ヴォンフルーの観てきた!クチコミ一覧

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老いた蛙は海を目指す

老いた蛙は海を目指す

劇団桟敷童子

すみだパークシアター倉(東京都)

2022/12/15 (木) ~ 2022/12/27 (火)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

これだけの熱量の新作を描き下ろすサジキドウジ(東憲司)氏にリスペクト。まさに桟敷童子版「どん底」、役者博覧会の様相。関東大震災後なので時代背景は昭和初期であろう。田舎の汚らしい掃き溜め長屋。水道が引けず、腐った雨水を貯めて飲んでいる。立ち込める悪臭、行き止まりの貧民窟。
「乞食会社残飯屋」を率いる青山勝氏はまるで王様。上田吉二郎のような悪の魅力に振りかけたたっぷりの色気。『座頭市』の奥村雄大(鴈龍)のような妖気。体躯は先代二子山親方、大河内傳次郎のように見得を切る。好き放題にステージ上を我が物としてみせた。
長屋の大家の女房役、藤吉久美子さんがまた凄い。ふてぶてしい魔性の色気、存在そのものが匂い立つ。
酒で身を滅ぼした医師、佐藤誓氏はまさに“酔いどれ天使”。震える手。
「どん底」の巡礼ルカにあたる、迷い老婆は鈴木めぐみさん。まるで何かを見通したかのような含蓄のある言葉。掃き溜めの暮らしに魔法の粉を振り掛けてみせる。
知的障害児の吉田知生氏は老婆の言葉、「お前にも行ける学校がある」の言葉に希望を抱き、ここではないどこかを夢想し続ける。
もりちえさんの乞食キャラも新鮮。

劇場中には「死を間近にした者にしか見えない」白い花が無数に咲き誇る。今、新作でこれを演れる劇団の生命力の若さ。ゴーリキー、「どん底」をこんなふうに換骨奪胎し甦らせる腕は流石。
新感覚の「どん底」、是非観に行って頂きたい。

ネタバレBOX

工場の労働争議を煽動した容疑で手配され、逃げ込んできた三人組の活動家。一人(稲葉能敬氏)は脚を折り切断寸前の大怪我。一人(三村晃弘氏)は大家の妻に言い寄られる。(黒澤明版の三船敏郎が演った役が魅力的なのだが、今作の役どころでは主体性がなく、イマイチ盛り上がりに欠ける)。板垣桃子さんは持病の若年性認知症が悪化、子供返りを起こす。(彼女の十八番、寄り目で口元を歪ませる表現の多用)。

水道を引くことによって全てが変わる“希望”のイメージ。そこを強調する為、臭いと病が蔓延している強烈な描写が欲しかった。

ゴーリキーと違う最大の特徴は、諦念に満ちてなく、逆に希望に溢れているところ。悲惨な結末が続くのだが、何故かそれも悪くないような心持ちに。白い花が咲き乱れる様が祝福にも感じる。ラストの晴れ晴れとした解放感。黒澤明なら「どですかでん」っぽい。
女中たち

女中たち

CEDAR

シアターブラッツ(東京都)

2022/12/14 (水) ~ 2022/12/18 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ジャン・ジュネの『女中たち』、タイトルだけで敬遠しそうな難解なイメージ。ジュネといえばAUTO-MODを連想するが。
いざ始まると現れる黒河内りくさんが驚く程綺麗。気品のあるアイドル顔。一気に世界に没入させられる。山口淑子のような古き良き日本映画のヒロインの趣き。
演劇ユニットdéfi(デフィ)の主催者、円地晶子さんはどこか”男装の麗人”川島芳子を思わせる。内面と外面が時折引っ繰り返るようなテクニック。
満を持して現れる月船さららさんは二人の醸成した空気に切り込んでいく。目鼻の凝ったメイク、発声や話法に実験的な過渡期の挑戦。異常なハイヒール。
セットや美術、衣装が見事、本格的な雰囲気。
年の瀬、どっぷりと文学の退廃美に首まで浸かる快楽にお薦め。

女中の姉妹、ソランジュとクレールは奥様の留守中に「“奥様と女中”ごっこ」をしている。旦那様は逮捕され、奥様はまだ帰らない。嘘と本当のごっこ遊び。目覚まし時計がジリリと鳴れば全てはおしまい。

ネタバレBOX

サイコドラマと呼ばれる心理療法がある。患者達に演じさせることによって内面を解放させていくもの。例えば自分が被害に遭った事件の加害者役を演じ、他人が自分役を演じていく。誰かを演じることにより、自分のままでは言い出せなかった本音が表現されていく。自己啓発セミナーでもよく使われる。

モデルになったものは『パパン姉妹事件』。住み込みの女中姉妹が屋敷の夫人と娘を襲い生きたまま両眼をくり抜いて惨殺したもの。二人は近親相姦の関係であった。

観ていて思ったのは、これは喜劇なんじゃないかということ。話の展開、構造が笑いの要素を宿している。致死量の睡眠薬を混ぜた煎じ薬を飲ませようと用意しても、勿論奥様は飲んでくれない。二人の女中の企みは何一つ成功しない。妄想とごっこ遊び、無力感と空虚な長文台詞。多分、チャップリンに演出させた方が正解が出るのでは。
千年とハッ

千年とハッ

公益財団法人武蔵野文化事業団 吉祥寺シアター

吉祥寺シアター(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

前衛。涌田悠(わくたはるか)さんがステージに現れてストレッチのようなものを始める。ダンサーにしては矢鱈女性的な肉体。“短歌を詠むダンサー”らしいが、今回は短歌はなかった。ギターを抱えた田上碧(たがみあおい)さんが登場すると歌い出す。ジブリっぽい優しい曲調、コトリンゴのような透き通った声。それにのって涌田さんの舞踏が始まる。ステージを出て舞台裏を出入りしながら歌は続く。2階に上がり高い所へと。ギターを置いてマイクを持ち、即興のように会場中の目に映るもの全てを描写し始める。(即興だと思っていたが、どうやら完成された作品らしい)。涌田さんもそれに応じて言葉を奏でる。「ハッ」という言葉が響く。右半身の端っこから身体の中心へと。ポエトリー・リーディングのようなものがずっと続き、この辺は退屈。矢庭にギターを掴むと歌い出す。矢張り、音が要る作品。感情がないと全てが無機質。田上さんの歌は力がある。全てが真っ暗闇になるまで舞踏し続ける涌田さん。照明が練られている。

