ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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なるべく派手な服を着る

なるべく派手な服を着る

MONO

吉祥寺シアター(東京都)

2023/03/03 (金) ~ 2023/03/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

『おそ松くん』の亜種みたいな喜劇。増築を繰り返したせいで迷路のように入り組んだ家。茶の間の押し入れの隠し通路を通らないと台所にまで辿り着けない。父が危篤で六人兄弟が久方振りに揃う。長男だけが書道家の父の跡を継いで実家暮らし。
上の四兄弟は四つ子、五男は存在感がなく誰も思い出さない。六男は養子で四人の兄にとっては可愛くて仕方ないマスコット的存在。
次男の内縁の妻、四男の内縁の妻、五男の彼女も連れて来られる。

奇妙な味わいの作風、謎ルールに縛られた家。全員妙にキャラが立っている。早逝した母親への愛慕。
家族が他人になっていく瞬間、他人が家族になっていく瞬間、言語化出来ない人と人との感覚。空間と時間の共有、優しさの共有。手触りで相手の存在を確かめ合い心を許し合う。階段の隅で誰にも気付かれずずっとそこに居た、ラストの五男の涙が美しい。
キーワードは「おひおひ」「オロロンロン」。

ネタバレBOX

長男の奥村泰彦氏はジャンポケ太田っぽい。過去に強盗殺人事件の容疑者として誤認逮捕されたことを引きずっている。
次男の水沼健氏はトランプの新しいゲームを次々と開発するが難解で不条理なルールが不評。長男になることに憧れている。
その内縁の妻、石丸奈菜美さんは西山喜久恵っぽい。二面性が強く、男性がいない席では山賊みたいな振る舞い。兄弟の亡き母にどこかしら似ているらしい。
三男の金替康博氏は著名なカメラマン。モロ師岡っぽい。
四男の土田英生(ひでお)氏は体格がよく妻を何かと怒鳴り散らす。学校に行ってなかった為、ものを知らない。作・演出も兼ねている。
四男の内縁の妻、高橋明日香さんはドMで罵倒され叱られることで自分の中の不安感をかき消している。SKE48の荒井優希と森下愛子を足したような美人。
五男の尾方宣久氏はやたら派手な服装で木下ほうかっぽい。誰の記憶にも残らず、誰もが存在をすぐに忘れ去ってしまう。六男が可愛がられているのを見て、養子に憧れている。
五男の連れて来た彼女は立川(たつかわ)茜さん。清潔感のある美人。四男のカメラマンの写真集をコンプリートする程のファン。
六男の渡辺啓太氏は大柄な体格だが未だに子供扱い。兄ちゃん達に任せておけば大丈夫と絶大な信頼を寄せている。

各キャラ設定が細かく描き込まれている為、至る所で「てんどん」(リピート・ギャグ)が繰り返される。五男を無視、六男に夢中、妻を叱り付ける四男、台所に辿り着けない女性陣、次男の妻の豹変。

死の床にあった父親が六男だけではなく、全員養子だったことを明かす。五男だけ母親とケーキ屋の爺さんの子供。全く血の繋がっていない子供達を本当の子供として育ててきた父親の凄さ。母親は男にだらしない性分だったらしい。それを知って家族というものの括りが壊れてしまい、何となく皆他人行儀になっていく。変わらないのは五男の寂しさだけ。

帰りの電車で荻窪駅周辺がカオス。右翼の街宣車が大音量で中核派の杉並区議会議員・洞口朋子のデモ行進を邪魔しに襲来。警官隊が集結で厳戒態勢。一瞬、洞口依子かと思って驚いた。
ザ・フラジャイル ライト/レフト

ザ・フラジャイル ライト/レフト

miuna

スタジオ空洞(東京都)

2023/02/28 (火) ~ 2023/03/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈ライト〉
The Fragile とは「壊れやすい」という意味。
人口15万の羆川市、市議会議員選挙に立候補させられた山森信太郎氏。市政を牛耳る竹田グループの娘と結婚した為、駆り出された。事務所では渡辺実希さんが選挙運動を仕切る。竹田グループの会長の孫娘、中野亜美さんは名目だけの後援会長。
公選はがきの二千枚の宛名書きをボランティアで知人にお願い。 やって来たのはヤンキー崩れの杏奈さんとインド人の青柳糸さん。ヘビメタバンドのボーカル菊川耕太郎氏と彼女で街宣右翼(似非右翼)団体の構成員・福井夏さん。

とにかく役者が豪華。キャスティングだけで勝ったようなもの。誰もがこの場を喰ってやる、のギラギラした演技合戦。

山森信太郎氏は目が永田裕志に似ていて好感。
中野亜美さんは凄まじいキャラ作りで唸らせる。
渡辺実希さんの使い勝手の良さ。
杏奈さんは深夜のドンキのジャージの姉ちゃん。妙にエロい。
青柳糸さんは美人のトンパチ・インド人。
菊川耕太郎氏は市原隼人の喋りっぷり。
やはりMVPは福井夏さんだろう。
この人は役者馬鹿なので要求が高い程、燃えるタイプ。

面白かった。

ネタバレBOX

始まり方と終わり方が斬新。渡辺実希さんの口頭での説明。このやり方は他団体も導入してもいいのでは。

右翼ギャグは面白いのだが、もっと攻めても良かった。ちょっと福井夏さんのキャラ設定が矛盾している。ビジネス右翼で通すか、ガチの愛国者か決めるべき。
一番気になったのがヘビメタのイメージ。これだったらパンクで良かったのでは。どんなヘビメタバンドをイメージしているのか?
カミサマの恋

カミサマの恋

ことのはbox

萬劇場(東京都)

2023/03/01 (水) ~ 2023/03/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈Team 箱〉
素晴らしいシナリオ。 2011年に畑澤聖悟氏が劇団民藝の奈良岡朋子さんの為に書き下ろした作品。青森県津軽地方の民間信仰「カミサマ」(「ゴミソ」)とは、神霊を体に憑依させ託宣を授ける霊感を持った巫者(ふしゃ)のこと。神託を受ける『神降し』と死者の魂を呼ぶ『仏降し』がある。

主演の「カミサマ」役、長崎りえさんが素晴らしい。乙羽信子を思わせる上品でリアルな存在感、目が離せない。本当にこんな人がいるならば一度会ってみたいと思わせる。
その若き内弟子役の石森咲妃さんは眞子さまを思わせる柔和な表情と柳原可奈子のようなチャーミングなコミカルさ。細かい動きの一つ一つが創意工夫に満ちている。お茶を入れる仕草にも注目。
「一心、一心、一心!」
神様に拝む口上も耳に残る。

「カミサマ」に相談に来るのは地元の馴染みの御近所さん。嫁姑問題、孫の縁談、作物の収穫時期・・・。
どうも街角の手相占いのようなカウンセリング。一応、神様に聞いてみます的な段取りはあれど、良かれと思われるアドバイスにとどまる。けれども相手によっては「お前は何も悪くない!」と慰めてくれる。天からのその言葉の嬉しいことよ。誰にも理解して貰えなかった悔しさを、全てを見通す存在がじっと見ていてくれて全身で抱き留めてくれる。

姑(田中結さん)と嫁(蒼井染さん)の確執がリアル。各人の世代や職業によって「カミサマ」に対する態度が異なる点が面白い。

中右遥日さんのファッションが70年代の為、その時代の設定なのか?とも思っていたがレトロファッションでオシャレなだけだった。霊能力番組の人捜しコーナーで観て、はるばる東京から訪ねてくる人妻役。

崎山新大氏や篠田美沙子さん、堺谷展之氏などお馴染みのメンバーが現れると何か嬉しい。

物語は身を持ち崩して家を去って行った息子(加藤大騎氏)が、数十年振りにぶらりと帰宅するところから動き出す。

設定の妙と着眼点が流石。
幾重にも重ねられた複雑な人の心を絶妙に表現。
是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

