欲望という名の電車
文学座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/10/29 (土) ~ 2022/11/06 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
近代戯曲の最高傑作のひとつ。文学座らしい手堅い芝居で、非情に濃密な舞台だった。3時間と長いが全然飽きない、充実した時間だった。題名は、欲望(Desire)という地区行きの実在の路面電車があったから、くらいにしか言われていないが、今回見て、芝居のあちこちに「欲望」というセリフがあるのに気づいた。「死」の対極にある「生」の象徴として。男に次々「欲望」をいだき、ミッチ(助川嘉隆)と結婚しようとするブランチ(山本郁子)は、過去をふりきって、生きようとしただけなのだ。「欲望」という題には、ブランチの生きる意欲が託されている。
その夢をスタンリー(鍛冶直人)につぶされてしまう。ブランチがスタンリーを「下品だ」「粗野だ」と忌み嫌ったせいもあるから、自業自得でもある。それぞれの登場人物に言い分があり、スタンリーでさえ悪人ではない(戦争のPTSDという解釈もあるらしい)。
山本郁子のブランチはいたって自然体で説得力があった。やけに喋り散らす、急にやって来たちょっと厄介な居候の姉というだけで、精神を病んでいるとは見えない。何かと酒に手を出すところが危ういけれど。しかし、後半、ミッチに向かって過去を語るくだりの切なさ、スタンリーに富豪からの電報やミッチの謝罪(いずれも妄想)をいかにも楽しそうに語るくだりは迫力があった。正気と狂気の境目自体がなくなって自由になる、最後の輝きが感じられた。最後のバスルームから顔をのぞかせてはしゃぐ声は、それまと違って作り声のようではかなげで、何かが変わったとわかる。
ミッチとの別れのシーン、幻のような黒服の女が室内をうろつく。ブランチのせりふに死神の言葉があるので、それを具現化したのかと思った。が、戯曲には花売りのメキシコ女とあり、その物売りの呼び声をカットして歩かせたもの。印象には残るが、やりすぎの気もする。かつての夫の死と重なる「ポルカ」の音楽は、冒頭の最初に夫の死に触れるところと、ミッチに告白する前後(九場)に気づいた。ほかにもあったはず(少なくとも六場、ミッチとのデートの夜)だが気づかなかった。この舞台では音楽の使用は難しい。
ラストのブランチ「わたくし、いつも、見ず知らずの方のご親切にすがってまいりましたの」が名セリフということになっている。今回もそこだけ目立つように、少し間を開けて明瞭に語っていた。が、それ自体はどうということのない文句。実は全編を通じて、似たようなフレーズをブランチは繰り返している。例えば5場で妹に「わたしは強い女になれなかったの、自立した女には。そういう弱い人間は、――強い人間の好意にすがって生きていくしかないのよ」と。ミッチにローレルでの淫蕩な生活を告白するときにもある。ミッチとの結婚に未来の夢を託すのもその流儀の表れだ。彼女の生き方と、その破綻を示すセリフとして、この戯曲の核心になっている。
私の一ヶ月
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2022/11/02 (水) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
いい芝居だった。私には未知の若い作者だが、英国の劇場との共同のワークショップに参加した、14人の日本の若手劇作家のひとりとのこと。その中でも優れた戯曲を上演したのだろう。新作だが、戯曲がすでに練り上げてあるから無名の作家でも冒険できた。上演に当たって、演出の稲葉賀恵とも意見交換しながら、さらに3度は書き換えたそうだ。二本の軸があったのを母と娘の一本の軸に絞ったのがとくによかった。おそらく佐東と娘がもう一つの軸として、もっと強かったのではないか。ほかに3人の作を英訳して英国で朗読公演するという。国立ならではの取り組みだ。
舞台では最初、三つの場所が横並びにしつらえてあり、それぞれの場面が同時に演じられる。右から田舎の茶の間、コンビニのレジ、東京の大学図書館の閉架室である。茶の間での老夫婦(久保酎吉、つかもと景子)と娘のいずみ(村岡希美)はどこかぎこちない。左でのベテラン司書佐東(岡田義徳)と、学生バイト明結(あゆ、藤野涼子)は、ずれた掛け合いがクスリと笑える。真ん中のコンビニでは、拓馬(大石将弘)が毎日、昼食を買いに来て、久保やつかもとがレジに立ち、右の茶の間と同じ家とわかる。ただ、茶の間では「拓馬があんなことになって」的な話があり、時間はずれているらしい…。
