実演鑑賞
満足度★★★★★
固いネタを味わい深い古民家を改装した一軒家劇場で、
これまた巧みにかみ砕いて怒涛の台詞で語って吠える。
一体どんだけ勉強したら哲学と戦争の脚本なんて書けるのだろう?
ホンの凄さと役者さんの熱量に脱帽。
ネタバレBOX
昭和21年の秋、ひとりの哲学者が大学から追放された。
「誤った哲学で戦争を正当化した」というのがその理由。
その麻野教授と弟子である哲学科の教授、助教授、講師ら5人が
教授の自宅に集まり、大学の決定に「抗議」するか「恭順」するか
話し合うことになった。
文部省とGHQに抗議すれば自分たちも麻野教授と同罪と見なされる。
恭順すれば、自分たちは哲学者として間違っていたと認めることになる。
教授の娘文代も、身を隠している父に伝えるため、と同席する・・・。
フライヤーに「知の敗戦処理」とあるように、
戦争犯罪人は軍人だけなのか、教育に携わった者も責任を問われるべきではないか、
という問いかけが重い。
「哲学の論理を検証する」という一見無謀な設定をしておいて
柳井さんの脚本は言葉ひとつひとつを粒立てるように取り上げ、
そこに新事実を当てはめていく。
その驚きの事実がすんなり納得できるのは、いつの時代にも通じる
人の心の普遍性に共感できるからだ。
麻野教授の裏の顔や、他の教授たちの秘密、世渡り上手な助教授の目論見や
盲目的に教授の哲学を信じ「腹を切れ」と迫る助教授。
そして下っ端の講師にも大きな秘密があった。
次々と明らかになる事実の前に、「哲学」が翻弄され、
少しずつスライドしていったことが判って来る。
クールで世渡り上手な、そして腹黒い助教授を演じた北川さん、
繊細で優しいイメージが強かったが、要領よく押しの強い役がはまって素晴らしい。
少し貫禄も出てきて、クセが強い人物がますますリアルになった。
マジで「今さら言ってくれるな」的な、自己満講師の懺悔を聞いたあとで
文代を演じた藤原さんの間と声のトーンが絶妙だった。
死ぬの生きるのまで出て来る展開で、役者さんの熱量はハンパない。
哲学者ってこんなに熱くなるのか、というエネルギーに圧倒される。
それにしてもあの台詞量、役者さんには酷な脚本であることは間違いない。
どうやって覚えたんだろう、と小学生のような疑問でいっぱいになった。
劇中、哲学者ヘーゲルの著書から
「ミネルヴァのフクロウは黄昏に飛び立つ」という意味の言葉が引用される。
ローマ神話のミネルヴァは知をつかさどる女神、フクロウは知の象徴だ。
哲学というものはいつも現実が起こった後で、あとから現れる、という意味らしい。
一方、オダマキはどんな意味だろうか。
花言葉を見てみると「断固として勝つ」のほかに「愚か」というのもある。
教授たちから「愚かな民衆に哲学が解るものか!」と言われた
その民衆の支持を得られない思想も哲学も、やがて否定され追われていく。
「オダマキとフクロウ」、なかなか味のあるタイトルだなあ、と勝手に思った。
人は国に殺され、軍に殺され、思想に殺され、そして嫉妬に殺される。
令和の時代に、この作品が問うテーマはあまりにも大きい。
実演鑑賞
満足度★★★★★
「世の中は庶民の我慢で回ってる」という普遍的な事実を突きつけられた。
ラスト、ワーニャ伯父さんに語りかけるソーニャの言葉にボロ泣きする。
世間知らずのインテリ教授には死んでも解るまい、
この「誰かを信じて支える」という崇高な愚直さよ。
ネタバレBOX
ほの暗い舞台上には簡素な木のテーブルと椅子。
26室もあるという田舎の屋敷のリビングが主な舞台。
退職した大学教授が、再婚した若く美しい妻エレーナと共に自分の領地へ戻って来た。
この都会暮らしに慣れ切った夫婦が現れたことで、静かな農園の暮らしにさざ波が立つ。
教授の、今は亡き最初の妻の兄であるワーニャは、
妹のダンナの才能を信じ尊敬の念をもって、この農園を管理し、
彼の仕事を献身的にサポートして来た。
亡き妹の忘れ形見ソーニャは、そんなワーニャ伯父さんの仕事を手伝っている。
年老いた乳母と、居候の老人、そして我儘な教授に呼ばれるとやって来る医師。
ワーニャも、医師も、美しい人妻エレーナに恋をしている。
ソーニャは、医師に恋をしている。
そして人妻エレーナはと言えば・・・医師に恋している。
激狭コミュニティの中で誰も幸せになれない恋愛模様がくり広げられる。
小さな空間で対峙する登場人物が、終始緊張感を保ち続けていて素晴らしい。
場転の際に流れるギターの音色が品良く少し陰鬱で絶品。
明りの加減も絶妙でチェーホフの時代を五感で感じさせてくれる。
教授が突然「この農園を売りその金でフィンランドあたりに別荘を買おうと思う」
と言い出したことで、失恋の痛手も重なったワーニャの心は爆発する。
教授のために、自分の才能も稼いだ金も捧げて来たのに、
自分の親が嫁ぐ妹に買ってやった土地を、いとも簡単に売ろうと言い出す教授を
許すことが出来なかった。
自分の人生も、自分の今は亡き家族も、こいつにないがしろにされたのだという
怒りがビシビシ伝わる素晴らしい迫力。
ワーニャ伯父さんのこの怒りのために、これまでの話はあったのだと思う。
だが、あんなに怒り狂ったのに腑抜けのように仲直りして、大人しくなってしまう。
人生の悲哀というにはあまりにも派手なブチギレ方だったが、結局のところ
怒りの矛先は、カン違いして勝手に信奉していた自分の愚かさに対する
怒りであり情けなさだったのかもしれない。
ソーニャが、慰めるように寄り添うように伯父さんに語りかける。
それはまるで、人生の望みを絶たれた者に降り注ぐ優しい呪文のようだ。
「我慢して」「働いて」「いつか神様の前で申し上げる」「ようやくほっと一息つける」・・・。
上手くいかないいくつもの人生に激しく共感すると同時に
力ずくで自分の人生を諦めるような残りの時間を思うと暗澹とした気持ちになる。
乳母ひとりが「いつもの生活が戻る」こと以外多くを望まず、心穏やかに見えた。
人生はそんなものかもしれないけれど、その切実さに涙がこぼれる。
才能も仕事も恋愛もお金も、何ひとつ望むようになりはしない。
だから”上手くいっている”ような振りをしないことだ。
カン違いをしないことだ。
それは上手くいかない人生より、ずっと滑稽なことなのだ。
実演鑑賞
満足度★★★★
ダブルキャストの「快晴」チームを拝見。
従来の「ナチュラルな演技と会話劇」路線は維持しつつ
客演を多数入れて出演人数も倍増、結果格段にパワーアップしている。
バラエティに富んだキャラの配置とラストで鮮やかに伏線を回収するところはさすが。
若干”チカラ技”的なところもあるが、ハッピーエンドの幸福感で楽しかった。
客演の面々がまた巧いので良い化学反応が起こった感じ。
ネタバレBOX
創立80年の総合病院の会議室(休憩室?)が舞台。
病院は今、創立以来最大の危機に直面している。
救急搬送されて来た死刑囚の脱走!?