弟子の東京での後ろ暗い過去(多分風俗)など設定が秀逸。

所々、津軽弁が聞き取れず、意味をハッキリと受け止められない場面もあった。仕方がないこととはいえ勿体無い。

死んだ者への愛着に取り憑かれた者達。早逝した愛する夫(婚約者)、散々酷い目に遭わせた妻、死産で産まれた赤子。魂は再びこの世に生まれ変わるという輪廻転生を精神的支柱として生きていこうとする。赤子を養子として育て、見知らぬ男女が架空の記憶を共有して共に暮らす。それはファンタジーだが、そもそも宗教とはそういうものではなかったか。「正しい」ものではなく、「そう考えると楽になる」もの。

今作を映画化するならば都会から来て、この霊媒師を胡散臭く見ているキャラを主人公に置きたい。「こんな田舎芝居に皆騙されやがって。」的な視点から、徐々に「あれ、これ本当なのかな?」と戸惑っていく。そして最終的に「これが嘘だろうと本当だろうと構わない、この人達(受け手も含めて)は素晴らしい。」と思わせたい。

死んだ夫(婚約者)が降りてきて息子の口を借り「カミサマ」に語り掛けるラスト。死者の魂との交流はあくまでもグレーゾーンに留めておくべきであろう。息子が「物心つく前からずっと聴かされて来たんだぜ。全部頭に入っているよ。」と言ってから(二度目)、太鼓を叩いて神様に拝み始める。そこは取り様によっては「母さんのやっていることは全て判っているんだ。」とも聴こえる。
その息子の気持ちに涙したようにも見えるダブルミーニングなラストを作者は構想したのでは。(オカルトに振り切らない為に)。

過去公演での雲間犬彦氏の2012年8月のクチコミが自分の抱いた感想とほぼ同じだったことに驚いた。
ペリクリーズ

ペリクリーズ

演劇集団円

シアターX(東京都)

2023/03/01 (水) ~ 2023/03/08 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

『ペリクリーズ』はシェイクスピア晩年の作風、「ロマンス劇」と分類されている作品。登場人物が荒唐無稽に織り成す長大な時間を掛けて紡がれる大団円はホメーロスやギリシア三大悲劇詩人の作風を彷彿。とにかく話が壮大。一体何の話なのかさっぱり分からないがメチャクチャに面白い。シェイクスピア✕シアターΧ(カイ)✕演劇集団円(えん)✕中屋敷法仁(柿喰う客)=才能の大爆発。

14世紀のイングランドの詩人、ジョン・ガワー(藤田宗久〈そうきゅう〉氏)が横の通路から現れて古の物語を語り出す。藤本義一みたいな雰囲気。自らを灰から甦った存在だと称す。
舞台上に立つのは後ろ向きの死人達。何百年何千年も昔に死んでいった死者達がガワーに呼び出され静かに動き出す。全員うっすらと死人メイク。時には人形のように踊り、時には長机や椅子を手に大海原を駆ける帆船を集団マイム。

舞台は紀元前の東地中海、ツロ(現レバノンのスール)の王(領主)ペリクリーズは大国アンティオケ(≒アンティオキア〈現トルコ〉)の王女に求婚。結婚の条件として王女からの謎掛けを解かなければならない。「私が得た男は、父で息子で夫である。そして私は母で娘で妻である。さて如何にしてこの六人が二人であり得るのか?」
王と王女の近親相姦の関係に気付いてしまったペリクリーズはゾッとして逃げ出す。送られる殺し屋(片手だけ赤い手袋)。祖国が戦争に巻き込まれることを恐れたペリクリーズは忠臣ヘリケイナスに政治を託し船に乗って身をくらます。

王女役の大橋繭子さんが魅惑的、やたら踊る。この不思議な物語の開幕に相応しいヴァンプ(妖婦)。

主演のペリクリーズ役石原由宇氏が魅力的。全身汗だくでぜえぜえはあはあ必死に舞台の海を泳ぎ続ける。運命の不条理の嵐、またしても海に残酷に投げ出され息絶え絶えになりながらも何とかギリギリ生き延びる。生きてさえあれば話は続く。何度も波に飲まれ頭がおかしくなろうとも。

面白い舞台に飢えていたら足を運ぶべき演目。

ネタバレBOX

第二幕からが失速してしまうのは、いつものシェイクスピアのパターン。もう少しマリーナのキャラとエピソードに工夫が必要か。ペリクリーズのキャラが立ち過ぎている。
妻サイサ(新上貴美さん)、娘マリーナ(古賀ありささん)。
勢い余って机の上で正座したまま落下してしまった古賀ありささんには肝を冷やした。(『魔女の宅急便』みたいな衣装)。

タルソ(現トルコのタルスス)に立ち寄ったペリクリーズは飢饉で瀕死の民に食糧を施し感謝される。だが航海の途中大嵐に遭遇、難破してペンタポリス(現リビア)に独り漂着。宮廷の槍試合に参加すると見事優勝、王女サイサと結ばれる。身重の妻と祖国ツロに凱旋の船旅でまたもや襲い掛かる大嵐。嵐の中、サイサは出産するも命を落とし、泣く泣く棺を海に葬ることに。棺にありったけの宝石と手紙を入れるペリクリーズ。タルソの領主に妃の忘れ形見となった娘マリーナを託すことに。

〈第二幕〉14年後、美しい娘に育ったマリーナは領主夫人の嫉みから殺し屋に襲われる。偶然そこに現れた海賊共にさらわれ、ミティリーニ(現ギリシャのレスボス島)の売春宿に売り飛ばされる。やっと娘を引き取りにタルソに戻ったペリクリーズは娘の死を告げられ精神が崩壊してしまう。売春宿で純潔を守り通すマリーナは聡明なる知性と人を感服させる気品によって、民衆の指導者へと崇められていく。
偶然ミティリーニに立ち寄ったペリクリーズを乗せた船。生ける屍と化したペリクリーズを癒やす為に聖女マリーナが呼ばれ歌を歌う。(これが名曲)。彼女が死んだ筈の娘であることに気が付いたペリクリーズは歓喜。更に女神ダイアナ(ディアナ)の御告げでエペソス(現トルコのエフェソス)に向かう。そこには水葬された棺の中で仮死状態であった妻サイサが、手厚い看護によって息を吹き返し、漂着した地の神殿で巫女となっていた。
ペリクリーズ、サイサ、マリーナの家族の奇跡の再会。
『運命の女神、あれだけ痛い目に遭わせながら、最後に立ち直る望みを残しておいてくれたのか・・・』

語り手の物語を聴いている観衆、といった額縁が見事に効いている。面白かった。
聖なる炎

聖なる炎

俳優座劇場

俳優座劇場(東京都)

2023/02/26 (日) ~ 2023/03/04 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

大井川皐月さんの舞台を観るのは多分7作目。男勝りの強気キャラが多かったが、今回は美貌のヒロイン、ステラ役。まさにこういうのが観たかった。まだ幾通りにも方法論はあるであろうこのキャラ。この役は月船さららさんなんかにも演って貰いたい。新婚一年後に旦那が墜落事故に遭ってしまった新妻、ドラマの要。
事故で下半身不随になった屋敷の長男、モーリス役は三浦春馬っぽい田中孝宗氏。寝たきりだが明るい好青年。
主治医のハーヴェスター医師役は加藤義宗さん、コミカルで吉村崇っぽい。
住み込みの看護婦、ウェイランド役はあんどうさくらさん。凄く独特な存在感を発し続けている。
モーリスの母で屋敷の主、タブレット夫人役は小野洋子さん、岡田茉莉子のような気品。
一家がインドに赴任中、現地で検察官に就いていたリコンダ少佐役は吉見一豊氏。加藤武演ずる等々力警部を思わせるムードメイカー。タブレット夫人との古く長い付き合いを感じさせる。
モーリスの弟、コリン役鹿野宗健氏はハンサムでスマートな中西学。グアテマラでコーヒー農場を経営。

