ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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デンギョー!

デンギョー!

小松台東

三鷹市芸術文化センター 星のホール(東京都)

2024/05/31 (金) ~ 2024/06/09 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

死ぬ程面白い。大傑作だと思う。
セットは庭劇団ペニノの『笑顔の砦』っぽいリアルな作り込み。舞台美術と照明は天才の仕業だ。詰所の窓とアルミサッシの引戸が開かれる度、ふと見える外の光景。まさしく現実世界に続いていく手触り。TRASHMASTERSっぽい人物の偏執的な描き込み。どうしようもなく沈鬱な現実を提示するのかと身構えるが、展開されるのは高度な喜劇。何重にも捻り過ぎて最早哲学的ですらある笑い。平山秀幸監督の『笑う蛙』を観た時のような全く先が読めない不思議な感覚。これ一体どう落とすのか?と思ったら成程!

宮崎県にある宮崎電業。社長が病気で倒れ、社長代理の森が舵を取る。現場を知らない素人の仕切りに電工(電気工事士)達はそっぽを向き、叩き上げの電工から執行部入りした営業部長(瓜生和成氏)は間に挟まれる。更に執行役員として尾方宣久氏が突然の入社。現場主任の五十嵐明氏や松本哲也氏は不信感を募らせる。

太腿のtattooを見せ付ける事務員の平田舞さんはあーりんを思わせるふてぶてしさで貫禄。
しずちゃんとの結婚で注目を集めた佐藤達(とおる)氏は下請け業者を流石の怪演。
いぶし銀の五十嵐明氏は目付きの変化だけで唸らせる。
軽度の知的障害者であろう吉田電話氏も大ハッスル。
電材屋の依田啓嗣(たかし)氏はヴィジュアル系。

MVPは天才・瓜生和成氏。もうこの人にはかなわない。時折ドクター中松にも見える自然な抜けっぷり。凄い技術。時代が時代なら実録ヤクザ映画で引っ張りだこだったろう。

この高度な笑いのテクニック。混ぜ方が巧妙。時折、吹き出すのをこらえる役者達。シリアスな話の中に必ず毒物を混ぜてくる。
こういう作品を観れる幸運。才能が溶岩のように溢れ出している。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

依田啓嗣氏のケンタッキーを早朝に差し入れする力量。宮崎では24時間営業なのか?

タイミングの巧さ。狙いすましたようにカットが切り替わる。
博多華丸・大吉のネタに近い笑い。
ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

ケエツブロウよ-伊藤野枝ただいま帰省中

劇団青年座

紀伊國屋ホール(東京都)

2024/05/24 (金) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

青年団だと思っていたら、青年座だった。(那須凜さんが青年団だと勘違い)。
カイツブリ(=小型の水鳥)のことを、博多の今宿辺りの訛りではケエツブロウと呼んだ。

主演の伊藤野枝役、那須凜さんがノリノリ。第一幕はいつもの顔芸デフォルメ連発で沸かせる。鬘が右にズレているように見えたが、それがデフォらしい。第二幕だとガラッと変わって美人女優の趣き。きっちり演じ分けて見せた。
大杉栄役は松川真也氏。EXILEのMATSUとか石原夜叉坊系の色気のあるワイルド、女にもてないと大杉栄じゃない。
MVPは作品の軸的に主人公である叔父役の横堀悦夫氏。佐藤慶っぽい魅力たっぷり、この人の視座こそが作品を貫かないと物語にならない。
祖母役の土屋美穂子さんも素晴らしい。役者陣は文句なしの力量。遊び人の父役の綱島郷太郎氏は本田博太郎系で和んだ場を作る。

甘粕事件で28歳で惨殺された伊藤野枝、郷里の博多に帰省する12年間をスケッチ。

劇中、娘の魔子がやたら美しいと称賛されるので調べたら、確かに橋本環奈っぽい美人だった。

最前列に全盲の方が座られてバリアフリー日本語音声ガイドを聴きながら鑑賞。どんなふうに感じれるものなのか?

ネタバレBOX

何故かラストは『天国への階段』。

第一幕ではホンは悪くないのだが、演出のテンポが悪くカッタルイ印象。この手の場縛りで数々の傑作をモノにした井上ひさしの才能がよく分かる。キャラの関係性の練り込みが足りない。いろんな小ネタを仕込むべき。(後になって仕掛けに気付くような)。
第二幕でいよいよ待ちに待った大杉栄の登場、これが幼稚なアジテーターでガックリ。(実際の大杉栄も初期衝動の全肯定、自由であることへの偏執的な追求、自分の中のes〈無意識の衝動〉への絶対的忠誠に固執している印象)。皆で踊り出すギャグも空振り。(実はここが今作一番の心臓部だった)。脚本がどうにも転がらない。やたら「後先考えない一瞬の煌めき」を訴える割に、キャラクターからそれを一切感じない。まず観てるこっちを今興奮させてくれ。大杉栄と伊藤野枝に会ってみたかったな、ぐらい思わせてくれ。言ってる内容が空虚で全く乗れない。今の価値観(フェミニズムなど)で彼等を再評価しようとするから文脈がおかしくなる。どうしようもないイカれた情念だけで鮮烈な生涯を叩き付けたシド・アンド・ナンシーで良かった。その烈しさに人は憧れる、みたいな。伊藤野枝ってもっと動物的だったんだと思う。動物であろうとした。全く理解不能な獣の行動の観察日誌じゃないと。古き因習に縛られた田舎の閉鎖的空間から突然変異の異分子が誕生、思想的テロリズムでそれらを全て打破しようとする痛快さ。本来はきっとそんな物語を期待させる。

特にラスト辺りが好きじゃない。主要キャラが皆死んでしまっているので脇キャラの取って付けたような感慨。これじゃ第一幕が生きない。ナレーションの入れ方にも不満。

架空のキャラを創作して実家に置く手もあったと思う。メチャクチャ伊藤野枝的な生き方を軽蔑する家父長制の権化のような女。その女が彼女の惨殺に泣き崩れるラスト。

※大杉栄のアナーキズムとは、政治的思想ではなく自分が希求する生き方のことなのだろう。自身の自由を束縛するものへの抵抗。国家、法律、モラル、ルール、共同体、伝統、義務···。社会主義や共産主義、反体制運動にも同様に組織の束縛が付き物な為、否定。“自由”とは無意識の欲望、衝動であると。芸術家に近い思想。社会運動家として括られた為に虐殺されたが、全く違う文脈の人だと思う。

※大杉栄と伊藤野枝の熱気に当てられて家中の者が釣られて踊り出す。怒り心頭の横堀悦夫氏までが気が付くと踊っている自分に気付いて照れ笑い。ここを巧みに構築できたなら。(二人が亡くなった後に残ったメンバーで踊る場面が必要か?)
デカローグ5・6

デカローグ5・6

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/05/18 (土) ~ 2024/06/02 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

C ⑤  演出:小川絵梨子
『ある殺人に関する物語』
これは『殺人に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画としても公開された。『デカローグ』の中で一番評価の高いエピソード。

