実演鑑賞
満足度★★★★★
開演前の舞台下手奥、壁に1枚の鏡、机がひとつ。
その机に向かって1人の男が座っている。
微動だにしないその後ろ姿を見ていると、彼こそが幽霊なのかと思ってしまう。
やがてこの屋敷に棲みついて人々の人生を狂わせていく幽霊の正体が視えてくる・・・。
実演鑑賞
ハツビロコウは松本光生の主宰で、よく西洋名作を上演する。今回はイプセンの「幽霊」である。あの超大作をどのように上演するかと見てみると、いはば、サワリ集である。元戯曲が時代の風潮にあわせて時間制限の中で終了するように出来ている〔三一致〕だから、かなり強引にカットしても話がつながる。それで1時間45分。登場人物は僅かに五人。セットは一つ。これだけ切ってしまっても話は通じるが、サワリの主張を立てると、登場人物がみな勝手に自分の言い分をのべ立てるような感じになってしまうのはやむを得ない。
この劇団はかつて、チャペックとか、あまりやっていないホンを発掘して欧米諸国の劇をやってきた。面白い路線だが、アイルランド劇に日が当たって、昨今では選択の幅が狭くなっている。だが、まだ北欧、東欧、南欧作品には我が国で見逃されている作品も数多くありそうだ。
役者は、千賀・高田以外は経験も少ない様子だが、ガラは悪くない。若い二人〔田村・岡田〕も、本だけで言えばはまり役である。しかし、上手くなるばっかりがいいとも限らないがナマ必至の演劇は台詞だけはもう少しきちんと決まらないと芝居にならない。小劇場の悩ましいところである。
席数は40ほど、満席になっても赤字必至とみえる舞台作品に、あれこれ言うのは失礼な気がする。
実演鑑賞
満足度★★★★
松本光生編「幽霊」といえるが、むしろ原作のエッセンスを凝縮したような台本・演出になっていて、偽善や欺瞞、狡猾さ、身勝手さの表現は全体的に抑制され(省略され)、古い因襲など個人を縛る諸々からの自由というイプセンの本質的なところにより注意が向けられているように感じられた。牧師との会話中、未亡人がオスヴァルとレギーネの関係を自由を理由に容認するかのようなことを一瞬言ったように聞こえたが(はっきり覚えていない)、だとすれば原作よりさらに踏み込んでいるのかもしれない。それにしても、普遍的な作品というものは時代や国を問わず通用するものだな(翻訳や演出次第なのかもしれないが)とあらためて気付かされる。
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い。
ハツビロコウらしい重厚にして骨太作品。しかし 今まで観てきた公演、例えば 同じイプセンの前作「ヘッダ・ガブラー」のような重苦しい緊張感はあまりない。逆に この公演の魅力は、テーマ性というか物語性が鮮明で分かり易いところ。当日パンフに代表の松本光生 氏が、イプセンの戯曲をもとに複数の翻訳本やグーグル翻訳を参考に上演台本を書いたとある。そしてタイトルにある「幽霊」、それは現代に生きる我々にとって何なのか、どのような影響を与えているのかを意識したとある。
1881年、イプセンによって書かれた戯曲が 現代日本によみがえり 何を伝えようとしているのか。観客それぞれ思い抱くことは違うであろうが、少なくとも因習や慣習に囚われた閉塞感、不自由さはしっかり描かれていた と思う。また人間が抱いている思い、その願望が封じ込められた時、大きな反動が狂気を生む。それは 本人だけではなく、その家族をも巻き込んで…。
旧弊的な道徳観・価値観は崩壊し、同時に正当な倫理観も失われつつある。それは自己中心的な思考と行動、そこには欺瞞や強欲が潜み それが社会に蔓延していく怖さ。公演では宗教(牧師)を以って倫理観を説き、その建前に人の希望や願望が抑制されるといった矛盾。舞台という虚構(俯瞰)の世界、しかし現実における世相・世情を見れば、今でも言われ続けていることに気づく。その意味では現代においても色褪せない、根本的な問題を孕んでいる。さらに 少しネタバレするが、近親相姦や安楽死などのセンセーショナルな出来事も描かれている。それが140年ほど前に書かれた戯曲ということに驚かされる。
(上演時間1時間45分 休憩なし)