Takashi Kitamuraの観てきた!クチコミ一覧

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掃除機

掃除機

KAAT神奈川芸術劇場

KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ(神奈川県)

2023/03/04 (土) ~ 2023/03/22 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

掃除機の1人ごとから始まり、セリフはほぼモノローグ。独り言の連続である。「これから……という芝居をやろうと思うんですが…」「という感じの…」等々、だらだらとつながるチェルフィッチュ語を久しぶりに聞いた。だらだらと語り、何も起きない、反演劇、アンチドラマの芝居。それを演劇としてやるというのはそもそも無理があり、好きな人は好きだろうが、ついていけない人はそっぽを向く。そういうタイプの芝居である。

最初掃除機(栗原類)が人間は床なんて全然見てないじゃないか何でこんな大きいものを掃除機が吸い込むまで気づかないんだよとぐちる。二階には 引きこもりの中年の姉(加納ジュンコ)がいて、時々 床を力いっぱい叩いて「私がこうなったのはお前のせいだっ」とわめく。 下の階に父親(モロ師岡)がいて、「あの『お前』っていうのは死んだ母親のことなんですよ」と、顔に貼りついた笑顔で言い訳する。 兄(山中崇)は家を出てゆく。音楽担当の環ROYがラップしながら語るが、これが多少批評的なことを言う。「世の中全部クソじゃないですか。くそくそくそって言われて、なんて答えると思います。そうその通りって。だから出てかなくていいんです」。ここに言いたいことがある気はした。こんなよくない世の中に出ていかない引きこもりの気持ちはわかると。

一度だけ、父が娘を無理やり連れだそうとする「太陽に当たらないと体に悪い」。娘は「私に太陽なんていらねえんだ!」とふりほどく。

転げ落ちそうなベッドの美術、父親が3人で演じられる演出は奇抜で、この反演劇の「前衛劇」にふさわしい
他に覚えてることがあまりない。90分と短いが、それでも集中力を保つのが精いっぱいだった。

ネタバレBOX

最後近く、家を出ていった兄が太陽について語ると、照明がぱあっと明るくなる。やはり人間に太陽は必要だと語るようだ。

音楽家が掃除機に「お前外に出たことあるのか? 玄関の冊子の溝に挟まったほこり撮るためくらいだろう」とバカにする。掃除機は「それより、もっと出たことがある」というが「部分的にだけどね」と認める。考えてみれば掃除機というのは引きこもりのメタファーなのである。
ペリクリーズ

ペリクリーズ

演劇集団円

シアターX(東京都)

2023/03/01 (水) ~ 2023/03/08 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

シェイクスピアのセリフのきらめき、嵐や女郎屋をイマジネーションで現出する野田秀樹的見立て表現、ギリシア劇にもとづく波乱万丈と壮大なハッピーエンド。これらが結合した出色の舞台だった。
特に船が嵐に翻弄される、演劇ワークショップ的ダイナミックな動きは抜群。またペリクリーズ(石原由宇)が娘(古賀ありさ)と再会した時の、信じられないけど信じたい、信じたいけど信じられないという行きつ戻りつを誇張しつつ、最後の歓喜の涙に至るシークエンスは見事だった。

話は荒唐無稽だが、それを神々しいまでのドラマにして、見ていて目頭が熱くなった。若い中屋敷法仁の大胆な上演台本・演出の成功である。2時間20分(休憩15分)。語り手(藤田宗久)もよかった。

Don't freak out

Don't freak out

ナイロン100℃

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/24 (金) ~ 2023/03/21 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

歪んだ人物たちの濃密な関係が、ユーモアをたたえつつホラーな展開へ進んでいく。ダークな芝居を得意とするケラの本領発揮。狭いザ・スズナリの舞台を、通常よりも桟敷席、ミニ椅子席まで作って客席を増やし、一層奥行きを狭くしていた。その狭い舞台に、女中部屋のセットをしっかり建て、奥の窓の向こうに屋外の演技スペースと、奥の上部に地下の監禁部屋をつくる。人間関係と同様にきわめて密度の濃いセット。ザ・スズナリであんなに作りこんだセットは初めて見た。

松永玲子の妹あめと村岡希美の姉くもの女中姉妹に、一家の主で監禁されている清太郎(ミノスケ)、今は主人になった次男(岩谷健司)、奥様(安澤千草)、お嬢様(松本まりか)、おぼっちゃま(新谷真弓)に、大奥様(祖母)の吉増裕士の一族。次男は大奥様の言いなりで、奥様は邪険にされる。大奥様がお坊ちゃまが学校でいじめられてることを見抜き、「本当のことをお云い」とステッキでせっかんする場面は迫力あった。そして「復讐するのよ、それだけ覚えておけばいい」と。これが伏線となってひたひたとダークな結末へと転がっていく。
妹あめの婚約者だった鏡と葬儀屋の傀儡(くぐつ)の二役の入江雅人、田舎警官のカブラギ(藤田秀世)もよかった。