孤独な青年(福崎那由他氏)が強盗殺人事件を犯す。被害者となったのは偶然居合わせたカフェで見かけたタクシー運転手(寺十吾氏)。更に死刑制度廃止を訴える、理想に燃える新米弁護士(渋谷謙人氏)も偶然そのカフェに居合わせた。

凄い好きな作品。やはり寺十吾氏が出ているとただのお芝居では済まさないな。性格のひん曲がった嫌なタクシー運転手、でもそこに息をして地に立って暮らしている。女学生を冷やかし、野良犬をからかい、客を嘲笑い、でもたまに子供達に歩行者優先で道を譲ってあげる。「たまには良いこともしとかないと、だろ」。今平の『復讐するは我にあり』なんだよな。生きて在る者をそのままありのままに。肯定も否定もなく、ただそこにあったままを。だからこの嘘話(虚構)が突き刺さる。

C ⑥  演出:上村聡史
『ある愛に関する物語』
これも同じく『愛に関する短いフィルム』のタイトルで長尺に再編集されて映画として公開。ラストを変えていて好みは分かれる。

郵便局で働く孤独な青年(田中亨氏)は女流画家(仙名彩世さん)のストーカー。アパートの中を望遠鏡で覗き、無言電話を掛け、郵便物を盗む。到頭、それがばれる時が来るのだが。

発達障害っぽくもある田中亨氏がまた好演。
仙名彩世さんは小林麻美風で雰囲気がある。
田中亨氏はシリアに行った友人の家に居候しているのだが、友人の母である名越志保さんが重要な役どころ。

観るのならばこの2作がお薦めだろう。
寺十吾氏、内田健介氏なんか脇を固めているだけで豪華。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

⑤何か凄く好き。選択した全てが悪い方悪い方に流れていく無力感。何もかもどうでもよくなってしまい犯罪を犯す。運の悪い弱者が被害者だ、誰だってよかった。どうなったって構わない、死んだっていい。その言葉の通り、吊るされるラスト、恐怖で泣き喚く。どこかで違う選択肢を選べたのだろうか?また別の生き方があり得たのだろうか?
弁護士の設定がペラペラに薄いのが難点だが、妹のエピソードなんかは文学だ。ドフトエフスキー。

⑥ストーカー青年を部屋に連れ込んで誘惑する女。脱ぐ前に射精してしまう青年に宣告する。「これが貴方の言う“愛”の正体よ!」ショックを受けた青年は部屋を飛び出て逃げ帰る。

この辺がぼんやりしてしまっている。女の思惑が曖昧なので何とも消化し辛い。「後は原作の映画やTVドラマで御確認下さい」みたいな。この芝居の中で作家として明確なものがないんじゃないか?何か二次作品を観せられているもやもや感が残る。作家としてこの作品で何を伝えたいのか、作品内で表明して欲しい。「キェシロフスキ、俺ならこうする」みたいな奴が観たかった。凄く語り口が面白かっただけに不満も残る。

※純粋な“愛”の存在を烈しく否定してみせる内実、狂おしいほどそれに渇望している女。病的なまでに純粋だった青年の瞳は最早あの日のように澄んではいないラスト。
団地ング・ヒーロー

団地ング・ヒーロー

コケズンバ

サンモールスタジオ(東京都)

2024/05/21 (火) ~ 2024/05/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

「虎穴に入らずんば虎子を得ず」、略して「コケズンバ」。「東京AZARASHI団」内のおっさん4人組ユニット的な立ち位置で旗揚げ初日。脚本・演出の穴吹一朗氏、声優としても活躍中の魚建氏、怪異物蒐集家でもある渡辺シヴヲ氏、この中じゃ若手の迫田圭司氏。
これが前説の穴吹一朗氏の謝罪から幕を開ける。理由はぼかしたが渡辺シヴヲ氏が今日は出演出来ず、急遽代役として飯島タク氏が演ることに。前日要請を受けた飯島タク氏はスマホで台本をチラ見しながらこの修羅場を力技でこなす。小泉純一郎だったなら「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」と言うところ。役者それぞれ複雑な心境だったろうが、公演は素晴らしいものになった。

MVPは横山胡桃さん。今井未定さんっぽくもあり、今作の重要な役どころ。北原芽依さんとの互いに涙の修羅場シーンは必見。
北原芽依さんはヴィジュアル・クイーンの風格。大塚寧々を彷彿とさせる透明感と坂道にいそうな華。複雑な内面の辛い役を見事に演じ切った。
勿論、空みれいさんも素晴らしかった。
主演の魚建氏はそこにいるだけで味がある。服を着替えるだけのシーンで間が持つ力。

『オールド・ボーイ』の骨格に『アンブレイカブル』のスパイス。
変身出来なくなったスーパー・ヒーロー、「スーパー・グレート・フラッシュ」(魚建氏)は60を過ぎ、団地の管理人をしている。その団地に引っ越して来た女(横山胡桃さん)には果たさねばならぬ目的があった。

テイストはおっさん喜劇なのだが、シリアス・パートがかなり深い。クライマックスの女優3人の遣り取りは客席を唸らせる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

「自分の心を救えるのは自分自身だけ」というメッセージが確かに伝わった。

※中学時代の虐めの復讐の為、北原芽依さんを追って引っ越して来た横山胡桃さん。彼女を殺して自分も死ぬ腹づもり。そこに割って入るのが自身も虐められた経験を持つ空みれいさん。今は大学で臨床心理学を学び、心の苦しみや悩みの回復法について学んでいる。「復讐しても心は晴れない。それよりも自分の心を救う方法を模索して!」大事なのは自分の心の救い方。そしてそれができるのは何処かの誰かではなく、自分自身だけだということ。それを聞いていた魚建氏も目が覚める。スーパー・ヒーローの存在意義を見いだせず、腐り果てていた日々。全ては自分の心次第だったこと。

迫田圭司氏の役が判り辛い。実の正体は悪の宇宙人的ヴィランを匂わせているのだが、ちょっとややこしい。(横山胡桃さんの背後に立つ伏線など)。
親の顔が見たい

親の顔が見たい

diamond-Z

日本橋公会堂ホール「日本橋劇場」(東京都)

2024/05/16 (木) ~ 2024/05/18 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

由緒ある私立のカトリック系女子中学校。まあ中高大一貫校なのだろう。早朝、中2の女子生徒が教室で首を吊っている。見つけた担任女教師(黒田玲子さん)が蘇生措置を行なうが間に合わず。彼女宛の遺書が遺されており、中には虐めの告発があった。5人の名前。
放課後、5人の保護者が学校に呼び出される。この事件をどう処理するものか、教師と保護者の緊急会議。

想像通りの気の滅入る話。梶原一騎ならば『人間の性、その実、悪なり!』と断じたであろう。何の救いもない。ただ虐められて惨めに自殺した娘が一人いただけのよくある話。ただ、そこに追いやった者の一人が自分の子供だった。

