「カレル・チャペック〜水の足音〜」
劇団印象-indian elephant-
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2022/10/07 (金) ~ 2022/10/10 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
歴史と個人、家族の絆と諍い、シリアスと笑い等非常に多面的でいい芝居だった。カレル(二條正士)の想い人である無邪気で奔放な少女オルガ(今泉舞、登場時の設定は10代)の、嵐のようなにぎやかさにまず惹きつけられる。
第一次対戦後からナチスドイツのズデーテン割譲までの戦間期。チェコスロバキア領内の少数民族ドイツ人に対する圧迫を、元ドイツ語教師のギルベアタ(勝田智子)が突然現れて訴える。大国ドイツに圧迫されるチェコが、その領内ではドイツ人を差別迫害する複雑さ。彼女は停電の闇の中などに不意に現れる、カレルの想像上の議論相手だ。意識内の幻影的人物を、主人公の対話相手として登場させるのは、この「国家と芸術家」シリーズの常套手段だが、シリーズ化の前の「エーリッヒ・ケストナー」では、実在のリヒテンシュタールがその役を担っていた。
仲の良かった兄ヨゼフ(根本大介)は、弟の名声に嫉妬して意固地に自分の世界に篭り、ヨゼフの妻ヤルミラ(岡崎さつき、スラッとした長身)と夫婦仲もおかしくなる。後半は兄夫婦の娘アレナ(山村茉莉乃)が、トリックスタートして舞台を活気づける。
チェコ大統領マサリク(井上一馬、好演)が、息子のヤン(柳内佑介)ともどもチャペック兄弟の家に現れる。芝居の都合かと思ったら、実際に大統領と親交があったらしい。さすがこくみんてき作家だ。
「恋人を取るか、祖国を取るか」。最初は「極論は暴力だ」ですむが、ナチスドイツの威嚇によって、本当に直面する問題になる。銃を取るか屈服するか。とどまるか亡命するか。サルトル的状況である。民主主義を巡り、政治と芸術家をめぐり、夫婦と兄弟の関係を巡り、ズバッと切り込む粒だったセリフが数々あり、さまざまな問題を考えさせる芝居である。公演台本を売っていた
ホームレッスン
パルコ・プロデュース
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/09/24 (土) ~ 2022/10/09 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
100の家訓のある三上家、破ると減点されて、減点がたまると懲罰がある。懲罰は10点で物置に1カ月監禁、20点で離れの納屋で2か月謹慎というもの。長女(武田玲奈)の婚約者の大夢(田中俊介)は最初戸惑う。しかし、母に捨てられ施設育ちの大夢は、幸せになるには「自由よりルール」と家訓を必死に身に着け、すっかりなじんでいく。実は家訓をつくった三上家の母・奈津子(宮地雅子)は、かつて大夢の中学で担任だった。一緒にある事件に遭遇したことで、「自由よりルールだ」という確信を共有する。
しかし、三上家には弟・朔太郎(堀夏喜)がいた。懲罰として1年半も換金されている弟を見て、揺らぐ大夢。朔太郎が包丁を持ち出して、まず、最初の事件が起きる。ベテラン宮地雅子の最初のかたくなさ、次第に心情を見せていく演技がぴか一だった。田中俊介は初めて見たが、あたふたしたり、頑固になったり、決して誇張でなく自然に感情の起伏を示してよかった。
リビングと物置を裏表にした回り舞台のセット。最初は貧相に感じたが、家訓を巡る衝突が激しくなる場面では、右に左にゆらゆらとゆっくり回っては戻るのを繰り返す。家庭の動揺を示すよう。この演出はよかった。
住所まちがい
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/09/26 (月) ~ 2022/10/08 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
