満足度★★★★★
矢内原演出。圧巻。政治的なメッセージを含め視覚的にどストレートに入ってきた。観た直後は自問自答を繰り返していたが、時がたてばあの演出しか頭に残っておらず、少し思い出すのに苦戦。それくらい強烈な演出だった。
満足度★★★★★
2016年の『東京ノート』
21名の俳優が舞台上を駆け回り、フォーメーションを組み、高速で台詞の矢を放つ。まさにミクニヤナイハラ流の『東京ノート』だった。
これまで何作もミクニヤナイハラプロジェクトの作品を観ているが、これほどの大人数が登場するものは初めてだった。しかし彼女の演出は薄められるどころか、よりダイレクトに、痛切に2016年という時代を貫くものになっていることを実感した。
彼女の独自の身体・台詞の演出が、本家の青年団・平田オリザ演出の「間」を成立させるのか、という問いに彼女は「成立はしません。成立なんて目指さないです。青年団のファンは怒るでしょうね。でもいいんです。駆け抜けます。そんなに「間」が欲しけりゃ戯曲を読めばいい!」と、答えていた。(演劇最強論-ingインタビューより。http://www.engekisaikyoron.net/mikuni_yanaihara/)
しかし本作を観ながら私は、90年代初頭、平田オリザが初めて現代口語演劇の同時多発会話劇をやった時は、観客たちから同じように「何を言ってるのか聞こえない」と言われたのだろうな……と想像した。そういう意味で、矢内原版『東京ノート』は、まぎれもなく現代口語演劇であったと言っていい。
しかし、そんなカオティックな演出が持ち味の矢内原美邦だけれど、重要な台詞は「全部聞こえるように」緻密につくられていたと私には思えた。「離婚しそうになっている夫婦」「家庭教師と元教え子」「絵を寄贈したい人と学芸員」などなど、いくつもの人間関係が美術館という場に集まっている。その状況は、観客には伝わったはずだ。逆に、それさえ伝われば、あとは聞こえた言葉をつなげて、イメージの中で観客自身が泳げばよいのだ。
単なるスペクタクルに留まらない、圧を持った空間構成に、俳優たちもよく応えていた。台詞と動きの分担で2つの集団がひとつのシーンを演じた、学芸員がカメラオブスクラについて語った場面は見事だった。「ブリュッセル」「福島」など今聴くとドキッとする地名の出てくる台詞も多い。1994年に書かれたとは思えない言葉の数々が、超高速で迫ってくる。映像も華やかで、日の丸を模したラストの場面などは、こんなに直接的でいいのかと思えるほど政治性を帯びていた。しかしそれよりも、そうした苛烈な映像と俳優の身体のコラボレーションの美しさを見せることの方に、作り手のプライドを感じたのだった。
満足度★★★★★
東京ノート
演劇初心者ですが、ものすごい前評判でした。超高速の独創的な演劇で、好きです。天才的と思いました。DVDも観ましたが、その印象はさらに増しました。
満足度★★★★
疲れたー
観終わった後の正直な感想です。
でも、面白かったです。
と同時に役者さん達の体力に感心します。
前回FTで野外作の「桜の園」を観ましたが、
その時よりも登場役者さんが多くて、最初は全部追いかけてたら目が回りました。。。
暫くいして、役者さん達の違いが分かってきたら、役までシャッフルされて付いて行けず。
それでも、面白かった。
満足度★★★★
名作を全く違う形で
矢内原美邦さんの、舞台上の人物たちが一斉にしゃべりだす演出は、時に街の風景そのものに見えることがあるのですが、この作品では、東京の喧噪そのものに見えて、ゾワゾワとしました。色々な演出家によって手掛けられて来た作品が、「ここまで違うか!」という手法で立ち上がり、あらためて矢内原さんのアーティストとしての手腕と鋭い感性に感服。21人の俳優たちが見事なフォーメーションを見せ、汗をかいて叫ぶ様子には、戯曲や東京の底にある声が聞こえてくるようで、胸がギュッとしましたし、大変美しかった。今この戯曲を選んだ意図も明確でした。
満足度★★★★
東京そして人間を見下ろす
岸田國士戯曲賞受賞作である平田オリザ作『東京ノート』(1994年初演)は、青年団などの上演で私はこれまでに複数バージョンを観たことがあります。物語の舞台がソウルだったり、日中韓3ヶ国語上演だったり、広い劇場ロビーでの上演だったり。東京デスロック版では俳優が観客の中に居る状態での上演でした。
ミクニヤナイハラプロジェクトの演劇作品はたぶん過去に2作ほど拝見していて、俳優が早口で怒鳴るためにセリフが聴こえづらいことが、私にとってはストレスでした。でも今作は予想していたより遥かにセリフが聞きやすく、演出家の矢内原美邦さんが『東京ノート』を通じて示す今の東京、および人間社会を味わうことができたように思います。言葉の意味と激しく動く肉体、強烈な音響、視覚効果が相まった、独特のステージでした。