長崎りえさんと宮下正伸氏のヒール合戦なんか見どころあった。理論武装した屑みたいな言論。

広い会場にした為、客席はガラガラに見える。勿体無い。良い戯曲なので時間あれば一度は観るべき。

ネタバレBOX

『全員、悪人』で良かった気も。教師達がまとも過ぎる。己の保身と自己正当化で隠蔽側に回る方がリアル。事を荒立てないで、「虐めなんかなかった」、「万が一あったとしても教師側に落ち度はない」の逃げ口上が現実的。被害者の母親(岡田節子さん)とバイト先の店長(河波哲平氏)の怒りだけが虚しく空を切るような。

作品の物足りなさは演出に何か仕掛けがいるような気がする。それこそ舞台美術を『イノセント・ピープル』のような荒廃した廃墟にするだとか。話が進むにつれて世界が腐り落ちていくような。
一人、ずっと泣いているだけで何も語らない人物なんか欲しかった。(被害者に対してではなく、とんだ事件に巻き込まれた可哀想な母親な自分の立場に泣いている)。

トーン・ポリシングばっかりの糞みたいな言論状況。「つばさの党」みたいな世の中。屑が足を引っ張って全てを糞味噌に落とし込む。一億総カンダタか?いや、自分等が糞なだけで良いものはきっとある。価値のあるものはきっとある。人の振り見て我が振り直せ。屑共と共犯関係になるな。

透き通った心は歳と共に消えて失くなり
残酷な出来事に感覚が鈍り始めて
歪んだこの世界に染まっちまったらオシマイだぜ
『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『阿房列車』

1991年初演、『思い出せない夢のいくつか』(1994年初演)と同じ会話があったがこっちが先だった。オチのない話を皆で回す『すべらなくもない話』。何か落語っぽいよね。主演の中藤奨(なかとうしょう)氏の喋り方が太田光みたいで、笑いのない漫談を聴いている感じ。掛けっ放しの深夜ラジオを何となく聴いているような。
奥さん役のたむらみずほさんが流石だった。会話の何気ない一言に急に大声を上げてブチ切れるツッコミが客席を沸かす。
何気なく席についた田崎小春さんは話好きの夫婦に延々と捕まってしまう災難。

ネタバレBOX

見た目は老夫婦にした方が味があったと思う。
「何だかよく分からないが、でもこれが人生」みたいな感慨を狙った作品なのだろう。
まるで同一人物が二人いるような田崎小春さんのネタだけが特殊な仕掛け。

「噛むのは本能、飲み込むのは迷信」とか何かよく分からない平田オリザ節連発。生と死だとか日常と非日常だとか、まあよく分からない。作品の狙いは何となく判るのだが、もっとガチガチに面白くしてもいいのではないか?笑いで会場をうねらせても最後の余韻まで辿り着くと思う。ガラガラの名画座で老人と並んで観るような作品も悪くはないのだが。
『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

『阿房列車』『思い出せない夢のいくつか』

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/15 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『思い出せない夢のいくつか』

どさ回りの落ち目の歌手(兵藤公美さん)が列車に乗っての地方巡業。かつては一斉を風靡したこともあり、それに憧れた歌手志望の少女が今は付き人(南風盛〈はえもり〉もえさん)に。長い付き合いの裏も表も知るベテラン・マネージャー(大竹直〈ただし〉氏)。

兵藤公美さんは室井滋っぽい。会話の雰囲気が小林幸子を思わせる。結婚離婚のエピソードは大原麗子を連想。カンパニーデラシネラ、『気配』で主人公の奥さん役だった。

舞台美術が凄い出来。撒かれた白と灰色の砂利、敷かれた線路、昭和初期の木製の客車。車輪に見立てたバーベルが前後に転がっている。星座早見盤を取り出す南風盛もえさん。三人は蜜柑や林檎を食べながら窓の外の星を探す。煙草を吸いに行ったりジュースを買いに行ったり。

ネタバレBOX

『銀河鉄道の夜』の同人みたいな作品。沈黙の三角関係を深読みする人もいるが、どうもそんな風には受け止められない。足りない話を宮沢賢治の匂いで補完した感じ。

自分的には物足りない。手が合わないのか、この配分が気に食わないのか。『銀河鉄道の夜』のコロンがないと、とても観ていられない薄さ。深読みする程、興味が持てない。

ただ、夢のシーンが秀逸。このワンシーンだけで今作を忘れることはないだろう。

ジュースを買いに行かされる南風盛さん。なかなか帰って来ない。歌手もマネージャーも寝てしまう。すると、客席後ろの通路を通って南風盛さんが現れる。歌っているのは間延びした「星めぐりの歌」。二人に林檎を置いて去って行く。呆然と眺める兵動さん。しばらくして南風盛さんが本当に帰って来る。「あんた、死んだのかと思った!」「死んだのは私の方か?」
エアスイミング

エアスイミング

ZASSOBU

小劇場 楽園(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

これは凄い。精神病院版『ショーシャンクの空に』。作者の言わんとしていることがハッキリと伝わった。演出もシンプルで的確。『Fly Me to the Moon』が耳に残る。

1924年、聖ディンプナ精神病院に収容されたペルセポネー・ベイカー(江間直子さん)、一日一時間だけ共同作業として他の収容者と掃除をさせられる。階段か風呂場。2年前からここにいるドーラ・キットソン(樋口泰子さん)が仕事を教えてくれる。上流階級のお嬢様で、すぐにここから出られると信じているペルセポネー。延々と続く日々の中、ドーラがあの手この手で励ましてくれる。

金髪のウィッグを被ったポルフ(江間直子さん)と魔術の本を読み耽るドルフ(樋口泰子さん)。映画スター、ドリス・デイに憧れて歌い踊るポルフ。男性以上に戦場で活躍した歴代の女傑の素晴らしさを語り続けるドルフ。別人格を演じることで鬱屈した精神を解放させる試み。

この二組の物語が交互に続いていく。モデルになった女性達と同様、50年以上も。

江間直子さんは原田美枝子っぽい物静かな感じで登場するが、ポルフになった途端、豹変して狂い咲く。その躁状態の爆発ぶりはアミダばばあすら連想した。そして歌がメチャクチャ上手い。マジで歌手レベル。度肝を抜かれた。

樋口泰子さんはどことなく香坂みゆきっぽい。この人の受けの芝居が重要で、じっと江間直子さんを補佐する。ドルフになっても変わらず抑えたままで、ペルセポネーとポルフの変化を際立たせることに徹する。このおかげでクライマックスの爆発がドーンと跳ね上がる。

驚く程、良い出来。是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

聖ディンプナは7世紀、アイルランドの王女。父王からの近親相姦を拒み、逃げたベルギーのヘールにて処刑された。その地にて精神障害者が治癒されるという奇跡が起こり、キリスト教徒が巡礼に訪れるようになる。今も精神疾患を持つ人々が地元住民の家で一緒に暮らす治療法が行われている。

ギリシア神話に登場する美しい娘、ペルセポネー。それを見初めた冥界の王、ハデスに拐われて冥府へと。大地と豊穣の女神である母デメテルは怒り大地に実りをもたらすことをやめた為、飢饉が起きる。それに困ったゼウスが介入し、ペルセポネーの一年の半分を冥府、半分を地上で暮らすようにした。デメテルは娘が地上にいる時だけ実りをもたらすことにした為、世界に四季が訪れた。

