SUMMER・end・START
移動する羊
シルクロード舞踏館 http://web.amina-co.jp/silkroad/ (神奈川県)
2014/07/20 (日) ~ 2014/07/21 (月)公演終了
満足度★★★
悪魔と神
2パートに分かれた作品。パート1は朗読色の濃い内面の旅をモチーフとした哲学的妄想作品。パート2は、冒険ファンタジーだ。
1,2で出演者が異なる。
ネタバレBOX
先ずは、1から行こう。妄想収集家を自任する24歳くらいの青年は、小学校4年の時に、特異な少年と仲良くなる。親友と言って良い仲である。彼は、父の仕事の関係で世界中を歩いていた。ある時、6年生の不良グループに絡まれた彼が、あっという間に6年生の腕を捩じ上げ、静かにこういった。「ストリートチルドレンって知ってます? 親の居ない子です。僕はリオでその仲間に入っていました。ギャングですよ。死がいつも周りにあるんです。何でもやりますよ。僕らに手を出さないで下さい」それ以来、このクラスの何人もが遭っていたカツアゲにも会わなくなり、女の子たちからは、勿論、男の子達とも仲良くなった。彼は決していばらなかったし、皆に溶け込んで遊んだので、皆から好かれた。そんな彼は、僕の偏見の無さと自由なイマジネーションが気に入ったようで、僕らは大の仲良しになったのだった。お互いの家にも良く泊まりに行くようになった。ところで、僕の父は、ある時期から僕を殴るようになった。顔こそ殴らないものの、他は体中痣だらけになるほどだった。4年生も終わりに近い頃、彼は言った「僕の体は大丈夫かい?」と「痣だらけなんじゃないの?」と「見えないようにしていたハズなのに、なぜ、そんなことが分かるの?」と訊くと「僕がやらせたからさ」と彼は言った。「君のお父さんが訊いてきたんだ。どんな風に育てれば、君みたいな良い子に育つのか?」って。だから僕は答えた「殴れば、いいんですよ」って。「こんなに早く始めると思わなかったけど」と。「何でそんなこと言ったの?」と訊ねた僕に彼は応えた。「自分の一番大切な物が、壊されてゆく時、僕がどんなことを感じるのか、どんな風になるのか知りたくってね。君は壊れたね。でも君の広いイマジネーションだけは壊れなかった。それはとても美しい。僕は、壊れながらそういう美しさを失わない君が好きだよ」と。この時、僕は悪魔に出会っていたのだろう。彼と別れた後から、僕は、妄想を集め始めたんだ。もう大学ノート20冊以上にもなった。これはもう、一つのクロニクルと言っていい。
こう言う青年には、現在、影のおうに寄り添う女の子がいるのだが、彼女は彼の影、内面の形象化された無いかである。彼は、彼女との対話の中で何故、自分が、妄想を集めてきたか。その答えを得る。それは、未だ未成熟であった彼が、既に大人びた悪魔の攻撃を受けた時に、自らの可能性を様々な時空、つまりパラレルワールドに分散避難させ己に力が出来る迄逃がしたからだというのだ。そして、彼はそれらの断片を集めることで自らを再構築しているのだと。そして、4年生の時分かれた彼が、本当に悪魔であったなら、主人公は神だと暗示されて終わる。
パート2は、不思議の国のアリスの劣化した焼き直しのような作品で、自分には興味が持てなかった。パート1で気に入ったのは、上記の説明部分であるが、物語で男の子を演じた役者? はとても良い声をしているが、いかんせんテキストが長大なので、間をとってじっくり聞かす、という点では不満が残った。もっと話の肝心な部分だけに絞って、朗読らしい深みを加えて欲しい。それから奇しくもの読み方は“キシキモ”ではなく“くしくも”である。
パート1で自分が説明した部分のシナリオは★5つ。読みなどに関しては日本語のまちがいもあるので、★4つ。パート2に関しては★2つ。総合★3つとした。
アウト・オブ・オーダー~Out of Order~
ファルスシアター
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2014/07/18 (金) ~ 2014/07/22 (火)公演終了
満足度★★★★
ファルスチームを拝見
ファルスシアターと名乗る劇団のファルスチームを拝見。確かに、笑わせようとするネタ満載なのだが、殆ど、が、見えてしまう。自分の場合は95%くらいは、見えてしまったので、余り笑えなかった。もっと思い掛けない笑いを狙って欲しい。一つには、笑いの質だ。基本的に、同じタイプの笑いなのである。つまり、論理で推せる笑いが殆どであった、ということだ。もっと、緩急や、パラダイムロスト、ナンセンス等々、多様な笑いがあって良い。
ネタバレBOX
リチャード・ウィリーは保守党の重鎮だが、基本的には首相の懐刀というよりは、用心棒である。浮名を流すことでも有名で、今夜のお相手は、野党議員の秘書をしているジェーン・ワージントン女史だ。彼女も既婚だが、まだ若く美しいので、エスタブリッシュメンツの習いに従い、乱れ咲きの一夜をこのホテル、ボルベリーナの648号室で過ごそうというわけだ。唯、彼女の夫、ロ二―は粗暴な男なので、彼に暴力をふるわせないよう注意が必要である。今日は、無論、嘘をついて出掛けてきたのだが、折角の逢瀬に邪魔が入った。何と、ベランダから、盗人か何かが、部屋に入ろうとした所、窓枠が落ちて来て挟まれ、脈も無いようである。彼女は直ぐ警察へ電話をすることを提案するが、ウィリーは、妻、グラディスにバレルことを頗る恐れているばかりでなく、スキャンダルになれば与党への壊滅的打撃となることを恐れており、この事故の隠蔽に走るのだが。
おむすび
劇団サミシガリヤ
シアター711(東京都)
2014/07/17 (木) ~ 2014/07/22 (火)公演終了
満足度★★★★
賑やかな葬儀
葬儀が様々な原因で、非凡なものに変ってゆく様を描いたホームドラマ。楽しめる。
ネタバレBOX