全員おしろいを濃く塗り、目じりにくまを作る濃いメイクで、虚構の芝居の雰囲気を醸していた。その虚構(怨念と物語)の物語のリアリティーがさえていた。
2時間20分の休憩なし。でも、ちょうど疲れたころにブレイクタイムとばかり、全員で歌う幕間が二度ある。二回目のブレイクの後は、怒涛の悲劇の連続で、疲れも吹き飛んだ。

ネタバレBOX

坊ちゃんをいじめていた子たちが行方不明だという教師の話、外に出られないはずの清太郎が外で子供を作っていたという告発など、謎をちりばめながら、それを無残な悲劇へと回収していく。面白い展開だった。
ハムレット

ハムレット

世田谷パブリックシアター

世田谷パブリックシアター(東京都)

2023/03/06 (月) ~ 2023/03/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

生と死を前面にテーマに据えて、それは今回、補筆された冒頭と幕切れの声にも表れている。「ハムレット」が生と死、特に死について思索をめぐらす芝居だと初めて感じた。To be or not to be の有名なセリフもそうだが、ハムレットの独白の多くは死について考え、墓場のシーンや、クローディアスの祈りに遭遇するシーンも生と死についてのものだ。

もう一つの、実は最大の特徴はジャパニーズ・ハムレットともいうべき斬新な演出にある。亡霊は能の仮面と歌舞伎の獅子の被り物に銀糸の和服。音楽は雅楽、尺八、三味線。ゴンザーゴ殺しの劇中劇は歌舞伎調で、一人二役の二人羽織。黒澤明の「蜘蛛巣城」(マクベス)「NINAGAWAマクベス」につづく、和風シェイクスピアとして、大変面白かった。

野村萬斎はさすがの貫禄である。クローディアスの祈りの場面の緩急自在は圧倒的。野村裕基のハムレットは少々きゃしゃで線が細い感じがしたが、劇が進むにつれ、大きく見えてきた。発生、セリフづかいが狂言仕込みなので、父・萬斎ににている。それが朗々としてよかった。藤間爽子のオフィーリヤは、発狂後がよかった。歌いながらの皮肉や甘えのセリフにピュアな存在を印象付けた。

台本も河合祥一郎の苦心の翻訳で、日本語のしゃれがたっぷりちりばめられていて新鮮。「神殿で死んでんのか」とか。原文はどうなっているのだろうかと思いながら、面白かった。

最後に、デンマーク王国の宮廷での悲劇の裏で、フォーティンブラスの進軍の話を忠実にとりいれていた。カットする演出が多い部分。フォーティンブラスの雄姿を遠望しながら、ハムレットが何のための戦争かと聞く場面。ポーランドの何の意味もない土地の取り合いですと。ハムレットの国での軍拡のこともわだいにのぼる。現在のウクライナの戦争と日本の軍拡が否が応でも連想される。権力で「何かが腐っている」「この世のタガが外れてしまった」国の背景には、軍拡と戦争があったということを改めて教えてもらった。
前半1時間45分+休憩15分+後半1時間半の計3時間半。全く飽きることなかった。

ネタバレBOX

ハムレットの謎とは、なぜ彼が逡巡し続けるかというところにある。その謎をめぐって様々な解釈がされてきた。確かに、(とくに独白で)逡巡する自分を鼓舞するセリフが多い。と同時に、行動的で能動的面も見える。ガートルードの寝室で、クローディアスと間違えてポローニアスを刺し殺してしまう素早さは印象的だし、旅芝居の一座にゴンザーロ殺しを振り付けするあたりは、なかなかの狂言回しぶりだ。

そういう矛盾した面が見えるハムレットだが、イングランド行きの海路から海賊船にさらわれて帰ってくると様変わりする。クローディアスが自分を殺そうとしていることを知ったこともあろう。オフィーリアの死もあろう。レアティーズとの剣術試合に向かう直前「覚悟がすべてだ」「なるようになれ」には、今回、はっとさせられた。

こうして「ハムレット」は、貴人が、苛烈な運命をひきうけ力の限り生きて死んでいく典型的な悲劇として完結する(「子午線の祀り」の知盛もハムレットの血を引くといえよう)。ハムレット死後、フォーティンブラスのセリフに「運命」の言葉が見える。(それまではなかったのではないか)
行きたい場所をどうぞ

行きたい場所をどうぞ

秋田雨雀・土方与志記念 青年劇場

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2023/02/23 (木) ~ 2023/02/28 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

高校生がAI女子高生と一緒に、幸せの国を探して旅するロードムービー演劇。いろんなところにひねりや現代社会への皮肉が込められている。戦地からの帰還AIも出てきたりして、いろいろなことを考えさせる。今まで見たことのない若い俳優が中心で、リアリズムとは違うファンタジー色が強い。今までの青年劇場の殻を破ったユニークな舞台だった。

ネタバレBOX

絵本の作者の老人と海の向こうへボートで乗り出した主人公は、どこへ行こうとしたのか。みんなが笑顔で幸せそうな国というのは、もしかすると死の国かもしれない。そこへ一人ではいけないという老人は、一人では死ねないと言っているのかも。
聖なる炎