大物政治家の手術は医療ミスか?
院長の死は自殺か他殺か?
そして次期院長にはあのバカ息子がなるのか?
院長の遺志を尊重するべく奔走する律儀な事務長や
院長になるつもり満載のバカ息子、
6人の医師と研修医ひとり、
そして医療ジャーナリストが、この部屋に集う。
彼ら一人ひとりが抱える背景に、現代の医療問題が上手く織り込まれている。
紛争地域での医療活動の限界や、救命救急の現場の厳しさ、
認知症のこと、子育てのこと、ひとり親のこと、ねじれた恋愛問題・・・。
病院の中でも外でも、みんなシビアな現実を生きている。
それら個々の事情をどうやって語らせるか、がいつもマリーシアの腕の見せ所だが
今回は「空気の読めない天然研修医」を持ってきたところが成功している。
普通なかなか聞けないことでもストレートに質問してしまう。
また嫌味のないキャラなんだな、これで話はスピーディーに展開する。
そしてもうひとり、医師を辞めて医療ジャーナリストになった男。
この一見クールな男が、実はこのストーリーを回していく重要人物で、
彼の「真実を知りたい」という情熱がトラブルを解決に向かって転がしていく。
6人の医師たちが個性豊かで人間味があるところがとても良い。
過酷な現場で働く彼らは皆、どこか弱くてやさしいところを持っている。
あのバカ息子でさえ、最後には改心するのだから人は変わるものだ。
ただこの”改心”の動機が弱いのが残念。
もう少しバカ息子の心情に時間をかけても良かった気がする。
一番のトラブルメーカーがラストであっけなく大変身を遂げるのが少し物足りない。
登場人物の心情に変化が生じる場面は、作品のハイライトのひとつだから。
客演の方が皆さん巧いので強烈にメリハリがついた。
いつものマリーシアとはまた違った演出がとても新鮮。
時には大声でやり合う場面もスッキリしていいなあと思った。
事務長役の三上潤さん、バカ息子を演じた日下諭さん、振れ幅大きくて素晴らしい。
ジャーナリスト役の佐々木祐磨さん、膨大な台詞と終盤の涙が強く印象に残る。
天然研修医役の三原大和さん、あれは素でしょうか(笑)
この人数にこれだけの豊かなキャラを創り
問題解決に向けて走らせる脚本の力が素晴らしい。
演出にスピード感とメリハリがあって舞台がドラマチックになった。
最後にちらりと大浦さんが登場して嬉しかった。
劇団は「こどもといっしょ」企画など、やさしい試みも始めている。
劇場の階段を上がると、赤ちゃんをだっこした女性スタッフさんが
にこやかに立ってた。
劇団もメンバーも、作家も作品も、変化し進化していくんだなあ。
次もその次も、また楽しみにしています!
実演鑑賞
満足度★★★★
アフガン戦争から帰国したカナダの兵士たちがインタビューに答える、
答えながらそれぞれの回想を再現ドラマのように見せる、という構成。
役者陣の熱演が素晴らしい。
声も台詞も力強く明瞭で、戦地の緊張感がビリビリ伝わって来る。
だがインタビュアーが知りたがっている「合同作戦」は
イマイチぼやけたような気がする。
ネタバレBOX
ほとんどセットらしい物もなく、舞台中央奥に出ハケの口を残して壁があるだけ。
ここが時にキャンプとなり、戦いの最前線となり、帰国したカナダの現在地となる。
登場人物4人が帰国後インタビューを受けている。
インタビュアーは執拗に「合同作戦」のことを聞いてくるが、
核心を突く返答はなかなか出てこない。
質問の合間にはつい作戦前夜のことを回想してしまう。
皆普通の精神状態ではなかった。
少し前に罪もない5歳の子どもを射殺してしまった伍長のターニャは、
それ以来ずっと不安定なままだ。
自爆テロなのか、重傷の子どもを助けたい民間人なのか判別が難しい場面で
どうしてもその子どもを助けたいと、軍のヘリを要請する必死の姿が強烈な印象を残す。
結果的にヘリはこの民間人救助に向かったため、
作戦の現場で重傷を負ったジョニーの救助は遅れ、彼は重い障害を負うことになる。
このターニャ役の蜂谷眞未さんが美しくて
こんな人が部隊に居たらトラブルは目に見えてるだろう、と思わせる。
スティーブン軍曹の帰りを待っている(はずの)妻は浮気しているが
だからと言ってターニャに手を出す理由にはならないだろう。
新兵のジョニーはまだ二十歳、ターニャにぞっこんで追い回しているが
軍隊ってみんなこんなに性行為で心のバランスをとるものなのか、私にはわからない。
この”誰かをぶん殴る代わりにやっている”ような性行為が実に虚しく映る。
終盤、ようやく「合同作戦」がタリバンの塹壕を水攻めにする作戦であり、
現地部隊からの提案であったこと、部下の負傷に気を取られて
その残忍さを予想できず、反対しなかったこと、
その凄惨な結果を知って悔やんでいることが軍曹の口から語られる。
最後に、その悲惨さを語るのは軍医のクリスだった。
彼は作戦の「後片づけ」を命ぜられて塹壕の遺体処理に当たる。
気温50度の中、腐敗の進んだ遺体の山と格闘すると、
下の方に小さな体がいくつもあった、と語る。
聞いていたほど、彼らは銃を持っていなかった、とも。
そして客席に向かって淡々と「これが戦争だ」と告げる。
「戦争」を兵士目線から語るところは素晴らしい。
政治や本部の連中から離れた、地べたに近いところから発せられた声がする。
ただインタビュアーの知りたいことは何だったのか、
私は「水攻め」のことだと解釈したが、よくわからなかった。
”平凡で平穏であるはずの日常”が否定されることから戦争は始まる。
助けたり見殺しにしたり、間違って死なせたり、愛することを間違ったり、
他人を貶めたり、それで自分が浮き上がろうとしたり・・・。
人が日常を喪う。同時に「戦争の日常」が始まる。
戦地から帰って来てからも、もう以前の日常は戻らない。
たぶんあまりにも多くの人間の日常を奪ったことから
もはや逃げられないと知ったから。
この作品は、そのことを改めて心に刻むよいタイミングだと思った。
実演鑑賞
満足度★★★★
特撮ヒーロー物の金字塔「ウルトラマン」へのオマージュに満ちた、
これは大人たちの”目覚め”と”再生”の物語だ。
子供向け番組で「差別」をテーマにするために上司と闘い、
表現者として自己の原点を見つめ直す。
劇中劇の挿入でストーリーが立体的になる構成が巧み。
ネタバレBOX
特撮番組制作会社「東特プロ」は、「経費削減」を最優先するようにと
うるさく言われながらヒーロー物の番組「ワンダーマン」を制作している。
今度新しく来た脚本家は、監督の後輩で特撮は初めてという若干気弱な印象の青年。
第15話は経費削減のため、ワンダーマンが怪獣と闘う場面を入れずに作れと言われる。
そんな無茶ぶりに頭を抱えながら、若い脚本家やオタクスタッフたちは
愛する巨大特撮ヒーローの草分け「ユーバーマン」にも、