山登りとおむすびが大好きな拓郎は、山の中腹で登山客におむすびを分けてやった際、自分のおむすびを落としてしまい、それを追い掛けて滑落してしまった。一報を受けた二女、夏音は、結婚して実家を出た姉、陽花に電話を入れるが、繋がらない。仕方なく事故現場の長野に夏音は向かう。一方、拓郎の妹、ヤスエも夫、道夫と娘、かな恵を伴って病院へ行ってくれていた。然し、拓郎は手当の甲斐も無く他界してしまう。一家の大黒柱を失った彼の家では大騒ぎ、早速、葬儀の段取り等もしなければならないのだが、ヤスエ一家は、病院から拓郎の遺体を彼の家へ運んで来ているので、喪服も何も無い。そこで、主人と娘が一旦引き返し、彼女の喪服も持ってくることになる。が、普段、何から何まで妻に面倒を見て貰っている道夫には、何処に何があるのかすっかり分からない。そんなわけで持って来たのは、派手な模様の入ったロングドレス、と厳粛であるべき通夜や葬儀が、こんな調子で過ぎてゆく。
0号 -2014-
ゲキバカ
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2014/07/17 (木) ~ 2014/07/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
エンタメ王道
今作の優れている点は、何より民衆の生き抜く力に対するエールだろう。今、この「国」は、未曾有の「国難」に陥っている。無論、アホそのものの宰相、安倍その他の馬鹿共の所為である。間違いなく、アメリカの植民地としての機能を果たす為、この植民地は、アメリカの利害によって他国の、殺したくも無い人々を正義に反して戮しに行き、自らも大きな犠牲を払うであろう。それでも尚、民衆のある部分は生き残ってゆく。その強かな生命力に対するエールである。描かれているのは過去と現在である。然るに、しっかり見つめられた過去は未来を包含する。今作はその域に達していると見て良かろう。
(ネタバレ後ほど更に追記)
ネタバレBOX
ところでキネマに於ける”0号“とは、総ての作業を終えて一本のフィルムに画も音も収録され、スタッフ・関係者のみで最終チェックを行う為のフィルムである。従って、通常の試写会で用いられるのは、この後のバージョンである。今作では、第二次世界大戦前夜1938年3月のドイツによるオーストリア併合・日本では国家総動員法施工辺りから、1940年10月の大政翼賛会発会、1941年12月の真珠湾攻撃を経て翌年4月末の翼賛選挙、6月初旬、ミッドウェー海戦での大敗後、南洋諸島で連戦連敗の大日本帝国軍は、1944年ロジスティック面で大きな問題を抱えたインパール作戦を決行、大失敗を演じる。更にグアム戦でも守備隊、1万8千名が玉砕、直後にはテニアン守備隊8千名が玉砕すると、日本本土へはB29 の空爆が、日常茶飯となった。
こういった負け戦情報をアナウンスで流すだけで、舞台上では、あく迄、登場人物達の、恋や表現者としてのプライド、人間関係等々が緻密に演じられてゆく。役のつかなかった役者が、初めて役付きになった時の喜びようや、役作りの抱負、役がついたので惚れた女にプロポーズする様、直後、彼らは、赤紙を受け取る。大スターであり、憧れであり、自分達の兄貴分であった坂妻が、初めて貰った役、忠臣蔵の吉良上野介役に抜擢されて喜んだのも束の間、愛しい千代子との恋路も切り、坂妻の跡目を継いだ鶴三郎との内蔵助、吉良共演の話も切って泣いて詫びた約束の反故も、鶴三郎への赤紙で意味を変じた。互いに矢張り南方戦線に送られたが、生きて戻って、必ず忠臣蔵で役を演じようとの当代一流の役者達の誓いも虚しく南洋の島々の露と消えた。鶴三郎最後の時、後藤は肌身離さず持っていた千代子のブロマイドを引き裂き、紙吹雪を作って雪を降らせる。無論、名作「南の島に雪が降る」を踏まえていよう。畳みかけるように、後藤から千代子への手紙、雪の降る中、千代子は、本分は総てひらかな、名前だけは、本人の名も千代子の名も漢字で書くことができるようになった手紙を読み上げる。途中から、方言で発音されるその文面の何と言う奥深さ、美しさ。南方の島々に送られた役者達は全員星になった。今作に登場する出征軍人・兵士のうち、生き残ったのは、望月とやんすのみ。二人とも役者ではない。良い奴ほど早く死んでしまう。それが、戦争だ。
高校生舞台ショーケース'14「たまごから。」
ちょビすけ
スタジオ空洞(東京都)
2014/07/20 (日) ~ 2014/07/20 (日)公演終了
満足度★★★★
自分の頭で考えているのがグ-
1本20分ほどの短編を5本とマイムのパフォーマンスが2度入る構成だ。各短編は、独立しており、相互の関連は無い。然し、どの作品も、手作り感に溢れ、高校生らしい問題意識が垣間見えるのは、爽やかである。更に、どの作品も自分達の頭で考え、問題を立て、解決しようとしたり、向き合おうとしている点を評価したい。若い人達故、無論、まだまだ磨くべき点はある。然し、果敢にチャレンジする姿勢に好感を持ったのも事実である。今後も、只管真っ直ぐに事象・時局を観察し、率直に人生に向き合って欲しい。どんなに困難であっても徹底的に率直に物事を見極め、且つ、それを表現する限り、表現者として堕ちることはないであろうから。
100%Mimic
SOUKI
高田馬場ラビネスト(東京都)
2014/07/19 (土) ~ 2014/07/20 (日)公演終了
満足度★★★
混合
1.あ~ダモちゃん怒S「ガラス拭き編」2.あ~ダモちゃん怒S「激闘編」3.「俺の銃が奇妙にテクニック重視でグルングルン回るぜ!」4.「あなたを好きなの…噛みたいくらい。」5.「センチメンタルショッカー!」6.あ~ダモちゃん怒S「ランドリー編」7.「ありがとう」の7編。基本的に小鉄の一人舞台なので、衣裳や化粧の時間がインターバルとして入る。(追記後送)
トウサンの娘たち
花企画
シアターX(東京都)
2014/07/15 (火) ~ 2014/07/17 (木)公演終了
満足度★★
未消化
西田 幾太郎とその家族、人脈を描くことで、大正中後期から2.26を経て政府が軍部の傀儡と化して行く迄を描いた作品。「善の哲学」で有名な西田の親族、弟子らは、当然、ドイツの名門大学に留学、フッサール等、当時超一流の哲学者から薫陶を受けていたが、その一方、大日本帝国は、満州建国以来の欺瞞的植民地経営で亜細亜諸地域に反日の芽を育んでいた。本土では治安維持法や共謀罪などの成立が、国民の自由を奪い、天皇、裕仁を現人神と称える天皇ファシズムがその猛威を増していた。