どういう芝居なのか、事前のあらすじ紹介ではわからない。実はウイットとユーモアとコントと、あらゆる笑いを満載したコメディだった。イタリアの中世以来の伝統喜劇(日本でいえば狂言?)を現代によみがえらせたミラノのピッコロ劇場の座付き作家の台本を、日本に合わせて、見事にローカライズしていた。「リオデジャネイロの電話帳」が思いもかけない駄洒落になったり、「宇野千代」を「おひとりさま」の作者と間違えたり、と言葉遊びもふんだんにある。
渡辺いっけいの演じる、遠い外国から帰国したゴローじいさんの話は一場の寸劇。結構長いが、スーツケースを忘れていたと、大真面目にまた最初からやろうとするので、さらに笑わせられる。
いつもはアフタートークは見ないでさっさと帰る劇友が、今回は迷わずアフタートークに残った。それくらい面白かった。休憩なし2時間10分。あっという間だった
ガラスの動物園
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2022/09/28 (水) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
冒頭、トムが「これは追憶の劇。ハーフトーンの芝居」と語る。それに忠実に従うように、視覚的に陰影に富んだ演出だった。舞台奥の出入り口の吹き抜けからの間接照明、ローラとジムが語り合う場面ではろうそく1本しか光源がないかのような隠し照明など、照明プランが素晴らしい。それが芝居の内容に集中する上で極めて効果的だった。
横長の箱のような室内の壁は、黄土色のけばだったスエード生地のようで、よく見ると、たくさんの顔が浮かび上がっていた(無数の顔の意味は不明だが)。箱の前面の壁を上げ下げして「暗転」することで時間の経過を示す。照明が変化するくらいで、セット転換はほとんどないのに、しっかり目隠しをおろすあたり、場面ごとの照明の変化をさらに効果的にしていた。
ガラス細工の動物たちも、普段は壁の中の小部屋にしまってある。時々、扉を開いて、キラキラをチラ見セする。ジムに見せる時だけ取り出し、舞台前面中央に置かれ、そこにきらきらと照明が当たる。今まで見た「ガラスの動物園」のなかでも、最も美しくはかない動物たちだった。
母アマンダ役のイヴォ・ヴァン・ホ-ヴェは母としての明るさしぶとさ、意外なたくましさがある。大竹しのぶのようだ。しかも極めて自然体。名優である。休憩なしの2時間とコンパクトにまとめていた。最後のトムの後悔の語りが刈り込まれていた気がする
アナと雪の女王
劇団四季
JR東日本四季劇場[春](東京都)
2021/06/26 (土) ~ 2024/10/31 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
昨年8月に続きリピーター観劇。音楽と視覚と物語で楽しませてくれる「最高のエンタメ」だ。音楽は小編成の生オケが演奏(オケピの高いところで指揮者が見える)する本格派で、前回と同じエルザ役の三井莉穂の歌声は素晴らしい。新たにキャストに加わったアナ役の三代川柚姫の天真爛漫な明るさもひかった。
音楽の緩急の配置が見事で、まったく飽きない。例えば戴冠式の宮廷のダンスシーンが、エルザの悩みのバラードの前後や間に置かれて、変化をつける。2幕の冬山へ上るつらい旅の途中で、陽気な「ヒュッケ」の歌や、雪だるまのオラフが能天気に「夏が好き」とうたう。
「ありのままで(レリゴー)」のフレーズが、フィナーレで効果的に繰り返されて、劇としての音楽的統一感を作り出している。
氷の世界を作り出す視覚効果もすばらしい。エルザが宮廷の服から、氷の城のドレスに早変わりする演出も目に鮮やかだった。
かつて物語と音楽の統一を理想としたミュージカルから、いまや音楽とショー的要素が強い「メガ・ミュージカル」全盛の時代だそうだ。宮本直美氏は『ミュージカルの歴史』で書いていた。物語のない「キャッツ」や、セリフのない「レミぜ」、音楽の厚み・多彩ぶりもスペクタクルの豪華さも桁違いの「オペラ座の怪人」など。ディズニーのミュージカルは、メガ・ミュージカル路線の最先端であり、映画から舞台化された「アナ雪」は今その代表作になった。
