苺と泡沫と二人のスーベニア
ものづくり計画
上野ストアハウス(東京都)
2020/02/05 (水) ~ 2020/02/09 (日)公演終了
満足度★★★
今を生きる27歳の女性達の姿を描いた公演。物語は屁理屈ではなく感情、それも恋愛感情を中心にして展開していく。構成は本筋と脇筋があるように思えるが、本筋と思える主人公-海沢みなみ と實方研二郎の恋愛模様が上手く表現出来ていないのが残念。逆に脇筋である みなみ の高校時代からの友人達の姿を通して27歳の女性の考えなり行動の一端が分かり易く描かれているが表面的だ。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは、上手側に居酒屋テーブル席、中央は一段高い段差を設けた深夜スナック?、下手側は壁際に椅子2脚のみ。柱のようなもので空間を区分しているが、居酒屋・スナックという場所を作り込んでいない。このセットはシーンに応じて居酒屋、スナックという空間を共有していることから、それぞれの空間を固定させない工夫。
物語は、2人が付き合いだして6年が過ぎ、最近お互いの気持が解らなくなってきた。そろそろ”結婚”という言葉もちらつき始めたが、何となくチグハグした気持と行動。その結果、みなみ は別れることを決心し、新しい恋愛へ…。この本筋が、何故気持が解らなくなってきたのか、その描き方が弱い。一方、みなみ の高校時代の友人5人は27歳の等身大の女性を描く。と言っても早い段階で自己紹介(名前と職業など)をするだけで、それ以降も1人ひとりを掘り下げた描きがないため群像劇にもならない。2人の恋愛でも群像劇でもない中途半端な印象だ。ここに映画と演劇の観せ方の違いがある。フライヤーにある”私たちのたしかな賞味期限”という、20代半ばの焦燥のようなものが透けて見えるだけで、切実度は弱い。
物語で印象的なのは、女性の27歳というのは恋愛や仕事にも微妙な年代であるということ。年齢をもって容姿や思考を云々する理屈よりも、優等生面の友人の不幸を面白がる、SNSで絡まなくなる(連絡なし)などリアルな感情表現が面白い。例えば高校時代から優等生で仲間内で唯一結婚している浅野京子、彼女は地方銀行に勤めたが、合併の影響でリストラされ再就職は難しいという状況。そして夫からは離婚を迫られるという悲哀、それを面白がる姿も…。また保育士の給料が13万という台詞から、経済的に生きづらい実態を語る。こちらの脇筋が27歳女性-賞味期限-が実にリアルに伝わる。その意味で本筋と脇筋が上手く絡まれば、もどかしく表現し難い感情がもう少し伝わると思う。
物語の途中でダンスや歌(カラオケ)といった観(魅)せるサービス? 物語を分断しない工夫をしながら挿入する。舞台セットの色使い(白いテーブル・椅子、赤い敷物、段差ある上部はピンク)や外観、物語の展開の印象はポップ調。明るく元気な芝居は楽しめた。
ちなみに、たびたび出てくる苺ケーキは、その昔言われたクリスマスケーキ(25日→女の25歳過ぎ)の売れ残りの比喩であろうか?
次回公演も楽しみにしております。
舞台「盆栽」
ALPHA Entertainment
渋谷区文化総合センター大和田・伝承ホール(東京都)
2020/02/05 (水) ~ 2020/02/09 (日)公演終了
満足度★★★★
登場人物は6人、そのうち日本人は1人(女性)。他はアメリカ人、イギリス人といった設定である。正確に言えば日本人も結婚しており日本国籍ではないかもしれないが…。物語は生まれ育った環境、それぞれの国の伝統・文化の違いを、「盆栽」を介して浮き彫りにする。「盆栽」が日本人の心の象徴なのか分からないが、何かを介在させて 生活習慣、考え方などの違いを描くことで、夫婦のありようを考えさせる。
物語に必要な介在物は「盆栽」でなくとも説明出来ると思うが、その何かを利用して夫婦、隣人にまで広げた人間洞察・関係を巧みに描き出す。些細なことでの口論を盆栽ならぬ仲裁をする人がいないことから会話が漂流するように漂い、行き違い、誤解など そのかみ合わない様が実に面白い。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台セットは主人公夫婦 ベン(森岡龍サン)とミカ(大谷麻衣サン)が住む集合住宅のダイニングキッチン。中央にダイニングテーブル、上手側にキッチン、下手側にソファーと”盆栽”がある。もちろん小物等も充実しており、セットを事細かに説明しきれないほどだ。
物語は日常を描いていることから、時間的な経過は照明の諧調によって表す。また音響等は会話劇であることを意識している。その意味で、舞台技術は物語のコミカルな丁々発止とは異なり、現実感そのもの。舞台セットと技術というしっかりした枠があるから、物語が日常という世界に収まる。そして日常の夫婦関係における確執や軋轢が浮き彫りになってくる。登場する人物の性格や仕事、その立場などが騒々しい会話の中で自然と説明させる上手さ。