ポルフがドルフの足を洗ってあげるシーンが堪らなく美しい。自分的にはここで満足。その後の浴槽に顔を突っ込んで自殺しようとする話などはあんまり入って来なかった。(元々『ショーシャンクの空に』もそんなに好きじゃない)。

人生は監禁された精神病院の中、絶望して自殺したとしても目覚めた先はまたここ。死のうが生きようがこの灰色のコンクリートの中、尊厳も自由もはなから何もない。だったら唯一の武器、妄想で楽しくやろう。この下らない世界を想像力で謳歌しろ。この空気の海で溺れ死ぬことはない。気楽に泳いで楽しくやろう。終着駅が絶望だと知っていても構うことはない。
「絶望という名の地下鉄に乗り込んで、鼻唄まじりで行くぜこの世界を」
『雲を掴む』東京公演

『雲を掴む』東京公演

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2024/05/08 (水) ~ 2024/05/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

レビー小体型認知症を患い、リアルな幻視と暮らすウォリス(山村崇子さん)。1984年、診察に来た医師や看護士がその話を聞いてあげている。

個人的に一番面白かったのはアフタートークで工藤千夏さんが語った、「昨年公演した『千里眼』のDVD、まだ1枚しか売れていません」だった。

ネタバレBOX

1931年、英国で王太子エドワード・デイヴィッド(桂憲一氏)と出会った既婚のアメリカ人女性、ウォリス・シンプソン。惹かれ合った二人は不倫関係となる。
1936年、デイヴィッドはエドワード8世として王位を継承し、ウォリスは離婚裁判に勝訴、晴れて結婚しようとするも様々な反対に遭う。(イングランド国教会は離婚者の元配偶者が存命の場合、再婚を認めなかった)。到頭彼女と結婚する為に国王を退位した。(その後、公的にはウィンザー公爵と呼ばれる)。
1937年、フランスで挙式しパリ(ブローニュの森のはずれにあるヴィラ・ウィンザー)で暮らす二人をアドルフ・ヒトラー(大井靖彦氏)がドイツに招待。熱狂的な歓迎を受けて気を良くした二人はナチス擁護の発言を繰り返す。ヒトラーは英国を占領した後の傀儡政権としてデイヴィッドを国王に任命することまで決めていた。
1945年5月、アメリカ軍が手中に収めたナチス・ドイツの機密文書「マールブルク・ファイル」。その中に収められていた「ウィンザー・ファイル」が1957年に公開される。デイヴィッドは「ユダヤ人陰謀論」を信じ、英独が開戦しても秘密裏にナチスと連絡を取り合っていたこと。ロンドンが空襲に遭っている中、「これを続けることこそが和平への最短の道」だと助言したこと等が暴かれる。
1972年5月28日、デイヴィッド死去。
1986年4月24日、ウォリス死去。

1936年、アドリア海のヨットクルーズにてダイアナ・クーパー(山藤貴子さん)夫妻、デイヴィッド夫妻が共に過ごすシーンもある。

アドルフ・ヒトラーの亡霊を演ずる大井靖彦氏がMVP。妙に艶めかしい潤んだ瞳。

20世紀最大のスターはヒトラーだと自分は思っている。映画小説漫画、どれだけ影響を及ぼしたことか。今作ラストでイスラエルのガザ地区におけるホロコーストに触れられるが、そもそもそこに話をフォーカスして作劇すべき。ホロコーストから生き延びたユダヤ人が創った国がホロコーストを行なうユダヤジョーク。あの世でヒトラーも大受け。これをエドワード8世ネタと繋げるには無理がある。劇団印象の『犬と独裁者』のように、永遠に繰り返される人間の業にクローズ・アップするべき。
ルードウィヒ・B

ルードウィヒ・B

プロデュースNOTE/アーツイノベーター・ジャパン

東京オペラシティ・コンサートホール:タケミツメモリアル(東京都)

2024/05/07 (火) ~ 2024/05/07 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

歌劇『フィデリオ』序曲
『ミサ・ソレムニス』
『悲愴』
『月光』
『田園』
『運命』
〈休憩〉
交響曲第九番『歓喜の歌』

岩村力(ちから)氏指揮のオーケストラの演奏の合間に朗読劇のスケッチが入る。
亡き母マリアと亡霊レオノール役に真野響子さん。ベートーヴェンの唯一作ったオペラ、『フィデリオ』。政治犯として監獄の独房に囚われた夫の為、妻レオノーレは男装しフィデリオと名乗り潜入、救出する物語。(レオノールとは多分、男装したレオノーレのことなのだと思うが?)
死者からの呼び掛け。「心で音を聴け」。

ベートーヴェン(田代万里生氏)の死後に発見された「ハイリゲンシュタットの遺書」。1802年、31歳の時に持病の難聴が悪化、高度難聴者となり、自殺を考えて弟達に書いた遺書。(ハイリゲンシュタットは地名)。

同じく死後に発見された、1812年、41歳の時に書かれたが送られることのなかったラブレター。相手は「不滅の恋人」と呼ばれる謎の女性。今作では“ジュリエッタ”の愛称をもつジュリー・グイチャルディ伯爵夫人(Juice=Juiceの井上玲音〈れい〉さん)となっている。(現在ではヨゼフィーネ・ブルンスヴィック説が強い)。

フリードリヒ・フォン・シラーの1785年の詩、『歓喜に寄す』。1792年、22歳のベートーヴェンはいたく感動し、いつか曲をつけようと思い立つ。1815年頃から作曲を開始、1824年に到頭完成。5月7日の初演ではミヒャエル・ウムラウフ(岩村力氏)が正指揮者として立ち、ベートーヴェンは総指揮者の名目で各楽章のテンポを指示した。

シラーの詩にベートーヴェンが「おお友よ、このような旋律ではない!もっと心地よいものを歌おうではないか。もっと喜びに満ち溢れるものを。」の台詞を織り込んだ。不協和音や低弦の旋律に対し、この台詞で否定していく。第1楽章、第2楽章、第3楽章までのメロディーをも否定した上で、到頭「歓喜の歌」のモチーフが現れ、いよいよ肯定される。自らの努力を全て否定した上でやっとこれじゃないか、と思えたメロディー。「歓喜の歌」が始まる。

指揮者の岩村力氏が唐突に振り向いて台詞を言うシーンに驚く。しかもやたら巧い。

ネタバレBOX

胃癌で亡くなった手塚治虫。連載中未完に終わった『ネオ・ファウスト』、『グリンゴ』、そして『ルードウィヒ・B』。今作のタイトルもそこから来ているのだろう。

「歓喜の歌」とは、死への歓喜なのではないか?自分が課せられた役目を果たし終え、やっと死ぬことが許される解放感。“死”という自由への歓喜。エヴァンゲリオンでの使い方が正解だと思う。