本来なら今作、丁度、現在、愚か極まる、アメリカの犬、安倍が推進している「国家」滅亡策に対する批判を込めて上演されているハズだが、キャスティングミスが祟ってプロンプターが多用されるなど、作品自体、現象学以降のヨーロッパ哲学に、西田哲学、鈴木 大拙などの禅、更には旧帝大、殊に京都帝大の名誉教授となった西田の人脈の社会的位置等に鑑み、演出、演技には、相当な修練を要するものなのに、内容を伝える為の技術が余りにお粗末。高度な作品にチャレンジするが、未消化で寸足らずの舞台になってしまった。激動の時代を背景にしていることもあり、演出、演技がキチンとしていれば、面白い舞台になったであろうに、科白が入っておらず、間もグチャグチャでは、話の外である。勉強も練習も足りない。
ボビー・フィッシャーはパサデナに住んでいる
風姿花伝プロデュース
シアター風姿花伝(東京都)
2014/07/15 (火) ~ 2014/07/30 (水)公演終了
満足度★★★★★
深読みのできる舞台
終始、アンダーな光の下で上演される。大方が家族劇と取るだろうが、自分は敢えて、その見方を採らない。
ネタバレBOX
家族等、とっくの昔に崩壊していると考えるからである。寧ろ、その崩壊こそ現代社会の進展の度合いを測る指標の一つと考えた方が良かろう。無論、エマニュエル・トッドのような分析が正鵠を射る社会は世界中にまだまだ沢山あることは承知しているが、欧米先進国と日本に於いてはこの定式は崩れつつあると考えるのだ。
原作者、ラーシュ・ノーレンはスウェーデンの劇作家だが、ヨーロッパは、その高い経済力を世界中から収奪することで築いてきた。それは、アメリカ、日本も変わらない。無論、第一次大戦後、ヨーロッパの力は相対的に衰え、アメリカがその経済力を継承した。アメリカ経済も既に陰りが見えるとはいえ、未だ、最後のあがきの真っ最中であり、そのあがきを長引かせる為に、奴隷以下の身分に甘んじているのが、日本という名の植民地である。安倍という阿保は、その植民地に於ける最も無能なピエロだ。
世界はどうあるか? と問うことは、我々はどんな世界に生きているかを問うことでもある。こんなことを問わざるを得ないのは、大多数の人々が、力を持たないからである。身も蓋も無いことを言ってしまえば、世界を統べるものは、力である。だが、自分自身は、力が無い。殆どの人がこう考えざるを得ないのは自分が最強ではないことを知っており、同時に力が世界を統べることを知っているからだ。一方、人々は最強でないのに生きている。生きている以上、意味が欲しい。だから、力の前では、屈せざるを得ないことを承知しつつ、様々なエクスキューズを編み出すのである。透視図法ではこのように描かれるのだが、このエクスキューズが、様々に煙幕の役割を果たし、自己欺瞞を許す。そして、この自己欺瞞無しでは殆どの人が自殺を選ぶしかない。神? だと! 何を下らない幻想を! そんなものは、ヒトが宇宙と絶対的に向き合うことを恐れるが故に発明した逃避に過ぎない。ヒトは裸形に耐え得る程に強くは無いのだ。
ところで、人間は社会を形成する動物の一つである。だから、神など無くとも、上記で挙げた様々な要素の多様な関係の中で、して良いこと、悪いことが経験則として決まってくる。之を定式化したものが、道徳である。そして、知恵とは、この法則を正しく類推し身を処してゆく力である。ところが、先進文明国は、そうでない地域・国々からの富を収奪することで自国の富を増やし、豊かな生活を育んできた。先進国の中でも、大国と言われる国々が常に、その時代で最も破壊力の大きな武器を持って来たことは注目しておいて良い。現在は、それが、核戦力である。そして、対外的には核の破壊力で恫喝を掛け、国内的には、「敵」の恐怖を煽ることで、残虐極まる核兵器の保有を正当化している。その際、民心操作に使われるのは恐怖である。だから、イスラエルを始め、北朝鮮迄もが核武装に走っているのだ。アメリカも北朝鮮が核武装していなければ(無論、ミサイル技術などを含む)本気に相手にしはすまい。今、アメリカが狙っているのは、宇宙の軍事基地化である。それが可能になれば、唯一の超パワーとして好き勝手ができるからであり、それを狙っているのだ。だが、そんなことをする為には莫大な開発費が必要だ。現在迄、散々収奪してきた中南米諸国は、結束してアメリカに対抗し、露西亜も再び、アメリカの喉元、キューバで、軍事に直結する動きを活発化している。バーチャル経済で凌ぐしかない現在の弱体化した米経済を再活性化する為に、彼らは、亜細亜にシフトしたのだ。当然、中国は黙って居られない。彼らは、アヘン戦争の被害、日本による侵略など、一旦、資本主義が暴走すれば、どんなことをするか歴史的に学んでいるから、坐してはいられないのは普通だろう。現在の指導者、習氏がそんなに優秀だとは思わないが、BRICSで立ち上げることにした新開発銀行は、無論、アメリカを中心とする世銀、IMFの影響力を低下させる為であるのは、言を俟たない。本部が上海に置かれることも無論、重要な点である。さて、此処まで大きな力を持たないが、豊かな国々はどのようにしてその富を蓄えてきたのか? そこが問題である。本作に登場する過程の父親は、警備会社の社長である。警備である以上、軍、警察と関連が深いのは無論の事だ。そして、現在、アメリカやイギリス、イスラエルなどの軍・警備会社は深く連関している。アメリカなどでは、軍事の民営化が大々的に行われていることは周知の事実であろう。イスラエルは、植民者がイスラエル軍より酷いことをパレスチナ人に対して行ってきたし、現在も行っているのは、パレスチナ問題に詳しい人間には常識である。あらゆる意味で違法な入植者を守るという屁理屈を掲げて、イスラエル軍が、パレスチナ人の土地を収奪し、女。子供を含むパレスチナ人を虐殺してきたこと、今もしていることを問題化しないのが、西側先進国の「正義」なのである。この家族の父は、このようなことが直ぐイメージできるような警備会社の社長なのである。姉は、できの良い模範的な学生だった、頭の切れも良い。だから、気付いてしまったのだ。自分の父のしていることに。その社会的位置と意味・道徳的問題に。母は、それらを充分推測できる能力を持ちながら、表面を取り繕うことにも汲々としているので、姉からも感受性の鋭い弟からもその欺瞞を見抜かれている。そして弟は、その心優しさから、精神を病んでしまう。その結果は、互いが、互いを傷つけあうしかなくなる地獄だ。その有り様をかなりブラックでアイロニカルに描いて見せた作品と言えよう。舞台を終始暗く保ち、姉のアルコール依存症表現に凄みを持たせ、観客の想像力を最大化する演出が効果的である。同時に、舞台美術や配置転換も物語の進展に邪魔にならぬもので、役者達の演技を更に深いものにしていた。照明・音響効果もグー。
