夏の砂の上
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/11/03 (木) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
松田正隆は「静かな演劇」の代表者の一人とされる。去年見た「紙屋悦子の青春」は、大声やコミカルさもある意外と普通の会話劇だったが(もちろん傑作であることは前提)、本作はまさに「静かな」劇だった。初演は平田オリザが演出したというのもうなずける。今回は栗山民也の演出。平田演出は見ていないが、アフタ-トークによると、今回の方がかなりゆっくりと、間(ま)を大きくとって演じたらしい。確かに豊かな間があった。これほど間の引き立つ芝居は珍しい
主人公の治(田中圭)の科白が「ああ」「うん」とか「何や」と、ほとんど合いの手のようなものなのに、そこに非常に豊かなニュアンスがある。ほかの人もだが、特に治に目立つ。これにも大いに感心した。仕事を失い妻にも出て行かれた鬱屈を抱えて、感情を表に出さない、言葉数も少ない人物を好演していた。
チェーホフ劇は到着から始まり、出発に終わる、とだれか言っていた。本作も妹(松岡逸見依都美=好演)が高校中退の娘優子(山田杏奈)をつれてきて、治と同居が始まる。真面目そうに見える優子が、隠れてバイトの先輩を誘惑したりじらしたり、小悪魔的要素があって面白い。治が見てないようできちんと見ていて、先輩の大学生に「早よ帰れ」と繰り返すあたりも。
造船所がつぶれ寂れていく坂の町(長崎らしいが明らかではない)の、無駄に暑いさびれた空気感が漂う。クレーンの赤錆にも通じる。その町で暮らす男、出ていく女、それぞれ確かにそこに生きている手ごたえが感じられた。傑作舞台である。
文、分、異聞
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2022/12/03 (土) ~ 2022/12/15 (木)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
もはや50年前になったが、三島由紀夫の左翼批判戯曲の上演をめぐって文学座が大揺れした事件を描く。どう料理するのかと思っていたが、なかなか趣向とたくらみにとんでいた。
舞台はたくさんの椅子が並んだ雑然とした空間。ズバリ文学座のアトリエ(けいこ場)である。そこで、三島戯曲を上演するかどうかの議論が始まる。上演に反対する制作部。三島との関係を壊したくない演出部。杉村春子が「これをやったら文学座はおしまい」と断固反対する…。あれ、杉村にしてはやけに若い女優を使うな。それにしても結論の見えている議論を延々続けるのだろうか?と思っていると「お疲れ~」とかいって、みんなばらける。じつはさっきまで8時間続いた劇団総会のエッセンスを若い研究生たちが物まねしていたとわかる。
ここからがこの芝居の本編。研究所1期生、2期生たちが「三島を守れ、上演賛成」とまとまるが、演技が下手でくすぶっているキョウコ(梅村綾子)が一人、杉村崇拝から、反対する。皆はキョウコをなじってヒートアップ。マユミ(=小川真由美!、鈴木結里)の侮蔑の言葉がキョウコをおいつめる。キョウコが泣き出し、みなあまりにやりすぎたと反省するが、今度はキョウコが許さない。そんな中、研究生たちはアトリエの外から鍵をかけられ、閉じ込められる。マユミはこれからテレビの撮影があるから、どうしてもすぐ出たい。自信のないタダヒコ(奥田一平)は劇団の幹部陣に眼をつけられると将来がないと恐慌をきたす。キョウコが「何とかする代わりにみんなに上演反対派になれ」と交換条件を出す…。
文学座研究所の1期生、2期生はその後有名になった俳優がずらり。小川真由美のほかトオル(武田知久)は江守徹、シン(松浦慎太郎)は岸田森(岸田國士の甥)とわかる。ほかは後で調べるとお調子者のミノリ(川合耀祐)は寺田農、杉村春子をやったキリッとしたチホ(渡邊真砂珠)は(悠木千帆=樹木希林)、主役に抜擢されたタイゴ(小谷俊輔)は草野大吾等々。キョウコも大塚京子というモデルがいる。そうした実在のモデル人物たちの中に、普段はおとなしくて声もほとんど聞き取れない架空の人物(ケイスケ=相川春樹)を加えて、役者の卵たちの夢と不安、羨望と嫉妬、恋と打算の群像劇に仕立てた。
