ノア美容室
劇団民藝
紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)
2023/02/11 (土) ~ 2023/02/19 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/02/15 (水) 14:00
座席1階
いい舞台だった。晩年の人間にとって、何が一番大切なのかを考えさせられる物語だ。劇作家ナガイヒデミの故郷である愛媛県の田舎町のパーマ屋を舞台に展開していく。相変わらず日色ともゑの熱演には感心させられる。
日色が店主を演じるパーマ屋は、お客も店主も高齢化し、今では常連の女性たちによるおしゃべりの場にもなっている。高齢化が進む全国の中山間地ではどこにでもある風景かもしれない。このパーマ屋の敷地が高速道路の予定地にかかり、立ち退きを迫られている。地元銀行の支店長である店主の息子は補償基金をもらって立ち退きに応じるよう説得するが、店を畳んで引っ越すのは、自分から人生の楽しみを奪うことだと首を縦に振らない。折しも大学の卒論を書くために帰省している孫娘も、祖母に味方する。
舞台は二部構成で、後半には旧知の戦場カメラマンが登場する。やや唐突感があるのだが、モデルは石川文洋氏だそうだ。本人がパンフレットに寄稿しているのだが、自分の慣れ親しんだ家を追われるのは、原発事故で故郷を追われた福島の人たち、戦争で故郷を失った難民と同じだと書いていて思わず納得する。二部では店主と戦場カメラマンの二人による会話劇となるが、希望の持てるラストシーンで何だかホッとした。
海外の作家の戯曲よりも、民藝にはこうした落ち着いた会話劇が似合うのではないか。若いファンを獲得する一助にもなるような気がする。
ストリッパー物語
Project Nyx
ザ・スズナリ(東京都)
2023/02/09 (木) ~ 2023/02/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/02/10 (金) 14:00
座席1階
「飛龍伝」よりもずっとプロジェクト・ニクスらしい舞台。美女劇の冠がぴったりで、今回はせりふにぴったりはまった選曲、切れのいいダンス、そして何よりも「きれい」という形容詞で表すのが一番な舞台を楽しんだ。
地方を行脚するストリップ劇団員たちの群像劇。踊り子とヒモのペアがそれぞれユニークで楽しめる。微妙な力関係、恋愛感情の交錯、そして近いようで遠い普通の結婚。舞台はダンスと音楽で楽しいのだが、何となく哀愁が舞台を流れていくのもいい感じだ。
暗幕への映写をうまく使って最初に出演者の紹介があるのがおもしろい。ラストシーンも劇団員の行く末を記した字幕で結ばれる。
ストリッパーの踊りというと「淫靡」と連想するが、今回登場する女優たちは鍛え抜かれた身のこなしで新体操選手並みの華麗な演技を展開する。2021年にストリッパー物語を上演した中野の「満天星」より「スズナリ」の方が舞台が若干大きいこともあって、ダンスの切れが余計にさえて見えたのかもしれない。とはいえ、今回の舞台も男性陣の殺陣などが入ると役者同士の間隔の余裕があまりなく、あれだけ激しく動いて衝突しないかとドキドキした。
東京に大雪が降った日だがスズナリは満席。客席の拍手も大きかった。
初級革命講座 飛龍伝
Project Nyx
ザ・スズナリ(東京都)
2023/02/02 (木) ~ 2023/02/06 (月)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/02/03 (金) 14:00
座席1階
つかこうへいの名作。プロジェクト・ニクスが扱うとどうなるかなと考えながらスズナリに来た。当然なのかもしれないが、ニクスがこれまで売りにしてきた「美女劇」とは趣を変え、この劇団が新たな挑戦をしているように感じた。
学生運動は、その時代をリアルタイムに感じてきた年代と、自分のようにそれ以降に生まれた年代とは決定的に受け止め方が違うと思う。この舞台では、最初に用語集の解説があるなど異例の展開でその溝を埋めようとしたが、やはり舞台へのパッション、含蓄あるせりふへの理解度など溝を埋めるには及ばなかったのではないか。中島みゆきの「世情」には少し心を揺さぶられたが、「シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく」をリアルで経験していないのは決定的だ。
終幕の拍手に力が入ったお客さんは大多数が初老の世代。いつものニクスの舞台のお客さんとは明らかに違っていた。