三つの場面のつながりが、ついに明らかになった時、それぞれの登場人物の、決して取り戻せない後悔と葛藤が明らかになる。人生のつらさとどうしようもなさ、それでも生きていく人びとの健気さに、派手ではないが小さくもない、ジワリとした感動を覚えた。岸田戯曲賞の有力候補と思う。
スカパン
まつもと市民芸術館
KAAT神奈川芸術劇場・大スタジオ(神奈川県)
2022/10/26 (水) ~ 2022/10/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
モリエールの古典を、戯曲そのままでなく串田和美が現代の観客向けにアレンジして、何度も上演している舞台。初めて見たが、期待した以上の面白さだった。物語としては単純なのだが、笑わせどころは本当に面白い。
スカパン(串田和美)が、レアンドル(串田十二夜)の父ジェロント(小日向文世)に、息子がトルコ軍艦で連れ去られたからと、身代金とだまして大金を出させる場面の掛け合いが見事(話としてはオレオレ詐欺とおなじだ)。また、スカパンがこのときステッキで何度もたたかれた腹いせに、別の日にジェロントを袋詰めにして荷車に載せる。周囲が見えないジェロントを、乱暴者に襲われたふりをしてポカポカ殴るくだりは、傑作。棒で思い切り頭をなぐるから、いい音がして痛快だった(袋の中でヘルメットをかぶっていたらしく、痛くはないようだ)。しかもいつの間にかジェロントが荷車から落ちて袋が開き、仕掛けがばれているのに、スカパンが気づかないで、空っぽの荷車をポカポカやるのは笑えた。
最初の方で、オクターヴ(小日向星一)とイアサント(湯川ひな)がラブラブで、なにかというとチュッチュッチュッとキスしまくる演出も嫌みがなく、素直に笑えた。
場面転換に短いセリフのないシーンを挟み、それが伏線や気分転換になったりする。
休憩なし約2時間。
検察官
劇団1980
俳優座劇場(東京都)
2022/10/26 (水) ~ 2022/11/01 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
モルドバの演出家による大胆でパフォーマティブな舞台。セリフは大幅にカットされている。人々の狼狽え、卑屈にはいつくばり、手揉みして賄賂を渡す様を目で見て、その愚かさを笑う。
筋はよく知られた通り、無一文の青年を、みんなが検察官と勘違いして歓待する。青年が従者を持っているあたり、当時のロシアの階級差を示す。青年のホラ話の演説、市長の見るグロテスクな悪夢、順番におっかなびっくり賄賂する行列、最後の福祉院長の密告等々、単純な話を大袈裟に戯画的に、面白おかしく演じた。
舞台上にずっと黒いマントに白塗りの男がうろつく。悪魔。最後のセリフに「なぜあいつを検察官なんて思い込んだのか。悪魔に誑かされたとしか思えない」とある。そこから発想した演出。その単純さはバカばかしいのだが、とにかくはっちゃけた舞台だった。
休憩15分含む2時間50分。
日本人のへそ
虚構の劇団
座・高円寺1(東京都)
2022/10/21 (金) ~ 2022/10/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
井上ひさしの破格の戯曲を、賑やかな弾けた芝居として見事に成功させた。この戯曲前半は歌とコントとストリップショーの数珠繋ぎで、意外と隙間があって、下手をすると隙間風が入ってきて熱量を下げてしまう。今回はそこを映像と照明とテンポでうまく埋めて、軽やかに見せた。ヘレン天津(小野川晶)の「転々の変転」は、元は合唱隊と教授の歌だけなのに、紙人形芝居の演出で楽しめた。冒頭の「あいうえ王」の吃音矯正セリフや、教授の長セリフも奥の壁に映像や、キーワードを映した。井上ひさしの言葉の芸術を、耳で聞く聴覚だけでなく、視覚化もして観客が飽きずに楽しめるようにした。そういう工夫が随所にあった。カットもうまく施して、長さを感じさせない。前半1時間40分、休憩15分、後半45分。計3時間10分。
何と言っても殊勲賞はストリッパーを演じた女優陣。胸から腰から見事な曲線美と、シェイプアップしたおへそで、見惚れてしまった。しかもたくましい。堂々としたお色気サービスで、安心して見ていられる。特に小野田晶は、セーラー服のおぼこ娘から、成熟したストリッパーに見事な変身で感心した。セーラー服時代は黒髪のカツラを被っていたかな。それも大きい変化。胸も急に大きくなったように見えたのは不思議。おそらく衣装のせいだろう。