聖なる炎

俳優座劇場

俳優座劇場(東京都)

2023/02/26 (日) ~ 2023/03/04 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

真相を探るミステリー仕立ての吸引力とともに、人間の心のさまざまな奥底をのぞき見させる。まずは戯曲がピカイチ。俳優陣も素晴らしい。特に女優陣のそれぞれの役柄を現出させる演技が見応えあった。2時間35分、とくに長男が謎の死を遂げてからの2時間は目が離せない緊迫した舞台だった。

健康な若い妻が、夫が不能に陥った後の性欲がどういうものか。罪だとわかっていても不倫に落ちる欲望と人間の倫理の関係は、川と堤防の関係に似ている。家庭のために燃える恋を諦めざるを得なかったつらさ。どんなに献身しても報われない愛、嫉妬。人間にはさまざまな心があり、相手によって人物が変わる。夫人を中心に、人間心理の真理に触れたセリフの数々が胸に響いた。

ブルーストッキングの女たち

ブルーストッキングの女たち

新国立劇場演劇研修所

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2023/02/24 (金) ~ 2023/03/02 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

先日、新劇合同公演で「美しきものの伝説」を見たばかりだった。なぜ宮本研はほぼ同じ人物・時代を扱った二つの戯曲を書いたのかが、なるほどと腑に落ちた。「美しき」は抱月と若い小山内薫がたたかわせる演劇論と、堺利彦と大杉栄がたたかわせる革命論が中心である。「ブルー」は、男女関係、夫婦関係、人間関係を描いたもの。とくに妻と、恋人と同志という三人の女性を同時に愛した大杉栄、郷里の夫を捨て、辻潤と子供を捨て、大杉と一緒になる伊藤野枝が軸になる。そこに、平塚らいてうと奥村の安定したカップルが対照的に加わる。

演劇研修所の修了公演を見るのは5回目だと思う。今までの「るつぼ」「社会の柱」などに比べると、動きと緊迫度の少ない戯曲だった。力でねじ伏せたり勢いで突っ走るわけにはいかず、若い俳優には難しかったと思う。とくに日常的な会話が続く前半がそうだった。

ネタバレBOX

全9場(「人形の家」の劇中劇を第3場として)。休憩後の6~9場がよい。人間関係のもつれの緊張感がグ~ッと高まって、衝突が起きる。7場の日蔭茶屋事件、8場の野枝と子供の涙の別れ。子役が出ないので、そこはエア演技になってしまうのは残念だが、野枝役の伊海実紗は渾身の泣きで、このクライマックスを十分感じることができた。最後、9場での大杉と甘粕の対決もまた見どころだった。もう少し長くやってほしいが、戯曲にないのだから仕方がない。最後は、野枝が甘粕と対決する。「あなたは大杉に嫉妬としてるのね。がんじがらめの軍隊から自由になった大杉がうらやましいんでしょ」と。

エピローグのマコの語る、大杉のフランスからの手紙がよい余韻を残した。
アンナ・カレーニナ

アンナ・カレーニナ

Bunkamura

Bunkamuraシアターコクーン(東京都)

2023/02/24 (金) ~ 2023/03/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

20代の時に岩波文庫で読んだ。冒頭の有名な一行、不倫の恋、最後の鉄道自殺などは知っていたが、それは昔読んだからではなく、あちこちで言及されるから。舞台は肝心な話を思い出させてくれた。冒頭、なかなかヒロインが登場しない。登場すると同時に、ヴロンスキーと恋に落ちる。同時に、将来の悲劇を予兆する轢死事故がおきる。さすがの幕開けである(これは小説がそうなっている)。

あらかじめ上演時間を見ていなかったので、休憩なしで1時間を超えて延々続くのを見て、てっきり終幕まで行くのかと思った。アンナが愛人のヴロンスキーに妊娠を告白したら、彼は「こんな偽りの生活は終わらせよう」。一瞬、このまま愛人に捨てられて自殺か、「アンナ・カレーニナ」も妊娠小説(©斎藤美奈子)だったのかと。あにはからんや、そのセリフの意味は「夫と離婚してぼくと結婚してくれ」。アンナの産後の瀕死の床で夫カリーニンはアンナを許し、ヴロンスキーは逆に絶望して自殺未遂する。これで前半終わり。以上1時間40分。20分の休憩をはさんで後半は1時間45分。総計3時間45分のたっぷりした芝居だった。でもまったく飽きなかった。トルストイのあふれる創作力に脱帽。また、俳優陣の魅力ある熱演と、演出、美術、音楽あいまった舞台の造形が素晴らしかった。

前半のヴロンスキーの魅力に負けまいとするアンナの抑制した行動に好感持てた。ヴロンスキーと生活する後半はアンナの心理分析ドラマのよう。根拠のない嫉妬にはまりこみ、錯乱していく。てっきり愛人に捨てられて自殺するのかと思ったら、ヴロンスキーは全く浮気などしていない(原作も確認したらそうだった)。嫉妬と疑惑の自家中毒の末の自殺。原作も最後、衝動的に鉄道に身を投げていた。