面白い芝居だった。これから文学座をしょっていくであろう若手俳優たちのシャープでエネルギッシュな姿がよい。1時間55分。
君に贈るゲーム
ラッパ屋
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/12/04 (日) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ボードゲームカフェの常連7人が、もう一人の常連「会長」の頼みで、「人生を込めた」ゲームを作る。教師だったが、世知辛い若者に幻滅して株屋に転身し、金がすべてと語るスーツ(中野順一朗)。水商売を渡り歩いてきたマダム(岩橋道子)。テレビ局のバリキャラからライター兼弁当屋に脱サラ?した、アイデア豊富なお局(椎名慧都)。そして平凡な主婦で、嫁姑関係に人生をすり減らしたと嘆くエコバ(大草理乙子)等々。一番平凡で、選択らしいものもしてこなかった課長(熊川隆一)が語り手をつとめる。
スーツの現実主義や、金だけが人生じゃないと「夢を信じる力」と「可能性」を訴える人々のやり取りがおもしろい。各人の人生経験のエピソードをもう少し肉付けできれば、さらによかった。ラストは、ほろ苦い真実も。
1時間半とコンパクト。じゃんけんチーム観劇。感染対策も含めて2チーム体制で公演しているそうだ。大変な苦労と思うが、頑張ってほしい
わが町しんゆり
川崎市アートセンター
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場(神奈川県)
2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
舞台は奥に二つのリヴィングルーム、その手前に二つの居間に区切られる。奥ではワイルダーの描いた架空の町グローヴァーズ・コーナーズの、1901年から06年の二家族の話が演じられ、手前では新百合ヶ丘の1929年から38年ごろの二家族を演じる。筋はワイルダーの原作に従うが、アメリカと日本の家族は節々でバトンタッチして、一つの場面はどちらかで演じられ、同じ話を重ねることはない。(のりしろのように互いに重ねる部分が多少はあるけど)
3,4年前に原作を読んだが、隣家の子どもたちが結婚するようになるという以外、忘れていた。前半は今一つだが、休憩後の婚礼と、エミリー(えみこ)死後の墓場の場面で、主題が立ちあがってきて、よくなった。
結婚式前の「結婚はいいものだ」と疑いなく語る、古き良き結婚賛歌が、今だからこそ新鮮に響く。いまは通用しないかもしれないが、これは過渡期の模索。再び男女の結婚が素直に祝われる日が来ることを願いたい。エミリーとジョージが思いを確認する喫茶店のシーンがよかった。
そして3幕。二人目のお産で死んだエミリー(恵美子)が、12歳の頃の幸せな家庭を見つめなおし、つらくなってやめてしまう。「生きている人は何もわかっていないのね」と。死者の目から人生のかけがえのなさを再認識させるのは、井上ひさしの「ムサシ」のようだ。生の幸せをともに味わうことのできない死者の孤独、悲しみが胸に迫る場面だった。
ジョージの家は医者、エミリーの家ははっきりしないが、穏やかな市民の生活。貧困や生活苦は視野の外においた芝居を、原作の初演時、左翼評論家は「醜悪」と批判した。ただ「しんゆり」版では、タブノキの精を登場させて、見事な枝ぶりを空襲の目標になるからと切ってしまった狂気、戦争による空襲(5月24日か25日、10数件の被害と小さいが)を語らせる。
夜明けの寄り鯨
新国立劇場
新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)
2022/12/01 (木) ~ 2022/12/18 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
気鋭の劇作家・横山拓也が新国立劇場初登場。演出は初めて見る人だが、いつもの横山作品と比べると、過去と現在をシームレスに語る作劇術が目新しい。その両側を一人だけ行き来する三桑(みく、小島聖)の、はかなげな、思いつめた風情が、何か不穏で謎めいた空気を醸す。過去の、アウティングを含む、互いを意図せずに傷つけてしまう場面を、元鯨トレーナーの相野(池岡亮介)が見つめている。この存在が、客観性を担保し、冷静さを保たてさせる。
