静かな落日―広津家三代 公演情報 静かな落日―広津家三代」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    しみじみと通う父娘の情愛
    2月の紀伊國屋サザンシアターの公演を見逃してしまったので、急遽、川崎で観ることになった。

    10年間、上演を続けてきた作品だということも初めて知った。

    地味な内容のせいか、客席の観客は圧倒的に中高年や高齢者。

    古めかしいホールに、いかにも新劇らしい雰囲気が漂い、タイムスリップした気分。

    2月公演の時、松川事件を扱っているだけに重厚な作品かと思ったら、新聞、雑誌などにコメディタッチの明るいホームドラマと紹介されていたので、どんな作品かと期待していた。

    しかし、実際に観てみると、最初に想像したイメージに近く、とても明るいホームドラマとは思えなかった。

    テーマから「堅い」と敬遠されないために、そういう紹介記事になったのかもしれないが、ちょっと変な気持ちになった。

    文学座の「くにこ」のときに文芸作品を期待したら明るいホームドラマ調だったので、紹介記事を読み、この作品もそうなのかと思ってしまったのだ。

    三代で作家の広津家を描いているだけに、やはり文芸作品という趣の戯曲である。

    小津安二郎監督の「晩春」が広津和郎の原作で、和郎・桃子父子がモデルということを踏まえて観ると、しみじみとした親子の情愛がいっそう鮮やかに迫ってくる思いがした。

    ネタバレBOX

    作家仲間の宇野浩二(小杉勇二)に勧められて松川事件の被告たちの文集を読み、冤罪だと直感した広津和郎(伊藤孝雄)は、文学とは畑違いの法律の知識など皆無なのに、被告の無罪を信じて、ペン1本で戦いを挑んでいく。

    被告の取り調べ調書を警察がねつ造する場面は、現代のいくつかの冤罪事件や先日判決が下った小沢裁判を思わせる。

    新聞も検察の情報を垂れ流して世論を操作し、広津は世間からも袋叩きにされる。

    検察やマスコミの状況が現代でもまったく変わっていないことに愕然とした。

    私生活では女性問題を抱え、飽きっぽく、チャランポランなところもある和郎が、松川事件の支援活動では粘り強く、人が変わったように執念を燃やす。

    家庭人として和郎を批判的にも見ていた娘の桃子(樫山文枝)は独身で、和郎の仕事を手伝い、実家、妾宅、仕事場の三つを往復し、家族を献身的に支える。

    松川事件の支援活動が、和郎にとっては「文学」であったという描き方である。

    伊藤孝雄と樫山文枝の会話を聴いていて、こういう時代的雰囲気は最近の若い俳優では出せないと思った。

    テクニックの問題ではない。

    伊藤孝雄は端正な二枚目俳優として鳴らしただけに、艶聞家としての男の色気も感じられ、反骨精神旺盛な物書きらしく見えるのがよい。

    樫山は、いまも変わらぬ清楚さで、しっかりもので心優しい娘をきめ細やかに演じていた。

    ろくに言葉も交わさずほのかな恋心を抱いた相手についての思い出を父と語るときの慎ましさに胸を突かれた。

    水谷貞雄の志賀直哉もご本人のイメージにぴったりだった。

    松川事件の冤罪性については被告赤間勝美(伊東理昭)の取り調べの場面だけでうまく説明されている。

    文学者としての家庭の日常は描かれるが、文筆により和郎が検察の矛盾をどう突いていったのかは具体的に示されない。

    支援活動が和郎にとって文学活動でもあったのなら、核心部分を、独白でなり、少しは描いてほしかったと思う。

    しっかり作りこんだ舞台美術といい、演出の手堅さといい、私が昔から抱いてきた「新劇」のイメージそのもの。

    良くも悪くも半世紀前とまったく変わっていないのに驚いた。

    逆に言えば、若い観客には共感しにくいかもしれない。

    全国の観客組織が民藝を支えているようだが、最近の演劇界では新劇無用論まで出ており、お芝居の内容とは別に、民藝の将来について考えこんでしまった。







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