満足度★★★★★
思考の楽しみとその過程で体感した気持ち悪さが後を引いています。
人間社会を埋め尽くす<概念>を扱う作品は、それほど珍しくはないでしょう。ただ、その多くは、そうしたテーマを取り上げ検証すること自体の新鮮さや性善説的な人間性の肯定に終始していた気がします。この作品が差し出す眺めは、それとは違う刺激に満ちていました。
舞台は近未来。危険な胞子が飛ぶ魔の森の侵食が徐々に進むなか、人間の居住地域との緩衝地帯となる「庭」では、森からさまよい出てきた「妖精さん」への教育が進められています。教えているのは、人間社会の概念、とりわけ「所有」について。記名は所有を表すのか、無記名で置かれているものは誰のものか、そこからどのくらい距離をとると所有権は消滅するのか……次々と提示される疑問は、やがて「物体」だけでなく「身体」にも及び、さらには(人間関係やコミュニティにまつわる)「帰属/アイデンティティ」といった問題にまで広がっていきます。
北から侵食してくる森、死に至る胞子といったイメージは、否が応にも、東北と放射能の問題を思い起こさせます。おそらくはもう、人間の居住地の方が狭まっているというのに、人は妖精さんに教育を施そうとしている。そんな不安定な構造は、この作品を単なる思考の実験、シミュレーションではない、「問い」へと深めてもいました。
同時多発の会話も、(そこにも含意はあるのかもしれませんが)メリハリが効いて聴きやすく、エンターテインメント的。思いのほか間口が広い作品になっていることにも好感を持ちました。