何ちゅう奇跡 公演情報 劇団てあとろ50’「何ちゅう奇跡」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    期待以上!才能を感じた。
     秀作である。まさか学生劇団の芝居でこんなに涙を流すとは思わなかった。参ったという感じである。

     ストーリーは共同で漫画を作成する3人の仲間が昔の友達のアパートに転がりこむところからスタートする。長期連載のいよいよ最終回、締め切りを明日に控え、広げすぎた物語のエンディングをどうまとめ上げようかという産みの苦しみと、時間との戦いがベースの物語である。

    ネタバレBOX

     しかし、そのベースの物語を縦糸にして、それぞれの登場人物と周りの人物との人間関係がひとつずつまた新たなドラマを引き起こす。その多重構造のドラマの中、気持ちのすれ違い、誤解、伝えるということの難しさをメインテーマとしている。

     漫画の結幕としてのハッピーエンドを求めながら、同時に、登場人物の一人一人がそれぞれのハッピーエンドを模索するという深い構造である。そして、漫画同様、安易なハッピーエンドはなく、実際物語が終わってもそれぞれの将来に対する不安というのは何も解決していないのだが、それにも係わらず、何かを人に伝える、気持ちをしっかりと言うというほんの小さなきっかけで、その勇気を持つことで、我々はこの不安と孤独の世界の中で前向きに生きていくことが出来るということを作者は伝え、そしてそれこそが現実のハッピーエンドだと語っている。

     漫画家を登場人物にし、現実と漫画の世界が交錯していくというのはありがちな設定で絵空事になりやすいのだが、作者はそのありがちな設定を見事なバランス感覚で書き分け、現実世界から漫画世界に移るときの違和感を感じさせない。また演出的にも、漫画世界が周囲にあり、その中にアパートの一室があるという作りは空想の世界を走馬燈のように無限大に広げるという効果を果たしている。両空間のからみあいが見事で、演出的にも力量を感じる。

     登場人物はやはり学生劇団であるから演技は大してうまくないのだが、それぞれが持ち味を出している。何よりそれぞれがしっかりとした個性を持ち、存在感を示したことをまず評価したい。

     主役の手塚を演じた相川春樹は、前半うだつのあがらないさえない漫画家の卵を見事に演じていた。そのため、常に真ん中に存在しながら、劇のほとんどの場面で周囲を引き立てる脇役だった。しかし、物語最終部分、たった2回の電話のシーンの演技で、今回の公演の質(レベル)を一段階上のものに押し上げた。そしてその瞬間、紛れもなく主役は彼なのだということを全員に知らしめた。その力量は見事だ。若干声を張り上げたときの、発声には難があるが、押さえた演技は素晴らしい。2回目の電話のシーンでは場内全員を感情移入させ、号泣させていた。

     花田役の村松篤はさりげない演技の中に優しさや寂しさを感じさせることが出来る魅力のある役者だ。今回も大げさな動きやアクションはないのだが、それでいて彼のいらだちや将来に対する不安がしっかりと感じられる。将来が楽しみだ。少し滑舌が悪いのが残念である。

     三人組の一人当麻を演じた菊池真樹子は自然体の演技が出来る女優だ。彼女の物語は今回は大きく掘り下げられてはいない。それにも係わらず、彼女は、フリーターのような生活の中、漫画を愛しそして三人組を愛し、このままの状態が(いつまでも続くはずがないということを知りながら)いつまでも続くことを望んでいるという揺れ動く気持ちを見事に演じていた。

     アパートを占領される来宝を演じた石井由希子は、彼女の実生活でもそうなのかと思わせる(そうでなければ抜群の演技力!)だれからも信頼され頼られ好かれるけども、それはほんとの自分ではないという悩み、それを好演した。ただ、彼女と花田の微妙な恋愛感情が横糸の2番目のサブドラマだと思うが、ここでの将来像がよく見えなかった。それが少し残念。