やはり怪獣と闘わない回があったことを思い出す。
彼らは、子どもだから理解できない、という先入観にとらわれず
「差別してはいけないんだ」という大切なメッセージを伝えるため、
今までにない「ワンダーマン」を創り上げようと苦難の道を走り出した・・・。
直接差別されたりいじめられたりした経験の無い脚本家が
「差別はいけない」というメッセージを届けたい、と上司に力説する姿は
確かにそれだけでは説得力が空回りしがち。
だがそこで力を発揮するのが「劇中劇」としての彼の書く脚本だ。
その脚本の中で、地球にたどり着いた孤独な宇宙人はひどいいじめを受ける。
たった一人心を通わせ助けてくれた地球の女性は、巻き添えになって死んでしまう。
理由の無い理不尽な差別と、それに対する怒りと悲しみを
ストレートに描いて子どもにも伝えようとする。
上から「大人になれ、テレビ局の言う通り本を書き直せ!」と言われる
脚本家をサポートする人々にも、差別の体験が透けて見える構造が巧い。
誰もが自分の差別体験を率直に語れるわけではない。
だが、ある出演者のことを「あの人も差別された経験があるんじゃないか」
という監督のつぶやきが、同じ辛さを知る者同士のシンパシーを感じさせる。
そう、口に出さないだけで、多くの人が差別された経験を持っている。
そして差別する側の人間は、多くの場合無自覚だ。
だからこそ子どもに「それ差別なんだよ、間違ってるよ」と伝えるべきなのだ。
表現者の自覚と原点、そこに立ち帰って行動したラストはほろ苦いが爽快だ。
私は青臭い理想が結構好きな方だ。
歳とっていい大人になれば、理想と現実が乖離することぐらいわかってる。
だけど理想を忘れ否定する行動は、どこか胡散臭くて信用できない気がする。
だから要領悪く、うまく立ち回れず、結果お金も貯まらない。
あーだけどこれも爽快でいいなと、劇場を後にしてちょっと気分が良かった。
ありがとう、劇チョコ!
実演鑑賞
満足度★★★★★
一体どのタイミングで企画してホン書いたのだろう?と思わせるタイムリーさ。
昨日今日のワイドショーを見るようなこのリアルタイム感はどうだ!
”ふざけた社会派”ラストのオチの見事さに拍手!
ネタバレBOX
芸能事務所を舞台に、性暴力の被害に遭った女優を巡って様々な思惑が飛び交う。
無かったことにして映画の公開やオーディションを優先するのか、
告訴して正義を貫くのか、
大揺れの中、思いがけない真実が明らかになる・・・。
キャラの立った登場人物の振り切れた演技が素晴らしい。
大手芸能事務所の社長の妹や、被害女性と同じ事務所のベテラン女優など
クセが強くて欲も強くて、あるある感満載のキャラクターが楽しい。
テンポが上がってストーリーが締まる感じ。
SNSの拡散や裏アカなど、時代を映す小道具も大活躍。
それにしても、無責任の増幅としか思えない”拡散”によって
時に脅され、苛まれ、追いつめられるとは、何という時代になったのだろう。
そう、これは劇ではなく、事実なのだ。
芝居に笑った後で、被害者の無念さを思うと
明日からニュースを見る目が変わるだろう。
”ふざけた社会派”の闘うスピリッツを感じさせる作品だった。
実演鑑賞
満足度★★★★
私の好きな工藤良平さんがはまり役なのが楽しい。このテーマが普遍的であることが、何より政治の脆弱さを表している。畑澤先生はその脆弱さをこんなエンタメにして私たちに提示してくれる。それにしてもあの”独裁者”め!
ネタバレBOX
舞台を囲む壁には青森のような、ヨーロッパのような、アフリカのような地図。
地球上のどこでも起こり得る話が始まる。
鉞の形をした半島の付け根に位置するのどかな村に、
使用済み核燃料の収容施設ができる。
反対運動のメンバーは、仕事と補助金に惹かれて次第に尻すぼみ、
今や村人は皆、この施設で生計を立てている。
今日もひとりの青年が新人スタッフとして入って来る。
実はこの青年、密命を帯びて送り込まれた「サイボーグ」だった・・・。
”将軍様”のキャラが秀逸。
残忍性と独裁国家を受け継ぐ者としての迷い、善人かと思ったらやっぱり極悪人、
意外におっちょこちょいでお調子者、そして人の命を何とも思わないヤツ。
気軽にミサイルを発射するのがいかにもな感じだ。
個人的には、2012年・2014年に観た「翔べ!原子力ロボむつ」で
「スターキングです!」と言って握手していた
りんご王国の王のなりきりぶりに比べて、緩さが感じられたのが残念。
物まね的な面白さはあるが、核を扱う作品の緊迫感は若干弱く感じられた。
将軍様に忠誠を誓う青年の身体にミサイル誘導装置を埋め込んで
彼を施設に送り込むという残忍な方法も、あの国ならやりかねない。
ラスト、自らをめがけて飛んでくるミサイルが
少しでも施設から遠いところへ落ちるようにと、青年は走る。
施設で出会って恋に落ちた娘を守り、施設を守るために。
彼の最期を見守ったのは、たった一人で反対運動を続ける女性だ。
彼女の叫びが虚しくて、悔しくて、涙がこぼれた。
こんな風に簡単に、偶発的に、誰かの気分で戦争は始まる。
生まれつき偏ったいびつな独裁者によって、
いたずらに元気な老人の部活みたいな政治家によって。
政治が幼い国は同じ過ちを繰り返すだろう、たぶんもうすぐ・・・。
実演鑑賞
満足度★★★★★
異なる立場にある人々が全員葛藤を抱えている。死に方は生き方。あまりにも個人的な、そして社会的な課題に果敢に取り組んだ力作。安楽死と自殺は何がどう違うのか?医師二人の主張が、どちらも正しくて忘れられない。夫のキャラがギャップありすぎて、ラスト号泣するしかないじゃないか。
ネタバレBOX
●~○~●以下ネタバレ注意●~○~●
いつもと変わらない様子だったのに、夫が仕事から帰ると妻は家を出ていた・・・。
夫と、妻の兄夫婦、妻の古い友人は、途方に暮れつつ
妻と、付き添っている妻の妹がいると思われるホッキョ区へと向かう。
そこは「より安楽に、より尊厳を保った形での死に方を様々なサービスとして提供する」という
「安楽死特区」だった。
「ことばのがん」で余命いくばくもない妻が望む死に方を容認できない家族は
説得できるのか、処置する医師も悩みつつ今日も特区では運命の注射が打たれる・・・。
妻にとって、がん(「ことばのがん」というのが傑作だ)が
今「安楽死」を望むほど苦痛な状況なのか、何が辛くて死を望むのか
妻のことばで聞きたかった気がするが、言葉のがんでは無理なのか・・・。
安楽死の選択理由が、家族の想像だけで優しく包まれている感じ。
観る側のジャッジに関るだけにリアルさが欲しかったが、他の患者のエピソードによって
そこは補完されていく。
葛藤する医師二人(宮川飛鳥・相葉るか)が素晴らしかった。
十分身体に落とし込んでから振り絞るような台詞に、自分だったらどうする・・・?