チラシのキャッチコピー、『言の葉に月の刃に皮膚の端の切れて一〇〇〇年後から手を振っていた』がカッコイイ。

サブマリン

サブマリン

マチルダアパルトマン

北千住BUoY(東京都)

2022/12/08 (木) ~ 2022/12/14 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

〈黄色いサブマリン〉

超満員の会場。いつの間にこんな人気劇団になったのか?多分、元うしろシティの金子学氏のファンが詰めかけたようだ。

古いアパートの4階で同棲する、自分の店を出したい男(金子学氏)とちょっと病んだ女(冨岡英香〈はなこ〉さん)。冨岡さんは日の当たらないこの部屋を海の底のように感じている。二人の仕事の時間帯が合わない為、なかなか噛み合わない暮らし。近くに住む専門学校生の妹(梶川七海さん)も少し情緒不安定。冨岡さんは妹に、ずっと駅前で寝ているホームレスの老人が「子供の頃に離婚した父親ではないか?」と言い出す。

ホームレス役の坂本七秋氏がガチ系の役作り。この人、役者バカだな。最高。
梶川七海さんの内面が全く読めないキャラは面白かった。
冨岡さんの佇まい、生活感がリアル。本当に周囲にいる感じ。

ネタバレBOX

普通に面白いのだが、胸に痛切に迫るものがない。二人が実は互いのことを心の底から必要としているのに、どうしても上手くいかない歯痒い無力さなんかが欲しい。

偶然さえも二人を呪い、全てが上手くいかなくなった
布袋寅泰『WILD LOVE』

小久音さんは出演しないのかと思う程出ない。ただクライマックスに投入するにしてはイマイチのアイテム。

金子氏が本物のお笑い芸人なだけに、皆の変なボケに受け身を取れず立ち尽くすツッコミに見えてしまう。ツッコミのない笑いが狙いの作風にズレが生じているように感じた。

海底にあぶくを吐き出しながらゆっくりと沈んでいく夢を何度も見る冨岡さん。クリストファー・ドイルな気分だよね。
時代はサーカスの象にのって

時代はサーカスの象にのって

劇団☆A・P・B-Tokyo

新宿村LIVE(東京都)

2022/12/07 (水) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

A(avant garde)・P(performance)・B(brothers) ・Tokyo。
寺山修司の代表作の一つ、勿論訳が分からない。
1969年(昭和44年)初演のベトナム戦争時代を背景にした8つのオムニバス。
マメ山田さんが突然「アメリカに行く」と言い出す。同棲していた筋肉質のゲイのアメフト選手、樋口裕司氏は「行かないで」とすがりつく。樋口氏のキャラはDDTのプロレスラー並み。無駄にエネルギッシュ。
話はあってないようなもので、切り取った「時代の気分」を味わう感覚。けれど客席はやたらそれに飢えている感じ。訳の分からないエネルギーを頭から浴びたいのでは。
男装の学生服姿、乾らいむさんが印象的。たんぽぽおさむ氏との父子対決は見もの。

客席上手側の真横で生演奏のSAXは真部健一氏、フリー・ジャズのように象の鳴き声のように。劇中に挿入されるギター弾き語りのミカカ氏の歌も強烈。
寺山修司一周忌公演として盟友・萩原朔美が「時代はサーカスの象にのって’84」を制作。鈴木慶一(ムーンライダーズ)が音楽プロデュース。多分その楽曲を使用している。
「戦争に行きたい」と歌う『I Want You』が印象的。
『地獄めがけて』は「地獄めがけてドロップキック そして5ヤード後退だ」の歌詞が秀逸。

萩原朔美氏は特別ゲストとして登場、場末の映画館の便所に身を潜める強姦魔として見事な独白。
頭脳警察の『時代はサーカスの象にのって』は使われなかった。

クリスマス・キャロル

クリスマス・キャロル

劇団昴

座・高円寺1(東京都)

2022/12/01 (木) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第一幕50分休憩15分第二幕60分。

小道具や衣装、美術が素晴らしい。まさにディケンズの世界。チャールズ・ディケンズは学校教育を4年間しか受けられなかった。父の破産の為、12歳から家を出て工場で働くことに。少年時代の痛みと苦しみに満ちた日々はそのままスクルージの過去として描写される。独学で勉強し作家と認められるまでに這い上がる。英国の夏目漱石、大衆の支持する国民的作家へと。彼の最盛期の英国は貧富の差が激しく、「空腹の40年代」と呼ばれた。ディケンズの出世作『オリヴァー・ツイスト』(1838年)は子供を主人公とした世界的に初めての小説。救貧院で育った孤児の物語をリアルに描き、大ベストセラーに。社会を揺るがし児童虐待を禁止する法律まで生み出した。今作は1843年に発表。「この世に生きる価値のない人などいない。人は誰でも誰かの重荷を軽くしてあげることが出来るからだ」、「誰もが沢山持っている今の幸せにこそ目を向けるのです。誰もが沢山持っている過去の不幸せのことは忘れなさい」。

宮本充氏演ずるスクルージは三國連太郎風味で納得。
ボブの妻役他の米倉紀之子(きしこ)さんは黒木瞳似で綺麗。
フレッド役他の加賀谷崇文(たかふみ)氏は布袋寅泰とラフィンノーズのPONを足したようなチャーミングさ。
大活躍のティム役他の子役、張适(ちょうし)君の透き通った歌声。
進行役と聖霊役を兼ねた三人のベテラン。林佳代子さん、牛山茂氏、伊藤和晃氏。客席に向けて語りかけ、この世界の境目をじんわりと地続きにしていく手腕。