コメディアンのチャンバラコントも井上ひさしの戯曲からは離れて、自由に創作。いくら切られても死なないギャグなど、二人の刀の掛け合いが素直に笑えた。。
音楽も良かった。担当は河野丈洋。服部公一、宇野誠一郎の先人のいいところは残しつつ、うまい具合にリニューアル、アップデイトしていた。「10人のコメディアン」は「10人のインディアン」が元なのであまり変わらない。しかし、岩手の農民たちの歌は、メジャーとマイナーの転調を使った、結構聴かせる歌にしていたし、ストリッパーたちの立ち上がる歌も良かった。「日本のボス」だけは、ピアノ以外のドラムや管楽器も入れて派手なアレンジで、非常に盛り上がった。
後半のレズビアン、ゲイとオネエのコント、推理劇風の犯人探しも淀みなく、どんでん返しが綺麗に決まった。劇場は平日の夜なのにほぼ満席。下ネタ満載のお下劣なセリフがポンポン弾けて、げんきになる芝居だった。
バリカンとダイヤ
劇団道学先生
ザ・ポケット(東京都)
2022/10/15 (土) ~ 2022/10/23 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
中島淳彦の作品を見るのは、先日のテアトル・エコーに続き二回目。亡くなってから急にあちこちでやりだした気がする。ホンの力の何よりの証拠だろう。確かに面白い。実家の茶の間と2階の物干し場の一杯飾り(左右に家が建て込んでいるようにみえるが、これが娘たちのアパートになる)を舞台に、老いた母親(かんのひとみ)と、3人の娘(もりちえ=好演、関根麻帆、山崎薫)が軸になるホームコメディ。1年前に死んだ夫の預金通帳をみて、最近引き出されていた1500万円をめぐって、あらぬ憶測がふくらんでいく。夫はカタブツの公務員だったのだが、何に使ったのか?
宮崎に嫁いだ姉(村中玲子)は居候を決め込み、近所のおせっかいおばさん(アメリカ人と結婚している派手で図々しいフジ子=柿丸美智恵、好演)がなにかとひっかきまわす。フジ子は高級化粧品セールス(佐々木明子)、「神の水」を信奉する新興宗教の信者(高橋星音)を次々連れてくる。そこに夫が通っていたマッサージ師(健全なもの)で台湾出身のリン(横田実優)まで現れる。
とにかく笑いが絶えない。場違いなところに困った人が次々現れる、シチュエイションコメディーといえるでしょう。三人の娘の抱えた困難が、ある日、いっぺんに明らかになり、母親も「いったいどうなってるのよ!」と叫ぶ。この場面など、大いに笑わせてもらった。
友人が言っていたが、家族あるあるがたくさんあって、身につまされる。長女が次女、三女より何かと大事にされるのもそう。お金も結婚に120万、車買うのに80万などこっそり援助してもらっていたり。この金額も実感がわく数字。
ただ終わってみるとテーマ性が弱い。夫婦の愛情の機微、よくできた人情喜劇というだけではちょっと物足りない。上演台本あり
消滅寸前 (あるいは逃げ出すネズミ)
ワンツーワークス
赤坂RED/THEATER(東京都)
2022/10/06 (木) ~ 2022/10/16 (日)公演終了
映像鑑賞
満足度★★★★
舞台セットは、難破船の甲板やマストを壁や柱にしたよう。村の右往左往と、船の航海・漂流を芝居の場面でもだぶらせながら、2022年10月の「採決」から始まる。人口1000人余りの過疎の村の「消滅」か「存続」か。自治会長(奥村洋治)が、集落の「絆の里」委員会で採決をとると、全員が、「消滅」に挙手。ここであれッとずっこけるわけだが、自治会長が「覚悟が大事だ」と、明日、再度採決をとるという。「会長はどっちなんだ!」と委員たちが突き上げれば「私は断固「消滅」です」とまたずっこける。意外な幕開けに興味をそそられる。
話は2010年の「出帆(または放置)」にさかのぼる。委員会を立ち上げ、空き家のリフォーム、40歳以下の移住者への支援金50万円etcの、人口増加策のあれこれをやってきた。それでも委員の中からも離村者が出る現実、学者の傍観者的推計等々、なかなか出口は見えない。委員同士でも、今度引っ越しするのはあなた?、いやあっちの人と噂しあう。そして冒頭に戻り、翌日の再採決。そこまでの光が見えないフラストレーションを吹き飛ばす、意外な感動が待っていた。
クランク・イン!