と思わずにいられなかった。
弱者を家族みんなで守ろうとするキツネの社会と、
死を合法化してシステムの中に組み込もうとする人間社会の対比が面白い。
「死ぬ人の権利」は「残された人の気持ち」を置いてきぼりにする。
忘れられがちなこの置いて行かれる人々の気持ちが、実は重要なのだ。
だって「死を語る人」は皆、置いて行かれた人々なのだから。
いつも「自分の情」で熱く動く夫が、妻の望みを叶えるべく大変身を遂げる終盤。
役者(沼田星麻)の見事な切り替えでボロ泣きの嵐だった。
アフタートークで、作演出の広田淳一氏にこの作品のインスピレーションを与えた
著書「安楽死を遂げるまで」の作者 宮下洋一氏が登場、
世界の安楽死事情や、欧米と違い日本で受け容れられるのが難しい理由など
深く考えさせられる内容だった。
広田氏が様々な問題を、慎重に、丁寧に台詞に乗せていたことが伝わって来た。
いつも”語り尽くせない部分をダンスで表現する”アマヤドリが、
今回は本当に語り尽せないテーマに挑み、ラストは生への強い意欲を感じさせる
力強いダンスで終わった。
死ぬことと生きること、私たちはそこを行き来しながら今日も生きている。
実演鑑賞
満足度★★★★
衝撃的な事件とスリリングな展開、例によって降り注ぐシャワーのような台詞。柿のエネルギーがビシビシ伝わって来る舞台。出演者の人数も多いがキャラの立った登場人物たちが解りやすく謎解きに奥行きを持たせる。時々台詞が聞きとれないのは私の感度の問題だろうか?
ネタバレBOX
明転するといきなり21人が舞台上にいる。
照明のダイナミックさもあって、裸舞台にこの迫力がまず素敵。
1年前にこの「ちぎり商店街」で、父を惨殺した犯人を捜すため
この商店街に店を出そうとする娘。
それを阻止しようとする商店街の面々が端から怪しい。
誰が犯人で、どうしてみんなそれを隠そうとするのか、
ちぎり神社という神社さえ、何だか怪し気だ。
娘はついに店を出すことに成功するが、その結果
明らかになった真実はあまりにも残酷なものだった・・・。
当日パンフとしてキャスト一覧が添えられていたが、
登場人物の職業と名前がウイットに富んでいて楽しい。
私の好きなカクテルバーの店長は「銅底 智羅永」(どうぞこちらへ)
という名前だったが、こんな感じで21人が紹介されている。
アフタートークで中屋敷氏が言うには
当て書きのように「この人にはこんな店をやらせたらいいな」と
考えて作ったという。
そんな遊び心が柿の豊かなキャラクターとチームワークを感じさせる。
冒頭から大勢で唱和する台詞は、“歌のようなもの”と考えれば
歌詞が全部正確に聞き取れなくてもまあいいかと聞き流せるだろう。
それはそれで心地よさもあるかもしれない。
だがやはりここは台詞として、作者の書いた台詞を
一粒たりともこぼしたくないと思う。
だからもったいなくて拾い集めたくて、「ん?ん?」と
後追いしているうちについていけなくなる・・・。
間違いなく私は「柿の表現」が大好きだ。
まず設定、タフな役者陣、キャラの作り込みや謎解きのスリル、
ストーリー展開にグロい描写、どれも面白くて前のめりになる。
だからまたきっとその舞台を観に行くだろう。
役者さんはみな、その努力も力量も素晴らしくて「すごいな」と感嘆する。
でも情報量に比例して聞き取れない台詞も増えていくとしたら
あの怒涛の台詞の目指すところは何だろう?
