満足度★★★★
オレスティス三部作と言われている王家一族の家庭内殺人を描いたギリシャ悲劇を、裁判劇の枠組みで再構成した親子三代の愛憎劇。そこにどのような罪があるのか?
生田斗真ファンの若い女性群、音月桂ファンの中年女性で、広い新国の中劇場は満席の盛況だ。三部作を一つに押し込めたのだから、とにかく長い。最近には珍しく4時間20分。
こういうスター芝居ではお決まりの最後のスタンディングオベーションをやっている時間もない。終電はともかく、終バスがなくなってしまう。
幕間が二回。各20分。幕間のロビーではお仲間でやってきた観客が、あそこはどういう意味なのか、あの人物は死んでいるはずなのに誰なのだ、と山積の?????解決のためにしきりに情報交換をしている。
この新構成の芝居は、枠組みとして、オレステイスを裁く裁判劇をはめているので、親子三代の家庭内殺人の因果応報が交錯する。そのわかりにくさは、人気者をとにかく舞台でご見物衆に見せなければというこの興業の配慮からきているところもある。幕開き、客席からオレステイスが登場し出ずっぱりだが、第一幕はほとんど芝居に絡むところがない。人気者だから出ているだけで気になる。
だが、そこを除けば、この長大な舞台のドラマは緩むところはない。それほどわかりにくくもない。見ている間は、家庭内葛藤は昔も今も変わらないなと、最近しきりに報道される現代の家庭内殺人も連想させて引き込まれる。脚本・演出がうまいのである。
この劇場はいかにも使いにくそうな小屋で、舞台が拡散してしまう感じだったが、今回はオープンステージでさして道具もいれていないのに締まりのいい舞台になった。美術は二村周作。映像を出す演出は流行りだが、今回の「上演のタイムラップ」を出す、というのは新手で、生の演劇であることを強調して効果があった。演出の俳優へのミザンシーンも的確で、終始緊張感がある。俳優は皆健闘だが、特に、音月桂。こういう押しも引きもできるタカラジェンヌとは知らなかった。横田栄司。吉田剛太郎の陰に隠れがちだったが、今回は地力を発揮している。
この内容で寝ている客がほとんどいなかったのは大成功である。座組みは、シスカンやホリプロならやりそうなことではあるが、近ごろ、何への配慮か嫌われる長い芝居(多分、劇場労働者の労働時間だろう。いやな世の中だ。この劇場でも入口のショップは締めていた。開演しているのに閉めるのでは訳が分からない。労働時間が折り合わなかったのかと勘繰る))がたっぷり見られたのは、蜷川のコクーンでのグリークス以来の愉しみだった。