クリスマスの一夜の奇跡を大人から子供までたっぷりと堪能させる決定版『クリスマス・キャロル』。
徹底的な現実主義者のエベニーザー・スクルージ(多分貸金業者)が自分のものの見方や人との向き合い方を自ら悔い改めるに至る奇跡。今作を毎年観に行く人の気持ちが分かる。
悩み苦しみ足掻いている人にこそ今作は突き刺さる。

ネタバレBOX

「未来は変えられないのか?せめてティムだけでも!」

マーレイの幽霊の鎖が軽そう。その辺からちょっとコミカルな遣り取りが始まる。

三人目の聖霊を青い照明だけで表現。観客の想像力に委ねられた淡い光はゆらゆらと指し示す。

スクルージを北野武、マーレイを西田敏行、ボブを大杉漣(亡くなっているが)、フレッドを大森南朋で映画化して欲しい。

リアルな死を前にしないと人は気付かない。何もかもが消え去っていくことを。消え去っていかないものは何か?果たしてそんなものがあるのだろうか?

スクルージは金持ちだし、『生きる』の志村喬は市役所務め。死ぬ前に人の為にしてやれることがある。だが殆どの人間は今更後悔しても何もしてやれることはないだろう。ただ無力さに打ちのめされて安い酒を飲む。
建築家とアッシリア皇帝

建築家とアッシリア皇帝

世田谷パブリックシアター

シアタートラム(東京都)

2022/11/21 (月) ~ 2022/12/11 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

第一幕85分休憩15分第二幕70分。
但し休憩の間に成河(ソンハ)氏が役のまま、ステージ上の小道具を片付ける。ファン必見。

飛行機が墜ち、無人島に流れ着いた岡本健一氏、そこには先客の土人、成河氏がいた。二年掛けて言葉を覚えさせた岡本氏、自身をアッシリアの皇帝と信じ込ませている。成河氏は何故か建築家に憧れて、建築学をねだる。言葉によってやっと意思の疎通が図れる筈が逆に難解になる二人の会話。この辺は『アルジャーノンに花束を』的。「早く幸せになる方法を教えてよ」。

岡本氏の衣装がナチスの高官っぽい。
成河氏は野生動物みたいな動き。次に何をするか目を離せない。ファンの気持ちが分かる。人間ではなく“役者”という生物。
この長丁場、時には一人芝居で全く退屈させないのは凄い。

不条理劇の大家とされるフェルナンド・アラバールの代表作。1967年パリで初演。1974年日本初演では山崎努氏が皇帝役を演った。余りにも肉体的に激しすぎる為、相手役は二人降りたという。山崎努氏も幕間で医者に注射を打って貰っていたそうだ。

岡本健一氏と成河氏の魅力で成立させている世界。裸や女装のシーンも多く、華奢でか細く美しい肉体。グロテスクなシーンもコミカルでポップに味付けされており、不快感は沸かない。成河氏の要求に度々応える裏方。(『できるかな』っぽい)。壮大な「ごっこ遊び」に皆が付き合わされていく。
逆に女優二人でこの作品を観たいと思った。どう映るだろうか?

ネタバレBOX

映画向きのネタだと思う。マーロン・ブランドとジョニー・デップでどうだろう。訳の分からない独白に必死に付き合う建築家。フランシス・フォード・コッポラかベルナルド・ベルトルッチ。莫大な製作費を掛けた思わせ振りなシーンの連続で中身は空っぽ。そんな空虚な映画を観たい。

背景にビラビラした黒いビニールシートの海。海の上では戦車が流れ戦闘機が飛ぶ。どこかで戦争が行われているようだ。
建築家は動物や自然を自在に操るシャーマン、太陽を沈ませ山を動かす。2000年近く生きている超自然的存在。
皇帝はエディプス(オイディプス)・コンプレックス〈父を憎み母を我がものとせんとする無意識の欲望〉の権化。第二幕、手作りの仮面を使った裁判ごっこで己の罪を暴かれる。母親をハンマーで叩き殺し、犬に食わせたことを告白する。建築家からの死刑宣告に対し、同じくハンマーで殺されることを希望。建築家は「これはただの裁判ごっこだ」と拒むが皇帝の本気に押し切られる。
建築家は彼の遺言通り、母の形見のコルセットと服を着て皇帝の死体を食べていく。脳味噌をストローで吸い取る。どんどん失われていく建築家の超自然的な力。最後まで食べ尽くすと建築家の姿は皇帝になってしまう。そこに飛行機が墜ち、皇帝の格好をした建築家が助けを求めて現れる。劇の冒頭のシーンが配役を入れ替えて繰り返し。

自分の好みではなかった。やっぱり演劇の本質と生来的に肌が合わないことを実感。多分人間が嫌いなんだろう。演劇とは本来「ごっこ遊び」で、それを観客が夢中になって観ることによって成立。観客も「観客ごっこ」役として参加する。「ごっこ遊び」の昂揚、宗教的祭祀、燔祭。神に捧げるのか、神を喚び起こすのか、神を実感するのか。この空虚さの共有。
火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

火消しの辰と瓦版屋の娘【一部公演中止】

劇団6番シード

ブディストホール(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

初日前日、高宗歩未さんが体調不良の為、降板。初日を潰して代役のエリザベス・マリーさんに一日で全台詞と動きを覚えて貰った。それだけでゾッとするシチュエーションだが、観ればエリザベス・マリーさんの役どころはかなりの出番。複雑な構成の為、覚える展開と掛け合いが多過ぎる。エリザベス・マリーさんは今回のことを「走馬灯に出てくる」と表現。言われなければ気付かない程、自然に舞台に存在していた。凄え役者がいるものだ。Respect。

