満足度★★★★★
一人の人間の過去も今も未来も愛せますか?
「あなたは一人の人間の全てを愛せますか?今だけじゃない。
あなたが知らない過去も、未来も」。
物語が進むにつれて、この問いが杭のように胸の中に
突き刺さってきた。
主人公の浩介(松田凌)と薫(小島藤子)の
各々が書いた日記や手紙を読みながらストーリーは
進行していく。朗読劇と銘打っているが、2人は
かなり舞台上を動く、暴れる、走る、そして共に歩み、
抱きしめ合う。
しゃべりはガサツだが、根は真面目、常に孤独で
暗い過去を背負い希望を持たず日々淡々と建築現場で
働く浩介。
彼が働く会社の社長令嬢で、アパレル会社に勤務、
同性の友達といつもつるみ、向上心が強い薫。
性格も境遇も何もかもが正反対の2人が偶然に出会い、
すったもんだの末に、恋に落ち、結婚する。
順調に結婚生活をスタートさせた2人。全てが
うまくいき、薔薇色の未来が約束されていた。
しかし、薫は若年性アルツハイマー病に侵される。
脳が徐々に萎縮するとともに、長年積み重ねてきた
膨大な記憶も次第に失っていく。浩介と出会った頃の
事も、彼と過ごした幸福な日々も、そして彼の
名前すらも・・・。やがて、浩介を認識できなくなり、
元カレの名で呼んでしまう。症状が進むにつれ、
幼児と化す彼女になす術が無い浩介。
だが、それでも浩介は歯をくいしばり薫を受け止める。
浩介はまさに冒頭の問いを、終わる事なく
突きつけられているようで観る者は息ができなくなる。
お互いを尊敬し、力を合わせ幸せを築いていた
2人を観ただけに、2人を襲う不幸に観る者の
胸が激しく痛む。
浩介と愛を育み仕事に燃える20代後半の薫、
記憶を無くし浩介を元カレの名で呼んでしまい
浩介が知らない20代前半に戻った薫、
言葉使いも行動も全てが幼女に戻った薫、
全てを恐ろしいほどのリアリティを持って
演じ切った19歳の小島藤子の演技力に、
心を激しく動かされ言葉が出なかった。
そんな薫の現在と過去を全て抱きしめ、
決して未来を見失わない浩介を演じた
松田凌も凄かった。
鳴り止まぬカーテンコールの中、小島藤子は
微笑みながら、目にうっすらと
涙を浮かべていた。お客の反応が嬉しかったと
同時に、薫をやりきった充実感があったのだろう。
松田も満足した表情だった。2人の全身全霊の
演技に観客も高揚感を抑えられなかったに違いない。