「歴史に向き合う」とは何なのか?
「歴史認識」って、とても大切なことだと思う。
例えば、ウクライナでも、ソ連(つまりロシア)から独立した1991年が「民主化」だったと考えるグループと、「祖国分断」だったと考えるグループが存在する。
「歴史」というのは百貨店のショーケースのように、ある種の自然科学的事実でしかない。
だが、同じ事実=「ウクライナ独立」で あったとしても、その「歴史認識」は、どこの地域に住んでいるか、どの民族か、どの階級か、等々のアイデンティティが決定する。
こうした「思想」が手紙を書く際のインクの役割だとすれば、やはり 語り主は主観的にならざるを得ない。
まさに「歴史は小説」なのだ。
私がキャスト陣を驚愕したのは、『そびえたつ俺たち』旗揚げ公演に出演していた方々(フジタタイセイ・ニシハラフミコ)が占めたからである。
「台詞間違い」を他のキャスト陣が連発するなか、意外といったら失礼かもしれないが、彼らは「影を全面に押す」大人びた演技だったと思う。
日本近代史、すなわち明治維新から終戦までを10倍スピードで再生する舞台も珍しい。日露戦争のみを切り取り、『坂の上の雲』(司馬遼太郎 原作)が連載されるわけだから、白鵬関のような懐の広いレンズで歴史を観察する脚本家もいなかった。
上演時間130分は長い。
その数字が、浮きだつ「軽さ」を隠蔽させた可能性も ある。
※ネタバレ箇所
「フィクション」だと作・演出の千頭和直輝は記すが、登場人物たちの「想い」に寄り添えば、あながち「クロ・クロ歴史認識」に異論を持つものは少ないだろう。
終戦後には10分間ライブが開催され、千頭和もギターを弾いた。マイクが機能不全のため、演奏家の歌詞は 聴こえなかったが、そうしたスタイリュッシュ型複合舞台(現代舞踊)を より志向するべきである。
2014/03/15 20:12
この度は演劇ユニット「クロ・クロ」第6回公演『絵空ノート』にご来場いただき誠にありがとうございました。
演劇ユニット「クロ・クロ」主宰の千頭和と申します。
今回の公演は、客観的な「歴史」という概念がそもそも存在するのか、といった部分に焦点を当てています。monzansiさまが仰る通り、インク(=思想)を介する以上、どんなに突き詰めても「本当の歴史」というものは存在しないという答えはすぐに出てきます。
しかし、それでも私たちはある程度の範囲では歴史を信じているし(かつて日露戦争や太平洋戦争が起こったなど)、それがないと自分が立っているこの時間さえあやふやになって、生きていけないのではないかと思います。
この感覚を、少しでもお客様と共有し、共に考えていただきたいと思い、公演を行いました。monzansiさまのご意見を受けて私の中にも変化があり、そういった変化が、お客様同士や、お客様と関係者、果ては公演をご覧になっていない方々にまで広がっていったらこれ以上の幸いはありません。
ご来場くださり、また我々と一緒に考えていただき、本当にありがとうございました。
上演時間の長さについては、我々の技術不足に起因するところが大きいと反省しております。もっと短い時間で、もっと濃い内容でお伝え出来るよう、これからも精進させていただきます。
また、フジタタイセイ、ニシハラフミコへのご評価をいただき、ありがとうございます。
手前味噌で大変恐縮ですが、私も良い役者だと感じており、今後も出演する機会が多くあると思います。これからも二人の活動にご声援を頂けますと幸いです。
末筆ではございますが、これからも演劇ユニット「クロ・クロ」をよろしくお願い致します。
演劇ユニット「クロ・クロ」主宰 千頭和直輝