満足度★★★★
鑑賞日2016/03/27 (日)
この作品が27年前に書かれた事が驚異的。LGBTなんて言葉が日本に存在しない頃にこんなに凄いもの作れるとは…終盤は泣きっぱなしになった。宗像祥子が兎に角良かった。哀感の中に時折見せる笑顔が素敵過ぎた。対照的な存在の百花亜希のキャラも際立って良かった。
満足度★★★★★
坂手洋二の筆力。
燐光群の舞台が「濃厚」と感じた(私にとっての)初期作品『最後の一人までが全体である』『屋根裏』『だるまさんがころんだ』等の感触に通じる、粘性の強さは恐らく若い坂手氏の「脚本力」に対する印象でもあるだろう。(今が衰えたと言うのではないが、若さ故の「熱」があるのは確か。)
オーディションで集まったのか、多くが客演で占められた女優たち、そして藤井ごう氏の傑出舞台を目にしている事もあり、都合を付けて観た。
性的マイノリティの27年初演当時認知度、偏見度からは、今は隔世の感ありと坂手氏が書いていたが、ワープロ専用機に「私も挑戦してみようか」という台詞が吐かれる時代。 彼女ら(彼も)が、各様の、各状況の苦悩を持ち、それを語る事の許される「場」で交わされる言葉全てが示唆的で、事は性(行為)的領域にも及ぶ。赤裸々が、信じられる内面からの必然と見えるので、場のアトモスフィアは「濃厚」となり、主人公の思い・・無くなろうとするこの場(建物)を惜しむ・・に、観客は同期する事ができる。
この演出は藤井氏だからこそか・・。 この「濃厚な空気」を先導して作っていた、渋谷はるか他の女優達に敬意を表したい。美しい場面が「思い出」のように浮かんで来る。
偏見と弱者(異端)攻撃はいつの世もどこにもあるが、終盤に公僕たる警察による「嫌がらせ」のくだりに無力感をおぼえるのは、今も本質的に変わらない事実がよぎるからだろうか。
満足度★★★★★
二回目の観劇。
少し角度を変えて観る。見えてなかったことが見える。これは視線の舞台。目は口ほどにものを言う。見つめ合い、逸らし、目配せし、チラ見して…台詞以上に…いや、台詞が語らないことを雄弁に語る。●娘の告白に対する母の反応は、世間の目の代弁。そして自戒の念に苛まれる。型破りの母でさえ"普通"という化け物から逃れられない。「お母さんに解ってもらえずに、誰に…」それも理に叶っている。相反する思いが真正面からぶつかり合っても破綻しない家族の力が見える。泣く。●モノに宿る魂。遺された水中花もそうだが、幕間にボンヤリ照らされる柱時計も、あの家も、人の想いを記憶し包み込む。正に居場所であり、拠り所。メスの蝉の鳴き声にならない泣き声を聞いてきた家。「ここが無くなれば、お互いお客さんだね」母の呟きがラストに沁みてくる。●気がつくと、最初から最後までずっと心乱れ光が見えないままのシズエ演じる渋谷はるかさんを見つめている。書き込み、男、キス、二度目のカムアウト、まるで血を吐くように自虐的。その全てから『ワタシを見て!解って!』という叫びが聞こえる。シズエの視線の先には常に彼女がいて…意識し合う二人の、投げる視線。逸れる視線。縺れて絡んで解けなくなった愛情と愛憎。虐められる悦びを曝されても真っ直ぐな純愛と、真逆な行動のギャップの大きさこそが、彼女の愛と苦しみの深さ。江ノ島の夜から続く闇から抜け、霧も晴れて、シズエに幸せが訪れることを切に願う。●前回、尖って見えたケイコ。その攻めの姿勢に、あの場所への愛を感じた。そこに加わった柔らかさに、ケイコの、そして百花亜希さんの愛情の深まりを見た。裏切りに「あなたが…あなたにしか…」に人間力が溢れる。たくさんの人が切なくなるほどに惚れる女性の姿が見事に香りたった。●どんな作品でも、どんな時でもキレのある演技で存在感のある長尾純子さん。彼女がグイグイ立ち向かう力強さ、その対局にあるラストの繊細さ、この幅が作品を鮮やかに彩る。二度目の観劇だから分かる、彼女が散りばめた数えきれない程の伏線を観て欲しい。生の舞台だからこその楽しさ。●女を商売にしていると詰られる水商売のジュンコ。明け透けで、ずぼらに見える彼女のおおらかさは人間愛に満ち、集団の潤滑油。彼女のような存在が人を繋ぐ。橘麦さんが人のいいジュンコを好演。愛する人の旅立ちを応援し、新しい恋人を持ち、エアメールを破るポーズ。愛らしく魅力的。●生徒を迎えにきた教師。厳しい言葉を並べ、ここの人たちを貶める。でも、そこには確かな愛がある。