アンナとカレーニンの口論で、互いに口に出すこととは異なる心の内を、客席に向けて傍白していた。かなり忙しくコミカルでもある。リョービンもキティとの口論で「僕も結婚したから皆さんに話せるようになりました」と傍白する。結婚すると傍白できるようになるとは、夫婦関係は我慢とうそ(愛という名のウソ)がだいじということかもしれない。

ネタバレBOX

小説と芝居は違う。小説では、ヴロンスキーの突然の心変わりをキティが知る舞踏会の場面を、キティの心理描写で描いている。芝居では、ヴロンスキーがキティに「リョービンはいい人ですよ」と、ほかの男をすすめるように言わせることで、キティにショックを与える。このセリフ、小説にもあるが意味が違う。舞踏会の最初に出てきて、ヴロンスキーのリョービンへの好意を示しているだけ。キティを袖にする意味はない。芝居ではこのセリフをうまく使って、別の意味を持たせた。

また例えばドリーがアンナの領地へ馬車で向かう場面。小説では、自分の結婚生活への不満、愚痴を心理描写している。口には出していない。芝居では御者の農場管理人ペトカにぶちまける。ペトカは「それが人生です。奥様」と。一緒に見た友人は、この場面がえらく気に入っていた。私は、同じペトカなら、リョービンの指図n何一つ手を付けず、怒られてものらりくらり受け流すロシア的怠け者のペトカの場面が面白かった。
ケンジトシ

ケンジトシ

シス・カンパニー

シアタートラム(東京都)

2023/02/07 (火) ~ 2023/02/28 (火)公演終了

実演鑑賞

北村想は前回のシスカンパニーの「風博士」は、具体的な日本軍の慰安所をバックに、歌もふんだんに使ったわかりやすい芝居だった。このように難解な前衛劇だけではないのだけれど、今回は抽象度の高い詩的演劇ど真ん中。疲れていたこともあって、かなりうとうとしてしまった。残念。

石原莞爾(山崎一)がトシ(黒木華)に賢治のことを聞き、それをランニング姿の屈強な青年ホサカ(田中俊介)が記録する。変な設定である。賢治(中村倫也)は、ダービーハットと外套の得意の姿でうろうろする。

ケンジとトシの関係は恋愛関係ではないか、という疑問に、トシが「兄は大人の恋ができません。アドレッセンスの人なのです」「アドレッセンスとは思春期……」という解釈が、妙に納得できた。ケンジの一風変わった童話も大人になり切れない魂が書いたと思えばわかる気がする。
ケンジとトシが楽しく過ごす時間はすぎ、トシの死を嘆くケンジの慟哭は見事な感情表現だった(らしい)

カニのような手をした河内大和はじめ、ムシのようなシカのような恰好をした3人のコロス。楽器はバイオリンかと思ったらヴィオラだった。道理で少し低い音が出ていると思った。冒頭は「セロ弾きのゴーシュ」のようだった。
隣の40代くらいの男性客は、終わると、とりわけ目立つ大きな拍手をいつまでもしていた。熱心な宮沢賢治ファンなのだろうか。1時間35分。

博士の愛した数式

博士の愛した数式

まつもと市民芸術館

東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)

2023/02/19 (日) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

80分という上演時間の予告を見て、「短い!」とまず一驚。博士の記憶が80分しか持たないことに合わせたのだろうか。ギター演奏があるのはぜいたくな演出。ストレートプレイでは避けがちなナレーターを使って、短い説明で単刀直入に核心場面に入っていく。無駄のない作劇で、家政婦(安藤聖)と博士(串田和美)の出会いから、成長したルート(井上小百合)と博士の交流まで、小説の見どころはほぼ全部盛り込んでいた(と思う)。悪意のないピュアで美しい原作を、雑音のないまっすぐな芝居にうまく転換させていた。小さいながらもじんわりした感動があった。串田和美の博士が、子供のような無邪気で涙もろい感じが自然でよかった。

ネタバレBOX

小説の印象は強く、よく覚えているつもりだったが、冒頭から博士の義理の姉(増子倭文江)の存在をすっかり忘れていた。読んだのはもう20年も前だから仕方ない。博士が熱を出したので、看病するために家政婦は息子と泊まる。それがもとで義姉から首になるが、ルートが博士宅に遊びに行ったことで義姉は不審を抱く。母子を呼び出し「縁が切れたのに? ねらいは金?」と問いただしてくる。この険悪な状況を、博士がオイラーの公式を示して解決する展開も、妙に納得させられた。(オイラーの公式も忘れていた。後で調べたら、本当にあんな等式があった。驚き)

最後、ルートの11歳の誕生日。ろうそくを書い出しに行った間に、博士はルートのことを忘れてしまう。劇的な幕切れ。そして家政婦の通いの仕事は終わった。博士の入った施設に、母子が時々通う。「息子は今度、中学校の数学の先生に決まったんですよ」という言葉に、いつしか10年以上たったことがわかる。博士との出会いが息子の歩む道に深く影響した。この最後は、小説同様、やはりジーンときた。誕生日のプレゼントのグローブを砂山から掘り出すのもよかった。
ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』【2月15日昼公演中止】