面白いのは、アメリカ人である夫ベンが良く言えば大らか、悪く言えばマイペースといったところ。妻ミカ(日本人)は、物事に細かく、決まりごとを建前にする、といった設定のようだ。この夫婦をアメリカ、日本人の代表のように描く。冒頭の目覚まし時計に関するうん蓄はその典型的な会話。
逆に「盆栽」の精神的な効用を説くのはベン、ミカは興味もない様子。何かの価値判断は、人それぞれ、日本人(ミカ)≠盆栽にしないところに、この物語の妙がある。
後日追記
クリシェ
ティーファクトリー
あうるすぽっと(東京都)
2020/01/29 (水) ~ 2020/02/02 (日)公演終了
満足度★★★★★
自分では、完成度の高い舞台芸術を観たという印象だ。脚本、演出、照明・音響といった舞台技術はもちろん、役者の演技力が素晴らしかった。
タイトル「クリシェ」は、サスペンス映画の名作へのオマージュ、紋切り型のメロドラマのことらしい。タイトルを意識した公演は観応え十分だ。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは、正面に豪華なソファーとテーブル、上手側にピアノやサイドボード、下手側に二階部への階段が設えてある。後方に立てた棺桶と更衣室のような立方型スペース。登場人物の幼女期はドール人形を用い、現在と過去との肉体(美貌)的な違いと独特で幻想的な雰囲気を醸し出す。
物語は、”元気な死体”がストーリーテラーを担い、同時に物語の謎解きをする探偵の役割を果たす。豪邸に住んでいる元女優2人。しかしまだ現役として、そんな自意識の下、プライドも高く我が儘。この人物を還暦を迎えた「女優」2人(加納幸和、川村毅)が実に面白おかしく、時に切なく演じる。後日追記
パズル
A.R.P
小劇場B1(東京都)
2020/01/28 (火) ~ 2020/02/02 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
初日観劇。
物語は、いくつかの場面をピースとして はめ込むような展開で、まさしくタイトル「パズル」である。例えば、後方モニターに「権謀術数」「疑心暗鬼」等の文字が映され、そのイメージシーンがカット割りというか繋ぎ合わせのように描かれる。それぞれが独立して描かれるが、これがどう収斂されていくのか、実に巧い導入である。舞台セットや台詞から後々重要な関連が…そんな関心を抱かせる巧みさ。
当日は、関東地方に降雪予報、実際は降雨・寒風であったが、観劇後は心温まる、そしてコメディとしての醍醐味がしっかり味わえる笑作、いや秀作である。
この劇場は2方向から観劇でき、場内スタッフは出入り口から左側が観やすいと案内していたが、ミニ椅子だったため あえて右側の席(当日は自分だけ)へ。入口近くのコーナー付近であれば、それほど観難くないと思う。逆にこちら側でなければ観られないであろう役者の表情が間近で観ることができ、さらにはカーテンコール(写真撮影も可)では自分だけに挨拶してもらったようで少し嬉しかった。
(上演時間1時間45分)
カラカラ。
劇団もっきりや
阿佐ヶ谷アルシェ(東京都)
2020/01/23 (木) ~ 2020/01/26 (日)公演終了
満足度★★★★
鋭く重い問題提起をしたような公演。説明文にある原因不明の病気が発症し、患者はカラカラにひからびて体内発火を起こすという。国は患者を隔離し施設内だけで生活させる。何となく日本であったある病気と国の対応を連想させる。原告は国を相手取り裁判を起こし国家賠償を勝ち取ったと記憶している。
時々、笑いを誘う台詞もあり、観せることにも配慮した好公演。
(上演時間1時間35分)
ネタバレBOX
舞台セット…周りは暗幕、正面奥は紗幕があり別場所を表し、客席側は上手・下手にそれぞれ施設長の執務机・医師の診察机が白シーツに被われている。その白黒といった雰囲気が怪しく、物語の概観を表しているようだ。
先に記したカラカラ病の体内発火は本当なのか?デマ、噂のたぐいで風評そのもの。それによって理不尽にも施設に隔離され、生活範囲を制限する。何となく日本におけるハンセン病を連想させる。施設内という場所だけではなく、就学・就労・結婚差別(公演では遺伝子レベルの病のため妊娠不可)など様々な差別や偏見などがあったと聞く。それは物語の台詞にある善良な市民によってである。さらに言えば身内でさえも患者を隠蔽せざるを得なかったらしい。
本公演では「自由」の論議として「liberty」「freedom」を持ち出し、自由を主張する、要は自由を勝ち取らなければならないのが前者であると。「自由」と一概に行ってもその権利獲得の有・無が施設内・外にある「自由」の違いである。そこにアウシュビッツ強制収容所の”働けば自由”という歪曲した論議まで飛び出す。
