満足度★★★
あやふやな記憶
色々と突っ込みどころはあるだろうし、あの繰り返しの手法を嫌いな人は嫌いだとも思う。でも演劇初心者としては「こういうのもあるんだなー」と思ったし、描かれようとしているものの(この時代における)普遍さは、数多の(目的を忘れたのではないかと思わせる)その他の演劇よりもリアリティがあった。
ネタバレBOX
かつて住んでいた場所、家がまさに取り壊される日の、3兄弟姉妹の感情が繰り返される。繰り返される過程で、徐々に感情の高ぶりが強調されていく。記憶が都合よく整理されていく感じ、思い返すたびに感情が後から補強されていく感じは、実際と近いのではないかと思う。私はいつもそうだ。でっち上げとまではいかないけれど、その瞬間の実態からはどんどんかい離していく感じ。嘘ではないが、本当と言えるかどうかは分からない…。
登場人物に強制的に与えられる喪失感に対して、勝手に答えが用意される。すなわち、新しい家を作るしかない、というもの(姉→弟)であったり、よくわからないけれど、(何らかの形で)戻れると思う、というもの(旧恋人→妹)であったり。そういう整理のされ方は都合がいいけれど、本当かどうかは分からない。壊される家に対して戸惑うべきなのか。自分は本当に戸惑っているのか。
いずれにせよ、適当な答えを登場人物は用意する。ところが、観劇後の印象はむしろ、綺麗な答えが用意されなかったように感じる。そしてそのことに対して、たぶん共感するのだと思う。人によっては、苛立つのだと思う。提示された答えにはリアリティは無い。だからといって、ここで描かれたものにリアリティが無いわけではない。喪失し得るものが無いと気付いた時の喪失感は一週回って無色透明、みたいなガッカリ感の中にあって、ちょっとしたイベント(家の取り壊し)に酔ってみることは快感ですらあるかもしれない。
ちょっとよくわからなくなってきたけれど、そんなことをもやもや考えてしまうくらいには、中味の詰まっているものだったと思う。
満足度★★★
ロードムービーは雰囲気で90%
面白かった。8月14日に観劇し、1週間たった今、サボりがちな脳ミソはその一言に記憶を縮めてしまっている。ロードムービー的な要素は、ようは雰囲気。その瞬間にどれだけそのイメージに没頭できるかにかかっているようなものだ。素晴らしかったという記憶。英国の雰囲気、パリの雰囲気。トルコの雰囲気、南アフリカに対するイメージ。ラテンアメリカの雰囲気。物語が破綻していても、いや物語が破綻している方が、この手の話っぽくてむしろいい。役者もいい。ある意味であざとい演出も、笑って観ていられる。拍手喝さい。満足して青山でご飯を食べて帰ろう。いい時間だった。
ネタバレBOX
とはいえ、ふと思うのは、これは映画でやった方が素敵さの度合いが大きいのではないか、という身も蓋もないこと。あるいは、本で読んだ方が素敵さの度合いが大きいのではないか、という不信。想像力は本を読むときに最大となり、イメージは映像となって提示されるときに最大となるのではと思ってしまう。
お芝居の意味は、演者にこそあって、観劇者には無いのではないか。そんな疑念がいつも消えない。クラシック音楽のように、最大の興奮がコンサートにあり、最大のクォリティが録音にあるような棲み分けがあれば分かりやすいのだけれど…。
満足度★★★
ファンタジーというよりは、夢落ち
40過ぎの女性、働いていて、淋しい感じ。このスタートラインからどう展開していくのか。結論としては、あまり盛り上がりもせず、感心もせず。一定の質はあったけれど、後に何か残ったかと問われると苦しい感じ。
ネタバレBOX
結局のところ、主人公たる麻子は、その積み重ねてきた(くだらない)人生を否定しない。「騙されるのはなれているから」と、一度は断った救い(?)の手を、今度はあっさりと受け取る。あげくのはてに、「愛の旋律にのせて~」とかなんとか(←正確に覚えてない)嘯いてみたりする。でも50%も信じてないのではないかな。
赤羽が燃えている様も、青年の海賊放送も、どちらも麻子の妄想であるかのようで、いずれ夢落ち的に霧散してしまう負の香りがする。リアリティが感じられるのは社長のねちっこさだけである。愛の逃避行的な結末を迎えたわけではないだろう。愛も夢もなければ、それはファンタジーではない。