ミュージカル『バンズ・ヴィジット 迷子の警察音楽隊』【2月15日昼公演中止】

ホリプロ

日生劇場(東京都)

2023/02/07 (火) ~ 2023/02/23 (木)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

心癒される音楽劇。出だしは、楽団がぞろぞろ歩いて間延びしてみえるが、地元の人々の家に分宿して、夜になるといい歌が次々続く。十二分に楽しめた。ひっこみじあんの青年の恋を後押しする二枚目の色男・新納慎也のバラード。バツイチの濱田めぐみが、妻を亡くした風間杜夫によりそうラブソング。そして、赤ん坊をあやす矢崎広の子守歌。夜明けのコーラス。

出演の楽隊メンバーが、舞台上で楽器を生で演奏するのもよい。クラリネットおじさんの中平良夫さんが、赤ん坊をあやすために吹いたりするもの楽しい。アラビア音楽を生かしたエキゾチックな響きだった。1時間45分休憩なし

アプロプリエイト―ラファイエット家の父の残像―

アプロプリエイト―ラファイエット家の父の残像―

ワンツーワークス

赤坂RED/THEATER(東京都)

2023/02/16 (木) ~ 2023/02/26 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

大農園の古びた屋敷に、人々が集まって何かが始まり、最後はみんな去っていく。作劇はチェーホフと同じだが、「桜の園」と違い、こちらは激しい言葉が飛び交う。エネルギーみなぎる恨みつらみのぶつけ合い。しかも各人に怒涛の長セリフがある。なかでも次男フランクあらためフランツ(間瀬英正)の、後半の長セリフは半端ない。昨夜から朝の出来事を語って、15分超ではないか。しかもどぶのような湖に入ってきた、体中汚れた半裸姿で熱演していた(いまは冬なのに)。

3兄弟を見ていると疲れるので、ちょっと部外者の女性たちにすくわれた。長男の妻レイチェル役の小山萌子の、はじめの上品さをかなぐり捨てた「脱ぎっぷり」が見事。その長女13歳の「ほぼ大人」キャシディー役の川畑光瑠と、フランツの恋人リバー役の高畑こと美が、普通の人っぽいいい味を出していた。とはいえ、一番の功労者はいちばん「毒をまき散らす」姉の関谷美香子。大変な芝居をお疲れさまでした。

笑の大学

笑の大学

パルコ・プロデュース

PARCO劇場(東京都)

2023/02/08 (水) ~ 2023/03/05 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

名作をよみがえらせた傑作舞台である。戯曲は三谷幸喜の最高傑作。笑い、笑い、笑いのあとに、つらい涙のクライマックスがある。検閲官の内野聖陽と、喜劇作者の瀬戸康史も息のあった演技でよかった。とくに内野の緩急ある、コワモテとコミカルを兼ね備えた演技が素晴らしい。冒頭の「鳥を飼い始めた」「何の鳥?」「カラス」(笑い)のやり取りから、どっと観客をつかんだ。

ネタバレBOX

召集令状を受けての喜劇作者の悲痛な決意と、それに「決して死ぬな」「帰ってこい」と役目に反した言葉をかける検閲官のつらい涙のクライマックスが見事。笑いと批判精神を兼ね備えた井上ひさしの芝居に勝るとも劣らない。
長い長い恋の物語

長い長い恋の物語

玉造小劇店

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/14 (火) ~ 2023/02/19 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

3代にわたる在日韓国・朝鮮人の人生を、ときに大阪の笑いをまぶしながら、つらすぎず軽すぎず、絶妙のバランスで描いた。主軸は戦争中に日本にわたってきたパク・ソジン=木村辰男(うえだひろし)と、社長のお嬢様の桜子(松井千尋)の、遠くから思いあっている恋。

朴は戦争中、監督と社長にはげしくいじめられる。初仕事につらい肥え汲みをやらされ、殴るける、果ては犬の格好までさせられる。監督(野田晋市)の意地悪さが本当に憎々しい。兄は戦死。戦争は終わった後で兄の息子は朝鮮戦争に志願して戦死と、不幸が続く。会社の先輩で実は在日の男(カン・ソンヒョ)は、帰還運動で「地上の楽園」を歌う北朝鮮へ。当時は革新勢力がこぞって帰還運動を後押ししたが、いま複雑な気持ちは抑えがたい。

東京五輪が迫るころ、ベテランのみやなおこ、美津乃あわが、それぞれ木村の子・洋子、桜子の子・珠希で、小学生のかっこうで、無駄にはしゃいで出てくるところから、笑いが醸し出されてくる。珠希は母の桜子に「ガードの向こう(朝鮮人部落の鶴橋)に行っちゃダメ」と厳しく言われていたが、ある日、エイヤっと、ガード向こうの洋子の家に遊びにいく。そこで、赤いスイカと、気のふれた伯母のある出来事に、珠希はショックを受ける。その事件をめぐり、学校に呼ばれて再会する木村と桜子。ここで野田晋市が女校長役で、用務員(笑福亭銀瓶)との掛け合いで笑わせる。悪役とへんな女形を演じて違和感のない野田が見事。