ニクスらしい見せ方もあった。幕あいのところで若い女性看護師さんが白衣姿で歌い、踊る場面などはインターミッションとしてうまい盛り上げ方だった。
安保闘争や三里塚闘争など、当時の学生たちは政治に怒りをたぎらせ行動に出た。機動隊は権力の象徴として描かれているが、本当の政治権力は国会議事堂や永田町の中でかすり傷一つ負わず、平然としていたのだ。結局、学生運動は政治の流れを大きく変えることはできず、日米安保条約は今も継承され、成田空港は開港する。その後の世代はシラケ世代とか無関心世代とかやゆされるが、前世代の若者たちの挫折こそが、政治への無関心、もはや政治への怒りの表出すらあまりない世の中につながっている。そう考えると、この世代が、パッションが失われた反動による無関心という大きな負の遺産を残したと言わざるを得ない。舞台ではそういうところに触れた部分はないのだが。
世代の感覚もじゃまして、飛龍伝には心から感情移入はできなかった。これは、他の劇団による舞台を見ても、きっと変わらないだろうと思う。
南四局は終わらない
マグマ∞(フォーエヴァー)
浅草九劇(東京都)
2023/02/01 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/02/02 (木) 14:00
青年座のメンバーが居酒屋で盛り上がり、「自分たちで納得できるおもしろい芝居をやろう」と結成が決まった「マグマ∞(フォーエバー)」。作・演出に田村孝裕を迎えての初公演というので、観ないわけにはいかない。浅草の奥深くへ観劇に出掛けた。
舞台はその浅草にもありそうな、昭和の空気を重く引きずる雀荘。かつて、雀荘は大学のある街とか下町とか、そこかしこに存在したのに、昭和が過ぎ平成の世になって少しずつ姿を消してしまった。浅草は今も、昭和の空気をまとった場所が残っているだけに、浅草を上演の地に定めたメンバーたちの思いが伝わってくるようだった。
そしてその雀荘は、今、高齢者たちを中心にはやっている「飲まない、吸わない、賭けない」の健康麻雀などどこの世界かという「昭和」だ。ビールを飲みペヤングのソース焼きそばを片手にリーチをかけ、たばこの煙でトイメンの顔がかすむという環境で徹夜をし、最後は勝者も雀荘代を差し引くとマイナスになるという、学生時代の「徹マン」を思い出す舞台セットだ。
まあ、こういう雰囲気を味わえたらと期待して出掛けた自分はまず、来た甲斐があった。物語はこの雀荘を経営する姉妹をキーパーソンにして、夜な夜な現れる常連たちの人間関係を描く。ここに現れるのが、この雀荘を買い取ろうという女(松熊つる松)と、「近くに住んでいるから」と現れた謎の未亡人(ひがし由貴)。物語は「もう、この店を閉めてしまおうかな」と時代の流れで消えていくような世間の雀荘と同様な空気が描かれていく。
さらに、この雀荘も時代の波に洗われるように、健康麻雀への流れにはあらがえない。ラストシーンは何となくハッピーかもしれないが、見終わったあとの寂しさは時代に取り残されたような人たちの心をえぐっていく。
時をちぎれ
劇団青年座
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2023/01/20 (金) ~ 2023/01/29 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/01/25 (水) 14:00
青年座としては異色の舞台だったと思う。土田作品をテンポよくきりっと仕上げた秀作だ。
会社など日本の組織ならどこにでもあるような人間関係をおもしろく展開した。社の幹部が室町幕府が好きというだけで京都の本社を室町御殿と呼び、調度品などもそれを思わせるつくりにしてある変な会社が舞台。サプリメントがバカ売れしたということで成長した会社で、冒頭、コマーシャルと思われる珍妙な歌が流れる。
社長がちょんまげ姿でその奥さんもお姫さまのスタイル出てくるのだが、本当におもしろいのはこのようなルックス、お互いの呼び方や古風な名称を付けた役職ではなく、今の会社に通じる不倫やパワハラなどの人間関係だ。地下の倉庫であいびきをするというのも古風だが、室町幕府だからこれでよいのか(笑)
しかし、こうした会社の人間関係を中心とした展開であるなら特に室町幕府にしなくてもよいのだが、そんなことは邪推なのか。話の面白さをベースに爆笑ポイントが多々あり、純粋に楽しめる舞台に仕上がっている。
はやくぜんぶおわってしまえ
果てとチーク
アトリエ春風舎(東京都)
