母が口にした「進歩」その言葉はひどく嘘っぽく響いていた 公演情報 東京演劇集団風「母が口にした「進歩」その言葉はひどく嘘っぽく響いていた」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    花5つ星 見事な傑作 タイゼツベシミル
     今作は、先般風によって上演された「ヘカテ」原作者マテイ・ヴィスニユックの原作を川口 覚子訳、江原 早哉香の構成・演出で舞台化したものだ。

    ネタバレBOX

    舞台は1940年代バルカンのある国境地帯。敵味方に分かれた2人の兵士の会話から始まるのだが敵同士なのに兵士の妹は敵兵の妻、敵兵同士だから罵り合い互いに銃撃を繰り返しているのだが、妹の出産に関しては粉ミルクを敵兵となった妹の夫に進呈するという場面で、状況の複雑さ、このエリアでの戦闘の悲惨のみならず、宗教、文化、習慣、民俗、言語、人種等多数の差異にも関わらず暮らしてきた歴史と民族紛争と第2次世界大戦との複雑極まる混迷が示され、そこに生きる人々が状況に振り回される悲劇が端的に示される、次のシーンは、3年ぶりに亡命先から帰国した人々が祖国の国境を超える場面だか、国境を管理する兵士から新国家の鷹揚ぶりを説教された挙句、新国歌を朗誦させられおまけに新国歌の象徴たる国境地帯の地面に接吻を強要される。人々は無論、祖国を一旦は見捨ててきた、との傷を抱えているから兵士の言葉に従うが、舞台の大道具は舞台中央に20度以上の傾斜を以て作られた大きな坂。手前から奥へ競り合がるような坂には、所々に滑り止めの金具や凸凹のオブジェが観られる。この坂は、人生を翻弄される人々の不安定を象徴していよう、内容の詳細は上演中ということもあって省くが、全体としてアクションのあるような舞台ではない静かな舞台だが、この静けさは、先にも挙げた多くの対立要素が鬩ぎ合った結果tw外の力が拮抗して生じた緊張した飽和状態としての静けさであるから、舞台には絶えず演者の内側から発するエネルギーに満ち、観る者に思考を促す力が放射されている。基より今作は、帰国した人々の現実の生活、残っていた者たちや、新たに余所からやって来た資本家らとの、一見平和的・紳士的でありながら、隙あらば銭の種にしようとの現実的で闘争的な資本主義的日常に、敵も味方もいっしょくたに埋まって層を為している死者たちの世界から現れる、主人公夫妻の息子や、彼の友人として紹介される死者達双方を同一時空に描いた作品なので、現実とアモルフの鬩ぎ合いを如何に描くかが眼目となる作品である。この難題を仮面の使用や、身体各部のパペット、遺品の小道具などを利用して見事に描いた演出・役者・黒子たちの立ち居振る舞いと息の合ったコラボレーション、演技が素晴らしい。
     ところで母が口にする進歩を象徴する単語は人口衛星だが、この単語が発される時ちょっとと奇異に感じるのは事実である。然しながら身近に死んだ息子が眠っていると直感した母が父に頼んで墓を作ってやろうと遺体探しを父に頼み、父はそれに応えて森のあちこちを掘っては遺体の一部や遺品を見付け、その度に息子の霊が現れて、遺体や遺品の主の話をし、待っている人にそれらを届けるよう父に願うという展開をしてきた今作に、どうしても一目自分の息子が亡くなったという確実な証拠を入手し、以て墓所に埋葬してやりたうぃという痛切な親の心を儲けのチャンスと捉え、買った地所から掘り出した人骨のパーツを高値で売る他国から来た資本家、犯人は分からぬものの、人骨を自分の家に投げ入れる者が居ると訴える老婆、何処から流れてきたかも知れぬ娼婦などが登場して戦後のどさくさを象徴的に表していると同時に、世知辛い世の中になって頼る術もなければ、希望も持てない母の切なる願いとして、時々見えるらしいという人工衛星からの死者に纏わる情報の噂は、藁をも掴む切なる表象としての重みをもつと考えられる。観劇しながら実に多くの深い問題、存在することの逃れようの無い軋みと、宇宙の虚空に落ちかねないような孤独の中で、それをひしひし感じながら生きることの、生きざるを得ないことの意味する所を考えさせる傑作。見事である。

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    2016/09/02 16:01

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