教育 公演情報 教育」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.6
1-5件 / 5件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    田中千禾夫はとりつきにくい作家だ。見た作品で覚えているのは子供の頃見た「おふくろ」と義理で見た「マリアの首」の二作くらいで、後期の前衛的な作品は、台詞や、と書がそれぞれ役になっているシバイとか、将棋の駒というのもあったかなぁ、亡くなった後に確か全集も出ていると思うが、そういう作品は忘却の彼方である。「教育」も題名からしてその手の普通人には難しい作品かと思って出かけたが、それはとんだ先走りの失礼で、さすが、一時代を築いた劇作家のいい作品だった。パンフによると、田中千禾夫は戦後、俳優座の劇作家の軸になって、千田是也とともに劇団を支えたとされていて、「教育」は昭和29年の作品。今取り壊そうかと言われている現在の俳優座劇場ビルが出来る前に同じ場所にあった元の俳優座劇場の爲に、と書かれた作品である。以前のこの劇場は初めて俳優座も劇場が持てたのでいろいろ面白い企画があって、劇場が建った後は毎週日曜の夜にやる「日曜劇場」という企画があった。そこでは小品の短編から喜劇などいろいろ見た、と言っても六十年も前の一夜だから殆ど覚えていない。三島雅夫が主演した作品があって、いつも映画で見る敵役の俳優が難しい役をこなしていてびっくりした。六本木交差点を縦横に走っていた都電で淋しい辻の(信じないだろうけど、夜になると足音も聞こえそうなホントに寂しい通りだった)昔話のだが、旧劇場から今の劇場へ行く間に学生から社会人になった年代の者にすれば。まさにこの作品が捧げられた劇場は「教育」になったのだった。公演は満席で最後のⅢ席の一つに滑り込んだ。これもご縁である・

    ネタバレBOX

    田中千禾夫は若い家から演劇作家の第一人者のようになったが、もともと、偏屈人だからヘン話は沢山ある。鴻上の作風を嫌って生前は鴻上の岸田賞にいつも反対して、長く岸田賞を何度も候補になりながら受賞しなかった有名な話があるが、聞けば、そうだろうな、だろうな、と思ってしまう。「教育」は堅苦しいタイトルだが、女が女になっていく(と書いただけでセクハラになりそうなご時世だが、ここはそう書くしかない)過程を父親という男性、社会で出会う男性との交渉から描いた作品である。場面設定がまるでイプセンか?と言うようなヨーロッパの金持ちの家に設定してあり役名も西欧風、それに漢字の当て字をしていたりしてスタイリッシュである。登場人物は月に一度、島から金を届けに来るだけの老地主の父親(加藤佳男)とその妻(瑞木和加子)、娘に椎名慧都。娘が、勤めている病院の医師(野々村貴之)、それに女中(稀乃)の五人。夫婦の間は冷めていてお互い勝手に生きていて、それにも飽き果てている。この環境で父の男は娘が実子かどうか分からぬがどうする?と娘を教育し、病院の先生は男はどうかね?と、娘のレゾンデートル(田中センセイに習って、ちょっとフランス語を使ってみた)を問う。この時代の新劇の本はこういう風に西欧の戯曲を勉強したんだな、とよくわかる作品である。とにかく、どちらかというと今となればつまらない内容なのに、台詞の組み方などはさすが!さーすが!で今時こんな台詞が書ける人はいないだろう、と思う。俳優陣も台詞に付いていくのに苦労しているがそこはここも俳優座、さーすが!だが、そんなに堅くなるシバイでもないよ、という感じでもある。で、女中役の稀乃が一番得をしている。
    田中千禾夫は真面目な顔をして結構エッチだったと言うことはどこかで読んだことがあるし、妻の田中澄江に「夫の始末」という家庭内暴露されたこともあり、名誉毀損にもならないと思うが、なかなか奥の深い昭和の劇作家だったと思う。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    初演が'54年の作品だそうだが、田中千禾夫・作の舞台を観るのは多分初めて。セリフにはところどころ古さ故なのか違和感も。かといって現代口語訳にでもしてしまったら、舞台の雰囲気が崩れてしまいような気もするし、何とも不思議な読後感のような舞台。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    マンスプレイニングを描いたような芝居。当時は、そんな言葉はなかったが、マン+エクスプレイニング(説明)の造語で、男が女に何かと説教をたれる性癖・構造を指す。若い娘のネリーに、最初は父が、次には、代わりに現れた上司の医師が、長々としゃべる。あまり対話はなく、とにかく男の台詞が長い。おんなのせりふといえば「…してあそばせ」などと、古くささが時折目立つ。上司が主人公にあれこれ言うところでは、谷崎潤一郎「痴人の愛」を連想した。若い娘を自分の子どものようにしようとして、逆に振り回されてしまう。