「五月、忘れ去られた庭の片隅に花が咲く」
北海道演劇財団
浅草九劇(東京都)
2022/09/22 (木) ~ 2022/09/26 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
登場人物のやるせなさと恨み、悲しみが舞台を覆いつくすような、激しい感情を喚起する芝居だった。ここまで激しく濃密なドラマは久々に見た(思い出すところでは「ザ・ウェルキン」のラストに近い、か)。
主人公で次兄(斎藤歩)と、弟の妻だが主人公と密通した彼女(智順)の、まさに愛憎入り混じった口喧嘩、いがみ合いは騒々しい。30年前のばめんと現在が行き来するが、現在では彼女の息子(犬飼淳治)がホモのパートナー(津村知与支)とくらしており、帰ってきた次兄を忌み嫌う。津村のおねえ言葉や、舞台をかき回す無邪気なトリックスターぶりが最高に面白い。単に言葉だけでなく、くんずほぐれつ、投げ飛ばしたり、ごろごろ転がったりの、体を張った演技も見ごたえあった。
死んだ弟がホモだったことも示唆されている。鄭義信が同性愛を扱ったのは珍しい。「泣くロミオと怒るジュリエット」では、ロミオの親友が同性愛者だったが。今回は「(男同士の情事を)想像したでしょ、想像したでしょ」などと、きわどいセリフもある。ホモをユーモアにくるんで大いに笑いをとっていた。
燐光のイルカたち
劇団青年座
ザ・ポケット(東京都)
2022/09/23 (金) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
壁と軍隊によって閉じ込められた人々の、鬱屈が丹念に描かれていく。それは夫婦げんかやシナリオ作家の夢など、どこにでもあるような暮らしなのだが、鬱屈を抑えきれなくなったとき、思いもかけない事態が起こる。その事後を生きる男の目から、過去が振り返られていく。関西弁のノリと明るさと、壁が醸す不穏な空気、今はなぜ弟も父母もいないのかという謎がないまざって、目の離せない緊張感のある舞台だった。ラストの展開の落差は、一つのカタルシスを生んだ。
真守(まもる、松田周)と妻の一恵(三枝玲奈)と、北から越境してきた凛(古谷陸)の現在に、真守の過去がフラッシュバックしていく。過去から現在への転換には、機銃掃射とハードロックの大音響に、3人の北軍兵士が店を襲うシーンが挿入される。過去はまだ真守の父母と弟との4人暮らし。弟のひかる(君澤透)は映画が好きでシナリオ作家志望。父健人(松川真也)は大工なのに、穴掘りのような仕事しかさせてもらえず、いつも不機嫌。母京子(野々村のん)は畑でキャベツを育ている。店の窓からは、立ちふさがるように灰色の壁が建っているのが見える。
家族を時折訪れる、父の友人の丈二(横堀悦夫)。「追悼デモ」の記録映像をとっているが、南のテロリストとも関係があることがわかってくる。
あの壁は何を象徴しているのか。ベルリンの壁か、南北朝鮮か。向こう側の北軍の兵士が南側をも監視しているところを見ると、イスラエルとパレスチナの関係が一番近いようだ。そう思っていると、あの事件を思させる展開になる。
ペレアスとメリザンド<新制作>
東京文化会館 / 新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/07/02 (土) ~ 2022/07/17 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
初めて見たドビュッシーのオペラ。プールサイドでの義弟との逢瀬など、寒々しくももだえるように官能的だった。家族そろった食卓のシーンも互いの孤独とすれ違いを黙劇のように見せた。前面の壁を開閉するたびに、箱の中のセットが変わる演出は、物語の流れを途絶えさせずに、リアルな場面を作り出していた。意外な掘り出し物
蝶々夫人
東京二期会