「表現すること」と「伝えること」の難しさを考えさせる作品だった。
実演鑑賞
満足度★★★★★
このテイスト、とっても好きだ!誰も体験したことの無い「死」の周りをあーでもないこーでもないとぐるぐる周りながら、来たるべき日に向かって進んでいく。サラリとしているので油断していると、ズドンと来て泣けてしまう。殿様恐るべし。
ネタバレBOX
人気小説家が膵癌の末期と診断され、余命宣告を受ける。
「初めて体験する死が楽しみだ」と、それを受け入れているように見えるが・・・。
「死」はその本人よりも周囲の「イベント」なのかもしれない。
編集者や所属事務所、家族や友人、密着ドキュメンタリーの制作者、
そして他の患者や医師に看護師、
それぞれの立場と思惑によって、振る舞いや言動は演出されている。
彼らにとって「死」は所詮想像の域を出ない”うわつら”でしかない。
当の本人でさえ、死に対して”うわつら”の心構えしかできない。
だから強気になったり、不安になったり、開き直ったり、取り乱したりする。
このどうしようもない切ない限界が”うわつら”の本質なのかもしれない。
小説家が意に反して本心を吐露する場面が二つ、強烈な印象を残す。
ひとつは隣の病室に入院していたスキルス胃がんの若い患者が
「一緒に行こう!」と小説家を強引にひきずり出す場面。
必死の抵抗を試みる小説家は恐怖の叫び声を上げて目が覚める。
死への恐怖心が爆発したシーンだった。
もう一つは彼の弟子が、師匠も獲れなかった文学賞を受賞し、
高い評価を得て世に出て行くのを見たとき。
若い看護師から「すごく面白かった。サインをもらって欲しい」と
賞を獲った弟子の新刊本を渡され、
「いいなあー!いいなあー!」と絞り出すように嗚咽する姿に
今彼が見ている孤独の闇を、一緒に覗き込んだ気がしてボロ泣きした。
ほかの人々は生きている、自分は一人で死んでいく、
”連れの無い孤独”を初めて自覚して生への執着を吐露した場面。
さらりと展開しながら、自然にクスリと笑わせる台詞と絶妙の間。
ところどころに挿入されるエピソードの巧さ。
大した事件も起こらないのに最後まで読ませる作風の小説家という設定だったが
人生もそんな感じで終わっていくんだなあ、としみじみ思わせる作品。
脚本・演出・主役の小説家を演じた板垣雄亮さん、何と味わい深い作品を生み出す方なのだろう。
最高のランチ、ごちそうさまでした。
実演鑑賞
満足度★★★★★
マリーシアらしい”男だらけの楽屋もの”が、進化を遂げて帰って来た。テンポよく繰り出される台詞の応酬に無駄がなく、どんどん引き込まれる。夢がない人生は寂しい、でも夢だけでは生きて行けない・・・そして夢破れた者はどんな選択をするのか。
登場人物がみんないいヤツで泣かせる。
ネタバレBOX
ヒーローショーの楽屋に集まるスーツアクター、作家、アクションコーディネーター、
そしてプロデューサーの面々。
作家は今の企画を終了して新しい戦隊ものを書くよう言われている。
ベテランアクターは2人目の子どもが生まれるのを機に引退を考えている。
そのベテランを敬愛し、追いかけて来た若手アクターがいる。
「アルバイトサンタ」と言われると「プロのサンタだ!」と反論するアクター、
太ってスーツが入らなくなるアクター、
冷やかに彼らと距離を置く冷めたアクターもいる。
それらをまとめるプロデューサーは、骨折したアクションコーディネーターの代わりに
新しいコーディネーターを連れて来る。
それがまた”昭和のやくざ映画から抜け出たような”奴で
背中に何やら模様があるという・・・。
8人も男が入り乱れるわりに暑苦しくないのがマリーシアの味わい。
声を張らない自然な会話がその理由だと思うが
今回投入した客演のアクションコーディネーターがとても良いアクセントになった。
日常の中に非日常を放り込んだ時の可笑しさがストレートに伝わって客席も大きく湧く。
このメリハリ、これまでのマリーシアでは小さかった振れ幅の大きさが面白さを倍増させた。
メンバー各自がかかえる背景やエピソードが厳選されていて
特に淡々と語る「サンタ」のエピソードに泣けた。
ちっとも力んでいない、テレビドラマでもよくあるエピソードなのに
自然と涙が出て来る、この持って行き方。
台詞の力、役者さんの力が感じられたシーンだった。
パンチの効いた客演人が弾ける一方で劇団メンバーの安定感が目を引いた。
会話の軸を担う作家役の佐々木祐磨さん、細かいところまで台詞がきちんと腑に落ちる。
引退アクター役の狩野健太郎さん、一つひとつの台詞にバックグラウンドが感じられた。
”役者の夢と挫折”という、極めてリアルなテーマを選んだのも功を奏して
ほろ苦いハッピーエンドに説得力があった。
「サクセスストーリーは始まらなくても、人生の幸せが終わるわけじゃない」
今後のマリーシアの脚本に期待大・大!
大浦さん、あの目力と毒吐きも、また見せて下さい!
実演鑑賞
満足度★★★★★
フライヤーの動物園、カニカマばかり食べる主人公…ラストで明かされるその理由が切ない。
登場人物の誰もが「諦めて生きている」が、時に「やっぱり違うだろ!」と苛立つ、
それが翻訳ものであることを完全に忘れさせる台詞で強烈に迫ってくるところが素晴らしい。
天井からするすると降りて来るマイクを握り、熱唱する歌声がまだ耳に残っている。
ネタバレBOX
台所のある居間に布団を敷いて父親(高山春夫)は寝起きしている。
この居間を中心主に人公ジュワン(西山聖了)の部屋、兄夫婦の部屋、そして便所がある。
トイレというより圧倒的に「便所」と呼ぶのが相応しいこの場所で、父親は首を吊る。
古い友人の葬儀に行った彼は、そこで昔家を出た妻を見かけたのだ。
帰宅した父親はスーツに着替え、ジュワンに
「枕の中に葬式代くらいの金がある」と伝えて便所に行き、そこで首を吊ったのだった。
引きこもりのジュワン、映画監督らしき兄(神野崇)はたまにしか帰って来ない、
その嫁(森尾舞)はカラオケコンパニオンという怪しい仕事で一家を支えている。
少しずつ一家の秘密が明らかになっていく過程で、
便所で首を吊った父親が「降ろしてくれー、首が痛くて死にそうだぁ」と懇願するが
その声にお構いなく、家族は自分のことにかまけている。
父親の腐敗は進み、嫁の浮気を知ってもスルーする兄、彼の作る映画はファンタジーだ。
養子に出されたという夫婦の子どもは本当は誰の子だったのか?
