錯覚、して、沈黙。 公演情報 feblaboプロデュース「錯覚、して、沈黙。」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    シナリオが素晴らしい
     表現する者としての秘密の一つがここにある。(追記2016.5.15)

    ネタバレBOX

     大学時代映研に所属、監督と主演女優の関係にあった剛とやよいは、近く結婚することになっているが、ある日、やよいは親しい人が偽物と確信するカプグラ症候群に罹患してしまう。剛は心療内科医になっている友人にサポートを依頼。やよいは自らの病についての説明を受けて頭では納得するものの、病状の改善は見られない。一方、剛を目標にしていた映研の後輩はプロの新進映画監督として名を馳せるようになった。彼は、剛の未完成作品のコンセプトを譲って欲しいと頼みに来るが、この未完成作品には重大な意味があった。然し、自らの才能に見切りをつけていた剛は現在サラリーマンである。それには無論、理由があった。剛はその時点で分かっていなかったのである。何が? 本当の自分など何処をどう探しても存在してなどいないという残酷な事実が。後輩には「好きにしろ」とコンセプトを譲った。
     ところで、学生時代彼ら映研メンバーには、拘りがあった。その拘りとは演ずることではなく、本当の表情や身振りが撮りたいということであった。だが、それは可能なことだろうか? 人間とは演ずる動物なのではなかったか? 残酷な事実とは、本当の自分など存在せず、我らは唯関係を映す鏡であり、それを感じる己があって而もそれらを対象化すると同時に統一して認識する他に方法がない、という薄ら笑いを浮かべた事実そのものをそのものとして認識すること。大人になるということは、幼稚なメンタリティーを脇に置き、厳然たる事実としての関係を計る覚悟と共に自らを関係の最中に投げ込み同時に総てを認識していること。更にそれが単に鏡に過ぎないほど自分などというものが関わり得る位置は小さいことをも認識することなのであった。このことが分からなかったが故にありもしない本物の姿を映そうとしたのである。彼を信頼し愛しても居たやよいが、彼を崇拝する余り主演女優として自らに本物を突き付け続けて来た結果がカプグラ症候群だったと言い得るのである。だから、自らの発見したことを彼女に告げる。曰く自分など存在しない、と。そして何故彼女がずっと目の前にいる自分を撮影し続けていたのかを理解する。彼女は、本物と思えなくなってしまった最愛の彼をファインダーを通して探し続けていたのである。剛は、改めてやよいにプロポーズする。彼が謎を解き、改めて二人の関係を何ら確かな物など存在しないという状況を認識し合った上で、築いてゆこう、というのを、彼女は「はい」と受け入れる。
     シナリオが抜群である。若い役者達の演技も良い。ヒロイン役の女優のキャスティングもグー。主役の剛役、脇を固める後輩や心療内科医師、後輩の映画に出演する役回りの女優もそれらしい。無駄を省き主軸に焦点を当てた演出も気に入った。

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    2016/05/11 17:43

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  • ホントに素晴らしい作品でした。

    2016/05/14 08:23

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