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/09/08 (木) ~ 2022/09/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ライブビューイング1度を含む4回目の「蝶々夫人」観劇。大村博美のアリアが素晴らしかった。最後の蝶々さんの悲劇に向けて、最初から伏線がたくさん張ってある。ピンカートンを信じている間も「もし帰ってこなければ、死にます」と、結末を予言している。ケートの存在からすべてを察し、信じるものに裏切られた絶望の深さから、いわば発作的に自害してしまう心情がよく分かった。
音楽はすばらしい。バッティストーニの指揮はメリハリがあり、わかりやすい。美術も屏風を配して港の光景を作るなど、オーソドックスで豪華。
夏の夜の夢【9月6日~8日公演中止】
松竹
日生劇場(東京都)
2022/09/06 (火) ~ 2022/09/28 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
巨木が立ち並ぶ大斜面を石段で上り下りし、その頂上には鳥居。日本の山奥で菰姿で現れた俳優たちが、「夏の夜の夢」を演じ始める、という趣向。最初は舞台上にもう一つ、一段高いステージが設けられている(ラストの職人たちの劇でもう一度使われる)。
この芝居の一番の場面は、やはり若い4人の男女のなじりあい。それまでは何となく活気不足だったのに、ヘレナ(堺小春)が「ひどいわ、ハーミア!」と、ぶちぎれた後の応酬は、文句なく面白かった(客席も笑いで沸いた)。ライム(押韻)を生かしたセリフから散文へ、その落差をよく示した瞬間だった。
職人たちも稽古中は全然さえないのに、馬子にも衣裳で、御前芝居となるとがぜんいきいきしたし、大いにおかしかった。
パック含む妖精が子役というのも演出の特徴。3時間10分(休憩25分含む)
血の婚礼
ホリプロ
Bunkamuraシアターコクーン(東京都)
2022/09/15 (木) ~ 2022/10/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
強い感情を互いに持ちつつなじりあう花嫁とレオナルドの二人は、「嵐が丘」のキャサリンとヒースクリフのようだ。安蘭けいの肝っ玉母さんぶりが素晴らしい。早見あかりも長身で官能的な存在が、悲劇の中軸としての処女性と魔性とを兼ね備えて魅せた。男たちが主役の芝居のはずだが、なぜか女たちの方が印象に残る。男がどんなにあがいても、母なる女の大地のような命のつながりには勝てないということか。
冒頭の母(安蘭けい)が花婿(須賀健太)に言うセリフ「ナイフなんて誰が発明したんだ。こんなものはない方がいい」が、悲劇への伏線になる。花婿と花嫁(早見あかり)の婚約と、花嫁の元カレのレオナルド(木村達成)と妻(南沢奈央)の不和(第一幕)。婚礼当日の祝宴のなか、花嫁とレオナルドが駆け落ちしてしまう(第二幕)。そして…
音響、ステージング、徐々に壁をぶちぬいて入り口や窓にする美術など、第二幕までの前半で不穏な空気を高めていく。そして休憩後の第三幕は、緑の大樹がまばらに立つ、砂地の不毛の地に場面はガラッと変わる。舞台の奥までをさらして無機的な殺伐感が漂う。野次馬(コロス)の女たち、死の老婆、月(安蘭けい)と、シンボリックな登場人物が悲劇を目撃する。
裸足で散歩
シーエイティプロデュース
自由劇場(東京都)
2022/09/17 (土) ~ 2022/09/29 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
生真面目な弁護士の夫ポール(加藤和樹)と、細かいことは気にしない明るい妻コリー(高田夏帆)の新婚家庭。コリーが決めた、階段でのぼる最上階5階の新居に引っ越してきた。まだ家具は届かず、天窓のガラスは破れて、すこぶる居心地悪い。務めて陽気にふるまうコリーに振り回されて、ポールは少々疲れ気味。コリーの母バンクス夫人(戸田恵子)が、新居をのぞきにやってくる。コリーの不安は杞憂におわり、母も新居を気に入った。さらに上の屋根裏部屋に住む、ちょっとおかしなヴェラスコ(松尾貴史)があらわれる。コリーは母とヴェラスコの二人をお見合いさせようと、金曜(翌日?)のホームパーティーに呼ぶ。