椎名亜音さんと鵜飼主水氏が主演の大江戸コメディ。二人はハイテンションで飛ばしまくる。役者陣が魅力的で贅沢。
那海さん演ずる蟋蟀(こおろぎ)が巧い。作品を彩る風流さ、声の使い方が絶品。
真野未華さん、近石日奈さんが可愛かった。
千歳ゆうさん、若林倫香さんの笑いの味付け。
藤沼美昇(みのり)さんのスパイスも効いている。

高宗歩未さんバージョンも観たかった。

ネタバレBOX

『カメラを止めるな!』という大ヒットコメディ映画があった。始めは安っぽいゾンビ映画。それが終わるとメイキング宜しく舞台裏を紐解いてみせる。そこでありとあらゆるトラブルが巻き起こり、生放送の中、スタッフと役者はありとあらゆる対応で解決していく。観客の頭の中で先程のゾンビ映画の違和感が解けていく快感。
この手の、作者の構想の執念に感嘆するジャンルは知的快楽に充ちている。今作の作家、松本陽一氏は『同時刻同時進行コメディ』と名付けた。

今関あきよしの『タイム・リープ』、クリストファー・ノーランの『メメント』、アシュトン・カッチャー主演の『バタフライ・エフェクト』なんかは観終わった後、確認の為再生し直す喜びがある。古くはハインライン、広瀬正のSF小説の系譜。この手の作品が大好きな人にお勧め。

欲を言えば巻き起こる事件にもう少し文学性が欲しかった。
瞬きと閃光

瞬きと閃光

ムシラセ

シアター風姿花伝(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/04 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

小口(おぐち)ふみかさんはコメディの方が水が合う。ルックスで損をしているのかも。
渡辺実希(みき)さんはヴァンパイラ風、もろアニメキャラ。
輝蕗(きろ)さんは篠原ともえを思い出した。
元水颯香(はやか)さんはHKT48顔。
加藤彩さんは楽園王のイメージが強いが、オールマイティ。
土本燈子さんの佇まい、空気感はリアル。
中野亜美さんはもっと複雑な役が似合う。ちょっと物足りない。
土橋銘菓さんについての「野生の地下アイドル」という論評が絶品。

『がっこうぐらし!』みたいなちょっとSFな日常系アニメの感覚。

ネタバレBOX

学校で度々目撃される眼鏡を掛けた男の幽霊。一眼レフのカメラを持って校内をうろつき、女子高なのに何故か「懐かしいなあ。変わってないなあ。」と卒業生のような口振りで大声ではしゃぐ。パシャリとシャッター音が光り、跡形もなく消え去る。お菓子やピザの差し入れもする。
何の回収もない妙な話なのだが、彼が松尾太稀氏だということで公演後腑に落ちる。

松尾太稀氏は所属していた劇団を退団したのち、今年5月主催者によるパワハラが原因でPTSDを発症したことを告発、話題になった。今作の出演を9月1日に発表し、9月14日に自死。脚本・演出の保坂萌さんは代役は立てず方法を変えて表現することを言明。
成程、合点がいった。また作品の違う観方が可能。
今年4月、劇団競泳水着の『グレーな十人の娘』で彼を観ただけだが妙に印象に残っている。

正直、話も演出も好きじゃない。妙に長く引き延ばしている感じ。でも配役が凄い。これは同性だから出来る女性のキャスティング・センス。男じゃ絶対に無理だ。話のテーマは友達との仲違い、大好きだった人を傷付けてしまった後悔。どうにかもつれた糸を解きほぐして許して貰いたい、でも出来ない。自分の意固地なつまらぬプライドが何もかもを台無しにしてしまう。どうしたらいいのか分からない。そんな心を抱えたまま、皆大人になって素知らぬ振りで遣り過していく。そんな昔の話、とっくに忘れてしまったと。

痛みを抱えたまま死んだカメラマンの女が、痛みを抱えて暮らす旧友の無意識の呼び掛けに応えて現れる。互いに思い知った真実は、「こんな痛みを抱える意味などなかった」。それを今生きる連中に伝えて仲直りさせる。「人生において本当に好きになれる奴とはそう何人も出逢えないんだ。大事にしろ!」と。

カメラを通じて、世界と自分との関係性が変わる様を描写すべき。自分が失くなる瞬間。世界が失くなる瞬間。そこに生き死にのボーダーを絡ませるべき。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第三夜《わたしはあらんとしてあるもので あるとはすべてであり わたしはあらんとしてあるもの》

1983年寺山修司が亡くなり、『演劇実験室◎天井桟敷』は解散。それを引き継いだJ・A・シーザー氏によってその翌日、『演劇実験室◎万有引力』が旗揚げ。この40年余りの怒涛の日々をLIVEで語る。
皆が待ち望んだウテナの世界。「絶対運命黙示録」の迫力。
小林桂太氏は岸田森みたいでカッコイイ。
木下瑞穂さんも印象に残る。
内山日奈加さんは坂道グループ系清涼感、「寺山坂46」。

ネタバレBOX

大ヒットアニメ、『美少女戦士セーラームーン』シリーズで名を上げた幾原邦彦。エヴァンゲリオン・ブームの中、1997年テレビ東京系列で水曜18時放送の『少女革命ウテナ』を制作。劇中で万有引力の『カスパー・ハウザー―人間の謎への序章、あるいはわたしのモーシェのために―』で使用された「絶対運命黙示録」他を使用。全国のお茶の間の子供達にJ・A・シーザーの楽曲が刷り込まれた。
自分はアニメは観ていないのだが、サントラを借りてMDに落として聴いていた。その辺の曲は憶えているもので、聴くとハッとする。子供のロックとの出会いは意外なものから。榊原郁恵の「夏のお嬢さん」の元ネタはスージー・クアトロの「The Wild One」だし、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』に流れる「ビギニング」の原曲はキング・クリムゾン「ルーパート王子のめざめ」。後で原曲を知ってハッとなる。アブドーラ・ザ・ブッチャーの入場テーマ曲はピンク・フロイド 『吹けよ風、呼べよ嵐』、ブルーザー・ブロディはレッド・ツェッペリン『移民の歌』。種子を撒かれた子供達が長の年月を経て暗い劇場を探し当てるオデッセイ。
テアトリアンナイト

