あの瞳に透かされる 公演情報 Pカンパニー「あの瞳に透かされる」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    第36回池袋演劇祭参加作品。重厚骨太といった作風で観応え十分。
    説明では、「従軍慰安婦」写真展を通して表現の自由と責任を問うとある。しかし、もっと核心に迫るー従軍慰安婦は国家の強制なのか、諸々の条件も含め国のための自発的な行為だったのか を問うている。勿論 問われているのは観客1人ひとりにである。

    舞台としての面白さはあるが、説明不足なのか自分の理解不足または台詞の聞き逃しがあったのかもしれないが、分かり難いところがいくつかある。そもそも説明にある過去を蒸し返す無遠慮な男の正体が謎めいている。
    物語は大手カメラ会社に勤務する男は、6年前 元「従軍慰安婦」の写真展の企画責任者だった。しかし、インターネット上に従軍慰安婦はデマだと書き込まれ、会社への抗議行動を恐れ写真展を中止した。男は写真家の表現の自由を侵害したとして裁判を起こされ敗訴した。しかし会社を守ったと評価され、取締役に昇進し会社所有の施設に住んで悠々自適の暮らしをしている。そこへ無遠慮な団体職員(配役)がやってきて…。
    登場人物は5人、役者はその立場を鮮明にし 緊迫した会話を繰り広げる。その情景を支えている舞台技術が実に効果的だ。重低音の音楽が流れ、モノクロ的な単色照明が緊張感を漂わせる。

    この施設(自宅)に出入りしている建築業の女性の存在が妙。会社の人間でもなければ「従軍慰安婦」問題にも直接関わらない。かって医者であったが患者と向き合うことが出来なくなり、今は建築業を行っている。患者という「者」を看ることが出来ず、今では「モノ」を見ている。そこに本来直視しなければいけない問題、核心から目をそむけているといった典型的な人物を配したように思える。

    劇中、チラシPhotoにある陶器の天使 と タイトルに係る台詞が繰り返し出てくる。今あるのは過去の残骸の上に成り立っている社会なのか?本作は実際にあった事件(2012年)を元に劇作家くるみざわ しん氏が劇作したもの。その根底にあるのは戦争の悲惨=反戦を語り継ぐことだろう。その断片を表現の自由に絡めて描いている。
    (上演時間2時間20分 途中休憩10分含む) 

    ネタバレBOX

    舞台美術は、中央壁にスクリーン、半円を描くように階段があり上手に出入口2つ。1つは二階へ、もう1つが地下へ通じている。中央から下手側にテーブルとイス。その奥に衝立風の玄関がある。会社 施設(現在は坂中家)の居間。上演前から波の音が聞こえ、海の近くにある建物のよう。

    物語は、夜中に大きな音がして、それが何か調べるところから始まる。夫 坂中正孝(内田龍麿サン)と妻 曜子(木村万里サン)とで聞こえた場所が違う。原因を建築業の小竹さなえ(木村愛子サン)に依頼する。そこへ施設管理人 池田千江(藤 夏子サン)が男 高田靖(磯貝誠サン)を伴ってやってくる。高田は6年前に正孝が企画した「従軍慰安婦」の写真展を中止したことを非難し追及してくる。カメラマンの表現の自由を侵害した裁判では決着(敗訴)しているにも関わらず…。

    高田は会社の指示で動き回っているようだが、団体職員が なぜ会社幹部(社長)に知り合いがいるのか、何が目的なのか判然としない。「従軍慰安婦」は国家の強制ではなく、亡国を憂いた当時の女性たちが自発的に行った行為、それを写真展を通して公にするようだが…。大手カメラ会社や高田にどんなメリットがあるのか?会社として株主総会を乗り切り、判決から3年も経っている。

    この会社施設はかって従軍慰安婦が居た場所、そして戦時(空襲)中 陶器の天使を街の彼方此方に埋めた。なぜそうしたのか千江にしても分からない。ただ風潮だったという曖昧な説明。にも関わらず、後ろを振り向いた天使像に絡めた台詞が繰り返し語られる。過去の残骸の上に成り立っている現在(社会)、それを教訓化するには、もう少し丁寧な説明(理由の回収)が必要ではないか。いくつかの疑問が残るが、現実にあった事を題材に社会的関心度が高いテーマに挑んでいる。Pカンパニーらしい公演<シリーズ罪と罰CASE12>だ。

    舞台技術…先にも記したが 音楽は低重音で響かせ、照明はモノクロ的で色のない(死の)世界を連想させる。物語の雰囲気に合わせており実に効果的で印象に残る。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2024/09/06 07:26

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