床には鯨の泳ぐ海原が描かれ、それを、舞台上に斜めにかかった鏡を通してみることができる。
戦争で死ねなかったお父さんのために
一般社団法人深海洋燈
中野スタジオあくとれ(東京都)
2022/12/01 (木) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
戦後30年、戦争に行けなかった父親(いわいのふ鍵)に、突然赤紙が届く。そこから始まる、歌とお色気たっぷりのノンストップショウ。地下の狭い劇場を歌ったりすごんだり。つかこうへい美学の「男のロマン」的長セリフが彩る。
戦争にいけなくて差別されいじめられた悔しさを土台に、戦地でのアバンチュールの妄想や、軍隊ごっこ、出征ごっこがナンセンスの限りに繰り広げられる。女優陣の早替わりに次ぐ早替わりのパフォーマンスが見事。腰巻き姿の現地女、曲線の見事なレオタード姿、中国服の香港、満州の馬賊等々。少尉の警察官(荻野貴継)のキリッとした将校然とした姿も良かった。
ジュリオ・チェーザレ<新制作>
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/10/02 (日) ~ 2022/10/10 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
カストラートが活躍した時代のバロック・オペラ。博物館のバックヤードを舞台に、チェーザレ(シーザー)とクレオパトラの話がうたわれる。チェザーレを女声ソプラノ歌手が歌った。少し線が細いが、まあよかった。クレオパトラ(森谷真理)が絵の額縁の中に入り込んで、魅惑的に演じるシーンが印象に残った。
春の祭典
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2022/11/25 (金) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
ピアノ連弾版の「春の祭典」もよかった。ダンスもよかったと思うけど、私にはよくわからなかった。「春の祭典」は少女をいけにえに捧げる、村の長老たちの話、ということだけど、ダンスはそれに縛られていなかったと思う。二人ではその設定は再現しにくい。最後に女性ダンサーが舞台奥に吸い込まれていくのは、死を含意していたかもしれない。
ショウ・マスト・ゴー・オン【12月3日~4日、12月7日、12月21日~24日昼公演中止】
シス・カンパニー
世田谷パブリックシアター(東京都)
2022/11/25 (金) ~ 2022/12/27 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
大いに笑わせてもらった。とにかく登場人物たちのキャラが立っている。そのキャラによるボケやずれや勘違いやわがままがうむピンチと、素っ頓狂なその解決策が笑いを呼ぶ。そして、何度失敗したり、いさめられても、全然懲りず、何度も同じ失敗をするのもおかしい。いつもの三谷喜劇は後に何も残らないが、舞台監督進藤(鈴木京香)の切ない出来事でペーソスが漂う。
それぞれの俳優が主役級の有名俳優をそろえた豪華キャストで、大変ぜいたくな時間だった。
下手の舞台袖の出来事で、本来とは逆に上手の舞台袖に舞台がある設定。舞台の様子は見えないが、適宜音が聞こえてくるし、(役の俳優たちは)こちらから舞台の様子を見ることができる。舞台・映画の「ラヂオの時間」は、本番中のラジオドラマの舞台裏のてんやわんやが見どころだが、本作はその演劇版と言える。映画で主婦作家を演じた鈴木京香が、今回舞台監督を務めているのも楽しめる。
ボリス・ゴドゥノフ<新制作>
新国立劇場
新国立劇場 オペラ劇場(東京都)
2022/11/15 (火) ~ 2022/11/26 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
音楽はロシア民謡を生かした、土俗的で土太い。派手な装飾的オーケストラや、ロマンチックな旋律はない。牛のように押していく音楽。歌わない黙役の息子の女優が一番印象に残る。登場しない場面にも、舞台上手に作った病室内の姿をずっと見えるようにする。その斬新な演出には舌を巻くが、オペラで黙役が一番というのはどんなものだろうか?