音が悪く感じてショック。東京文化会館や浜離宮朝日ホール、サントリーホールと比べると雲泥の差。たまたま自分の席の位置が悪かったのかも知れないが。
ドラマ部分がイマイチで勿体ない。曲をバックに喋るので台詞も聴き取りにくい。それこそ、重要な台詞はスクリーンに映して欲しかった。
パレードを待ちながら

パレードを待ちながら

劇団未来

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/05/03 (金) ~ 2024/05/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

初見の戯曲、何かよく演ってるなと思う程、耳にする演目。舞台はカナダ西部の大都市カルガリー、アメリカ・モンタナ州の国境までは南に車で3時間。カナダは1939年にナチス・ドイツに宣戦布告。連合国に加わり、欧州戦線に参戦。ノルマンディー上陸作戦(連合軍勝利を決定付けたもの)はアメリカ、イギリス、カナダで行なっている。
この物語は第二次世界大戦参戦の1939年から終戦の1945年までの銃後の女の物語。
タイトルの意味は戦勝パレードで、戦地から帰国した家族達を迎える日のことだろう。

この劇団、最大の強みがガチガチの関西弁。余りに捲し立てるので時代設定を日本の近未来に移したのか?と勘ぐる程。(実はそっちの方が観たかった)。痛快な関西弁の遣り取りが心地良い。この路線は正解だと思う。どんな高尚な戯曲でも関西弁化すると作家の意図しない新しい魅力が生まれる。

池田佳菜子さんはやたら長身。ピアノが上手い。夫はラジオのニュース・キャスター。夫の兵役免除の負い目を払拭する為、カナダ版「国防婦人会」の班長として人一倍張り切る。少しヒール的立ち位置。
肉戸恵美さんは高橋ひとみ顔。夫は志願兵として出征。社交的で付き合いが広い。色気ムンムン。
三原和枝さんは早くに夫を失くし、長男が志願兵に。次男は共産党員で「戦争反対」を訴える。教会で神に祈り続ける毎日。
前田都貴子さんは高校教師、年の離れた夫は軍国主義の愛国者で毎日喧嘩ばかり。生徒達が戦場に向かうことを怖れる。
北条あすかさんはその態度のふてぶてしさとべしゃりの達者さが上沼恵美子の若い頃を思わせる。ドイツからの移民で、父親とテーラーを営む。スパイ容疑をかけられた父親は収容所へ。街中から敵視され、迫害を受けることに。

皆、歌が上手い。歌のシーンになるとパッと盛り上がる。ある曲に聞き覚えがあり、考えていたら『夢の泪』の募金活動のシーンで歌っていた奴だった。
ストッキングの模様を脚に眉墨で描いたり、その意図がよく判らないシーンもある。
士気高揚の為の娯楽の提供、という日本では考えられない女性達の任務。ダンス・バーティーや歌の練習なんて。
当時のカナダの流行曲を使い、時代の空気を体感させる。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

冒頭のシーンが非常に良かった。椅子に座った4人の女、池田佳菜子さんが一人ずつダンスに誘う。踊ったものの脚がもつれて転んだり、断ったり、そもそも誘わなかったり。この5人の関係性を視覚化したのだろう。ラストにこれがもう一度入るのがまた良い。実はこういうオリジナルの部分でもっと演った方が正解だったのでは?
役者は最高だが、自分はこの戯曲が余り好きではないのだろう。

結構居眠り客がいた。多分失敗したのが会場の温度設定。前説の時、寒いということで設定を上げてしまった。始まると熱気で室温が上がるもので、第一幕ではもわっとした空調。第二幕では下げたので快適。

関西弁による異化効果の面白さ。筒井康隆に『火星のツァラトゥストラ』という名作がある。当時『ツァラトゥストラはかく語りき』の新訳版が出版、タイトルが『ツァラトゥストラはこう語った』だったことに受けた筒井康隆が徹底してツァラトゥストラをネタにしたもの。一躍時代のスターに躍り出たツァラトゥストラだったが、段々と人気に陰りが出て主演映画の質も下がっていく。『ツァラトゥストラだヨおっ母さん』『ツァラトゥストラはつらいよ』『ゴジラ・エビラ・ツァラトゥストラ 南海の大決闘』などなど。
『法螺貝吹いたら川を渡れ』東京公演

『法螺貝吹いたら川を渡れ』東京公演

渡辺源四郎商店

ザ・スズナリ(東京都)

2024/05/03 (金) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

田町駅での安全確認で突然電車が線路でストップ。やっと動いて降りられたが、乗り換えの電車が全く来ない。運良く何とかギリギリ間に合った。
ここ最近、凄え作品ばっか観ている感じ、何か申し訳ない。金を払えば良いものが観れる訳でもないのに。
舞台前に立っているインディー・レスラーみたいなゴツイ人が作・演出の畑澤聖悟氏だった。(絆會・織田絆誠っぽくもある)。

主演の三上陽永氏がハマり役。
ヒロインの木村慧さんは福原愛に似た美人。
山上由美子さんも重要なパーツを担う。
アイヌ娘の三津谷友香さん。
工藤良平氏は石破茂似。
音喜多咲子さんは子供役で見事。
ドラムの白石恭也氏は猿岩石の森脇っぽい。硬質な音が効いている。
ギターの高坂明生氏、パール・ジャムの曲のフレーズを入れたり、なかなかやるな。

16世紀安土桃山時代、南部氏が治めていた現在の青森県と岩手県の北部。1571年、家臣の津軽氏が謀反を起こし、強引に独立を果たした。(現在の青森県西部)。
江戸時代になり南部藩、津軽藩となっても諍いは続く。1714年、藩境を巡っての烏帽子岳での紛争は幕府の調停が入るものの遺恨を残した。(『檜山騒動』)。
1821年、津軽藩主を暗殺しようと大名行列襲撃を企んだ南部藩の相馬大作が死刑になっている。(『相馬大作事件』)。

時代は明治元年、新政府軍と旧幕府軍の戦闘は北へ向かう。
川を挟んで何百年も憎しみ合う津軽と南部。だがこの村の者達は皆マタギ(東北地方の山間に暮らす狩人)。山の神を信仰し、熊(いたず)を化身と考える。何とか殺し合わずに済む方法を模索する。

客席でガチガチに入り込んでいる女性がいて、相槌を打ったり悲鳴を上げたり、心配になる程、物語にのめり込んでいた。これはそんな凄え舞台だってこと。
MVPは木村慧さん。ラスト・シーンは詩だ。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

明治元年となった1868年、戊辰戦争(新政府軍と幕府軍による内戦)ではどちらも幕府軍として戦ったが、津軽藩が新政府軍に寝返る。その後、南部藩も降伏。津軽藩は官軍としての実績を作る為にどさくさに紛れて南部藩の領地・野辺地馬門村に侵攻、放火。局地戦となる。(『野辺地(のへじ)戦争』)。

分かっていてもラストのエピローグが完璧。吹雪く雪山、熊と人としての再会。最後の台詞。完璧だ。(台詞の意味は全く解らないが、それでも構わない)。

三好十郎の『斬られの仙太』や桟敷童子の『空ヲ喰ラウ』、岡本喜八の『赤毛』なんかもイメージした。筒井康隆の『旅のラゴス』のラストも。
ほぼ実話ベースなのが衝撃的。
フィクショナル香港IBM

