満足度★★★★★
今年のベスト3に入る素晴らしい舞台だった。「どん底」は20年以上前に見て、チェーホフ同様(失礼!)退屈な芝居と思ったが、こんなに面白いとは。かつて例外的に面白かったのはモスクワのユーゴザーパド劇場の「どん底」。あれは大胆なテキストレジーと、白い群舞のような視覚的演出だったが、今回は、会話劇として内容はほぼ原作通りにやって、大変面白い。(演出による設定の現代化については後述)
俳優、娼婦、女主人、イケメン男、死にゆくアンナ、男爵、生真面目なのに労災に合う不運なダッタン人etc。世のふきだまりに流れ着いたひとりひとりのあきらめと後悔と夢がくっきりと見えた。
それを癒すルカの言葉で、相手の気持ちがはっきりと変わる様子がリアルだった。
ロビーで配っていた人物のイラスト一覧紹介も、事前に目を通すと、作品理解に非常に役立った。
一つ一つのシーンもメリハリがあって、昔退屈に思ったのがなぜだかわからなくなってしまった。
女主人公がイケメンに、別れる代わりに主人を殺してと甘く強く誘惑する場面、あやまって喧嘩でイケメンが主人を殺してしまったあと、イケメンの恋人(女主人の妹)が「ふたりはグルです」と叫ぶ場面など、鳥肌ものであった。
わざと笑いを撮ろうとしなくても、何てことないセリフでも笑いが起き、皮肉や滑稽さの伝わりも十分。
そして、第4幕のサーチン! ルカの印象が強くて、いままでサーチンのことは全く忘れていた。しかし、サーチんこそ、この「どん底」の希望の語り手であり、社会主義思想を非常に婉曲に「よりよきものをめざして」と、つまり普遍的に語っている。解説を見ると、ルカの宗教思想に対して、サーチンの革命思想の対立とあるが、舞台では、サーチんはルカが乗り移ったかのように語る。ルカからサーチンへの精神のリレーがあり、だから、この考えはルカ一人、サーチンと二人だけのものではなく、他の人々にも広まっていくだろうという広がりを感じさせる。
全体は、高速道路の高架の橋脚下の工事中の空き地で、寄せ集めの浮浪者(?)が「どん底」を演じているという枠になっている。いわば「どん底」ごっこ。要所要所で、現代から芝居にストップが入って、それがまた面白かった。客席も大いに笑っていた。逆説的だが、ただロシアの話として再現しなかったからこそ、「どん底」本来のセリフと人物の切実さに集中できたのだと思う。素晴らしいの一言に尽きる。
休憩15分入れて2時間55分という、ほぼ3時間の長い芝居なのに、全く長さを感じなかった。舞台に浸る至福の時を味わった。ルカ役・立川三貴が最高だった。これほどルカ中心の芝居だったとは。これも発見だった。