2023/01/19 (木) ~ 2023/01/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/01/22 (日) 14:00
チクチク刺さるような言葉が浮遊する不思議な感覚だった。
唯一実際に出てくる大人が女性の先生で、この人が一身にJKたちの標的となってしまっているようだ。客席はこの先生と同じ、大人たち。客席に引っ込んで眺めているから深手は負わないが、舞台に立っていたらたぶん、浮遊する言葉で血を流すかもしれない。
物語は、女子校でミス・ミスターコンテストが先生の圧力で中止になるところから始まる。中止の理由が、容姿などに順位を付けるのはいかがなものかという点と、性自認の観点からということだった。性自認の観点は「多様な人、多様な性があるから、男女という単純なカテゴリーでランク付けしてはならない」と言ったのかと思ってしまったが、当時の大人たちがそんことを言うはずはない。
舞台には、女性であることに違和感を感じている生徒が登場していて、仲間の生徒たちは比較的ナチュラルに受け入れているように見える。ただ、10年前の女子校という設定だから、まだまだLGBTという言葉が浸透していないころだ。世の中には男と女しかいないという大人たちによる空気で育ってきたJKたちだから、やっぱりどう扱っていいか分からない微妙な空気も流れたりする。
そんな細かなところまで感じさせるうまい会話劇だった。ラストシーンを飾る、余りにもありがちな事件に、大人たちはやはり、上から目線ではなくきちんと現実を知ることから始めなければいけないと感じる。生徒が発する強烈なひと言は身震いするほどだった。
1時間とコンパクトな舞台だが、余計な登場人物やシーンを出さず、きっちりと余分なものをそぎ落としたシャープな舞台だ。しかも、うまく構成されていたと思う。ただ、ラストシーンのメタファーはよく分からなかった。断絶の象徴? それとも…。
さなぎになりたい子どもたち
演劇集団 Ring-Bong
座・高円寺1(東京都)
2023/01/18 (水) ~ 2023/01/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2023/01/19 (木) 14:00
座席1階
ヤングケアラーの女子生徒を中心として、いまどきの中学校が抱えがちな問題点を鋭く突いた舞台。「生徒はこうあるべきだ」「家庭はこうあるべきだ」という教育現場にありがちな暗黙の規範意識への異議申し立てである。
主人公は、精神疾患の母親をケアする中学三年生。彼女は学校にはまったく自分のことを話すことなく、母親のケアのための遅刻や早退を繰り返している。学校側は、この子は素行が悪く「いくら指導してももう仕方がない」とみている。彼女が抱える事情は劇の中盤で明らかにされるのだが、食事や洗濯など家事を母親に代わって一身に背負っている状況を、校長が「すばらしい。これを生徒の前で発表すれば、彼女への見方が変わる」などととんちんかんなことをおっしゃるのにはため息が出る。さすがにここまで、男性管理職の意識はひどくないとは思うのだが、「ひょっとして似たようなことがあるのではないか」と客席に思わせるに十分だ。
物語は中学三年が卒業するまでが描かれるが、成績抜群の優等生やスポーツ推薦を受けられるような男子生徒の苦境も真に迫っている。ラストシーンの卒業式の場面はハラハラドキドキ、思わず涙が出てきてしまった。これは脚本のよさだけでなく、演出の妙という部分もある。
先生たちも事なかれ主義の人がいたり、個人的な事情を抱えて苦労する人がいるなど多彩で、これも見る人を飽きさせない。主役はヤングケアラーだが、それぞれの事情が明かされていく群像劇でもあるので、テンポよく進む2時間の上演時間はあっという間だ。
リンボンは前作も拝見したが、今作の方がはるかによかった。それは取りも直さず、リアリティー満載の舞台だったからだと思う。
炎の人
劇団文化座
俳優座劇場(東京都)
2023/01/11 (水) ~ 2023/01/18 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2023/01/18 (水) 14:00
本日は千秋楽。これから旅公演に出るのだという。この迫力のある舞台はぜひ、全国のファンにも届けてほしい。
文化座は創設の時代から三好十郎の戯曲を上演してきた。これまでも「獅子」など多くの作品を上演してきたが、この「炎の人」は民藝が初演し、レパートリーとなっていたことは知らなかった。文化座にしてみると、これは里帰りをした作品のようなものなのかもしれない。三好自身が画家を志していたこともあっての戯曲だが、天才画家と「狂人」は紙一重なんだとこの舞台を見てつくづく思う。