     木立を演じた三輪友実は達者な役者だ。ストレートに発言するあまり誤解されやすい性格の女子社員の悩みを完璧に演じきった。特に木立がリリーに電話をかけるところで、最初はリリーを変な人と疑い、いやがりながらも、いつの間にか電話にのめり込んでいくというシーンの心の変化を示す演技は秀逸である。

     リリーを演じた潟山綾子は、この物語中最も不可思議な登場人物を独特の魅力で演じきった。誰しも最初は危ない人的に思っていたリリーが最後にはすごく素敵な人に見える。リリーと木立の電話のシーンは中盤の山場であり、名場面となった。次回再演があれば、リリーの過去をもう少し掘り下げてもらいたいと思う。

    さて、劇中劇の人物に移る。

     レッドを演じた山邊健介は、はまり役であった。なりたくてなったわけではないヒーローの孤独と苦労を演じきった。しかし、望むらくはもっとかっこいいシーンがほしかった。「いよっ、レッド」とかけ声をかけたくなるようなとびきりかっこいい場面と人間的なレッドが交互に出てくればさらにレッドの幅が広がっただろう。

     キララを演じた吉武奈朋美には、出てきた瞬間にやられた。演技といい動きといい、アニメの登場人物そのもの、まさにかわいいのひとことだ。今回の役所としてはこれでパーフェクトだが、次回は同じようなキャラ設定で、その実、深い悲しみや憂いをあわせもつ人物を演じてもらいたい。きっと魅力が倍増するだろう。

     さて、マリアである。マリアを演じた亀井奈穂は実は影の主役である。三人組が作りだした漫画は実は奥が深い。女神と魔女が同一人物で、この世の光を取り戻すためには、魔女を倒すのではなく、魔女の心をいやさなければならないという設定だ。女神の場面はパーフェクト、魔女の場面は少し難しかったかなと思った。魔女をいかに倒すか、途中からは魔女の心をいかにいやすかが主題なのだから、その魔女にはあまり軽々しくしてほしくない。途中で混乱の中、全員でダンスを踊るような場面があったが、僕としてはマリアはあの中には入ってほしくなかった。

     劇の登場人物がそれぞれの心の悩みを抱ええているのと同様に、マリアもまた深い苦しみと悲しみを抱えている。その心をいやせるのが、強力な破壊魔法より花やお菓子を出す魔法を愛するレッドの心の優しさなのである。そのレッドの本当のパワーを発するまでは、マリア(魔女の方)には誰も倒せない壁として、また誰も癒せない哀しみを持った魔女として演技を統一してもらいたかった。そしてまた彼女は凜としているときの方が魅力がある。

     最後に久住を演じた兼桝綾だが、演技がうまい。たった二シーンで、主人公の姉の哀しみを見事に表現した。方言が混じった会話も自然で、怒りながら、許せないと言いがなら、それでも許していく二回目の電話の心理的表現は秀逸である。物語が引き締まった。

     さて演技陣の総括としては、学生劇団ということを割り引かなければ、やはり演技はまだまだ未熟、発声、滑舌、身体訓練等、いずれをとってもまだまだ勉強しなければならないことがたくさんあるということは感じられた。それにも係わらず、この作品が感動的だったのは、小手先の技術よりも役者としての個性や存在感の方が演技においてはずっと大切だという本質を指導者が、そして演技者それぞれがしっかりと理解していた結果だろう。

     作者は書くべきテーマを持っている。そしてそれを書ききる力量を持っている。今回の芝居では、登場人物一人一人が類型的にならず、それぞれにしっかりとした背景を持たせつつ全体としてのテーマに結び付けている。作者の技量だ。後は、書いて書いて書きまくっていけば色々なことが見えてくるだろう。今回、劇の感動を百とすると劇中漫画の感動は三割引である。それがもったいない。劇の感動を百、劇中漫画の感動を百まで持っていければこの作品は相乗効果で恐るべき作品になる。それが出来る技量を持っているだけに残念だ。この作品は是非再演すべきだろう。

     作者も役者たちも、次回の作品が待ち遠しい。これからも応援したい劇団ではある。

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    2008/11/29 23:34

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