アガサ・クリスティのミス・マープルものっぽいミステリー。サマセット・モームの1928年に発表された古典なので、実に解り易く面白い。人間の表面と内面の乖離。明るい笑顔に包まれた屋敷、裏に回れば誰もが嘘をつき、疑心暗鬼を抱え、自分を卑下し絶望する。誰もが誰かをじっと疑っているような人間ドラマ。凄く上品な空間が心地良い。
是非観て頂きたい。

ネタバレBOX

第一幕のMVPはあんどうさくらさん。荒井晃恵さんにも似た存在感。長男の心不全による急死の真相が、彼女の烈火の如き怒りで正体を露わにしていく展開。

第二幕は小野洋子さんの滔々たる語りが全てを持って行く。

殆ど登場しないメイドのアリス役増田あかねさんが何か関係してくるな、と睨んだが何もなかった。

音楽の入れ方や選曲がダサい。(この伝統的な方法論に意味があるのかも知れないが)。

今朝長男が亡くなっている状況にも関わらず、妻は義弟との不貞で妊娠をカミングアウト、弟は一緒にグアテマラに行こう、看護婦は彼をプラトニックに愛していた、母親は全部知っていました・・・、もう少し彼の死を悼んでくれ。何か喜劇っぽくもあるシチュエーション。オチで「実は死んでいませんでした」とモーリスが出て来るのではないかとさえ危ぶんだ。

タイトルの『聖なる炎』の意味は性欲のことではないか。肉欲は醜くプラトニックな精神的な愛こそ崇高とされているが、それに異を唱えたのでは。同性愛者だったサマセット・モームにとって、1895年に投獄されたオスカー・ワイルド事件の衝撃は大きかった。英国の性犯罪法では1967年まで同性愛は犯罪行為。モームは英国を離れ世界各国を旅する生活にうつる。1965年に亡くなったモームは極めて慎重に同性愛者であることを隠し続けた。
タブレット夫人の独白はモームの本音だったのでは。決して世間的には許されない同性愛、けれど自分にはどうしようもない熱情。例え間違っているとされても、確実に自分の胸に灯っている炎。
コウセイ

コウセイ

ラビット番長

シアターグリーン BASE THEATER(東京都)

2023/02/23 (木) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

昭和24年(1949年)2月、岡山県で発覚した『岡田更生館事件』を舞台化。この事件の面白さは江戸川乱歩的で何故当時映画化されなかったのか不思議。これをやるだけでも興味が湧くが、更に将棋界のスーパースター・升田幸三を絡めるアイディアに痺れた。複雑だが逆に解り易い構成、パッパッパッパッと次々にシーンが展開する演出は唸らせる。松本清張のサスペンスっぽい戦後まもなくのおどろおどろしさ。

独りヒールとして立ちはだかる野崎保氏がMVP。“城西の虎”添野義二や三島由紀夫を思わせる武道家顔。「こんな奴がいる施設に収容されたら地獄だろうな」とつくづく思わせてくれる。
更生館からの決死の脱走に成功した宇田川佳寿記氏はチャンス大城を思わせる愛嬌。やたらご飯への強い執着、「食べます!」が笑わせる。
井保三兎氏演ずる人間愛に溢れた将棋指しはいつもながら優しい。「こんなふうに生きていけたなら」と誰もが胸の何処かで憧れる。
奥さん役の江崎香澄さんのあったかさ、生活感のリアリティー。
隣家の娘役の鈴木彩愛さんの可愛らしさ。
能勢綺梨花さんはエロエロ、観客はメロメロ。
地元の老婆役や仲間を売って自分だけ助かろうと考える密告者役など物語の要を担う松沢英明氏は裏MVP 。声色一つで観客をゾッとさせてみせた。

実話の虚構化の方法論としてずば抜けている。そして夜に浮かぶのは余りにも美しい月。どの時代であろうと人は皆輝く月の美しさに心を奪われる。自分がどんな境遇になろうと変わらぬ月の美しさ。月の光に照らされていつも何処か遠くの誰かを想うのか。

ネタバレBOX

実際に脱走した北川冬一郎は施設と岡山県の支配下の公的機関はグルだと睨んで、徒歩で毎日新聞大阪本社まで逃げる。「国も警察も信用出来ない、せめてマスコミはこの真実を世間に報道してくれ。」と。毎日新聞の記者、大森実と小西健吉は証拠を得る為、潜入取材に踏み切る。
結果、事件は国会で審議されるまでの話題に。更生館は廃止、館長は投獄。

クライマックスの辺りから、何かスッキリしない展開が続く。更生館の裏にGHQがいるような陰謀論。この辺はモヤモヤするだけ。作り手側の混乱。後日談の書籍の発売中止も判り辛い。

升田幸三と隣家の息子のエピソード。敗けた将棋に膝を付く息子に「お前は実は勝っていた。気付いてさえいれば」と升田は告げる。息子はその詳細を尋ねるが升田は教えない。「戦争から無事に帰って来るまでに答を見付けろ」と。
召集された戦地で息子はその答を到頭見付ける。『2三と』。

『コウセイ』に隠されたダブルミーニング。『更生』と『恒星』なのか?ただ月は恒星(太陽)ではなく、衛星。いろいろと考えたがしっくり来ない。升田幸三は月にこだわった印象。まさしく『月下の棋士』。

※当日パンフに書かれていたのは多分Colaboの件。(仁藤夢乃さんは仁藤萌乃さん〈元AKB48〉の姉である)。

『好晴』、『厚情』?
とんとマル

とんとマル

東京AZARASHI団

サンモールスタジオ(東京都)

2023/02/21 (火) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

2年振りの新作。待った甲斐は充分あった。今作は古参にも新規にもお勧め。サービス全開、豪華な女優陣。作演出の穴吹一朗氏も相変わらずの好き放題、腕は落ちていない。聖地サンモールスタジオにはこんな喜劇こそよく似合う。プロレスの聖地・後楽園ホールにて相も変わらず鶴田軍対超世代軍の6人タッグ(鶴田田上渕対三沢川田小橋)に熱狂していた頃のような気分。

全国チェーンを展開している大型スーパー『ミカズ』。この町のフランチャイズ店のオーナー兼初代店長は既に故人。現在の二代目店長はその娘と結婚した迫田(さこた)圭司氏。妻を亡くしJKの娘(空みれいさん)と二人暮らし。副店長には初代の息子であり、義理の兄となる渡辺シヴヲ氏。パートの魚建氏、本部職員のスーパーバイザー・北原芽依さん、万引きで捕まった穴吹一朗氏。

おっさん四人とべっぴん二人の人情喜劇。かなり面白いし、人間ドラマとして観ても深く沁みる。
空みれいさんがメチャクチャアイドル顔で、よくこんな娘をブッキングできたなと感心。スターダストプロモーションの現役か元だろうと推測。(寺沢美玲としてモデルで活躍していたらしい)。若い頃の遠野なぎこみたいな目力。多分どこからも引っ張りだこになるだろう。
北原芽依さんもビビアン・スーと飯島直子を足したような美人。
こんな綺麗所に囲まれても、演ることといえばおっさんの加齢臭まみれ全開ギャグ!!魚建氏は流石に見事。
凄く楽しい気分で帰れるので是非足を運んで頂きたい。
渡辺シヴヲ氏の画集も販売中。

ネタバレBOX

ベタな笑いを並べつつ、かなりシリアスなドラマも描かれる。迫田圭司氏と空みれいさんの父娘の確執。迫田氏は義理の兄で部下でもある渡辺シヴヲ氏に裏切られ、本音をぶち撒けられる。「お前は相手の気持ちを聞かないで勝手に決め付ける。人の気持ちを理解出来ないまま、自己本位で何でも判断してきた。」
ショックを受ける迫田氏。合格した大学に行かずに漫才師になると言い出した娘は「お父さんは私の気持ちを分かっていない。何も私の話を聞いてくれないのに、勝手に分かっているように決めつける!」
これは物凄く深い話。自分が相手の為に思い遣ってしたことが、向こうには全く見当違いで不快に受け止められることは多々ある話。迫田氏の自分なりに正しく生きてきた自信の基盤が足元から崩れ落ちる衝撃。相手の話に耳を傾けるしかない。自分の判断を絶対だと妄信しないこと。