森崎事務所M&Oplays
本多劇場(東京都)
2022/10/07 (金) ~ 2022/10/30 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
秋山菜津子が素晴らしい。落ち目の元大女優の苛立ち、わがまま、いやらしさをこれでもかというほど見せつけてくれた。いじめられる太った付き人の富山えり子も身も世もなく泣くリアクションや、ちょいと見せる人の良さなどで、秋山の横暴ぶりをよく受け止めていた。好演。
岩松了の戯曲にはあたりはずれがある。最近では「二度目の夏」は傑作だった。今回は残念ながら失敗作。大事なところを書かずに、スルーしている。「難解」「奥が深い」などと言ってごまかせる範囲ではない。『悲劇喜劇』11月号戯曲掲載
人間ぎらい
しんゆりシアター
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場(神奈川県)
2022/10/08 (土) ~ 2022/10/16 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
冒頭からアルセスト(采澤靖起)が、フィラント(齋藤尊史)のお調子者の愛想のよさをなじる長セリフのシャワー全開。さすがモリエール。シェイクスピア同様、言葉の芸術としての演劇をたっぷり楽しめた。セリメーヌ(那須凛)の登場場面、彼女の社交界のお歴々の空っぽさをユーモアと辛辣さで次々描写するセリフは圧巻だった。
太った年増貴婦人のアルシノエ(頼経明子、派手な帯の黒い和服姿で好演)が、社交界の噂と称してセリメーヌの浮わついた男出入りをやんわり攻めれば、セリメーヌも負けじとアルシノヘの不人気ぶりをあからさまに言う。大変面白い芝居だった。
北則昭の新訳はこなれた日本語で、調子がいい。白い階段を黒子が移動させ、中央の三角の傾斜台をクルクル回して、長台詞に飽きやすいところを、視覚的に変化をつけていた。
ヒロインのセリメーヌが「マダム」とか「++夫人」と呼ばれたり、誰と結婚するかと言われたり、未婚か既婚かと疑問に思ったら、あらすじを見ると未亡人ということで納得。20歳だから相当若い未亡人になる。
「カレル・チャペック〜水の足音〜」
劇団印象-indian elephant-
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2022/10/07 (金) ~ 2022/10/10 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
歴史と個人、家族の絆と諍い、シリアスと笑い等非常に多面的でいい芝居だった。カレル(二條正士)の想い人である無邪気で奔放な少女オルガ(今泉舞、登場時の設定は10代)の、嵐のようなにぎやかさにまず惹きつけられる。
第一次対戦後からナチスドイツのズデーテン割譲までの戦間期。チェコスロバキア領内の少数民族ドイツ人に対する圧迫を、元ドイツ語教師のギルベアタ(勝田智子)が突然現れて訴える。大国ドイツに圧迫されるチェコが、その領内ではドイツ人を差別迫害する複雑さ。彼女は停電の闇の中などに不意に現れる、カレルの想像上の議論相手だ。意識内の幻影的人物を、主人公の対話相手として登場させるのは、この「国家と芸術家」シリーズの常套手段だが、シリーズ化の前の「エーリッヒ・ケストナー」では、実在のリヒテンシュタールがその役を担っていた。
仲の良かった兄ヨゼフ(根本大介)は、弟の名声に嫉妬して意固地に自分の世界に篭り、ヨゼフの妻ヤルミラ(岡崎さつき、スラッとした長身)と夫婦仲もおかしくなる。後半は兄夫婦の娘アレナ(山村茉莉乃)が、トリックスタートして舞台を活気づける。
チェコ大統領マサリク(井上一馬、好演)が、息子のヤン(柳内佑介)ともどもチャペック兄弟の家に現れる。芝居の都合かと思ったら、実際に大統領と親交があったらしい。さすがこくみんてき作家だ。
「恋人を取るか、祖国を取るか」。最初は「極論は暴力だ」ですむが、ナチスドイツの威嚇によって、本当に直面する問題になる。銃を取るか屈服するか。とどまるか亡命するか。サルトル的状況である。民主主義を巡り、政治と芸術家をめぐり、夫婦と兄弟の関係を巡り、ズバッと切り込む粒だったセリフが数々あり、さまざまな問題を考えさせる芝居である。公演台本を売っていた
ホームレッスン
パルコ・プロデュース