これはひょっとすると、脚本はファンタジーを想定したが、演出がそれを否定したのかもしれない。女性の心の闇は女性にしか描けない。男性の蛮勇が男性にしか描けないように。もやもやする感じは、この辺にあるような気がする。
結果として、後半になるにつれて「?」感が増していくお芝居であった。女性のスタートラインを描くまでのところと、青年が海賊放送をしているシーン(転換点!)まではわくわくしていた。あそこであっさり二人が出会ってしまうという展開は、その後の流れを淀ませてしまったのではないかなーと思う。
満足度★★★
野外の醍醐味
小雨だった。霧がかって雰囲気が良かった。舞台装置や演出もあって、薪能を連想させる。個々のパフォーマンスもいつも通り整っていて、味わいがいのある公演であった。
ネタバレBOX
ところで、ナラ王の冒険の話の筋自体は直線的である。したがって、最終的に祝祭的な雰囲気をいかにつくりあげていくかが見どころとなるのだが、そこが少々物足りなかった。物語の終盤部分はややテンポが速く感じられ、ある種の厳かな、神がかった雰囲気が薄れていた。物語のスタート部分にはそれがあったので、終演後一寸した不満が残った。相変わらずの美加理さんの演技と、阿部さんの語りを堪能して愉しい気分が、テンポの速さに束の間ついていけなくなり、気がつくと拍手が…。
ノリノリの音楽、聞き取りやすい台詞をもって、これを現代版の能として考えてみるとすると、私の不満は“妙”が足りないという点に尽きる。それは致し方ない面もあって、ナラ王の冒険は、夢幻能的な奥深さの無い話なので、観ている方も気合が乗らないところがあると思う。或いは演じ手もそうなのではないかとも思う。序盤の集中力と、終盤のやっつけ感とでかい離がなかったか。
まとめると、気候も含めて状況が抜群であったが故に、また、クオリティの高い演者がそろっていたが故に、全体としてもっと気持ちの高揚するものが観られると期待していたことを白状する。それゆえに、観劇後のファーストインプレッションは、完成度は高いが、ちょっとだけ期待外れ、というものであった。
満足度★★
題材が…
役者の人たちの頑張りが伝わってくる舞台だった。色々と足りないところもあったけれど…。
ネタバレBOX
たとえばリュシストラテーは、台詞が多い中堂々と演じ切っていたと思う。だがしかし、いざ平和が実現されたときに、さて、リュシストラテーは何でそんなことしてたのかな?という疑問が…。最初から最後まで変わらぬトーンのニコニコは、なんだか違和感があった。
思うに、威厳のなさすぎる男性陣(という演出)のせいで、裏返しの平和実現の喜びが軽くなったのかな、と。当時、戦争は実際の出来事で、だからこそそこの描写はいらなかったのかもしれない。だが今、池袋で金曜の夜にふらっと舞台を観に来た人間にとっては、ちょっと腹に落ちないところだったりする。
そもそも、題材が余計な解釈を呼び込みがちなテーマであるからして、役者よりも演出家の腕が問われるものだったと感じた。その意味では、色々と制約もあったのだろうけれど、なんだか消化不良感は否めない。コメディとしては足らず、下ネタは途中で失速気味となり、カタルシスは生まれない…。観終わって残っているのは個々の役者の頑張りだけ。特に、役人役の畑雅文さんには笑わせてもらいました。一人だけやばい奴がいる!と最初から最後まで目が離せなかった。
舞台装置というか、その辺は面白かった。拍手の練習までしたのに盛り上がりきれず申し訳ない。ああいうのは、なかなかうまくいかないね。最後尾にサクラを用意しておくべきとか思ったりした。
満足度★
良いところよりも悪いところの方が多い
脚本が悪いと思った。演技の質が高いのに勿体無い。
とにかく長い。その長い舞台で何が示されたのか。主要な登場人物がそれぞれ幾ばくかの秘密を抱え、それぞれと絡み合いながら死んでいく。しかし、そのどの場面も淡白で、観終わった後の徒労感はかなりのものだった。色々な話が出てくるが、とっ散らかっていてどれもよくわからない。
“百年”という時間の無機質感が強調されていて、誰がどうであろうと無関係に時は過ぎゆくという寂寥感でも提示したかったのか。それが全体の印象。登場人物たちも、基本線が暗いというか悲しい話が多い。悲しい状況にあって悲しい人たちばかりで、観ていて鬱鬱としてくる。
秘密も凡庸で、秘密よりも年を重ねることによる苦痛の方が大きそうな話ばかり。人は、誰しも少しずつ錆ついていく。そんな話、魅力的ですか?