オチは大金持ちの権力者の孫が金で全てを解決するような『こち亀』エンド。それすらも清々しく感じた。

魚建氏の芸名はクリストファー・ウォーケンから来たと読んだ記憶があるが、定かじゃない。
さらば箱舟

さらば箱舟

オーストラ・マコンドー

吉祥寺シアター(東京都)

2023/02/18 (土) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1967年にコロンビアのガブリエル・ガルシア=マルケスが発表した小説、『百年の孤独』。世界的ベストセラーとなり、ノーベル文学賞を受賞。
それを寺山修司が翻案し、1981年に舞台化したものが『さらば箱舟』。
それを更に1982年に映画化したものの、原作権問題で揉めて公開出来ず。寺山修司の死後、1984年に公開されている。
今作はタイトルこそ同じだが、ほぼ全く別の新作だろう。

ちなみに黒木本店のプレミアム焼酎『百年の孤独』は、文学好きの四代目がガルシア=マルケスに電話で直談判して許可を得たと云う。

上手サイドに生演奏の川崎テツシ氏。その後ろに黒子のプロデューサー(?)が台本片手に座っており、彼の背中に触れることでBGMのオン・オフを指示。MIDIキーボードとギターでアンビエント・ミュージックを奏で続ける。

衣裳(西本朋子さん)が近未来風、『アルファヴィル』みたい。何かアマヤドリっぽい意識高い系の演劇。

主演の小林風花さんは低いトーンでモノローグのような抑揚のない台詞を呟く。『青の6号』というOVAアニメのキャラっぽい。
座長役の坂本真氏が若き日の宮崎駿っぽい。
関西弁のめがねさんが随分ベテランの貫禄だったが、23歳の若手だったことに驚いた。
下手な手品を披露する三坂知絵子さん、旦那は新海誠!

劇団のメタフィクションな部分も織り込みつつ、タブーとされた恋愛関係についてもじっと考察するような物語。
この系の演劇が大嫌いな自分にとって、逆に色々と考える時間になった。

ネタバレBOX

認知症になった父は全く意味の解らない言語で喋るようになった。言語学者である主人公は、何とかその意味を解き明かそうとする。父は死に、この言語は創作したものではなく、かつて存在したが失われた言語なのではないかと考える。幾つかの解読した言葉。「自分はお前の父ではない。本当の父母は別にいる。」
仕事を依頼されオーストラと云う滅びた街に向かう主人公。街は海に沈んで全てが消え去っていた。そこで会った男女のいざないで、時間を遡行して過去のオーストラに辿り着く。
旅芸人の一座がオーディションをやっていて、そこに潜り込む主人公。自分を産む前の母親に出会う。すでに妊娠している母、父親は果たして誰なのか?

いとこ同士(近親)で結婚すると呪われて奇形児が産まれる為、禁忌とされている地域。愛し合った二人は故郷を捨てて自ら新しい街を築く。だがその末裔もいとこ同士で愛し合ってしまう、永久に巡る因果。

オシャレな衣装、オシャレな台詞、オシャレな空間。観客はカフェ巡りのように、オシャレなムードを味わう。誰もコーヒーに口をつけようとはしない。そこが凄く演劇の核となる部分。
博士の愛した数式

博士の愛した数式

まつもと市民芸術館

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2023/02/19 (日) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

「た組。」の第七回公演(2015年)の再演。ずっと観たかったので嬉しい。
原作も映画も知らなかったのだが、それが良かった。ある意味、自分の理想の作品。観るチャンスがあったなら、是非観て頂きたい。『博士と彼女のセオリー』なんかを思い出す。

事故で記憶が80分間経つとリセットされてしまう元数学の大学教授、通称“博士”の家政婦に派遣された女性。皆記憶がすぐに初期化されることに付き合い切れず逃げ出してしまうらしい。博士と家政婦の数学だらけの日々。家政婦はシンママで、家で留守番中の10歳の息子を心配した博士は「ここに連れて来なさい。」と告げる。

時間の砂に塗れた砂丘のようなステージが幻想的。上手に腰掛けたギターを爪弾き続けるUNCHAINの谷川正憲氏!この感覚、懐かしい。語り手の近藤隼(じゅん)氏は開演前から舞台をうろついていて和やか。背後には巨大な窓ガラスが斜めに突き刺さっている。そこに何やら数式を書き込んだり。

家政婦役、ひたすらハンバーグを捏ねる安藤聖さんが美しい。随分綺麗な女優をキャスティングしたな、と感心した。こまつ座の『貧乏物語』が素晴らしかったが、同一人物とは気付かなかった。何処の誰の役でもこなせるであろうキャパの大きさ。

博士役の串田和美(かずよし)氏、80歳!名優が演じている感じが一切しない。本当にそんな感じの人なんだろうな、と思わせた。(数式をよく聴くと結構適当だったりするが、その感じこそ正解だと納得させる役作り)。

息子、ルート役の元乃木坂46、井上小百合さん。絶妙なキャスティング。泣かせてくれる。

博士の義理の姉役の増子倭文江さんはヤバイ。数シーンの出番ながら、強烈なインパクト。市川崑の金田一耕助シリーズ、真犯人役の大女優を思わせる貫禄。事故で足を引き摺る後遺症。登場で空気が変わる。

いろいろな役を受け持つ草光純太氏も軽妙なフットワーク。

数学の世界、崇高で底知れぬ数字の魅力に人生を捧げた博士。彼との生活の中、家政婦と息子も数字の面白さに取り憑かれていく。数字は人類の誕生前から存在していた宇宙の法則。モノリスのように人類はそこに秘められた謎を、手探りで何千年も掛けて解いてきた。宇宙からの巨大ななぞなぞ。
優しさと正しさに全力な人達。出来る限りシンプルに人生を解いていく。

ネタバレBOX

1975年に交通事故に遭い、脳を損傷した博士。同乗していた義理の姉も片脚に障害を負う。博士の兄であり、義姉の夫はとうに亡くなっている。
現在は1992年であるが、新しい記憶を上書き出来ない博士にとっては1975年のままである。

余りにも素晴らしいシーンが二つ。
一つは風邪を引き熱を出した博士を独り置いて行けず、家政婦とルートは泊まって看病をする。朝になって甲斐甲斐しく世話を焼きリンゴジュースを勧める家政婦に、博士はさめざめと泣く。涙の理由も説明もなくそれは誰にも分からない。けれど凄く伝わるものがある。(勝手に家に泊まり込んだことで家政婦は解雇されてしまう)。

二つ目は、家政婦が解雇された数ヶ月後、ルートが博士に読ませたい本を持って遊びに行く。解雇された家に息子を送り込む行為に不審を抱いた義姉は「目的は金か?財産目当てか?」と家政婦とルートを呼び出して問い詰める。ショックで泣きじゃくるルート。その状況が耐え切れなくて、博士はメモに何かを書いて机の上に置く。
「e^πi+1=0」
それを目にした義姉ははっと全てを理解したように話を終える。そしてまた家政婦を雇い直す。
書かれた公式は『オイラーの等式』と呼ばれるもので、「数学史上最も美しい等式」とまで言われるもの。全く無関係に存在している筈だった複雑な数字に一つ足すだけで完璧な調和が生まれることの発見。矛盾なく美しいものの存在に全てが抱き留められること、そう造られたこの世界の不思議さ。

「義弟は、あなたを覚えることは一生できません。けれど私のことは、一生忘れません。」
博士と義姉の、物語では語られない関係性。『オイラーの等式』を一瞥しただけで全てを読み取る知性。