CQ、CQ、
サムゴーギャットモンテイプ
pit北/区域(東京都)
2014/07/17 (木) ~ 2014/07/21 (月)公演終了
満足度★★★
観客をにゃめちゃいけにゃい
一応、オムニバスのような、フライヤーに書かれているように、時代の最も悪い部分でコンテンポラリーであるような、作品だ。
ネタバレBOX
一貫して描かれているのが“性”であるにも拘わらず、本能の齎すその欲求と社会的動物である人間との間にある、時代・地域の慣習に挟まれて悶えるような肉体的・身体的事象の表象でないのが明らかな、描き方に特徴を見た。寧ろ、性情報との間の歪んだ幻想を表層で取り上げただけだ。従って、批評的観点や問題意識と言えるような質は、感じられなかった。性情報との葛藤が真であるならば、インポテンツなどの話を徹底的にパロる姿勢も出て来ただろうが、役者であり、演劇をやっている人たちのハズが、肉体、身体、精神活動といったものと真摯に取り組んでいないことがミエミエだ。それで、酷く退屈で長い時間、無駄な時間を感じたのだ。観客の目をナメてはいけない。
唯一、面白く感じたのが、歌舞伎に対するパロディーであった。無論、歌舞伎役者より、形態模写にしろ、拍子木にしろ下手なのだが、それを含めて、此処に至る迄のどうしようもないスタンスと対比的に、歌舞伎の世襲制に甘んじている姿勢そのものに対する馬鹿馬鹿しさをなし崩しにする。このワンシーンに金を一番掛け、演出にも凝って演じられた点で、ある種のケレンミを感じさせた。評価するのは、この点と、宇宙人との交信・恋愛部分。これを演る為に、最初から計算ずくで作られたとしたら、評価は、ガラリと変わるのだが、其処まで計算ずくだとは思えないので、最終パートの高評価と、宇宙人云々はタイトルに関係することも含めて、総合で★3つ。
プライム輪舞曲
クリエイティヴ零-ZERO-
シアターKASSAI【閉館】(東京都)
2014/07/16 (水) ~ 2014/07/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
三種の神器と金庫の謎
三種の神器を今更説明するのもなんだが、念の為。天孫降臨の際、瓊瓊杵尊が天照大神から授けられたという三つの宝物のことだ。草薙ぎの剣と一般に言われる天叢雲剣は、熱田神宮に祀られ、玉は、皇居に在る八尺瓊勾玉という勾玉、鏡は伊勢神宮に祀られる八咫鏡で、これらが日本の三種の神器である。このうちの草薙ぎの剣は、素戔男尊がヤマタノオロチを退治した時に、その尾から出て来たとされる。今作に登場するのは、この草薙ぎの剣だ。
所は、とある不動産屋、このビルは大正期に作られたもので、オーナー、石井 由多加は現在、最上階に住みながら、ギャルを使ったデートカフェ、“JKおさんぽ”を経営、本人はオネエであるが、1階に彼の経営する古道具屋がある。先代の祖父が88歳で亡くなった時、石井は、カフェには置いておけないと競馬好きな社長、松木に奇妙な物を預けた。菊の紋章の入った金庫である。
ところで、この会社には、かつて、役者をやっていた森 修二が居て、彼が主役をやったRock Musical”スサノオ”の舞台は一部に熱狂的なファンを生み出していた。他に同期で数学に滅法強い佐々木、入社半年にもなって客との契約書類一つ作れないボンクラの藤田。売上NO.1のさくや、さくやの営業成績のお陰で置いて貰っていると考えられていて、年がら年中、食べているせいで結果は、体重に現れている姉のまいわ。その他、佐々木の後輩に当たる伊保方は、矢張り理数系だが、鼻の右手に大きな疣があり、頭は良いのだが、目立たぬ存在。この金庫と三種の神器の謎に数学はどう関わるか? この謎解きが、実に面白い。様々な仕掛けのバランスやセンスも抜群といって良い。
(更なるネタバレは、公演終了後)
ネタバレBOX
事件の発端は、社員が出社してくると見たこともない大きな金庫が、店舗の奥の壁際中央にドカンと鎮座ましましていたことだ。どんなに頑張っても開かない。社長が出社して、金庫預かりの件は、納得がいったものの、開きもせず、大きな金庫は目ざわりなだけだ。そこへ森が営業から帰社。マンションを売った金5千万も持っている。彼は、元役者というだけあってイケメン。まいわは、彼にホの字である。そこで、大きな体で彼を追い掛け、口説きに掛かるが、何時も何かを食べているせいで、口の右下にご飯粒が付いているのを指摘され、体よく逃げられた。彼女は、金庫に貼ってあった紙を剥がして口を拭うのに用いてゴミ箱にそれを捨ててしまった。そして、金庫の扉を引っ張ると、簡単に開いてしまったのである。これ幸いと、客から預かったマンション代金5千万を金庫に入れたが、この金は、次に金庫を開けたら跡かたも無く、無くなっていた。事務所は大騒ぎ、刑事が取り調べに来るが、彼の樹脂から電話が入り、皇宮警察がこの件を担当するから、そちらに任せるようにとの指示が出た。間もなくヘリコプターで到着した皇宮警察は、金庫に貼ってあった紙は封印をする為のものであったことを説明、問題を処理して立ち去ろうとするが、未だ問題が残っていた。現金紛失後、金庫に入った森もまた消え失せていたのである。ここで、数学に強い佐々木が活躍することになる。
少年たちの密室
BABEL THEATHER
シアターブラッツ(東京都)
2014/07/17 (木) ~ 2014/07/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
良くできた脚本
衝撃的な作品内容なのだが、シナリオが随分しっかりしていると思ったら、原作は小説だということである。優れた作品の中でもとりわけ推理が入ってくるような作品では、シナリオの優劣は決定的である。例えばどんな順序で、事件の全容を描き、どんな順序で事件を暴いてゆくか? 順序を一つ間違えば、名作たるものが駄作となるのもしばしば。その点、脚本家も良く心得ていて、上演中、ゆるんだシーンがなかった。キャスティング、演出、演技も終始緊張感のある舞台に仕上げている。Aチームを拝見した。
Get a Life(ご来場ありがとうございました!)