テアトリアンナイト

演劇実験室◎万有引力

座・高円寺2(東京都)

2022/11/30 (水) ~ 2022/12/02 (金)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

第二夜《地下水道をいま走り行く暗き水のなかにまぎれて叫ぶ種子あり》

昨夜も観るべきだったと痛切に後悔。どうでもいい舞台を選んだ自分を責めた。これぞ自分が観るべき世界。

髙田恵篤氏が現れ、挨拶をするとステージを降り、無人の一列目センターに腰を下ろす。そこから始まるJ・A・シーザー氏(歌&ギター)のLIVEと寺山修司作品の名場面の切り抜き。ピンク・フロイドの初期衝動。背景に映し出される天井桟敷の鮮烈な日々。小山由梨子さんのソプラノのコーラスが効いている。個人的にはパーカッションではなく、強いドラムのリズムが欲しかった。ゲストの根本豊氏が語る『奴婢訓』世界ツアーの思い出。伊野尾理枝さん(世界中誰もが知っているTVから這い出してくる貞子役!)の貫禄。髙橋優太氏と三俣遥河(みつまたはるか)氏の定番の掛け合い〈寺山問答〉。毛皮のマリー役の飛田大輔氏の美しさ。下男役にステージに上がる髙田恵篤氏。森ようこさんのコミカルな舞踏、よくもあんなに動けるものだ。

『巴里寒身(スーザン・フェリア、サジャよ永遠に)』が今回の核。『奴婢訓』世界ツアー、貧乏旅行。電熱器と鉄板だけを命綱に食材を炒めては口にする日々。小銭稼ぎに大道芸宜しくジャパニーズ・アングラで盛り上げるも、成果は電話を掛けるコイン一枚。芸術も糞もなく、皆ただただ腹が減っていた。シーザー氏の異国の女との仄かなロマンス。蚤の市で仕入れた仔犬が鳴いている。
「パリさみ パリさみ パリさみさみさみさみさみ」

キング・クリムゾン、筋肉少女帯、言葉と想像力だけを武器に新たな世界を創造していくルサンチマンの系譜。
J・A・シーザー氏と高田恵篤氏の間に“世界”は存在す。

ネタバレBOX

筋肉少女帯に『風車男ルリヲ』という名曲がある。ホスピタルの上で観覧車みたいに巨大な風車をぐるぐると回し続ける一人の男、ルリヲ。回しているのは“時間”である。ギリシア神話の天空を支える巨人アトラースの如く。この世の条理である“時間”の支配から逃れる為に主人公はルリヲを殺す旅に出る。だが、ルリヲは殺せない。彼にはそもそも首がないのだから。
そんな事を思い出させるかのように役者陣は何かを引っ張り続けるマイムを繰り返す。目に見えぬ何かを手繰り寄せようとして足掻く。

開演前と終演後の「らりるれり」みたいな曲が良かった。
わいわい新型レ◯サス試乗会in四条河原町

わいわい新型レ◯サス試乗会in四条河原町

劇団武蔵野ハンバーグ

OFF OFFシアター(東京都)

2022/11/25 (金) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

AVでオナニー中の中学生が洗濯物を干しに来た母親と出くわしてパニック。母親も動揺して一旦退室し、何事もなかったかのようにやり直す。「何も見なかったわ、洗濯物しか見ていないもの。」と母親。「いや、そんな筈ないだろう!」と息子。そんな展開が延々と続くコント風味のスラップスティック。
(多分)主人公の中学生役は栗茂重至氏、アンガールズ田中似。
母親役は古本美優さん、丁寧で好印象。
父親役の松下世界館氏はずば抜けてプロフェッショナル、見事。ある意味主人公。
本筋には要らぬキャラの並木飛暁(たかあき)氏のルックスが物を言う。この死んだ目が今作には必須。
主宰の高橋一八(高橋左右両打席)氏にリスペクト。自信を持って頂きたい。作品は完成している。あとは笑いのガイドラインの確立。

ネタバレBOX

何か面白いことをずっとやっているのだが笑うには至らないもどかしさ。一人、別の世界線のキャラを出した方が笑いやすいかも。笑いは安心であり、共感でもある。
笑いにオリジナリティーが足りない。TVで面白かったネタを集めて被せている感じ。勿論それはそれで悪くないのだが、観客が求めているものとは違ったのだろう。こんな所に集う奴等は、誰も未だ観たことがない“今”眼前で誕生した“何か”に飢えているフリーク。面白いんだか面白くないんだかさっぱり解らない“何か”に。
遥かな町へ

遥かな町へ

文化庁・日本劇団協議会

シアターX(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

思わぬ傑作。原作も読みたいと思った。
小津安二郎『父ありき』や成瀬巳喜男の『晩菊』を想起。驚く程に人の心の深奥部まで到達している。
浦沢直樹の大傑作『プルートゥ PLUTO』をベルギー人のシディ・ラルビ・シェルカウイが演出したものを昔観たが、作品の魅力をこそぎ落としたような舞台化。アートがやりたいのなら、オリジナルでやってくれ。原作の魅力はこんな安っぽいもんじゃない。日本漫画の外人アート化への危惧。今作もそんな偏見で凝り固まった嫌な目線で臨んだ。

床に広げた巨大な白いシーツが人力で吊り上げられていく冒頭。時間の表現をそのシーツの揺蕩いで顕在化。上手にはギターやコントラバスや笛などの楽器、代わる代わる役者によって生演奏。車椅子を手に持った輪っか一つで表現したり、コロスのように一つの役を大人数で表したり、練りに練った工夫が随所に散りばめられている。
主人公役の近童弐吉氏は学生服を着込み、そのまんまで中学生を演じてみせる。ニカッと溢れる笑みが痛快。
主人公の妹と体育教師役の吉越千帆さんが可愛くて目立った。
主人公の悪友役の松崎将司氏も大柄で魅力的。
主人公の父親役、猪俣三四郎氏のミシンをかける佇まい。
学校のマドンナ役の藤井千咲子さんは村上龍の『69』を思い出した。

1998年4月9日、48歳の主人公(近童弐吉氏)は酒に酔って意識を失う。気付くと時は1963年4月7日、自分は14歳の姿に。訳も解らぬまま中学二年の生活を送る羽目に。人生二周目チートで無双、異世界転生モノ乗りの学校生活。そこで大切なことを思い出す。この年の夏休みの終わり、8月31日に父親が謎の失踪を遂げることを。何故、優しかった父は家族全員を捨てて去ったのか?果たしてその過去を変えることは出来るのか?

