かなりあノ声 公演情報 張ち切れパンダ「かなりあノ声」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    崩壊家族と模倣家族
    物凄いものを観た!という確かな実感が今でも胸に去来する。物語は本当の家族が崩壊していくと予感した兄がその悲劇を隠すかのように新しい家族を構築していく物語。しかし、心の歪みから始まって作られた模倣家族は、その歪みが増大した時に破裂する。

    以下はネタばれBOXにて。。

    ネタバレBOX

    誰でも安息に満たされ豊かでありたいと願う。この物語は一つの家族を捨てて去って行った父親不在の不安から始まったものと感じる。

    平井家の父は女を作って出ていき、母はそれを苦に自殺してしまう。しかし、物語は過去に遡っての描写から。
    父親不在となった平井家の人々は不安定な気持ちを抱えたまま少しずつ、じんわりと欝になっていく。鬱積したものを抱えた長男・一鷹は施設から女の子を誘拐してきて自分の妹・雛として育てる。このころから少しずつ精神的に病んでいた母・千鶴は一鷹に何も言えない。

    かくして一鷹は雛を猫可愛がりして異常なほど大切に扱うも、弟・翔は自分に対する兄の態度が一変し見向きもされなくなってから、女装し始める。自分も女の子になったら雛のように兄ちゃんに好かれるという切ない思いからだ。

    一方で隠れて雛を苛める母親。一鷹の異常な変貌ぶりは雛のせいだと思い込み、どう対応していいか解らない気持ちと、夫が帰ってこない不安からの混雑した精神状態の母親。そんな母は「お前なんか生まなきゃ良かった。」と一鷹に暴言を吐く。一鷹が自分の友人と関係を持った母を詰った後の言葉だ。

    誰かが誰かを傷つけ、誰かが誰かを詰り罵倒し、そして自らも傷つく。家族であるがゆえの描写だ。家族だからこそ肉親に対しての甘えで増長される感覚だ。血の信頼感とでもいおうか、いったん問題が起きた時の怒りや悲しみの度合いもまた他人同士のそれよりも一層激しく、こらえ性なく爆発するのだと思う。他人同士なら一線を引いて考えられる問題でも、真実の親子だから、真実の兄弟だからこそ、「理解してくれるはず。」なのに理解してもらえないことにカッとして自制心まで失ってしまうのだ。

    メビウスの輪のように、その光景はくるくる、くるくると一定の方向に誰も混じり合うことなく空回りする。くるくる、くるくる・・。

    やがて、千鶴は首を吊って自殺し、その光景を絶望の目で見つめる一鷹。こうして一鷹は更に狂気を増し、雛が気に入るからという理由で雛の友人の彼・翼を押し入れに軟禁しペットのように扱う。同じくまみちゃんも軟禁し首輪をさせる。一鷹とオカマ(翔)、雛、翼、まみの5人が囲む鍋の光景はあたかも仲の良い家族の光景だ。幸福な表情をふと垣間見せる一鷹。一鷹が渇望するもの。それは信頼の家族だ。

    施設から連れてこられた雛は「お兄ちゃんは私のアンパンマンなんだよ。」という。「初めて会った時にパンをくれたの。」ともいう。雛にとって一鷹は世界の全てだった。その正義の味方アンパンマンのやることは雛にとって絶対であり正義でもあったのだ。しかし、父の再婚相手の連れ子・まみが現れてから状況は一変する。

    「いつまでこんなことしてんの。私たち3人こそが本当の家族なんだから一緒に行こう」と一鷹と翔を説得するまみ。そして雛には「ここはあんたの場所じゃないよ帰りな。」という。そんな雛をあっさり手放し、雛に土下座する一鷹に驚愕と絶望を感じた雛は歌を忘れたカナリアのように壊れてしまう。

    終盤は序盤に撒いた伏線をきっちり回収し見事に収める。しかし、包丁を手に持った雛と戻ってきた一鷹が対面するその後の行方は解らない。観客の想像に任せる余韻を残す終わり方だ。全員がやり場のない屈折を抱え、そして愛情に飢えた人たちの物語。

    キャストらの演技は本当にお見事。中でも雛(小林美奈)と一鷹(浜本ゆたか)のタッグは絶妙!それに加味して欝な物語に横からスパイスをかけるようなコミカルな場面展開も素敵だった。





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    2010/08/31 16:43

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