613
劇場MOMO(東京都)
2014/07/16 (水) ~ 2014/07/21 (月)公演終了
満足度★★★★★
他人と寄り添うということ
シナリオ、演出、演技、効果、どれもバランスの取れた良い舞台である。
(ネタバレ後ほど追記)
ネタバレBOX
臨床心理士(カウンセラー)、沢村の話である。彼は、現在、オペ担当ナースの奈津と同棲しているが、5年ぶりにかつて勤めていた病院に戻る。出戻りというわけだ。この空白期間、彼は航空会社の人事部で社員の精神面のサポートを行ってきたのだが、病院を離れたのには訳があった。彼の後輩の女性が相談にのってくれと電話をしてきたのだが、のってやらないうちに自殺してしまったのである。それで、自分が相談にのってやらなかったことが原因だと自らを責め、終には病院を去ることになったのだった。戻っても半年間は正規採用ではない。医局長の内籐 亮子が、正式採用の関門として指定したのは、末期癌患者の小峯 悟司、年は、30を少し出た頃か。結婚して6年。妻の慈子は、かいがいしく夫の世話をし、明るく振る舞おうとする姿が哀れを誘う。
ぼくだけの6日間戦争
ぽんず単独企画
ギャラリーLE DECO(東京都)
2014/07/15 (火) ~ 2014/07/20 (日)公演終了
満足度★★★★
贅沢な公演
1.断水 作:大西 貴志 2.同じ穴の 作:今城 文恵(浮世企画)3.脱ゲー 作:ポリープタカシ4.Clean up bird 作:大西 貴志 特別出演:小幡 祐己 5.凡人の一生 作:竜史(20歳の国)6.土高ミュー研 作:池田 鉄洋(表現・さわやか)以上が演目であるが、この6本、作家が5人という贅沢な作り。舞台設定も見切れのないように配置された客席で、客数を多くするより、見易さを考えて作ってある。こういう配慮は有り難い。役者は、殆ど1人であるが、4だけは2人である。4では、酔っ払った主人公を演ずるシーンがあるのだが、この時は、わざと照明を落として眼球が観客からは見え難いようにして演じた。この演出は秀逸である。何故なら、どんなに形態模写を上手にやっても、観客から酔っていない目を隠すことは困難だからである。こういった点に気付き、演出でカバーできることが肝要なのだ。
シナリオは、作家の数も多く、観客の好みも分かれるし、初日を拝見したばかりなのでくだくだ説明しないが、引き込まれるものが多い。
オスとメスの見わけ方
ともにょ企画
パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)
2014/07/14 (月) ~ 2014/07/15 (火)公演終了
満足度★★★★
私は見た!
「オトコの一生」と「このヒフの下のトンネルを抜けた先に、わたし」の2本で構成するオムニバス。普段、大阪で活動するグループだが、今回が東京初進出だ。12月にも池袋シアターグリーンでの公演が決まっているとか。自分も初見の劇団だが、印象ではブラックユーモアたっぷりの大人向け苦コメ(苦いコメディー)と見た。無論、若い世代が観ても笑えると思うが、知識や経験の量、質によって一定の深読みが出来ると言うことである。まだ、若い人ばかりの劇団なので、今後、どんどん力をつけていって欲しい。
ネタバレBOX
ところで、「男の一生」もフランス語では、une vieで「女の一生」と同じタイトルで表せるのだが、無論、これはVieが女性名詞だからである。「女の一生」の場合は日本語に訳した訳者の名訳ということになろう。
男は所詮鉄砲玉である。女にとって子種であれば何でも良い、というのが、本当の所だ。だって生物学的に生物の種に関わりなく、生命のプロトタイプは女性であって男性ではないから。従って、単性生殖は総て女性ということになりそうだ。実際、今後、生物界で♂が生まれなくなったら♀による単性生殖だけが種生き残りの手段となりそうである。実際、環境ホルモンの影響によって、自然界では、♂が激減しているのが実情である。
ところで、今作では、♂と♀のアイデンティティーはその重さが桁違いである。何故、そんなことが言えるのかといえば、♂は総て役割(オトコ、ムスコ)などで表されるのに対して♀は総て固有名詞で表されているからである。これが、意味する所は明らかであろう。女は存在し、男は存在しない。♂の場合は役割だけが“存在”しているのである。平の駄目社員から課長になり部長になって出世して行くものの、仕事といえば、盲判を押すだけ。子供は持つものの、最後はアルツハイマーでお陀仏。何とも侘しい“人生”ではないか? というのが今作である。
「このヒフの~」は、これに対し、自民党の救いようも無い阿保共の女性蔑視発言をみても明らかなように、橋下大阪市長の大阪都構想を実現する為と称して実施された“出直し選挙”なるものが平気で実行されてしまうような地盤の問題を炙り出しているようである。かつて横山ノックをトップに選んだ地域でもあるから、その政治センスは、東京と変わらぬ酷いものには違いない。何れにせよ、この歪み切った日本という名のアメリカ植民地では、正論を述べることはタブーであり、それが冠されるのは、下らないと言うのが悪ければ瑣末的な、リベラルの動向に関しては、公安垂れ流しの比較的正確に近い情報を流しつつ、政治的に大衆を操作する必要のある時には、トンデモナイ嘘を流すFSグループだとかの発刊する月刊誌だったりする「被植民地“国家”」の話である。出演者は、女性ばかりだ。で、若い女性記者が、極めて真っ当な記事を書くのだが、キャップ、デスクと思しき、彼女の上司は、彼女が母子家庭出身であることを、その意識の高さの原因として、真っ当な意見を恰も薄汚れた、毛嫌いすべき、鬱陶しく不潔で不純なものに感じられるよう、ねちねちと苛めを繰り返し、配置転換を強行する。その上で、彼女の興味・傾向とは縁遠い事象を記事にすることを強制するが、一所懸命に職務を全うしようとする彼女の取材対象そのものが、既に、その抱える社会的問題や軋轢によって内部から瓦解させられているような対象でしかない、という極めてブラックな笑いに満ちた作品である。因みに、最後に彼女の取材した人々は演劇を趣味でやっている人々なのだが、鳥や動物の形態模写が主で、而も、正規メンバー5人のうち登場する二人の内の一人は、公務員、警察官なのである。黒いではないか! 女性が、男性から未だ蔑視される社会にあって、権力の犬として機能している警察官が、己の解放を目指してやっていることが演劇なのは兎も角、それが、表現するものが、何らかの象徴であったり(動物農場のような)、敢えて誰か現実の政治屋を動物になぞらえて茶化しているわけでもない、ナンセンスそのものである所に、この植民地の深い闇を見るのである。沖縄密約に対する最高裁判決を見るにつけても、三権分立は愚か、このような判決を全員一致で判示したことによって、彼らに理性そのものが無いことを証明してしまったと同然である。而も、秘密保護法と名付けられた情報隠蔽法、共謀罪成立も射程に収めての判決である。誰に利するかは明らかであろう。本当のことを言おうか! 主権は、日本国民に無い。アメリカにあるのである。これだけが、合理的に導き出される答えだ!