フィクショナル香港IBM

やみ・あがりシアター

北とぴあ ペガサスホール(東京都)

2024/05/01 (水) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『濫吹』効果なのか?熱気ムンムン超満員。超人気劇団になっていた。浴衣姿の平体まひろさんが観劇に来られていたが、違っていたらごめんなさい。

作家・笠浦静花さんの見ている先がヤバイ。早急に何かしらの賞を捧げないと世間的には不味いだろう。演劇だ小説だ音楽だ映画だジャンルを分けて与太っている場合じゃない。人に何かを伝えようとする行為の話だ。人々は相変わらず金稼ぎにしか価値を見い出せないだろうが、もうそんな悠長な時代でもないんだ。終わりは近い。

ヒロイン、加藤睦望さんが可愛かった。下着姿までサービス。自分は普通に彼女のファンであることを自覚した。
彼氏の森田亘氏、ハナコの秋山寛貴っぽくもある能天気な善人。聞かれるとすぐに何でもベラベラ反射的に答えてしまう。思慮深さゼロが良くも悪くもある。

1988年5月に公開された映画、『フィクショナル香港IBM』、初デートで観に行く二人。下見がてら先に一回観て来た森田亘氏は、冒頭から展開からオチまで加藤睦望さんに事細かく説明してしまう。「凄い面白いですよ。」「何でそれを言うの?」
能天気な男にキレて何度も別れを告げることに。

その映画のストーリーは、2088年の未来、仮想空間に再現されたかつての香港が舞台。脳に電極を刺し、それにログインした作家(奥山樹生氏)は管理責任者(小林義典氏)から宣伝用ルポルタージュの執筆を依頼される。その街をぶらついていると、饅頭を配る綺麗な女(梶川七海さん)に一目惚れ。彼女こそ自分の作品の主人公にふさわしいと追い掛ける。

口をパクパクさせ唾を吐く赤ん坊、さんなぎさんが魅力的。役者の調理法が抜群。
小林義典氏は八嶋智人や浅越ゴエっぽくて漫画キャラのよう。

これぞ演劇の恐ろしさ、代替不可能な世界。キャラが次々に入れ替わっていくスピードは押井守や今敏の作風。筒井康隆的躁病患者の疾走。
上演台本をXで完全ネタバレ公開中!狂っている。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

中盤まで今年最高の作品、ウォン・カーウァイの『楽園の瑕』を観ていた時の気分。とんでもないものを体験している興奮。だが中盤のヤマダ(二宮正晃氏)登場辺りから徐々に沈滞ムード。(スローな喋りネタが退屈でもう少し捻った方が···)。後半の丁寧な作品説明は誠実だが蛇足気味。何か勿体ない。とは言え、もう一度観たい作品で日程を確認したがどうしても無理だった。前半の感覚は完璧、こんな気分を味わえるなんて。天才の仕事に心からリスペクト。まだ観れる人が羨ましい。仮想空間でずっとループし続ける『恋する惑星』を体験させられている気分。
なかなか失われない30年

なかなか失われない30年

Aga-risk Entertainment

新宿シアタートップス(東京都)

2024/04/27 (土) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

去年惜しまれつつ閉館した小劇場シアター・ミラクルがあったのは新宿歌舞伎町のカイダ第3ジャストビル4階。今作はそこをカワダビル4階と変えた。2024年4月30日、ビルを相続した男(伊藤圭太氏)が売却の手続きをする為、不動産屋を待っている。数十年、このビルの電気設備管理を担当してきた淺越岳人(あさこしたけと)氏が点検に来る。一度ブレーカーを落としたところ、部屋が暗転と共に時空間の混線に巻き込まれ、過去のその部屋の時空と重なり合ってしまうハプニングが。全く訳が判らないまま、伊藤圭太氏と淺越岳人氏はこのSF的難問にどうにか対処しなければならない。果たして不動産屋が来る2時間後までにこのトラブルを解決できるのか?

MVPは北川竜二氏。この人のキャラ設定、台詞が最高。
雛形羽衣(うい)さんも可愛かった。
榎並夕起さんの長い美脚、鹿島ゆきこさん、兼行凜さんと脚でキャスティングしてるのか?と勘ぐる程。
江益凛(えますりん)さんは相変わらず華がある。

次の冨坂友作品は2024年7月三越劇場の『逃奔政走-嘘つきは政治家のはじまり?-』。主演鈴木保奈美さんでチケットは一万円と強気。しかも今から手配しないと即完売っぽい雰囲気。
どちらも是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

時間SFの最高峰は広瀬正であり、『マイナス・ゼロ』である。ロバート・A・ハインラインの『時の門』と『輪廻の蛇』も勿論リスペクトした上で。

今作は『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』を意識している感じ。北川竜二氏演ずるヤクザの親分がアーサー・C・クラークを敬愛し、SFというジャンルに心から敬意を抱いていることがとても嬉しい。

ヤクザと風俗嬢はこの手の話の鉄板として、まさに手札であろう小劇場劇団ネタが弱かった。ここはもっとドギツく掘って爆笑させるべきポイント。自虐と自嘲でここにしかない笑いが作れた筈。
銀河鉄道の夜

銀河鉄道の夜

青年団

こまばアゴラ劇場(東京都)

2024/04/25 (木) ~ 2024/04/29 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈チーム蠍座〉
平田オリザ流『銀河鉄道の夜』論な部分が非常に面白かった。確かにカンパネルラはそんなに良い奴でもないな。貧乏で虐められているジョバンニに唯一優しく接してくれるだけ。虐めっ子グループのザネリとも仲良いし、最期はそのザネリを救けて溺れ死ぬ。自分の中の正しさに殉じて死んでいく少年。理想の友達みたいに思っていたが、何かを背負わされている可哀想な子に見えた。自分の判断ではなく、常に何か誰かの評価を気にした行動。死にたかったのか?