だが、炎の人をみる限り、ゴッホは努力家でもある。デッサンをまともに描けず、懸命に練習する様子が序盤で出てくる。子持ちの娼婦を愛し結婚すると宣言するところを見ると、自分の信じる愛に生きた人なのだろうとも思う。さらに、炭鉱労働者に代わって会社に直談判に行くという、ある意味で自己犠牲の固まりのような側面もあると知る。
物語は絵が全く売れず弟の稼ぎを頼りに絵に没頭し、それを重荷に背負って果てしない苦しみが続く画家の姿をダイナミックに描いている。今の時代から見るととても共感や同情ができないゴッホの姿だが、周囲の人たちは寛容、おおらかな感じで見守っているのが印象的だ。
今回、老婆役で少しだけ登場した佐々木愛は、役柄を変えて何度も出演している。佐々木の孫娘が最終場近くでダンスと共に力演するのを見ると、文化座の世代交代の空気を少しだけ感じる。
ぬるま湯のあとさき(12/26.27の公演中止)
ツケヤキバ
OFF OFFシアター(東京都)
2022/12/21 (水) ~ 2022/12/27 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/22 (木) 14:00
下北沢で「UCHIAGE」という演劇人が集まる店をやっている俳優関口敦史が主宰するユニットの旗揚げ公演。演劇好き、アラフォー、そして人生これでいいのかと考える瞬間を持っている人。いずれもこの舞台、見るべし。刺さるところがたくさんあって、苦しい? いや、爽快な1時間半の舞台を楽しめる。
男性4人が同居しているという設定。部屋の飾り付けはクリスマスで、ちょうど今にぴったり。だが、楽しいクリスマスパーティーは始まらない。冒頭からグサグサ刺さる鋭い会話劇が展開する。
40歳だが母親に仕送りをねだりながら俳優を続ける男、36歳だが俳優をやめてこの部屋を出て行こうと考えている男。仕事は失敗ばかりで年下の上司に大目玉を食らっているやや年上の男。離婚した妻が再婚すると聞いて泥酔して帰ってきた男。登場するのはアラフォーのおじさん4人だけだ。この4人がなぜ同居しているかというのは不明だが、あまり気にしなくてもよいのだろう。
マイルドな会話にとげがある。身もふたもない展開となっていくが、なぜか開き直ったような明るさも。クリスマスに彼女と見る舞台じゃないかもしれないが、やっぱりなぜかすっきりした気分で劇場をあとにできる。見た後はやっぱり、UCHIAGE? 愛すべき下北沢の演劇人の、舞台の続きが酒場にあるかもしれない。
老いた蛙は海を目指す
劇団桟敷童子
すみだパークシアター倉(東京都)
2022/12/15 (木) ~ 2022/12/27 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/12/21 (水) 14:00
座席1階
毎回舞台美術が楽しみな桟敷童子は今回、客席中段まで白い菊花が咲き乱れていた。生と死が隣り合わせにある貧民窟が舞台で、菊の花にどんな意味があるかは劇中で明かされる。さらに、今回のラストシーンも圧巻であった。舞台美術もさることながら、板垣桃子の鬼気迫る演技に目はくぎ付けとなる。ゴーリキーのどん底がこのようなアレンジとなるなんて。秀作と言わざるを得ない。
青山勝が桟敷童子に出るのを初めて見た。このような豪快な演技をする人なんだと感じ入った。「道学先生」でのイメージとはやはり、少し違っていると思う。自分には新鮮な発見だった。このほか藤吉久美子の妖艶な存在など客演ばかりが注目、というわけではない。桟敷童子のメンバーも相乗効果というのだろうか、藤吉久美子の妹役を演じた増田薫、人生訓とも言えるような謎めいた名言を吐く老婆役の鈴木めぐみ、青山が親方を演じる乞食会社「残飯屋」のメンバーで存在感を発揮したもりちえなど、いつもにまして迫力が違う。こうした役者たちの熱量を感じに行くだけでも、劇場に足を運ぶ価値はある。
貧乏な人が貧乏な人を搾取する、生きていくだけで精一杯で自分のことしか考えられない。舞台は特高警察が思想取締りを強化していた昭和の初めごろだろうが、こんな世相は過去の話ではない。物語に現代を示唆する部分はないが、気が付いたら「どん底」という時代はもう、たくさんである。また、炭坑労働は桟敷童子では定番と言われるほどよく出てくるが、今回も悲劇の引き金を引いたアイテムとして語られる。
約2時間、舞台転換も敏しょうで、息つく暇もなくラストシーンになだれ込んでいく。今回も見逃すと後悔するぞという舞台をつくってくれた。桟敷童子ファンにはすばらしいクリスマスプレゼントだ。