個人的見解でなく、社会からどんな評価を受けるのかを基準にし、そのレッテルによる仕打ちを懸念する。女性としての感情と教師としての責務による狭間の苦悩を、西村順子さんが好演。●二組のカップル。それぞにパートナーがありながらも惹かれ合う。でも、パートナーのことを思い自制する。パートナーも、愛するが故に気づいてしまう。秘めてはいても匂い立つ。抑えきれれば問題ないが、越えてしまえば、巷で話題のゲスな話。一人の離脱者が二人の堤防を決壊させる。●ノ島で「傷心を癒す」という印籠を手に越えてしまった二人。これもゲスな話なのだろうか。パートナーは紛れもなく傷付いた。それが分かる故に、一度の過ち? きっかけを作った離脱者も無理をしていた。誰も傷つけたくない心優しい人たちが図らずも堕ちてゆく闇を目撃した。
満足度★★★★★
出会えてよかった
作品の背骨となるテーマばかりが先行して話題になっているけれど、これは生き方を考える作品であり、家族について考える作品だ。そして、家だ。●素敵な女優さんがたくさん出演されることに目が行くが、男優さんも素晴らしい。父親の鴨川てんしさんに釘付け。娘のカミングアウトに「なぁんだ、そんなことか。知ってたよ」と答える父親の器と申し訳ない思いがしみる。●親に「あなたの子で良かった」という子供からの言葉はよくあるお涙頂戴シーン。でも、「あなたが好きなの」恋ではなく人間として娘に評価された父の感激を連想すれば涙無しでは観られなかった。娘の生き方にダメ出しして泣かせたばかりの自分の小ささを思い知らされる。●舞台、映像、現実世界でいくつものキスを観た。でも、こんなにも美しく切なく、全身に毒が回ったような痺れを感じる、優しくて熱いキスはなかった。「貴女の背中で泣かせて」閉じ込めた愛が切なくも溢れ出たあんな愛の言葉の後で。性差に関わらず、自身に禁じた恋の炎に全身焼かれた。●百花亜希さんの人間力の幅と深さのなせる技。攻撃的に映る姿と言葉の鎧に守られているのは、大切な人と場所と思いを守ろうとする心。凛として見える人ほど、弱さを隠し強さを装っているもの。そうした感情を理解する百花さんの、近くに絶望が潜んでいることを認知した正義と覚悟が香る。●ジャーナリズムは世間の目。好奇心を満たすための大義名分。でも、ミイラ取りもミイラの人間力に惹かれ、愛されていることを感じ、愛し始めていることに気づく。『そうだったけど、今はそうじゃなくなった』ことに自分自身が怯えている。いや、大義名分を持って始めたことを知られる…で、芽生え始めた気持ちと大切に思えてきた人を失うかもしれない恐怖。凛々しくて可笑しくて踊れる長尾純子さん。シリアスというアイテムも最大級の威力有りと証明した。ポテンシャルの高さハンパない。彼女の戸惑い、葛藤、焦燥、狼狽、決意…震える思いを味わうだけで観劇の価値アリ。●渋谷はるかさんが作品を動かしていく。拗ね者で自虐的にするのは愛の裏返し。本当はとても素直なシズエを好演。居れば負のオーラを発するが、戻ってくる度に表情を変え変化をもたらす。そう、本に書かれていないところ、舞台に見えないところで沢山の物語を持ったことを見事に纏った。●大人になるに当たり受け入れなければならないことって何だろうか?普通とは何だろう?普通と呼ばれるものの歪さを考えさせられる。この作品の難は、登場人物が多くてみな魅力的。それぞれの物語をもっと知りたくなる。この物足りなさを満たすにはスピンオフ作品の制作しか手はないな。
満足度★★★★★
集中した2時間45分
実は20ン年前も観ていた芝居である。テーマに魅かれて観劇し、当時としては非常に斬新な取り組みであったと思うが、細部に違和感を覚えていた。
今回はけっこう内容がストンと入ってきて、いろいろな場面で丁寧に書かれている芝居だなあと感じた。改稿されたのかとも思ったが、演出のせい?しかし、時代状況の問題もあるだろうが、レズとかホモとかノーマルとかいう言葉はやめてほしい。
満足度★★★★
約160分
レズビアンのドラマというより、一つの人間ドラマとして面白く鑑賞。
そして、多人数キャストを生かしたドタバタ劇としても。
3時間近い上演時間がアッという間でした。
ただ、艶っぽいシーンが少ないため、出てくる面々がレズビアンだということがあまり生々しく伝わってこない。
色っぽいシーンをもっと増やしても良かったのでは?