「差別」「自由」を強調した物語だが、さらに「特別」という隠蔽手段・手法を描いている。臭い物に蓋をするだけではなく、そうした環境下における「特別」な計らいで隠しておきたい事柄を正当化する嫌らしさ。根拠のない差別や制限、さらに怖い国家権力による「紙一枚」による理不尽な強制”力”をまざまざと描いた批判劇。
今の世はインターネットを通じて情報が瞬時に得られるようになったが、その内容は混合玉石、必ずしも全てが正しいとは限らない。逆に言えば虚偽で人を陥れるようなものもある。国の施策に注視し、自分で考え行動する、そんな当たり前のことが風評によって左右される怖い世の中であることを痛感。
次回の公演も楽しみにしております。
『大人の銀河鉄道の夜』
お茶の間ゴブリン
上野ストアハウス(東京都)
2020/01/22 (水) ~ 2020/01/26 (日)公演終了
満足度★★★★
自分の人生は自分のもの、そんな当たり前のことが分からなくなる時がある。その時に現れるのが上野公園、国立科学博物館前のSL銀河鉄道である。その(始発)駅は既に廃駅になっている「博物館動物園駅」から飛び立つと…。人生の岐路 迷ったとき、いろいろな人からのアドバイスを受けるが、最終的に決めるのは自分だ。それまでの地位や名誉、さらには美貌などもいつかは無くなり衰える。それに しがみ付くことなくしっかり考え生きていく。かと言って迷い考え過ぎて決断できない、それも何かの時機を逸してしまう。
そんな「大人の思考」...銀河鉄道の旅というファンタジーな世界観で堪能させる秀作。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは形状の異なる箱馬が並べられ、物語が展開するたびに置く位置や組み合わせを変え情景を演出する。後ろは市松模様の床、後景は少し高い箱馬が見える。そのシルエットは高層住宅をイメージさせる。箱馬に刻まれた彫刻模様への照明は、幻想的な効果=銀河への旅立ちを印象付けるもの。ただ銀河鉄道のイメージはこのシーンだけ。出来れば、暗転時に大掛かりでなくても豆電球の点滅などで雰囲気作りが出来ないだろうか。これも小ネタにある、小劇場的な制約か大人の事情だろうか?
物語は岡田奈津美(大手企業OL)と飯田梨花(水商売 Bar)という2人の女性が、キャリアか恋か、もっと言えば自分は何をしたいのか?そんな悩める姿を通して、誰もが経験するような思考を共感させる巧みさ。もちろん、この物語のタイトルから「銀河鉄道999」を連想させ、さらに「銀河鉄道の夜」や「青い鳥」といった基の物語の枠組みを上手く盛り込んでいる。もともと寓話性が強いが、本公演はパロディとして上書き、敢えてそれを強調する手法で独自の演劇スタイルを構築しているところが好い。
後日追記
なにをシェアするハウスター
チームホッシーナ
赤坂RED/THEATER(東京都)
2020/01/22 (水) ~ 2020/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
常識や普通って何?誰か第三者の目を通して見た、感じたあやふやな基準によって縛られるのか。そんな意味深な問題提起をするような物語。逆に言えば、シェアハウスの住人は自由人、第三者から見れば少し変わった人たち。しかし変わっていると思うことが「常識」「普通」といった先入観、偏見によるもの。何となく理屈っぽく思えたが、それでも人物設定の妙とその個々人の立場、キャラクターを立ち上げた役者の演技は面白かった。
そしてゲスト(木村花代サン)をこのように演出するとは…笑いの中にも、しっかり観せ聴かせていた。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは、シェアハウスの建物外観を表す木材支柱。中央手前にダイニングテーブル、椅子、後方にソファーという団欒空間。木枠による構図や室内ブランコを持ち込むことで空間的な広がり、そこに”自由”というイメージを持たせる。一方、テーブルやソファー、収納BOXなどは暮らしといった日常を演出している。その歪というか不思議なバランス感覚は物語の概観をイメージさせており、巧みな演出だと思う。さらに空間的な広がりは客席通路を用い室外も演出する。物語の展開を分かり易く、そして内的心情を表出している。役者は個々人のキャラクターを立ち上げ、ミュージカル風として楽しませるサービス精神も好かった。