ネタバレBOX

父親の失踪の謎が物語の構造として効いている。その理由が本当に実存的なもので驚いた。出発のホーム、父親が息子に自らの本音を滔々と語るのだが、嘘偽りがない。取ってつけたような理由ではない為腑に落ちる。全てを語った方が良いのか、別の形で表した方が良かったのかは演出家の好みだろう。ラスト、現在に帰ってきた主人公と杖を突き老いさらばえたかつての父がすれ違う余韻。
ベンガルの虎

ベンガルの虎

流山児★事務所

ザ・スズナリ(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/28 (月)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

山丸莉菜さんのファンの方は絶対に観た方が良い。素晴らしかった。

『ベンガルの虎』自体は新宿梁山泊の花園神社公演で観た。面白いんだか面白くないんだかさっぱり判らない、いつもの唐十郎節。今回全く期待なしで観たのだがかなり面白かった。こんなアレンジが案外正解なのかも知れない。おっさんの適当な与太話を聴き流しながら、何か妙にぐっと来るフレーズにハッとする、そんな芝居。訳の判らない因果律、時空の捩れた世界線、言葉と情熱だけが激しい風雨にさらされながらも凛然と屹立す。
大小様々な行李がキーパーツ。大量の車券、大量の朝顔の鉢、大量のはんこ。

永遠のヒロイン、カンナ役は山丸莉奈さん。八木亜希子似。
井村タカオ氏はミシンのセールスマン、競輪場の予想屋、カメラマンと大活躍。幕間のダンスは必見。かなり場をさらってみせた。
産婆のお市役神原弘之氏はお歯黒が強烈。
ハンコ屋俗物博士に村岡伊平治役は伊藤俊彦氏。
水島役は山下直哉氏。
流しの銀次役は祁答院雄貴(けどういんゆうき)氏。
カンナの母、マキノ役は中原和宏氏。これも鮮烈なヴィジュアルを焼き付ける。

各々背負わされたカルマで取っ組み合うようなメルヘン。

名探偵とクリスマス・キャロル

名探偵とクリスマス・キャロル

Dowland & Company

北とぴあ つつじホール(東京都)

2022/11/23 (水) ~ 2022/11/23 (水)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

ロンドンのトリニティ音楽大学修了のメゾソプラノ歌手・波多野睦美さんが企画構成。ヴァイオリンの小玉安奈さん、バンドネオンの北村聡氏、ギターの鈴木大介氏の錚々たる面々。第一部は波多野さんの大好きな探偵物のドラマ音楽から選曲。曲のアレンジが見事で、観衆を魅了するヴァイオリンの美しさ。やっぱりサティの曲は一際強い。
第二部は波多野さんの朗読でチャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』。要所要所で辻田暁さんがキャラクターを演じ舞踏で彩りを添える。多分小学生時分に子供用を読んだ以来なので驚きがあった。『グリーンスリーヴス』は強い。自分の死や死後の苦しみを見せられて半ば脅迫的に改心させられるスクルージ。全ての哲学は死との対峙なのか。人間は目前に死を見据えないと心を解き放てないのか。第三の幽霊は巨大なフードを被り、巨大な両手だけが見える大男。インパクトがある。

ジャガーの眼

ジャガーの眼

東京倶楽部

すみだパークシアター倉(東京都)

2022/11/19 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

演出は菅田俊氏。宇梶剛士(たかし)氏と菅原文太氏の付き人(用心棒)を務め、仮面ライダーZX(ゼクロス)でもあった名俳優。

蝋人形サラマンダ役の佳村さちかさんが偉く美形だった。
扉役・森了蔵氏はジャンポケ斉藤に似た風貌の気が違ったテンション、舞台中で喚き散らす。

マルセル・デュシャンの墓碑銘、「されど、死ぬのはいつも他人ばかり」は寺山修司の大のお気に入りの言葉。
「死ぬのは皆他人、生きるのも皆他人、愛するのも皆他人」がテーマか。人が皆持つ埋められない心の隙間(存在としての寂しさ)を、他人を使って埋めようとする。ほんのひと時それが埋められたように錯覚するが矢張り寂しい隙間風が吹いていく。

理屈や論理を無視して作中人物が必死になって訴えるある種のロマンチシズム、つかこうへい的な昂揚こそが見所。うえのやまさおりさんの熱演でしんいちの心が絆されるシーンが印象に残る。うえのやまさおりさんは素晴らしい女優だ。

寺山修司の愛用したデニム地のサンダル(今回は違った)を移動探偵社と称して、寺山がかつて覗きで捕まった町内に現れる探偵田口(永倉大輔氏)。転がる林檎を追ってきた。
そこに現れるのは前の探偵事務所の社長である扉(森了蔵氏)と蝋人形のサラマンダ(佳村さちかさん)。かつて田口はサラマンダと愛し合っていた。
事故死した恋人の移植された角膜を追うくるみ(うえのやまさおりさん)は、結婚直前のサラリーマンしんいち(贈人〈ぎふと〉氏)に付きまとう。その角膜には印象的な傷があり、“ジャガーの眼”と称されていた。