ジュワンが引きこもったのは母が出て行ってからだ。
彼が追い続けるのは、母親のあの日の笑顔だけだ。
便所の換気扇が壊れてひどい悪臭が鼻をつく、と言われるだけで
一家の生活空間も、未来も絶望的だと感じる。
改善も、追及も、協力も協調も、すべてもう諦めてしまっている。
これが国の縮図であり、同時に観ている私たちの現実でもあるという普遍性が空恐ろしい。
終盤、嫁が正気に返ったかのように夫に詰め寄るシーン、
あれはまるで自爆テロのようなものではなかったか。
ラスト、慢性便秘のジュワンは、父の吊るされている便所で母の思い出を語る。
一緒に動物園へ行ったこと、カニカマを食べたこと、母の顔をずっと見ていたこと。
もう戻らない過去を反芻することだけが、彼の甘美なひとときであり、救いだ。
「そんなに驚くな」これは、どこにでもある、よくある話なのだ。
実演鑑賞
満足度★★★★★
舞台美術の凄さは、そこに暮らす人の時間を感じさせることだ。もう何十年もこういう暮らしをしてきた人、いつもの暮らしが繰り返されてる感、あるいはまだ馴染まなくて定着していない感じ、仮置きのまま迷いながら暮らしてる感・・・。そういうことを雄弁に語るのがセットなのだと強く感じた。船長、みんな寂しいに決まってるよね。
ネタバレBOX
同じ間取りで反転タイプの二つの部屋が並んでいる。
舞台向かって左は船長の部屋で、一緒に漁に出る若い漁師たちも
同じアパートに住んでおり、毎日食事を共にしている。
これがにぎやかで遠慮が無くて、清々しい程うるさい。
真黒に汚れた換気扇、炊飯器から立ち上る湯気、
ボロいアパートの立て付けの古さまで感じさせる作り込まれたセットが、
彼らの日常の安定感や時の流れを伝えてくれる。
一方隣は空き部屋だったが、ある日認知症の母親と、
役所に勤めるその息子が引っ越して来る。
海のそばで暮らしたいという母の願いを叶えたいと部屋を借りたのだが、
21歳の娘に手伝いを頼んでも露骨に嫌な顔をされ、彼は次第に追いつめられていく。
こちらの部屋は、ベッドとポータブルトイレが部屋のほとんどを占めていて、
鬱々とした雰囲気が漂う。
優しいけれど母の言動におろおろする息子は、たぶんまだ
母親の老いを受け入れることが出来ていないから。
隣り合う二つの部屋の住人は、それほど深いかかわりを持つわけではない。
だが認知症の老女の様子を縁側から垣間見てしまった船長は、
思うところあった様子だった。
22年も共に仕事してきた若手の漁師が、余命半年の母親を
父だけに任せておけないと北海道へ帰る決意をし、
漁師の短期バイト学生はあと3~4日となる。
クリント・イーストウッドのマカロニウエスタンも、
ヘミングウェイの「老人と海」も、
船長が言うように「ひとりは寂しいに決まってる」のだ。
変化は”次の世代”に表れる。
仏頂面で嫌々手伝っていた21歳の娘が「休学しようか」と言い出したり、
漁師のバイト学生はパンチパーマ(?)で戻って来る。
理由は「一緒に居る方が寂しくないから」ではないだろうか。
ラスト漁師二人の笑いは寂しいかもしれないが温かかった。
お隣さんはまた引っ越して行き、空き部屋になった。
あの介護一家がどんな選択をしたのか判らないが、
よりよい選択をしたのだと思いたい。
バックステージツアーに参加して、セットを裏から見ることが出来大変面白かった。
短時間で空き部屋になったりする工夫や、湯気のしくみ、効果音の努力など、
美術そのものがひとつの作品としての魅力にあふれていた。
帰り際「あー、雨やんでますよ、良かった~!」と外へ出られた
タニノクロウさんの笑顔が優しくてつい話しかけてしまった。
故郷富山の港町には、あのセットのような古いアパートがまだあったのだという。
そのアパートにもきっと数えきれないほどの寂しさがあったに違いない。
タニノクロウさんはそれを丁寧にすくい上げ、見せてくれた気がする。
ありがとうございました。
実演鑑賞
満足度★★★★★
膨大な台詞量と切羽詰まった感満載の人間模様で
観ているこちらが疲労感を覚えるほど「正義」と「現実」の間を引きずり回される。
役者が身も心も痩せるような芝居の醍醐味を堪能した。
ネタバレBOX
●~〇~●以下ネタバレ注意●~〇~●
冒頭、何かを相談に来ているヒトミ(高野志穂)の逡巡する様が
かなりの時間を割いていて、この時間にどんな意味があるのだろうと思って観ていた。
事の重大さはこの後語られていく・・・。
看護学校を卒業後10年ぶりに再会した4人は
リーダー格のジュンコ(紺野まひる)に引っ張られるように、
同じ職場で再び“友だちの絆”を深めていく。
夫のゴウ(奥田努)の浮気と借金に苦しむヒトミは、
ジュンコから「そんな男は殺すしかない」と言われる。
政界にも警察にも顔が利く“先生”に金を払えばすべて解決するというのだ。
ミユキ(罍陽子)もカズコ(山崎静代)も、先生のおかげで救われたのだという。
追いつめられたヒトミは3人の協力を得て、看護師ならではの巧みな方法でゴウを殺す。
他の3人をコントロールする力を次第に強めていくジュンコ。
次はミユキの母を殺すしかない、と持ちかける。
同じころゴウの浮気相手とされたスナックの女性(大嶽典子)がヒトミの元を訪れ、
夫はスナックの女性と浮気などしていなかったことを知る。
ジュンコの言動に不信感を抱いたヒトミは「先生に会わせて欲しい」と告げる。
いつもの強い調子で“友だちの絆”を持ち出すジュンコだが
ヒトミは3人に背を向けて立ち去る。
そして冒頭の警察署内の場面に戻る・・・。
1998年に起きた「久留米看護師連続保険金殺人事件」を題材にした作品。
金のために、追いつめられた人々をターゲットに保険金殺人をさせる、
その説得が「私たち友だちでしょ」という中学生のような台詞であることの異様さ。
居もしない“先生”の存在を信じてジュンコに金を渡す従順さ。
やってもいない浮気や、その浮気相手の夫が自殺して訴えられている、という
デタラメを信じる盲目的な心はどうして生まれるのか。
追いつめられた結果、信じるべきものを見あやまる心理が今一つ弱い気がするが、
それよりもジュンコの強い、恫喝に近い説得や高圧的な態度が
事件の核心であるという描き方のように思われた。
その説得力を体現するのは、紺野まひるさんの他を圧倒する台詞と目力だろう。
華奢な身体からは想像もできないような“欲にかられた強引さ”を放ち、
時に罵倒し、時に猫なで声で3人をコントロールする様は見事。
ラスト近く、別居するジュンコの夫(大村浩司)が見せる
悲しみの色が、胸に迫るものがあった。
ジュンコを守りたいと思ってきたのに守れず犯罪に手を染めさせたと思うのか、
自分もいずれ殺されると思うのか、せめて自分が死んで償おうと思うのか、
その複雑な心境はいかばかりかと思われた。
浮気と借金で結局殺されてしまった夫を演じた奥田努さん、
自分勝手でいい加減で、人の信用を得られない酔っぱらいが最高に巧い。
カズコを演じた静ちゃん、いい感じに馴染んでいて少し驚いた。
キャラを活かした役どころで、横暴な人に従ってしまう、
横暴な人をさえ追いつめずに助けてしまう優しさを体現している。
奇しくも私は2019年9月に、この事件を題材にした
オフィスコットーネの「さなぎの教室」を同じ駅前劇場で観ていた。
人間の普遍的な“欲”を描いて、どちらも秀作だと思う。
それにしてもジュンコ、すごいキャラだな、作家が書きたくなるのも肯ける。
実演鑑賞
満足度★★★★
やっぱり堀靖明さんはすごい!