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/09/24 (土) ~ 2022/10/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
100の家訓のある三上家、破ると減点されて、減点がたまると懲罰がある。懲罰は10点で物置に1カ月監禁、20点で離れの納屋で2か月謹慎というもの。長女(武田玲奈)の婚約者の大夢(田中俊介)は最初戸惑う。しかし、母に捨てられ施設育ちの大夢は、幸せになるには「自由よりルール」と家訓を必死に身に着け、すっかりなじんでいく。実は家訓をつくった三上家の母・奈津子(宮地雅子)は、かつて大夢の中学で担任だった。一緒にある事件に遭遇したことで、「自由よりルールだ」という確信を共有する。
しかし、三上家には弟・朔太郎(堀夏喜)がいた。懲罰として1年半も換金されている弟を見て、揺らぐ大夢。朔太郎が包丁を持ち出して、まず、最初の事件が起きる。ベテラン宮地雅子の最初のかたくなさ、次第に心情を見せていく演技がぴか一だった。田中俊介は初めて見たが、あたふたしたり、頑固になったり、決して誇張でなく自然に感情の起伏を示してよかった。
リビングと物置を裏表にした回り舞台のセット。最初は貧相に感じたが、家訓を巡る衝突が激しくなる場面では、右に左にゆらゆらとゆっくり回っては戻るのを繰り返す。家庭の動揺を示すよう。この演出はよかった。
住所まちがい
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/09/26 (月) ~ 2022/10/08 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
どういう芝居なのか、事前のあらすじ紹介ではわからない。実はウイットとユーモアとコントと、あらゆる笑いを満載したコメディだった。イタリアの中世以来の伝統喜劇(日本でいえば狂言?)を現代によみがえらせたミラノのピッコロ劇場の座付き作家の台本を、日本に合わせて、見事にローカライズしていた。「リオデジャネイロの電話帳」が思いもかけない駄洒落になったり、「宇野千代」を「おひとりさま」の作者と間違えたり、と言葉遊びもふんだんにある。
渡辺いっけいの演じる、遠い外国から帰国したゴローじいさんの話は一場の寸劇。結構長いが、スーツケースを忘れていたと、大真面目にまた最初からやろうとするので、さらに笑わせられる。
いつもはアフタートークは見ないでさっさと帰る劇友が、今回は迷わずアフタートークに残った。それくらい面白かった。休憩なし2時間10分。あっという間だった
ガラスの動物園
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2022/09/28 (水) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
冒頭、トムが「これは追憶の劇。ハーフトーンの芝居」と語る。それに忠実に従うように、視覚的に陰影に富んだ演出だった。舞台奥の出入り口の吹き抜けからの間接照明、ローラとジムが語り合う場面ではろうそく1本しか光源がないかのような隠し照明など、照明プランが素晴らしい。それが芝居の内容に集中する上で極めて効果的だった。
横長の箱のような室内の壁は、黄土色のけばだったスエード生地のようで、よく見ると、たくさんの顔が浮かび上がっていた(無数の顔の意味は不明だが)。箱の前面の壁を上げ下げして「暗転」することで時間の経過を示す。照明が変化するくらいで、セット転換はほとんどないのに、しっかり目隠しをおろすあたり、場面ごとの照明の変化をさらに効果的にしていた。
ガラス細工の動物たちも、普段は壁の中の小部屋にしまってある。時々、扉を開いて、キラキラをチラ見セする。ジムに見せる時だけ取り出し、舞台前面中央に置かれ、そこにきらきらと照明が当たる。今まで見た「ガラスの動物園」のなかでも、最も美しくはかない動物たちだった。
母アマンダ役のイヴォ・ヴァン・ホ-ヴェは母としての明るさしぶとさ、意外なたくましさがある。大竹しのぶのようだ。しかも極めて自然体。名優である。休憩なしの2時間とコンパクトにまとめていた。最後のトムの後悔の語りが刈り込まれていた気がする
アナと雪の女王
劇団四季
JR東日本四季劇場[春](東京都)