ネタバレBOX

唐組では40分✕三幕だったが、今回は120分一幕。何故かそれでもダイジェストのように感じてしまった。唐十郎作品には無駄なエネルギーが必須。どうでもいいことに命懸けになる“こだわり”に客は惹き付けられる。「何でこんなことにここまでこだわるのか?」、幾ら考えても理解不能。それこそが作品を引き摺るパワーの源なのだが、美術や小道具がイマイチ振るわない。
ラストの屋台崩しをどうするのか気になっていたが、セットが横にずれ、奥からスモークが焚かれSF調の半機械化したしんいちが帰ってくるもの。右眼から赤いライトの光を放ちながら。

矢張り唐十郎作品はそんなに好きになれない。寂しくて寂しくて堪らない人々が他人に無い物をねだっていくメルヘン。
赤い月 落ちた犬 聞こえますか 悲鳴

赤い月 落ちた犬 聞こえますか 悲鳴

横浜ボートシアター

ウエストエンドスタジオ(東京都)

2022/11/18 (金) ~ 2022/11/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

語りと人形の劇「犬」

“病んだ魂”。嫌な予感がして観に行ったが、ズバリの内容。仏教説話調の気の滅入る鬱話。漱石門下の作家、中(なか)勘助の1922年(大正11年)発表の小説が原作。仮面と衣装だけの人形二体を使って演じられる。下手の端の向かいに生演奏で劇伴を奏でる松本利洋氏、生ドラムの迫力。笛やギター、DTMを駆使して飽きさせない。上手に語り手の玉寄長政(たまよせちょうまさ)氏、下手に語り手の岡屋幸子さん。この二人が台詞なども担当。バラモンの苦行僧の操演はかわらじゅん氏。子供を孕んだ若き美しき娘の操演は奥本聡氏。

11世紀、アフガニスタンのスルタン(君主)、マームード(マフムード)はインドに17回侵攻、略奪と虐殺を繰り返した。イスラム教徒である彼等はヒンドゥー教仏教ジャイナ教徒を迫害し寺院を破壊して回る。北インドのクサカという町で森の中、苦行を続ける一人の老いたヒンドゥー教のバラモン僧。ハヌマーンに願を掛けて礼拝に通う若き美しき娘と出会う。娘の願について問い質すと、侵略してきた将校に犯され身籠ったこと、そしてその男のことが忘れられずもう一度逢いたいことを告白する。バラモン僧はその娘に七日間の清めの儀式を強要する。草庵で全裸になり、聖水で身を浄める娘。半生を賭した禁欲の果てに老僧が辿り着いた真理とは。

なかなか観られない邪悪な演劇。性的描写の過激さをもって、発禁処分を喰らった原作。「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」。

ネタバレBOX

二人が犬になるまでが面白かった。犬に化身してからは「語り」ばかりなので、もう少し絵的に見せて欲しかった。(二体の犬の人形も欲しいところ)。
話が佳境に入るとドラムが盛り上がり、岡屋幸子さんの台詞が掻き消されて聴こえないという勿体無さ。

『秘密集会(しゅうえ)タントラ』のような後期密教の思想を連想。全ての欲望、快楽を否定して煩悩を跳ね除け禁欲主義に生きることと、禁じられた全てを肯定して欲望のままに生きることは実は同じ道程なのではないか?という発想。
真言宗の開祖、空海の秘した禁断の『理趣釈経』の内容は性愛と煩悩の全肯定であった。
吾輩は漱石である

吾輩は漱石である

こまつ座

紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA(東京都)

2022/11/12 (土) ~ 2022/11/27 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1910年(明治43年)8月24日、43歳の夏目漱石は胃潰瘍の療養の為、伊豆の修善寺・菊屋旅館に滞在。胃疾患から来る800ccもの大量吐血ののち、危篤に陥る。16本のカンフル注射を打たれ30分後に意識を取り戻すが、その間臨死体験を彷徨っていた。(『修善寺の大患』)。
その6年後に逝去している。

今作は「夏目漱石はその30分間、何を見ていたのか?」の井上ひさし流解釈。宮沢賢治的な育英館開化中学(現在の高校)での不思議な遣り取り。漱石作品の登場人物達が大集結。

こまつ座初登場の賀来千香子さんが大奮闘。漱石の妻から複数の役をこなし、観客を盛り上げる今作の大黒柱。
旅館の女中役、栗田桃子さんも沸かせた。本当にカメレオンのような女優だ。

ネタバレBOX

予想を遥かに超えた失敗作。これ、井上ひさしの名前を隠して小劇場で演ったらボロクソ叩かれただろう。失敗作を観ている時はあれこれと改善案を頭に巡らせるものだが、今作では何一つ浮かばない。

ウディ・アレンに『さよなら、さよならハリウッド』と云う映画がある。かつて名声を勝ち得たが今では仕事もなく落ちぶれた映画監督、大作のオファーに再起を賭ける。しかしクランク・インの前日、心因的ストレスで目が見えなくなってしまう。それを隠し通しズブの素人に協力を頼んで何とか撮影を終わらせる。勿論出来上がった作品は見るに堪えない惨憺たるもの、罵詈雑言の批評を浴びる。『この拷問映画を観るべき人間は世界で唯一人、アドルフ・ヒトラーだけである』。
そんなことを思い出すような舞台。
私の一ヶ月

私の一ヶ月

新国立劇場

新国立劇場 小劇場 THE PIT(東京都)

2022/11/02 (水) ~ 2022/11/20 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★★

妙に気になって観に行った。今年5月に上演された『グリーン・マーダー・ケース』と『ビショップ・マーダー・ケース』が面白過ぎた、その演出・脚本の須貝英氏の新作オリジナル脚本。全く想像がつかない。
三つに分けられた舞台。下手は大学図書館の閉架式書庫の事務室、中央はコンビニのレジ、上手はコンビニに隣接している民家。三つの物語が同時進行で淡々と語られる。図書館では司書(岡田義徳氏)のもとに新しく入ったバイトの女の子(藤野涼子さん)がやって来て自己紹介。レジでは疲れ果てた常連の青年・拓馬(大石将弘氏)が毎日毎日昼飯を買いに来る。民家では泉(村岡希美さん)が季節外れの風鈴を吊るし、赤い日記帳に日々を綴る。その家のじいじ(久保酎吉氏)とばあば(つかもと景子さん)。
登場人物の基本は東北訛り、司書だけが標準語。
三つの時間軸が段々と溶け合わさって、何の話だったかが解けていく。

