満足度★
演劇やってるんだよね?
板の上に立って、覚えた台詞を喋るだけなら誰にでもできる。
そこにいるのが「俳優」であり、物語を演劇とする「演出」が存在するのであれば、そこにはその劇団にしか表現できない「個性」(=生まれながらのものではなくて、新しく生み出されるオリジナルとしての創作)が発生するはずだ。しかしそれがない。
近松門左衛門と岸田國士と岩井秀人という組み合わせは面白いと思った。だからこそ観に来た。それが結果は単に芝居を三本並べただけの演出不在。いったいこの三本に、劇団は何を見出し、何を描きたいと考えたのだろうか?
近松を現代語(口語演劇にもなっていない)で演じていることにも意味がないし、岸田は「対話劇」になり損ねている。岩井に至っては、戯曲自体が使い古された妄想話で、岩井作品の中でも質が低い。それをだらだらと演じているだけだ。それでも適当に差し挟まれる「くすぐり」で観客は笑っているが、そういう表面的な笑いに囚われている観客は、テーマが語られる部分では鼾をかいている。
ある程度の演劇経験はある劇団だから、各自それなりに勉強もしてきたのだろうとは思う。しかしただ芝居を観て、それで感銘を受けただけでは自ら「演劇」を作り出すことはできない。劣化コピーを拡大再生産させるだけだ。「また一つ化けたなあ」なんて阿呆な批評を真に受けていたら、今後もくだらない芝居を垂れ流すだけになるだろう。