    ネリーの出生の秘密をめぐっては、最後の第3場?で、母親エレーヌが、霊的妊娠の体験を語る。これが何を意味しているか。作者はカトリック作家だったなあと思い出した。

    ネタバレBOX

    ネリーは父の子なのか、父のなくなった親友の子なのか。父と母の言い分は対立するが、結論ははっきりしない。芝居にとっても、どちらでもいいような結末になる。母の言葉を信じるなら、死んだ恋人の霊によって妊娠した、のだが、主人公も観客も母の言葉そのままでは納得できない。考えられるのは、父の精子で妊娠したが、母の気持ちは亡き恋人にずっとあった。父はずっと疎外されてきて、娘を自分の子とは思えないということだろう。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    1955年(昭和30年)、田中千禾夫(ちかお)は今作で読売文学賞を受賞した。三島由紀夫の激賞で知られる作品。

    フランスの田舎の村、エレーヌ(瑞木和加子さん)45歳と娘のネリー(椎名慧都さん)25歳、通いの女中(稀乃さん)が暮らす家。鉱山を経営する夫のルオウ(加藤佳男氏)60歳は月に一度生活費を渡しにやって来るだけで別の女と暮らしている。本妻ながら妾宅のような暮らしを強いられてきた二人はルオウを憎んでいる。外科医見習いでボードレールを愛読するネリーは男を知らず、愛というものが何なのかずっと考え続けている。
    今日に限ってなかなか帰らないルオウに業を煮やしたエレーヌは外出、二人きりになった時、ルオウはネリーに「今日でここに来るのは最後だ」と告げる。そして自分こそが一番愛に誠実に生きてきた者であることを。

    加藤佳男氏は小沢栄太郎みたいで凄い貫禄、格好いい。
    瑞木和加子さんはルイズ・ブルックスを意識しているようななりで戦前のサイレント映画女優のような雰囲気。虚ろで気怠げな表情が映画的。
    椎名慧都さんは若い頃の山本美憂っぽい。

    ネタバレBOX

    ①ルオウとネリー
    25年前、35歳の時に20歳のエレーヌに熱烈に恋をしたルオウ。醜男で金しか取り柄のないルオウは贈り物で気を惹くしかなかった。だが歳下の学友であったモテ男フランツに簡単に落とされエレーヌは子を身籠る。突然肺炎で亡くなったフランツ、身重のエレーヌに求婚するルオウ。世間体と家の為、結婚を承諾するエレーヌ。結婚後、ベッドの上で安らかな夢を見ながらフランツの名を口にするエレーヌ。それを見たルオウは家を去る。心から愛するが故に経済的援助のみに自分を律したのだと。
    それを聴いたネリーは全く愛情をくれなかった父こそが自分達を本当に愛してくれていたのだとショックを受ける。
    ②ネリーとピエール
    病院の上司である医師のピエール(野々山貴之氏)が訪ねて来る。妻帯者であるピエールはネリーに女の幸福を教育すると言う。相手にせずあしらうネリー。
    ③ピエールとエレーヌ
    少し会話。
    ④エレーヌとネリー
    父から聴いた話を突き付けるネリー、それを一笑に付すエレーヌ。肺炎ではなくルオウがフランツを殺したこと。(ここの部分は濁される)。処女懐胎を思わせる言葉。「夢を見ている時に天使がやって来た」「黒い天使よ」。(ルオウがフランツの夢を見ているエレーヌを抱いたことを暗示)。
    どれでも好きな話を選んで信じなさい。真実は貴方が選ぶもの。ネリーは否定する。真実はそこに確かにあるもので自分が創り出すものではない。

    第二場がつまらない。ネリーがピエールに実は惚れていなくては成立しない会話。既婚者の医師がさらさらその気のない若い娘を必死に口説いているようにしか見えない。
    だが鮮烈なシーンがある。グラスに入った度数の高い酒に突然マッチで火を点けるネリー。暗い部屋を照らす小さな炎。それを無言で眺めるピエール。

    大して良い戯曲とも思えない。羅生門スタイルで実の父親は誰なのか?が物語の主軸だが、愛とはなんぞや?までは届かなかった。
    居眠り客は多かった。
    ピエールに惹かれているがそれを必死に押し殺すネリーの方が客受けしたと思う。(お互い好きだが、付き合ってもいない別れ話)。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    何だか不思議な作品。場面が進むにつれ難解というかうまく飲み込ませてくれなくなる印象。飲み込みやすい解決は与えられない。あのメイドの登場は何なのだろう。あえて「教育」とタイトル付けされているのも不思議。

このページのQRコードです。

拡大