全3幕で、2回休憩(15分と10分)。休憩込み2時間45分
初舞台という高田夏帆の、かわいくて天真爛漫だけどちょっと度がすぎる過剰な若さがよかった。舞台を明るくする。なれないアルメニア料理店から帰って、加藤和樹と戸田恵子が倒れこむ滑稽さも最高。このなかでは松尾貴史が普通の人に見えるからおかしい。
夜の女たち【9月3日~8日公演中止】
KAAT神奈川芸術劇場
KAAT神奈川芸術劇場・ホール(神奈川県)
2022/09/03 (土) ~ 2022/09/19 (月)公演終了
実演鑑賞
原作映画は70分、この舞台は休憩込み2時間45分。映画のストーリーを忠実に辿りながら要所要所に歌を折り込み、群唱ともいうべきフィナーレを4回入れた分、膨らんだ。リプライズするフィナーレの「夜の女たち」のコーラス場面が良かった。
エル・スール
トム・プロジェクト
俳優座劇場(東京都)
2022/09/21 (水) ~ 2022/09/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
昭和33年の西鉄ライオンズの、日本シリーズ対巨人戦、3連敗後の4連勝の奇跡の3連覇の実況中継から始まる。当時の西鉄ナインを懐かしむキヨシ老人(たかお鷹)の周りに、昔懐かしい人びとが次々現れ、一気に昭和32年へ。目隠しの壁が吊り上げられると、そこはアサガオが一面に咲く長屋裏の一角。西鉄と映画と赤線(売春禁止法施行直前)の活気に満ちた博多の長屋住まいの人々の、けなしあいながらいたわりあう人情の濃い世界が立ち現れる。
キップのいい姉御肌で熱烈西鉄ファンのスズエ(藤吉久美子)、映画監督にいつかなると言いながらケチな盗みを繰り返すトモ(清水伸)、トンボをいつも担いでいる朝鮮人の中学生のヒロコ(斉藤美友季)。そしてヒロポンをやめられないパンパン(娼婦)だけど、キヨシを「小僧!」とよんで可愛がってくれる、根は明るくて優しいユカリ(森川由樹)。彼らに囲まれるキヨシだけが、64年後の老人の格好をしたたかお鷹のまま、小学5年を演じるギャップが笑いとペーソスをうむ。
出会いがあれば別れがある。手製の布製グローブ、「ローマの休日」の名シーン、映画のロハ見、消えゆく赤線、おとなのフーセン等々、時代のアイテムを散りばめて笑いに変える。開発で壊される前の博多の長屋街を舞台にしたシンプルで切ない人情喜劇だった。
マニラ瑞穂記
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2022/09/06 (火) ~ 2022/09/20 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
高崎領事役の浅野雅博はじめ、いい俳優がそろっている。明治末期のマニラという特殊な場面を、そこに確かに生きた人の存在感と歴史の厚みを持って現出させた。昨年、新国立劇場演劇研修所の修了公演で見て、それはそれでよかったが、文学座はやはり格が違う(いまさらな感想を失礼!)。
それぞれの人物がしっかりしていた。特に女たちは同じような境遇でいて、全然違って5人5様。もん(鈴木結里)は無邪気な恋心が可愛く切ない。はま(鬼頭典子)は姉御肌。いち(下地沙知)は酒におぼれて、自暴自棄から平穏を引っ掻き回す厄介者。タキ(鹿野真央)は男にもてるのに、男に持たれず凛としている。くに(増岡裕子)はおせっかいもの。最初の顔中すすだらけの海賊のようなぼろ姿から、着替えた後のきれいどころへの変身が鮮やかだった。
「南洋の海をコップでくむような、キリもないことを人間は繰り返している。」
「あの人は若い。理想がある…わたしもむかしはそうだった」
