満足度★★★
文学座の若い演出家は思い切りよくこの戯曲の理詰めに集中していかにもフランス演劇らしい「理屈で行く」舞台になった。
原田美枝子、小島聖の舞台出身ではない女優が大健闘。ことに小島はその大柄な体躯を白の衣装に包んで舞台映えする。中盤、小島の独白に合わせてほとんどこれだけの大きな釣り布の装置を使ったシーンは見事だった。小林勝也も最後の一言だけの役だが、さすが若いころから唐の舞台に出ていただけであって、こういう芝居の決め所を知っている。
タッチとしては、文学座のアトリエのような舞台だが、やはり劇場でやっただけのことはある。しかし、中身としては何で今どきカミュなのか、それなりの理屈を聞いてもよくわからない。芝居としてはできているので、カミュもサルトルもやればできるだろうが、これで新国立劇場の新シーズンの幕開き、現代社会の課題・閉塞感からの脱出などと言われても、いい加減せぇということになる。60年前のフランスの現代劇じゃないか。
新国立劇場の新芸術監督、大丈夫かなぁ。ラインアップを見てもばらばらで焦点が見えない。抱負もこれまで誰もが言ってきたようなことで、これが文化庁の天くだりの言いなり、忖度でなければいいが。何だか自己陶酔的なビデオも流れていて、リーディングの製作形式にスーパーマーケットの大売り出しのようなフレーズをつけて悦に入っていたりするのは、中身が新しくもないだけに、本当に心配だ。新シーズンはまず自分でやるという気概も欲しい。