物語は母、娘が女性専用のシェアハウスに入居することによって起きる騒動を寓話的に描いた秀作。登場人物に負わせた性癖、立場、環境による偏見や差別を通して、何が「普通」かを問う。観せ方はユーモアを交えた描きであるが、そこに潜む問題提起は広範で鋭い。登場人物はゲイを通じて性的少数者(LGBT)、帰国子男(日本人だが英語で話し、アメリカでは外国人として差別)、コスプレオタク(いつまでも追っかけ独身?)、男性(恋愛)依存の傾向など、いろいろな”癖”のある人々だが、それが世間に理解されず受け入れてもらえないもどかしさ。その不寛容さが、少数の性癖者等にとっては息苦しい社会(世間)になっている。
一方、マンガ「めぞん一刻」に登場する美貌の管理人・音無響子さんといったイメージの大家兼管理人が普通の人の代表しているようだ。そしてハウスで起こった事件を通して、普通=何か目に見えない(世間体?)のようなものに縛られ自由に振舞えないといった悲哀が透けてくる。
ちなみに説明にあるセーラー服のスカートが嫌(否)という理由が”何となく”というもの。もう少し説得力のあるとよかったが…。
次回公演も楽しみにしております。
イヨネスコ『授業』
楽園王
サブテレニアン(東京都)
2020/01/21 (火) ~ 2020/01/26 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
未見の不条理劇…自分にとってこの公演が今後の同作品の基準になる。たぶん、本公演は文章でいう倒置法のような描き方になっているのではないか。つまり結論が先になり、その説明を順々に展開していく。そうすることで難解と思われそうな公演を解り易くする演出的な工夫である。確かにその面は良かったが、逆に不気味に逆転していく立場と言った不条理の醍醐味が弱くなったように思えたのが残念だ。
(上演時間1時間20分)【Aチーム】
ネタバレBOX
舞台は一方向(2段)からの観劇。上手・下手側の中間に白線が引かれ、基本的に左右対称の配置。長テーブルを挟んで椅子2脚。壁には額縁と時計が掛けられている。そして部屋番号のような表示があったが、女中マリー(小林奈保子サン)の台詞から犠牲になった生徒の人数のようだ。
冒頭は、上手側に生徒1(杉村誠子サン)が手錠をしたまま うつ伏せに倒れているところから始まる。犯人は個人授業を受け持っていた教授(岩澤繭サン)が激怒して刺殺した。
本来「授業」の登場人物は教授と女子学生、そして女中の3人らしい(正確には解らない)。しかし本公演では生徒1・2と2人登場させ、物語に幅(1人の生徒に算数と言語学の授業をするところを生徒2人の場面に分割)を持たせ不条理を際立たせようと試みているようだ。そして教授は血気盛んな女性教師と設定している。そこに同性同士、年齢的に近い教える側と教わる側の微妙な立場を確立する。
下手側スペース、生徒2(日野あかりサン)は手錠をしたまま、言語学的な講義を受けている。分かったような分からないような珍妙な台詞が威圧的に述べられ困惑している。生徒は教授の狂騒的な饒舌に辟易し歯痛?を訴え始める。
次に上手側スペース、生徒1は博士号の試験に合格するため、教授の個人指導を受けている。授業は初歩の算数から始まり、生徒1は教授の出す足し算の問題には正答するが、引き算になるとその概念を理解していない。だんだん教授はイラつき女子学生に対して威圧的になる。教授・生徒「支配・被支配」の立場が際立ち、教授は生徒に対して攻撃的になり、生徒は意気消沈していく。こちらも歯痛を訴える。
生徒の出来の悪さに逆上した教授は、生徒をナイフで刺し殺す。教授は打ちひしがれた様子だが、女中はもうんざりと言った雰囲気。なぜなら、この日、40人目の犠牲者だからだ。この生徒1がうつ伏せになっていた冒頭シーンへ回帰(実際は別の犠牲者。38人目と40人目)させているかのようだが…。本来の「授業」は教授と生徒の態度というか精神的立場が逆で、それが授業を通じて徐々に支配・被支配へ逆転していく展開、その不条理の構図が観えてくると…。本公演は冒頭から(女)教授の狂騒が描かれ、場景の変化という見せ場が弱かったという印象で勿体なく思う。
次回公演も楽しみにしております。
「朝日のような夕日をつれて」
株式会社STAGE COMPANY
本所松坂亭(東京都)
2020/01/14 (火) ~ 2020/01/19 (日)公演終了
満足度★★★★
物語は説明から「ゴドーを待ちながら」をベースに2つの世界が交錯しながら進んでいくと…この物語に主人公は姿を現さないのだろうか。その主人公が抱える不安や寂しさが舞台上にいる男優5人によって浮き彫りにされていく面白さ。作は鴻上尚史氏、演出は逸見輝羊氏である。当日パンフに逸見氏は、つかこうへい 作品の演出しかしたことがないと記している。つか作品らしい熱量ある演出・演技であるが、やはり別ものであり それはそれで十分楽しめた。
卑小なことだが気になるというか…。
(上演時間2時間弱)【EXver.】
ネタバレBOX