さらに時がたち、桜子の父の社長(コング桑田)が、自分の秘密を語り、後事を木村に託す。がたいのでかいコングの出番は戦前とこの時だけだが、この場面は迫力と重みで強烈な印象を残す。もう64歳の作者のわかぎゑふは、朴の兄嫁と洋子の息子役の二役をやる。とくに息子役は野球帽のつばを後ろにかぶって、アラレちゃん眼鏡をつけ、あまり男には見えないが、でもかわいい子役だった。成績優秀な木村の次男(カン・ソンヒョ)が留学前に、爪とぎでなぜが指の腹をこすっている。パスポートをとるので、ずっと拒否してきた指紋押捺をせざるを得ない。それで癪だから指紋を消すというのは、なるほどと感心した。

韓国・朝鮮語のセリフも時折出て、在日であることをしっかり描いている。最後には感動のエピソードもある。在日の歩んだ長い道を印象的なエピソードで描き、日本と韓国の関係、時代と人間の変化、さらには部落問題までも絡めて見ごたえある芝居であった。パンフを見ると、ここに書いたことをふくめ、劇中のすべてのエピソードが、作者自身、あるいは友人の体験だという。

対話

対話

劇団俳優座

俳優座スタジオ(東京都)

2023/02/10 (金) ~ 2023/02/24 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

強姦殺人事件の被害者の娘の父母と、加害者の母、姉弟、伯父。さらに調停人のマニングと、性犯罪者の更生に取り組む心理療法家、8人出ずっぱりの会話劇。被害者遺族の夫婦は、怒りと憎しみをぶつけ、加害者の母は「私たちも痛みを抱えています」「それでも私の息子なんです」と許しを請う。弟は「殺人犯の弟」の烙印を押された恨み、終身刑の兄スコットに死んでほしいと、被害者遺族と同じ気持ちだと叫ぶ。大学卒の姉は、弟の貧しく放置された生育環境を考慮してほしいと自説をぶつ。心理療法家の女性は「彼は良くなっていた。釈放を求めた判断に誤りはない」と自己弁護する。

遺族の母は「あなたたちは私たちの痛みを理解する入り口にも立っていない」と迫り「奪われたのは未来だけではない、娘の過去も奪った」と。アルバムを見ると、悲惨な最後に至ることが思い出されて、アルバムもみられないと泣き崩れる。
どこにも救いの見えない前半から、どう何らかの結末を引き出すのか、目が離せない。

出演者はみな熱演で、ヤマ場では本当に互いに泣いていた。加害者の母を演じた山本順子は、貧しく弱く哀れな母親そのものだった。2時間10分休憩なし

ネタバレBOX

最初互いに憎しみ、責任を擦り付け合い、自己弁護しあう。被害者遺族のバーバラが「娘の話をしたい」と、13歳の誕生日パーティーの思い出を語り始めるところから、雰囲気が変わる。さらにキッチンをカナリア色のペンキで塗り替えた思い出を語ると、父も急に言葉に詰まり泣き出す。そこで胸をつかれた。憎しみや怒りをいくらぶつけても人は共感しない。人を責めることをやめ、自分の悲しみ(弱さ)を見せた時、人は心を動かされる。これは万国共通の真理だ。

心理療法家が、自分の判断ミスを認めるところから、次々と自分が悲劇を防げたのにやらなかった後悔を語り始める。かたくなだった被害者の父も、ついに「防犯ベルを買うと約束したのに、忙しくて買ってやらなかった」「学歴のないミュージシャンとの結婚を認めなかった」と懺悔を口にする。スコットを、刑務所内のリンチから守るための保護官房行きを、すぐには同意しないが、変わるかもしれないことをにおわせて終る。

最後、マニングが「今日は何がえられましたか」と問うと、被害者の父は「軽くなった」と答える。「ラビットホール」のハイライト場面を思い出した。そこで幼い息子を亡くした母は、自分の母に問う。「悲しみは消えるの?」「いいえ。でも変わる」「どう?」「軽くなる、持ち運べるくらいに」と。

自分の過ち後悔を口にすることで、浄化されるのは、キリスト教の「懺悔」と告解からきている作劇術ではないか。公開中のアメリカ映画「対峙」は、高校乱射事件の加害者被害者の4人の対話を描く。ここでも、加害者の息子、被害者のむずめの思い出を語るところから、心を開きだす。そして互いが自分の過ちを口にし、後悔を語ることで心が近づく。「対話」とよく似ている。ストーリーのモデルが何かあるのかもしれない。
桜姫東文章

桜姫東文章

木ノ下歌舞伎

あうるすぽっと(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

感情表現を極力抑え、ホンの骨格を浮かび上がらせる演出。その分、要所要所の感情が際立つ。桜姫と清玄が川辺ですれちがう哀れさや、次々と人を殺し殺されてゆく非情さ。四世鶴屋南北の描いた陰惨さがいっそう印象強くなる。感情移入を排批評的に見ることを観客に求めた演出である。
その場の結末を事前に観客に示す字幕や、ブレヒト幕の使用など、ブレヒト的演出といえる。舞台セットが客席に対して斜めになっているのも、斜に構えた観劇を促すものだ。口コミを見ても賛否両論あるが、擁護派とアンチの両方いること自体が斬新な舞台の成功を語っている。