凪の果て
動物自殺倶楽部
雑遊(東京都)
2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★
鑑賞日2022/12/14 (水) 19:00
座席1階
幕切れがあまりにも突然で、明るくなった客席は何が起きた分からず拍手も起きなかった。いろいろとっちらかしておいていきなり終わりで、それはないだろう、という感じ。
始まりから不協和音を中心とする効果音、ちょっとおそろしげな照明が続く。
要するに、離婚をしたい夫と別れたくない妻にそれぞれ弁護士がついて、協議に向かう過程で話し合いをする劇。夫は妻の攻撃的な姿勢に萎縮し、職場の派遣の女性と恋に落ちた。不貞ということで離婚の原因が自分にあるとは分かっているが、妻とは別れたいと切望している。妻は夫の態度が許せず、別れたくない理由は夫を苦しめたいがため。お互いに身勝手極まりない離婚協議が展開するが、双方の弁護士も実は相当なタマだ。突っ込みところ満載の会話劇が進んでいく。(沈黙も多いので会話劇とはいえないかも)
百歩譲ってまあそれはよいとして、物語はさらに複雑度を増して「さあ、どう結ぶんだ!」という段階になって、冒頭にも書いたような幕切れ。女性の生き方についてのせりふなども後段に出てくるが、いったい作者は何を言いたかったのだろう。
それにしても、これから何が起きる、というところでいきなり幕を切ってしまうのは客席の欲求不満が募る。これが作品の表現の仕方と言われたら仕方がないが、何のために1時間半の時間を劇場で過ごしたのかと自分は感じた。それはないでしょう、と劇場を後にした。
最後の伝令 菊谷栄物語-1937津軽~浅草-
劇団扉座
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/12/13 (火) ~ 2022/12/18 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/12/14 (水) 14:00
座席1階
エノケン全盛期の作品を数多く書いた作家、菊谷栄の物語。最後の伝令とは、中国戦線に赴くために青森に集結した旧陸軍部隊に東京から赴いた菊谷に、劇団員からのメッセージを伝えに走った青森出身の女優のこと。劇中では彼女がなぜ菊谷のいる東京の劇団に入ったかの経緯も明かされ、戦時下の暗い時代に夢と希望を追った女性の人間像も描かれる。
浅草の庶民の娯楽、喜劇や華やかなレビュー。舞台では冒頭から、楽しい歌と踊りが展開する。しかし、エノケンの全幅の信頼を受けていた菊谷は、召集令状を受けて黙って青森へと姿を消す。伝令に走ったのは、青森出身の女優だ。なにせ会話は強烈な青森弁だから、何を言っているかはあまり分からない。それでもこの役を演じた北村由海は、体当たりの演技で劇団員からのメッセージを伝えていくところがとても印象的だ。
舞台の真骨頂は、菊谷がどんな思いで伍長として青森の若者たちを束ね、戦地に赴いたかというところだ。出撃前夜の宴席を通して、その無念さと、吹っ切ってきたはずの吹っ切れない気持ちが痛いほど伝わってくる。劇団員たちの思いは、菊谷を無傷のまま戦地から故国に返してほしいという点に尽きる。それを受けて、菊谷の部下の若い兵隊たちは「100%完全に敵をたたきのめし、伍長殿をお返しします」と叫ぶ。だが、菊谷の独白では、自分たちがたたきのめす敵軍の兵士たちにも恋人や家族があり、やはり無傷のまま帰ってきてほしいとの一点を願っているだろうという趣旨のせりふがある。どちらかが倒れるまで戦うのが戦争だ。戦時下では劇場の扉は開かないと、強烈なメッセージが客席に届く。
そうしたせりふなどに胸を打たれ、鮮やかなダンスに目を奪われ、一時代を築いた浅草の舞台芸術が描かれる。ラストシーンに近いあたりで登場する見送りの場面がとてもいい。涙あり、笑いありで、客席の大きな拍手はいつまでも絶えなかった。扉座渾身の力作だと思う。
KARASAWAGI-2022
山の羊舍
小劇場 楽園(東京都)
2022/12/09 (金) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/12/09 (金) 14:00
座席1階
シェイクスピアがこのように今風によみがえるとは驚きだ。登場人物がスマホを手に検索したり、写真を見せ合う。不貞の「証拠」は、原作のように込み入った演技をしてふしだらであるといううわさを立てるのではなく、ベッドインの写真を画像で流す(もちろん、これは画像合成であったというオチだが)。そのほかにも動画を小道具に使い、下北沢の「楽園」という客席数わずかな小劇場で上演するためかぎゅっと圧縮して1幕もの2時間にまとめ上げるところなど、斬新だった。