「日本人は夢が好きだ。理想が好きだ。しかしわれわれ日本人には、理想とか主義とかを、本気で最後までやり通す能力があるんだろうか」「日本人は夢を持つのが好きだ、その夢に熱狂して酔うのが好きだ」
などなど、いいセリフがちりばめられている。
ヘンリー八世
彩の国さいたま芸術劇場
彩の国さいたま芸術劇場 大ホール(埼玉県)
2022/09/16 (金) ~ 2022/09/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
面白い、見応え、聴き応えのある芝居だった。なんといっても吉田鋼太郎演じる枢機卿の欲望、陰謀と王への追従ぶり、それをすべて失う失脚のおそれと、哀れと絶望の生々しさが素晴らしい。失脚の場面では阿部寛のヘンリー8世と互角に対していた。宮本裕子のキャサリン王妃の裁判を拒否する威厳と苛立ち、離婚されて死んでいく最後の悲しみも良かった。このように、場面場面がくっきり描きこまれて、その人物の喜怒哀楽が舞台上に現出するのは、さすがシェークスピアだ。吉田鋼太郎の演出もメリハリがはっきりしている。(2年前の初演は「わかりやすくしすぎた」と、キャサリン派と枢機卿派の色分けなど表に見せないものも今回は多かったが)
阿部寛は、そこにいるだけで舞台を圧する存在なので、絶対君主ヘンリー8世として文句ない。ただ誠実なキャサリン王妃を見捨てて、アン・ブリンに乗り換えるのが、「我が良心の痛みのため」と切々と訴えるのが、本心なのか、演技なのか。王の威厳の裏の本心はなかなか見えづらかった。王とはそういうものかもしれない。(これも初演のときは、もっと苦悩する王として演じたらしい)
音楽、美術、衣装も素晴らしい。この舞台でしか味わえない特別の空間を作ってくれた。3時間5分(休憩15分込み)。初日だったこともあり、客席も早くから、惜しみないスタンディング・オベーションだった
豚と真珠湾
秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/09/09 (金) ~ 2022/09/18 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
敗戦直後の1945年11月から1950年の朝鮮戦争激化までの、石垣島の群像を描く。登場人物は13人だが、一人一人が背負っているものが違い、かなり濃い存在なので、非常に多く感じる。元転向の傷を持つ八重山のインテリ、比嘉長輝を演じた矢野貴大が存在感があった。若いのに見事な老けメイクで好演。駐在巡査演じた船津基は、虎の威を借る小心ぶりが笑いを誘った。
最初は八重山言葉が目立って分かりにくいが、次第に方言は減っていく(ように感じた)。八重山が、沖縄の中でもまた状況が違っており、知らないことばかりだった。米軍軍政がウチナーグチの教科書作りを命じたが、長輝が「方言は文化だが、共通語は文明」と、反対したのは、言葉を巡る複雑さを考えさせる。
小作人組合を作るための芝居が成功して、小作人が「団結」して地主と交渉し、小作料を三分の一にする要求が通ったというのも小気味良い。日本から切り離された沖縄で、農地改革がなく、地主制がのこったというのも盲点だった。
舞台の背景に、南北を逆にして石垣島を中心にした東シナ地域の地図がずっと掲げられていた。いかに東京は遠く、台湾、中国上海はすぐそこか、一目でわかる。そういう場所での歴史と人間たちということで、東京からでは見えないものがある。
劇の後半、日本や政府、日本人に問いかけるセリフを、相手役ではなく、あえて客席に向けて語っていた。どきりとする演出だが、論点が多く、残念ながら覚えていない。
2時間半(休憩15分込み)
青ひげ公の城
Project Nyx
ザ・スズナリ(東京都)
2022/09/08 (木) ~ 2022/09/19 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
