満足度★★★
比べることのおもしろさ
同じ戯曲の上演を比べられるのが楽しい。「柿喰う客」は公演ごとに攻めかたを変える。それを確認できた。
★は、2演出の平均を取って、3つとした。
詳細な感想は、次に。
http://f-e-now.ciao.jp/20110411.html
満足度★★★
差があり過ぎる。
なかなか面白い企画ではあった。
残念だったのは参加団体(コンペに通って上演できた団体)が2団体と少なかったこと、力量差があり過ぎたこと。
私が観た日は、village80%が先、柿喰う客が後の上演だった。
ですので、上演順に簡単な感想を。
演出のコンペなので、基本的には役者の演技力不足はあまり勘定に入れません。
village80%は、全体に白のイメージ。白いシーツにコロスたちも白。
コロスたちにゴキブリの羽音やセリフの反復などの「効果」の役割を持たせている。
最初こそは目を引いたが、後半になるにつれ彼らの意味はどんどん消失し、芝居の面白味もどんどんなくなっていく。
また、コロスたちの衣装は真っ白だったが、インナーのパンツは白ではなかった。
これは演出意図だろうか、それともそこまで演出が行き届いてないだけか。
後者のような気がする。
台本自体に関してはただ素直になぞっているだけなので、演出との乖離が目立つ。
特に、「ブラジルは~」からのセリフや「チェーホフです」のところは演出が浅すぎて読み込みが不十分なのが丸わかり。
演出家の幼稚な自己満足を見せられた気になり評価できる舞台とは言えなかった。
柿喰う客は最初から音楽とダンスで始まり、正攻法で見せない事がすぐに分かった。
しかし、奇をてらっただけのものではなく、客を引き込むことをちゃんと考えている。
台本も解体が行われ、「ブラジルは~」や「ゴキブリ~」などのセリフを違う役者によって反復させたりする。
それはただ単に観客に目新しさによる面白さを感じさせるだけでなく、作品理解を促している。
同じセリフであっても、別の役者が別の解釈でセリフをしゃべることにより、別の意味が生じている。
また、それまで女たちによって演じられていた舞台に現れた男優、彼によりまた意味は大きく変貌した。
いかにも韓国人というたどたどしい喋りと回りの俳優たちの反応で、長いセリフを飽きさせない。
「チェーホフです」のセリフも、前段階でほかの俳優に喋らせておいて別の解釈を与えておき、最後に彼に言わせることにより、また別の解釈が生まれる。
何度も同じシーンを、違う意味を与えながら重ねることで、観客への作品理解と深みを与えたことで成功した舞台だったと思う。
今回の星は2つの作品の間を取りました。
満足度★★★★
観せることと読むこと。
上演順は日替わりだったそうで、審査日は「柿喰う客」が先、「village80%」が後でした。
公開審査にて、さすがの評論が展開されたので、あくまでも審査前に感じた(アンケートに書いた)事のみ。
決定的な差は「この戯曲のキモ(作者が最も伝えたかった所)はどこか」という部分をどこかと探る所に、両演出家に差があったのかなと。
作者の意図に沿うのか、演出家が強調したい部分に沿うのか。
核を元に肉付けをしているのなら、そういった出来上がりになっていたはずであるから。
満足度★★★
両者の力量差は歴然
コンペ作品2作を同時に☆評価させるというのはどうなのだろう。それぞれの項目を立てるべきものじゃないのだろうか。
「柿食う客」を☆☆☆、「village80%」を☆☆として、「満足度」には「柿食う客」の方を入れることにする。
しかし、「柿食う客」が演劇的に極めてアグレッシブであったのに対し、「village80%」は“頭でっかち”の印象が強かった。
観る前はそれぞれの劇団のこれまでの活動を鑑みて、「どちらも個性を発揮していてよかった」くらいのことは言えるかと思っていたのだが、villageの力量不足はあまりにも明白である。学生演劇ならばまだしも、それなりに公演を重ねてきたプロの劇団としては、とても評価に値するものではない。演出が戯曲と乖離して、台詞を殺してしまっているのである。
対して柿食う客は、本来ならこの戯曲の演出としては不適当な彼らのスタイルを、戯曲を解体することで強引に自らのものとして引き寄せて見せた。正攻法ではないという見方もできるが、演劇に何が正道で何が邪道かという規定はない。一見、不条理劇的ではあるが、一般客も充分に楽しめるものになっていたと思う。