圧縮したと言っても、原作のせりふはしっかりと生かされている。速射砲のように会話をぶつけ合う出演者たちの練度も高かった。イケメン・美女の配役は見事だと思う。ビアトリスを演じた演劇集団円の大橋繭子、ヒアローを演じた兒林美沙紀はどきっとするほどきれいだった。
とにかくシェイクスピアをこのように楽しませてくれる舞台はそうないだろう。わずか 三日間の上演。見逃すと損した気分になるかも。
いかけしごむ トイレはこちら 2本立て
Pカンパニー
西池袋・スタジオP(東京都)
2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/08 (木) 19:00
久しぶりに別役さんの不条理劇を見た。しかも二本立て。別役さんしかないと思われる、電柱に裸電球、そのわきにベンチというセット。見る前から期待が高まった。
1本目、「トイレはこちら」は電柱の脇に踏み台、天井から首くくりの縄。一見して自殺をめぐるお話かと思いきや、この首くくりの縄よりもベンチが効果的に使われる。主人公は最初に登場する自殺志望の女性でなく、後から来た「商売」をする男性だった。
この男性に、女性は積極的に声をかけていくのだが、実は次第に男性が不条理な会話の主導権を握っていく。首くくりの縄が実際に首にかかることはない。この男性の商売をめぐり、何とも言えない不条理劇が進んでいく。
もう一本のいかけしごむは、とんでもない発明品をめぐる不条理会話だ。やはりベンチが効果的に使われ、なぜか1本目と違ってベンチには「座らないでください」の張り紙が。同様に女性と男性の不条理会話が続くのだが、ここでも無口そうだった男性が、会話の主導権を握っていくのがおもしろい。
別役作品は一度見たらやめられない麻薬のような快感がある。楽しい夜だった。
夏の盛りの蝉のように
加藤健一事務所
本多劇場(東京都)
2022/12/07 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/08 (木) 14:00
座席1階
浮世絵の葛飾北斎、弟子の蹄斎北馬、武士であり絵師でもあった渡辺崋山、歌川国芳、北斎の娘で画才を発揮したおえいの群像劇。カトケン事務所には少し珍しい演目だと思う。3時間近くに及ぶが、長さを感じさせないのは、役者たちの個性的な演技のたまものだと思う。
今回、北斎役の加藤健一は余り目立たない。そのほかのメンバーが結構強烈だからだ。とくにおえいを演じた加藤忍、華山を演じた加藤健一の息子の加藤義宗はよかった。おえいは子どものころからの場面を演じるので大変だったと思うが、余り違和感を感じさせない演出だった。美人画のモデル役を演じた日和佐美香も、際立つ美しさを全身で表現した。
演出といえば、北斎の部屋だけを舞台とした構成はシンプルだがこれも違和感がない。引っ越し魔だったという北斎だが、荷車を引いて引っ越す場面から開幕し、その後何度も引っ越しシーンを重ねることにより、時と場所の流れを感じることができた。
ラストシーンが出色だ。ここでは明かさないが、群像劇の締めくくりとしては分かりやすく印象深い台本となっている。今回はいつもの爆笑シーンはほとんどないのだが、せりふの妙で笑わせるし、加藤健一事務所らしい仕上がりだと思う。
君に贈るゲーム
ラッパ屋
紀伊國屋ホール(東京都)
2022/12/04 (日) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
鑑賞日2022/12/07 (水) 14:00
座席1階
「人生いろいろ」という歌謡曲を思い出してしまった。さまざまな人生を想像しながら自分の来し方も考えたりする。劇場を出てこんなことを思い巡らせながら帰途に就く、とてもおもしろい舞台だった。ラッパ屋鈴木聡の面目躍如という感じだ。
自分はボードゲームといえば任天堂の人生ゲームしか知らないが、今作の舞台は世界中のさまざまなボードゲームが楽しめるカフェ。やっぱり常連さんがいて、しがない中間管理職という風情のおじさんがフラリと立ち寄るところから始まる。コロナ対策のマスク着用ということもあり、顔見知りではあるが素顔は知らず。お互いをニックネームで呼び合うが、同好の士ということだけあり親密な仲間だ。
そこで会長と呼ばれていた人が体調を崩したのかこなくなっていたが、ある日突然、秘書を名乗る人が来て会長の頼みを聞いてくれという。会長は何社も会社を率いているお金持ちで、静養中の海辺の別荘にボードゲームカフェの仲間に来てもらい、一晩で孫に与える人生を考えるボードゲームを作ってほしいというのが頼みだった。