守銭奴 ザ・マネー・クレイジー
東京芸術祭
東京芸術劇場 プレイハウス(東京都)
2022/11/23 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
前2作のプレカレーテ演出は斬新でポップで面白かったが、今回は不発。ビニールを使った抽象的で貧乏くさい美術と、大仰な俳優の動きばかりが目立つ。佐々木蔵之介は禿げ上がったかつらに、ぼろを着たさえない老人で、まったく魅力が乏しい。守銭奴アルパゴンはそういう奴だから、と言っても、やはり観客の目を引く色気やオーラがないと、大舞台は持たない。大西礼芳がずっとミニリコーダーをふき、最後はサックスをふくのも、余興を出ない。
建築家とアッシリア皇帝
世田谷パブリックシアター
シアタートラム(東京都)
2022/11/21 (月) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
初日観劇。すごいエキサイティングな芝居で、岡本健一、成河の自由奔放でエネルギーにあふれていた。猥雑にして純粋、聖にして俗、信仰と涜神、愛情と憎悪、等々と言われる戯曲だが、矛盾する要素を様々に読み取ることのできる、万華鏡のよう。古典ともいわれる作品なので、今回は珍しく事前に戯曲を読んでいたが、その戯曲からの予想を2倍も3倍も超えた。岡村健一が黒い女性下着に着替えていくシーンなど、戯曲にあっただろうか? グロテスクで、公序良俗への冒涜ともいえる挑発的な場面がいくつもあった。
次々話が変ってしまう、コントをいくつも繋げたようなつくり(特に1幕)なのだが、それだけではない。2幕は皇帝を被告にした裁判劇。証言者の合間合間に、幕間狂言を入れるよう。そして、最後は書くのがはばかられる展開になる(戯曲読んだのは2か月前なので、実は終わりの方は忘れていた)。
思い煩うことがあって、屈託した気分だったが、この芝居を見て元気が出た。それほど自由で突き抜けた芝居。ごっこ遊び、なりきり、すり替わり、女装、扮装、仮面劇、裁判劇、コント、ユーモア、暴力、殺人、処刑、血と性と食と、そうしたごった煮の生の人生と、演劇の原点のどろどろしたマグマをぶちまけたようだった。オペラ、音響、光、小物、衣装、美術も猥雑かつ大げさでよかった。
事前に戯曲を読んでいくなど頭でっかちの見方だが、私以外も頭でっかちそうな観客が多かった。こんな芝居を見ようというのは、それなりの演劇通であろう。でも素直な笑い声が絶えない。観客も理屈を離れて、感覚で受け止めて、舞台を楽しんでいた。最後列にずらりと立見席もある満員御礼。
2時間50分(休憩15分)と長いが、全然飽きない。
しびれ雲【11月6日~11月12日昼公演中止】
キューブ
本多劇場(東京都)
2022/11/06 (日) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
よくできた家庭劇、ホームコメディである。ケラが得意のブラックな悪意やオカルト的要素を封印して、正攻法のリアリズムで、善意の人々の何気ない話を作って、見事に成功させた。チェーホフ劇の演出もずば抜けていたから、当然だ。記憶喪失の青年(井上芳雄)とか、木魚もお経も置いて突然駆け落ちする坊さんとか、ちょっと変な設定はそれくらい。舅(石住昭彦)の、すし屋になったり、突然席を立って行ったりの、変なぼけ方もある。
3時間半(15分休憩込み)と、長い芝居だがまったくあきない。大きな話やテーマはないのだが、あえていえば3つの話がつづれ織りのようになっている。未亡人波子(緒川たまき)をめぐる亡夫の実家の茶の間の出来事、と娘富子(21歳、富田望生)の縁談。ここはまさに小津安二郎的。波子(40歳)に舅姑が「あんたはまだ若い。再婚して、幸せになってほしい」と手をつくのは、「東京物語」の三男の嫁の話がダブる。本家の息子(26歳、森隼人)の発見が、ちょっとしたざわつきを起こす。
波子の妹・千夏(ともさかりえ)と夫(萩原聖人)の夫婦喧嘩。弁当をめぐる小さないさかいがどんどん悪化して、離婚しそうになる。これが深刻だけど実は一番のコメディーで、近所の妹のやよい(清水葉月)が絡んでの綱引きは絶妙。素直になれない男と女、あるいは空気の読めない男が相手を怒らせてしまうドタバタは非常に楽しかった。
三つめは記憶喪失のフジオ(不死身の男、と波子が名付けた)をめぐる話。自分が何者かはあまりこだわっていないで、文次と千夏の仲裁に汗をかく好人物である。
菅原永二が文吉の友人と、坊さんの二役。どちらも話に混ざれず置いてけぼりにされる役だが、特に坊さんにコミカルな味があった。ケーキ屋(三宅弘城)、藪医者(実は名医?、松尾諭)、バー経営者(尾方宜久)も、くすぐり笑いをうまく醸していた。