暗幕で周りを囲った素舞台。それだけに役者の力量が問われるが5人とも熱演。演技は良かったが、1人だけ汗だくで顔から汗が滴る。最前列で観ていたが、何故か気になった。
後日追記
『nine write』
ARC(An Reve Connecter)
新宿スターフィールド(東京都)
2020/01/15 (水) ~ 2020/01/19 (日)公演終了
満足度★★★★
木を隠すなら森の中…そんな言葉を連想させるような物語。物語はサスペンスミステリーといった展開であるが、場景は怪(妖)しげな雰囲気を漂わす独特な世界観。謎解きとしては少し解かり難く、自分が観た回では、終演後に観客数人がキャストに確認していたほどだ。公演全体としては雰囲気とキャストの演技に魅せられた、と言った印象だ。
(上演時間2時間)【Bチーム】 後日追記
ネタバレBOX
セットは、上手側に大きな時計、正面には緋色カーテンと窓、下手側に絵画という不気味な雰囲気の山荘内。登場人物分の椅子が置かれ、シーンに応じて配置を変える。
山荘の主人が”ある物語”を書いてほしいと依頼。もちろん謝礼は高額だが書く内容は条件付き。ある災害を背景にすることだが、ここに集まった全員はその事件に関わっているという曰くつき。
スノー・ドロップ
感情7号線
劇場HOPE(東京都)
2020/01/11 (土) ~ 2020/01/19 (日)公演終了
満足度★★★★
2020年と2026年の時間軸の違う物語と、さらに時間の概念とも言えるような別次元を描いた技巧的な作品。
時間軸が表層的な物語とすれば、別次元の話はどうして2020年と2026年の思いが繋がっているのかを説明する挿話的なシーン。それは時間軸にある物語として観るというよりは、失われた時間をどう描くか、その”思い”の大切さを表している。さらに2020年の観点と2026年の観点で描いているから、どの時点なのか考えて観るのが煩わしく思える。それでも公演に通底する優しさ、温かさは伝わる。
(上演時間2時間弱)【Bチーム】 後日追記
ストリッパー物語
URAZARU
オメガ東京(東京都)
2020/01/15 (水) ~ 2020/01/19 (日)公演終了
満足度★★★★★
つかこうへい の「ストリッパー物語」は未見だったから、自分ではこの素晴らしい公演が今後の基準になる。ストリッパーとそのヒモの究極の愛情物語。人に後ろ指さされようが蔑まれようが愛する人のため、その一途な思いが圧倒的な迫力をもって描かれる。その熱き、そしてピュアな思いが観客の魂を揺さぶる力作。冒頭の妖艶にして力強いダンスパフォーマンスが公演全体を象徴しているかのようだ。
全てにおいて、本当に観応えがあった。
(上演時間2時間)【青組】 2019.1.28追記
ネタバレBOX
舞台セットにはいくつかの箱馬があり、それを組み合わせることで時々の状況を作り出す。物語の表層はストリッパーとそのヒモの愛憎劇であるが、なぜか離れられない女と男の奇妙な縁が描かれる。それは理屈で論じるようなことではなく、生身の人間が生きている それだけで素晴らしいと思わせる力強い物語だ。もちろんヒモの娘の夢を投影してかつての自分の夢を語る、そこに生きる-夢や希望といった未来志向が見えてくる。しかし事情があって果たせなかった夢を…。
本筋はストリッパーの明美(月海舞由サン)とヒモのシゲ(高橋ひろしサン)、脇筋がヒモの娘・美智子(酒井瑛莉サン)との心情やストリッパー小屋の人々との交流を上手く織り交ぜることによって、本筋の2人の愛憎が鮮明に浮かび上がる。つかこうへい作品らしく、独特な(力強い)台詞回しが印象的だが、本公演の魅力は、動静二面を巧みに交差させ平面的な描きにしないところ。例えば、現実のシーンは人物がその性格、立場や情況に応じて罵詈雑言、心情吐露を荒々しく動的に強調するが、一方、娘からの連絡は手紙といった情緒ある静的に描く。現代のようなインターネットという手軽な通信手段ではなく、「手紙」を巧みに取り入れることによって一定の期間が必要、その静止/朗読が昭和という時代背景と相まって哀愁とも思える絶妙な余韻を残す。
堕ちるところまで堕ちる、その怠惰というか惰性的な台詞とは裏腹に愛憎に潜む”真情”を認め合う、それは形を変えた純愛にも思える。場末のストリップ小屋を舞台にしているが、なぜか格調高く清々しく思えるような公演。もちろん時代に合った音楽選曲、心情・状況を演出する暖色系照明など舞台技術も効果的であった。
次回公演も楽しみにしております。
寓話のゴーグル
Pave the Way
劇場MOMO(東京都)
2020/01/13 (月) ~ 2020/01/19 (日)公演終了
満足度★★★★