ジョバンニ役菊池佳南さんは顔立ちがキムタクに似ている。5人で一時間で『銀河鉄道の夜』をこなすという荒技。取り憑かれたように何役もこなす、たむらみずほさんがMVP。狂気すら感じた。一番、判り易いタイタニック号ネタを切るとは驚いた。何を切って何を残すのか、が面白い。原作についても考えさせられる。後ろのスクリーンに投影されるアニメが良い出来。3時間ぐらいのもうこれ以上はない『銀河鉄道の夜』なんかも創って欲しい。

ネタバレBOX

『銀河鉄道』とは、理想を追い求める人々の精神の世界である。人々はそれぞれに目的地、到着駅を定める。最高の価値観は『宗教』だったり『自己犠牲』だったり、鳥捕りのようにそれを商品化して売り捌く奴も現れる。ジョバンニが何故か持っている『何処へでも行ける切符』。それは現実世界に理想の世界を築く可能性のある純粋な魂の持主の証明書なのかも知れない。個々の美学に殉じて人は生き死んでいく。カンパネルラの死さえもジョバンニは感傷を振り払って生きていかねば。まだ切符は手にある。

日本共産党都議会議員・そねはじめ氏のホームページに掲載されている論文が一番納得がいくものなのでお薦め。
デカローグ1~4

デカローグ1~4

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/04/13 (土) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

B ②④

②同じ集合住宅の最上階に住んでいる女(前田亜季さん)が下の階の老医師(益岡徹氏)を訪ねて来る。彼は入院している女の夫(坂本慶介氏)の主治医。「寝たきりの夫は助かるのか、このまま死ぬのか?」「そんなことをこんなところで軽々しく答えられない。決められた曜日に来院して正式に面談してくれ。」
テーマは「プラマイゼロ」。

④娘(夏子さん)を産んですぐに亡くなった母(松田佳央理さん)。父親(近藤芳正氏)は独りで娘を育て上げた。長期出張に出掛けた父の引き出しの中に意味ありげに置かれた封筒。「私が死んだら開封するように」と書かれてある。それを読むべきかずっと考え続ける娘。

前田亜季さんだとは気付かなかった。確かに①②の組み合わせだと暗くて動きがなく、つまらないかも知れない。(だから変則的なプログラムにしたのだろう)。
夏子さんは熱演。背景に映し出される巨大な映像がなかなか効果的。公園の池のシーンは良かった。
MVPは近藤芳正氏。笑いに飢えている観客が食い付いた。

全話に登場するであろう、亀田佳明氏演ずる名無しの男。石森章太郎の『ジュン』に登場する少女のように集合住宅の人々の暮らしを哀しそうに見つめている。この役をもっと意味ありげに配置するべき。この連作集の謎を解く鍵のように。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

何か自分的にはイマイチだった。映画を無理矢理舞台化しただけで、この表現こそが正解とまで至っていない。

②旦那とは別の男の子供を妊娠した妻。旦那が助かるなら堕ろすし、死ぬなら出来れば産みたい。医師は適当な事を言えず、諦めた妻は墮胎しようとする。慌てて医師は「夫は助からない」と告げる。戦争中の空爆で幼き子供達を失った辛い過去があったのだ。堕ろすことをやめた妻だったが、奇跡的に回復した夫が医師に挨拶に来るオチ。「生命が助かった上に子供まで授かるなんて。」
妻はヴァイオリニストの設定だが別に弾くわけでもない。主人公は医師であり、重要なのは失くした子供達のエピソード。しかも愛犬さえも女の車に轢き殺されている。その葛藤が巧く伝わらない。妻がどうしても子供を産みたい訳でもなさそうなので、ある意味どうでもいい話。

④父が実の父親ではないことを知って、愛を告白する娘。近親相姦的なコメディなのだが違和感がある。血縁関係がなければいいのか?母親が実の母でないと知って、世の男性は急に異性として意識するものか?DNAではなく、これまでの関係性の方が重要だろう。ポーランドではまた違うのかも知れないし、このドラマの父娘の関係が特殊なのかも知れないが。しかもオチでは手紙は娘が偽造した物で、母の手紙の内容は読んでないとのこと。実の父娘のままの可能性も普通にあるだろうし、娘の頭はイッちゃってる。
空夢

空夢

劇団papercraft

すみだパークシアター倉(東京都)

2024/04/26 (金) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

2022年9月、この劇団の『世界が朝を知ろうとも』を観てガックリ。今後もう二度と観るつもりはなかったが、入手杏奈さん出演で反射的に即チケット購入。
前田悠雅さんも出演、ショートカットがまた似合ってる。
主演の坂ノ上茜さんが魅力的。川口春奈とか辻希美っぽくも見えた。
随分贅沢な女優陣、このキャスティングだけで半分以上は満足。

ドウキュウセイと呼ばれる者達が暮らす世界がある。高度に管理された監視社会、センセイと呼ばれる者が権力を持つ。その街に時折紛れ込む存在がいる。彼等は座敷童子的に周囲の記憶を弄って居座る。それを摘発する組織があり、常に異分子の存在に敏感になっている。貴方の記憶は改竄されていないか?隣りにいる者は本当に昔から知っている存在なのか?

流れるのは童謡。『線路は続くよどこまでも』など。

ネタバレBOX

冒頭の食卓を囲む家族のネタが良かったので、時折そっちに戻すべき。雇った新人家政夫の料理の不味さについて、如何に伝えるべきか?をもう一つの柱に。その話の方がよっぽど興味深い。家政夫の話という額縁を利用しないのは勿体ない。

作家のアイディアや語り口はそれなりに面白いのだが、それを説明しようと理論武装すればする程、粗が出る。訳の分からない設定はそのまま観客にぶん投げた方がいい。並行世界とか、学生時代のメタファーとか匂わす程にげんなりする。そもそも作者にすら何なのか分からない原初衝動なんだから丸ごと観客に放り投げるべき。正解などない夢のようなもの。下手に理屈をこじ付けようとしても無理がある。

良い部分もある。だが語れば語る程、設定の薄っぺらい底が見えてガッカリする。今作一番の問題は誰にも感情移入出来ないこと。誰が死のうと生きようと本当にどうでもいい。一人でも観客が感情移入できる存在を作れれば。

ヒロインは彼氏と同棲してラブラブ。彼氏のレストランの手伝いをしながら婚約。だがセンセイから「彼氏が紛れ込んだ異分子の可能性が高い」と言われ毎日調査報告をする。もしそうなら彼氏は殺されるので、この時点でかばわないとおかしい。いざ殺されるとなって泣き叫ぶのもさっぱり判らない。
デカローグ1~4

デカローグ1~4

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2024/04/13 (土) ~ 2024/05/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

A ①③

ポーランドの巨匠、クシシュトフ・キェシロフスキが撮ったTVドラマ。「十戒」をモチーフにした全10話のオムニバス。80年代末、ワルシャワの団地に暮らす名もなき人々の人生から零れ落ちる一雫のきらめき。舞台化の今作では同じ集合住宅に住む面々の物語としているようだ。

A ①③ 演出:小川絵梨子
B ②④ 演出:上村聡史
C ⑤  演出:小川絵梨子
C ⑥  演出:上村聡史
D ⑦⑧ 演出:上村聡史
E ⑨⑩ 演出:小川絵梨子

コンプリートするには5回観劇が必要。それだけの熱量を放射し観客に来場を訴えることが出来るのだろうか?そもそも作品自体マニアックなもので、100人規模のミニシアターで単館上映を延々やっていた記憶。(『ショアー』と『デカローグ』はいつ見てもやっていた)。お手並み拝見。

タダ券を撒いているのか序盤から寝ている客が目につく。まあこれぞ新国立劇場クオリティー。集合住宅のセットが美しい。

①科学を信じ切った大学教授の父親(ノゾエ征爾氏)と彼から英才教育を受けている息子(石井舜君)の二人暮らし。母親は別居しているようだ。「コンピューターを信じ、良き伴侶とせよ」との教育。今で言う「AIこそ真実を指し示す」という思想。近くに住む叔母(父の姉)〈高橋惠子さん〉は「この子を教会に通わせたい」と願っている。