そのことを踏まえた上で2作目のタイトルの”わたし”に続くのは、は、見た。というこのレビューのタイトルである。
魔女たちのエチュード
ライト・トラップ
パフォーミングギャラリー&カフェ『絵空箱』(東京都)
2014/07/12 (土) ~ 2014/07/13 (日)公演終了
満足度★★★
現代生物学も学んだ方が良さそう
オムニバス形式の短編で構成された2幕物という形だ。第1幕では、1.闇の中2.女神たちのパーティー3.アマテラス4.いとなみのことわり5.イヴ6.Monthly Death 7.アフロディ-テ8.仮面の女10分の休憩を挟んで第2幕9.アマノウズメ10.魔女裁判11.イナナミ12.蛍の檻13.Here I am.
ネタバレBOX
登場する者5人のうち4人は、女神1人がイヴである。イヴも当然のことながら旧約聖書の記述に従ってアダムの肋骨から取られたとし、命名もアダムである。因みにアダムの名付け親はヤハウェだ。
実は、この辺りからおかしいのである。発生学的には、命のプロトタイプは女性形である。然るに、旧約聖書では、男が先に生まれた(発生した)ことになっていることが、先ず、事実と逆。男性優位社会は、恐らく生物学的に弱い男性を社会的に保護する為に作られた制度だと思われるが、これが長い時代の中で制度化され、社会的通念となった時、事実を容易く圧迫するのは、子供にも分かる道理である。
自民党の阿保共が、蔑視発言を繰り返すように、程度の低い連中には、物理的力の強弱でしか世界を測ることができないらしい。そして、生物学的には男性より強く、より本質的な性である女性は、この物理的力に如何に対応するかに苦慮してきたと言えよう。更には、性差を自然が選んだ時から男性は、遍くばらまくことを、女性は、狭く深く具体的に愛し、養い、育てることをその性差上の特色としていよう。後は、教育や習慣などによる心理的問題がある。嫉妬や、育てる条件の優劣などである。(知的・体力的・美的・経済・社会的地位などの)
ここで、登場人物の殆どが女神になっていることについては、作者の遊びや、何となく受容している自然観があるのであろう。一応、古事記・日本書紀などの古典的知識は前提である。その上、西欧代表としてギリシャ神話からはアフロディテが、旧約聖書からはイヴが選ばれ、我が国の文化レベルを表象していると言えよう。所謂、バナナ(肌は黄色い癖に、中味は白人だと勘違いしている日本人をおちょくるアメリカの隠語)である。但し、作家が、何処迄神学や我が「国」の植民地状況を踏まえているかとなると、心もとない。
唯、自分の気に入った作品は、女子プロレルラーを扱った「仮面の女」、コンプレックスを扱って見事な「アマノウズメ」幽けき愛の純度を精錬したような「蛍の檻」の3篇が殊に気に入った。仮面と蛍は、実現せぬだけに純度と精緻を極めた悲恋もの。アマノウズメは、足るを知る者の謙虚な姿勢とその深い苦悩に、また、アイデンティファイの在り様に深く打たれた。
一方、如何にも日本的だと思ったのは、男女の関係を表すテーマとして、手洗いの問題が作品化されていなかったことである。自分が、フランスで暮らしていた頃、大学には、数十カ国からの留学生達が居たのだが、女子トイレが一杯だと白人の女の子はつかつかと男性用のトイレを使いに来ていた。ちょっと恥ずかしそうなそぶりは見せるが、案外シレっとしていた。無論、文化的にレベルの低い馬鹿が多数存在する日本では、無理かも知れないが、この辺りのネタを使って書いて頂けると面白い作品が出来るのではないだろうか?
矢鱈、カム役者が居たのが残念。作品評価として、特に挙げた3作品は5つ星、4つ星の作品も多いのだが、カミの評価でマイナス。総合評価を3つとした。
Heavens ~夜と夜と音楽~
天幕旅団
【閉館】SPACE 雑遊(東京都)
2014/07/11 (金) ~ 2014/07/14 (月)公演終了
満足度★★★
不徹底
作品の総論レベルでは、もっと、物語が本質的に受け持つレベルの深さに忠実であるべきである。砂糖菓子か砂糖をまぶした偽物、即ちTVの安っぽいシナリオ程度なら、これで合格だろうが、戯曲を書くならもう一枚、己の皮を自ら剥いで書くべきである。かたい話はここまでにしておこう。
ご存じ不思議の国のアリスに似た男の子の言葉を使う、アリスが登場。兎の穴へ落ちてゆくのだが、そこは、父の墓穴である。彼(女)には、父殺害の嫌疑が掛かっており、今日は父の葬儀、両手を革バンドで縛められて参列しているのだ。(上演中故、ネタバレはこれでストップ。ひょっとしたら、書き足す)
ネタバレBOX
兎と出会った彼(女)は、縛めに用いられていた鎖付き懐中時計を時計を失くして困っていた兎に貸すと、縛めが解けた。そして、兎の穴に飛び込むと、自らの分身と名乗る者に出会う。分身も男の子の言葉を話すが、二人ともスカートを穿いている。そして、これはスコットランドの話ではない。(にゃんちって!)閑話休題。
穴は深い落ちてゆく間にお茶を飲もうとしたり漫画を読もうとしたりするが、落下速度が速すぎてアリスは楽しむことができない。漸く、穴の底に近づいた。兎は落下スピードから身を守る為の傘を用意しているが、アリスには、何も無い。一旦は泡を食うアリスだったが、どうにかなるさ、と居直ってしまう。実際、物語の中では、道化兄弟の綾取りで作られた巨大なハンモックのお陰で、アリスは、無事地下世界に到着する。然し、此処にも因果の網目は届いていた。
カウラの班長会議 side A
燐光群
ザ・スズナリ(東京都)
2014/07/10 (木) ~ 2014/07/20 (日)公演終了
満足度★★★★★
精神に与える教育の影響
オーストラリア南東部、海岸から80kmほど離れた田舎にカウラはある。1944年8月5日、この地に収容されていた日本人下士官・兵1104名は、軍人勅諭に則り、生きて虜囚の辱めを受けぬ為、自死そのものを目的とした脱出を試み、234名が命を落とした。この暴動でオーストラリア兵4名も落命している。
ネタバレBOX