1公演で痩せるだろうと思うほどの全力パフォーマンス(でも腹囲は順調)。
あの先生がいなかったら居並ぶ生徒たちのキャラがバラケてしまったかも。
個人的には伊達さんと櫻井さんにもっと暴れて欲しかったな。
ネタバレBOX
舞台は下手奥に向かって階段状に高くなっている。
ヤシの木の絵が描かれた壁、下の方にはキノコの絵も。
手前は砂浜のような白っぽい床。
修学旅行先でクジラを見る船に乗った教師と生徒たちが
クジラと衝突して無人島に流れ着く。
そこは“今日を繰り返す”タイムループする島だった・・・。
修学旅行前に抱えていた生徒たちの葛藤や悩み、
それをそのまま島に持ち込んだ彼らは
家族から離れ、クラスから切り離され、相手と濃密に向き合う中で
解決の糸口を見いだし、あるいは否応なく自覚しそれを受け容れていく。
担任である堀先生は、中でもシリアスな悩みを抱えていて
この修学旅行が終わったら教師を辞めようと思っている。
ほっぺぶるぶるの奮闘ぶりが、誠実さと
頑張りすぎて家庭を喪った男の哀愁を際立たせる。
一生懸命さが身体からほとばしる感じが、堀さんの一番の魅力だ。
飛び道具的な加藤美佐江さんの使い方が、パンチが効いて素晴らしい。
徹底した「どこのマドロスだよ?」的な佇まいと台詞回し。
笑っているうちにブレないスタイルが説得力を持ってくるから不思議だ。
櫻井さんってこんな“青春学園もの”も書くんだ、という新鮮な驚き。
どこかで血が流れるかと思ったら、明るいラストでちょっとほっとした。
血を見るのは次の楽しみにして、またブラックなやつもお願いします。
実演鑑賞
満足度★★★★★
「自主自律」とは何かというガチガチに固いテーマを、徹底的に高校生目線でバトらせる面白さ!練られた脚本と巧みな展開、豊かなキャラクターに最後までぐいぐい惹きつけられた。議長と監査委員長の進行が素晴らしく、会議の2時間で登場人物たちの成長が見える。この文化祭に行ってみたいです!
ネタバレBOX
2006年の初演以来劇団も再演を重ね、また多くの団体によって上演され続けている
“演じたくなる脚本”に興味津々で初めての観劇。
これが本当に素晴らしかった。
●~○~●以下ネタバレ注意●~○~●
開演と同時に、生徒たちが次々と登場、
舞台上に並んだスクール形式の机を、コの字型の会議形式にしていく。
これから始まるのは伝統ある「ナイゲン」、内容限定会議だ。
県立国府台高校の「自主自立」も今は形骸化して、
唯一文化祭のための会議「ナイゲン」として生き残っている。
1年生から3年生までの合計9クラスの代表がそれぞれの発表を終え
「あ~終わった」感が漂う教室にとんでもないニュースが飛び込んでくる。
9クラスのうち1つだけ、学校が参加を決めたキャンペーンにのっとり
環境問題をテーマにしなければならないというのだ。
「うちわを配布し、定期的に打ち水をし・・・」というイベントを引受ければ
自分たちのクラスの出し物は実施出来なくなる。
焼きそばを、アイスクリームを、縁日を、演劇を諦めることになる。
クラスの期待を背負う9人の代表は、
生き残りをかけて壮絶なつぶし合いを始める。
ここからのつぶし合いの“ネタ”が秀逸だ。
“似たような店だから一方は無くなってもいいんじゃね?”
“1年生は先があるから我慢するべきじゃないか”
“時代劇で似てるから演劇ひとつ減らしてもいいんじゃないか”
“その場所で水とか使うのってダメなんじゃないの?”
等々の案が出て、その都度挙手によって採決がなされていく。
様々な思惑から、採決の度に潰されるクラスは変わって行き
会議は嵐の中の小船のように波にもまれ翻弄されていく・・・。
幼さとしたたかさをフル回転させた高校生の泥仕合が演劇的にどハマリ。
進行役「議長」と「監査委員長」が会議の要となっているが
やがて形式的な立場から、会議の行方を大きく左右する行動に出るのも面白い。
各キャラクターの豊かな造形が不自然さを感じさせない辺りが巧みで
時にオーバーな芝居も、ムキになると暴走するあの世代らしさが出る。
一体どう折り合いをつけるのかと思っていると、あの結末だ。
正論を吐く一人の反乱が会議を硬直させ、タイムリミットを目前にして
追い込まれたメンバーが必死になって手繰り寄せたアイデアが素晴らしい。
さっきまで潰しのネタに使ってきたワードが、一転して救いの神になる。
全員の気持ちが真っ直ぐ伝わって来て
泣くような話じゃないのに、議長の表情に涙があふれた。
みんな最初はチンタラしてたのに、この2時間で大きく成長した。
そして観ているオバサンも、今さらだけど成長したと思った。
素晴らしい脚本と全員熱演、ありがとう!
実演鑑賞
満足度★★★★★
キャラの立った登場人物が生き生きとそこに居て素晴らしい。クセが強い役はテンションを保つことが難しいが、本当に隙の無いなりきりぶりで、あり得ない展開に強い説得力を持つ。初めての作品、初めての劇団にがつんとやられてマジ幸せ!
ネタバレBOX
20XX年、噺家花柄花壇師匠(岡野康弘)は、世間の注目を集める
「AIとの落語対決」に敗れ、落語界から総スカンを食っている。
AI噺家は”名人と呼ばれる噺家を再現”して大変な人気を博し、人間の噺家は絶滅寸前。
花壇師匠の弟子、プラン太(ぐんぴぃ)も、
期待に応えられなかった師匠に失望して去って行った。
荒れ果てた師匠の家は”心霊スポット”となり、そこへやって来たのがパンクロッカー
鉢(今村圭佑)と苗(永田佑衣)のカップル。
花壇師匠が橋の下で拾ってきた燐(前田悠雅)、
出て行ったプラン太も出入りするようになって、
一度は廃墟のようになった師匠の家は、不思議なにぎやかさを取り戻す。
そしてついにその日がやって来る・・・。
パンクバンドの鉢とその彼女苗が最高!何てキャラを作ってくれたんだ!
演劇には時折出て来るキャラだが、こんなに隙のないパンク野郎見たことない。
ライブの途中で語る「パンク芝浜」が最高に楽しい!