出演者は21人と大人数ですが、パっと見ただけでも違いがはっきりしていて、それぞれに違う人間であることが認識できるほど個性的でした。なのに作品全体の印象は全く異なり、彼らはすっかり没個性化され、人間の集団、生命の集合体といった風に十把一絡げに扱われます。変化のスピードがとても早く、客席にいる観客も物語の当事者も、おそらく追いつけないし、その姿を把握できない。でもその渦中にいる…。それが現代の東京なのだと体感しました。
ロビーの物販コーナーでは過去作品のDVDが充実しており、原作の文庫本(700円)も購入できました。ロビーで写真展も開催されていたようですが見つけられず。上演時間は約1時間15分と短めでしたが、舞台で起こる現象にあてられて、終演後はボーっとしていたかもしれません。
満足度★★★★
オリジナルを見たくなる
オリジナルを見ていない(原作も読んでない)が、全然違うアプローチを取っていること自体がとても斬新で企画として素晴らしい。
演出も凝っていて面白かった。
ミクニヤナイハラの正しい見方
『東京ノート』は平田オリザの受賞作でもあり代名詞でもあり、「ああ、あれをやるのね」と噂さるべき演目である。ところが連射される台詞を追っても「ああ、あれか」が見えてこない。「美術館での話」という以外、実は知らなかったんである(どこかで見たか聞いたと勘違い)。「これは大変だ・・!」海に投げ出された体を岸辺まで1時間かけて泳ぎ切るぞ・・という覚悟で、席も条件のよくない席から、持っていない双眼鏡を裸眼で見るだけの気合で目を凝らし、台詞に耳をそばだてる。が、ついに沈没。睡魔に負けた。
台詞の機関銃的連射と動きのコンビネーション=ミクニヤナイハラ流で、過去オリジナル脚本も上演しているし、今回もこちらでの上演版に変えてあるというので、元戯曲を知らない人も対象に考えられている。従って「寝てしまった」のは単に自分の体調か、感性の問題とも。。
がやはり、「東京ノート」をヤナイハラ流に料理する意図は、目で見ての感想は、原作を踏まえてこその面白さ、に他ならない。 静かな美術館のロビーで進行する「静かな」話が、せわしなく動き、喋るスタイルに置き換えられている面白さ、これが第一だ。その延長で、戯曲の持つテーマ性?的なものが徐々に焙り出されてくる(そこが矢内原氏の本領)、となって来るとするならば、そこもまた表現的には自然、抽象的になるだろうし、この「変換」の妙を感知するには、やっぱり原作を知らなければ難しい、ということになるだろう。
美術ならば(絵画等「時間経過の芸術」でないもの)、何度も見直して味わい返すことができる。それでも予備知識が鑑賞を邪魔することはない。演劇は基本的に一度、時間とともに味わい、終演を迎える。
そこで、「美術」的アプローチに近い演劇(ストーリー説明を重視しない演劇)を観る場合、作品の背景やアプローチ法など予め知っておくのが有効だと思う。今回なら、『東京ノート』は読んでから観るべきである。
では、体を頻繁に動かしながら台詞を言い、全体としてムーブ(ダンス)となっているミクニヤナイハラ的形態そのものが、テキストの如何にかかわらず訴えてくるものはないのか・・といえば、それは何がしかあるには違いない。だが、「こんなことやってる私たち」をも相対化してメタシアターとして括って鑑賞できる作りになっているかと言えば、そうではない(と思う)。ミクニ的「東京ノート」の世界を、つまり戯曲の世界を、味わうために作られたもので、何が話されているかはどうでもよい、という事にはなっていない。
従って上に述べた事が言える。
ところで、ミクニヤナイハラは笑って観れるパフォーマンスである、という事も発見した。批判性が先に立つかのようなイメージがあるが、実は感動しいな「お話」を紡がんとする人である、と印象が変わった。(だからメタシアター的な処理などしないのである・・たぶん)
次の機会があれば、ぜひとも観て笑いたい。
満足度★★★★
激情
オリジナルは、「静かな演劇」だが、その裏に潜む感情(妬み、焦り、怒り、哀しみ)を見事にあぶり出し、それを高速連射の言葉と動きに乗せて、残酷にも世界を、今の日本を描いた。
ただ、やはりというか、人の好みはあるもので、その許容範囲はやや狭過ぎたか。
まぁ、万人受けする作品が良いとは誰にも言えないけど。
満足度★★★★
全然色褪せない。
速射砲のような台詞まわし、縦横無尽なStage移動。後から知ったのだけど、オリザ版とは180度違った演出だったとか…
日本の何処かで時代は近未来?戦争への距離が確実に近づいている今、単なる戯曲とは思えない現実感を突きつけられた。
満足度★★★★
激しさの増した、75分
オリジナル版では、イスに座りながらの、会話劇でしたが、ミクニヤナイハラ版では、歩きながら、時には走りながら、体力を使い、激しさに増した、超スピード劇といった感じて、75分間凄さに圧倒した内容でした。