そこで冒頭の「人生いろいろ」になるわけだが、先人も書いているとおり、この仲間たちはさまざまな経歴というか、多彩な人生を送っていて、ゲームにはそうした人生のエッセンスを盛り込んでほしいのだという。さて、どんなゲームになるのか。
ゲームの企画を構想するというクリエイティブな作業を一晩でやれというのも大変だが、仲間たちはスパイスの利いた会話を交わしながら、練り上げていく。この会話劇が秀逸だ。まさに、自分が経験できなかった人生を少しずつ追体験できるような構成で、それこそ客席の一人ひとりに妄想のタネを振りまいていく。
一時間半と長くないのもすてきだ。新劇系の劇団に多いが、15分の休憩を挟んで3時間半とか、いくら名作でも客席を引きつけるには限界がある。劇団の皆さんにはこんな点を考慮してほしい。
クリスマス・キャロル
劇団昴
座・高円寺1(東京都)
2022/12/01 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/03 (土) 14:00
座席1階
英国の作家チャールズ・ディケンズの名作で、あちこちで上演されている。「この世に生きる価値のない人などいない。それは、人は誰でも、誰かの重荷を軽くしてあげることができるからだ」という名言を残したと言われる。この作品は、頑固で偏屈で金にあざとい老人スクルージが聖霊の導きで変わっていくという物語で、この格言を地で行く舞台だ。
12月の上演にぴったりの演目。客席も親子連れがいたりして、少し華やいだ雰囲気。クリスマスソングが何度も歌われ、客席を引っ張っていく。
この意地悪で強欲なスクルージおじさんのような人は今でもいるだろう。そんな人の性格を果たして変えることができるのだろうか。現実社会ではなかなか難しいかもしれない。「聖霊の力じゃないと無理かなあ」と舞台を見ながら思ったりする。
しかし、このような性格は生まれ持ってきたわけじゃない。そうなる人生の経緯があるわけで、そのあたりも舞台で描かれる。ディケンズが言うように、その重荷を軽くできる人が近くにいたなら、と思う。スクルージは墓石に自らの名前が刻まれたのを見て震えあがるが、一歩間違えば強欲老人のままで生涯を終えてしまうぎりぎりのところで救われる。救うのはキリスト教的世界観だが、宗教と離れた世界でも「重荷を軽く」できる周囲の人が一人でもいたなら。劇団昴には、「重荷を軽くする人」を主人公にした現代版クリスマス・キャロルの物語を舞台でやってほしい。
ほどける双子
クレネリ ZERO FACTORY
梅ヶ丘BOX(東京都)
2022/12/02 (金) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/02 (金) 18:00
座席1階
大岩真理の劇作は、グッドディスタンスの「月に座る」がとてもよかったことで今回も期待して劇場へ。本多真弓の一人芝居。劇作の面白さと本多真弓の指先まで震える絶妙な芝居に魅了された。
赤ちゃんをベビーシッターに託して夫婦がオペラに出掛けるという設定で物語はスタート。最初はドレスアップして出掛ける妻を演じるため、ここが軸になって展開するかと思いきや、本多の芝居はベビーシッターに移り、そして…。
「女性に生まれたからには切り離せない事柄が、書いた当時の自分にまとわり付いていて、いろいろな断片と絡まり」と大岩は書いている。舞台を見ると、その意味が分かるような気がする。いろいろな断片を生々しい混沌として、それを本多が次々に演じていく。その断片が客席に突き刺さって怖いような気持ちになる。
1時間の短編だが、十分に堪能できる。繰り返すがこれは劇作の面白さだけでなく、本多の演技にも負うところが大きい。本当に指まで震えているのを目撃した。梅ケ丘BOXという小劇場の空間が震えたと思う。
残念だったのは、この劇場ゆえの外部の音だ。ちょうど交差点の近くにあり、バイクや車の音が劇中の音に混じる。まったく関係のない音なら気にする必要もないが、劇作の要素としての音だと思っていると外の騒音だったりして。やはり、下北沢の小劇場で上演すべきではなかったか。
アベベのベ 2
劇団チャリT企画
駅前劇場(東京都)
2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/12/02 (金) 15:00