物語が進むにつれて内容が深堀されていくような重層的な公演。冒頭は在り来たりに思えたが、タイトルにある寓話は主人公の深層心理を表し、ゴーグルはその透視アイテムといったところ。何となく観せ方がセンチメンタルのようにも思えたが、一方、この場に集められた無くて七癖の人々の悩み、その思いが単純な”お涙頂戴”ものと一線を画す。そこにこの公演の面白さがある。
(上演時間2時間)【Aチ-ム】後日追記
十二人の怒れる男 -Twelve Angry Men-
feblaboプロデュース
新宿シアター・ミラクル(東京都)
2020/01/10 (金) ~ 2020/01/20 (月)公演終了
満足度★★★★★
映画でも有名な物語であるが、演劇と映画を比較することはナンセンスかもしれない。しかし、それぞれの特徴を示す観せ方を感じることができ大変興味深かった。まず演劇はよほどのことがない限り、当初座った客席(場所)から動かない。その意味では定点観劇といえるだろう。一方、映画はカメラ位置、その撮影方法によって色々な観せ方をする。例えばアングル(といっても室内だけだが)、表情のアップなどの切り取りは提供(上映)された印象(映像)に止まる。もちろん観る人の感性によって違いはあるが…。
演劇は、個々人の表情を生(ナマ)で間近で感じる迫力がある。また映画はアップになった時、それ以外の人々の表情や動きが分からないが、演劇(3方客席)は登場人物の全体感を観ることができる。だから台詞のある人物だけではなく、他の人物を注視することも可能だ。視覚という直接的な刺激は、小説などの脳内想像とは別の意味で、観ている人の脳裏に強く印象付ける、そんな観応えある公演だった。
(上演時間1時間55分)2020.1.16追記
ネタバレBOX
原作は室内法廷劇の傑作として有名。多くの劇団で上演されており、その作品をどう観せるかに興味が惹かれる。舞台セットは極めてシンプルで、テーブルを囲み12人の男が座る。
梗概は、暑い夏の午後、1人の少年が父親殺しの罪で裁判にかけられる。無作為に選ばれた12人の陪審員たちが、有罪か無罪かの重大な評決をする。しかも全員一致の評決でないと判決はくだらない。法廷に提出された証拠や証言は少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信していた。意思表明の結果、有罪11票、無罪1票。それから男たちの討論は次第に白熱したものになっていくが…。
この作品は民主主義そのものを問う。その民主主義は特定の人種・民族に帰属するものではなく、あらゆる人間に対して平等でなければならない。登場する12人の陪審員は、まさにアメリカ社会の縮図。彼らの背景は、それぞれ貧困(民)育ちや移民というマイノリティ層、そのマイノリティに対して人種差別攻撃を繰り返す独善的な人。また、この場においてリーダーシップを発揮しようとしたり、冷徹な論理者、知性豊かな老人、そして事件そのものに無関心な陪審員など個性(?)豊かな登場人物。
アメリカという国の特色を滲ませた作品をどのように伝えるか。民主主義…偏見に満ちた態度はやはり問題を浮き彫りにさせる。そのバイアスを介して人(少年)の生死という究極の判断を迫る緊迫した場面。映画のワンシーンと違い、芝居では室内にいる陪審員の全員を俯瞰できる。その意味で観客は13番目以降の陪審員としてその場に臨んでいるようで観応え十分であった。偏見を介在させることで法廷劇の醍醐味であり真実の見方に挑む。偏見を排除するのは難しいく、偏見は真実を曇らせる…は法廷劇らしい。
激熱した会話の応酬が緊張した雰囲気を作り出す。会話だけではなく立ち座りの動作にそれとなく意味があり、立場の強調が表れている。動作と言葉(台詞)が緊密に連携しているように感じられ上演時間2時間弱がアッという間に過ぎたように思う。それだけ役者の演技、それを演出した舞台。実に濃密で観応えがあった。
次回公演も楽しみにしております。
昭和歌謡コメディVol.12
昭和歌謡コメディ事務局
ブディストホール(東京都)
2020/01/10 (金) ~ 2020/01/13 (月)公演終了
満足度★★★★
新たな舞台設定…築地の寿司屋シリーズになるのか?前回は学園ものであった。ソバ屋シリーズが長く続いていたことから、しばらくは試行錯誤といったところか。しかし この寿司屋の物語は自然というか納得の人物設定、ソバ屋シリーズに通じるものがあり、人情劇としては面白い。それと白石まるみサンのキャビンアテンダント姿など、観(魅)せてくれる。
第2部はカマダセイコサンがトップバッターとして大いに盛り上げて楽しませてくれた。歌謡ショーとして懐かしい曲を次々と聞くことが出来て満足。さらに1部同様、ずいぶんと体を張ったシーンもあり、サービス精神旺盛だ。基本的に芝居+歌謡のスタイルは変わらないが、今回の歌謡はじっくり聴かせるといった印象を受けた。
(上演時間1部60分 2部60分 途中休憩15分)【ゲスト:直江喜一】