苗の“育ちの良さ”がチラ漏れしてしまうあたり、
「芝浜とか?」「冷蔵庫にポカリ作ってあるから」とかが絶妙。
何気に花壇師匠を支える不思議ちゃん燐、難しい役どころだが素晴らしかった。
師匠最期の夜にかけた言葉「要らないよ」「おやすみ」という
たったふたつの台詞が、彼女の存在意義を表し、芝居の要となる凄さ。
AIの対極を張るこのキャラが、伝統芸能継承の活路を見いだすヒントを感じさせる。
AIに敗れた師匠を見限って一度は落語から離れたプラン太も
落語への愛を失うことは無く、今や真打になった燐ちゃんから稽古をつけてもらう。
花壇師匠の言う「地獄には匂いが無いが、この世は甘い匂いがする」という言葉通り
師匠の家は燐が摘んでくる季節外れの花で、ほのかな甘い匂いに満ちている。
無くても生きていけるがあると幸せになる・・・
この甘い匂いって「芸術」のことじゃないか。
師匠は最後、幸せな甘い匂いに包まれて今度こそ往生する。
コロナで消毒しすぎて、いい匂いから遠ざかっていた私の生活が
笑いと幸せな匂いに包まれた80分。
Mrs.Fictions、次も絶対観たい劇団になった。
実演鑑賞
満足度★★★★
孤独な少年ウォルター(渡辺望)は、ある日不思議な一族と出会い、
夢のような1週間を過ごす。
ウォルターの語りが全編を牽引し、そこに登場人物が絡むかたちをとっている。
ファンタジーの始まりとしては十分な設定、ダークな展開が楽しみになる。
ネタバレBOX
駅で暮らす孤独な少年ウォルター(渡辺望)は、ある日バートンという紳士と出会う。
バートンに連れられて彼の家族と共に、夢のように楽しい1週間を過ごす。
バートン一家から「家族になったんだからまた来年も」と言われ、
不思議な1週間はそれから毎年続いた。
しかし11年目に集まったとき、ウォルターがしてしまったことは・・・。
天幕旅団の浮遊感とはかなさを思い出させるスローモーションとストップモーション。
“失いたくない”という執着心の暴走という、人の心の複雑さが事件を起こす辺り、
ダークファンタジーらしい苦味が効いていて素敵だ。
キール(瀧のぞみ)のみずみずしさが、空間に清涼感を与えてくれる。
#1とあるように、これは#2以降も続く前提で創られた作品。
ファンタジーとしては十分な謎だらけの設定で、続きが知りたくなる点は成功している。
だがウォルターのひとり語りが主軸である分、
他の登場人物の魅力がイマイチ伝わってこない。
#1では「呪いをかけられて、一人で旅をしなければならない」バートン一族に
尽きない興味をいだかせてくれる。
お願いだから早く#2を作ってくれー!
実演鑑賞
満足度★★★★★
朗読劇の域を超える圧巻の熱量と台詞回し。
盗人噺にボロ泣きしつつ爽快感に浸る、この久しぶりの幸福。
原作の魅力のひとつにキャラの立った登場人物があり、それが歌舞伎のケレン味と相性抜群。
演者の気持よさそうな江戸弁に、聴いている方も酔いが回るように引き込まれる。
控えめながら差し込まれる映像と効果音も効果的。
あー、あの台詞、また聴きたい、ずっと聴いていたい!
ネタバレBOX
客席に向かってロビーを歩いているとき、聴こえて来た曲にまずやられてしまった。
トム・ウェイツの、大好きな、泣ける一曲。
― ひと弱さを認め、それを愛し、それを守る強さを粋と言う ー
かどうかわからないが、登場人物の熱いキャラに呼応するような選曲だと
勝手に感動してしまった。
さて、もはや獄中の名物となった「天切り松」の闇語りである。
近頃の若え囚人だけでなく、看守も居並ぶ中で、松蔵爺さんが語るのは
酒とばくちに溺れて娘を女郎屋に売り飛ばし、今また息子を
スリの大親分「仕立屋銀次」に預けに来たどうしようもない父親のこと。
その父親に「二度と息子に会わせない」と言い放ち金をやって帰らせる。
銀次から言いつかった安吉親分は、”これから仕立屋一家から金がもらえる”と踏む
小ズルい父親を完全に排除するのだ。
この一家を成す面々が実に魅力的でほれぼれする。
松蔵に天切りを仕込む黄不動の栄治、スリで絶世の美女振袖おこん、
松蔵の姉を苦界から救い出そうと手を尽くす漢気溢れる寅弥、
安吉一家の金庫番で頭脳明晰な詐欺師、書生常、
犯罪者である彼らが、松蔵を育て成長させていくそのプロセスに
珠玉のエピソードが散りばめられている。
ピカレスク文学に洗練と漢気が加われば最強だろう。
あとはもう私の好きな “ころんころん回る江戸弁”だ。
お願いだから噛んでくれるな、このカッコいい台詞を!
という私の祈りなど全くもって不要だった。
これ、シリーズ化してくれないかなあ。
芝居でも朗読劇でもいい。
この「台詞と侠気」に耐えうる役者をそろえて欲しい。
必ず駆けつけます。
客席中央に作者の浅田次郎氏が来ていた。
アフタートークで紹介されて、立ち上がりちょっと会釈した氏に
「この人からあのキャラが生まれたのか」と感謝の念でいっぱいになった。
帰り道、ボロ泣きしながら肩で風を切って歩きたい気分になった。
これが私の演劇体験最高の〆である。
実演鑑賞
満足度★★★★★
圧巻の会話劇。台詞に引っ張られてストーリーが転がる、観ている私の感情も動く、という感覚を楽しんだ。登場人物がみな生き生きとキャラを生きている。役者の力量を感じさせる舞台。
ネタバレBOX
昭和な感じのリビング。
ヤクザの組長だった父親がはめられて殺されたあと、残された4人の子供たちのうち、
一人は養子に出される。
親代わりとなった長女(千葉雅子)、3回結婚・離婚を繰り返しスナックをやっている
次女(桑原裕子)、単純でちょっと足りないヤクザな長男(土田英生)。
この3人が、養子に出されていた妹が東京から来るのを待っている。
わくわくソワソワして、楽しみでならない3人。
その妹(田中美里)は、輝くような笑顔でやって来る
しかも結婚を考えている相手の男(岩松了)を連れて来た。
その男こそ、父親をはめた張本人だとも知らずに・・・。
兄弟それぞれのキャラが立っていて素晴らしい。
特に次女と長男のやり取りが秀逸。
台詞のひと言一言に、性格と来し方が現れているような、吟味された言葉。
桑原さんが繰り出す間とテンポが素晴らしくて引き込まれた。
ラストのオチがちょっと軽すぎてカクンと来てしまったが
”家族の絆”を描くのを妨げるものではない。
人生はまさに徒花に水をやるようなものだなあとしみじみ思った。