久しぶりにチャリTを見た。前作のアベベのベを見ておけばよかったと後悔した理由は二つある。今回のチラシにある「風刺か?冒瀆か?」に釣られてしまったこと。つまり、前作の方が強烈ではなかったか、という後悔。もう一つはやはり、安倍元首相が存命中に見ておくべきだったという後悔である。
チャリTの強烈な風刺力を知っていたために過剰な期待をしたのかもしれない。亡くなってしまった人を風刺するのはやはり、難題なのかもしれない。結論から言うと、冒瀆ではありません。風刺でないかというとそこまでではないが、かなり穏当な作品という感想だ。
舞台は安倍元総理が夕刻、演説をする予定地近くのコンビニ。埼玉県の大宮というところがおもしろい。都合が悪いと簡単にシフトを抜ける学生バイトに「店長候補」は頭にきている。この人、大学時代にコンビニでバイトをして卒業後に就職をするもやめてしまい、またコンビニに戻ってきた。と言っても正社員ではなく、バイトなのだ。こんな設定が安倍政権も引き続き踏襲した新自由主義的な施策の落とし子だと言えなくもない。
奈良の銃撃事件、宗教2世の話など、今風の時事ネタも入ってはいる。しかし、安倍政権に向かって「こんな世の中に誰がした」と異議申し立てをするような場面は、店長候補にため口をきく男性バイトと店長候補の迫力満点のけんかの場面くらいだ。この男性バイト君が叫びまくるせりふが、ああ、そうだそうだと共感できるところだろうか。
勝手に期待して申し訳ないのだが、「風刺か?冒瀆か?」はちょっと誇大広告。でも、コンビニバックヤードの群像劇としては秀逸だ。冒頭で出てくる廃棄弁当の山は、さもありなんという感じでおもしろい。コンビニ同士の競争もリアリティ満点だ。やっぱりチャリTはおもしろい。
The VOICE
ブス会*
遊空間がざびぃ(東京都)
2022/11/24 (木) ~ 2022/11/30 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
鑑賞日2022/11/29 (火) 14:00
座席1階
これまでのブス会作品とはがらっと趣が違う、ドキュメンタリータッチでつづられる杉並区民の声。タイトルの通り、これは「声」が主役であり、登場する俳優たちはいろんな役柄を切り替えながら縦横無尽に声を発していく。
ユニークなのは、ペヤンヌが開幕時に舞台に登場し、この演劇を作ろうとした動機や経緯を訥々と語り始める。しばらくは、これが舞台の前口上だと思ってしまう。実は、ペヤンヌも俳優の一人として舞台に立っているのだ。その後、彼女は終幕まで客席の最前列で体操座りをしてじっと演劇を見つめている。劇作・演出の人に本番中も演技を凝視されるなんて、俳優たちはやりにくいだろうなと思ったのは自分だけか(笑)
ペヤンヌは先の杉並区長選挙で当選した女性区長を勝手連的に応援し、ユーチューブで選挙活動などを映像化している。しかし、今回の舞台は区政に批判的な声だけでなく広く取材したであろうさまざまな生の声を盛り込んでいる。区政や国政に何の関心もなかった女性が、デモに参加したり「自分の1票で区政を変えなければ」と発言するようになっていくところなどは、さながら民主主義の教室のようだ。
東京都の都市計画道路は何十年も塩漬けになっていたものが突然動きだすということが普通にある。予定地にかかっているところに住んでいる人には寝耳に水だ。都市計画道路の計画は公表されてはいるが、そんなものは誰も見ていないからだ。
しかし、行政は「以前からあった計画を実行するだけです」と上から目線で強行しにかかる。知らなかったのは都民が不勉強なせいだといわんばかりの態度である。劇中でも出てくるが、住民説明会のお知らせでさえ、例えばチラシを全戸配布するなど徹底的に告知などしない。あらかた、区報とかに掲載して「お知らせしました」と言っているのだろう。舞台ではこうした行政の傲慢な態度に痛烈な批判が向けられる。
都市計画道路は確かに必要な交通網整備とは言える。大量の車が行き交う東京の交通は、道路整備による制御が不可欠。これは街づくりの基本中の基本なのだが、戦後、東京で都市計画決定された道路は予算不足を口実に計画のまま放置されてきた。例えば都心環状線で、環七などはようやく環状になったのだが、環三などは今も途切れ途切れの状態が続く。計画予定地には住宅やマンションなどが建ち並び、とても「立ち退いてください」というような状態ではない。道路整備予算がないからと言ってこうした道路計画を長年放置し続けた東京都政なのだから、今更道路を通すからと言われても住民からは「ハァ?」ということになる。
ペヤンヌはこうして突如自分の上に降り掛かった行政の理不尽さを、「声」を主役とすることで舞台に昇華させた。1時間余りの舞台だが、納得できる出来栄えだと言える。