共演者
2223project
小劇場 楽園(東京都)
2020/01/09 (木) ~ 2020/01/15 (水)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
高校時代の女友達4人…開演まじかの楽屋で丁々発止のバトルトーク。4人の性格がしっかり描かれ、それぞれの立場でものを言う。その激情・激高した姿は、もしかしたら等身大の女優の姿を思わせる。一方、その激しさは声量との関係で、楽園という狭い劇場(舞台)にしては大き過ぎるようにも感じる。できれば激高とその裏返しのような陰湿的なネチネチとした物言いがあったら、もっとメリハリが効き感情表現が豊かになったと思う。
この劇中…劇団ハネムーンは、女性の生き方、幸せ感、恋愛観、また嫌悪、嫉妬など色々な表情を観(魅)せている。役者が「共演者」を意識して演じているとすれば、それを観ている自分は「共感者」として感情を揺さぶられた気分だ。
ちなみにストーカーによる中傷手段は、直接的ではなくという現代社会の特徴、その怖さも垣間見える。
(上演時間1時間30分)
ネタバレBOX
舞台は楽屋。この劇場の真ん中にある柱を上手く利用し、2方向の客席に向かって女優2人づつを配す。
ものすごい覚せい剤
宇宙論☆講座
JOY JOY THEATRE(東京都)
2019/12/28 (土) ~ 2020/01/01 (水)公演終了
実演鑑賞
【飲酒回】観劇。上演未完了と思われるため☆評価なし。
場内に入ると、赤ワインが振る舞い酒として用意されており、出演者や先に来ていた観客が飲んでいた。既にずいぶんと怪しい雰囲気になっており、上演時間が正確に案内できない状態だ。とりあえず会場の退館時間である21時がリミットだという。18時開演であるから3時間は上演可能であるが、本当に21時まで行った。にも関わらず、嘘かホントか分からないが台本の1/3までしか進まなかったという。さらに機材も故障したとかしないとか真偽のほどは分からないがドタバタは半端ない。これも全て計算ずくであれば戯作者としては大したものだが…。
(とりあえず上演時間3時間)
Touch ~孤独から愛へ
東京演劇集団風
レパートリーシアターKAZE(東京都)
2019/12/24 (火) ~ 2019/12/25 (水)公演終了
満足度★★★★★
クリスマスイヴに素晴らしいプレゼントをいただいた。もちろんこの公演のことである。劇中繰り返し言われる”デッド・エンド・キッド(行き止まりの子ども)という台詞は、2019(令和元)年にも色々なことがあった自分を勇気づけてくれた。物語では、自分の弱さを認めることで、生きていく 力 が湧いてくるといった印象を受けた。その3人芝居は、ウイットに富み、時折ユーモアを交えた台詞は心のひだに分け入ってくるようだ。
そして1,000ステージの上演を重ねている劇団の代表作らしく、劇場に堆積した”生きる勇気と励まし”といった劇団員の思いがしっかり伝わる秀作。
(上演時間2時間 途中休憩15分)
ネタバレBOX
劇場に入った途端、そこにはアメリカ合衆国・ペンシルバニア州フィラデルフィアのダウンタウンにあるアパートが出現する。後日追記
埋める日
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OFF OFFシアター(東京都)
2019/12/19 (木) ~ 2019/12/23 (月)公演終了
満足度★★★★
葬儀を通して しっとり と 時に激しくぶつかり合う3姉妹の物語。葬儀という非日常に日常の生活が見え隠れし、その間にある感情や思い出を埋めていくような珠玉作。
特に舞台セットの緻密さと3姉妹を演じた女優陣が良かった。リアルに研ぎ澄まされた台詞が呟かれたと思えば緩い笑いを挿入する、その硬軟織り交ぜた紡ぎ方は作・演出の中村匡克氏の手腕。
(上演時間1時間20分)
ネタバレBOX
葬儀当日という設定であり、劇場に入ると読経音が聞こえ、前説は会葬者への挨拶風に行うという念の入れようだ。当日パンフによれば、千葉県松戸市にある常盤平団地が舞台で、ここに3姉妹の母親が住んでいたようだ。セットは上手側に応接セット、TV、ドレッサー等がある。中央はダイニングキッチンで、奥に台所、給湯器、冷蔵庫、客席側にダイニングテーブル、椅子が置かれている。下手側はベランダに出る窓や食器棚がある。奥の壁は暗幕で、そこに鮮やかな赤いカーネーションが飾られ、一方、柱やテーブルなど至るところに枯れ蔦のようなものが巻き付く。その外観は独居老人の楽しみと悲しみが同居しているようだ。