初演以来一度も上演されていない三幕も演じた意図も、陰惨さの協調にあるだろう。この幕ではまだ少年少女の半十郎と小雛が、「不義密通」を働いた濡れ衣で、それぞれ兄と父に斬られる。実は、幼い主君と桜姫が指名手配されているので、その身代りの首を作る狙いだった。不条理と哀れも極まれる。
逆に最後はかたき討ちを果たして大団円とWikiにあるが、岡田利規演出では、省いた。殺して、そのまま幕で、あっけない終わりである。

自分を無理やり強姦した男・権助を桜姫が愛している倒錯は見る前からわかっていた。芝居を見て、桜姫のせいで「不義密通」の濡れ衣を着せられた清玄も、恨むべき相手を恋い慕う倒錯に陥っていることが分かった。自分のセリフで「恨むべき相手なんだけど」という。これは南北の原作にはないのではないだろうか? 南北は、恋した稚児の生まれ変わりを追い求める清玄を書いたというから。

3時間15分(休憩15分込み)。歌舞伎座でやった公演のシネマ歌舞伎は4時間20分ある。通し上演で、しかも歌舞伎座では省いた三幕(20分くらいある)も入れて正味3時間に収めたのはうれしい。おかげで枝葉がなくなり一層骨格がはっきりした。衣装もジーパンやランニングシャツなど、現代の普段着で、装飾を排していた。

ネタバレBOX

最後、権助が父と兄の仇とわかるや、桜姫が、権助との間にできた赤子を「仇の子は仇」と、何のためらいもなくグサッと刀で殺すくだりはびっくりした。
タンホイザー

タンホイザー

新国立劇場

新国立劇場 オペラ劇場(東京都)

2023/01/28 (土) ~ 2023/02/11 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

序曲の巡礼のうたのメロディーで始まり、同じメロディーでタンホイザーの救済を歌いあげて終わる。構成のしっかりしたオペラで、ワーグナーの旋律とオーケストラの響きを堪能した。ウェヌスの宮殿の官能の愛の世界と、城の禁欲的なプラトニックな世界の対立が鮮やかだ。ただ、官能の愛の世界を「罪」とするキリスト教的倫理がどうも堅苦しい。ワーグナーもそんな倫理を正しいと思っていなかったと思う。だからタンホイザーは最後に救われるのだろうが、それも死と引き替えにでしかない。

歌手もみなよかったし、オーケストラもよかった。

ネタバレBOX

ウェヌスに享楽的なパリの体験を、城にドイツの古臭い因習を託して描いたという、ワーグナーの隠れた意図には驚いた(プログラムにある)。どちらにも容れられなかったワーグナーは、故郷の自然に憩いの場を見いだした。城の周囲の自然(1幕2場、3幕)はそれを描いている。パリで夢破れて帰ってきた時に、故郷の森に救われた体験が1幕2場を描くきっかけだという。

三幕でタンホイザーがローマでの体験を語るくだりは、うっかり、ぼーっとしてしまった。次はそこを注意して聞きたい。
二月大歌舞伎

二月大歌舞伎

松竹

歌舞伎座(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/25 (土)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

午前の部「三人吉三巴白波」を鑑賞。お嬢・七之助、お坊・愛之助、和尚・松緑という人気役者の配役で、客席はほぼ満席。沼津から「法人会女性部」が貸切バスを仕立ててきていた。「月も朧に白魚の…」をはじめ七五調のセリフの調子のよさと、最後大詰めの雪の中の大立ち回りの迫力が見どころだろう。

歌舞伎はホンではなく、役者中心、役者の芸をたのしむものという。でも芸のどこがよくてどこが悪いのか、よくわからない。テレビでもなじみの人気役者だから見ていられる。二幕の巣鴨吉祥院本堂の場で、屋根裏からお嬢が顔を見せるところで、一番受けていた。

二幕の、血縁の因果がいろいろ明らかになるくだりは、飽きて寝てしまった。そもそも聞き取りにくい昔のセリフだし、調子に酔わず、意味をとろうとすると疲れる。入り組んだ縁の糸が複雑をきわめる黙阿弥のホンの一番苦しいところだ。

ネタバレBOX

コクーン歌舞伎で見たときは、最後に三人が雪の中で死んでいく様をじっくりやったが、今回は金と名刀を通りがかった知人に託した後、捕り方に囲まれ、三人が見栄を切ってそのまま幕だった。これが歌舞伎本来の演出なのだろう。立ち回りは知人が通りかかる前にお嬢とお坊が、回り舞台の左右で存分に見せてくれた。
血は立ったまま眠っている

血は立ったまま眠っている

文化庁・日本劇団協議会

Space早稲田(東京都)

2023/02/01 (水) ~ 2023/02/12 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