ラストの語り手の現在はルートが中学の数学教師に採用された11年後、多分2004年。原作の小説が発表されたのは2003年である。
終演後、原作を買い求める人が多数いた。

ちなみに自分の「た組。」BESTは花奈澪さん主演の『惡の華』。小説でも映画でもない演劇の面白さに満ち溢れていた。
フツーの生活 沖縄編

フツーの生活 沖縄編

劇団昴附属養成所

Pit昴/サイスタジオ大山第1(東京都)

2023/02/15 (水) ~ 2023/02/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★


舞台美術が素晴らしい。前回観に来た時と全く違う会場構成。スタジオ空洞みたいに横に長いセット。ガマ(沖縄の鍾乳洞、戦時中は避難壕として使用)が見事に再現されている。遠くから聴こえる爆撃音。照明も見事。

戦時中、ハーベールー(蝶々)・ガマに避難した人々の日々。
島村泰平氏は柔道経験者のような見事なふくらはぎ。
賀原美空さんの三線が見事。
もっと笑いをまぶしてウチナーンチュの独特の生活感、空気感を醸成した方が良かった。妙な呑気さが逆にリアルだと思う。

ネタバレBOX

役者陣は熱演、文句なし。ラストの皆の合唱から青年の凶行、手榴弾の流れが説明的で勿体無い。絵で叩き付けて欲しい。

大変申し訳ないが脚本が稚拙に感じた。「戦時中の沖縄のガマを舞台に書いたら、まあこんな作品になるな。」の想像通り。80年前の実話を今、観客の面前に叩き付ける行為の難易度。コピーのコピーの焼き直しみたいな脚本に、作家個人の声が聴こえない。戦後まもなくではなく、今これをやるのであれば、観た人間全員がトラウマになる位やるべき。独り生き残る奴の人間関係をもっと掘り下げて描き込んで欲しい。それが現在から過去を追憶する者の余韻となる。
対話

対話

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2023/02/10 (金) ~ 2023/02/24 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

近年評価の高まるオーストラリアの戯曲。
粗筋と感想を目にして、これこそ自分が観るべき作品だと足を運んだ。
入場時に「必ず開演前にお読み下さい。」と配られる紙。
「一部、性暴力についての強い表現がございます。」との警告。「途中で会場を出ることは自身を守る行為です。」と不快なら我慢せず途中退場することを劇団側から促している。一体これから何を観せられるのか?異様なムードの会場。

観客が体験するのは地獄の光景。2回レイプ事件を犯した性的サディズム障害の青年スコット。刑務所で臨床心理士にOKを出されて仮釈放、弟の働くスーパーに勤務。そこで美人で良家の出である女子大生の客に目を付ける。ずっと我慢しようと様々な方法を試みるもどうにもならない。彼女のマンションに侵入し、帰宅と同時に室内に滑り込む。両手を後ろ手に縛り上げ口を塞ぐ。お気に入りのSM雑誌のグラビアを見せて、想像の限りを尽くして凌辱。罵倒殴打内出血虐待暴力性行拷問屈辱苦痛懇願、詰め込まれたコーラの瓶。彼女は絶望の果てに死ぬが、スコットは「殺意はなかった」と語る。
医療刑務所にて終身刑で服役中のスコット(声のみ山田貢央氏)。

今日一室に集められた8人。
被害者の父デレク(斎藤淳氏)、母バーバラ(安藤みどりさん)は今も地獄の日々を送っている。
加害者の母コーラル(山本順子さん)、姉ゲイル(天明屋〈てんみょうや〉渚さん)、弟ミック(辻井亮人氏)、叔父ボブ(河内浩氏)。
スコットを担当した臨床心理士ローリン(佐藤あかりさん)。
「修復的司法」の調停人・ジャック・マニング(八柳豪〈やつやなぎたけし〉氏)。
「修復的司法」とは罪に対して国家が罰を与える「応報的司法(刑事司法)」では、本当の意味での解決にはなり得ないとの考え方から生まれた。直接的な「被害者加害者対話」を通じて、被害者の回復と加害者の更生について当事者及び周囲のコミュニティの者が話し合うこと。性善説のようなぬるいイメージが付きまとうが、この試みに一体どんな意味があるのか?それとも何もないのか?は見てみないことには分からない。

この場にいないのは加害者と被害者だけ。
誰に一番感情移入して観ることになるのか?
被害者の母親役の安藤みどりさんがヤバかった。

ネタバレBOX

いろんな感情や思考が渦巻き、まとまりがつかない130分。死者がいなくなるのは不公平だ。この世界は生者達のもの。殺された者に発言権はない。残った生きている人達で一番心が安らげる方法を選択することが正解なのだろう。

加害者の家族は何もしていないのだから責めるのは筋違いというもの。だが被害者の両親の気持ちに誰もが共感する筈。出来ることなら顔を合わせたくないし、口もききたくはない。なら何故この場があるのか?

「奴は娘の未来だけではなく、過去をも奪ってしまった。娘の思い出のアルバムを開こうとしてもどうしても開けない。この娘が最期に行き着く結末の光景が頭をよぎることで、楽しい優しい思い出すら全て残酷なものに変わってしまう。」

娘の頬笑ましいエピソードを語り出す母。
娘が自ら企画主催した誕生会、両親が良かれと思って呼んだサプライズのマジシャン。それに怒り心頭のエピソード。キッチンの壁の色が気に入らなく、自らペンキでカナリア色に塗り替えるエピソード。意地になってやったものの、それが失敗だったことを終いには認める。話の途中でふっと何かを思い出し、慟哭を堪らえられない父。

「ふとした時に、神に娘のことを祈って下さい。」との母の言葉にはっとする。このどうしようもない修羅地獄を主観だけではなく、俯瞰する神の視点こそが心には必要なのか。
この台詞と、「娘はもう死んでいるのよ。」の台詞が一番突き刺さった。
どうしようもない現実の受容。
そのどうしようもなさすら、時間に包まれていく。

今作について正当な評価は出来ない。素晴らしい作品とは思わないが、ここまでいろいろ考えさせる(体験させる)ことに対して認めざるを得ない。

Oasisで一番支持されている曲、『Don't Look Back in Anger』〈「想い出を醜い感情(怒り)で汚さないで」〉のことを考える。
2017年5月22日の夜、英国マンチェスター(Oasisの地元)でISによる爆弾テロが発生。22人の死者、負傷者59人。哀しみと怒りに暮れた、犠牲者を追悼する集会で不意に一人の女性が『Don't Look Back in Anger』を歌い出す。段々と参列した皆が声を合わせて歌い出し、最終的には大合唱となった。このことが世界的に大きく報道されて、この曲はアンセム(この事件に対する民衆の心構えの象徴)となる。
これを知った作詞作曲のノエル・ギャラガーは今曲の印税収益をマンチェスター支援基金に全て寄付した。
初めに歌い出した女性はこう語る。「私達は起きてしまったことに対して後ろ向きになってはいけない。前を向き、未来に向かって行かなければいけない。」

「そう、サリーは待っていてくれる
 共に歩くには手遅れだと知っていながら
 彼女の気持ちは離れていく
 けれど、『想い出を汚さないで』ってそう聴こえたんだ」
生者に梔子

生者に梔子

牡丹茶房

高田馬場ラビネスト(東京都)

2023/02/15 (水) ~ 2023/02/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前半は死ぬ程面白い。この設定、この導入だけで群を抜いた才能。清水崇や中田秀夫はこの作家〈烏丸棗(からすまなつめ)さん〉に書かせた方が良い。「ああ、成程」と細かい所まで工夫の効いたシチュエーションに感心。テーマは「口は災いの元」。詰め過ぎの客席、客の期待度はMAX。

