星の結び目 公演情報 青☆組「星の結び目」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    天に輝く美しい星を見つけたような作品
    ある「家」の、戦前・戦中、戦後期のドラマが丁寧に語られていく。
    戯曲も役者も演出も、衣装もセットもすべてが素晴らしい。
    お手本にできるぐらいのクオリティ。
    演劇好きの人には、どのようなタイプの人にでも、自信を持ってオススメできる作品。

    ネタバレBOX

    吉田小夏さんが時間堂のために書き下ろした作品を、自ら青☆組の作品として上演した。
    時間堂の『星の結び目』も、もちろん良かったのだが、やはりご本人の「意図」や「思い入れ」としての作品を是非観たいと思った。

    最初のシーンに奥様(吉永園の長女)役の渋谷はるかさんが登場する。
    この方の佇まい、台詞の発声で、「この作品はいい!」と即座に思った。

    梅子役の福寿奈央さんとの台詞自体がもちろんいいのだが、お嬢様だったこと、今は昔のような生活ではないこと、そして、何より自分が世間知らずではないか、と思っていることなどを、このわずかなシーンで見せてくれる。
    渋谷はるかさんで、この舞台一気に締まったと思うのだ。

    この方が物語の中心近くにいることで、そのほかの役者もじっくりと落ち着いて演技をしていたように思える。
    梅子だけでなく、その叔母も演じていた福寿奈央さんも、年齢をすっと飛び越えて2人を演じ分けていた。さらに彼女は、この作品のナビゲーター的な役割も担っているのだが、そこもまた少し別の顔を見せてくれるのだ。
    吉永園の次男・信雄とその父・初代甚五郎を演じる荒井志郎さんも、この作品では、いつもに増してさらに腰が据わっていて、両者の違いと「似たところ」をうまく表現していたと思う。
    この落ち着きが、吉永園を大きくした才覚があり、ひとクセある男を表現できていたと思うのだ。
    次女・八重子を演じた大西玲子さんも、ゆっくりと幼児になっていくのが上手い。
    女中の吹雪を演じた小瀧万梨子さんも、この作品の全体の、このトーンの中でああいった役は難しいと思うのだが、それをうまく演じていた。
    それぞれの役が、それぞれの大切なシーンできれいに浮かび上がる様は素晴らしい。

    1つひとつの台詞のトーンも会話の噛み合い方も、最高であった。
    そして、そのシーンのつなぎ方も上手く、美しく流れていく。
    嫌な議員が出てくるシーンでさえも、そう感じた。

    それぞれのシーンは、それぞれがまるで1本の短編集のように、深みがある。
    「言葉に出さない」「出せない」気持ちがどのシーンにも詰まっていて、台詞と細やかな演技、そしてそれを支える演出によって、それが感じ取れるのだ。

    梅子が次男・信雄に対して抱くほのかな恋心や、長男の甚五郎が妻に対しする気持ちうまく表現できないところ、さらに経理の山﨑と長女・静子の微妙な距離感、女中の吹雪を見る次女・八重子の暖かい視線、さらに父親・桂吉(藤川修二さん)がわずか1つの台詞だけなのに、その娘・吹雪に対する想いなど、本当に、1つの台詞、表情だけで、見事に表現していた。
    山﨑と静子が、花見のあとのシーンで向かい合って踊るシーンなどは、2人の言葉にできない気持ちが溢れていた。

    舞台とセットはやや高低差があり、演じるための2つの場があり、それらを廊下と階段でつなぐ。
    和テイストの照明が床や天井から下がる。
    このセットも品があり、美しい。

    役者の出入りのための場所が左右2個所ずつ、前後(客席通路を含む)2個所の、合計6個所あるが、この数はこの規模の劇場としては珍しくはない。
    しかし、その使い方が非常に巧みなのだ。

    気配を見せるため、例えば次女が母を想うときに、傘を差して現れる女性は、薄暗闇の中から「気配」を少しずつ見せてくるために、上手手前の長い通路から現れたり、女中たちが、お茶を持って現れたりするのも、その動線の必要性から上手、下手と分けてみせる。玄関から奥に入ってくる感じや、川に面する場所などの使い方など。
    2つの場の使い方もうまい。
    部屋などの空間だけでなく、時間も表す。
    空間と時間が重なりつつ、次のシーンを見せていくという巧みさもある。

    この舞台のサイズだからできること、と言ってしまえばそれまでなのだが、どんなサイズの劇場であったとしても、この舞台の使い方、演出のセンスは、まるでお手本のようであり、演劇をする人は観て得るモノが多いのではないかと思う。
    (それぐらいスムーズな場面展開や人の出し入れができていない公演が多いということなのだが)

    ラストは、余計な説明台詞がなく、上田と梅子が一緒になって去っていくシーンに、登場人物たちの歌う「星の流れに」で、暗転になる。
    この歌に歌われる女性であった梅子が、上田と出会えたことで、そういう境遇から抜け出すというシーンであり、自分のことではなくなったから、「歌える」ということなのだろう。だから、冒頭のシーンでも昔を思い出すように、この歌を口ずさむのだ。

    この作品のラストシーンは、なんとなく覚えていたので、歌が途中から女性だけのコーラスになり、暗転していく中で、「これはこのままで終わっていいのに」と思ったのだが、その後のラストシーンの短い台詞と役者の姿に泣かされた。

    その後の登場人物たちはどうなったのか、という後日談を挟まないところも、「物足りなさ」を感じさせるのではなく、多くを語らず、「それでいいのだ」と思わせる上品さがある。

    この作品は、親を知らなかったり、片親だったり、早くに親をなくした登場人物ばかりが登場する。
    そうした自分のアイデンティティの源泉ともいえる関係の喪失がある者たちが、兄弟や夫婦、さらに1つ屋根の下で暮らす他人とも「家族」のような関係を築いている(いく)様が描かれており、ラストの台詞はまさにそれをすべて言い切ったものであったのだ。

    だから心に響く。

    青☆組は本当にいい舞台を見せてくれる。
    吉田小夏さんは戯曲が素晴らしいと思っていたのだが、その演出も素晴らしいことに気が付いた作品であった。

    そうすると、オリジナルだけでなく、家族を描いた、他の作家の戯曲の演出も見てみたいと思う。イプセンとか。

    0

    2014/07/06 19:43

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大