芝居は虚構だ、ごっこ遊びだということを前面に、おもちゃ箱をひっくり返した(そういうセリフもある)ような芝居。「台本を人生でけがすな」のセリフも。この美しい(そして儚い)ウソに現実の塵埃など持ち込むなということだ。女性の脚線美と、あらわな姿もたっぷり見せて、芝居を使って遊び倒した寺山修司の満足げにニヤリとする顔が浮かぶ。
青ひげ公の7人目の妻になるために、やってきた少女ユディット(今川宇宙)、舞台監督(小谷佳加)の指図で、まずは出番を待つ。それは、6人の妻が殺されるのを待つこと。浴室ので全裸の第一の妻(日下由美)、太ってギラついた第二の妻(のぐち和美)…空中の輪に宙吊りになって新体操のような妙技を見せる第四の妻(若林美保)、「ひばり」のジャンヌダルクを演じ、古今東西の芝生についての名セリフを披露する第5の妻(水嶋カンナ)などなど。アリスとテレスの双子や、アコーディオンとバイオリンで音楽を添える二人。そして何より、見事なマジックで舞台回しを務める奇術師の渋谷駿。
羅列的な紹介になってしまうけれど、マジック、ダンスレビュー、歌、エアリアル芸、半裸ショー(人魚姫も)、大仕掛けのマジック、地下からの花吹雪と、グロくて華やかなパフォーマンス次々繰り出す。見事な演出、サービス精神だった。スズナリの狭い舞台を目一杯に広く使うスペクタクル(見世物小屋)だった。
COLOR
ホリプロ
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2022/09/05 (月) ~ 2022/09/25 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
交通事故で記憶喪失になった青年の混乱と回復、新たな生きる道の発見の物語。シンプルで淡彩のパステルカラーで描いたような舞台だった。舞台上の右から上部にかけてを覆う白い壁が、木のようにも、波のようにも、繭のようにも見える。そこに映像を映すことで、作品を視覚的にも膨らませる。
青年(成河)と母(濱田めぐみ)、父、編集者、友人(浦井健治)の回を見た。全編に歌がたっぷりあって、85分と短いが、濃密な音楽劇になっているピアノとパカッションの生演奏。。最初のうち、青年の歌が音程を外したような、稚拙な旋律になっているのが、記憶喪失の戸惑いをよく示している。母の嘆き、喜び、青年の右往左往も歌があることで、情景の積み重ねや説明抜きに、観客に伝わってくる。
ユーフォ―キャッチャーにつめこまれた動物のぬいぐるみたちが、記憶のない世界に閉じ込められた自分に重なる場面が面白かった。
豪華キャスト(母は、柚希礼音とのWキャスト)からすれば新国立の小劇場という小さい空間でやったのはぜいたく。でも新国立の小劇場でもまだこの芝居には大きく感じた。100-200人の劇場で、俳優の息吹をもっと近く感じれば、母子の悩み、父の強さが一層濃密に迫ったと思う。
Show me Shoot me
やみ・あがりシアター
三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)
2022/09/02 (金) ~ 2022/09/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
冒頭の夫婦漫才(「三鷹はいい街ですよね。××もあるし、△△もある」「それ吉祥寺のことだよ」)からはじまって、コントを次々とつなげたような芝居。隣に越してきた関西弁乗りの夫婦、会社の喫煙室での会話、OL二人のランチ風景、社宅に住む兄とヴォーカロイド作曲家の妹、性格の悪い彼女と「一日一善」がモットーの彼氏、読み聞かせ会の子どもたち。
関西弁夫婦に押されて、自信をなくした根暗の漫才夫婦の危機を軸に、いい年したOLのカブトムシ取りや、おじさんの早朝ランニング風景なども織り交ぜていく。ばかばかしい話なのだが、俳優たちがそれぞれ個性的なキャラを熱演していた。その中にあって、根暗の漫才夫婦が、終始どよーんとした雰囲気をまとわせていたのが、コントラストをつけるともいえるし、足を引っ張るともいえる。関西弁妻のさんなぎの迫力が目立つが、おとなしいけれど漫才の妻役の加藤睦望の天然ボケの感じもよかった。