山形県にある黒殿山深願寺。冬の雪山の禅寺にて泊り込み一週間の断食道場を実施。参加者は女性四名、男性二名。住職の國枝大介氏、スタッフの飯智一達(いいともかずと)氏、池島はる香さん、二ツ森恵美さん。
芸能事務所所属の赤猫座ちこさんは8キロ痩せることを事務所から要求されて決死の覚悟。売れない芸人(杉本等氏)と妻(片渕真子さん)、専業主婦(三浦久枝さん)と仲の良いその隣人(佐藤友美さん)、やたら下調べをしてこの地に詳しい山田健太郎氏。

空腹でギスギスしていく人間関係。大雪に閉じ込められていく寺院。不意の闖入者。

飯智一達氏は楽しんごとライスの田所仁似。

ネタバレBOX

ここは曹洞宗の寺ではなく、元々は江戸時代に湯殿山(黒殿山?)信仰の拠点(山形県鶴岡市)となった真言宗・山岳信仰の寺院。自らの意志で断食死しミイラ化した遺体を即身仏と呼ぶ。一世行人(いっせいぎょうにん)と呼ばれた一代限りの修行者の即身仏を御本尊に祀る伝統。
参加者達は次々に起こるトラブルが自分等を即身仏にさせる為の罠ではないかと訝しむ。

この辺りから話がもやもやし始める。この寺では口のない女性(二ツ森恵美さん)を尸童(かばねわらし)と呼んで御本尊に奉っている。昔、廃墟の寺院で務所帰り(?)の國枝大介氏は尸童と出会った。人の死の間際の告白を聞くことが性癖だった彼はネットで自殺希望者を集めて逮捕された。尸童の正体はハッキリしない。病気の女性とも考えられるが、口腔のない人が生きられるとは考えられない。國枝氏は断食合宿参加者を極限状態に追い詰め、死の前の告白をさせる。その上で「これは嘘でした。お帰り下さい。」と参加者に帰宅を促す。怒り狂った参加者にリンチされて殺される国枝氏。実はこれも国枝氏の当初からの策略で、皆に誰にも話せない共有する罪の意識を植え付けることが目的。尸童に抱かれて死んでいく。

ディレクターや輩の存在意義もハッキリしない。即身仏に憧れる修行僧みたいなキャラが欲しい。
撮影された謎の映像を後日観ている、別の視点が必要。その語り手がこの寺で一体何が起こったのか考察するような構成にするべき。

後半はどんどんどんどんガッカリしていった。
磁界

磁界

オフィスコットーネ

小劇場B1(東京都)

2023/02/09 (木) ~ 2023/02/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

L字型の客席。舞台美術(金安凌平氏、西山みのりさん)がやり過ぎぐらいに凝っている。打ちっぱなしのコンクリート。(加工したシートを敷き詰めている)。廃墟ビルの埃の溜まった一室。雑然とそこら中に転がる椅子。両端に積み上げられた縄で縛られた椅子の山。ディストピア感満載、流れるインダストリアル・ミュージック。
二人が向き合い会話を進める途中でノイズ音が走る。するとカメラを切り替えしたように、互いの場所を入れ替えて会話の続きを始める。どちら側に座っている客にも役者の表情が見えるようにとの配慮だろう。とにかく客に見せたいものがハッキリしている。

磁界とは磁気が働く空間の状態のこと。
「教示願います。」
マルガイ(被害者)、マルヒ(被疑者)、警察用語が飛び交う。

署長(青山勝氏)、課長(大滝寛氏)、係長(谷中恵輔氏)、主任(西尾友樹氏)、巡査(井上拓哉氏)のヒエラルキー。それぞれ味のある役者が重厚なハーモニーを奏でる。格と名のあるプロレスラーが次々にリングに登場し、ファンの妄想を刺激するような。青山勝氏は怖ろしい。権力という暴力を身に纏っている。

失踪した妹に電話で金を無心された姉(柿丸美智恵さん)、双子の妹(異儀田夏葉さん)、相談を受ける弁護士(狩野和馬氏)。
柿丸美智恵さんの居酒屋のシーンは人間的で良かった。
双子という設定で、失踪した妹役も異儀田夏葉さんが演ることの予想はつく。判っていても度肝を抜かれる。

熊井啓映画の気分。反権力弁護士は鈴木瑞穂にやらせたい。
西尾友樹氏はテッド・バンディみたいなサイコパス役が似合うと思う。企業舎弟のインテリヤクザや新興宗教の広報(上祐史浩的役回り)なんか打って付け。まともな善人役では勿体無い奥行き。目の玉が据わる演技が凄い。ティム・ロス流か?目の玉のくすみで役柄の内面の変化を表現する技術。ゾッとした。ここだけでも今作を観る価値は充分ある。

ネタバレBOX

西尾友樹氏が罪悪感に押し潰されそうになる、象徴的な場面が欲しかった。

最もド迫力な名シーンは、個人の判断で遺族に謝罪に行った西尾友樹氏を叱責する青山勝氏の場面。「お前等末端が意思を持つな!」と言わんばかり。組織の論理で徹底的に総括される。逃げる余地などもう何処にもない。

実家の母の世話を妹に押し付けて出て行った姉。未婚なのか姓は変わっていない。駅前のスーパーでレジ打ちをしていた大人しい妹。ホストや風俗嬢と何処で知り合ったのか、家族や仕事を投げ出す程の刺激的な出会いだったのか?そこにも描かれていない“磁界”に囚われた者の物語が。

警察批判というよりも組織論の話。最も無駄がない最強の組織は軍隊である。上意下達で組織が一人の人間のように動く。頭脳の部署が決定したことを正確に遂行することのみが要求される。個々で判断したりためらったりすることは許されない。それが軍隊であり、全ての組織はそれに傚ったもの。組織で生きていくことを決めたならば個々の善悪の判断は邪魔になる。どれだけ優秀な機械に徹することができるのか。
今作は学校や新興宗教を舞台にしても面白かったと思う。自殺した生徒の苛め問題の隠蔽。理想を持って身を投じた筈の宗教団体の中で、組織論で醜く捻じ曲がっていく信仰の有様。

嫌なら必死でその“磁界”から逃げるしかない。
生活と革命

生活と革命

マチルダアパルトマン

OFF OFFシアター(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

⑤が池亀三太演出、①にも参加。他は役者陣のみで演出。

①「ふやけたヌードル」
母の葬式後、四十過ぎの兄(坂本七秋氏)と介護の為に夢を諦めて帰省していた妹(松本みゆきさん)が今後について話し合う。

②「のがしたフィッシュ」
部屋には血溜まりに倒れている男。樋口双葉さんと冨岡英香(はなこ)さんが対峙している。

③「ひみつのキヨスク」
Kioskの美人店員の私設ファンクラブを秘密裏に長年作っている二人、葛生大雅氏と久間健裕氏。くずうっちが自宅にたけちゃんを呼び、「聞いて貰いたいことがある」と伝える。

④「つらなるワンナイト」
半年一緒に同棲していたカップル。突然、小久音さんが大垣友氏に別れを告げる。

⑤「めぐるキャット」
必見。全員登場。

MVPは葛生大雅氏、飛び道具感。久間健裕氏はセンスがある。

隣の駅前劇場の音が結構聞こえるものだ。

ネタバレBOX

何かあんまり面白くない短編の連なり。⑤だけぐっと来た。猫が繋いでいく人間の関係性は美しい。喧嘩別れした二人が2年振りに猫の為、再会する美しさ。全く関係のない人達の個々の繋がりの細い線が、別れた彼女が連れ帰った愛猫を自分のもとにまで届けてくれる温もり。人間は個々それぞれは全く関係がないように見えて、どこかしらでか細く繋がっている。これだけで素晴らしい作品の草稿足り得る。

矢野顕子がTHE BOOMをカバーした「中央線」を想い出す。
「逃げ出した猫を探しに出たまま
 もう二度と君は帰ってこなかった
 今頃君はどこか居心地のいい
 町をみつけて猫と暮らしてるんだね」
運動会をやりたくない

運動会をやりたくない

万能グローブ ガラパゴスダイナモス

駅前劇場(東京都)

