満足度★★★
臆することなかれ、見くびることなかれ。
シェイクスピア戯曲とは、これほどまでに引力があるのか。
誤意訳の名手・中野成樹をもってしてもその引力を意識させてしまった。
別に引力に勝つとか負けるとかそういう話ではない。
どう付き合うかという話である。
それまでの中野作品は、その点が絶妙なバランス感覚だったのだと思う。
しかし、それが今回はうまく機能していないように感じられたのだ。
ダイナミズム溢れる戯曲である『マクベス』と中野演出の相性の問題である。
現代口語翻訳調で対処できてきた雰囲気が、王冠を出した時点で崩れる。
そこに中野演出の迷いが見て取れるようであった。
『マクベス』に対し、臆する必要はないし、また見くびる必要はもっとない。
中野演出は後者の選択をしてしまった気がしてならないのだ。
満足度★★★
檜の話が面白かった
劇団初見。
「翻訳劇」が持つウソ臭さへの違和感を楽しむ芝居だとは知っていましたが、
一番面白かったのは、ラストに至る場面での俳優の見せ方と舞台装置の使い方。
原作をもっと崩してほしいと願う自分がいました。
原作との違いを面白がるのではなく、檜の話のようなウソそのものを面白がる。
「誤翻訳」とは関係ないところで楽しんだわけですが、
振り返ってみると、ストーリーは重要でなかったことに改めて気づき、
古典を古典たらしめているのは、ストーリーだけではないと、
当たり前のことを実感できたのは、「誤翻訳」の懐の深さでしょうか。
素人からすると、シェイクスピアって、話の筋立て自体は、意外と陳腐だったりするし。
悲劇を悲劇たらしめるのは、何なのか。
単に「悲しい話だから」と日本語で表現できるのとは違う、
別の文脈が「悲劇」の背景には存在するのでしょう。
涙を誘うセンチメンタルなお話は、必ずしも悲劇ではない。
「何が悲劇なのか」について文芸評論のように難しく説明されても、
それはそれで違和感あるわけですが。
満足度★★★
ほな ウチがサクッとやろか?
との締めの台詞があまりに格好よく、期待感が思いっ切り増幅してしまったのが、この公演のフライヤー。
というのも、WEB上に掲載されたものをみると中央の『44マクベス』の文字がまず浮かびあがってくるじゃないですか?
ところが、生で現物をみると、右上から4コマ漫画がはじまって左上、右下と進み、最後に左下の締めの台詞が語られた瞬間に、映画のタイトルクレジットのように『44マクベス』の文字が押し寄せてくるんですよ!
そして、ひっくり返すと裏面には「かつてこんなマクベスがあっただろうか!?」という煽り文句が!!!
正直、この段階で大満足♪
で、実際、観たことのないマクベスだった、しね!
ただ、サクッとシェイクスピアを殺したり甦らしたり、という結果にはなってなかったのは、ちょっと残念。(殺す必要があるかどうかはともかくw)