時代と寝た作家・寺山修司の処女作。当時は時代の雰囲気とマッチしたのだろうが、今やると猥雑さが空回りして、古臭さは否めない。自衛隊の看板を盗むちんけなテロ二人組が、党の使者を名乗るジャーナリストにけしかけられて、爆破テロと仲間殺しにのめりこんでいく。それと並行して、大量のリンゴを闇で売りさばいて大儲けしようというチンピラと女たちの冒険。トイレの便器や、首を吊った死体(マネキン人形のつぎはぎ)も登場する。

テロは浅沼稲次郎刺殺事件があった時代の空気なのか、あるいは連合赤軍事件を予見していたのか。闇のリンゴの方は、60年代に闇もないし、リンゴはなおさらなので、最初から冗談のバカ話に違いない。テロも闇も言っていることはわかるが、猥雑さやばかばかしさが気まじめでストレートすぎて、余裕をもって面白がれない。

翌日見た「初級革命講座飛龍伝」は、歌あり、コントあり、立ち回りありでスペクタクルなエンターテインメントに仕上げて見事に現代化していた。つかこうへいのセリフの美学も時代を超える面がある。それとはかなりの差があることは否めない。

初級革命講座 飛龍伝

初級革命講座 飛龍伝

Project Nyx

ザ・スズナリ(東京都)

2023/02/02 (木) ~ 2023/02/06 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★★

理想(使命)に燃えた過去を美しく飾りながら、理想だけではない人間の切なさ弱さを肯定し、そこに帰っていくロマンと癒しの物語。60年代に命を張って対峙した 第4機動隊の山崎一平(近藤弐吉)と学生運動闘志熊田留吉(ラサール石井)。67年11・26で山崎の思い人にして熊田の愛妻(ここがややこしい)サヨコが死んで13回忌を迎える年、二人が語り合う。理想(使命)に燃えて熱く行動し、それゆえに深く傷ついた過去と、消えそうな情熱を必死に保ち続ける今を、言葉だけで立ち上げる。見事な前期つかこうへいワールドである。

客席は頭が白くなりだした男性客が多い。「1979年に京都〇〇会館で見て以来」と話している男性客もいた。

現代の観客にこの熱いロマンの劇を届けるため、構成・演出をかなり工夫している。
まずダンディーな4人のフォークソングで幕開け。この4人がガイド役になり、闘争用語(安保、日和る等)・闘争史を解説し、全学連と機動隊のファッションを解説。東大闘争の安田講堂攻防戦の映像に中島みゆき「世情」を重ねて、観客も70年代になじんでいく。

第一部は山崎一平が全学連のバラ・サヨコを自宅にかくまうロマンスから。しあk氏初戦対立する者同士。、1967年11月26日、サヨ子はデモで山崎の警棒に滅多打ちされて死んでいく…。その学生デモ隊と山崎の殺陣のバックに流れるのは、ベルディ「レクイエム」の「怒りの日」。ぴったりだった。

次の幕間は「ワルシャワ労働歌」久しぶりに聞いた。今はとても歌えない血なまぐさいゴリゴリの歌。びっくりした。

第二部はその12年後、熊田留吉が家で投石を磨いている。冒頭の、暗転の暗闇でグラインダーの火花が飛ぶシーンは圧巻。留吉はかつてジュラルミンの盾も打ち破る名石・飛龍の使い手だった。三里塚闘争(11・26という山崎と食い違いがある)の中で妻サヨコを失い、自らは恐怖に駆られて何度も逃げ、今は磨いた投石を、娘・アイ子に売らせている 。熊田・ラサール石井の ダメ男ながら可愛げのある辺りが見どころ。 膨大なセリフを来なしているのはさすが。ここに、かつて熊田のせいで肋骨を一本失った山崎が訪ねてくる。「初級革命講座」では熊田と山崎の 互いに競い合い、ぶつかり合いつつ、認め合う関係が軸になる。、90年代以降の「飛龍電」は熊田がいなくなり、全学連の女委員長神林美智子と山崎一平の純愛を歌う全く別の物語になった。

とにかく顔で怒って背中で泣く歌舞伎的つか美学と、「モア・パッション、モア・エモーション」の情念とユーモアを、構成もセリフも音楽も照明も駆使してよみがえらせた。70年代の挫折の美を、現代に合わせて見事にバージョンアップさせた舞台だった。

ネタバレBOX

幕間は病院を抜け出した松葉杖の元機動隊隊員たちと看護師。これも笑わせる。

第三部は、サヨコの13回忌の11・26当日。アイ子が熊吉に託されたサヨコの形見のアイビー・シャツを着て、山崎一平に石を売る。山崎は次々と名石の銘をそらんじながら、かつての闘士たちをよみがえらせ、機動隊として対峙する。そして熊田留吉と最後の一線を交え、赤い花吹雪が舞台下からどーっと吹き上がる中を消えていく。

最後は中島みゆきの「時代」。「世情」に始まり、「時代」に終わる。中島みゆきの歌に流れるものと、つかこうへいのこの芝居と、相通じるものを感じた。

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