通常であれば、捕虜の待遇が余りにも悪いとか、或いは、友軍が傍迄来ていて、共に勝利に為に闘うことが出来るとかいう確実な情報があって、反乱をおこすのであるが、カウラの捕虜収容所は、その何れも原因ではない。原因は、寧ろ、日本の軍事体制及び軍事行動の無定見から来る無理にあったと見て差支えなかろう。兵の命など1銭5厘の赤紙を郵送するだけでいくらでも調達できる。これが、軍の考え方である。捕虜になることは、敵前逃亡と同罪、原隊に復帰した所で銃殺が待っているだけであり、その不名誉は、非国民として村八分にされる自分の最も愛する親族・捲族に及ぶことは火を見るより明らかであったことから、彼らは、自死する為にこそ、暴動を起こしたのである。その結果が、先に挙げた数字である。
初演では、頭で考えたことを舞台化した、というイメージが強かった今作。内容的にもかなり変わった。オーストラリアの学生が、この事件を取り上げて映画を作るという設定で、今作は進んでゆくのだが、互いの対比が際立つ今回のシナリオ・演出は事件をより立体的に臨場感を伴った形で見せてくれる。実際、オーストラリアから役者を呼んで上演しているのも良い。彼我の差とはどういうものか? 日本の軍人精神とは如何なるものであったか? ひしひしと伝わる舞台である。暴動直前、捕虜となった兵士たちが一糸乱れぬ統一行動をとるシーンなどは、怖い程の迫力である。
安倍のような、無責任で、どんなことがあっても前線に立つことの無いことを保証された気楽でアホな権力者などには、及びもつかないのが戦争の実際である。その一端がキチンと示されている。更に、軍人勅諭に死の論拠を見出してしまう精神構造、それを可能にした教育。こういう欺瞞を支えていたのが、ほかならぬ民衆であったことも、また現在、そうであることも読み取ることが可能である。我々は、先ず、自らの欺瞞を明らかにし、政権の欺瞞を打ち砕くべきである。いつまでも社畜であったり、アメリカによる植民地支配を許すべきではないのである。
原発再稼働に邁進する下司共の背景には誰がいて、どんな力が働いているかも、自分で調べてみよ!
幻想時代劇『天守物語綺譚』
東方守護-EAST GUARDIAN-
DDD AOYAMA CROSS THEATER(東京都)
2014/07/10 (木) ~ 2014/07/13 (日)公演終了
満足度★★★★★
純粋を通して見る美
舞台は花道を真ん中にとってT字型。中央舞台中ほどから奥は段差を付けて高くしてあり、そのセンターには、姫の玉座、玉座のやや後方上部に獅子頭が据えてあり、その下は逆Uの字の通路が、更に奥へ通じている。この部分全体が天主閣である。Tの字の翼の端には、天井から、銀色の細い紐が天井から床まで届き、途中、ピンクの蝶が止まっている。原作が余りにも有名な作品なので、筋等は省く。(2014.7.13午前4時50分ネタバレ追記)
ネタバレBOX
今作に特徴と思われる点を以下に記しておこう。始めに登場する“嘘語り”は、無論、この幻想的な物語のシチュエイションを、現実世界から、劇場空間へ入って来た観客に自然なものと感じさせる為の仕掛けである。即ち、日常から舞台のリアリティーへ移行する為に設定されたキャラクターである。だから、観客は、彼を原作者、鏡花の分身ととってもいいし、脚本・演出家の分身ととっても構わない。要は、メタ化されていることが分かりさえすれば良いのだ。
結果からみて、この導入部は、大きな成功を収めたと考える。主人公は魔性或いは化生のものである。従って、物語にリアルな感じを与える為には、観客を夢幻の世界にそれと気付かれずに誘いこむ必要があるのである。それなしには、観客は白けてしまうだけであるから。まして、本作は、鏡花の耽美的な側面が最も良く出た作品の一つであり、最も有名な作品の一つであるから、その独特の世界観に観客を引き込むことは、作品そのものが発する要請でもある。為にこそ、主人公は、一種のエーテルのような存在であらねばならず、為に実相とされる我らの世界全体に対しての鏡と化すのである。
言い換えれば、所謂魔物である富姫とその眷族がかく迄美しいのは、人間の持つ厭らしさ、狡さ、汚さが対比されるからである。而も、ここに、図書之助を配することにより、人間を一面的に見ていないことを示し、而も大多数の人間が、今作で描かれたように、利害の為には、親友も恩ある人も平気で裏切り、あまつさえ殺害を図ろうとする身勝手な存在であることを描いている点も見逃せまい。これらのアウフヘーベンされた形こそ、苦い美であると示唆することは、何と辛く超人的な努力であろうか? 謂わば、夢幻の世界を描きつつ返す刀でエゴの持つグロテスクをアイロニカルに描いているのだが、この複雑な情景を過不足なく息づいたものにしているのは、細部のリアリティーである。
一、二、例を挙げるなら、亀姫の乳母役がお歯黒をしている点や、武士が敵意の無い時には、刀を右手に持っていることなどである。この辺り、剣術をやった人間にとって常識とはいえ、知らない人間が多過ぎる現代にあって、貴重な注意力である。無論、腰に差す場合は、左に差す。これは、いつ何時、非常事態に会わないとも限らないと考えるのが武士である以上当然のことである。
衣裳の工夫や、キャスティングの妙も気に入った。また花道を真ん中に据えたT字型の舞台も上手に使われている。何より、純粋な愛と信義、それらを前提として花開く美は、下界の苦みを超越するポテンシャルを内包し、異形の世界故に、逆に純度を高め、独自のcristallisationを形成している点が良い。
NEVER SAY NEVER and…~月が綺麗だから~
BIG MOUTH CHICKEN
ブディストホール(東京都)
2014/07/10 (木) ~ 2014/07/13 (日)公演終了
満足度★★★★
身体パフォーマンスレベルが高い
ここは、狼人族、吸血族が暮らす地下世界だ。無論、地上には人間達がまだ住んでいる。狼族も月光が届かないので本格的な変身はしないし、吸血族も人工血液を啜っているので、他人を襲うことは無い。また、互いに結んだ非戦協定が千年に亘って守られている為、戦争も起こっていない。然し、問題が無いわけではない。両種族共、近年、生まれる子供の殆どが女の子で、子孫が残せないのではないか? との懸念が持たれているのである。有効な手段はまだ見付かっておらず、イラ立った人々による小競り合いが起こっていた。
ネタバレBOX