2021/06/26 (土) ~ 2024/10/31 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
昨年8月に続きリピーター観劇。音楽と視覚と物語で楽しませてくれる「最高のエンタメ」だ。音楽は小編成の生オケが演奏(オケピの高いところで指揮者が見える)する本格派で、前回と同じエルザ役の三井莉穂の歌声は素晴らしい。新たにキャストに加わったアナ役の三代川柚姫の天真爛漫な明るさもひかった。
音楽の緩急の配置が見事で、まったく飽きない。例えば戴冠式の宮廷のダンスシーンが、エルザの悩みのバラードの前後や間に置かれて、変化をつける。2幕の冬山へ上るつらい旅の途中で、陽気な「ヒュッケ」の歌や、雪だるまのオラフが能天気に「夏が好き」とうたう。
「ありのままで(レリゴー)」のフレーズが、フィナーレで効果的に繰り返されて、劇としての音楽的統一感を作り出している。
氷の世界を作り出す視覚効果もすばらしい。エルザが宮廷の服から、氷の城のドレスに早変わりする演出も目に鮮やかだった。
かつて物語と音楽の統一を理想としたミュージカルから、いまや音楽とショー的要素が強い「メガ・ミュージカル」全盛の時代だそうだ。宮本直美氏は『ミュージカルの歴史』で書いていた。物語のない「キャッツ」や、セリフのない「レミぜ」、音楽の厚み・多彩ぶりもスペクタクルの豪華さも桁違いの「オペラ座の怪人」など。ディズニーのミュージカルは、メガ・ミュージカル路線の最先端であり、映画から舞台化された「アナ雪」は今その代表作になった。
「五月、忘れ去られた庭の片隅に花が咲く」
北海道演劇財団
浅草九劇(東京都)
2022/09/22 (木) ~ 2022/09/26 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
登場人物のやるせなさと恨み、悲しみが舞台を覆いつくすような、激しい感情を喚起する芝居だった。ここまで激しく濃密なドラマは久々に見た(思い出すところでは「ザ・ウェルキン」のラストに近い、か)。
主人公で次兄(斎藤歩)と、弟の妻だが主人公と密通した彼女(智順)の、まさに愛憎入り混じった口喧嘩、いがみ合いは騒々しい。30年前のばめんと現在が行き来するが、現在では彼女の息子(犬飼淳治)がホモのパートナー(津村知与支)とくらしており、帰ってきた次兄を忌み嫌う。津村のおねえ言葉や、舞台をかき回す無邪気なトリックスターぶりが最高に面白い。単に言葉だけでなく、くんずほぐれつ、投げ飛ばしたり、ごろごろ転がったりの、体を張った演技も見ごたえあった。
死んだ弟がホモだったことも示唆されている。鄭義信が同性愛を扱ったのは珍しい。「泣くロミオと怒るジュリエット」では、ロミオの親友が同性愛者だったが。今回は「(男同士の情事を)想像したでしょ、想像したでしょ」などと、きわどいセリフもある。ホモをユーモアにくるんで大いに笑いをとっていた。
燐光のイルカたち
劇団青年座
ザ・ポケット(東京都)
2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
壁と軍隊によって閉じ込められた人々の、鬱屈が丹念に描かれていく。それは夫婦げんかやシナリオ作家の夢など、どこにでもあるような暮らしなのだが、鬱屈を抑えきれなくなったとき、思いもかけない事態が起こる。その事後を生きる男の目から、過去が振り返られていく。関西弁のノリと明るさと、壁が醸す不穏な空気、今はなぜ弟も父母もいないのかという謎がないまざって、目の離せない緊張感のある舞台だった。ラストの展開の落差は、一つのカタルシスを生んだ。
真守(まもる、松田周)と妻の一恵(三枝玲奈)と、北から越境してきた凛(古谷陸)の現在に、真守の過去がフラッシュバックしていく。過去から現在への転換には、機銃掃射とハードロックの大音響に、3人の北軍兵士が店を襲うシーンが挿入される。過去はまだ真守の父母と弟との4人暮らし。弟のひかる(君澤透)は映画が好きでシナリオ作家志望。父健人(松川真也)は大工なのに、穴掘りのような仕事しかさせてもらえず、いつも不機嫌。母京子(野々村のん)は畑でキャベツを育ている。店の窓からは、立ちふさがるように灰色の壁が建っているのが見える。
家族を時折訪れる、父の友人の丈二(横堀悦夫)。「追悼デモ」の記録映像をとっているが、南のテロリストとも関係があることがわかってくる。