「キネマの天地」と同じ梟島の設定。場所と梟島言葉だけで、話に関連性はない。梟島言葉はケラの作った人工方言である。「……しくさってください」などと、「…しくさる」を丁寧語に使うチグハグ感が何とも言えない。嘘も徹底すれば本当になるというように、本当の方言のように聞こえてくる。「ごめんなちゃい」を聞きながら、井上ひさしの「父と暮せば」のラストの一言「ありがとありました」を想い出した。
歌わせたい男たち【11月26日夜~12月3日公演中止】
ニ兎社
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2022/11/18 (金) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
戯曲では読んでいたが、舞台は初見。素晴らしいの一言。笑いにくるんで教育現場への「国旗・国歌」押しつけを批判する。笑えて笑えて、その上で現実にこれが起きていると思うと悲しい芝居だった。最初、元シャンソン歌手のミチル(キムラ緑子)は服を洗濯中で、布団にくるまって出てくる。服が乾いて着替えると、方もあらわなシックなイブニングドレス。このドキドキさせる衣装効果は戯曲ではわからない。
「がちがちの左翼」(本人は軟弱左翼のつもり)の拝島(山中崇)が、校長(相島一之)と片桐(大窪人衛)に「歌ってくれ」「立ってくれ」「そうしないと、大変なことに」と問い詰められと、突然シャンソンをうたいだす。このずれ、はぐらかしが笑える。非条理な状況にピッタリの飛躍した抵抗だった。最初は「暗い日曜日」。そして「パダンパダン」。最後の「聞かせてよ愛の言葉を」も含めて、YouTubeで検索してしまった。
コンタクトをなくしたミチルが「職を失いたくない」と、拝島に眼鏡を貸してくれと迫る。不意を突いたり、無理やりとろうとしたり、切羽詰まっての実力行使が面白かった。そこまで追いつめられるということが悲しいのではあるが、それだけにおかしみがいや増した。
〈国家・国旗に起立斉唱しても、それが嫌だという気持ちは罰せられないし、持ち続けられるから「内心の自由」は守られている。行動で表すのは「外心」〉という論理は、一見もっともらしい。それもそのはず、最高裁の判決で言っているそうだ。国家・国旗押し付けの屁理屈もここまで来ていたか。有料パンフの資料によれば、最高裁ではこれに反対意見を付けた裁判官も一人いた。
舞台上の時計がきちんと動いていて、まさにリアルタイム演劇だ。8時5分前から始まって、10時の卒業式開始に向けて、1時間45分の芝居。黒板の日付は「二〇〇八年三月〇日」とある。初演が二〇〇五年、再演が二〇〇八年だった。今回、二〇二二年などにしなかったわけは、いまは反対派教師を式場外の雑用係にするなど(この舞台でも校長が拝島を駐車場係にしようとする)、事前に対策をとるなどして、状況が変わったからだそうだ。有料パンフの資料や対談、寄稿も充実していた。
吾輩は漱石である
こまつ座
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2022/11/12 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
井上ひさしには珍しい失敗作。そこは井上ひさし、転んでもただでは起きない。シェイクスピアもいうように、どんなだめな芝居にも何かいいところがある。例えば扇田昭彦は「笑いがない」と書いているけど、舞台で俳優が演じると、ちょっとした所作ややり取りで笑いが起きる。鏡子夫人(賀来千香子)が、察しの悪い朝日記者(木津誠之)に嫌味を言ったり、夢の中のインテリたちが華厳の滝からの投身自殺を巡って哲学的に論じたり。一番は、ニセ校長役の賀来千香子が見せる文明開化の歩き方。左足、右足を新旧、西洋・日本、洋才・和魂と、びっこを引いてみせるギャグは、戯曲の文字面だけではわからない。日本の外発的な開化をユーモラスに身体で表現したものだった。
『錆色の木馬』
劇壇ガルバ
SCOOL(東京都)
2022/11/13 (日) ~ 2022/11/20 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
山崎一演じる老人が誰なのか、この部屋はどこなのか。観客も一緒にわからなくなってくるような芝居だった。しかし、最後はリア王の名セリフが痛いように刺さってくる。「生まれたばかりの赤ん坊がなぜ泣くか知っているか。この阿呆どもの舞台に引き出されたのが悲しいからさ」。
最初、老人が別の人(観客には見えない)に話しかけてる。無くしものを探している。見えない人が出ていったと思うと、若い演出助手が入ってきて、「開演前です。リア王できますか」という。老人は身に覚えがないらしい。それどころか、実は最初にいたと思っていた相手は、老人の見た幻らしい。認知症なのだ。すると今度は別の中年男(大石継太)が、「お父さん、ここは僕の部屋です。お父さんの部屋は向こうです」と。すると、老人はむすこに向かって、リア王のセリフを澱みなく語り出す。息子もケイト伯になって受ける。細かいところは矛盾したままだが、それでも、大筋はだんだんわかってくる。そして、認知症らしい老人は、昔、体に染み込んだリア王のセリフが溢れ出してくる。