2023/02/09 (木) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

客入れSEがandymori。「モンゴロイドブルース」なんかいい感じ。「都会を走る猫」のメロディーが耳に残る。「ベンガルトラとウィスキー」なんてカッコイイ。

友田宗大氏の降板の為(理由は未公表)、初日と二日目のマチネを中止。二日目のソワレから作・演出の川口大樹氏を代役として開幕。全く先月の艶∞ポリスと同じ展開。

しかしこれが面白かった。ネタとしては『ナイゲン』+アンジャッシュの勘違いコントなのだが、人の描き方に感心した。

福岡の寂れたシャッター商店街。そこに新たに店をオープンする脇野紗衣(さえ)さん。地元の町内会に手厚く歓迎される。この脇野紗衣さんのキャラが面白い。読めそうで読めない。掴めそうで掴めない。波風立たない静かな田舎町に落とされた、誰にもコントロールの効かないインフルエンサー。
ここから町の何かが狂い出す。
会長代理のスポーツ用品店の石井実可子さんと文房具屋の野間銀智(うち)さんの幼馴染みコンビが実質観客目線を担う。こういうところが巧い。
和菓子屋の椎木樹人(しいきみきひと)氏、居酒屋の杉山英美(えみ)さん、ガラス屋の川口大樹氏、カフェの千代田佑李さん、コンサルタント業の澤柳省吾氏は竹内涼真っぽい。

ありふれているようでありふれていないキャラクターの織り成す独特な喜劇。

ネタバレBOX

クライマックスの運動会の構成がイマイチ、テンポが悪い。あれよあれよと畳み掛けてカオスに導いて欲しい。
野間銀智さんのデザイン画のエピソードが秀逸。

※4月8日に劇団からアナウンス。友田宗大氏の降板理由が、公演初日に問題行為が発覚した為とのこと。一体、何が起きたのか?
ストリッパー物語

ストリッパー物語

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/09 (木) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

里中満智子さんがチラシのイラストを描いていることの不思議。
昨年10月に観た『酒乱お雪』、主演の藤田怜さんにやられた。元男装アイドル『風男塾』で藤守怜生として活躍。ルックス、演技、バレエ・・・、全てが揃った完璧(パーフェクト)超人。今回は主演の安藤瞳さんが体調不良の為、降板。急遽1月中旬から稽古に合流。その凄まじさは今作を観た人全員に焼き付いている筈。つかこうへいが原稿用紙に刻み込んだ情念の陽炎が鬼火となって立ち昇り実体化したような存在。

ストリッパーの明美(藤田怜さん)とヒモのシゲ(伊原農〈みのり〉氏)のつか流純愛劇。シゲが捨ててきた娘の美智子(星野李奈さん)が高校生になって巡業に訪ねて来る。

選曲のセンスが良い。定番「夜桜お七」から始まり、「イルカの日」のサントラ、「ホット・スタッフ」に「メモリー」、ビヨンセの「クレイジー・イン・ラブ」。暗いシャンソンからグラインドコアにテンポチェンジする曲なんか良かった。
脳梅にかこつけて、泉谷しげるの「おー脳!!」を歌う伊原農氏。
五十嵐明氏はルー大柴や“リーダー”渡辺正行を思わせる動き。
能面をかけて踊る椿紅鼓(つばきべにこ)さんの舞踏も印象的。
本職のストリッパーでもある若林美保さんの技、エアリアルフープ。もうエロスを超えた技術。これに挑む藤田怜さんの身体能力の高さ。

のぐち和美さん一座のショーとして完璧な出来。つかこうへい作品の正しい解釈。

ネタバレBOX

公演後、地元のヤクザやら議員やらに明美を要求され、車でホテルまで送り届けるシゲの述懐。車の中でことが終わるのを煙草を吸ってじっと待つ。明美の部屋に懐中電灯で合図を送るとSEX中の明美が窓越しに手を振る。懐中電灯によるモールス信号のメッセージに、明美はライターの火の点滅で返す。「愛してる」「私もよ」。
もの凄い詩だ。誰にも汚せない、二人にしか触れられない絆。

SION 「夜しか泳げない」
 夜しか泳げない魚は影を連れて歩かない
 だけど光だけが光じゃないことだけは太陽より知ってる
ほどよく洒落たチョコレート

ほどよく洒落たチョコレート

劇団4ドル50セント

シアター・アルファ東京(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

艶∞ポリスの岸本鮎佳さんが脚本、流石に面白い。三本のオムニバスなのだが、一本目のセンスにやられた。ずっとこれで通して欲しい位。トム・クルーズ主演の『オール・ユー・ニード・イズ・キル』が大好きな人は劇場に足を運んで欲しい。こういう笑いのセンスこそが求められている。

石原さとみ似で話題になった安倍乙(おと)さん、エースの風格。
前田悠雅さんはすでにベテランの貫禄、首が長い。
岡田帆乃佳さんは総監督、たかみなの域。自分が何をすべきかが俯瞰的に見えている。

正統派アイドル劇団、ガチガチにシリアスな古典なんかを演って欲しい。

①「大友デパート地下食品売り場」
バレンタインデーの日に合わせ、デパ地下和菓子屋で「らぶらぶ饅頭」を販売することに。前日に追加の発注を掛けた筈が倉庫に在庫はない。

②「人生オーディション」
あるドラマのオーディション、監督の到着が遅れていて受験者達は控室で呼ばれるのを待っている。

③「男と女と犬と猫」
腹を壊した愛犬をペットクリニックに連れてきた女。そこに愛猫を連れて現れた男は、長年推し続けてきた人気俳優であった。

ネタバレBOX

前説は後藤めぐみさん。
スケッチ①浮気した彼氏の軽薄な言い訳にキレてボコボコにする女(吉川真世さん)。

①「大友デパート地下食品売り場」
2/13から2/14までの日々を何度も繰り返しループしてしまうバイトの安倍乙さんと店長の罍(もたい)陽子さん。安倍乙さんが営業の内田航(わたる)氏に告白された喜びで「らぶらぶ饅頭」を発注し忘れたのが原因と睨む。バイトの本西彩希帆(さきほ)さんの口が悪くて面白い。罍陽子さんは流石の貫禄、柴田理恵みたいなキャラで見事に笑わせる。メチャクチャ面白い。

スケッチ②男との飲みの席でドン引きされる女(吉川真世さん)。

②「人生オーディション」
売れない女優(前田悠雅さん)、少し業界に顔が利く女優(宮嶋璃乃さん)、かなり売れている女優(國森桜さん)などの人間模様。他には前田悠雅さんの元彼(宮地樹氏)、場違いな劇団員(辻本耕志氏)、猛烈に腹を下している中村碧十(みんと)氏。この6人が何かの手違いで外から鍵を掛けられてしまい密室に閉じ込められる。
一人だけ世界観の別な辻本耕志氏の味が効く。都合いい便失禁ネタなど後半が雑な展開。宮嶋璃乃さんの脚が長い。

スケッチ③わがままな夫との結婚生活。全く趣味嗜好が合わず、うんざりする妻(吉川真世さん)。

③「男と女と犬と猫」
岡田帆乃佳さんのキャラが秀逸。愛犬あずき(小谷皐月さん)への粗雑な扱いがいい。ドMのイケメン俳優(瀬谷直矢)と愛猫チョコ(田中音江さん)。岡田帆乃佳さんのおばさん演技が場内を沸かせる。
矢張り、後半の展開が雑なのが勿体無い。
愛犬家

愛犬家

甲斐ファクトリー

ザムザ阿佐谷(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

客入れSEがLOVE PSYCHEDELICO。「Last Smile」が何かに似ているなとずっと考えていた。レッド・ホット・チリ・ペッパーズの「snow」っぽいが、「Last Smile」の方が先。シェリル・クロウの「What I Can Do for You」に似ていると言われているらしいが(?)。「I miss you」はローリング・ストーンズの「ルビー・チューズデイ」っぽい。

