人の精神的なこともあり、スナック「かつら」のママ川島喜世子(川田希サン)、失踪した男の兄・半沢宏哉(かめや卓和サン)が考えた思いやり。この錯綜したような構成がラストの衝撃と余韻を残す巧さ。
また劇中、何度か歌われる「あの空よりも高く」が心に染み入る。

この錯綜したような構成は、謎めいた冒頭シーン、実に意味深で失踪と二年後に読まれるラジオの投稿(「あの空よりも高く」がリクエスト)に繋がるという色々な場面への仕掛け、工夫は見事。本筋はこの女性の心の彷徨であるが、そこに、この店で働く女性・伊東朱音(山本真由美サン)の弟・卓馬(飯田太極 サン)のヤグザ絡みの話、地元漁師・豊川雄介(藤馬ゆうやサン)の子供の時の事故、婚約者との関係などのエピソードを脇筋として絡ませる。その関係を強調すると物語がわざとらしくなり伸縮性がなくなる。その意味で適度な関係性に止めたように思う。

次回公演も期待しております。

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