山崎一の括弧付きリア王の迫力はすごかった。80分
藤原さんのドライブ
燐光群
座・高円寺1(東京都)
2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
燐光群が最近続けている「記録劇?」と、物語性のある演劇の中間を行くような芝居。朝ドラ準レギュラー?の円成寺あやの知的な舞台回しが、誤れるハンセン病回復者隔離政策の過去にタイムトラベルさせてくれる。特効薬ができてハンセン病は治り、社会復帰も可能だった。そのときに自ら療養所に残る選択をした人が多くいたことを捉えているのは、この劇の功績だと思う。
近未来の未知の強力な感染症の感染者が、「名前を選ぶこと」を勧められてから、かつてのハンセン病患者隔離の島に送り込まれる。舞台には5メートルの高さの青い四角い柱が3本立つだけ。裸舞台に近い空間に、藤原さんが運転するスカイラインが現れる。ハンセン病患者の境遇は、既知の範囲で新しい発見に乏しかった。近未来の感染症の話はどうもリアリティーが薄い。休憩なし1時間45分
猫、獅子になる
劇団俳優座
俳優座劇場(東京都)
2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
引きこもりの子が50を過ぎて、親が80になり、自分の死後の子供が心配ー80−50問題が軸。50過ぎた姉が引きこもる原因となった中学時代の演劇に、現在の20代の孫娘の演劇活動がつながる。宮沢賢治の「猫の事務所」に日系ブラジル人へのいじめ問題も重ねるという、重層的な構造の芝居だ。横山拓哉らしい快調でユーモアのある会話のやり取りから、次第に、かつての演劇活動で何があったのか、引きこもりの理由がわかってくる。引きこもるしかない状況に追い込まれた姉が、どうやって外に出るきっかけを掴むのか。こちらの予想の上を行く展開だった。ラストは気持ちのいい解決で、心が暖かくなるいい芝居だった。
いじめを批判したと読める宮沢賢治「猫の事務所」がうまく使われていて、奥行きを増した。私は未読だが、舞台上の説明で、内容はわかった。俳優陣も好演。特に姉を演じた清水直子の中学生ぶりや、やつれた焦燥がよかった。
イヌの仇討
こまつ座
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/11/03 (木) ~ 2022/11/12 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
5年ぶりの東憲司演出版。三田和代の、命より名誉・家名という厳しい女中頭、原田健太郎の庶民的で人のいい盗人がいい。出たり入ったりする坊主の春斎(石原由宇)も、「この隠れ場所は赤穂の家来が教えてくれた」など、素っ頓狂なことを言って笑わせてくれる。愛嬌があるし、外の状況を教えてくれる唯一の存在なので、セリフが多い。何より光るのは大谷亮介。柄が大きく、普通にセリフを言っても大げさに聞こえる人なので、時代劇の殿様にはピッタリ。しかもちょっと情けないから、吉良上野介ははまり役である。
レオポルトシュタット
新国立劇場
新国立劇場 中劇場(東京都)
2022/10/14 (金) ~ 2022/10/31 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ウイーンの成功したユダヤ人である工場主ヘルマン(祖父、浜中文一)を軸に、曾祖母エミリア(那須佐代子)から孫の代(レオ=八頭司悠友、ナータン=田中亨)まで4代の物語。1899年から1955年まで5つの時を描く。家族が多くて(25,6人?)、舞台上だけでは全部を理解できない。最初の一家のパーティーのあたりはあまりなじめないが、ヘルマンの妻でカトリックのグレートル(音月桂)の将校フリッツ(木村了)との不倫、ヘルマンとフリッツの対決・対話の場面は迫力ある(後の重要な伏線になる)
第3場1924年、赤ん坊に割礼をするか否かの騒ぎは面白い。笑いが多い。子どもたちが大人になり、家族の成長を一緒に見守って来たかのような気になる。第4場1938年は、ナチスの迫害により一家離散はつらい場面。医師のエルンストは、ヘルマンに促され、移住に耐えられない認知症の妻を安楽死させる。第5場1955年、孫二人と叔母の三人だけ。迫害を生き延びたナータンと、何も覚えのないイギリス育ちのレオとの対話には、ズレと嫌味もあるが、次第にレオが過去との手掛かりを回復していく。収容所で死んだ一族の名が次々詠みあげられ、粛然とした思いがする。