藤野涼子さんが超可愛い。人懐っこい照れ隠しのような笑みがにやにや零れ落ちて、空間がじわじわ明るくなる。母からの誕生日プレゼント、白いコートを着てみせるシーンは至極。村岡希美さんとの遣り取りがズバリハマった。「ウゥワフー、フゥワフゥワー」と鼻唄のようにスキャットしながら踊る二人。遊ぶ子猫のようにずっと見ていられる。

母からの手紙に16年掛けて娘が返信するような物語。照明が秀逸。

ネタバレBOX

演出がやり過ぎでホンの持ち味を損ねているように感じながら観ていた。この話の伝え方にこのやり方が正解なのか?ひたすらコンビニで買い物する日々の描写が無駄。だったら明結(あゆ)の山手線から見た世界の素顔を描写してくれ、と。(逆に実験的なこの語り口を評価する人も多数いるだろう)。
だが、司書の正体が父母の幼馴染のフジ君だったことが分かると話の全体像が見え、ホンもイマイチ好きになれなくなる。登場人物全員を絡めていくキャラメルボックス・スタイル。幼馴染の死を作品として昇華(舞台化)することを自負して語るフジ君、それに醒めた眼をして白ける泉。置いていったそのチラシを見て東京の小劇場まで舞台を観に行くじいじ。その舞台の「皆が悪かったのよ」の台詞に深く傷ついてしまう・・・。

何か継ぎ接ぎだらけの、付箋で注釈が一杯貼られた脚本。話し合いを重ねすぎて均された民主的な不恰好さ。いろんなテーマが飛び散って取り留めのない様は『猫、獅子になる』にも重なる。

だが然し、何と言っても藤野涼子さん演じる明結(あゆ)が素晴らしい。こういうキャラを生み出すセンス。相米慎二や大森一樹が斉藤由貴で撮ったアイドル映画のような空気感。昔、角川春樹がよくやっていた手法で、集客は人気アイドルに任せ、内容は野望のある若手に好きに撮らせる。(最近は秋元康が似たようなことをやっている)。凄く気の滅入る物語をアイドル映画に仕立て上げるコントラプンクト(対位法)の面白さ。

2005年9月、介護サービスのブラック企業で過労死寸前の日々を送る拓馬。昼食は実家のコンビニで買うことにしている。人手が足りず店先に誰もいないことも多い。そんな時は勝手にレジを打って金を入れていく。レジの金が合わないことが多くなり(拓馬のせいではない)、両親は拓馬に開けられないようにレジを設定。誰もいない店で呼べど叫べど誰も来ない。レジも打てない。実家にさえ拒絶されたような気持ちで絶叫し計算機を叩き付け踏み付け商品を置いて帰る。家でゲームに没頭して会話に応じない拓馬に、妻の泉は痛烈な言葉をかけてしまう。「あんた、本当にいてもいなくてもおんなじね」。次の日、山で首を吊る拓馬。
一ヶ月の空白。11月から泉は日記を書き始める。今の自身の赤裸裸な気持ちをいつか娘の明結(あゆ)に読んで貰う為に。
18の誕生日、父の死が自殺だったことを明かされ、日記を手渡される明結。
2021年11月、東京の大学に通っている明結は両親の幼馴染で親友でもあったフジ君が働く図書館でバイトを始める。

泉にとって季節外れの風鈴が首を吊った拓馬のことを忘れてしまう自分自身への戒めであったこと。

明結が現在の自分の一ヶ月を散文詩にしたためて母親に送るラスト。それを添削したフジ君との合作のよう。
泉は静かに肯き「有難う。」と微笑む。
藤原さんのドライブ

藤原さんのドライブ

燐光群

座・高円寺1(東京都)

2022/11/04 (金) ~ 2022/11/13 (日)公演終了

実演鑑賞

満足度★★★

1930年岡山県の離島、長島に初の国立療養所「長島愛生園」が誕生。ハンセン病(らい病)患者の隔離施設。患者は子孫を残すことが許されなかった。1943年に治療法が確立されたにも関わらず、島と内地に橋が架かったのは1988年。世界的にも類を見ない日本特有の差別と偏見の日々。

現代のコロナによる隔離施設を長島に設定し、二つをだぶらせて綴るSF。
スカイラインを駆り、療養所仲間を乗せて何処までもドライブする藤原(猪熊恒和〈つねかず〉氏)さん。モデルは立花誠一郎氏。スカイラインの大道具が良い出来。二人の人力で動く巨大な台車。
藤原さんは皆を故郷に連れてってやる。だが、皆実家には帰らない。遠くから懐かしい景色を眺めるだけ。“穢れ”の思想が色濃い日本で、親族に迷惑はかけられない。穢れて棄てられた者達は誰にも見えない場所で隠れて暮らすしかない。

ネタバレBOX

面白いとは感じなかった。ハンセン病に絞った方がいい。コロナネタじゃ弱すぎる。現代の社会不適合者、棄民の物語として引っ括めるべき。植松聖のエピソードも意味が無かった。

未だに決着のつかない日本人のタブー、“心失者”は安楽死させるべきとの植松の提言。
重度の知的障害のある娘を持つ和光大名誉教授の最首(さいしゅ)悟氏は彼への手紙に『そしてわからないからわかりたい、でも一つわかるといくつもわからないことが増えているのに気づく。すると、しまいにはわからないことだらけに成りはしないか。そうです。人にはどんなにしても、決してわからないことがある。そのことが腑に落ちると、人は穏やかなやさしさに包まれるのではないか。』と綴った。学問の目的は“分かる”ことではなく、“分からない”を知ることだ、と。

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