吸血族は、近い将来王権が禅譲されることになっているのだが、王子は姿ばかり美しいものの、うつけとの評判。一方、狼人族には、年頃の姫があって、王・王妃共にそろそろ、娘を嫁がせたいと候補を選んできたのだが、戦闘能力も高く、紳士的で高い理想を持つ青年の背丈が低いので王女はお気に召さない。だが、王は、青年を頗る高く評価し、青年もそれに応えて振る舞っているのだが、王女の娘心は簡単に変わりそうもない。
そんなある日、満月の晩、狼人族の祭りの日に、禅譲に必要な王の印の帽子が何者かに盗まれた。それを聞いた吸血族の王は、もっけの幸いと、これを口実に戦争を仕掛けようとする。
然し側近の者に、明確な証拠が無い、とたしなめなれ、本当に狼人族が、盗んだのか否かを確認する為に側近2人と王子が、満月の祭りに紛れ込むが。そこで、王子と王女は一目惚れ。而も異種族同士の恋愛は、その間に出来る子を怪物となし、互いの種族を滅ぼすとう伝説があって、今迄、誰一人として試してみたことは無かったのである。
一方、吸血族の王は、戦争を起こせば、男は戦闘で男らしさが戻り、男子の出生率も高くなると信じているのだが。実際には無論逆で、虚しく命が失われてゆくだけである。
狼人族の戦争推進派は、科学者だ。彼は自分が開発した狼人族を凶暴にさせる薬を使いたくてしようが無い。然し、狼人族の王は、闘いは何も生まないということが良く分かっている賢王なので、なるべく穏便に事を済ませたい。だが、其々の王子、王女が恋仲になって駈け落ちしてしまった為、その責任のなすり合いで戦争は勃発してしまう。そんな中、2人のデート中に現れたのは死神。だが、彼は、王子が自分の若い頃に似ているとして、王子を助けることを誓い、実際、多くの手助けをしてくれる。王子は、両グループの戦闘を止めたいと動き出し、姫も彼と行動を共にする。上演中なので、この後どうなるかは劇場で確認して頂きたい。
夏といえば! に捧げる演劇儀式 〜愛と絶望の夢幻煉獄〜(ご来場下さいまして、誠にありがとうございました!!!!!!!!!)
宗教劇団ピャー! !
pit北/区域(東京都)
2014/07/09 (水) ~ 2014/07/13 (日)公演終了
満足度★★★★
寡占資本主義を駆逐せよ!!
学校での授業という型に入れた今作。ベートーベンの第9を構成要素に取り入れている。ピャーの劇作家、塚田氏は、今回も失踪した。2年前の矢張り夏、学生芸術祭でもテーマは儀式であったが、この時にも失踪していた。思うに、この儀式は通過儀礼のイニシエーションなのではあるまいか? 本人が意識していようがいまいが、その要素を感じる。2年前も今回も、基本的に、描かれているのは、人間の根源的な欲望に関する事柄である。2年前は、喰う、寝る、セックスする等々が描かれていたのだが、今作では、若干、毛色が変わったものの矢張り、アメリカの植民地として収奪され続けるこの日本で、大人になるということは、即ち、本来自分達が抱えている様々で自然な在り様や、そこから自然に発露してくる帰結としての、自分の頭で考え、自分の頭・身体で生き、自分達の判断で意を決して、自らの意志に従ってアイデンティファイすることであった。然し乍ら、アメリカのプラグマティックな独占乃至寡占資本主義体制は、民衆が自らの頭を使って自らの行く末を決めることを肯んじない。何故なら、それを認めてしまえば、寡占体制は瓦解するのが必定だからである。寡占する側唯一の論拠は、彼らの方が、民衆より優れた判断を下し得るとの思い込みである。即ち、社会をリードするという役割は、彼ら特権階級だけのものだと思いあがっているに過ぎないのである。彼らは、豊富な資金と彼らのイデオロギーにお墨付きを与える御用学者及び、権力に媚びを売ることで権威として収まる御用インテリらの見解を拡散し、喧伝するメディアを巧みに操り、実は意味の無い文言をパブリシティーとして流通させることで、民衆を大衆化。愚民化するのである。然し乍ら、この欺瞞と瞞着に気付く一部の人間が居る。それがアーティスト達を含む本質を見る目を持った人々であることは言うに難くない。今回、塚田氏の穴を埋めたのは安藤 尚之氏、アーティストとしてのDNAをキチンと継承していると見た。出演した女優陣・男優も無論である。彼、彼女らの、内側を見つめようとする目、そして、そのような過程を経て外へ向かおうとする目に対して、飛躍的なジャンプが必要になることも含めて、キチンと付き合ってゆきたいと考えている。ピャーはラディカルで、それ故、愛すべき劇団なのである。(追記2014.7.11)
ネタバレBOX
ところで、美術系大学の学生さん達が作った劇団なので、その辺りのことも付け足しておこう。“pit北/区域”という空間を選んだ美意識もさることながら、この空間の使い方が気に入った。螺旋階段を下りてゆく時には、草いきれと共に、吊り下げられた草が、頭や顔を撫でる。自分は、当初2階に案内されたのだが、木道のように張り渡された板以外の部分を歩くと、そこには、色とりどりに染められた紗のような布が張られているのだが、木道より一段低い床が下にあるので、つんのめる。歩く時は、木道の上を歩くように。2階通路途中には、ぬいぐるみの猿が吊り下げられ、見ざる、言わざる、聞かざるを表象しているのは、無論、江戸幕府のモットー“寄らしむべし知らしむべからず”を表しているであろう。2階の床の内側には、鉄柵が張り巡らされているが、ここには、麻などで裏張りされた、人型の上半身が、舞台を見下ろすような感じで斜めに設えられている。観客が通常1階に入る入り口から見て右手の壁には、巨大な傘のような大きく丸いオブジェが貼り付けられている。劇中、皆の苦しみ、悩み等をガムに転移したものを捏ねて仏像をつくるアーティストの話があるのだが、この時、このオブジェは、世界観を表すと言われる曼荼羅に見え、柵に掛かって舞台を斜め上方から見下ろしている半身像は、五百羅漢と解することもできた。これらの間に、つたのように弦が絡まり、低く深く囁くように、見ざる、言わざる、聞かざるが、我らの意識を日常的に犯している構図が透けて見えるのだ。情報隠蔽法である、特定秘密保護法と名付けられた憲法違反が明らかな悪法や、民衆を政治に関与させない為のあらゆる法、体制が、隠蔽されている事実を告発しているようである。誰かが、このくらいのことには、気付くかも知れないと今迄書かずに居たが、追記しておく。
あ、それと、坐った場所を変りたければ、休み時間に変われるよ!