③幸せなクリスマス・イヴ、一家団欒のタクシー運転手(千葉哲也氏)のもとにかつてW不倫関係にあった女(小島聖さん)が突然現れる。失踪した旦那を一緒に捜して欲しいとの頼み。苦渋にまみれた男の味わう散々な一夜。

千葉哲也氏は藤原喜明や杉浦貴みたいにゴツゴツした男臭さでカッコイイ。
小島聖さんはいしだあゆみと田中好子の貫禄。女優として熟している。
スケボー駅員の森川由樹さんも印象的。

是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

①コンピューターの計算により、「凍った池の耐荷重はスケートをしても安心」との判断。それを信じた息子は割れた氷に呑まれて死んでしまう。まるで意思を持ったコンピューターが意図的にそう誘導したようにも思える演出。計算外の出来事に耐え切れず泣き叫ぶ父親は教会の前で姉と抱き合う。

父親の設定は言語学の教授らしいが、数学の教授にしか見えない。

③いろいろ工夫していて悪くないんだが、何故か日本人が演ると弘兼憲史の『黄昏流星群』になってしまう。おっさんの少しほろ苦く甘酸っぱいロマンス。キリスト教がすっぽり抜け落ちているせいなのか。タイトルから『十戒』なのだから、そもそも神と人間の契約の話。人間ドラマの中に、それを超えた不可思議な感覚を発生させないと成立しない。

情熱がまだまだ足りない。手塚治虫が『火の鳥』を描いた位に情念を叩き付けてくれ。キェシロフスキの再評価に繋がり、その話題がポーランドに届く程に。受注した仕事を無難にこなす役人仕事止まりではつまらない。興奮させてくれ。観に行かなかった連中が一生後悔するぐらいに。セット券買ってしまったんだ。
夢の泪

夢の泪

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2024/04/06 (土) ~ 2024/04/29 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

3回目。
前田旺志郎氏の出入りのダッシュはいつ見ても凄い。プロレスラーの才能を示す要素の一つにリング内ダッシュがあるが、高評価だろう。

ネタバレBOX

カメラが入っていた。事務所に電話が来て初めて鳴るまでの遣り取りがカットされたような気がしたが、勘違いかも知れない。(一番に電話を掛けて貰うよう恩師に頼んだくだり)。
夜会行

夜会行

動物自殺倶楽部

「劇」小劇場(東京都)

2024/04/24 (水) ~ 2024/04/28 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

今作は2021年7月、サンモールスタジオにて鵺的が公演。その時の演出家は寺十吾氏。まさに天才の仕事、メチャクチャ衝撃を受けた。ここまで練らないと成立しないのか、舞台芸術の奥深さに打ちのめされた。(未だにあれを、可能ならば観劇初心者に体験して貰いたいと思う程)。
今作は『動物自殺倶楽部』の赤猫座ちこさんが活動休止する為、同時にユニットも一旦打ち止めとなる節目的作品。だが赤猫座ちこさんが心因性の体調不良にて降板。代役はアンダースタディの太田ナツキさんに。

あるマンションの一室。お洒落な室内には鉢植えとプランターがお店のようにズラリと並び観葉植物が飾られている。中央のベランダのガラス戸を左右に開ける。そこだけ外からオレンジ色のライトが当たる。

太田ナツキさんの家で同棲している木下愛華(まなか)さん。今夜は木下さんの誕生日パーティーが開かれる。太田さんは料理中。木下さんは物憂げな表情で理由なき不安感と焦燥感に気持ちを尖らせている。
銀行員の日野あかりさんが到着。神経質な程、コロナ対策に拘っている。
続いてやって来た保険外交員の輝蕗さんは区役所の生活福祉課で働いている寺田結美さんを紹介する。

とある夜、東京の一室でほんのひととき営まれる夜会。太田さんの用意したドリアのようなボルシチのような料理が美味しそう。
木下愛華さんは肩幅がガッチリしていて女子プロレスラーのHikaruみたいでカッコイイ。
日野あかりさんの役の作り込みには狂気すら感じた。強迫神経症のような書き込み。ベロンベロンのワイン。素晴らしい。
寺田結美さんの電話のシーンでは泣いた。

ネタバレBOX

木下愛華さん←福永マリカさん
太田ナツキさん←笠島智さん
日野あかりさん←奥野亮子さん
輝蕗さん←ハマカワフミエさん
寺田結美さん←青山祥子さん

同性愛者として生きていく“覚悟”に対して、日野さんが寺田さんを問い詰める。“気分”のような不確かなもので一生を賭けたアイデンティティを弄ばないでくれ。その執拗さに我慢ならず、輝蕗さんは切れて怒鳴りつける。
そんな中、寺田さんの元彼はよりを戻そうと電話を掛けまくってくる。実は妊娠3ヶ月、元彼の子供を孕んでいる寺田さんは黙って独りで出産し育てようと決めている。涙ながらに訴えるも無神経な元彼は寺田さんの“本気”を全く意に介さない。耐えられなくなった輝蕗さんは「今は自分が恋人です」と電話口で宣言する。元彼は大受けして、「他に男ができたのかと嫉妬していたら、レズの恋人かよ」と笑い飛ばす。「なんだ、それならじゃあもういいや」と。その遣り取りを黙って聴いていた部屋の女達の気持ち、観客の気持ち。痛みと悔しさと情けなさ、踏み躙られた尊厳。自分達マイノリティは言葉通りにいつだって少数派だった。何処にいたって差別されてきた。いつも笑われ馬鹿にされてきた。はみだし者の出来損ないだと。そして沢山の人間が長い年月をかけ、闘い勝ち取ってきた“権利”。そんなものですら大多数の人間にとっては何の価値も持たない事実。

小崎愛美理さんの演出では、木下愛華さんの不安を視覚化したように天井から物が音を立てて降ってくる。輝蕗さんは大量の風船を部屋中に転がす。寺田さんの元彼の電話口からの言葉に怒り傷つく度、皆がその風船をバンバン割っていく。いろんな工夫、オリジナルに対しての戦意表明は支持するのだが、脚本の良さを肯定していないのでは?とも思う。一番重要な太田ナツキさんと木下愛華さんの物語が中途半端に投げ出されてしまっている。(前半の遣り取りが全体的に退屈に感じたのも、会話に潜む個々のキャラの掴み取り方が弱かったせいでは。後半の怒りの場面までの伏線が弱い。前半に緻密で繊細な関係性を構築させていないと暴力的な崩壊による効果が小さい)。

この芝居は別れの岐路に立つこの二人の一夜の出来事であり、観客が観ているのもその一点。そこを放り出して「はい、終わり」は酷い。現実と地続きの物語にしたかったんだろうけれど、全く乗れない。初見の観客からすれば「酷い男がいるねえ」でオシマイ。何じゃこりゃあ。こういうのを観る度にヌーヴェル・ヴァーグなんてものは、ごく一部を除いて『百害あって一利なし』と思う。

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