あの壁は何を象徴しているのか。ベルリンの壁か、南北朝鮮か。向こう側の北軍の兵士が南側をも監視しているところを見ると、イスラエルとパレスチナの関係が一番近いようだ。そう思っていると、あの事件を思させる展開になる。
ペレアスとメリザンド<新制作>
東京文化会館 / 新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/07/02 (土) ~ 2022/07/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初めて見たドビュッシーのオペラ。プールサイドでの義弟との逢瀬など、寒々しくももだえるように官能的だった。家族そろった食卓のシーンも互いの孤独とすれ違いを黙劇のように見せた。前面の壁を開閉するたびに、箱の中のセットが変わる演出は、物語の流れを途絶えさせずに、リアルな場面を作り出していた。意外な掘り出し物
蝶々夫人
東京二期会
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/09/08 (木) ~ 2022/09/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ライブビューイング1度を含む4回目の「蝶々夫人」観劇。大村博美のアリアが素晴らしかった。最後の蝶々さんの悲劇に向けて、最初から伏線がたくさん張ってある。ピンカートンを信じている間も「もし帰ってこなければ、死にます」と、結末を予言している。ケートの存在からすべてを察し、信じるものに裏切られた絶望の深さから、いわば発作的に自害してしまう心情がよく分かった。
音楽はすばらしい。バッティストーニの指揮はメリハリがあり、わかりやすい。美術も屏風を配して港の光景を作るなど、オーソドックスで豪華。
夏の夜の夢【9月6日~8日公演中止】
松竹
日生劇場(東京都)
2022/09/06 (火) ~ 2022/09/28 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
巨木が立ち並ぶ大斜面を石段で上り下りし、その頂上には鳥居。日本の山奥で菰姿で現れた俳優たちが、「夏の夜の夢」を演じ始める、という趣向。最初は舞台上にもう一つ、一段高いステージが設けられている(ラストの職人たちの劇でもう一度使われる)。
この芝居の一番の場面は、やはり若い4人の男女のなじりあい。それまでは何となく活気不足だったのに、ヘレナ(堺小春)が「ひどいわ、ハーミア!」と、ぶちぎれた後の応酬は、文句なく面白かった(客席も笑いで沸いた)。ライム(押韻)を生かしたセリフから散文へ、その落差をよく示した瞬間だった。
職人たちも稽古中は全然さえないのに、馬子にも衣裳で、御前芝居となるとがぜんいきいきしたし、大いにおかしかった。
パック含む妖精が子役というのも演出の特徴。3時間10分(休憩25分含む)
血の婚礼
ホリプロ
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/09/15 (木) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
強い感情を互いに持ちつつなじりあう花嫁とレオナルドの二人は、「嵐が丘」のキャサリンとヒースクリフのようだ。安蘭けいの肝っ玉母さんぶりが素晴らしい。早見あかりも長身で官能的な存在が、悲劇の中軸としての処女性と魔性とを兼ね備えて魅せた。男たちが主役の芝居のはずだが、なぜか女たちの方が印象に残る。男がどんなにあがいても、母なる女の大地のような命のつながりには勝てないということか。
冒頭の母(安蘭けい)が花婿(須賀健太)に言うセリフ「ナイフなんて誰が発明したんだ。こんなものはない方がいい」が、悲劇への伏線になる。花婿と花嫁(早見あかり)の婚約と、花嫁の元カレのレオナルド(木村達成)と妻(南沢奈央)の不和(第一幕)。婚礼当日の祝宴のなか、花嫁とレオナルドが駆け落ちしてしまう(第二幕)。そして…
音響、ステージング、徐々に壁をぶちぬいて入り口や窓にする美術など、第二幕までの前半で不穏な空気を高めていく。そして休憩後の第三幕は、緑の大樹がまばらに立つ、砂地の不毛の地に場面はガラッと変わる。舞台の奥までをさらして無機的な殺伐感が漂う。野次馬(コロス)の女たち、死の老婆、月(安蘭けい)と、シンボリックな登場人物が悲劇を目撃する。