ネタバレBOX

ラストはエリック・クラプトンの「レット・イット・グロウ」で締める。

死んだ愛犬をブルーシートにくるんで背負い、埋める場所を探して土砂降りの雨の中を何時間もとぼとぼと歩く初老の男(トラ丸〈伊藤順〉氏)。ブルーシートからは血の滲みが。それを不審に感じた若き警官(塩谷惣一朗氏)が保健所の職員の女(大槻千草さん)と共にその男の後を追う。
男はまむし指と呼ばれる太く短い親指を持つ。16年前、若く美しい、二十も歳下の会社のマドンナ(安藤紫緒さん)と結婚、娘(辻村妃菜さん)を授かる。しかし産まれた娘もまた、まむし指であった。
妻は不倫を繰り返し、醜いまむし指の娘に手袋を着けさせる。夫はその全てを許し、娘の為に同年齢のゴールデンレトリバー、デカプリオを飼う。娘と共に成長し、守護神として友達として共に人生を分かち合う伴侶としての祈りを込めて。隣の家の夫婦、廣井真知子さんに味があった。

物語は自己中心的な病んだ妻、顔色を伺うだけの卑屈な夫、学校でいじめに遭うコミュ障の娘を描く。6年前に妻は手首を切って自殺し、犬もとうの昔に死んでいた。ぬいぐるみのデカプリオをいつも大事に抱きかかえる娘。
デカプリオの散歩に行って帰ってくる父親(彼の妄想で本当は存在していない)。娘と口論になって思わず首を絞めてしまう。はっとなって我に返るシーンが。

いつから男の妄想なのかが焦点なのだが、ストーリーの流れは娘の高校生活の話に比重が傾き過ぎていてバランスが悪い。ラストに娘が高校ではぐれギャル達に受け入れられるエピソードが語られ、髪を染めた3人組が公園で楽しそうに遊んでいる映像が流れる。
「愛を育てよう 育てていこう
 満開に咲かせ 風に靡かせ
 晴れた日も雨の日も雪の日も
 愛は素敵なもの だから育てていくんだ」

誰もいない家で娘の映像を眺めていた男。
娘と同年齢の犬の死ということから、背負っていたのは娘の死体だったんじゃないのか。(それにしては大きさが小さすぎるのだが)。

正直、自分的には面白く感じられなかった。脚本がどっちつかずで振り切れていない。必要のない登場人物が多過ぎる。夫、妻、娘、それぞれを見つめるゴールデンレトリバー、デカプリオの視点が必要。
血は立ったまま眠っている

血は立ったまま眠っている

文化庁・日本劇団協議会

Space早稲田(東京都)

2023/02/01 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

全く期待していなかったせいか、自分的には意外と凄く面白かった。驚く程超満員。皆、何目当てなのか?
寺山修司が23歳(1958年)の時に書いた処女戯曲というだけで、頭でっかちでつまらなそうなイメージ。それに反し今作は寺山修司の名前を伏せた方が良いぐらい痛快。新人の新作だったとしたら随分と設定が古めかしく、逆に好意的に受け止められたことだろう。

「地下鉄の鉄筋にも一本の電柱にも流れている血がある
 そこでは血は立ったまま眠っている」
オレノグラフィティ氏の音楽が冴える。

沖縄顔の新垣亘平(あらかきこうへい)氏と赤塚不二夫キャラのような本間隆斗氏は使い勝手が良く売れそう。
甲津拓平(こうずたくへい)氏は前回観た時よりもかなり太っていて、似た別の人かと思っていた。六平直政に寄せたのか。
ズベ公3人組、金髪の内田敦美さん、胸の谷間を見せつける木村友美(ゆみ)さん、美脚の竹本優希さんがエロくて最高。
時代は違うが『ゴジラ対ヘドラ』みたいな厭世観。
首を吊ったマネキン、和式便所に捨てられる猫の死体。

今となってはステレオタイプの定型文のような設定と展開。逆にパロディーみたいに見えて楽しい。中島貞夫が渡瀬恒彦とピラニア軍団で撮りそうな映画。誰一人好感を持てるキャラが登場しないことが気楽でいい感じ。誰が死のうが生きようが何とも思わない。

ネタバレBOX

革命だなんだは所詮時代の流行歌。全ては“醜さ”の許容と否定でしかない。醜い現実に我慢出来ず“否定”を叫ぶか、「まあそんなもんだ」とせせら笑ってやり過ごすかの違い。革命(?)に燃える若者達への冷ややかな視線。筒井康隆の『霊長類 南へ』や『革命の二つの夜』を想起。やっぱり当時の大衆は皆馬鹿馬鹿しく感じていたのだろう。浅沼稲次郎を刺した山口二矢が、高校では馬鹿にされていたエピソードを思い出す。(あだ名は「右翼野郎」)。大多数のノンポリと少数のキチガイ思想家がこの世を司るバランス。
今作を現代劇にするならば、闇バイトに迷惑系YouTuber、炎上系TickTokerなどの登場する『闇金ウシジマくん』みたいになりそう。

何かSIONの初期作を聴いている感覚になった。
草迷宮~ここはどこの細道じゃ~

草迷宮~ここはどこの細道じゃ~

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺1(東京都)

2023/02/03 (金) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

かつて泉鏡花の『草迷宮』を寺山修司が映画化。40分の短編で、他の監督の二本と合わせオムニバス映画『コレクション・プリヴェ(個人的蒐集)』として1979年にフランスにて公開された。主演の三上博史、15歳のデビュー作。
原作のモデルとなった話は江戸時代中期の1749年、広島の武士の子息・稲生平太郎が実際に体験した実話、『稲生物怪録』(いのうもののけろく)。16歳の豪胆な少年が一ヶ月間毎日脅かしに来るありとあらゆる妖怪共を冷静にあしらう講談調の記録。

J・A・シーザー氏の1979年のコンサート、『ブラック・クリスマス』に於いて『組曲・草迷宮』として初披露。1986年、渋谷で開催されたイベント「テラヤマ・ワールド」にて「演劇実験室◎万有引力」により『幻想音楽劇「草迷宮」―てんてん草紙ー』と銘打ち初舞台化。2006年、『幻想燈音楽劇「草迷宮」―たずねて母の迷宮三千里ー』(こまばエミナース)にて二度目の舞台化。

そして今回は、
「『ブラック・クリスマス』の際に寺山修司が書いた原作より手毬唄を巡るエピソードを核として抽出した十九枚の台本原稿をベースに、前二回の公演や原作の要素を織り交ぜ···」(「Press Walker」より引用)。
最早誰の夢なのかも解らない。

J・A・シーザー氏はパーカッション。(キーボードも?)
琵琶語りの川嶋信子さんと巨大な二十五絃箏(そう)を操る箏奏者・本間貴士氏が素晴らしい。もうずっとLIVEで曲の合間に芝居位が丁度いい。ヴァイオリンの多治見智高ジーザス氏は聴いたことのない音色を響かせる。

亡き母(森ようこさん)の口ずさんでいた手毬唄。それをどうしても思い出せない主人公・明(髙橋優太氏)。その歌詞を探して諸国放浪の旅に出ている。横須賀市秋谷(あきや)にて川上から流れてきた手毬を捕まえ、上流にある廃墟と化した黒門屋敷に泊まり込む。

怪奇西瓜男(三俣遥河氏)の軽業師を彷彿とさせるアクロバティックなアクション。
裏の土蔵に監禁された色気違いの千代女(ちよめ)。
誘惑に抗えない少年時代の明(多賀名啓太氏)。
神隠しに遭った幼馴染みの菖蒲(あやめ)。
芋の葉で顔を隠しながら「通りゃんせ」を唄う童たち。

小寺絢さん、内山日奈加さん、真夢(まむ)さん、皆化粧が美しく女優陣が映える。

何度でも観れる良いLIVEだった。

ネタバレBOX

森ようこさんのラストの台詞、「ほうら···、お前をもう一度妊娠してやったんだよ!」

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