物語は葬儀場からこの部屋に帰ってきたところから始まる。3姉妹のはずが、長女と二女だけで三女の姿がない。実は団地自治会から頂いた香典を拝借して北海道まで喪服を買いに出かけ、そのままクラブで踊り続けたという。何故か関係ないお供の男2人がついてきた。一方、長女は喪主であるにも関わらず、この時も仕事が頭から離れない。そして唯一結婚して母親の介護を続けたのが二女である。一見 常識/真面目人間のように描いているが、実はストレスから不倫していたことが発覚。この3者3様の暮らしぶりは日常のこと。そして葬儀という非日常(生業としている人は別)の場面において、色々なものを”埋める”作業を行っているようだ。
例えば、介護で鬱積した感情を露にする二女、自由奔放に生きるが何となく空虚な三女、結婚に興味無いと嘯(うそぶ)く長女など、充たされない思いを3人の会話で埋めているようだ。また母を偲ぶことで久しぶりに思い出に浸る_空白の時を埋める弾むような会話。母の知られざる趣味-デザイン絵を描くこと、カーネーションが好きだったこと等が、脇役の人々との弔問、交流を通して知ったり思い出したりする。3姉妹を巡り、葬儀社の社員、ヤク中毒男、横領男、二女の不倫相手の妻、姉妹の叔父さんなど個性豊かな人々が脇を固める。
団地という設定は、少子高齢化の象徴のようにも思える。マスコミでも取り上げられるが、独居老人の孤独死。そして少子は団地近くの小学校が廃校になり取り壊されること。その工事/騒音によって状況が連想できる。
団地の部屋という限定空間で、非日常と日常が互いに上手く溶け込む。丁寧に作り込んだ舞台セットは視覚的な仕掛けとして見事なまでにリアルな感覚を持たせる。それが物語の展開とマッチしているが、ラストは観客に日常に戻ったという印象(衣装も喪服から普段着へ)を持たせたかったのだろうか? 葬儀から1カ月以上、何となく物語を手放したという唐突感がぬぐえないのだが…。
次回公演も楽しみにしております。
lost memory(東京)
劇団1mg
シアターグリーン BASE THEATER(東京都)
2019/12/18 (水) ~ 2019/12/22 (日)公演終了
満足度★★★★
まず受付で、次に場内案内の女性に驚いた。他の劇団で活躍していた双子女優(改名して)がそれぞれ居たからだ。さらにダンス振付 衣装 担当の植田ぴょん吉サンがグッツ販売と経験豊富な方が前面に立ち、前説に物語の中核(妖怪)を担う若手女優を起用している。そのベテラン・新人といった組み合わせは、深みとスピード感ある展開を観(魅)せてくれた。
少し気になったのは、導入部の曖昧さというか物語の世界観がどこを示し描いているのか判然としなかったところ。物語は記憶なのか創作の世界なのか? 描き方は時空間移動かパラレルワールドで、観せ方は劇団の謳い文句でいえば「モノノケ×ファンタジー」といったところである。
(上演時間1時間50分)
ネタバレBOX
舞台セットは妖怪がいる山奥の屋敷、和室欄間と襖、沓脱石の上に廊下が見え、さらに屋敷の屋根を思わせる場所を設える。上手・下手側の葦簀(よしず)に蔦が絡まり風情漂う。物語の情景や雰囲気は上手く演出できていると思う。
物語は現代、絵本作家の雪野そら と鬼童丸が出会うところから始まる。絵本創作のため自分の記憶深くを探訪するようになり、説明にある廃村とされたアル村、女衒の職が罷り通るアル時代へ時空間を移動するようだが、そこには鬼童丸を始め妖怪たちがいた。その妖怪を憎む館の女主人・八重による妖怪狩りが始まり、物語は蠢き出してくる。
劇団の魅せ場なのか、全員(人物・妖怪)によるダンスが披露されるが、少し舞台が狭く窮屈な感じがした。とは言え、キレのあるダンスは衣装映えも相まって公演の顔見世(物)としては好印象だ。
八重が妖怪を憎む理由は、幼い頃 疫病が流行りその混乱に乗じて妖怪が父や多くの家族を殺した恨みを晴らすため...本来、妖怪は解明できない凶事と畏怖され、それを治すことは妖怪を祀ることに繋がり凶事をもたらせない鎮魂を意味する。しかし、実は祀ることをせず、逆に人間の欲望が祀り捨てを行ったという深い悲しみが観える。妖怪⇒疫病として観ると面白いかも。この主題部を経験ある役者が担い、若手には妖かしとして狐・狸・鼬に特殊能力を付け、妖怪の仲間に見立てる。その演技がパワーとスピードという若さ弾けるもの。経験と若さのバランス演技が情緒と清々しさを表現し見事だ。
舞台技術は和楽器である三味線で臨場感を、回転するような照明は妖しい雰囲気を漂わせ物語の外観を支えている。ただし、先に記した導入部は、雪野そらが絵本創作のアイデアを得るためなのか、または鬼童丸が言う祖先が妖怪という記憶を探る物語なのか、自分にとってその世界観が判然としないのが残念なところ。また劇中、本当に必要な人物なのか、育成も兼ねた出演か疑問も残る。
最後に受付と場内案内にいた双子女優とは、八重(咲楽あさみサン)と多摩(吉見碧サン)で劇中でも姉妹という設定にする妙は面白い。
次回公演も楽しみにしております。